| 2003年03月23日(日) |
その後の世界について |
攻撃が続いている その中で、その後についても議論されていることだろうと思います。
こわいのは、本当に恐怖を感じることは、 今回の先制攻撃が正当化されて そのまま何となく世界が流れていくことです。 そして、「仕方のないこと」だったのだとして記憶されてしまうことです。
言論の自由までもが規制された独裁国家の現状は 実際問題、私たちからすれば解放しなければならない対象となるかもしれないけれど。 いまや超大国となった国としては、もしかしたら「人道的」に 放って置くことはできなかったのかもしれないけれど。
やっぱり正当化してはいけない行為だと思います。 「自由」「自由」とは言うけれど、 これは現段階で、あの国にとって好都合な自由に違いないから。
そんな風に強く思っていても、 状況が変われば私だって全く正反対のことを言い出すだろうとは思いますが、 やはり歯止めをかける努力が必要です。
今回のことで 私が心底失望し 怖くなったのは、 何より自分のすむ国の中枢部の現状でした。 きっとできることがあったはずです。 最終的にこんな結果になったにせよ、できることは沢山あったはず。 ベストを尽くしたとは到底思えません。
この国だって複雑な状況にあることもわかっていますが、 かの大国と同様、それは全て自分たちが招いた状況だともいえるのではないでしょうか。 近い未来に恐怖を感じます。
「新しい形の戦争」とは言うけれど、 憎しみを乗り越えるまで、相当な年月と努力を要するということが いつになったらわかるのでしょうか? 歴史の浅い国にはわからないこともあるのでしょうか。 そうやって結局人間はわからないままに終わっていくのでしょうか。
日記をつけていると悲観的な考えばかりが浮かんで、逃避したくなるけれど きちんとこの先を見据えていかなければならないなあと改めて思います。
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