一橋的雑記所
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2006年02月01日(水) |
作法も何も御座いません(何)。※ホントは070421. |
器に湯を注ぐ。 静かに拭って、茶杓を二回。 別の器から適温に冷ました湯を注ぐ。 茶筅を、振るう。 いつもの作法手順を忘れて。 ただ、指先の赴くままに。
「……静留?」
玄関が開く音も、キッチンまですたすたと歩み寄ってきた足音にも気付いてた。 けれども、傍に来て、声が掛かるまでひたすら茶筅に意識を集中していた。
「ああ、なつき」
顔を上げずにのんびりと言葉を返す。
「お帰り」 「ただいま……お茶か?」 「ん、そう」
あわあわと薄緑の層が器の中を覆い尽くしている。 覗き込んだあの子の顔が顰めつらしいものになる。
「今日は、ちょぅ寒かったさかいに」 「ん……」
気難しげに眉根を寄せたあの子に微笑みかける。
「お茶菓子もちゃんと、用意してますえ?」
少しだけ意識して笑いを含ませた声に、あの子の頬が軽く膨らむ。
「せやから、お皿、用意してな」 「分かった」 「あ、その前にちゃんと手ぇ洗ろて」 「分かってる」
戸棚を開け掛けた動作を中断して、洗面の方へ足を運ぶその後姿を見やって、こっそりと息を吐く。
ほんの少し、疲れている自分を自覚した時。 何もかもを離れて、ぞんざいな位に、茶を点ててしまう事がある。 あの子にそれが分かろう筈もないと思いつつも。 どこかで見抜かれているような、落ち着きの無い思いが胸に迫る。
「洗ってきたぞ、菓子は何処だ?」
ばたばたと戻ってきたあの子が、改めて戸棚を開く前に、キッチンテーブルの上に目を走らせる。
「そこの、白い箱の中。お土産に頂いた、お干菓子」 「干菓子?」
丸い、小さな箱を手に取って、あの子の指が無造作に封を解く。 中には、桜の花を象った、葛干菓子が入っている筈。
「……綺麗だな」 「やろ? 吉野のお山から届いたんえ」 「吉野……?」
耳馴染みのない地名だったか、怪訝そうな顔になるあの子の額に指を当てる。
「ああ、なつきは古典、苦手やったなあ」 「ば……! 関係あるか! そんな事!」 「ふふ……堪忍」
拗ねたように更に頬を膨らませながら、戸棚から漆塗りの黒い小皿を取り出してテーブルの上に並べるあの子に目を細める。
「なつき、結構ええセンスしたはりますなあ」 「はあ……?」 「綺麗やね、その取り合わせ」
綺麗に磨き上げられた小皿の表面にそっと並べられた桜の花弁。 底光りのする表に移る、仄かな桜色。
「別に……一番手前にあったから、取っただけだ」
ふいっと顔を背けるその仕草が愛しくて、微笑みながらその肩に手を伸ばす。
「そないに照れんでも」 「て、照れてない……!」
引き寄せたあの子の頬の桜色に、改めて気持ちが解れていくのが分かって、笑みを深くする。
「堪忍。さ、お茶冷めへん内にいただこか?」
冷めてたらお前のせいだぞ、なんて呟きながら、あの子が席に着く。 その前にそっと、茶を満たした器を置く。
「……おまえの分は?」
テーブルに置かれた器は一つ。 怪訝そうなあの子の顔に、笑顔を一つ。
「うちは、なつきのん分けて貰いますよって」
その分いつもより多めに点てたんよ、と続けると、要領を得ない顔のまま、そうか、とあの子は頷いた。
「……美味しい?」
器を無造作に手にして、ゆっくりと中の茶を飲み下すあの子を眺めて後、声を掛ける。
「うまいな。なんだか……いつもより甘いような」 「ふふ……おおきに」
ほら、と差し出された器をそっと両手で支える。
「ああでも、ほっとするな、確かに」
ふう、と息を吐いてあの子が微笑んだ。
「もう少ぅし暖かなったら、これでアイスグリーンティしましょな」 「ん……」
かりり、と葛菓子を一つ口にしながらあの子が頷いた。 それだけで、自分の中にわだかまっていた何かもほろりと崩れてしまったようで。
「なんだ……? 嬉しそうに」 「ううん、なつきがあんまり美味しそうに食べたはるから」 「なんだそれは」
この子は、何気なく、でもちゃんと見ていてくれる。 その上、自分自身の感情は、包み隠さず見せてくれるから。
「ほっとしますなあ……」 「何を、今更」
呆れたような、でも笑い含みのあの子の言葉を嬉しく受け止めながら。 手にした器をそっと、覗き込む。 ほろ苦くて、でもどこか甘い。 疲れていても、しんどくても。 あなたがいれば、それで、どこかで救われる。 ほろ苦い想いも、ほんのりと甘い気配に満たされる。
「幸せやわあ……」
思わず零した呟きに、あの子の頬が、桜色を通り越して真赤になった。
― おわっとけ(ヲイ) ―
や。 なんか。 和みたくてですね……(逸らし目)。
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