# この世に不思議なことは…云々
2002年07月29日(月)
最近、リング管理の途中に流れ流れて、京極関係の同人的内容を含むサイトというのに出会いました。
今まで京極夏彦関係のサイトを回ったことがなかったんです、あんまり。
特にカップリングを扱うところには行ったことがありませんでした。
別に行きたくなかったとかではなくて、特に興味がなかった(笑)
でも京極の検索サイトやらリングに辿り着いたので、デザイン的に惹かれるカンジのサイトをちょろりと覗いてみました。
いくつか素敵な小説を読ませて頂いたんですが、私はどうやら京関派のようです(笑)
榎関はどうもしっくりこないようですねぇ。
というか、私は基本的に関君第一主義(しかもどうやら関受のみ)なので、関受け小説しか読んでないのですが(笑)

幾つか読んだのですが…榎関と京関はセットで書かれる事が結構あるんですね。三角関係的に。
その場合の榎さんて、なんだかすごく魅力的(笑)
関君に優しい顔を見せる榎さんにうへぇとなります(笑)
…でも私はやっぱり京関派(笑)
やっぱり京極堂といる関君が一番しっくりくるかなぁと思います。
なんか新しい世界を見つけたカンジ(笑)
なので、しばらくは京関小説読み漁っているかもしれません……

2001年07月29日(日) にぼしラーメンとかハリポタ
# も〜ど〜にでもして〜
2002年07月26日(金)
しばらく前からぴちょんくんが好きでしてね。
知ってますか?ぴちょんくん。ダイキンエアコンのアイドルです(?)
“うるるとさらら”っていうエアコンのCMで話題の方(笑)です。
マニアではないんですが、携帯の待ち受け画面がぴちょんくん(しかも動く。アニメな待ちうけ画面だ!)だったり、PCのデスクトップやスクリーンセーバーがぴちょんくんだったり、キャンペーンで小さな絵本やシールを貰ってうきうきしてたりする、軽度のぴちょんくんファン。
先日CDデビューを果たしたぴちょんくん。買いました、CD(爆)
んもう可愛いですよ、歌も可愛いしCDのパッケージも可愛い。
可愛くて癒される曲なので、ずっとかけてます。
着メロもぴちょんくんにしたよ…さすがにアホかなと思う…(笑)
気付いた人はいたでしょうか…当サイトの参加同盟にいつの間にかぴちょんくん同盟のバナーが加わっていたことに……(笑)
★ぴちょんくんの実家(違)★
 →http://www.daikin.co.jp/

碧月は同盟好きです。というより同盟バナー好き、かも。
はるかむかし、相方の潤矢くんに、同盟入って何か意味があるの?と聞かれたこともありました(笑)
意味ってあるのだろうか〜…(笑)でも私は「これが好きなんです!」っていうのを示したくて同盟バナーを貼っているのかなぁと思うくらいです。
日に日に同盟バナーが増えます。

# 徒然なるままにといいますか、まぁつらつらと
2002年07月23日(火)
時々判らなくなります。
私は本当に小説を書きたい人間だったのか、と。
いえね、文を書くことは大好きです。
でも、文を書くことが好きなんであって、物語を考えることが好きなのではないのではないだろうかと考える。その証拠に、私はストーリーというのを考えるのが大変苦手で面倒で嫌いだ。
私が何かの話を書きたいと思うとき、まず始まりは何かというと、あるシチュエーションだったり一つのセリフだったり、意味も前後の繋がりもないある場面や映像のようなイメージだったり…から始まる。
思いついたそれを「文章にしてみたいなぁ」とぼんやり考える。
でも、それだけを文章化しても何も意味を持たないし作品にもならないので、前後の流れやそれ思いついた「モノ」がそこにある意味を考える。
そうやって強引に物語らしき「流れ」を作ってみる。
でもそれは流れにしか過ぎず、曖昧で、骨組みとすら云い得ない。
だから、「書きたいなぁ」とぼんやり思ったその思いついた「モノ」を作品としての形にするのは、はっきりいって容易じゃない。面倒だ。

ようするに私はストーリーってのを考えるのが苦手なわけで。
書きたいストーリーを思いついて、それを書こうとする…というのだったらきっともっとはっきりした形を書いていくことも出来るんだろう。
でも私は書きたいと思ったとき、その作品の「形」が一切見えない。
ニ次元的な気がする。一面しか見えないから広がっていかないのだ、世界が。
そういう能力は欠如しているのかもしれない。

話は元に戻る。
私は小説を書きたかったのか。
それがよく判らない。
だいたい何故私が最初に物語というものを書いたのかといえば、頭の中で想像したもの、頭の中で創造した世界を形にするということに喜びを見出したからだったように思う。
その手段として身近だったのが物語を「書く」ことだった。
他にも表現方法はあったのだろうが、当時私が選んだのは「書く」ことだった。
このときこの手段を選んだから、今も私は書いている、というだけなのかもしれない。

と思う反面、やはり書くことは嫌いではなく。書くことで何かを表現するとが嫌いではなく。
ただ…時々…自分のしたいことと、自分のしていることと、自分の出来ること、のあまりの噛み合わなさに嫌気が差す。
何かを書いて、表面的には満足する。なんとなく上手く書けた気になる。
でも上手く書くって何。
胸の中にはいつも、言葉とか形には出来ない、理想がある。
それは成長すると共に…というか、歳を取るごとに、というか…変化してきていて、あの頃はこんなふうに書きたいと思っていた、あの頃は…と色々歴史があるのだけれど、今、現在私の胸にある理想のようなものは、あまりにも形がない。
言葉にしようがない。むしろ言葉に出来ないという点にポイントがあるのかもしれない。

なのに、私は小説が書けない。
理想ばかりあって、小説を書くことがままならない。


と考えたところで、ふと思う。ストーリーに固執するから書けないのだろう、と。
ストーリー性がなくてはとか読んで面白くなくてはとか、そういうふうに考えると途端に何も書けなくなるのだ。目的を間違えている。
…というか、「読んで面白いと思ってもらいたい」と考えて書いても別に構わないし、文とはそもそも誰かに読まれることを前提として書かれるものなのだから、そういう目的を持って書いたって別に間違えていることもない。
でも昔から私が道を踏み外して狂い始めるのは、いつもそう考え出した瞬間だ。
読み手に重きを置きすぎて自分を見失うのが常だった。
面白くない、と云われてしまうのを恐れて媚び始める。崩壊する。
……というかちょっとトラウマがあったりするだけなのだけど(笑)
読み手の期待を悪い意味で裏切ることを私は恐れる。いや、恐れていた。
今は、それほど動じなくなった。昔は大打撃で小説を一切書けない時期が二年ほど続いた。


昔は身近な友達に直接小説を読んでもらっていましたが、今そういう相手もいなくなったので、こうしてネットで小説を公開する形にしています。
今、こうしてサイトで小説を載せていて、メールなどで感想を時々戴きます。
それはものすごく嬉しい。ありがたい。自分の小説が、感想を送るという自発的な行為を起こす力を少しでも持つことに喜びを感じます。
読み捨てオッケイの世界なだけに。
時折まぁ「あらま」と思う感想を戴く時もあります。
あらま…お気に召さなかったのね…妙な小説に時間割かせてごめんなさいねぇ…とたいへんすまなく思います(笑)
特にドリーム小説は感想の比率が高いのですが、「また書いてください!」という内容のありがたい感想と「こんなもんかいてアホかいなオマエ」という内容の感想の両極端さがまた面白い。
ドリームに関しては私自身がその両極端な感想を抱いているので、前者の感想を戴けば、「おうよ!いつかネタが浮かんだら何か書くぜ!気長に待っておくんな!」と思うし、後者の感想を戴けば、「あっはっは!そうなのよ、アホなんだよ、アホで何が悪いよ、いいじゃんよ」と開き直って笑って終わるてなもんです。
大人になったのかなぁ…それとも単にひねくれただけかなぁ(笑)

書かなきゃいけない、という事態に置かれると書けなくなる。
こんなふうに書かなきゃいけない、と決めると余計書けなくなる。
書きたいと思ったものを書きたいように書けばいいんです。
それが、たとえお世辞にも面白いといえないものでも、ストーリー性なんて微塵もなくてつまらない話でも、ただの言葉の羅列になっても…
書きたいもの、書けるものを書くのが一番健康にいい。


長い。日記、このまま投稿するのやめようかと思ったが投稿してみる。

2001年07月23日(月) 『3千万ベリィの笑顔』制作秘話
# 漢文
2002年07月17日(水)
リング管理中、漢文をカヴァーした小説を数本書いていらっしゃるサイトさんを訪問いたしました。
なんか勝手に日記に書かせていただくのは申し訳ない気がするんですが。

読ませて頂いたところ、大変懐かしかったです。
短大1年の時に漢文の講義を取っていたんです。
一年間ずっと色んな漢文を読み続けて、試験の時には白文に訓点をつけて書き下し文に直し更にそれを訳す、ということをしなくてはいけなかったため、訓点の位置と読み方を全文暗記したりしました。
そのせいなのか、訳で覚えているのか本文を覚えているのか、今では記憶が曖昧なのですけど(笑)
とにかく、そのサイト様でカヴァーされていた小説の漢文には読んだ記憶があったんですよね。
あぁ懐かしいなぁ…としみじみしてしまった。
もう一点読ませていただいた方は、短大二年の時の中国文学史の時に読んだ話のカヴァーで、これまた大変懐かしかった。
当時その両方の講義でお世話になった先生を思い出してしまいました(笑)

漢文…好きだったなぁ…面白かった。
中国文学史の方は授業の半分くらい寝てましたけども(笑)
漢文の授業はホント大好きでしたねぇ…
単純に、漢字フェチの私にはたまらなかったということもあったんですが(笑)
高校の頃は古典が苦手ながらも好きでした。訳す作業が好きで。
英語を訳す、というのは好きではないのだけど、古典文学や漢文を訳すのは好きでしたね…
なんだか懐かしい気分です(笑)


# 椿姫
2002年07月09日(火)
今日は草��剛の誕生日。つよ、誕生日おめでと。
先日、剛が朗読した『椿姫』(『ヴォイス』の方が正しい??)の朗読を収録したCDと脚本を購入しました。
朗読というより一人芝居っぽいカンジの。
何処かの番組で、剛が今こういうことをしている、という紹介というか特集みたいのを見たことがあったので、「おぉ、これがそれを収録したものか」と思わず買ってしまいました。
生で聴いてたら、もっと凄かったんだろうなぁ。
すごく良かったですよ、ホント。
ワタシ的に、剛の笹倉係長がちょいカッコよくて好きだ(笑)
渋い人かと思いきや意外にお茶目なのな(笑)
剛の声もまたすごくいいしね、おすすめです。
本屋で売ってるんで、興味持たれた方は是非ゲット。


Reading『椿姫』with草��剛[v is]〜私が愛するほどに私を愛して〜
 脚本・演出●土田英夫 角川書店 定価:本体3000円(税別)


# ペルソナ〜
2002年07月08日(月)
暑い。猫がだらけて寝てます。
私も寝てようかと思いましたが、暑くて寝てられませんでした(笑)

何故かペルソナブーム到来。
『女神異聞録ペルソナ』。続編のじゃなくて。
南条君とかがメインで出てるやつね。
これ知ったのは高校の頃、買ったのは短大の頃。
やり始めてからもう…5年くらい経つんですが、まだ終わってません(笑)
セベク編がアヴィデア界に行くか〜ってなトコで止まってて、
雪の女王編はシナリオ分岐したあたりでやめました。主人公弱すぎて。
私はRPGって集中して進められないので、何年越し、になってしまう。
そういやチョコボももうすぐラスボス…てなあたりで止めちゃったな…
というか、ここしばらくプレステに触ってないです(笑)置き物化。
秋にはGBA買う予定だから、今後ますますやらなくなりそうで。
ペルソナ、ずっと攻略本ナシでやってたんですよ。
攻略本手に入れたのは、アラヤの岩戸に行く直前くらいだったかな?(遅ッ)
ダンジョンマップないから、全部の道歩いてきましたよ、私。
マップ完成してないと気持ち悪いんです。
でも攻略本あると道判るからやっぱ楽だわ(笑)
暇な時ちょこっとやろうかなぁ、という気分になってます。
でもきっと面倒だからあんまやらない(笑)
セーブポイントまで行かないとセーブできないのが面倒で嫌なんですもん。

2001年07月08日(日) アラバスタ王国萌え・・・
# Happy Birthday
2002年07月03日(水)
大切な人へ。
誕生日、おめでとう。
あなたがこの世に生まれたこと
あなたをここまで生かしてくれた全てのもの
こうして、出会うことの出来るまで、アナタの歩いてきた道程にあった、
全てのものに感謝の気持ちを

生まれてきてくれてありがとう


出会えて良かった


拙い贈り物に代えて、感謝と祝いの気持ちをあなたに。









それから、ナミさんも誕生日オメデトウ

2001年07月03日(火) 昨日は半夏生でしたね。
# 半夏生
2002年07月02日(火)
今日は半夏生ですね。
夏バテ防止にタコを食べましょうね、皆さん(まずお前が食っとけよ)。
タコにはタウリンが多く含まれているんですよ。
それにしても最近だんだん毎日暑くなってきて、ホントにバテそうです。

半夏生という言葉を知ったのは、思えば長野まゆみの本からでした。
『夏至祭』という話で確か知った気がします。
それまではそんな言葉すら知らなかったんじゃないかな。

先日、近所の神社で小さなお祭りがありました。
といってもものすっっっごく小さなお祭りなんですよ。
屋台が出ているわけでもないし、子ども会の皆さんが神輿を担いだとか担がなかったとか。
小さな頃住んでいたところは、今住んでるところと距離的には大して変わらないところなのですが、山のすぐ近くで、夏になると縁日が開かれました。
山に登る入り口までの通りに夜店が並んで、水飴を買ってもらった記憶があります。その山に登る道ってのは石段が上まで続いていて、上には神社があったように思います。
冬には上まで登っていくと町内会の方々が甘酒をくれたんですよ。
その頃が一番子供らしい時代だったなぁと思います。
小学校の2年から4年までの3年間しか過ごさなかったのですけど。
近くには小川や沼や沢、田んぼや山がありました。
沼でザリガニとったり、小さな沢で沢蟹を見つけたり。
裏の道を通っていくと、そこはいつも静かで、見上げれば緑の木々の間から青空が覗いて…誰もいないような静かな場所で、煉瓦の塀は小さな私には高くて。
小鳥の声と、傍を流れる小川の音だけがしていました。
私はあの空間が好きでした。
その道を抜けると夏に縁日の開かれる山の登り口に出るのだけれど、
あの裏の道は、まるでどこか異世界へ通じているような不思議な空間でした。
心の中に一生残る景色があるとすれば、私にとってそれは、あの道から見えた景色とあの空間の匂いなんじゃないかな。
とても穏やかな場所でした。もう、存在しない場所だけれど。


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