無責任賛歌
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| 2001年08月31日(金) |
おたくはセールス電話、おおくありませんか?/DVD『スペースカウボーイ 特別編』ほか |
8月も今日で終わり。 今年の夏は、ゆっくり休めたような休めなかったような。 でも気疲れ一つしないような生活を望むというのは現代人にとっては最高の贅沢だろう。現実には不可能な話だ。 そう言えば細野不二彦の『りざべーしょんプリーズ』に、忙しいホステスさんたちを、南の島で「何もさせないで」休ませるってのがあったなあ。でもそんな「楽園」を経験しちゃったら、現実に帰るのがイヤになっちゃわないだろうか。 私には、「南の島はこの世の楽園」とするような幻想は、全く興味を引くものではないのである。 尊敬する水木しげる御大がいかに「死ぬときは南の島で死にたい」と仰せられようと、一時期は熱狂的なファンであった原田知世が「ここが私の天国にいちばん近い島です」と言おうと(*^▽^*)、私の心に南洋への憧憬は生じない。 どんなに平和で悩みのない世界でも、活字と映画と漫画のない世界で暮らしたいとは思わないのだ。文明に毒された哀れな小人と思うなかれ。それがオタクの宿業なのである。
朝っぱらから父から電話。 昔、父の床屋で働いていた職人さんのお母さんが、健康食品の販売なんかをしているのだそうで、私が糖尿だと聞くと、「それはいけないわ、栄養が偏っているのよ、暴飲暴食しているに違いないわ、そのうち痩せ細ってガリガリになって血を吐いて死ぬのよ死ぬのよ死ぬのよ、そうならないためにはこの肝油を買うしかないわ、それしか生き延びる方法はないわ、きっとそうよ絶対そうよ、だから買ってね買ってね買ってね」と言って、その肝油とやらを置いていったそうである。 「すまんが、ヒマな時にでも店に寄って、もらって行ってくれんや」 「いらんわ」 なんだかなあ、知人やら、知人の知人やら、年に一度くらいはこういうセールスが舞い込んでくるのだが、この人たちは私との知り合い関係をやめたいのだろうか。それとも私のことを、いかにも騙されやすい世間知らずのお人好しのアホウの優柔不断の、ちょっとおだててやればすぐその気になって、なんぼでも買うたろか、店ごと持って来いやぁの、大バカ野郎のスカポンタンくらいに侮って売りつけようとしているのだろうか。 買わんて。
そんなことを考えていたら、更に電話のベルが鳴り、「瓦をお求めになりませんか?」
ウチはマンションじゃあ!
昨日に引き続いて『仮面の忍者赤影/金目教編』6、7話を見る。 前回までで霞谷七人衆のうち、悪童子、蟇法師、傀儡甚内は赤影たちと戦って破れている。 最後の、そして最強の七人衆として現れるのが夢堂一ツ目。 演じるは『蒲田行進曲』のヤスのモデルとしても有名な汐路章。甲賀幻妖斎の天津敏と並んで、もう一方の赤影の悪役俳優と言えるのがこの汐路さんなのだが、子供のころの私は、実はあまり汐路さんのことが好きではなかった。 というのが、汐路さんは第四部・魔風編で、頭領の魔風雷丸も演じていたのだが、これが実にひょうきんな役柄。悪の頭領のくせに部下の忍者たちに媚を売ったり、貫禄のないことったら。 悪役の真価とは、いかに貫禄と怖さを表現できるかにあると考えていた私には、汐路さんの演技はまるでオチャラケにしか見えなかったのである。 ……ガキだったとは言え、不明の至り、といはこのことだ。 そのころの私は、一ツ目も、第三部の根来編での夕里彈正(モデルは松永久秀か)もまた汐路さんであることに気がつかなかったのだ。あのひょうきん演技は、天津敏や原健策との差別化を図るための計算に他ならなかった。チンピラヤクザから悪大名まで演じ分けられる汐路さんの演技力あっての役どころだったのである。 夢堂一ツ目は全四部を通じて、最も妖怪的な忍者である。 全身が緑色、死神の持つような鎌をブーメランのように投げ、片目を巨大化させてその目から光線を発するなど、既に人間の域を越えていると言っていい。原作の夢堂典膳が盲目のクール・ガイだったのとは天と地ほども違う。 これはやはり、赤影の製作者たちが山田風太郎のファンだったということなのではないだろうか。 忍者一人一人に個性を持たすのは当然としても、ここまで妖怪にする必要はない。特殊な修業によって身体そのものを変化させることが可能になった、というアイデアは、それまで山田風太郎が唯一無二であった。 「これはいくらなんでもやりすぎだろう」というセーブがかからなかったことが『赤影』の長期放送につながったのだと思う。
しげが「本屋に行く」と突然言い出す。 「ああ、本屋に行くなら付き合おうか」 しげ、ニヤッと笑って、 「私と一緒がいい?」 ……延髄切りでも食らわしてやりたい気分になったが、ここで怒ってたらまた時間が無駄になる。 ニッコリ笑って、 「ああ、一緒がいいよ」と言う。 しげ、でへへへへーと笑う。 更に原爆固めでフォールしてやりたい気分にさせられるがガマン、ガマン。 「博多駅まで足伸ばさないか? ネットカフェにも寄れるしさ」 こないだからしげ、「ネットカフェに行きたい行きたい行きたい」と駄々をこねていたのだ。 しげ、どふぇふぇふぇふぇふぇ〜いと喜色満面。 ああ、こんなに単純な脳みそになれたらどれだけ幸せであろうか。
まず紀伊國屋に寄ろうと思っていたのだが、月末棚ざらえで店休日、間が悪いとはこのことだ。 一階上の「デジタルキャラクターズトータルショップ」……まあ、要するにマンガ・アニメ・ゲームの専門店なんだが、「GAMERS」に回る。 マンガを物色していると、カウンターのところに何やら小さな箱が。 ……「妖怪根付」?! こ、こ、こ、これはあの「百鬼夜行」シリーズのフルタの新作! 造形はもちろん竹谷隆之! ち、ちくしょう、前の第二期シリーズですら集めきれていないっちゅーのに、またこんなシリーズ出しくさりやがって! しかも今度は、前みたいに箱に穴が開いてあって、中の品が何かわかる、なんて親切なこともしてくれてない。 どうせどこぞの店では箱から外に出して揃えたものを2倍ぐらいの値段で売ったりするんだろうけど、そんな詐欺商法に乗りたくはないし、オトナ買いもなんかやらしくってイヤだ。 ……しかも「陰の巻」「陽の巻」合わせて、全24種類〜ぃ? 数学に強い人、全種類集めるためには平均して何個買えばいいか、教えてくんない?
自分で言っておいて失敗したなあ、と思ったのは、インターネットカフェ『POPEYE』、煙草が充満しているのである。 禁煙席もあるにはあるが、喫煙人口がやたらと多いので役に立たない。マンガ読むより、映画見てたほうが楽かなあと思って、DVD『スペースカウボーイ 特別版』を借りる。 字幕で見るか吹き替えで見るか迷ったが、クリント・イーストウッドの声を小林清志さんがアテているのを見て、吹き替えを選択。 説明の必要もなかろうが、イーストウッドの声をアテていた定番は故・山田康雄さんである。つまりこのキャスティング、ルパン三世のあとを次元大介が継いでいるわけで、恐らくその辺の事情もスタッフは鑑みてこの「友情のリレー」を企画したのだろう。 いささかその意図がわざとらしくはあるものの、これで声優さんが張りきらないはずはない。しかもジェームズ・ガーナー(久しぶりっ!)の声がまた大塚周夫さんと来たもんだ。あなた、声優さんにまで爺……失礼、超ベテランをあてるあたりが嬉しくってたまらない。当たり前のように見えるかもしれないけれど、下手したら若手に作り声させて出演量ケチる場合だってあるんだよ。 一応、基本的に私は映画を見るのは原音・字幕派なんだが(ヒアリングが得意なら字幕だっていらないよな)、吹き替えを否定するまでのことはない。 悪口言いたかないけどよ、字幕至上主義で吹き替え声優全般に対して、不当に貶めるような発言するやつは映画の本質も知らんノーテンパーだ。字幕と吹き替え、どちらが上かなんて単純比較ができるものか。どちらも長短があるのである。
で、肝心の映画。 キネ旬で1位取ったってえのが、さて、あのアホどもにこの映画の意味がちゃんと見えてんのかいな、とは思うけれど、実際、悪い出来じゃないのは確かだね。というより、結構な拾いものだよ、これ。 確か「地球の危機をなぜ爺さんに託さにゃならんか」と、その設定のムリっぽさにケチつけてたヒョーロンカがいたが、こういうのが典型的なバカなの。 だからもともとそのムリを見せるための映画なんだってば。 みんな気がついてないみたいだけど、基本的にこれ、純然たるコメディーなんだよ。それに気づかずに上記のような批判してたヤツは、例えば『ゴーストバスターズ』見て、「幽霊なんてこの世にいるものか」と批判するのと同じくらい、バカだってことだな。 勘違いしやすいのは役者がイーストウッド、トミー・リー・ジョーンズ、ドナルド・サザーランド、ジェームズ・ガーナーと芸達者を揃えているせいなのだろうな。誰一人としてコメディー俳優がいないのだもの。 だけど、ちゃんとコメディー演技してるんだよ、みんな。 あの、冒頭からちゃんとコメディーしてることに気がつかない? 1958年、空軍のパイロットでケンカばかりしているフランクとホーク。 人類初の宇宙パイロットになれるかとNASAの発足式の壇上に登るが、上司の「ご紹介しましょう、記念すべき栄光の宇宙パイロットです!」の声とともに、フランクとホークの“後ろ”から現れたのは、メスのチンパンジー! いや、確かにこれ史実だけどさ、別にホントに「なんでサルを宇宙に送るんだ」って怒ったパイロットはいなかったと思うぞ(^.^;)。 で、この二人、「おまえのせいで宇宙に行けなかったんだ!」と、その後“40年も”、ケンカし続けているのである。 バカだね〜。 この二人と残り二人を含めたチームの名前が「ダイダロス」ってのも人を食ったギャグ。これ、太陽まで飛ぼうとして“墜落”したイカロスの父っつぁまだがね。イカロスは落ちたが、ダイダロスは逃げ出したのである。 『マクロス』の「ダイダロス・アタック」の語源も当然これですわな。何だかこういう言わずもがなのこともつい書いちゃうのも、非オタクの人がこのページを覗いた時のためのフォローであるので、うるさいウンチクだなんて思わないでね。 で、老朽化したロシアの通信衛星を修理するために(あまりに旧式なので、修理のノウハウを知ってるのが「ダイダロスチーム」しかいなかったのだ。わあ、ウソっぽい設定♪)、フランクは「今度こそ宇宙に行こう!」とホークを誘うのだが、意地っ張りのホーク、「だれが今更!」とケンもホロロ。 諦めて残りの二人のところにやってきて、フランク、「ホークのクソ野郎のことは諦めろ」と報告したその後ろから「だれがクソだって? このジジイが」とホーク。 ……どこまで行ってもギャグじゃないの。実際、ギャグの数でその映画をコメディーかそうでないかを見分けるとしたら、この映画、オチに至るまで全編ギャグなのである。ああ、この映画を公開当時、イーストウッドのプライベートフィルムみたいなものかと勘違いして見に行かなかった自分自身の若さゆえの過ち(もちろんダイダロスチームに比べりゃ中年の私だって若手だ)、本気で悔しいぞ。 特に見せ場となるのは、ラスト近くの危機一髪のあたりではなく、爺さんたちがスペースシャトルに乗りこむために訓練に臨むところ。ここが最もギャグの数が多い。 マラソンして3キロ走っただけでバテて「ダメだ、もう走れん!」と言ってたのに、「あ、きれいなネーちゃん」のヒトコトで「何っ!」と走り出すジェリー。うわあ、マンガのような定番ギャグ。でも、これを演じるのがあの『マッシュ』の、『針の眼』の、『SFボディスナッチャー』(笑)の、サザーランドなのよ。みんな70歳になろうかってトシなのにこいつだけ今でも現役ビンビンという設定なのだ。上原謙かい。 フランクとホークがGショック体感装置に乗った途端、遠心力で顔のシワが伸びて若返るというギャグなんか大爆笑。これ、『スパイ・ライク・アス』でも似たようなギャグやってたけど、わざとらしくない分、『スペースカウボーイ』のほうに軍配を挙げよう。 ギャグを挙げ続けてたらキリがないのでこの辺で。少しはこの映画が「コメディー」であること、ご納得頂けただろうか。 だからあのリアリティのないオチについても、感動して泣いたヤツも、逆にシラケたヤツも両方いたかもしれないが、アレは「拍手」するところなのだ。……いいよなあ、「FLY ME TO THE MOON」♪ これ以上のネタバラシは控えるが(いや、実際に見ていただければ、これ以上にギャグはてんこもり、決して退屈はしないのでご安心を)ダイダロスの面々が、『トゥナイト』に出演するシーンがあって、特典映像のメイキングを見て驚いた。 あれ、脚本が全くナシの完全アドリブだったのだ。つまり、四人ともまんまその役になりきって演技していたのだ。 凄いぞ、この映画。 監督のイーストウッドが、初めこの企画に乗り気じゃなかったのに脚本を一読してやる気を出したってのも納得だね。 ああ、DVD買いたいのがまた増えちまったよう。
帰りにスーパーに寄って買い物。巷で話題の「とんとろ」を初めて買う。……話題の一品だけあって、ワンパック420円と高いけど(同じ量の鶏肉が200円前後なのでほぼ2倍)。 でも、ネギで塩焼きしてみると、確かにコリッとした触感が実にうまい。ちょっと塩味をつけすぎたが、味付けが特になくても、炒めるだけで充分美味しい。これはもしかしたらしばらくハマるかも。 ……また体重が戻らないように気をつけないとなあ。
DVD土曜ワイド劇場の江戸川乱歩シリーズ、『浴室の美女/死刑台の美女』見る。ホームページの「映像で見る明智小五郎」のコーナーを作ろうと(こればっかりや)購入したのだが、初期のころの土曜ワイド、結構ヌードに吹き替えを使っていたのだということがよくわかる。……こらこら、ドラマのどこを見てるんだ(^^*)。 女優さんが脱ぎたがらなかった、というより、テレビ的に自主規制してたんだろうな。夏樹陽子も、かたせ莉乃も数年後にはバンバン脱ぎまくるようになるし。 でもなあ、見てすぐ一発で吹き替えとわかるってのはいくら何でもどうか。 夏樹陽子は自他ともに認める超ペチャパイ、別名、男胸である(ひでえ言い方)。どれくらいペチゃかというと葉月里緒菜よりない。それが乳房のシーンになった途端、あるのである。 逆にかたせ莉乃は超巨乳である。確か1メートルあったのをなんぼなんでもと91くらいに少なめに発表していたとウワサに聞いた。……当時、こんな巨乳の吹き替えできるアダルト女優なんていない。で、ヌードになった途端、乳房がしぼむのな。1/5くらいに(笑)。 後年、この二人が脱ぎまくったというのは、理由は正反対でも、「アレは私のチチではない」ということを見せねばならぬと思ったからではないのか(笑)。
初期の土曜ワイド、実際吹き替えのチチばかりで客をバカにするな! と怒ってたのだが(当時私は高校生♪ ……いや、こんなもんですよ、色気づいたバカガキってのは)、珍しく生のヌードを見せたのが『幽霊列車』の浅茅陽子。 これもDVDを買いましたって、ヌード目当てで買ってるように思われたら困るなあ。これ、赤川次郎の新人賞受賞作(これがデビューと錯覚してる人が多いが、赤川さんのデビュー作はテレビ『非情のライセンス』の脚本である)の初映像化で、しかも監督は岡本喜八、自作の映像化のほとんどを「駄作」と言いきる赤川さんが唯一認めた傑作なのだ。 田中邦衛・浅茅陽子の探偵コンビに加え、岡本組の芸達者がズラリ揃ってもう壮観なことったら。内田朝雄、桑山正一、殿山泰司、今福正雄、天本英世、山本麟一、信欣三、小沢栄太郎、今や故人となった方が多いのが悲しい。なんと子役時代の『もののけ姫』のアシタカ、松田洋治までいるのだ。 例の浅茅陽子の入浴シーン、監督のインタビューで事情がわかったのだが、吹き替え女優がドタキャンして、「どうしようか」って言ってたら、浅茅さんが「あたしやるわよ」と言ったんだそうな。女優はこうでないといけない。 原作のミステリーとして弱いところも監督が補完、「ここは描写が足りない」と人物を掘り下げ、「だってそんな設定いらないもの」と、ムダな描写を省く。これだけ原作を批判され、書き換えられたら、原作者としては怒りそうなものだが、その「改変」が的確だったからこそ文句のつけようがなかったのだろう。 何10本とある赤川作品の映像化代表作を一本挙げろといわれたら、私はこの『幽霊列車』を挙げる。 ……ひとつだけ難を言えば、渡辺岳夫の音楽がちょっとだけ重いんだよなあ。
2000年08月31日(木) 耳掻きしてたら血が出た……/『心理試験』(江戸川乱歩)ほか
| 2001年08月30日(木) |
性教育マンガ(* ̄∇ ̄*)/『フリクリ』2巻(GAINAX・ウエダハジメ)ほか |
久しぶりに外は雨天。 天気予報だと終日雨だとか。 こんなことなら、やっぱり昨日のうちに外出しとけばよかったなあ。 でもこれで一日パソコンに向かって日記の更新が出来るぞ。
……って、自分の一生、日記に全部費やす気か(-_-;)。
休みで一日中ずっと家にいても、夜寝る生活は変わらないから、夜仕事に出るしげとは、やはり生活時間帯がズレてしまう。 夕べもしげは、夜9時に仕事に出かけて、朝3時に帰宅した(らしい)。その間、私はずっと寝ている。こうなると一緒に食事ってのもなかなか難しい。 しかたなく、食費は折半ということにしてそれぞれ勝手に飯を食おう、ということにしているのだが、しげはしょっちゅう私にタカってくるのだ。 昨日もしげにせがまれて、棒棒鶏を作ってやったのだが、朝、冷蔵庫を覗いてみると、全く手付かずで残っている。 味付けが気に入らなかったのかどうか分らないが、自分からせがんでおいて、箸もつけないのかとムッとして、仕方なく自分で食べる。
その直後にしげが起きてきて、すごく悲しそうな顔。 「あんた、棒棒鳥食べたね?!」 「……残しといても腐るだろう」 「朝、帰ってきたら食べようって楽しみにしてたのに、なくなってたから、悲しかったんよ」 「……何言ってるんだ? 俺が食ったの、今しがたぞ?」 「ええっ?! だって、冷蔵庫覗いたら、食べられてて……」 「お前が食べてなかったから、仕方なく俺が食べたんじゃないか。……こんなでかいドンブリ、どうして見逃す?」 「だって見たらなかったんだもん!」
……最初、私は、棒棒鶏を食べそこなったウラミを私に押しつけるために、しげがウソをついているのではないかと思った。 でも、そこまでの知恵が回るほどしげは頭がよくない。 そして気がついた。 多分、しげが「冷蔵庫を覗いた」というのは、「夢」だ。 いくら注意力のないスカポンタンなしげでも、冷蔵庫の扉を開ければ一番目のつくところに置いてあるドンブリを見逃すなんてことはありえない。 しげは仕事から帰ってきて、疲れてそのまま寝入ってしまい、夢の中で冷蔵庫を開けたのだろう。けれど、実際には何も食べてないから、腹の膨らむはずがない。それで、夢の中では棒棒鳥が消えてしまっていたのだ。 目覚めた時には当然、空腹。その空腹感に引きずられて、「棒棒鳥を先に食べられていたからだ」と自分が見た夢を現実と錯覚してしまったものと思われる。 ……なんだかなあ、自分で書いてても実にウソっぽいけれど、本当にしげは「現実と夢の区別がつかない」やつなのだ。こんなことは実はしょっちゅうなのである。 仮に、しげに「サンタクロースっていると思う?」と聞いてみてください。ウソでも冗談でもなく、こう答えますから。 「私のところにはサンタさん、来てくれないの」って。
起きたと思ったらしげ、今度は自動車学校へ行くと言って出て行く。寝ちゃ起き寝ちゃ起きでやはり一日の半分は寝ている計算。 いい加減「最近寝不足で」なんてウソをつくのはやめたらどうだ。確かに4時間しか寝てない時はあっても、その更に6時間前には12時間ぶっ通しで寝てたりしているのだぞ、お前は。 日記の更新、パコパコとしていると、しげから電話。 「ご飯はできてる?」 ……完全に私をメシスタントにする気だな。 でもまた怒ってたりしたら、時間のムダだ。しげに時間を取られると、ますます日記を書くのが遅れるなあ、メシを与えとけば食ってる間だけはともかくおとなしくしてるからいいかと、米を炊き、紅しゃけのタルタルソースがけと野菜スープを作る。 確かに私はしげに「飯を作ってやってもいい」とは言った。でもそれは、しげが「メシの材料を予め買っといてくれれば」との条件付きでである。 それがいつのまにやら、メシの買い出しも含めて、何から何までしげは私に依存してきているのである。 なんでこう自分の都合のいいようにものごとを捻じ曲げて解釈するのか。 で、腹が立ってたので、つい、書きかけていた日記をセーブするのを忘れてしまった。 電子レンジでシャケを解凍した途端、部屋中のブレーカーが……落・ち・た……。 うぎゃああああ。 1時間かけて書いた分が、全部パァァァァァァァ! これもみんなしげのせいだあああああ!!(←いや、それはさすがにやつあたりだって)
韓国、性犯罪者の氏名と顔写真、そして現在の居住地を、ネット公開することにしたのだそうな。 過去に性犯罪で数度の逮捕歴がある男が、またもや犯行を繰り返したり、訴えられた犯人が逆恨みして出所後に被害者をまた襲う、というケースが相次いだための処置だという。 アメリカで数年前に成立した「メーガン法」と同様のもので、アメリカの場合も、その犠牲になったメーガンちゃんの親が何万人もの署名を集めてこの法律を成立させた、という経緯がある。 しかし法律の施行後に、社会復帰した加害者たちが、居住地の住民から暴行を受けるという副産物も生んでいる。 「性犯罪者を野放しにしてていいのか」 「社会復帰している加害者の人権を守らなければならない」 こういうのを二律背反って言うのだよなあ。どう考えたって両者の意見に折り合いのつく妥協点があろうとは思えない。 ……いや、本当はあるのである。 性犯罪者には刑罰として「宮刑」を施せばいいのだな。もちろん加害者には通常の結婚生活はできなくなるが、それ以外の社会生活はできる。ちんちん使えなくなるくらいの苦しみは味わってもらわなくちゃ、被害者だって納得すまい。 子供が作れなくなるような刑は人権侵害だと言うなら、タマは体内に埋めこんで、ちんちんだけ切ればよい。どうしても子供がほしい時は、手術で体外受精させて、相方のカラダに戻してやればいいのである。 少なくとも「性的快楽」だけは二度と加害者に経験させない、くらいのことはしないと、それこそ被害者の人権を無視して、加害者の人権だけを過剰に重視している、と見なされてしまうだろう。 実際、これだけネットが広がってる世の中じゃ、どんなに犯人の顔や住所を隠したところで隠しきれるものじゃない。例えば、私ですら酒鬼薔薇聖斗の本名も顔も知ってるのだ。断言してもいいが、もしアメリカなら、酒鬼薔薇、施設を出た途端に殺されるぞ。そしてその犯人のほうは永久に捕まらないだろう。 加害者の人権を本気で守ろうとするなら、終身刑を導入するか、「宮刑」の実施くらいのことは本気で考えないといかんのじゃないか。
CSファミリー劇場で『美少女仮面ポワトリン』第6話『清く正しいバリカン婆々』。ゲストのバリカン婆々は市川勇。テレビではチョイ役ばかりだが、東京ヴォードビルショーの舞台でも重要なチョイ役ばかりで(笑)、私の好きな役者さんである。 しげは今いちヴォードビルの芝居が好きではないようで、福岡公演があってもなかなか一緒に行ってくれない。確かに、ヴォードビルは座長の佐藤B作さん自身、決してうまい役者さんとは言えない。ほかの役者さんたちも、どこか「華」に欠ける。けれど、その、言葉は悪いが「地味」な人たちが集まって、それなりの芝居を作って行こうとしている姿勢、ウチの劇団にも通じるものはないか。 なのに生意気にウチのメンバーはみんな、役者や劇団に対する好き嫌いがありすぎるのである。いや、趣味の違いをどうこう言いたいわけではない、たいしてその役者さんのことを知りもしないのにエラそうに優劣をつけるようなもの言いするヤツが多いのだ。 役者としての意識があるのならな、どんなにつまらないと思えるような映画や舞台からでも何かが必ず学べる。そういうものにカネをかけて、銭をドブに捨てるくらいの気持ちがないと、芝居なんかやってけないのである。 いや、話が横に逸れた(いつもか)。 『ポワトリン』シリーズ、ほかにも佐藤正宏、田口トモロヲ、大杉漣、蛍雪次朗など、アングラ系の役者さんが、結構出演しているのである。なんで今更『ポワトリン』なんぞと思われてる方もおいででしょうが、なかなか侮れませんよ。
マンガ、諸星大二郎『栞と紙魚子の夜の魚』(朝日ソノラマ・800円)。 『ネムキ』連載のホラー・コメディーシリーズ4作目で最終巻。 いつどういう形で終わってもいいようなスタイルにはなってるけど、実際に終わってしまうとなると寂しいなあ。 主役の二人、怪奇な事件に巻き込まれることが嫌いだ、みたいなことを言ってるワリに、自分からドツボにハマってばかりいるところが好きだった(特に古本マニアの紙魚子)。 でもやっぱり周囲にあつまってくる変なキャラクターたちが大好きだった。 最終作の『夜の魚』、今までの変なキャラクター総登場の巻である。 怪奇作家の段一知(まあ、このシャレがわからぬ人はこの日記を覗いておられる方の中にはいないであろう)一家、「テケリ・リ!」のクトルーちゃんもいいけれど、謎の大きな顔の奥さんが私のお気に入りだった。 なんと本作のラストで奥さん、「人間に近く」なってしまう。 どうなったかはまだ読んでない人のために、ヒ・ミ・ツ(* ̄∇ ̄*)。 「あたしどうして元に戻らないのかしら、これではあなたに嫌われてしまうわ」 「ばかなことを言うんじゃないよ、どんな姿をしていてもきみはきみじゃないか」 セリフだけを聞いているとありきたりだが、段先生は、「本当に奥さんがどんな姿をしていてもいい」のである(笑)。 たとえ奥さんがダゴンであろうが、ウィルバー・ウェイトリーであろうがナイアルラトテップであろうが栗本薫であろうが(笑)、愛に変わりはないのだ。 『美女と野獣』を越える究極の愛だな、こりゃ。 あともう1巻くらい、読みたかったなあ。
マンガ、原作GAINAX・漫画ウエダハジメ『フリクリ』2巻(講談社・550円)。 アニメシリーズ、全6巻が完結して、マンガ版もオワリ。 アニメのほうも相当キレてたが、マンガ版はよりキレていた。 筋に基づいて絵が描かれるのでなく、絵の流れが筋を紡ぎ出すような展開。故にアニメ版とは若干、内容が異なる。……けれど、その「差異」のおかげで、アニメ版を見たときには気がつかなかった『フリクリ』って作品の精神的構造が見えてきた。 これはもう、ネタバラシしないと説明ができないので書いちゃうけど、マンガ版で、ナオ太、本当に父親のカモン殺しちゃうのね。 「男の子はね、父親を殺していいんだよ」 “父親殺し”と言えば、その心理分析はもう、超有名なアレに決まってますわな(笑)。 父親を殺せない男の子は男の子ではない(おいおい)。 あ、物理的に本当にってことじゃなくて、心理的にって意味でね。でも実はその差はたいした違いじゃないのだ。 男の子が自立できるのは、父親を“本当に”殺せると確信できたときだから。 そして、その確信に向かって、男の子を心を誘ってくれるのが、ファム・ファタールとしての「母親」なのだ。 ハル子さんは、お母さんだったんだね……って、じゃあ、『エヴァンゲリオン』と全く同じじゃん。 だからまあ、『フリクリ』ってのは煎じ詰めれば『エヴァ』同様、エディプス・コンプレックスの具現化作品だったわけだけれども、お母さんと「大人のキス」をしたってさ、やっぱり「宇宙」に飛び立つことはできないんだってとこまでそっくりなんだよなあ。 ということは、原作の鶴巻さん、結局、庵野秀明の掌中の孫悟空だったのかな? ……いや、多分そうじゃないな。 『エヴァ』と『フリクリ』とじゃ、ある一点が決定的に違ってる。 “ナオ太は14歳じゃない。” ……10歳くらいかな。だから、精通はまだないはずだ。 「女の子」は知らない。 精通のない男の子が、どんなに辛いか。 でも、「母親」は知っている。というか、それを知らなければ母親にはなれない(現実にはそれを知らない母親、多過ぎるよな)。 N.O.は明らかに精通のシンボライズだ。ハル子さんは出そうで出ない、ナオ太くんの未発達の性を、優しくしたり、叩きのめしたり、手練手管で引き出してやってるのだ。 でも、男の子に本当に「性」が芽生えたら。 母親は退場します。しなければいけません。 だから、男の子は、性に目覚める直前の、自分の中にあるモノをどうしたらいいか分らずにもだえているときが、人生で一番辛い時なのだ。 ……だからまー、なんつーか、『エヴァ』同様、女の子はうっかり『フリクリ』が好きだなんて言わないほうがいいかもねえ。 ナオ太くんモドキっつーか、シンジくんモドキとゆーか、「ぼくのママになってくれる?」って感じでいながら、実はもう精通しまくりの男に付きまとわれかねないっスから。
DVD『仮面の忍者赤影/第一部 金目教編』1話〜5話、見る。 個人ホームページに天津敏さんのコーナーを作ろうと、代表作の一つと言える『赤影』を買っちゃったわけだけど、この作品もしげは嫌っている。 昔、しげがヒキコモリだった頃(笑)、テレビ番組は面白かろうとつまらなかろうと、片っ端から見てたらしい。その時間帯にやってる番組で、ニュース以外にそれしかなければ、否が応でも見るしかなかったんだって(んなことないだろ)。 で、「またこれを見なきゃならんのか」という気持ちがますますその作品を嫌いにしてしまうと。 ……そんな見方してたら、作品の評価自体が歪んじゃうじゃないか。 古い作品だということ、子供向けの30分番組だということ、故に脚本が単純で意外性に乏しかったり、特撮がチャチだったりという弱点は確かにある。 しかし、それを補ってあまりあるビジュアルの魅力、特に敵の霞谷七人衆の奇想天外な忍法の数々は、その特撮の稚拙ささえ魅力の一つと思わせるだけの楽しさに満ちているのだ。 ……コーナーはシュミ特「天津敏大辞典」みたいな感じで作っていこうかなあと思ってるんだけど、これも時間がかかりそうだよなあ。
しげが赤飯を全く食おうとしないので、仕方なく白飯を一合だけ炊く。 なんでそんなに少なめに炊くかというと、買ったもち米がまだ余ってるからだ。こっちもさっさと赤飯にしないといけないので、とりあえずしげが食べる分だけ白飯を炊いたのだ。 でもこんな面倒臭いことするくらいなら、もう一つ炊飯器を買って、しげの分はしげの分、私の分は私の分で飯を炊いてたほうがいいなあ。 ……あっ、それって、家庭内別居みたいなものではないか。しげに好き嫌いさえなければ、こんなことにはならないんだけど。迷惑かけまくってるんだから大概で性根を入れ替えてほしいものである。
2000年08月30日(水) ○○につける薬がほしい……/映画『蝶々失踪事件』ほか
| 2001年08月29日(水) |
腹立ち日記/映画『お笑い三人組』ほか |
朝方、ミ○○シの業務サービスから、クーラー修理の件で電話連絡が入る。 昨日の連絡では今朝、来てくれるということだったが、「午後にお伺いしてよろしいですか?」ということで驚く。 メーカー連絡を頼んでおいた馴染みの電器屋さん、連絡を間違えていたのだ。それどころか、こちらの住所も教えてない。いったいどうなってるのか。 午後から出かける予定でいたので、急な変更は困る、と言ったら、「じゃあ、今から参ります」。 ちょっと立腹していると、しげの顔が険しい。 しげは私が他人に対して怒ったりすると、すごく機嫌が悪くなるのだ。どうやら、「幸次郎のクセして、生意気だ」ということらしいのだが(わしゃのび太か)、先方のミスに対してこちらが低姿勢になることはないだろう。 というか、ミスをしたらミスをしたで、言い訳なんかしなきゃいいのに、ミ○○シ、「昨日も電話を入れたんですけど」(ヒョウジケンガイだったので、受話器を取らなかったのだ)なんて、電話に出なかったこちらのほうが悪いような言い方をするものだから、こっちだって意地悪になるのだ。 更に「どうにか午後にできませんか? もうほかの予定入れちゃってるんで」なんて頼んでくる。もう、私のこめかみにはピクッと青筋が立っている。「そちらのミスの尻拭いをこちらにしろと言うんですか?」と言ったら、さすがに黙った。 こういう事情だから、しげが腹を立てるのは全く筋が通らない。クーラーが治らなくて困るのは自分だってそうだろう。だいたい、私が入院するちょっと前から、水漏れを起こしてたんだから、しげが連絡をしておけばよかったのだ。結局、面倒臭いからサボって、後始末をまた私に押しつけているのである。 自分もしょっちゅう甘えてくるくせに、そんな態度取るほうこそ、「しげのくせに生意気だ」。
しげは自動車学校。その間にミ○○シ、クーラーを修繕して帰る。基盤がイカレていた由。ホースの根詰まりも直してもらったので、これでまた数年は持つであろう。 直後に父から電話が入り、修繕はしてもらえたかと尋ねられる。 トラブった事情を説明すると、「ミ○○シから、こっちに電話があったぞ」とのこと。ミ○○シ、ウチの電話番号がわからずに父の店にかけたらしい。住所も電話番号も電器屋さんのほうに教えているというのに、どうして伝わっていないのだ。「アレはいつもじゃ」と言いつつも父も呆れていた。
快気祝に自分で赤飯を炊く。 もちろん、しげが何もしてくれないからだ。 なのに私の方は帰ってくるしげのためにイカのから揚げや棒棒鶏を作っておいてやるのである。 帰宅したしげ、うまそうにバクバク食う。……寄生されてるよなあ。
終日、日記の更新。 退院が近づいてからは、メモをつける程度にしか日記を書いていなかったので、新聞を読み返したり記憶を辿りながら書いて行くのだが、もはや断片的にしか思い出せない。それでも脳細胞をフル回転させて書き続ける。 なんでそこまでして書いてんだと言われそうだが、既に“業”になっちゃってるのだ。休みももう二日しかないし、それまでになんとしても溜まってる分を片付けようと思うのである。……それにしても、単純計算して位ても、月産、四、五百枚は原稿書いてる計算になるなあ。 でも、自分の心の中では、これでもまだ無理のないように「セーブしている」感覚でいるのだ。だって、日記だけ書いてたら、本も読めないし、映画だって見られないじゃないの。
午後から何か見たい映画はないかしげに聞くが、要領を得ない。 しげがバカだなあと思うのは、「この映画見たいんだけど」とこちらが持ちかけても、返事をしないことである。 はっきり「見たくない」と言うと、ワガママだと捉えられてしまうかも、と黙っているつもりなのだろうが、こんな無意味なことはない。見たけりゃ、「ウン、行く!」と言ってるはずだからだ。 結局、即断するしかないのだということはちょっと頭をひねればすぐわかることだし、そうしろと言ってもいるのに、相変わらず優柔不断なままだ。 「だって、ちょっと見てもいいかな、という程度で、すごく見たいというわけでもないから」 それは「見たくない」ってことなんだよ。ああ、もどかしいヤツ。 「『パールハーバー』は?」と逆に聞かれるが、しげはもう私の入院中にそれを見ているのである。しかし、バカ映画は好きだが、サルの作った映画は私のほうが見たくない(この場合、アメリカ人がサルだという意味ではなくて、ジェリー・ブラッカイマーとマイケル・マンがサルだという意味である。誤解のないように)。 一応、私も選択肢として、『A.I.』、『ジュラシック・パーク�掘戞◆愴鵐丱薀鵐后戮魑鵑欧燭�、しげは全部無言。 なんだか相手にするのがイヤになったので、外出はなし。
鹿児島、種子島センターのH2Aロケットが、ようやく打ち上げに成功した。 失敗しまくりの末の成功だけれども、これであさりよしとおもスランプから脱却できるかもな(笑)。 ニュースでは、種子島の住民たちが「ホッとしました」とか、満面に笑みを浮かべている様子を映しているが、島の人たちにとって、ロケットって、そんなに生活に密着したものになっているのか? でもなあ、結局は観光に来た他地方のお客さんのオカネを期待してるだけじゃないかって気がしてならないのだ。あそこに集まってる人のどれだけが物見遊山ではなく、宇宙開発の未来に本気で思いを馳せているんだろうか。 もちろん、物見遊山が悪いとは言わないが、あの群集の中にせめて一割はロケットオタクがいてくれないと、第二の毛利衛さんは生まれてこないと思うんである。ロケットを観光のための道具にしてんじゃねーぞ。 ……でも、ロケット饅頭とか売ってそうなんだよなあ、種子島。
イチロー、200本安打、打率も3割5分でトップとかで、国民栄誉賞の話も出ているのだそうな。 別にイチローが嫌いってわけじゃないが、野球で大リーグで活躍したら国民栄誉賞なのか、じゃあイチローが日本で活躍し続けていても、栄誉賞はもらえないってことなんだな? と、なんだかヒネクレたモノの見方をしたくなる。 考えてみたら、まだ長嶋茂雄だってもらっちゃいないのだ(死んだときじゃなきゃムリだろうな)。受賞に順番があるわけでもないけれど、冷静に考えてみて、イチローって、そんな「栄誉」されるほどのことをやったと言えるのかねえ? 記録って点じゃ、王や衣笠とはまだ格が違うって思っちゃうのだけれど。 でもあげるってもんをあげるなとまで言いたいわけではない。 ただ、未だに日本人が、シャープ兄弟を破った力道山のころと精神構造がいささかも変わっておらず、「よくぞ外国に日本の威光を知らしめてくれた!」と、たかがスポーツのことで有頂天になっちまうような、脆弱なプライドしか持ち得ていないことが情けないなあ、と思っちゃうのである。 映画が海外で賞を取っても、ほとんど報道なんかしないくせにねえ。広末涼子や宮沢りえに海外での受賞経験があるってこと、知らないやつも多くないか。黒沢清の『回路』、カンヌでの受賞もほとんど報道されてねーぞ。
夕方、CSチャンネルNECO『お笑い三人組』見る。 NHKドラマ本放送時にギリギリ間にあった世代じゃあるんだけれど(古くてすまんねえ。映画は昭和33年製作だけど、番組自体は昭和41年まで続いていたのよ)、もうテーマソングくらいしか覚えちゃいない。でもラストで三人が歌ってたメロディー、テレビ版とは若干バージョンが違うんじゃないか。「アハハ、ウフフ、エヘへのへ」ってあたりはなんとなく覚えちゃいるが、映画のほうは笑い声がちょっと少ない。 三人ってのは落語家の三遊亭小金馬(現、金馬)、講釈師の一龍斎貞鳳、物真似の江戸屋猫八、それぞれ下町の酒屋、サラリーマン、パン屋に扮しているのだけれど、印象に残ってるのは金馬さんだけだなあ。ともかくチャカチャカしてて、何言ってるんだかわかんないような早口でまくしたてて、体を動かしまくっていたのが子ども心にウケていたのだろう。今の私なら、ちょっと頭のヨワイという設定の、猫八のファンになってるだろうけど。 複数のお笑いっての、誰か一人に人気が集中するものだけれど、この映画でも、三人組の「オチ」の部分を担当するのはいつも金馬である。やはり一番ノッていたころなのだろうなあ。 孤児の男の子を大富豪の子どもと勘違いして引き取って育てる三人組、この「子供と絡めて映画化」ってのは喜劇の映画化の定番。代表作はチャップリンの『キッド』だけれど、日本も『突貫小僧』以来の長い伝統がある。でも松竹が子供を使っても『長屋紳士録』みたいに人情ものに流れやすいのに対して、この『お笑い三人組』、日活って土壌も幸いしてか、結構ドライな仕上がりになっているのだ(『国士無双』、『赤西蠣太』から『幕末太陽伝』に至る流れを見よ)。 男の子のイタズラにさんざん悩まされる三人、実はただの孤児だと知って、褒美がもう期待できないと落胆して、この子を捨てに行っちゃうのだが(非道だが、当時の庶民感情なら、まあ納得)、そのとき子どものほうから「しかたないよ、ドライに行こうぜ」とたしなめられてしまう。 更にドンデン返しが起こって、やっぱり男の子は富豪の孫だったということが判明するのだが、それが新聞に載った途端、「私がその子の母親」と名乗る女性が、大挙して押し寄せてくる。この辺、キートンの『セブン・チャンス』の変形であり、松竹の三益愛子の「母もの」に対する痛烈な皮肉にもなっている。 いやはや、意外と喜劇史的に侮れない造りになっているのには驚いた。もともと、この手のテレビの映画化ってのは、テレビの短い時間に制約されて十分にその芸をみせられない芸人たちに披露の場を与えるって側面があって、そういう場面は確かにあるのだけれど、「それだけじゃ済まさないぞ」という脚本・監督の意志が見られるのである。意外とこれは拾いものであった。 ゲストのチンピラ役で、小沢昭一・柳沢真一・西村晃の三人がワンシーンだけの友情出演。西村晃が昔はよくコメディーやってたこと知ってる人も少なくなったろうなあ。
同じくチャンネルNECOで『スレイヤーズぐれえと/スレイヤーズごうじゃす』。以前、映画で見てるのだが、こうしてテレビにかかってるとつい見ちゃうね。どうもマヌケな映画にゃ目がない。 この『スレイヤーズすぺしゃる』シリーズ、たいていなにかの併映として作られてるために1時間ちょっとの時間枠、なのに、ギャグの数が目一杯というのが嬉しいのである。『ミンキーモモ』だけでしか評価されてない感のあるわたなべひろし監督、もう一つの代表作と言っていいのじゃなかろうか。 ファンシーなゴーレム造りの道を極めようとするオヤジとか、小遣い値上げを拒否された腹いせにドラゴン軍団を率いて戦争おっぱじめる小娘とか、「世界はバカで満ちている」という世界観が素敵なのだ。
2000年08月29日(火) 後始末は大変そうだな/『ルパン三世総集編』第6集ほか
| 2001年08月28日(火) |
クリエイターの条件/映画『ハムナプトラ2 黄金のピラミッド』ほか |
猛暑はとりあえず去ったとは言え、クーラーのないマンションの部屋の中は暑い。むちゃくちゃ暑い。 しげが、人より体温高くて7度近いものだから、室温上昇に貢献してくれること。とても一緒にはいられない。マジで頭痛がするのである。 夕べ、クーラーを取り付けてくれた知人の電器屋さんに、メーカー修理を頼んでおいたのだが、今朝方になって、「明日、朝8時から8時半の間に伺いますから」と電話連絡が入る。昨夜のうちに連絡しておいたのは、今日来てもらいたかったからなのだが、昨日の今日では順番もあるし、来てもらうわけにはいかないらしい。 まあなあ、これだけ暑けりゃ、あっちこっちでクーラーも故障しまくってるだろうから、仕方ないか、と諦める。
せめて汗でも流そうと朝風呂に入っていると、遅く起きてきたしげが風呂場にまでやってきて、「飯はぁ?」と聞いてくる。 私がウチにいるとき、家事はほとんど私の担当だ。 私が仕事に行ってる間は、しげは寝ていて何もしない。帰宅してから家事をするのはやっぱり私である。……しげに、「申し訳ない」という気持ちがカケラでもあったなら、こちらも少しは気がおさまるのだが、起きるなり第一声が「飯」である。しかもこっちは風呂に入ってるってのに。 「ふざけんな。自分でそんなん作れ」 「だって、料理するの好きって言ってたじゃん」 「朝飯なんて飯と味噌汁で充分じゃねーかよ。なんでそんなのまで人を頼りにするんだよ」 しげ、ふてくされた顔で風呂場を出ていくが、「アナタ、お食事の用意が出来たわよ」なんてセリフがしげの口から出てくることは夢のまた夢なんだろうなあ。 え? 朝飯は結局どうなったかって? 作りましたよ、私が二人分。 モヤシ炒めて卵とじにしただけだけどね。ちょびっと醤油垂らしただけで、これがムチャクチャ美味いのだよ。 でも台所の電球が切れていて、薄暗い中で作ったので、片方は焦げすぎてしまった。 ……もちろん、焦げた方を食べたのは私。自分で自分が健気過ぎて泣けてくるよ(T∇T) 。
任天堂の新機種、「ゲームキューブ」の発売が迫っているが、プレステ2のソニーに水を空けられつつある任天堂がゲームメイカーとしての矜持を示すためにか、DVDなどの機能を一切つけなかったと言う。 近い将来、ネット配信で映画が自由に見られるようになるのなら、余計な機能はかえって邪魔って踏んだのかもしれないが、いささか即断に過ぎないか。今、DVD機能を排除するって言うのは、ユーザーにしてみれば明らかに魅力減に感じられるように思う。 マイクロソフトのXBOXも来年発売が決まっている。 どうせもっといいものが半年待てば手に入るとなれば、購入を手控える人も多くなるんじゃないか。なんとなくこの「ゲームキューブ」、発売当初は売れるだろうが、セガのドリームキャストの二の舞になりそうな予感がするのである。 なんだかこういうプライドだけでモノを売るって姿勢、戦時中のカミカゼ特攻隊みたいでどうも気に入らないのだなあ。
CSファミリー劇場の「ファミナビ」、相変わらず加藤夏季がノリノリでがんばっているが(なんだか最近、この日記の加藤夏季度が高いな。イベントでもあったら、仕事休んででも行っちゃうんじゃないか)、それはそれとして、来月、昭和ガメラシリーズの一挙放送があるので、湯浅憲明監督がゲストに呼ばれて、当時の裏話などを披露している。 もちろん、低予算でいかに特撮映画を作るかと言う話に終始するわけで、ガメラマーチを歌っていた「大映少年合唱団」は、撮影所の近所で遊んでいたジャリん子どもを「ちょっとおいで」と集めて歌わせただけだとか(笑)。 自作のベスト3は、『大怪獣決闘ガメラ対バルゴン』『大怪獣空中戦ガメラ対ギャオス』『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』の三本だそうだが、なぜ『バイラス』かと言うと、これが最も予算が少なかったからだそうな。なんでも白黒映画より安く、しかも本編特撮両方合わせて一本分のオカネしかくれなかったとか。 「高速度撮影と逆回しだけで無重力を表現する」なんて力技もこの作品ではやっているのである。こうなるとまさしく「後は勇気だけだ!」の世界だなあ。 「金子がね(もちろん平成ガメラの金子修介監督)、オレんところに来て言うわけよ。『あなたの昭和ガメラを見て育ちましたが、物足りないので平成ガメラを作りました』って。ああ、俺も至らないところがあるのかなあ、と思っていたらさ、金子が『どうしてガメラは日本ばかりに来るんですか?』だって。そんなこと言ったって仕方ないじゃん」 ……ああ、金子監督、バカ。 映画としてのウソに突っ込み入れるのはエセ評論家だけで充分だ。実際のクリエイターが自己否定するような疑問持ってどうする。卑しくも映画の作り手であるなら、設定の矛盾を自分で補完するくらいのことをやってみんか。怪獣がなぜ日本にだけ来るのか、という疑問の答えについて考えるだけで、真のオタクであるならば一昼夜かかって百の設定を思いつけるぞ。 中途半端なオタクはこれだからなあ。 でも、金子監督が偏狭だったのはガメラの2作目までで、3作目では大分コワレていたようだから(笑)、もしかして今度の『大怪獣総攻撃』とんでもないケッ作になってるかもしれないのである。 期待しよう。
マンガ、金田一蓮十郎『ジャングルはいつもハレのちグゥ』8巻読む。 ……あれ? 折り返しのところの著者近影がないぞ? 女性作家が顔写真を露出しなくなるのにはたいてい二つの理由がある。 ○ったか老けたかだ。この作者、まだ21、2歳のはずだから、老けたわけではなかろう。だとすると○ったか。 顔写真をできるだけ露出させないマンガ家さんが多い中で、堂々と写真載せていたので珍しいなと思ってたのだけれど、やっぱり恥ずかしくなってきちゃったのかな。外見なんて気にしなくていいと思うけど。 この人のギャグの間の取り方、誰かに似てるなあ、と思っていたら、今巻でやっと気がついた。 西原理恵子に似ているのである。 家出をしたハレのところにグゥがやってくる。 ハレの心の声『まさか…俺を探しに……?』 グゥ「ハイ、ハレの荷物と数日分の食料」 ハレ「うわ〜じゅんびばーんたーん」 ここでハレの表情も最近のサイバラつり目になっているのだね。 いや、サイバラさんだけじゃなくて、とがしやすたかが入ってる部分もあるし(崩れた時の目とか口のカタチとかね)。にわのまことだよ、この顔はってコマもある(ハレが「もんが〜」になったときにはのけぞった)。 ダマが「バーサーカー!」って言って迫ってくるギャグ、わかるやつがどれだけいるってんだ。でもフレッド・セイバーバーグの『バーサーカー』シリーズまで金田一さんが読んでるとは思えんから、『究極超人あ〜る』あたりからの流れかも? もちろんそれらのギャグの源流には鴨川つばめや江口寿史がいることは言うまでもない。 つまり、若いワリにこの作者、いろんなギャグマンガ、結構読み込んでるみたいなのである。 それだけギャグが心から好きなのか……っつ〜よりまるきりオタクじゃね〜か、この作者。考えて見れば、『ガンガン』に連載持ってるっていう時点でオタクじゃないワケないのであった。 今巻は「巨大ロボットもの」も入っているので、オタクな読者には超オトクです♪
しげ、午前中は自動車学校、昼ごろから鴉丸嬢が遊びに来るとかで、1時間ほどで帰ってくる。 鴉丸嬢が携帯のバッテリーを注文していて、ドコモだかNTTだかがそれを届けにウチまで来るというので待ち合わせしているんだとか。 なぜ鴉丸嬢のバッテリーがウチに届けられるのかというと、それには深い事情があるらしい。女の子のヒミツはこれ以上詮索してはいけない(笑)。
しげが鴉丸嬢を迎えに行っている間に、DVD『京極夏彦 怪・七人みさき』を見る。 原作も読み始めたので、WOWOWで放映されたときには気がつかなかった原作キャラクターとの差異に目が行くようになる。 御行の又市、田辺誠一じゃちょっとカッコよすぎるのではないか。二つ名が「小股潜り」(=甘言を弄して人を騙す)だから、もうちっとアクの強い人にやってもらったほうがいいように思うのだけれど、テレビドラマの主役の宿命で、これはいたし方がないところだろう。遠山景織子の山猫廻しのおぎんもちょっと可愛すぎるな。 途中まで見ているときにしげと鴉丸嬢が到着。 鴉丸嬢、遠山景織子のファンだとかで、喜んで見始める。 でも段々、設定やストーリーとかに茶々を入れ始める。「なんでこの時代に髪染めてるんだよっ」とか「死体愛好だぁ!」とか「必殺と同じぃ!」とか。 まあ、若い子だから即物的な反応をしてるだけで、批評にもなんにもなっちゃいないのだが、ああ、イマドキの若い子って、こんな感じ方してるんだなあ、と見ていて新鮮なオドロキがある。 まだ、対象となる映画や小説の文化的背景も知らず、自分の感覚だけでしかものを見ることが出来ない、というと悪口を言ってるみたいだが、誰だって中坊のころはそんなものだ。 どうもオタクな生活に慣れていると、こういうオタク度のあまり高くない子に向けてもモノを作っていかなきゃならないのだということを、つい、忘れてしまいがちになってしまうのでイカンのだよね。『怪』のメイクを見ながら、鴉丸嬢、「歌舞伎みたい」と言っていたが、歌舞伎のケレン味などと言ったものも若い子にとってはバカバカしい荒唐無稽としか見えないのかもしれない。 だとすれば、映画や小説の作り手たちは、大きなウソをつきながらも、それをウソと気付かせないくらいの大胆な演出というものを考えていかなければならないのである。中途半端なウソが一番始末に悪いよなあ。
二人がDVDを見ている間、私がずっとパソコンに向かって日記を書いているので、「ずっとウチにいて、書くことあるの?」と鴉丸嬢が聞いてくる。 京極夏彦風に言うなら「世の中にネタにならないことなどない」ということになろうか。日頃からこの日記にも書き、メンバーのみんなにも同じことをしょっちゅう言ってるのだが、全然理解してもらえてないんだなあ。うううo(ToT)o。 劇団ホームページの日記、パソコン持ってるのに書きこまないメンバーも多いが、「書くことないから」なんてこと言ってるようじゃ、クリエイターには永遠になれんのだ。 創作というのは題材ではない。題材は誰の眼の前にでもある。それをどう語るか演じるか。その視点こそが作家のオリジナリティにつながるのだ。 そして、その「クリエイターへの道」は、畢竟、自分を「オタク」として既定していくことに他ならない。 鴉丸嬢も、演劇やってる時点で、オタクの道に片足突っ込んじゃってるのである。更に同人マンガまで描いてりゃもうフツーの人に戻るのは不可能だ。なのに自分のことを「オタクじゃない」なんて思おう思おうとしている様子が見えるのだよなあ。 いや、しげも含めて、ウチのメンバー、まだまだ自分をオタクと自覚することを躊躇してるやつ、多いのだな。確かにイタいオタクも世間にゃ多いし、実際そう言うやつらに迷惑被ったこともあるんだろうけれど、だからって、「私はオタクじゃありません」って言うのは、自分自身のアイデンティティを否定することにしかならないのだ。 自己否定してる人間の言動なんて、だれもマトモに相手にしちゃくれんのだよ。
ビデオ録画しておいた舞台『シティボーイズミックス ラ・ハッスルきのこショー』を三人で見る。 日本のギャグの歴史に残るほどの傑作『ハッスル智恵子ショー』のスケッチがカットされている、というのは事前にしげから聞いて知っていた。やはりさすがに実在した既知外さんのパロディは放送に乗せるのには無理があるんだなあ。残念無念。全体としてそれなりに面白くはあるけれども、アレなくしては画竜点睛を欠く感は否めない。 それに、やはりナマの舞台を見ていると、実感できることなのだが、どんなに8台のカメラを駆使して映像演出を施そうと、そこに流れる空気まで再現することは不可能なのである。 鴉丸嬢、見ながら「大爆笑するような笑いじゃなくて、クスクスって笑えるようなところがいいよね」とか言ってたが、冗談じゃない、実際の舞台は大爆笑の渦だったのである。画面を通してだと、確実に笑い度数は1/3以下に減退しているのだ。 ああ、そこはアップにしたら効果がない、ロングで撮って全体の空気を捉えなきゃ、とか、バカ、アングルが違う、こっちの角度から撮らないとそこでギャグしてるのが分らないだろう、とか、文句つけたくなる箇所が続出する。 あと、『マッシュルームエンジェルス』のスケッチで、ピー音が入ったが、たしかアレは「あんたみたいなチビは小人プロレスに行けばいいのよ!」だったと思う。……だからそうやってピー音入れるほうが差別だってば。 でも、こればっかりはDVDになっても復活はしないだろうなあ。 やっぱり舞台はナマに限るのだ! 来年も東京に見に行くぞ!(誰か一緒に行こうよう。お金、今から積みたててさ) 鴉丸嬢が、突然、「松尾銀三って声優が死んだって」と言い出す。 ……ええっ!? もちろん、『クレヨンしんちゃん』のひろしの父ちゃん(つまりしんちゃんの爺ちゃん)、銀之助の声優さんだ(多分このネーミング、声優が松尾銀三さんに決まってから付けたんだろうなあ)。 昨日の『犬夜叉』(爺ちゃん役を演じていた)で、報告があったそうだが、あとで新聞を隅から隅まで見たが、訃報が全く載っていない。ようやく松尾さん主宰の劇団「銀プロダクション」のHPで、クモ膜下出血で死去、と知る。 ……全く、毎回、誰かが亡くなるたびに嘆いているが、声優はどうしてこんなに新聞での扱いが低いのだ。 『忍たま乱太郎』のヘムヘムも松尾さんだったんだなあ。主役を張る、ということはほとんどなく、脇役に徹されていたが、そういう「いぶし銀」のような役者さんがいることが演劇の世界では大事なのである。 ……映画の遺作は『オトナ帝国』か、『オジャ魔女どれみ』あたりになるのだろうか。くそう、また『オトナ帝国』見たときに泣きたくなっちまうじゃないか。 でも、これらのことは全てあとから調べて解ったことで、このときは一切反応しなかった。鴉丸嬢、特に松尾さんのことを知っている様子でもなかったので、下手に「ホント?!」なんてこちらが言ったところで、それ以上に何か言えそうもなかったからだ。 っつーか、下手な茶々でも入れられたら腹立つしな。 以前、塩沢兼人さんが亡くなったとき、「塩沢兼人さんが亡くなったんだよう」と言ったら、「塩沢とき?」とクソバカなボケかましてくれたからな、このガキゃあよ。大竹まことじゃねーが「空気読めよ!」って言いたくなるぜ。 いやまあ、本気で怒ってるわけじゃないのでご心配なく。私は男にはキビシイが、女には、しげが嫉妬しない程度にはヤサシイので。
7時ぐらいまで鴉丸嬢の時間が余っていると言うので、カラオケになだれこむことにする。 ついでにパンクした自転車を、馴染みの自転車屋に出しに行ったが、「修繕のしかたが解りません」と断られる。仕方なく、パンクしたまま乗って行ったが、ケツに響くことったらない。ああ、また痔が悪化しちゃうなあ。
毎回少しずつ歌うレパートリーを変える、という試みをしているので、だんだん、なぜそんな歌を? ってのまで歌い始める。 『少年徳川家康』、こんなのはしげもさすがに知らんだろうと思ったらちゃんと知っている。でも「軍歌みたいだ」はねーだろう、立派なアニソンだぞ。 『快傑ハリマオ』、さっき見た『ラ・ハッスルきのこショー』で大竹まことが歌ってたので、マネして歌う。鴉丸穣が私に石を投げつける仕草をするが、なにか恨みでもあるのか。 『ランバダ乱馬』、うわあ、声変えて歌うの、むちゃキツ。三千院とあずさの口調なんてもう忘れたわい。 『DESERT MOON』、さて、みなさんは覚えておいでだろうか、フローレンス羽賀(どこへ行ったかな?)を、ドラマ『青い瞳の聖ライフ』を。谷山浩子の主題歌が好きで見てたがドラマは実につまんなかった。でも、これもしげはしっかり見てたんだそうな。……そのころって、10歳くらいだろうにマセたやつだ。 鴉丸嬢、『ハレのちグゥ』が好きなようで、もう主題歌が歌えている。でも原作マンガの方は読んだことがないそうだ。其ノ他くんが、「『パブワくん』と同じで、アニメで見るから面白いんで、マンガの方は面白くないぞ」とか言ってたらしい。そんなことないと思うけどなあ。 しげはそろそろレパートリーが尽きてきていて、カラオケに来るたびに同じ曲ばかり歌っている。毎回「マスクマン」は飽きたぞ。人に「同じ曲ばかり歌うな」とかエラそうなこと言ってるんだから、お前もレパートリー増やせよな。 他にもいろいろ歌ったがこの辺で。
鴉丸嬢を博多駅まで送って、しげとロイヤルホストで食事。 プルコギ定食、比較的カロリーが低いので頼む。それでも一日の摂取カロリーの半分を消費しちゃってるのだ。しげはステーキ丼。どこまでも肉が好きなやつだ。 そのあと、AMCまで『ハムナプトラ2 黄金のピラミッド』を見に行く。 主役二人に子供ができちゃったってのは展開が早すぎる気がするなあ。 まあ、このパート2でシリーズが打ち止めってことならこれでもいいんだろうけど、結構ヒットしてるみたいだから、続編の企画、立てられるんじゃないか。もうネタはない気がするけど。 今回、「え、実はそうだったの?」って後付けの設定が出てくるあたり、まるで「ウルトラ六兄弟」なのだけれど、そのおかげでヒロインのアクションが圧倒的に増えたので、これはヨシ。戦う女は美しいってね。 イムホテップの復活と、前作ではチョイ役だったアナクスナムンを前面に押し出したアイデアは評価したいが、ラストがちょっとありきたりだったのは残念。スコーピオン・キングだなんて、新しい敵を出したりした分、イムホテップの影が薄くなっちゃったのは失敗じゃないかなあ。パート3、アレじゃ作りにくいと思うんだけど。
2000年08月28日(月) 完治には1週間以上かかりそうです/ドラマ『百年の物語』ほか
| 2001年08月27日(月) |
ノンマルトの後裔/映画『ウルトラマンコスモス ファーストコンタクト』ほか |
朝、テレビをつけるなり、稲垣吾郎の神妙な顔が。 あれ? もう釈放されたの? まあ、駐車違反と公務執行妨害なだけだから、たいした罪じゃないんだよなあ。稲垣君、ほとんど泣かんばかりの顔で「すみませんでした」と頭を下げているけれど、もう人一人殺しでもしたかのような謝りよう。 アレで謝らなければならんくらいなら、日本人は一人残らず毎日、誰かに謝罪してなきゃならんがね。謝罪する人が身の回りにいなかったら近隣諸国に(笑)。 何日か前、ダウンタウンのハマちゃんが追突事故起こしたけど、別に謹慎したって話も聞かない。まさしくあの「謝罪の姿勢」は、彼が『SMAP』の一員だからってことなんだよなあ。 いや、トシヨリ連中のなかには、未だにSMAPの全員の名前を言えない、とか、「SMAPちゃ何ね? 夫婦交換のこつかいね(それはスワップ。( ゚_゚ )\(〃_〃)バキ)」とかいう人も多いのだ。この事件で、SMAPは、ニュースかワイドショーしか見ないようなオトナにまで、「SMAPちゃあ、たかが交通違反ばしたくらいのこつで謝らにゃならんくらいスゴか人気のあるグループらしかばい」と知らしめたのである。 いいことじゃん。 それに、コメンテーターが「罪は罪として償わなければならない」なんて言い方をしてるときは、既に心理的に罪は許されているのである。
さて、『宇宙船』などを立ち読みしていても、賛否両論っつ〜か、関係者以外には不評の渦の『ウルトラマンコスモス ファーストコンタクト』。 いやがるしげをムリヤリ誘い、朝一回だけ上映中のAMCキャナルシティへ。 割引券があったので、それを用意して行ったのだが、来週分で使えないと言う。仕方なく既定料金を払い、中へ。何だか幸先が悪いな。
入ると『サクラ大戦 活動写真』の映画予告編が流れている。 脚本家のあかほりさとるを、しげがとことん嫌っているので、これ単独の上映ならまず見に行くことはないのだが、今回、併映が『スレイヤーズぷれみあむ』に『あずまんが大王』『デ・ジ・キャラット』なのである。 ううむ、これは濃い。濃すぎる。 まさしく現在考えうる最強の「美少女アニメ」、オタクにのみターゲットを絞ったラインナップではないか。もう「冬の角川アニメ」なんて通しタイトルは取っ払って、「ロリコンフェスティバル」とでも銘打った方がピッタリこよう(笑)。 藤田容疑者も、もうちょっとガマンしてれば、こんないいものが見られたのに(^w^)。 しかも、『サクラ』の劇場版の監督に、『エスパー魔美』『チンプイ』『クレヨンしんちゃん』の本郷みつるを起用しているぞ。 『チンプイ』では、ほたるちゃんという藤子原作にないオリジナルキャラを作って「美少女を描かせるなら本郷みつる」という定評を受け、更に劇場版『クレしん』シリーズではルル・ル・ルルや吹雪丸、トッペマ・マペットなど、原作以上の切なく可憐でしかし力強く戦うヒロインを造形してきた本郷氏である。「帝国歌劇団」という題材はまさしく本郷氏にとっては自家薬籠中のものだろう。 ああ、見たいぞ、これは。 と言うか、しげが行かなくても、私一人でも見に行くぞこれは。劇場も多分、大きなお客様ばかりだろうから恥ずかしくないし(笑)。
……そう言えば『∀ガンダム』も映画化だってな。ホントに「アニメ新世紀」目指してるかな、トミノさん。
まあ、それはそれとして『ウルトラマンコスモス』である。 ……なるほど、賛否両論になったのもよくわかる。確かにこの映画、相手にしている客層がずいぶんと狭い。 まず、この映画の中でのウルトラマン、これがあくまで「ドラマの中のキャラクター」ということになっている。つまり、ウルトラマンが実在していない世界なのだ。しかし、ここが重要なことなのだが、じゃあバルタン星人もドラマ上の存在なのかと言うとそうではなく、この世界での『ウルトラマン』中にバルタン星人は登場していないらしいのだね。 なんだかややこしいが、『ウルトラマン』中の『侵略者を撃て』『科特隊宇宙へ』のエピソードはなく、『禁じられた言葉』でメフィラス星人が連れて来たのはザラブ星人とケムール人だけ、と考えればいいのかな。 でも主人公のムサシだけは「ウルトラマンは本当にいるんだ!」と信じているという……ギャ、『ギャラクシー・クエスト』!(笑) そうなのだ。主人公の男の子、こいつ、イッちゃってるオタクなのだ。 まず、ここで乗れるか乗れないかで評価は全く分かれちゃうだろうなあ。非オタクは「何こいつ、気持ち悪い」とか思っちゃうだろうし。 で、ムサシの前に、バルタン星人との戦いで傷つき、森に落ちてきたウルトラマンコスモスが現れると。……あ、『アイアンジャイアント』! 飯島監督が『アイジャイ』を見てたと言うより、誰でも思いつくネタなのだよな、あのネタは。 まあ、このバルタン星人との宇宙での戦いもねえ、コスモスもバルタン星人も、星の間を猛スピードで飛びまわってたりしてるんだよ。お前ら、身長が10光年とかあるんかよって。それともあのキラキラ光って星々に見えるもの、何かの星間物質か? ムサシが覗いてる望遠鏡、月が映ってるんだけど、あれだけ大きく拡大してたら、月は必ず移動して見えるはずなんだがなあ。しかもそこをコスモスが一瞬横切るんだけど、ピントがピッタリあってたってことは、ほとんど月と同距離にコスモスはいたわけだ。 ……なるほど、コスモスの顔は月とほぼ同じ大きさなわけだな。 一応、コスモスの姿は「信じるものにしか見えない」し、言葉も「ウルトラマンを信じるものにしか通じない」ということになっているので、そこまで巨大でも誰にも見えなかったのだろう、と。辻褄が合ってはいるがねえ。 でもまあ、この辺は瑕瑾なのである。 何だかなあ、絶句しちゃうのは怪獣に対抗する組織が、SRC(科学調査サークル)っていうんだけどさあ。サークルなんですよ、サークル。つまりこいつらみんな、ボランティアなのだ。 すごいぞ、教師やったり、自動車修理工やったり、ケーキ職人やったり、どう考えてもたいした給料取りいねーのに、「トロイトータル」みたいなメカ作っちゃうんだから。 しかもこいつらの目的、怪獣を倒すことじゃなくて、怪獣を保護したり宇宙人と平和的友好を持つことなんだよねえ。『ウルトラマン』があくまで架空である世界の中で、よくそんなことやってたよなあ。 だからこそ、こいつらだけはムサシの「ウルトラマンは本当にいたんだよ!」というセリフを信じるのである。 うひゃあ。オタクの仲間はオタクだけというミもフタもない論理。こんな身につまされる設定、作んないでくれよう、寂しくなっちまうよう。 もう、あとはねえ、その「怪獣を傷つけずに捕獲」するためのトロイトータル、戦闘機じゃないからってことで、ミサイルは積んでいなくて、ボクシングのグラブみたいなので怪獣ドンロンを叩いたり、バルタン星人に対しては「音楽は宇宙共通の言葉だから」ということでシューベルトの子守唄を流して眠らせたり。ああ、バカの集まり。へ(゜∇、°)へ ……『ウルトラマンタロウ』がこんな感じだったなあ。 大分ネタバラシしてしまったが、落ちもまたスゴイのである。それまでの呑気な展開と全く変わって、ある意味「救いのない」結末。 多分、飯島監督、最初のウルトラマンのころから40年近く経って、たくさんの仲間を失い、どんなに希望を示す映画を作ろうと思っても、どうしてもペシミズムが混じってきてしまうのだ。 かつて、怪獣を倒すウルトラマンを、大江健三郎が「アメリカの核の笠の下で守られている日本」になぞらえ批判したことがあった。恐らく、そのことに一番臍を噛んで悔しがったのは、ウルトラマンの生みの親とも言える、返還前の沖縄出身者である故・金城哲夫ヤ上原正三であったろう。 バルタン星人に蹂躙される街を見ながら、ムサシはウルトラマンコスモスを呼ぶ。しかし、コスモスは来ない。以前の飯島敏弘ならば、そんな複雑な展開にはしなかった。典型的な怪獣退治もの、ストレートなエンタテインメントを飯島監督は得意としていたからだ。 ウルトラシリーズは、途中、何度も中断している。円谷英二亡き後、円谷プロ自体が存続の危機にさらされたこともある。夢破れ、沖縄に去り、非業の死を遂げた金城哲夫や、早世した円谷一らを思う時、結局はなすすべを持たぬSRCの姿が、飯島監督には最後に残された自分自身に重なっていったのではないか。 それを思う時、単純に『コスモス』をつまらないと言い切ることは私にはできないのである。『ウルトラセブン/ノンマルトの使者』で切実に訴えられていた、決して歩み寄れない二つの人類の問題。 宇宙の孤児となったバルタン星人の姿は、明日の我々ではないのか。 ……でも、バルタン星人の笑い声、もっとハッキリ、 「(V)o\o(V)ふぉふぉふぉ(V)o\o(V)」 としてほしかったなあ。
『ウルトラマン』の科特隊のメンバー、黒部進、石井伊吉(毒蝮三太夫)、二瓶正也、桜井浩子らが全員ゲスト出演している。そう、だから逆に大きな欠落も感じてしまうのだ。われらのムラマツキャップ、小林昭二氏はもういないのだから。
映画を見た後、しげの機嫌が頗る悪くなる。 「何がやりたいの? この映画。ウルトラマンはやたら鶴の舞、踊るし」 CGを多用したバルタン星人とのバトルアクションはすごく良かったと思うんだが、これにも拒否反応するヒトがいるんだなあ、と、ちょっとビックリ。 しげの機嫌を取るために、スターバックスカフェに寄る。 しげ、何だかキャラメルっぽいものを頼んで美味そうに食う。 わたしはミネラルウォーターだというのに。くそう。
昨日食べたイカの唐揚げが美味かったというので、今日もマルキョウに寄ってイカを買う。 マルキョウの隣にも新しくうどん屋ができているので、昼食はそこで食べる。 うどんに50円から100円でトッピングができるというのがここのウリらしい。 ついコロッケやイカ天をトッピングしてもらうが、朝飯たいしたもの食ってないからまあいいよな。 二人でちょうど千円、手ごろな安さでよかった。
帰宅して、しげにまたイカの唐揚げを作ってやるが、昨日と唐揚げ粉を変えたらこれがけちゃくちゃ辛かった。しげ、仕方なく、唐揚げ粉を全て落としてイカだけを食べる。 既に唐揚げではないやん、それ。
DVD『伊賀忍法帖』(1982・東映=角川)見る。 昭和50年代、映画と言えば角川映画、と断言していい時代が確実にあったと思う。 今やアニメ以外見る影もなくなってしまっているが、『犬神家の一族』に始まって、『人間の証明』『野性の証明』『復活の日』と続く初期の大作路線、『蘇える金狼』『金田一耕助の冒険』『悪魔が来りて笛を吹く』『魔界転生』などのプログラムピクチャー、『セーラー服と機関銃』『探偵物語』『時をかける少女』『晴れ、ときどき殺人』などの角川三人娘によるアイドル路線と、日本映画の衰退が叫ばれる中、一人気を吐くかのようにさまざまな方向性を持ったエンタテインメントを供給し続けていたのだ。 ただ、ヒット作を数多く生み出しながら、映画としての評価は一様に低い、というのも角川映画の特徴であった。皮肉なことに、映画としても高い評価を受けた『Wの悲劇』や『蒲田行進曲』を製作したころから、角川映画自体の衰退が始まっているのである。 『伊賀忍法帖』は、その少し前、角川映画がアイドル路線を突っ走っていた真っ最中に、まるでポツンと浮くような形で作られた、山田風太郎原作の忍法帖シリーズの極めて正統的な映画化作品。 主演は真田広之と渡辺典子。渡辺はこれが第1回主演作品である。 何が異色と言って、そのころのアイドルたちの主演映画(特にそのデビュー作)がどんなものだったか、見比べてみれば一目瞭然だろう。たいていが文芸ロマンであったり、今で言うライト・ミステリーであったのに対して、「時代劇」で「忍法帖」で「エロ・グロ・バイオレンス」なのである。 ……あんたねえ、つい、こないだまで「ひろこ〜」「ともよ〜」って叫んでたガキどもがそんなん見に行くと思ってんの? てな感じでこの映画、大ゴケしちゃったらしいけど、山田風太郎作品として見た場合、近年の『くの一忍法帖』シリーズと比べてみても、その背徳的な魅力を伝えている点では全く遜色がない。 原作の七人の妖術僧が五人に減らされてはいるものの、彼らの特殊能力はケレン味たっぷりで、エンタテインメントとは即ち「見世物」なり、と割り切って描いているのが実に潔い。 渡辺典子も、これが新人とは思えぬ演技力、三役を見事に演じ分ける。 なによりも最高なのは、これが彼のベスト・ヴァリアント・アクトといってよいだろう、果心居士(この史上最大の妖術師のことを知らない人は、小泉八雲の『果心居士』か、司馬遼太郎『果心居士の幻術』、細野不二彦のマンガ『さすがの猿飛』を読もう)役の成田三樹夫! 松永彈正に取り入り、妖しげな幻術でその心を惑わし、天下簒奪の欲望を掻き立てさせるが、いったい何の目的でそのようなことをするのか、皆目、解らない。人間の存在そのものを嘲笑うような甲高い「ほーっほっほっほ」という笑い、一転して「天下を取れ」と彈正を恫喝する悪魔のごとき形相、地獄から響いてくるかのような声、どれ一つ取っても一世一代の名演の名に値する。 低予算ゆえのアラは散見するものの、抑制の利いた脚本(『殺人狂時代』『ルパン三世』の小川英)、ロングと長回しを多用し、役者の演技をじっくり取ってなお飽きさせない演出(『悪魔が来りて笛を吹く』の斎藤光正)の、これだけの傑作が半ば埋もれているというのはなんともったいないことか。 『RED SHADOW』なんてクソを見るくらいなら、この旧作をもう一度堪能した方が遥かにいいぞ。
9時からテレビドラマ『明るいほうへ明るいほうへ・童謡詩人金子みすゞ』 近年、急にクローズアップされ始めた金子みすゞの伝記ドラマ。映画では田中美里が演じる予定らしいが、テレビスペシャル版は松たか子。 しげがファンである渡部篤郎がみすゞの夫、桐原役を演じているので録画したが、実話とは言え、いかにもツクリっぽい展開にはなかなか乗れない。 たいていこういう自殺したひととか早死にしたひとを描く時は(それが戦前ものだったら特に)『おしん』の亜流になっちゃうんだけど、最後にしみじみ過去を思い返して終わるとこまでそのまんま。 これだから脚本家不在なんて言われちゃうんだよなあ。
マンガ、和田慎二『ピグマリオ』第3巻(メディアファクトリー)。 死の山のゼオの話のあたり、『もののけ姫』を見た人は「あ、マネしてる」と思うかもしれないが、もちろん『ピグマリオ』の方が先に描かれているので、それは間違い。 雪姫の描写なんか、『太陽の王子ホルスの大冒険』の影響が顕著。だから宮崎駿と共通性があるのは当然と言えば当然かも。 セリフやモノローグが説明的過ぎるという欠点はまただけど、好きな作品を思う存分描いてるから、テンポを阻害するほどまでには至っていない。……でも全12巻かあ。あまり本屋で見かけないんだけど、全巻揃えられるだろうか。
2000年08月27日(日) 自動車とはケンカしないように
| 2001年08月26日(日) |
アノ娘にもツバがついていたのね/DVD『2001年宇宙の旅 スペシャルエディションBOX』 |
しげとの生活が再開して二日(なんかリコンしてたみたいやな)、安穏な生活は既に消えている。 入院中は確かに同部屋の人の煙草なんかに悩まされたりはしたものの、普段ほどのストレスはやはり感じていなかったのだ。 一人の寂しさには慣れることはできても、二人の喧しさには堪えられないものなのだろう。誰も一人では生きられないなんてのは、相互依存を正当化する言い訳に過ぎない。 しげ自身、しみじみと「アンタがいないとカラダが楽だ」なんて言い腐りやがる。「これまでも仕事がきついときはあったけど、アンタがいないとこんなに疲れ方が違うなんて思わなかった」だと。 そりゃ日頃からしょっちゅう私に絡んできてるんだから、疲れるのは当たり前だろう。でももっと疲れてんのは絡まれる私の方だぞ。よくもまあ、そんな口が利けたもんだ。 「アンタが結婚して以来、心が休まるときがなかったって言ってたの、やっとわかったような気がする」 遅いわ。それに解ったからって改善するつもりなんてないくせに。どうせまた何やかやと甘えたりねだってきたりするに決まっているのだ。 ……なんだかまた、一気に肩が凝ってきたなあ。
遅く起きたせいで、『パワーパフガールズ』を見損なう。 『仮面ライダーアギト』だけはやっと見たが、思わせぶりな謎ばかりちらつかせるだけで、ドラマ展開が遅いのは相変わらず。 今日は久しぶりに劇団の練習に参加するので、『コメットさん』は見られない。……練習、10時30分からにしてくれないかなあ。 しげはバイトのミーティングがあるとかで、少し後れる由。なんで日曜の朝っぱらから打ち合わせなぞせにゃならんのかね。 しげの話によれば、今、しげのバイト先は「異常事態」だそうな。 「なんだい、異常事態って」 「売り上げが増えてんの」 「……別にいいことじゃん」 「ほかの店舗とヒトケタ違うんよ!」 なんじゃそりゃ。 「……よっぽどキレイなウェイトレスさんがいるとか?」 「別に」 まあ、そんな子がいて、ちょっかい出そうとする男の客がいたとしても、しげのヒト睨みでみんな逃げ出しちゃうだろうな。……ぼーっとしてるときのしげの眼って、イッちゃってるみたいで、モノゴツ怖いのだ。 ハッ、もしかして、「あの店には変な女がいる」とかでしげを見に来る客が増えてるとか?
練習場のカギを預かって、吉塚のパピオに直行。 遅れると言ってたワリに、しげも20分の遅刻で到着。 今日の参加者はよしひと嬢に穂稀嬢、更に穂稀嬢の彼氏が今日から入団。 人員だけはどんどん順調に増えてはいるんだよなあ。練習の参加者は少ないけど。 「彼氏のことは何と呼べばいいのかな?」 と聞くと、本人が口を開く前に、穂稀嬢が「隼翔(はやと)って呼んでください」と言う。 なんだかもう勝手に名前決められてるけど。 更にしげが意味もなく「『カゲロウ』にしよう」と言い出す。 「どこから出て来たんだその『カゲロウ』ってのは」と聞いたら、しげ、「睦月影郎」。……そりゃポルノ作家の名前だっ! 相変わらずしげのネーミングセンスは普通と違う。 ……で、結局なんて呼べばいいんだよう。 何だかウチの劇団の男って、みんなカノジョのシリに敷かれてるタイプが多いような気がするのは錯覚だろうか。
肉体訓練を延々2時間。私のようなトシヨリは、そこまではとても付き合えない。1時間でバテて休憩を取る。 せいぜい16畳程度の広さしかない練習部屋でハードな運動してたら、ものの10分で酸欠状態になってしまう。もうちょっと換気のいい練習場がないかなあとも思うんだが、演劇専門の練習場(で安価なとこ)って、市内にはそうそうないんだよねえ。
頭痛を押さえながら午後は台本の読み合わせ。 ようやくよしひと嬢の脚本第2稿が完成したので、まずは通して読んでみる。難点はストーリーはあるがドラマに乏しいこと。また、長ゼリフが多く、ダレ場が出来ていることなど。 「何かもう一つ、事件が起こせないものかなあ」なんて、自分が書くわけじゃないとなると、無責任なことを言い放つ。 キャラクターの分析についても、自分で演じるわけだから、「ここはこういう解釈でいいの?」などと、突っ込んで聞く。 まあ、まだ詳しい内容は書けないけど、私の演じる役って、結構人間的にサイテーな部類に入るヤツなんですね。役としては面白いけれど、人間としてはちょっとぶん殴ってやりたいような。……もうちょっと主体的に動けねえのかよって言いたくなるような感じのヤツで。 ちょっとハラを立てながら、作者のよしひとさんに聞く。 「……だって、こんなセリフ吐いてるってことは、こいつはイヤな事は全部他人のせいにしちゃうような無責任なヤツなわけじゃん?」 よしひとさん、キョトンとして、 「そうだったんですか。自分で書いてて気がつきませんでした」 なんじゃそりゃ。 ……もしかして、男ってものを無意識にそ〜ゆ〜目で見てるのかなあ。
あ、しまった。 『オトナ帝国の興亡』、よしひとさんに買ってもらったはいいものの、お釣りを渡し忘れていた。……す、すみません、来週必ず返しますから。 穂稀嬢も、初めは同人誌が欲しいようなことを言っていたのだが、現物を手にして、「あ、活字なんですか? じゃあ私、ダメです。活字が読めないヒトなんで」。 ああ、そうか。『クレヨンしんちゃん』の同人誌、と聞いていたから、てっきり全部マンガだと思っていたのだな。 ……でも、それじゃあ、脚本も読めないんじゃないか?
練習が終わった帰り道、いきなリ自転車がパンク。 ついこの間、パンクを修繕したばかりなのになあ。何かクギでも踏んだかなあ。日曜なのでどこの自転車屋も開いていない。しかたなく、父の店まで自転車を押して行って、とりあえず火曜まで置かせてもらうように頼む。 ついでに散髪をしてもらって、あとは徒歩で帰る。まあ、ちょうど運動になっていいかな。 何ヶ月か前に新しく出来たスーパー、マルキョウに初めて寄ってみる。まあまあ広くて品数は多い。おかずの食材を買いこんで帰る。 鳥とイカの唐揚げを作ってやると、しげ、喜んで食べる。 野菜スープは、コンソメにマスタードを混ぜたのだが、さじ加減を間違えてやや辛くなりすぎた。水を追加し、牛乳を混ぜて味をまろやかにしたら随分と飲みやすくなる。 こういう知恵は殆ど自炊していたときのものだが、やはり結構、大雑把である。もう少し繊細な料理が作れないものかなあとは思うのだが、そこはやはり時間との戦いになってくるのだな。
クーラーが突然の故障。リモコンを押してもウンともスンとも言わなくなる。 というか、以前から水が漏れたりして調子は悪かったので、入院中に電器屋さんを呼んで修理してもらうよう、しげに頼んでおいたのだが、やっぱりしげのスカタンはサボっていたのだ。 でも、ほとんど丸一日稼動で酷使してたからなあ。もうそろそろ寿命なのかも。買い替えとなるとまた散財。買いたいDVDもたんとあるのに、今それはちょっとイタイよ。
DVD『2001年宇宙の旅 スペシャルエディションBOX』。 以前発売されてたDVDとどこがどう違っていて、何がスペシャルかっていうと、要するに、5.1chサラウンドになってて、サントラCDが付いてくる、ということ。 ブックレットやフィルム入りポートレートなんてのも付録として入ってるけど、こんなのはたいして嬉しくもない。 肝心な音のほうだが、ウチにはまだサラウンドの環境自体がないので、いいか悪いかの判別は全く出来ないのであった。
2000年08月26日(土) 森の木陰でドンジャラ補遺/『金髪の草原』(大島弓子)
| 2001年08月25日(土) |
夢は宇宙/『なつのロケット』(あさりよしとお)ほか |
久しぶりに夜更かししたので、起きたのは朝9時。 朝はたいてい食欲がなく、入院前は朝食を取らないことも多かったのだが、「ぜひ取ってください」とお達しを受けているので、オニギリと牛乳だけの軽めの食事。 薬も飲まねばならんのでしゃあないか。 しげはまだ寝ている。昨夜は私より早寝をして、10時には寝たはずなのに、まだ寝るか。……というか、夕方までずっと寝てたぞ。 入院中も相当自堕落な生活送ってやがったな、こいつ。
テレビを点けた途端、ニュースがいきなり「逮捕された稲垣吾郎は……」と来たもんで、思わず目が点に。 いしだ壱成のアレがあったもんだから、てっきり連座でもしたのかと思ったら、「駐車違反を女性警察官に咎められ逃げ出そうとして逮捕」だと。 本人は「ファンに気づかれ、慌てた」と言い訳してるそうだけど、アイドルともなると、キップ切られるのも経歴に傷がつくなんて考えちゃうのかねえ。 この程度のことで慌てるってことは、こりゃウラでもっと派手なことやってるな(^▽^笑)。 当面、仕事は自粛するんだろうけれど、まあ数ヶ月のもんだろう。 でも稲垣がとっ捕まったってことは、土曜ワイドの明智小五郎シリーズ、しばらく制作は無理だよなあ。せっかく、最近の明智モノの中じゃ、アホの長坂秀佳のシナリオであるにもかかわらず(笑)、意外にもハイレベルのものになってたっていうのに(ただし、原作を相当改変してあるので、純粋な乱歩ファンには顰蹙買ってるだろう。なんたって明智が探偵じゃなくて「作家」ってことになってるし)。 これまでの制作ペースでいくなら、来年の三月くらいに第3弾が放映される予定だったはずなのだ。果たして撮影には入っていたのかいなかったのか。これまで乱歩の「本格もの」だけに拘って映像化してきているので、次は『何者』あたりやってくれないかなあ、と期待してたんだがなあ。 ……しかし稲垣逮捕で土曜ワイドの心配してるやつなんてあまりいないだろうなあ(^.^;)。
ニッセイのお姉さんが来るはずなので、待機しながらネットを覗く。 あちこちの日記、フォーラムなど、ざっと見るが、とても書き込みをするほどの余裕はない。それより早いとこ日記書かねばなあ。 この日記もしばらく間が空いているので、読者も減っただろうなあと思っていたら、お気に入りに入れてくださった方がちょっとだけ増えている。 まことに嬉しいやら有り難いやらではあるが、いつもいつも首を捻るのは、いったいどういう興味を持って読んで頂いているのだろうかってことなんだよねえ。 エロの冒険者さんがやはり日記で「どうか足跡を残してください」とか、「同人誌の感想をぜひ書いて下さい」と仰っているお気持ち、痛いほどわかるのだが、さて、逆の立場になって見るってえと、やはり面識のない人のところにいきなり書き込みをしたりメールを送ったりってのはちょいと憚れちゃうものなのである。 だいたい、私のようにホンの些細なコトでも針小棒大に膨らませてなんのかんのと書き連ねるような「書きこみマニア」(んな言葉あるんかい)ならともかく、ふつ〜、人は本を読んだってテレビ見たって、「おもしろーい」「つまんなーい」以外のことはあまり考えないものだろう。 それをアナタ、いきなり「書きこみしてね♪」ってお願いしたって、すんなりじゃあ「こんにちは」って、かけるものでもないよねえ。2ちゃんねるのような完全匿名掲示板ならともかく、例えハンドルネームを使っていても、記名での書き込みにはやはり「文責」というものが生まれると我々は考えてしまうのである(これが『陰陽師』で言うところの「呪」であるね)。たいしたことが書けるわけでもないし、なんて考えてると、どうしたって気後れしちゃうんだよなあ。
それでも何か書いてもらおうと思ったら、ともかく読む人に対して、「これは私も意見を述べねば!」と強く思わせるようなことを書くしかないのだな。それこそ石原里紗のように、反発、誹謗中傷覚悟の上で「専業主婦は社会のゴミ、夫の家畜」と“本気で”言いきるだけの度胸がなきゃムズカシイのである。当たり障りのないことや、ごくマットウな意見に対して、人はいちいち反応を返して来たりはしない。 ……でもなあ、だからってあまり奇を衒ったようなことだって書きたくはないのだよなあ。例えば石原里紗より更にカゲキに「何言ってんの、女は専業主婦も働く主婦も所詮、未来永劫、男の家畜よ。Ψ(`∀´)Ψ ケッケッケッ」とか言ったっていいのだが、そんなコト言ったらねえ、ご意見どころか、実生活で周囲のご婦人方に総スカン食らっちゃいますがな。 いや、その程度じゃすまないな、多分(^_^;)。
あ、今のはあくまで「たとえ」ですからね。私ゃ、女性のことを「家畜」だなんて決して思っちゃいませんからね。ましてや「社会のダニ」だの「男に食らいつくパラサイト」だの「万年ヒステリーの更年期障害」だの「顔がブ○なら性格はもっとド○ス」だなんて、カケラだって思っちゃいませんからね。
全ての女性は男の天使でマドンナです。 そうですとも。
ニッセイのお姉さん、昼前に来られて、申請書にハンコ押して帰る。 5分で用件は終了、ご足労をおかけして申し訳ないことであった。 入金は来週になるとか。 「でももしかしたら2週間か3週間かかるかも」 いや、そこまでかかっちゃうと、生活がちょっとキビシクなっちゃうんですけど。
せっかくの休みでもあるし、AMCキャナルシティの映画タダ券もあるので、しげを誘うが、またいつもの「眠い、きつい、動きたくない」病(だから毎日10時間以上寝てるんじゃないよ)が起こり、映画は断念。 けれど、予約しておいたDVDなども出ているはずだし、つい予約し忘れていたDVDもあり、今日あたり買っておかないと売り切れていそうなのである。 で、一人で天神・博多駅を回ることにする。 ……なんだか最近一人で行動することが増えたなあ。しげと生活時間帯が完全にズレちゃってるから仕方ないんだけど。 実は結構寂しい気分も味わっているのだが、しげから「私と一緒じゃなくて寂しい?」と聞かれると、つい、「別に」と答えてしまうのだ。 しかも無表情で。ヤなやつだよな、私。 しげは不満だろうが、だからって私が「ううーん、しげっちが側にいてくれなきゃイヤーンイヤーン(T.T )( T.T)」(c.ルーキー新一)みたいな反応したらそっちのほうがずっと困らんか。
天神コアの福家書店と紀伊國屋書店で、マンガ、文庫本をどっと買い込み。 アクロス福岡の「MK」で、780円のしゃぶしゃぶランチを注文し、早速ようやく買えたマンガ、あさりよしとおの『なつのロケット』を読む。
最近、涙腺も弱くなってるか?
子供のころ、誰でも一度は宇宙ロケットに乗って宇宙を駆け巡る夢を見たことはあるだろう。 1969年、月にアポロ11号が到着した。 人類初の月着陸。 我々の世代の人間なら、誰もが諳んじているだろう。あの「これは小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩だ」という言葉を。 その偉大なる一歩を月面に残したニール・アームストロングとバズ・オルドリンの二人、彼らはあの時、単にアメリカの英雄であるだけでなく、人類の英雄だった。 宇宙旅行は夢ではないのだと、あの当時の子供たちはみな本気で信じたはずだ。
でも今の子供たちにとって、宇宙は多分、夢だ。 人類がかつて月に行ったのだと言っても、信じない子供もいるかもしれない。 毛利さん、向井さんが宇宙へ行っても、それは自分とは関係ないこと。カネを何億って積まない限りは、一般人が宇宙旅行するなんて、孫子の代になったって無理だろう、そう思ってるんじゃないだろうか。 いや、宇宙に思いを馳せることすら、今の子供たちはしなくなっているんじゃないだろうか。
日本のH2ロケットは、3年連続で打ち上げに失敗している。 一度の打ち上げて、1200億の税金をチリにした宇宙開発事業団への風当たりは強い。 あさりさんは何度もこのH2ロケットを取材し、失敗するたびに懸命の弁護をしてきた。それはあさりさんが我々と同じく、宇宙に憧れを抱いていた「ロケット少年」に他ならないからだ。 日頃、シニカルな言動ばかりしてはいるが、だからこそ逆に、あさりさんは、世間ズレしきれない「コドモ」であるのだとも言える。 「夢」はカネでは買えない。H2ロケットを打ち上げているのはカネではなく我々の「夢」なのだ。あさりさんはそう信じているに違いない。
だからこのマンガを描いたのだ。
大好きな先生が学校を辞めてしまう。 受験勉強なんて本当の勉強じゃない。もっと楽しいこと、机の上ではできないこと、みんなが夢を持てること、そんな本当の勉強を教えてくれた先生だった。 でも、そんな先生だから辞めさせられた。 爆発実験なんてことを教室でやっちゃったからだ。
大好きな先生が学校を辞める。 その前に、先生から教えてもらった知識で、ロケットを飛ばそう。 先生がいなくなる、この夏の間に、きっと。 子供たちはそう考え、実行する。 それも、ただのロケットじゃない。 空気圧で飛ぶようなオモチャなんかじゃない。 ぼくたちが作るのは、ホンモノのロケットだ。 そう、ぼくたちが目指すのは……。
宇宙。
僕らはみんな泣くだろう。子供たちの勇気と知恵に。 彼らは、かつての僕らだからだ。 でも、1970年以降に生まれた人にも泣いてほしいのだ。 この本は、僕らの世代の子供たちが、今の、そして未来の子供たちに永遠に送り続けるタイムカプセルの中の手紙なのだから。
あさりさんは、今年のSF大会で、酔っ払って暴れたという。 私生活で苦しいことがあったと、いろいろな人が書いている。 けれどオタクが酔うほどにツライことといったら、それは一つしかないはずだ。 オタクとしての「夢」を傷つけられたこと、壊されたこと。 「動機はともかく罪は罪」なんて道学者みたいなことは言いたくない。あさりさんは我々と同じオタクなのだ。 あさりさんが夢を取り戻すことを願う。心から。
なんだかねえ、しゃぶしゃぶ食いながら泣いてちゃどうにもみっともないんで、グッと涙をこらえたら、気分がだんだん悪くなってきてさ、いや、ホント、吐き気がしてきちゃったのよ。 単にしゃぶしゃぶの肉が充分煮えてなかっただけかもしれないけれど(^_^;)。
ベスト電器、LIMBでDVD『ウルトラQ』vol.4ほかを購入。 『ジャングルはいつもハレのちグゥ』の第1巻も出てるはずだったが、店員さんに聞いてみたら売り切れ。『エンジェリックレイヤー』とか『アルジュナ』はまだ売れ残ってるってのに、さすが福岡のオタクどもは見る目が違うか。まあ、生産の絶対数が少なかっただけかもしれないけどね。 多分、再入荷があるだろうから、それを待とうかね。 『OH! スーパーミルクちゃん』の4巻以降も探してみたがない。こちらのほうは発売後かなり時間が経っているので、入荷をただ待つってわけにもいくまい。こうなると注文するしかないが、来月以降も買いたいDVDは目白押しなので、ちょっと待つことに。
帰宅して、しげに唐揚げを作ってやる。 昨日、料理店で食べたものより美味いと言ってくれるが、お世辞でなくホントの話。自分で食べてもちゃんと美味しかったのだ。 唐揚げ粉を水でなく、牛乳で溶くのがコツ。もともと唐揚げ粉には胡椒が混じっているのだが、こうすると粉っぽさが無くなって、味がまろやかになる。卵を混ぜるという手もあるが、生憎しげが卵を買い置きしてなかったので牛乳のみ。 私は2、3個つまんだだけでやめたが、しげは仕事から帰っても食べる、と言って、半分以上残して冷蔵庫に片付ける。 ああ、でもしげがマトモに仕事ができるんだったら、私、仕事辞めて専業主夫になって毎日料理作ってても構わないんだがなあ。ヒモって呼ばれる偏見なんか、私ゃ全然平気だし。
DVD『ウルトラQ』vol.4、今回収録の4話、『ガラダマ』『東京氷河期』『カネゴンの繭』『ガラモンの逆襲』。 『ガラダマ』、唐沢なをきさんが以前、「隕石のことを『ガラダマ』って呼ぶ地域ってホントにあるのか」って書いてたことがあるけど、やっぱりこれ創作じゃないかなあ。隕石が落ちた「弓ヶ谷」、GOOGLEで検索してみたけど『ウルトラQ』関連でしかヒットしなかった。やっぱり「ガラガラ音を立てて落ちてくる玉」ってのがネーミングの由来だと思う。で、「ガラモン」は「ガラダマモンスター」の略なんだろう。これは大伴昌司編集の『ウルトラ怪獣図解入門』か何かに書いてあったと思う。制作ナンバーが27となっているが、実際に撮影されたのは17番目。多分、一の谷博士役の江川宇礼雄の最後の出演作だ。 実際の放映は、制作された作品をバラバラにして順不同で流したために気づかれにくいが、2クール以降、一の谷博士はレギュラーから外れているのである。 やっぱり博士としては「怪し過ぎる」からだろうな。 で、『ガラモンの逆襲』の方では、代わりに平田昭彦が博士役にあたる花沢主任を演じることになったわけだ。平田ファンの私としては最初っからこのシリーズはずっと平田さんでいってほしかったなあなんて思ったりもするのである。 『東京氷河期』、江戸川由利子が一番可愛い一編。『地底超特急西へ』もそうだけど、子供と絡むと桜井浩子はとっても可愛くなるのだ。って、どこを見てるんだ、ちゃんとペギラを見ろよって。 『カネゴンの繭』、オタクアミーゴス会議室でもロトさんこと氷川竜介氏が「加根田金男の声をアテてるの誰だっけ?」と疑問を呈されていたが、子役の名が辻沢敏ってのは判るんだけど、声はどこかで聞いたことがあるようでいて、誰なのか思いつかない。ロトさん、松金よね子じゃないかと言われてるが、違うと思うなあ。 最後のカネゴンの声をアテてるのは、やっぱり変身前の浜田寅彦と野村昭子なんだろうか。この辺もちょっとハッキリしない。 しかし、子供のころは「巨大怪獣が出て来ない」ってことであまり好きじゃなかったこの作品、今見返すと全編ナンセンスギャグの塊で面白い。やっぱりオトナになると見方が変わるものなんだなあ。 『ガラモンの逆襲』、今や「貞子」のじいちゃん、沼田曜一がゲスト。チンピラヤクザとかでよく出てたよなあ、この人。 パンフに宇宙人の名前がちゃんと「セミ人間」って書かれてるのが嬉しい。最近の怪獣図鑑だと、カッコつけて「チルソニア遊星人」なんて書かれちゃったりしてるものもあるのだ。『ウルトラQ』、一編のホラーだってことも忘れちゃいけない。ここはやっぱり「セミ人間」じゃなくちゃね。
日記を書きながら、CSファミリー劇場で、『タッチ 背番号のないエース』『劇場版 アキハバラ電脳組 2011年の夏休み』『劇場版 機動戦艦ナデシコ THE PRINCE OF DARKNESS』と立て続けに見る。 どれも既に見ているものだが、二度三度と見返して退屈するかしないかで、自分自身の趣味の傾向が見えてくるのである。で、この中で一番ハマって見ちゃったのが『タッチ』。 ……いや、原作ファンの批判は多かろうが、やっぱりあのラスト、死んだ克也の代わりに達也がマウンドに立つって改変、映画としての完成度は高まったと思うぞ。ラストのセリフなんて原田の「悲しいぜ」の一言だけだし、抑制が効いてるよ。 ああ、やっぱり私ゃ青春野郎なのか?
2000年08月25日(金) 唐沢本の感想書けなかったけど面白いぞ/『垂里冴子のお見合いと推理』(山口雅也)ほか
| 2001年08月24日(金) |
祝! 退院!/映画『RED SHADOW 赤影』 |
いよいよ退院の日である。 なんとなくソワソワして、夕べから寝つかれなかった。 朝の散歩も今日が最後かと思うと、ちと寂しいか。いや、散歩自体止めるわけじゃなくて、帰宅しても続けますけどね。
持って帰る荷物を取りまとめて、新聞などはあとで看護婦さんに捨ててもらうように頼む。受付で入院費を計算してもらったところ、予想はしてたがフタケタを越してしまっていた。 保険に入っててなおこの値段だから、マトモに入院費払ってたら、ひと月の給料が全て吹っ飛ぶことになる。 こりゃ保険屋さんに是が非でもオカネ入れてもらわなけりゃなあ、ということで、診断書も出たことであるし、ニッセイに電話連絡を入れる。 午後には病院まで来てくれる由、ありがたい。面倒な用事はパッと片付けちゃわないとな。
朝食はナスの含め煮にゆで卵、味噌汁。卵は好きだけれど、一回くらいは目玉焼きを食べたかったなあ、としみじみ思う。スクランブルエッグやサニーサイドアップは油を使うからダメなんだろうなあ。 食堂から部屋に戻ってくると、職場から電話があったとの連絡。 折り返し電話を職場に入れると、同僚が「今からお見舞いに行きます。何時に退院されるんですか?」とのこと。今までなんの音沙汰もなく、よりにもよって退院ギリギリのこの日に来るってのはさて、どういう意図なんだろうねえ。 こりゃ、ちゃんと今日退院するのかどうか確認しようってんだな、退院した途端に職場に呼び出されでもしたらたまらんなあ、と思い、「6時ごろです。月曜か火曜には職場にちょっと顔出そうと思いますが」と機先を制する。 「ほんじゃ、6時ごろに行きます」 で、電話はガチャッ(←切れた音ね)。 ……しまった、失敗した。ホントに6時に来るんだったら、それまで退院しないで待ってなきゃならないじゃんか。5時には退院するつもりだったのに。私のバカバカバカ。
一昨日、一時帰宅して、薬剤師さんの講義を聞き損なっていたので、午前中はずっと補習。 学生時代も補習なんて受けたことないのに、なんだか新鮮な経験だ。いや、別に成績がよかったってことじゃなくて、単に出席点で赤点を損失補填してただけですけど(^_^;)。 説明によると、新しいクスリ、やたらと副作用があるそうで、それでホントに薬なんかい、とちょっと突っ込みたくなる。 「食欲がない、むかつき、吐く、下痢、消化不良、便秘、お腹が痛い、お腹が張る、全身がだるい、頭痛、眠気、肝機能異常、風邪を引きやすい、出血しやすい、血が止まりにくい」……病気にする薬じゃねーかよ。とゆーか、日頃からこういう症状、しょっちゅう出てるんですけど。 「いえ、こういう症状がひどくなったってときに、医師に相談していただきたいと言うことで」 そりゃ相談するよ。 入院中、この薬剤師さんとは一番気が合ってしまって、気がついたら相手の家族構成だの、私とトシは近いがまだ独身だの、休日はどこで買い物するだの、好きな食べ物は何だの、最近太りぎみで困ってることだの、聞き出してしまっているのである。 私がもう10歳若くて独身だったら、あと住所と電話番号も聞き出していたことであろう。 いやもう、ナンパはしませんよ。私、妻一筋だし。 ホントです、信じてね(誰に向かって言ってんだ)。
6時に来ると言ってた同僚、昼飯の最中に来る(^_^;)。 まあ、居残らずにすんで助かったかな。 同僚たちのお見舞金を持って来て頂いて、それはありがたかったのだが、職場に復帰してからだっていいのになあ、と思う。 やっぱり、こちらの動向を確認するためだろう、と思って、「いやあ、マジメに勤め上げましたよ。間食もしてないし、運動も欠かさずやってましたから」と誘導したら、同僚、つい「上司に伝えときます」だと。 わはは、案の定スパイか。 なんだかなあ、こういう、相手のことを気遣ってるフリしてて実は全くその気がないってのが見えちゃうってのが寂しいんだよなあ、うちの職場。 同僚、ご飯を計量しているのを見て、「大変ですねえ」と言う。 最後の病院食は白すり身の磯辺焼に、ひじきの煮付け、がんもどきにオレンジ三切れ。全部合わせても250グラム程度。 「これでも私、他の患者さんに比べると食べてるほうなんですよ」と言うと同僚に驚かれる。どうせたいした病気じゃあるまい、なんて、内心、鼻で笑ってるから「大変」なんておざなりなセリフが出てくるんだろう、マジで苦しい思いしてるんだからな、こっちはよう。 ああ、いかん。 いきなり気持ちがスサみ出しちまったい。これで通勤拒否のヒキコモリにでもなっちまったらどうしよう。
同僚、5分で見舞いを終えてさっさと帰る。 ムダがなくてよいことである。 私も銀行に行って、早々と入院費の精算を済ます。さあ、これで保険料が出るまで、今月は金欠病だ。
午後2時、しげが迎えに来る。 今朝も自動車学校に行ってて、午前3時からずっと起きてるそうな。「すごく眠い」と言ってるが、いつものことだ。 ちょうど保険屋さんも来るが、用意していた印鑑が違っていた。父から「通帳の印鑑」と聞いて用意していたのだが、「証書の印鑑」だったのだ。またボケが進行しやがったな。 仕方なく保険屋さんには明日自宅のほうにきてもらうよう頼む。 ……親父は自分の知らないところでこんな風にやたらと周囲に迷惑をかけているのだが、そのたびに「そんなの気が付かなかったんだから仕方ないじゃないか」と言って開き直り、怒ってこちらが「少しは謝ったらどうだ」と詰め寄ると「ごめん!」と怒って謝るのである。とことん素直になれないヒネクレモノなのだが、その負けず嫌いな態度が、驚くほどしげに似ているのだ。 別に血がつながってるわけでもないのになあ。 しげも昔はまだ素直で、ヒネクレ出したのは結婚してからだから、義理でも親子って、自然に似ちゃうものだってことなのか?
糖尿病教室が始まるところなので、一緒に聞く。退院後に注意することの説明だが、レジュメを読み上げるだけなので退屈。 しげが「どうして糖尿は足をきれいにしなきゃいけないの?」と聞いてくる。 「神経障害が起こってないか気をつけるためだよ」と説明。 ……さては、水虫が出来やすいんじゃないかとか勘違いしてるな。
続けて栄養士さんの指導を二人で受ける。 「外食だけでカロリーコントロールできますか?」という無理かつ失礼な質問にも懇切丁寧に答えていただく。 丁寧だけれど、答えはもちろん「無理です」。 ……そりゃそうだろう。 でも料理をして食べる時間なんて、平日は全く取れないんだよねえ。また太るかなあ。太りたいわけじゃないんだけどなあ。 退院時の体重、79.5キロ。なんとかこの体重をキープしとかないとなあ。
ナースステーションで看護婦さんたちにお礼を述べて辞去。 時間は午後5時。 次の来院の予約だけしてもらう。本当は半年後が一番いいそうなのだが、もう予定が詰まっていて、4月2日にならないと先生方の体が空かないのだとか。 やれやれ、また仕事を休まにゃならんか。 夕食は西新の最後の思い出に(大仰だなあ)、美味しそうな店を探す。 しげが中華がいい、というので、マップを見て2軒ほど見つける。 小さいがガイドブックに「辛いけど美味しい」と書いてある店と、無印だけどチェーン店らしい大きな店。 しげ、迷うことなくチェーン店の方を選ぶ。 「おまえ、その街の味を探そうって気持ち、まるでないね」 「街の店って不味いところって多いし。だったらファミレス系のほうがいい」 名物に美味いもの無しって言いたいんだろうけれど、超偏食かつ味オンチのしげがなにクソ生意気なこと言ってるんだ、説得力ねえぞ、と思う。 で、そのチェーン店でしげ、中華丼とから揚げを頼む。 一口食べて、「臭い」と言ってしげ、それ以上食べない。味見してみると、別に不味くもなんともない。空腹でしげの舌がバカになってるだけだろう。 私の方は定食を頼もうと思ったら、単品ばかりで一つもない。日本の中華料理屋としてはこれはランク的には下である。仕方なく炒炒麺(味噌そば)を注文。キュウリが付いてる分、他の料理よりはマシかってことで。 あまりカロリーオーバーしてないことを祈るばかりである。
父から突然しげの携帯に電話がかかり、「今から散髪に来んや?」。 「今、退院したばかりだって。メシ食ってたら、店に回るの7時過ぎるよ」 「なんで退院がそんなに遅いとや」 「そりゃ病院の都合やけん」 「じゃあ、散髪してやれんやないか!」 だからそこでなぜ怒る。私のせいではないだろうが。 ……なんかヤクザが「こんなに優しくしてやってるのが分らんのか!」って怒ってるのと同じ理屈じゃん。 この理不尽なワガママ、年々ひどくなってきてるぞ。なんで私の周りにゃこんなワガママなヤツばかりが大挙しているのだ。
帰宅してみると、部屋はしげが言ってたほど片付いてない。 特に風呂は、一昨日、一時帰宅したときに掃除するように言っておいたのに、、床にゴミがこびりついたまま放置されている。で、帰宅して一発目の仕事が風呂場掃除だよ。洗濯物も相変わらず掘ったらかしだし、部屋の中が臭い。 今度、脱臭剤を買っておかないとなあ。 ひと片づけを終えて、改めてしげを映画に誘うが、「疲れてるから」と言ったままダウン。 誰が疲れとるか。働いとるのはワシじゃ! 仕方なく、一人でキャナルシティへ。 途中、知り合いの本屋に寄って、買い損なってたコミックを探す。キャナルの福家書店にも回ったが、あさりよしとおの『なつのロケット』だけがどの店に行っても置いてない。 明日は天神まで回ってみよう。
映画『RED 赤影 SHADOW』(←タイトルにはこう出る)。 つまんない、というよりは見ていて不快になった。 作り手の「手抜き」がモロ見えなのである。……これを手抜きでなく真面目に作ったんだって言うなら脚本家と監督はサルである。 さて、まずはどこから貶したらいいものか(^^)。 原作からキャラクターだけを借りて、後は自由に作る、という姿勢はいい。むしろそうあるべきだ。なのに設定もストーリーもキャラクターも陳腐この上ないのはどういうわけか。おかげでこの作り手たちが作りたかったのが何なのか、まるで見えてこないのである。 冒頭の通りすがりの侍(布袋寅泰)と赤影(安藤政信)の邂逅、これがあとのストーリーに全く効いて来ない。『SFサムライ・フィクション』のキャラクターとリンクさせただけの楽屋オチ。しかもここで主演の安藤、全く殺陣ができないことがバレる(後で更にアクションも出来ないことがバレるが)。だから細かいカットを積み重ねることで誤魔化してるのな。いくらテンポがよくたって、ゴマカシはゴマカシ。映画を見たぞって昂揚感はない。 ブルース・リーやジャッキー・チェンの、体を張ったカンフー映画を見なれてたらさ、テレビの特撮ヒーロー番組レベルのダサイ吹き替えアクションなんて、感動も興奮もしやしないって。 この時点で、「アクション映画」としてこの映画を見ることを断念。 そのあと、青影(村上淳)、飛鳥(麻生久美子)も登場、六角城に忍びこむが、ここをおバカなギャグシーンでつなぐので、おっ、これは「バカ映画」を作るつもりだったのかな、と思って見ていると、話が急に赤影と飛鳥の悲しい恋物語にシフトする。 この展開もなあ、陳腐っていうより馬鹿って言ったほうが当たってるんだよなあ。 白影(竹中直人)から「忍者に情は要らぬ」と釘を刺されて悩む二人。「忍者って恋も出来ないの!?」って、湖のほとりで涙の抱擁。青影は青影で、敵を殺して「オレは人を殺してしまった!」 ……キサマら、今まで“忍者ゴッコ”してただけじゃねーのか? 案の定、飛鳥は根来の頭領、甚斎に殺される。 でもなあ、ここが脚本上の一番の手抜きなんだよねえ。要するに復讐のために赤影が立ち上がるわけだけど、これ、モロ山田風太郎の『伊賀忍法帖』のパクリじゃん? しかもこの後、赤影の心は新登場のヒロイン、琴姫(奥菜恵)に移っちゃうから、あくまでストイックに敵を倒し続けた『伊賀』の笛吹城太郎とは雲泥の差、「キサマ、そんなに簡単に飛鳥のこと忘れていいのかよ!」って石投げつけてやりたくなるのだ。 つまり、ダブルヒロインを上手く並立できないライターが、ええい、面倒臭い、片方殺しちゃえって安易な手に逃げちゃっただけなんだよ。 あのな、どうせ「定番」な展開でやるならな、石川賢のマンガ『虚無戦記MIROKU』で、主人公の弥勒が、敵の毒にやられた夜叉姫を助けるために、解毒の方法を敵から聞き出すために戦ったみたいにさ、「後何日のうちに助けないと愛する者の命がない」って時限つきの展開にしろよ。その方がずっと緊張感が生まれるだろう。脚本の初歩だぞ、こんなの。 ヒロインを二人とも生かしておいて、その間で揺れる赤影と二人の女、それぞれの心を描いた方が、より緊張感が増すってもんだ。 さもなければ、一切そういう恋愛沙汰はカット、アクションとギャグだけで押し進めるべし。中途半端が一番始末に悪い。 もう一つ、ここでの大きな失敗は、隕石から作られた「無敵の鋼」(これも『ルパン三世』五右衛門の刀「流星」のパクリだね。実際の韻鉄は使いものにならんのが殆どだそうな)、これが敵の根来に奪われるんだけど、それを後の展開で全く生かさないんだよなあ。溶かして鋳直して頭領が身に着ける、くらいのことすりゃいいじゃないか。 この根来甚斎も馬鹿でよ、雇い主の竹之内基章(陣内孝則)の「琴姫を殺さば所領を遣わす」とのカラ約束にだまされて、琴姫さらった後であっさり殺されてやんの。……何か策を講じろよ、仮にも忍者だろ? なにがヒドイって、ここで根来が全滅しちゃうんで、赤影たちとの忍者同士のラストバトルが一切描かれないってことなんだよねえ。つまり、「目玉」がないのよ、この映画。 ホントに馬鹿。 また、昔のテレビドラマの設定を中途半端に流用してるところがふざけてるんだよなあ。「赤影参上」「大丈夫」のセリフも使いどころ間違えてるとしか言いようがないし、白影の飛行凧、わずか数カットしか登場しないぞ。 映画の、というよりドラマツルギーの基本ってものをよ、一から勉強しなおせや、このサルどもが。 傲慢なことはあまり言いたかないけどよ、多分この映画見た10人中9人がこう思ったんじゃないか。「オレだってこの十倍は面白い脚本書けるぞ」って。 それにしても、脚本、演出もクソだったけど、特に「役者不在」を感じさせる映画だった。今時のナンパな若い俳優に緊迫感のあるドラマ演技が出来ないのは仕方ないにしてもさ、もう少しマシな配役を考えられなかったのかねえ。 赤影と青影の大バカ二人組が、飛鳥を間に挟んで掛け合い漫才みたいなやりとりをするんだったら、あの二人、爆笑問題をキャスティングしときゃよかったのである。太田光が赤影で、田中裕二が青影。いや、マジだよ、これ。で、愁嘆場は一切カットして全編ギャグだけで突っ走る。それくらいのアイデア出してみろよ。このドシロウトどもが。 まあ、こんなクソ見るくらいなら昔の『赤影』を見ましょう。『大忍術映画ワタリ』でもいいです。部屋で寝転んで山田風太郎読んでた方がなんぼかマシです。
そう言えば『魔界転生』、また映画化計画が持ち上がってるってなあ。だから殺陣が出来る役者が今残ってるかってんだよ。前の映画化だって、若山富三郎の殺陣でなんとか持ってた映画だぞ。
帰宅するとしげはとても言葉には出来ないような恥ずかしい格好で寝ている。 溜まっていたメールの返事などを書いたりしていたらもう午前3時。 久しぶりの夜更かしさんでした。
2000年08月24日(木) たまには一人で映画を見る日もあるさ/映画『怪異談・生きてゐる小平次』ほか
| 2001年08月23日(木) |
What is Okyuto?/『新暗行御史』(尹仁完・梁恵一)ほか |
昨晩、またお隣りさんが煙草を吸い、大イビキをかいてくれたので、またもや睡眠不足。……糖尿治す前に、禁煙したらどうだ。 少しでも煙草が流れて来ないようにと、たいていカーテンを仕切っているのだが、あまり効果はない。 あちらさんはあちらさんで、しょっちゅうカーテン仕切られてるので、日が射さなくって(私の方が窓際なのである)迷惑だと感じているようだが、だったら煙草吸うのをやめてくれりゃあいいのである。 こちらがカーテンの中で寝ていると思ったのか、お隣りさん、看護婦さんに「有久さんは今日退院かね?」なんて聞いてるが、聞いてどうする。厄介ものがいなくなって助かるとでも思っているのか。 ……いかんなあ、煙草吸わされてると、どんどんドス黒い発想ばっかりで頭が占められちゃうぞ。周囲のすべての人間が敵に見えてくるのである。もし私が何か犯罪を犯すとしたら、まず真っ先に手近な喫煙者が犠牲になると思いますのでご注意を。
朝食は豆腐の味噌汁、油揚げとひじきの煮付け、牛乳。 この朝ご飯、入院中、品数が少ないなあと文句ばかりつけていたが、退院すればこうきちんとコントロールしてもらえる食事は望むべくもないのである。 そう考えると感慨もひとしお。 朝の運動も今日、明日。付き添いの看護婦さんとの別れももうすぐだと思うと寂しい限りだ。この付き添い、毎日交替で看護婦さんが来られるのだが、今日の看護婦さんは妊婦さん。 大きなおなかで歩けるのかと思ったら、座って時間を計測するだけだった。このトシになっても女性の扱いは下手なので、ついつい余計な心配をしちゃうのである。もっとも女性の扱いがうまかったらしげにむちゃくちゃ嫉妬されてしまうだろうが。 歩いている最中のセミの声少なし。空気も随分涼しくなった。 森の日陰に隠れて出て来なかった猫たちも、道端のあちこちで見かけるようになった。偶然、右と左から犬を連れて散歩してくる人に挟まれて、首をキョロキョロさせながらどちらに逃げればいいか迷ったりしている。……後ろの森の中に逃げろよ。緊急事態に陥ってパニックを起こし、とっさの判断ができなくなるっての、猫も同じなのね。
昼飯はわかめごはん、豚もものゴマだれ焼き、きぬさや、大根とオクラの煮付け、バナナ。昨日の豚ももの使いまわしだな。 糖尿病教室はビデオを二本。 なんと1本はアニメと実写の合成。 アニメの貝原益軒が突然現代に現れて、糖尿病患者のおじさんを豪華客船に乗せ、「糖尿」の海に乗り出すというムチャクチャな内容。……糖尿の海って、回りみんな「尿」かよ(-_-;)。 その尿の海の中から「高脂血症」「肥満」「動脈硬化」なんて氷山が現れて迫ってくるのである。で、船のへさきで貝原益軒、タイタニックしてやがんの。……ヤなアニメだなあ。制作会社がわかんないけど、益軒の顔、『一休さん』の外鑑和尚に似てたから東映アニメーションかもしれないなあ。 以前に見たことのある糖尿病映画じゃ、塚本信夫が昔の同級生に再会するんだけど、インポになっちゃって、果ては車椅子生活になってその同級生に世話してもらうようになるという救いようのない映画だった。その後塚本さんがホントに死んじゃったこと考えると、ほぼ実録的な映画である。……よく出演したよなあ。 あとの一本は、日常生活の中でいかに楽して運動するかという実に二律背反した内容のもの。「階段を昇り降りするのが辛かったら、降りるときだけでも歩く」とか「信号で立ち止まったら腕を振る」とか、「昼飯どきは遠い店に行く」とか、しょーもないもんばかり。……「きれいなねーちゃんを見かけたらちょっとついて行く」とかいうのが出て来やしないかと思っちゃったよ。 ……病院ってのは、患者を脱力させるのが目的なんかい。
栃木県の秋元美穂ちゃん誘拐事件の犯人として逮捕された藤田竜一容疑者、「女の子に興味があって、可愛かったから誘拐した」と供述し始めているそうである。 美少女アニメのファンで『ミンキーモモ』なんかが好きだった、ということだが、またこれで「アニメ規制」なんてこと言い出すバカがいやしないかと思っていたら、『ザ・ワイド』で市川森一が「今の少女マンガはひどいですよ。規制していくことも考えないと」なんて言い出しやがる。 美少女アニメと少女マンガを混同している無知も甚だしいが、結局この人、何を規制の対象とせよと言っているのか。少女マンガと言ったって、『ちゃお』や『なかよし』を指しているわけじゃないだろうが(それともそうなのか?)、じゃあ『花とゆめ』はダメなのか? あるいは『少女を主人公にした青年向けマンガ』ということなのか、同人誌のエロ描写のことを言いたいのか。結局、何が言いたいのか皆目わからず意味不明なのである。 一般の少女漫画誌に規制されなければならない要素はないし、成年マンガはもともと未成年が読んじゃいけないものである。同人誌のようにマスメディアではないものにまで規制を入れろというのはまさしく暴論。 そもそも性的な表現媒体が即、性犯罪につながるものではないというのはごく常識なのに、何をトチ狂ったのか。だいたい犯人はもう成人じゃないか。「アニメのせいで犯罪に走った」なんて言い訳が通用するトシじゃないのだぞ。 ウルトラシリーズでも底の浅い脚本しか書けなかったやつだからなあ。仮にも作家なら、自分の脚本が規制される可能性も考えて発言をせんかい。
夕食前に運動のための散歩。これが最後の外出になるか。 荷物が増えるというのに、コンビニで『SPA』や『ダ・カーポ』、『クレヨンしんちゃん総集編』などを買う。 近道をしようと道を斜めに突っ切ったら、どこか知らない道に出てしまって、1時間以上、迷う。 思い出というものは最後の最後にできるものである。
夕食はめだいのマヨネーズ焼き、ブロッコリー、山芋和え、おきゅうと。 博多以外の方にはこの「おきゅうと」というのがなんなのか知らない人も多かろう。 「エゴノリ」という海草を乾燥させ、水に戻して煮詰め、金網で裏ごししたあとで薄く小判のような形に引き延ばして、冷やして固めた食ベ物。実際に食べる時には、思い思いの幅に切って、カツオブシやネギなんかを混ぜて、ショウガ醤油や酢醤油で食べる。まあトコロテンみたいなものだけれど、舌に張りつくような触感が微妙に違うのな。あまりたっぷりとは醤油をつけず、ご飯と一緒に食べるのが通常の食べ方。でもスーパーで売ってるのの中には、既に細く切られちゃってるのが多くて今イチ。 私ゃ太幅に切るのが好きなんでねえ。あまり細いと触感がないのよ、これ。 今日のも細く切られてあって、醤油も余計にかかっていたので好みではなかった。先祖代々の博多人としては、おきゅうとの食べ方に関してはちとウルサイのである。「うるさいなあ」と思う人は読まなくてよろしい。
6時から、NHK総合『天才てれびくんワイド/探偵少年カゲマン 総集編』。 原作マンガも読んだことないのだが、結構古いマンガではなかったかなあ。なんで今ごろアニメ化、という気がしないでもないが、『名探偵コナン』に対抗して、小学校低学年に向けた推理クイズアニメを一つ立ちあげようってところなんだろう。 推理ったって、ドアにアリの絵が描いてあって、三つのランプにそれぞれ「あ」「か」「り」と字が書いてあるのだけれど、どれを消したらドアが開くか、なんていう他愛のないもの。でもこれくらい可愛げがあると、『コナン』みたいなただのカッコつけミステリよりずっと好印象。 何より作画が『宇宙海賊ミトの大冒険』の近藤高光さんだよ。昔ながらの漫画映画っぽい絵柄でなつかしいのである。
マンガ、臼井儀人『クレヨンしんちゃん まだまだあるゾ!オラの秘密!?号』(双葉社・380円)。 『ブリブリ王国の秘宝』と『雲黒斎の野望』の映画原作に長編を収録した増刊号。 単行本を全巻買っているわけではなかったので、この二作、今まで読んでいなかったのだが、ようやく読めた。ブリブリ王国、結構原作に忠実に作られてたのだなあ。しんのすけとスンノケシ王子がそっくりという設定が今イチうまく生かせてないなあと思っていたのだが、原作でもそうだった(笑)。 短編は小さなギャグの積み重ねでうまく落とせているけど、長編は臼井さん、苦手だったんだねえ。 『雲黒斎』は設定のみを借りただけで、ほとんど原作無視の映画になっていた のは、あのままじゃ映画として弱い、と監督が考えたせいだろうな。……戦うヒロインがやはりほしいところだしね。 どんでん返しの後のタイムパラドックス、更には巨大ロボット戦などは全部映画だけのオリジナル。ひろしが「SF初段」という設定も(笑)。 原作の弱いところをどう補完してあの傑作に仕立て上げていったか、その過程なんかも本郷みつる監督に聞いてみたいもんだ。
マンガ、酒井直行原作・田巻久雄作画『獣世紀ギルステイン』1巻(小学館・580円)。 『AMON』のデビルマンやデーモンのデザインを行った造型家の韮沢靖がギルステインほかの「躯殻獣」のデザインを担当。でも私はあまり韮沢さんのデザインには魅力を感じてないんだよねえ。マンガのキャラクターには単純な線の持つ魅力ってものがあるのであって、やたら細部に拘ってリアルにしたって、ゴテゴテするばかりで本当の迫力は出ないのである。 ギルステインも「ドタマ禿げててヒビ入ってるよ」としか思えないし。 実際の作画を担当してる田巻さん、山本貴嗣さんのアシストやってた人だよなあ。絵柄がよく似ている。ということはこの人も劇画村塾系かな? よく知らないけど。 北極の永久氷床の中から発見された未知の病原体、カドケウス・ウィルスは、一瞬にして宿主の体格を増大、怪物化させる。しかし、その「ギルステイン症」に感染するのは、15歳の少年少女に限られていた。政府は少年少女たちを施設に隔離し、ウィルスのメカニズムを探るため彼らを殺し合わせる……。 まあ、(『デビルマン』+『バトルロワイヤル』)÷2って感じだねえ。 謎のカギを握るのがウィルスと一緒に何万年も閉じ込められていた少女「サラ」なんだけど、これのクローンを作って……って『エヴァンゲリオン』も入ってるじゃん。 あまり寄せ集めでマンガ作るもんじゃないぞ、という気もするけれど、今のところそうつまらなくはない。掲載誌の『サンデーGX』、ハマって読めるマンガが意外に多いぞ。少なくとも『コミックバンチ』よりはずっと読み応えがあるよ。
マンガ、尹仁完(ユン・インワン)原作・梁恵一(ヤン・ギョンイル)作画『新暗行御史』(小学館・580円)1巻。 オビに井上雅彦絶賛、とあるけれど、なるほどこれは面白い。 韓国のマンガということで取っ付きにくいと感じる人もいるかもしれないが、ちゃんと右開きでフキダシも縦長の楕円、コマ割りも日本のマンガと同じで、読みづらさは全くない。 「暗行御史(あんぎょうおんし)」は「アメンオサ」と読むそうだ。皇帝の勅使のことで、韓国の「水戸黄門」みたいな役目を負っていたとか。それに作者は現代的なアレンジを施し、一種の陰陽師みたいなゴーストバスターに仕立て上げた。 暗行御史の「しるし」である「三馬牌」。それは悪を凝らす「幽幻兵士」を蘇えらせることができる。 この設定だけを聞くと、単純な勧善懲悪物語に見えるけれど、この暗行御史、結構ヒネクレ者で、自分が「正義の味方」みたいに思われるのが大嫌いなのである。虐げられた民衆が「いつか暗行御史が助けに来てくれる」なんて虫のいい希望を持ったりしているのも気に食わない。 で、助ける前に一言いうのだ。 「これから起こることはすべて偶然だ。だから二度とこんなことが起こるなんて思うなよ」 照れてんのか、お前は! ……水戸黄門と言うよりゃ木枯し紋次郎に近いかな。この辺は多分、作者の脚色だろうな。 特に第1話はどんでん返しもうまく効いていて傑作。 第2話から登場するもう一人のヒロイン、成春香(ソン・チュニャン)は18世紀に成立した朝鮮の小説の主人公を借りたもの。身分の違いを越え、領主の虐待にも負けず、暗行御史の恋人、李夢龍(イ・モンニョン)との恋を成就させたハッピーエンドの物語を、なんとアンハッピーエンドに作り変え、春香が「もう一人の暗行御史」となるまでを描く。 韓国は儒教モラルが今でも強く伝統として継承されている国である。しかし、真に「自由とは何か」ということを考えていけば、従来の道徳観に対しても現代に生きる者として批判を加えざるを得ないと作者たちは考えたのではないか。 古典に取材しながら、ラストを全く作り変え、春香を悲劇のヒロインとして描いたのは、「列女は二夫にまみえない」という儒教の倫理観からも春香を「自由」にしてあげたいという思いの表れではないか。原作の春香はただ待つだけの少女だが、この『新暗行御史』の春香は、自ら「山道(サンド)」(護衛)となって戦い、民を救う少女なのである。 ううん、やっぱり宮崎駿あたりの影響もあるのかなあ。 でも原典と何が一番違うっかっていうと、数多く映像化されてきている春香だけれど、ボンデージスタイルの春香は前代未聞ってことだろう。 ……このマンガ、韓国で出版したらかえって大反響になるのではないか。
ちょっと夜更かしして、『ここが変だよ日本人』、霊能力者特集を見ながら寝る。でも、ヤラセがミエミエの展開で興醒め。 ……だからどうして外人の霊が日本語で喋るんだよう。
2000年08月23日(水) 若いって、イタいことなのよん/『エノケンと呼ばれた男』(井崎博之)ほか
| 2001年08月22日(水) |
オタクの花道/同人誌『オトナ帝国の興亡』ほか |
わあ、ようやく体重が80キロを切ったぞ(ひと月ほど前にもそんなこと書いてたような気が……)。 結局、今回のこの入院、増えた体重をなんとか元に戻しただけって感じになりそうだなあ。 朝食はロールパンにコーンポタージュ、ロースハムとカリフラワーのサラダ、牛乳。パンに付いてるジャムまでカロリー控えめ。アンパンとか菓子パンの類は一切出たことがない。糖尿病、栄養士さんも「食べちゃいけないものはありません」と言ってるクセに実際の規制は多いのである。
枕元に置いてある本が30冊を越えていることに気づき、こりゃ一度自宅に持って帰らないと、明後日退院する時に、荷物がムチャクチャ重くなってしまうことに気づく。慌てて担当の先生に外出をもらって、午後から一時帰宅することにする。糖尿病教室もあるし、禁止されるかと思ったらあっさりと許可が出た。今日は薬剤師さんの授業なのだが、別の日に個人授業を受ければよいそうである。 わあい、女医さんと個人授業♪ いや、コトバのヒビキはいいが、別に楽しいことはない。この『個人授業』って単語に反応しちゃうのも映画ファンならではかなあ。あるいはフィンガー5の歌のほうかな。
授業を休むというのに、明後日渡されるはずの教室の修了証、今日のうちに貰ってしまう。……もし明日と明後日も教室休んじゃったらどうなるんだろうね。
しげに連絡を入れるが、留守。多分、自動車学校だろう。 一応、「あとで帰るよ」と伝言だけを吹きこんでおく。 ……どうせ部屋の片付けもしてないだろうから、帰りつくまでに、少しはやっといてくれればなあと期待するんだけど、こういう期待通りにしげが動いたことは一度もない。 ないならなぜ期待するか。 ……ったってねえ、するしかないのが、「ふうふ」というものなのよ。 少しでも持って帰る本を増やそうと、読みかけの本などを慌てて読む。
朝の食前の血糖値が88、昼食前が141。外出すれば運動量は多くなるから、夕方の血糖値は結構平常値に近くなるんじゃないかと期待する。 昼食は、あじの塩焼き、はじかみ、金平ゴボウ、梨。付け合わせの「はじかみ」って何だと思ったら生姜のことだった。 このトシになっても、知らない言葉ってのはあるものなのだよなあ。だから若い人たちのことを「近頃のやつらはコトバを知らない」なんて言っちゃうのは、天に唾する行為であったりもするのだ。
帰宅した途端にしげが風呂場から出て来て「きゃー、えっち」。 んなもん、もう毛穴の奥まで見飽きて見飽きて、鼻毛も立たんわ。帰るなりしょーもないことやってんじゃね〜。b(`m´#) 期待を見事に裏切ってくれて、洗濯は全くしてないし、風呂場は汚れたまま、洗面器はゴミがこびりついててお湯を汲むことすらできない。トイレは言わずもがな。いくらなんでも汚しすぎである。明後日帰るまでに少しは掃除しとけよ、と言うが、聞いたか聞いてないか、ブスッとするばかりで反応しない。こういう時はたいてい聞いてないんだよなあ。 なにやら紙を見せるので何かと思ったら、これがしげの自動車学校の適正検査。 ……なんだ、このCとD判定の群れは(・・;)。 唯一、Aがあったなと思ったら、「自己中心性」。注意力も集中力も記憶力もなく、他人を思いやらずに自分勝手な言動を繰り返す最低最悪の人格、と判定が出てしまったのだ。 「なんだよ、これは大丈夫なのかよ」 「へへへー」 へへへーじゃない! マジで人轢きかねんぞ、おまえ。 この日記のUPも、この間見舞いに来たときには、二、三日うちにやっておくと言ってたくせに、全く手をつけていない。さすがに腹が立って、今すぐやれ、と言うと、「私に寝るなっていうの!?」とまた文句。 こいつが寝てないなんてことあるわけないのだ。と言うか、こいつの口癖は「今日は12時間も起きている」だから、同情なんかしてはいけないのである。しかし、しげは自分が悪いと決まってるときですら、どうして口答えするのだろう。ますます怒られることは解りきってるのにねえ。
ふと、傍らを見ると、なにやら小包が。 こ、これはもしかして。 うわあ、山本弘さんからの『オトナ帝国』同人誌だぁ! 届いた日付を見ると、17日。この間しげが見舞いに来たのは18日……。隠してやがったな、しげのアホウが。みんなに買ってもらったらその代金、しげの小遣いにしてやろうと思ってたけど、もうやめた。 今更また怒る気力もなかったし、ともかく現物を見てみたかったので、早速袋を開けて中を見る。 表紙は防衛隊のコスプレをしたしんちゃんとひまちゃん、そのバックにオトナ帝国を象徴するかのような太陽の塔っぽい影。そして万博の写真のコラージュ。絵は眠田直さん、やっぱりセンスがいいよなあ。
タイトルは『オトナ帝国の興亡』。ページをめくるといきなリあずまきよひこの絵が……って、ああ、こりゃ山本弘さんのパロディマンガだ。……そうかあ、ちよちゃんも『オトナ帝国』見て泣いたのか。って視点が違うな。 目次を見てみると、参加者はみな「オタクアミーゴス/裏モノ会議室」の常連さんばかりだが、意外と数が少ない。唐沢俊一さんが参加表明されていながら寄港されていないのはお父上のご逝去があったとは言え、残念である。 シュミ特(懐かしい響き!)の『オトナ帝国大辞典』、こんなに参加者が少ないんだったら、もっとネタを送っときゃよかったと後悔。どうせ誰かが書くだろうなと思ってたから、書かなかったネタは多いのだ。「ケレル」とか「よしだたくろう」とか、誰も書いてないとは思いもしなかった(ボツになった項目は掲示板のほうに書いてますのでご参照下さい)。こうたろうくんに「銀玉鉄砲のあたりは『ガントレット』だよ」と元ネタ教えてもらってたのもあったのになあ。 「ネギ」のネタも、原作でしんちゃんがシロにネギをやるネタがあって、それを踏まえてのギャグなんだけど、そこまで指摘されていない。どうも参加者のみなさん、原作までフォローしてるわけじゃなさそうなのだ。やっぱり「オトナが見るもんじゃない」と今まで思ってたとしたらもったいない話である。
巻頭の評論はエロの冒険者さん。初めは同人誌に参加されることを躊躇されていたけれど、どうしてどうして、巻頭を飾るに相応しいパロディ評論だった。 前半は子どもの作文調で書かれているのだけれど、そのスタイル自体が、あの映画を楽しむ目がオトナとコドモとでは乖離していることを表している。ああ、この手があったなあ、と思うとちょっと悔しい。オチが困惑した先生の投げ遣りな感想と言うのもうまい。 後半は、熊さんとご隠居の会話風、語り口は面白いのだが、いろんな感想を詰め込みすぎて、やや論点がボケた印象があるのが惜しかった。 と言うか、「チャコが実は不治の病なんじゃないか」とか、「チャコは病気のせいで家族から邪険にされていて家族というものを憎んでいた」って設定、せっかくそういうのを思いついたのなら、それでコントのシナリオを一本書いたほうがずっと面白くなったと思うのだ。 それでも、ほかの参加者の方々には悪いが、エロさんの評論が頭一つ抜き出ていることは事実なのである。ミもフタもないこと言っちゃうと、ほかの方々の評論、結局は「ああ、そう、アナタはそう思うわけね。よかったよかった」で終わっちゃうものなのだ。それはほかの方々の意見がつまらない、ということではなく、「評論」という形式自体、もともと読者に訴えかける力が弱いからにほかならない。 同人誌の大半がつまらないのは、世界が閉じているからである。原典を知らないと分らないのでは読者は退屈するばかりだ。パロディという形式が有効なのは、原典を知らなくても楽しめるからだ。言いかえれば、原典を知らないと楽しめないパロディは、パロディとしては不完全である(もちろん、知っていればもっと楽しめる)。
……なんだかなあ、ネタがかぶる可能性はあるんだから、もう少しバラエティに富んだ語り口で、例えば『オタク学入門』のように、作画的な側面、科学的な側面で図解するものがあったりとか、あってもよかったんじゃないかと思うんだけどねえ。 さすがに山本弘さんは、具体的なセリフとシーンのやりとりの組み合わせを提示して、『オトナ帝国』のホラーな側面を浮きあがらせる評論を書かれている。そう言った「具体性」がないと、読むほうはキツイのだよねえ。 不遜な言い方で申し訳ないが、事実として、みなさん、まだまだ「ウスイ」なあと思ってしまうのである。「他の人がどんなことを書くのか」予測をしてそのウラをかく、くらいの気持ちがあってもよかったんじゃないだろうか。
私なんか、同じネタ思いついたやつが誰かいないかとドキドキものだったのに。同人誌で読む機会のある人も少なかろうからネタバラシしちゃうけど、私の書いた小説、基本的には「オトナ帝国の創始者は岡本太郎だった」「チャコは実はホムンクルスだった」「ケンとチャコは実は昔、ひろしに出会っていた」の三点だけでできあがっているのである。もう、昔の同人誌マンガにはよくあった、その後の『未来中年コナン』とか、『2001年のドラえもん』(来ちゃったけど)とか、その手のノリなわけ。でも、アホな設定ではあるけれど、もっとアホなのを思いつく人がいないともかぎらない。 で、もう一つだけ、これだけはほかの人には書けない、というものをぶちこんだ。 作中のケンとチャコの祭りでの会話、だいぶアレンジしてはいるものの、まんま、私としげの会話なのである(多分しげ本人は忘れてるだろうが)。今まで恥ずかしくて一切書かなかったが、「自分の世界から出ようとしない」チャコの姿、思いきりしげにダブって見えてたし、20世紀博作ってしげを世間から守ってやれるものなら、そうしてやりたい、そう思いながらあの映画を見てたのだ、私は。 でなきゃ泣くか。 以前、よしひとさんから「有久さんの脚本に出てくる女の子、みんなしげさんに見える」と言われたことがあるが当たり前である。私はしげに出会って以来、しげ以外をモデルにして戯曲や小説を書いたリしたことはない。男は全て私であり、女は全てしげだ。それが私の創作スタイルなのである。 ……あまり書くと、しげがヨロコブからこのへんでやめとこう。パロディと言えど、それが自分の作品である以上、自分や身内を出さなくてどうするというのか。吾妻ひでお曰く、「自分の出ないマンガはマンガじゃない」のである。
今度の同人誌で、一番嬉しかったのは、あとがきで山本弘さんに、「設定の穴を想像で埋めるのはファンの特権であり正しいアニメファンの道」と、フォローを入れてもらっていたことだ。 今回、パロディ小説を書きはしたが、ボツられはしないかなあ、と随分不安になっていたのだ。夏コミのカタログに夏目房之介・米沢嘉博両氏の対談が載っているのだが、「著作権のことを、パロディを書く上でも真剣に考えなければならない。原典への『愛』があるから、という言い訳は成り立たない」とあったこと、これをどこまで考慮すればいいか、シロウトの私には見当もつかなかったからだ。 実は私の小説、「万博」「岡本太郎」「ひろし」という単語、一切使っていない。ムードを出すための効果と思う人もいるかもしれないけれど、ただ単に著作権違反が怖かっただけなのです。……評論だと「批評は自由だ」と反論できるかもしれないけれど、小説だとムズカシイかな、と思った結果なのでありました。 でも堂々と万博の写真使ってたし、この同人誌、監督の原恵一さんにも送られるみたいなので、杞憂だったかな、とも思うのだけれど。
あ、書き忘れてたけど、『オトナ帝国』のこぼれ話や、眠田直さんの過去のクレしん映画のレビューもあって、初めての人も安心(笑)な造りになってます。
日記のUPを終えて、しげ、疲れたのか寝る。 「あとで帰るんやろ? 8時になったら電話して」 「どうして?」 「仕事に寝過ごしたらいけないから」 ……今、2時だけど。6時間寝て、目覚ましでも起きられないってか。 ああ、やっぱり性格検査通りのやつだよ、こいつは。
病院に帰って、血糖値の検査をしたら、前回は90まで下がっていたものが今日は100。……ストレスが血糖値を上げるって、本当なんだなあ。 夕食はあなごと夏野菜の和え物、ささみの和風サラダ、メロン。心なしか、一つ一つの味が微妙に苦い。
テレビ、『目撃ドキュン!』、いま日本に急増中とかの「パラサイト夫婦」の特集。要するに両親のもとに同居して働かない夫婦ってことなんだけれど、別に夫婦に関わらず、男も女も、誰かに寄生しようと虎視眈々、狙ってるやつってのはいくらでもいるよなあ。「専業主婦」も「だめんず」も、たいていそんなやつだ。ウチのしげだってほとんどサナダムシだし。 これで私が痩せないというのは理不尽だリムジンだ(c.田中邦衛)。
東京のこうたろうくんに電話、同人誌を入手したことを伝える。 「おまえさんのがなかったら、寂しい同人誌になったと思うよ」なんて言ってくれて、泣けるじゃないか。誤植や言葉の誤用が多くて恥ずかしいんだけど(「コロリと言われて」なんて書いてるけど、「ケロリ」の間違いなんだよね〜。お恥ずかしい)。 「エロさんところにも感想を書き込みしてみたいんだけどねえ、面識ないとやっぱり書き込みにくいよ」 まあ、そうだろうねえ。 この日記にも細々ながら、毎日20人程度の方が来られてるけれど(入院してから数人に減ったさ)、書きこみまではしてくれないものなあ。というか、男で中年でテメエの女房のことばかり書いてるやつの日記の掲示板に、何書けってんだよって思う人が大半だろうけど(^.^;)。 でも、悪口でもいいから、なんかあったら初対面の人も歓迎します。どうぞご遠慮なく「こんにちは〜」だけでも書いてみてくだしゃんせ。
吉岡平『真・無責任艦長タイラー3 邂逅編』(エンターブレイン・ファミ通文庫・670円)。 アニメ版のお色気看護婦さんのハルミもよかったけれど、小説版のクールなアサシン、ハルミもいいよなあ。 今のところ、オリジナル版の1巻を、3巻程度に引き伸ばしている計算になるけれど、ダレた感じがしないのは、小説家としての吉岡さんの腕が上がったってことなんだろう。 でもイラストはキャラの描き分けが今イチで、都筑和彦さんや平田智弘さんのほうがずっとよかったなあ。
マンガ、島本和彦『吼えろペン』2巻(小学館・560円)。 島本さん(あ、いけね、炎尾燃だ)のプロダクション、前の『燃えよペン』のころとスタッフが総替わりしてるみたいだけれど、新スタッフの中で文句なしに面白いのは、「子ども番組からすべてを学ぶ男・大哲」。 「マンガ家をやめて、体を鍛えてヒーローになるか? いや、ヒーローにはいつだってなれる!! 弱くなった肉体を改造して強化すればいいのだから!!」 現実と空想の区別がつかないやつって、やっぱり世の中には必要だと思うぞ。シュリーマンの例もあるし。 ……ニセ炎尾燃ってのは富士原昌幸がモデルだろうか。実際、島本さんより面白いもの描くこともあるけど(笑)。
マンガ、山田風太郎原作・石川賢作画『柳生十兵衛死す』2巻(集英社・530円)。 うわあ、破軍坊(『伊賀忍法帖』のキャラね)、わずか6ページで使い捨てちゃったぞ。もったいないなあ。続々とキャラクターを出してくるのはいいけれど、収拾がつかなくなりゃしないかなあ。前作の『魔界転生』ではムリヤリ自作の『魔獣戦線』にリンクさせちゃったけど、今度も突拍子もないこと考えてそうな気がするなあ。 石川さん、『ゲッターロボ』や『虚空戦記』の描き足ししてたころはちょっとセンに力がなくなってたけど、少し調子が戻ってきている。師匠がまたぞろ『キューティーハニー』描いてハジさらしてる分、石川さんにはがんばってもらいたいよなあ。
2000年08月22日(火) とんこつラーメンは臭い/『ここだけのふたり!!』8巻(森下裕美)
| 2001年08月21日(火) |
台風の日は病院で寝転んで/『偶然が残すもの 記憶鮮明�供戞米�渡早紀)ほか |
台風11号、昨夜から朝にかけて、九州に上陸する前に伊勢のほうに曲がって行っちゃったらしく、博多は風こそ吹いてはいるものの、雨は全く降っていない(昨夜少しパラついた程度だそうな)。 外でただ突っ立ってるだけでもじわりと全身に汗がにじみ出ていた数日前と比べると、今日は涼しいくらいのものである。 セミの声も心なしか随分少なくなった。 ニュースによれば、台風、関東のほうに向かったとか。あちらは水不足で困っているようだから、これが恵みの雨になってくれればいいのだが。ただし、事故死者とかが出ない程度にね。 毎年、こんな具合に台風が直撃しないで、日本をかすめるように通りすぎてくれれば助かる。台風一過、明日からはもう秋、という感じになってくれればしのぎやすいのだが、実際にはもうちょっと残暑が続くんだろうな。
少し早めに目覚めたので、テレビでニュースなどを見る。 北九州博覧祭、客の入りが頗る悪いらしい。 山口きらら博との連動を狙ったところが、アチラにはまあまあ人が入っているのに、北九博のほうは大きく水を空けられた形だとか。 開幕から一月半、一日の入場者数が平均して9600人と、一万人に届かないありさまで(ということは、平日の入場者は5、6000人程度か)、このままでは200万人を見込んでいた当初の入場者数を大幅に下回って、120万人程度で終わりそうな気配とか。 北九州市の末吉市長、緊急会見を開き、まず不振の原因について、「�[稠�にない猛暑��会場が市の中心でいつでも来れるという意識が裏目に出た�4超�などのテーマが、夏のレジャー志向との間に乖離感があった」と述べる。 更に「企業参加ばかりの宣伝臭いパビリオンに魅力がない」や、「松本零士のアニメを上映しても、今更客は呼べない」というのを付け加えたらどうか(^◇^) 。 だいたい、集客力に欠けるということは計画段階で予測がついたはずなのだ。それを一番の責任者である市長が、まるで各企業の担当者が努力不足をしているような、責任を押しつけるふるまいをしていては、誰も着いて行かないだろう。 田舎モノなのである。 対策として、駐車料金の値下げとか、学校などの団体誘致に力を入れる、などを考えているそうだが、ソフトを換えずにハードのメンテナンスだけで済ましたって、効果は上がらないと思うんだがねえ。
俳優のいしだ壱成(どうも私、この「いつせい」を「いちなり」って読んじゃうんだよなあ)、大麻所持の現行犯で逮捕される。 昨日の夜中の12時に父親の石田純一が謝罪記者会見を開いた様子を、テレビは繰り返し流している。 さすがに「大麻も文化だ」とまで開き直りはしなかったな。もしこれが中島らもだったら、言いそうだけれど。 この、大麻賛成派と反対派の意見、賛成派は「煙草より害がない」と言うし、反対派は「依存性が強く気力がなくなり更なる刺激を求めるようになる」と、全く逆のことを言ってるが、同じハッパで成分が違うはずもなし、なぜ逆の意見が出てくるのだ。未だにその辺の事情が浅学非才な私にはよく理解できないのである。 いしだ壱成については『蒲生邸事件』くらいでしか知らないので、あまり役者としての思い入れはないのだけれど、『蒲生』でも共演していた奥菜恵、舞台でも共演中だったのが、急遽公演中止になってショックを受けているとか。 でもまあ、もっとショック受けてるのは興行主だろうけど。 スポーツ紙には「20億円損失!」なんてデカイ文字が踊ってるが、まあ、話半分としても、事実、チケットはどうしたって払い戻すしかないのだし、ある程度の「損」は出てるんだろう。 でも、こういう事態に備えて、役者や興行主とかは予め保険に入ってるものじゃないのか。もし、そういう舞台に対しての保険なんてものがなく、本当に何億もの損が出るのだとしたら、日本の演劇に対する保険のシステムそのものがまだ整備されていないということになる。 役者ってのは別に本人が犯罪犯さなくったって、芝居の上で危険と隣り合わせになってることは多いのだ。舞台は危険物で一杯なのだし、よくドラマなんかで上から照明が落ちてくるシーンがあったりするが、あれ、マジで起こり得ることなのだよ。 役者の安全を保障するシステムがないのなら、私はそっちのほうが問題なんじゃないかと思うぞ。
朝食は鶏肉の煮付けに味噌汁と牛乳。 寝が足りなかったせいか、食後すぐに眠くなる。 朝の運動は食後30分、8時半から開始なのだが、ついウトウトして遅刻しそうになった。 慌てて外に飛び出したので、腕時計をしてくるのを忘れる。これでは脈拍の変化が計れない。 付き添いの看護婦さんが腕を取って計ってくれたのだが、いつも自分で計ったときの脈拍数よりも随分少ない。若い女性に腕を取られてドキドキして早くなったってんなら解るが、なぜ遅くなる? ……特に好みじゃないタイプの女性だったからであろうか。だとしたら、私も随分極悪なやつである。 まあ、自分で計ったほうが早くなるってこと、多いみたいだけどね。
本屋を回ると、花とゆめコミックスの新刊が何冊か出ている。 入院中、本を買うのはしげに任せているのだが、目の前にあるとなあ、読みたくなっちゃうんだよなあ。 というわけで、まとめ買い。しげの携帯に、「コミックス買ったから、買わなくていいよ」とメールを入れる(あとで聞くと、間一髪で買っちゃうとこだったそうな。ホッ)。
マンガ、羅川真里茂『しゃにむにGO』9巻(白泉社)。 今回が第1部完、ということだけれど、別に連載が中断するわけじゃなし、余り意味がない気がする。 でも確かに今まで懸念だった問題はほとんど解決して、次のステップに移行する感じにはなったな。 ひなこちゃんはテニス部に戻って来れたし、魔子ちゃんはどんどん可愛くなるし、新登場のナディアちゃんもいいキャラに育ちそうだし……って女キャラだけかい(^_^;)。 でもね〜、この作者、ここ数年で随分絵がうまくなってきてるのよ、特に女の子の線が。ひなこちゃんなんか、制服の時は子供っぽく、私服の時は大人っぽいんだけれど、それを服のデザインでじゃなくて、ラインの強弱で表現してるんだものなあ。それだけ、羅川さんが人間をよく観察してるってことなんだろうね。 ルイルイの両親のヒミツもいよいよ明らかになるかってところで第2部への引き。……そうか、留宇衣って名前、妙だなあと思ってたけど、ハーフだったか。この留宇衣ママの若いころがまた可愛くって……って女から離れんかい。
マンガ、野間美由紀『パズルゲーム☆はいすくーる』34巻(白泉社)。 今回は全話NEXTジェネレーション、香月の娘、日向子の話。 既にトリックと言えるほどのトリックもなく、ミステリファンからは愛想つかされてるんじゃないかとは思うが、初期の好印象に引きずられてまだ買ってます。すみません(別に謝ることはない)。 話はともかく、絵がどんどん下手になっていくのがどうもなあ。まだ老けこむトシじゃあるまいに、キャラクターの描き分け、表情のつけ方、惰性で描いてるんじゃないかとしか思えない。推理作家協会に入ったころからオカシクなってきたような気がするな。
マンガ、日渡早紀『偶然が残すもの ―記憶鮮明�供宗戞頁鮴�社)。 第一作の『記憶鮮明』が絶版になってるっていうのに、パート2を出すってのは読者に対して不親切なんじゃないのかなあ。この作品から日渡作品に触れる若い読者だっているだろうし。更に言えば、前作の『ぼくの地球を守って』、単行本では連載時のサブタイトルの『記憶鮮明東京編』ってのがカットされてるんだよね。主人公こそ違えど、世界観と一部の登場人物が共通してるんだから、明記しておいてほしいと思うんだが、なぜそんなことしたのかな。謎だ。 表題作の『偶然が残すもの』、『ぼく地球』で人気キャラクターの一人だった薬師丸未来路の後日談。絵柄が変わっちゃったせいもあるのか、ミクロのキャラクター、えらくお茶目になっている。……春彦くんなんか、ほや〜っとした感じになっちゃってるし。それだけキャラクターの心理描写がうまくなってきたってことなんだけどね。でなければとても今回のようなハードなテーマ、扱いきれなかっただろう。 いやあ、『ぼく地球』連載当時には予想もしてなかったよ、未来路がおばさんにアレな気持ちを持ってたなんて。 でも、この「血のつながらない代理母への愛」について考えること、その人が「愛」ってもの自体をどの程度深く考察してるかって試金石になると思うんだよね。 「義理の母への愛」なら、『源氏物語』の昔からたくさん書かれている。モラリストは、だから光源氏だって許しゃしない。けれどこの話の中じゃおばさんはフリーなんだから不倫にゃならないんだよね。 つまり、障碍となるのは、「いったん、男がその女性のオナカを使って生まれでた」って事実だけなのだ。法的なことはさておく。道徳的には、さて、どこが悪いのかな? 私は基本的に「禁断の愛」なんてものはないと思っているから、こんなの全然オーケーなんだけどね。だいたい、「この愛はよくてこの愛はいけない」なんて線引きなんて、あるわけないやんけ。 同時収録の『BIRTH ―記憶鮮明�掘宗戞△海舛蕕和莪貂遒痢屮�ローン人間に個性はあるのか?」というテーマを再び取り上げた珠玉の短編。もちろんあるに決まっているのだが。 ここで大事なことは、作者は「国家がクローン人間を勝手に作ったり殺したりする」ことに対しては怒りをもってそれを否定しているが、クローン人間自体に対しては大きな慈しみを持っているということだ。 クローン人間を規制したがる人間は多いが、結局そういうのって国家や宗教に洗脳されてるだけだから、「どこが悪いの?」と聞くと、「非人道的だから」とか抽象的なことしか言えないのである。人格自体を否定したした規制法のほうがよっぽど非人道的じゃないか。 国家も宗教も、自分たちに都合の悪い人間は排除しようとしているだけなのである。困ったことがあったからって、あまり「国に何とかしてもらおう」と考えないほうがいいんだよねえ。
昼食はサクラダイの尾頭付き、ほうれん草のじゃこ炒め、生揚げと鶏ミンチの煮物、みかんの寒天。なかなか豪勢である。 同室のお隣りさん、今日は検査で絶食しなければならないとかで、「こういう時に限って美味そうなのが」と、悔しそう。 あまり悔しかったのか、糖尿病教室をサボっていた。 昨日と比べると、ほかにも来てない人がいたり、初めだけ出ていて途中退席したりする人もいたけれど、全部の講義を受けないと退院が伸びちゃうのに、いいのかなあ。 夕食は更に豪勢で、豚もものマスタードソースがけ、ヤングコーンのグラッセ、茶そばサラダ、ほうれん草のおかか和え、パイナップル。冗談ではなく、これが病院食かと言いたくなるほどうまい。文句なしに今までの料理の中で一番である。ウチに帰ったら作ってみよっと。 これだけの品数を揃えてもカロリーコントロールができるのだ。料理はやはり工夫次第。
夕方6時から、シンエイ動画のアニメ『ジャングルはいつもはれのちグゥ』、初めて見る。 『クレヨンしんちゃん メイド・イン・埼玉』の水島努監督だから、そんなにひどい出来じゃなかろうと思っていたが、これは掛け値なしの傑作。今年の新作テレビアニメの中じゃ文句なく一番だ。オープニングからしてめちゃ楽しい。 今回のエピソード、『エアポート21』ってタイトルがジェット機の轟音とともに斜体ロゴで立ちあがってくるのは映画『大空港(エアポート)』シリーズか日本のテレビドラマの『大空港』か。 原作にもあるハレたちの都会への引越し話なんだけれども、原作をそう改変しているわけでもないのに、ギャグのノリのいいこと。 圧巻なのは、村長役の玄田哲章さん歌うミュージカル『さよならジャングル』。アニメファンなら『クレしん』のテーマソング『飛べ飛べおねいさん』や、『御先祖様万々歳』の室戸文明のテーマなどで、玄田さんの歌唱力は先刻ご承知であろう。もうバカを絵に描いたような(絵なんだけど)村長と村人たちとポクテや満田たちの踊りはとってもファナチック。 後半もこのバカなイキオイは止まらない。 グゥに飛行機を破壊されるのではないかと怯えるハレ、姿を変えて出没し、ハレ“だけ”を恐怖にたたきこむグゥ、呑気な母さん(笑)、『トワイライトゾーン/2万フィートの悪夢』(リチャード・マシスンですな)のパロディも交えて、一気呵成にラストへなだれこむ。 これだけ監督のオタク趣味が爆発した作品でありながら、もとネタを知らないだろうお子様たちにも楽しめるように作ってるってのがスゴイのである。 ああ、またDVDでほしいアニメが増えちまったぜ。
マンガ、CLAMP『エンジェリックレイヤー』3、4巻(角川書店)。 月刊連載のせいだろうか、どうにもダイジェスト版って感じがしてならない。虎太郎ちゃんや珠代ちゃんは、主役のみさきちゃんの回りで騒ぎまくるばかりでストーリー進行の邪魔にしかなってないし。 キャラがどいつもこいつも二頭身化してフニャフニャなるのはやめてほしいなあ。ある特定のキャラがそうなるならともかく、みんながみんなそうだと、読者を置いてきぼりにしてしまうのだ。話の流れを止めちゃってるのだ。 ……大川七瀬、実は脚本下手なんじゃないかと思うんだが、どうだろう。ファンの人、怒って石を投げないでね。
杉浦日向子『大江戸美味草紙』(新潮文庫)。 「美味草紙」は「うまそうし」と読む。小粋な地口ですな。 以前、マンガとして出された『風流江戸雀』の続編のようなもので、川柳に作者が解説をつける体裁なのだが、今度の趣向は、その川柳が全て「食べ物」に関したものであること。季節感とも相俟って、たいとるどおりじつに「うまそう」なのだが、病院食食ってる身にはちょっとキツイね、これ。 「天ぷら」ってのは、魚介類のことだけを指し、野菜を揚げたものは「揚げ物」と言うってのは、今回初めて知ったぞ。となると、「エビ天」「イカ天」はいいけれど「いも天」ってのは間違った日本語ってことになるわけだ。 「寿司、天麩羅は江戸のファーストフードだった」ってのは言われてみればその通りなんだろうけれど、日頃はピンと来ない。テレビの時代劇なんかで、そう言う描写をしておいてくれると理解しやすいと思うんだけどなあ。
2000年08月21日(月) 一日経つと記憶が消える。……年か?/ドラマ『柳橋慕情』ほか
| 2001年08月20日(月) |
クルーゾー再び/『パンプルムース氏のおすすめ料理』(マイケル・ボンド)ほか |
なんだか朝食のメニューがだんだん単純化してるような気がするのは気のせいだろうか。いや、気がするって言いかたすればそりゃ気のせいだってことなんけど。 ご飯にお浸し、味噌汁と牛乳。せめてもう一品、目玉焼きくらいは欲しいぞ。
今朝から看護婦さん指導による運動療法が再開。 台風が近づいているはずなのだが、外はやや曇っているだけで、風もそう強くはなく、雨が降る気配すらない。どうやら進路がそれて、九州には上陸しない模様である。 考えてみたら、この2週間、朝も昼も夕方も、運動中に雨に降られたことが一度もない。夕立なども結構あったのに、私が外出したときに限ってピタリと止むのである。日頃の行いがよいおかげかな(笑)。 盆休みの間も、私は休まず散歩を繰り返してきたが、他の患者さんたちが歩いているのを見かけることがほとんどなかった。 同部屋のお隣りさんなんか、堂々と「今日は行かん」と言い放ってた。でもその「今日」が毎日続くと、ふつー「サボリ」と呼ばれちゃうのだが。 他人から管理されないと動かないってのはオトナもコドモも同じなんだよなあ。 祖原公園前に集まったのは10人ほど。盆前と比べると何人かメンバーが変わっている。退院した人も多いのかなあ。もしかして私、取り残されてる? 公園は一周がほぼ600メートル、これを5分で歩かねばならない。カロリー消費量が綿密に計算されているのである。 私は昨日までと同じペースで歩いているのに、他の患者さんたちはみんな、一様に遅れていく。一週間、サボっていたツケが来ているのだろう。……みんな、こんなことで真剣に病気を治療する意志があるのかなあ。
今朝の血糖値、86まで下がる。 これだけなら健康体と言って構わないのだが、脂肪だけが一向に取れていかない。メーターで量った体脂肪量、20キロのラインがどうしても切れないのだ。 運動をしたあと計測すると、確かに脂肪量が減っているのだが、寝ている間にしっかり元に戻っている。 脂肪って、夜、作られるんだなあ。 それなら、夜、あまり眠らずにいたらいいのかと言うと、眠らないと体重自体も減らないそうで。……確かに、朝、起きると体重は減ってるのだな。カラダは夜作られる、ということらしいのだが、どうも感覚的には理解し難いメカニズムだよなあ。 それでもクスリを替えたおかげか、体重は微減しつつあるのだが、食事のカロリー自体、もうちょっと押さえておかないと、標準体重にはほど遠い。 運動のあと、近所のダイソーで電動ヒゲソリを買う。しょっちゅう風呂に入れるわけではないので、当座の便宜のためにであったが、さすがは100円、ほとんどモノの役に立たないのであった。 単三の電池が8本入りで100円、なんてのを見ると、かえってこれ使いものになるのだろうかという気にすらなってくる。「安かろう悪かろう」という思い込みがあるのだなあ。なぜ電池まで買わねばならんかというと、ゲームセンターのUFOキャッチャーで取ったクマのプーさんの置き時計に入れるためである。 また入院中なのに遊んでたのかと言われそうだが、ゲーセンだけにしか置いてない限定品、なんてのもあるので、つい手が伸びてしまうのである。まあ、娯楽が少ないなかでの気バラシなんで、勘弁してちょ。
昨日の24時間テレビで、研ナオコが48キロを完走したってんで、日本テレビ、朝からずっと、「感動の24時間!」と銘打って、その舞台ウラを紹介している。 こういう「感動」の押しつけって、かえってシラケるばかりでチャリティーとしては逆効果だと思うんだけどなあ。なんだかテレビ局が研ナオコをヨイショしてるみたいに思えて、気持ち悪くすらあるのだ。 本人は「仕事のために走ってるんじゃない、家族のために走ってる」ってコメントしてたそうだけど、あの、これってチャリティーのためではないわけ? そんな言い方されたら、「考えてみたらただ走ることがどうしてチャリティーに結びつくの?」という根本的な疑問(笑)にまで考えが至ってしまうぞ。 結局このセリフ、研ナオコの独善、思いあがりに過ぎないのだ。 足を痛めながら走りきった人に対してヒドイことをいう、とお怒りの方もあろうが、ちょっと待っていたただきたい。 確かに私も、アニメ『オトナ帝国』や『うる星4』での「走り」には感動しちゃうのに、ナマの人間の走りに何も感じないってのはどういうことなんだろうなあ、私の感覚がヒネクレてるせいかなあ、と一応は首をひねってはいるのである。けれど、ナマであっても、間寛平の走りのほうには毎回ちょっと感動しちゃってるんだよねえ。私も多分、やっかみでものを言っているわけではないと思う。 高橋尚子の笑顔には何か心打たれるものがあるけれど、有森裕子の「自分を誉めてやりたい」発言には「アホか」としか思えない、なんて差異も、感動できる走りとできな走りの違いに何か関係があるように思う。 走りきった研さんには悪いが、これはもう「研ナオコだから」としか理由が言えない。24時間テレビというワクの中で走ってるから感動できないというわけではないのだ。 マラソンが元から好きだったとか、なにかイワクがあるわけではないのに、なぜ研ナオコが走らねばならんの? という疑問がつきまとって離れないことが一番の原因なのだろう。 まあ、来年も再来年も研ナオコが走っていったなら、こんな「胡散臭さ」っていうのも消えていくのかもしれないけれど。
昼食はスズキのゴマ焼き、付け合わせ、ジャガイモの含め煮、メロンが100グラム。100グラムだからメロンと言ってもたいしたことはない。小皿に小さく切ったメロンが4、5切れあるだけだ。でも、これをわびしいと感じるのであれば、ちょっと贅沢に慣れすぎているということになるのだろう。 糖尿病教室も今日から再開。 今日はスライドで糖尿病治療の歴史の解説。 聞いてる患者さんたち、みんな「そんな過去の歴史なんか教えるより、どうしたら治療出来るのかを教えんかい」みたいな顔でやや憮然としている。 けれど私は、どちらかと言うと、そういう歴史的な知識を聞いてた方が、面白かったりするのだ。 「糖尿病の最も古い記録は、紀元前2000年、エジプトのパピルスにまで遡るんですね。……ハイ、これがそのパピルスです。(スライド映写)……ここに、その糖尿について、書かれてあるんですね、それがどこかと言うと……。わかりませんね。エジプトの文字なんで読めません」 ちゃんと冗談を交えて教えてくれるところもいいぞ。実際には「尿が甘く、腎臓が溶ける」と書いてあるそうである。やっぱり「尿が甘い」と解ったってことは舐めたか飲んだかしたやつがいるんだろうか。 世界史上最古の飲尿の記録である。恐るべしエジプト人。 「糖尿病治療の歴史はそんなに古いものじゃなくて、1921年、フレデリック・バンティングとベストによって『インスリン』が発見されたところから始まったんですね。 二人は血糖値を下げる物質が膵臓から分泌されてるんじゃないかと考えて、たくさんの犬から膵臓を摘出して、すりつぶしたんです。その抽出物を細かく分けて、それぞれの犬に注射すると、マージョリーという犬だけか、血糖値が2時間で50%下がったんですね。 その抽出物が『インスリン』だったわけです」 その後マージョリーは90日間生きたそうな。よくがんばったぞ、マージョリー。 後に、血糖値を下げることの出来るホルモンは「インスリン」しかないことが判明したとか。我々のカラダ、膵臓一つにかかってる面もあるのである。糖尿を「贅沢病」とバカにするやつもいるが、いったん膵臓が故障するともう二度と元には戻らないのだ。侮れる病気ではないのである。 村田英雄さんの切断した足の写真も見せられる。 自分の身にも起こり得ることだと思うと、「かわいそう」という感覚は全く生まれて来ない。仮に神経障害から壊疽を起こし、そんな状況にまで至ったとして、それでも自分に何が出来るんだろう、ということを考えてしまうのである。もちろん今はそうならないように努力しているわけなんだけれども。 夕食はおでんに冷奴、オレンジ。 授業を受けたあとだと、一食一食が大切なんだなあ、という気になるから現金なものだ。
テレビで『そんなに私が悪いのか』を見るが、今日は日本人の外国かぶれについての激論、ということだったが、争点が明確でないため、迫力に欠ける。 なんでみんな、こんなにアメリカ志向、ブランド志向が強いんだ、とデビ夫人が文句つけてるけど、アンタが言っても説得力が全然ないぞ。 また、アメリカで子供を産んで日本とアメリカの両方の国籍を取ろうとする親が増えている、という件については、パネラーの全員が大反対していた。……論争にならんやん。 外国映画の邦題はなんで現代のままが多いのか、という点について、おすぎが「映画会社に『日本語の専門家』がいなくなったのよ」と吐き捨てるように言ってたことは、痛烈な皮肉として配給会社の宣伝担当が真剣に考えなきゃならんことなんじゃないかな。 「『リバー・ランズ・スルー・イット』なんてワケわかんないじゃない!」……おすぎの怒りはよく解る。これと、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』は翻訳史上、最悪の邦題だと言えるだろう。田中小実昌か長部日出雄だったかが、「でも訳しようがないよなあ」みたいなことを昔、言ってたように思うが、別に原題に忠実にする必要はないのだ。 かつては『望郷(1937)』(“PEPE-LE-MOKO”) 『哀愁(1940)』 (“WATERLOO BRIDGE”)『慕情(1955)』(“LOVE IS A MANY-SPRENDORED THING”)といった、日本語二文字の邦題が多く見られた。簡にして要、これを単純すぎて印象に残らないと感じていては、逆に言語感覚が麻痺していると見なされても仕方あるまい。 そんなトンチンカンが、『荒野の決闘(1946)』(“MY DARLING CLEMENTINE”)を『荒野の決闘/いとしのクレメンタイン』なんて改題して再公開しちゃうのである。 「今の日本人には日本語はダサくて受け入れられない」というのはただの偏見である。『氷の微笑(1992)』(“BASIC INSTINCT”)のヒットは、日本語ならではのことだろう。 ……日本人も『赤影』に『RED SHADOW』なんてタイトルつけてんじゃないよ。
マンガ、桂正和『プレゼント・フロム・レモン』(集英社文庫)。 ジャンプコミックスで昔、買い損なっていたもの。 父の遺志をついで歌手を目指すという、芸能界版『がんばれ元気』。コンセプト自体は悪くないのだ。連載時、19週で打ち切りになっちゃったのは、キャラクター描写が余りにステロタイプすぎたせいだろう。 主人公がジャンプには馬の糞並にありふれている猪突猛進型の単純バカで、そいつが人の心を打つ歌を歌える、ということに説得力がないのである。
マンガ、CLAMP『エンジェリックレイヤー』1・2巻(角川書店)。 アニメを途中からしか見ていなかったので、設定が知りたくて買ってみたが、本当に『プラレス三四郎』だった(笑)。 主役の女の子がエンジェリックレイヤーの魅力にとりつかれるのは解るとしても、いくら何でも強くなっていくのが早すぎやしないか。それがどうも「親の血筋」のせいらしいというのがちょっと安易だなあ。
マイケル・ボンド(木村博江訳)『パンプルムース氏のおすすめ料理』(創元推理文庫)。 『くまのパディントン』で知られる英国作家、マイケル・ボンドによる大人向けユーモア・ミステリー。……しかし、『くまのプーさん』のA.A.ミルンといい、「くま」の童話を書く作家はミステリーも書くという法則でもあるのだろうか。 一読してわかるのは、この作品、小説として書かれた『クルーゾー警部』だということだ。 元パリ警視庁警視で、今はグルメガイドブックの覆面調査員、パンプルムース氏が、有名ホテルレストランでなぜか謎の男たちから命を狙われ始める。身に覚えのない氏は右往左往、愛犬ポムフリットとともに犯人探しに乗り出すが、間一髪のところで命は助かるものの、色情狂のマダムに寝こみを襲われたり、義足のフリをしなければならなくなったり、「なんで私がこんな目に」状態。 最高のギャグシーンは、マダムから身を守るために、氏が、知り合いの故売屋に高性能のダッチワイフ男版(ダッチハズって言えばいいのか?)を頼むところ。空気を入れて膨らますところは当然アソコなワケで、一生懸命、モノを膨らましている最中に案の定、部屋に入ってくるメイドさん。 「きゃー!」 ……いやあ、こういう下品なギャグは大好きだ(^◇^)。 何を勘違いしたのか、解説の村上貴史、「エロチックではあるものの、全体としては上品で穏やか」とトンチンカンなことを言っている。 『モンティ・パイソン』を洗練されたエスプリに基づくギャグ、と勘違いしてる人は多いが、それと同じ誤解をしてるんだよねえ。あのね、この小説は、ただひたすら「下品」なだけなの。 この解説者には、そして訳者もそうだが、なぜイギリス人作家がフランスを舞台にミステリを書いたかと言うことがまるでわかってないのだろう。もしかして英仏戦争の長い歴史すら知らないんじゃないか。 もちろん、多少の知識さえあれば、原著者の意図がフランス人をバカにすることにあるのは明白に気がつくことなのである。 犬を登場させてるのも、作中のマスコットというだけの意味ではない。どう見たって、犬のほうが人間である氏よりも事件解決のために活躍しているのだ。つまり「フランス人は犬以下」だと言ってるのよ、これは。 翻訳者もバカなんで、訳が生硬で読みづらいんだよね。 マダム・ソフィーに襲われた瞬間、氏はとっさに枕元にあった燭台を“逆さにして”股間に挟み、身を守るのだが、上にのしかかってきたマダムは、見事その燭台の上にホール・イン・ワン! 「あはぁ〜ん(* ̄∇ ̄*)」 こんなアホなギャグだってのに、実にマジメに訳しているのだよねえ。なんだよ「両足の間」なんて味も素っ気もない訳は。「股間」と呼べ、「コカン」と! 「道具」じゃないだろ、「ナニ」だよ「ナニ」!(「アレ」でも可) 「うめき声」「うなり声」じゃない、「あえぎ声」だ! 既に本国では17冊がリリースされてるこの人気シリーズ、日本では売れなくて2冊しか出てないというのは、ひとえに訳者がバカで無知だからである。もったいない話だなあ。
2000年08月20日(日) 眠い日/『大江戸化物図譜』(アダム・カバット)ほか
| 2001年08月19日(日) |
毛が三本/『ふざけるな専業主婦』(石原里紗)ほか |
カレーライスが食べたいぞ。
ラーメンでもいい。
牛丼、カツ丼。……なんて素敵なんだ。
ハンバーガーだっていいんだ。
そう、今、私は「チープな庶民の味」に飢えているのである。 別に糖尿だからって、食っちゃいけないものじゃないんだけどなあ。どういうわけだか、食堂のメニューには全く姿を見せないのだ。 たまに出すくらいなら構わないはずなんだがなあ。 ……そろそろ、そういうのを出してくれないと、退院した時、反動で思いっきりカロリーの高いものばかり食べちゃいそうで怖いのよ。 今朝の食事は、トーストにベーコンの煮付けだけ。 この程度なら朝食なんて抜いちゃって、そのカロリーの分だけ、昼にまとめて食べたいよ。
今朝の起床は6時半、ちょうど『美少女戦士セーラームーンR』の再放送が始まっていたので、ぽや〜っと見る。 レイちゃんの爺ちゃんがダンス教室を始める話。 マンガの単行本だけは買ってるけど、アニメの方は全然追っかけなかったから、キャラクターの背景なんかが全然分らないのである。私ゃやっぱりトシヨリのオタクなんだよなあ。 作中、「いつもクールなレイちゃんが」なんてセリフが出てくるが、レイってそんなキャラだったっけ? チラッとだけ見たことのあるエピソードを思い出してみても、やたらとうさぎとライバルみたいに張り合ってたような気がするんだけど。第一、富沢美智恵をキャスティグした時点で「クール」とは縁遠くなってると思うんだけどねえ。
『パワーパフガールズ/まだまだイケてる!?』の巻。 今回の敵は、第2次大戦前に活躍した老人悪党トリオ、ミニストリー・オブ・ペイン(「ペイン」は「苦しみ」とか「痛み」、「ミニストリー」は「内閣」。「痛みの内閣」って小泉首相かい)。 「ダメよ! お年寄りは大切にしないと!」ってなわけでガールズたちは戦えない(笑)。困った三人、矢張りかつてのヒーロー、今はヨイヨイのキャプテンライチェスと相棒レフティに頼みに行く。 さあ! いよいよ始まる老人バトル! ……って、みんな全身骨折で病院送り。よく放映できたな、こんな老人虐待アニメ。 邪魔するものは誰もいないので、『アギト』『デジモン』『コメットさん』まで一気に見る。大場久美子、夏休み編だけかと思ったらレギュラーになっちゃったな。でもチョイ役でしか使わないなんてメチャもったいなくないか。
父からいきなり電話がある。 病院は基本的に電話の取次ぎをしないので、電話が入ったら外出してこちらから電話をかけ直さなければならない。 「保険証書は見つかったや?」 「あったよ。一回ウチに帰って探したら、すぐ見つかったよ」 「なんや、わざわざ帰ったとや」 「だってしげが『見つからない』って言うからしかたないやん」 「……どうしようもないなあ、おまえの嫁さんは」 ほら見ろ、親父にも呆れられたぞ。こうなると解ってたから、絶対に探し出せと言っておいたのに。 ちょっとマヌケ、くらいなら可愛げもなくはないが、印鑑とか証書とか、そういう大事なものをなくしてちゃ話にならんと判断されるのは当たり前だ。……いや、「なくした」わけじゃなく、そこにあるとわかっているのに「見つけられなかった」のだからなお悪い。 普通、そこまでのバカがいるなんて、信じられることではないから、しげをよく知らない人は、しげが「わざと見つからないフリをしている」と思い込んでしまうのだ。 この十年、毎回毎回「その大雑把な性格改めろ」と言ってるのになあ。自分に改善する意志がなきゃどうしようもないのである。 父の話によると、しげの携帯に連絡入れても全くつながらなかったと言う。携帯を新しいのに取り換えたこと、連絡してなかったのだ。また肝心なところでドジを繰り返してるぞ。 後で、しげの携帯の留守電に事情を吹きこんでおいたが、気の利くヨメなら、ここですぐに父に謝りに行くか、なにかお土産の一つも持って行くくらいの機転は働くもんだが、どうせしげにはそんなアタマすらあるまい。 いったいどうやったらこういうバカが作れるのだ。 神の御心は謎だ。
台風11号が九州に近づいてきている。 週間天気予報を見ると、明日、明後日は雨だそうだ。 となると、外を回って運動するってわけにもいかないだろうから、今日のうちにできるだけ散歩しておこうと、本屋などを回る。 もう相当に荷物が増えてきているし、いい加減で本は冷やかしで見るだけにしておこうと思うのだが、実際に行ってみると「あ、こんな新刊が」と、つい一、二冊ずつ買ってしまうのだねえ。 もうしげは見舞に来る時間がないということだから、余り荷物を増やしすぎると、退院するとき地獄を見る事は解りきっているのだ。 なのに、また一軒、マンガ専門の古本屋を見つけてしまう。 うわあ、あ、赤塚不二夫の『おそ松くん全集』(曙出版)なんてのがズラリと並んでいるぞ。奇想天外社の山上たつひこ作品集や、吾妻ひでおの『日射し』その他の純文学シリーズまである。ああっ、真崎守の『エデンの戦士』が! どれもこれも今や絶版、その辺の価値は古本屋のほうにもわかっていると見えて、軒並み千円から五千円の値がついている。 ……こんなん全部買ってたら、金がいくらあったって足りんわ。 でも『エデン』だけは多分、復刻なんてほとんどされまいから、と思い、つい買ってしまう。 本に関しては、私も自分で自分の首を絞めるマネをしちゃっているのだなあ。
夕方5時20分から(中途半端な時間だなあ)、『エンジェリックレイヤー/誰かが恋してる』。 今回バトルは全くなく、お話はキャラクターたちの海辺でのバカンス(これも死語か?)。作画の骨休めのためのエピソードかと思ったら、どうしてどうして、ちょっとした仕草、振り向く、俯く、目線を外す、肩を落とす、髪が揺れる、この辺が全部ひとコマないしはふたコマ作画。 ……リキ入り過ぎだぞ。 ストーリーはよくある片思いものでつまんないんだけど、こりゃ本気でアニメグランプリとか狙ってるんじゃないか。
2時間の拡大版、『夏祭りはもう行った? こち亀&ワンピーススペシャル』。 スペシャルったって、盆で1週お休みした分、今週W放映しただけなんだけどね。作画がレベルアップしたってわけでもない。 それにしても『ワンピース』、展開がたるいたるい。引き伸ばしは『ドラゴンボール』以来の伝統なのか? せめて、今の3話分を2話でやるくらいのスピードでいかないと、ドラマの厚みってものがないと思うけどなあ。 原作は既に海賊ものからはかけ離れてしまってる。というか、『ドラゴンボール』の亜流の「対決もの」に成り果てている。 前みたいにオリジナルな話を入れて、ちゃんと「海賊もの」にして他の作品と差別化を図っていったほうがいいんじゃないかと思うけど、ジャンプの読者は未だに「勇気・友情・勝利」の話しか読みたくないのかな。
マンガ、あろひろし『無敵英雄エスガイヤー』(白泉社・520円)。 古本屋で見つけたんで、もう数年前の作品。あろさん、ヤングアニマルにこんなの連載してたんだなあ。 あろひろしの評価って、結構ムズカシイと思うのである。 昔はギャグもSF設定も、あさりよしとおあたりのパクリばかりやってたせいか、決して高い評価は受けていなかったと思う。SFマニアにありがちな排他性というか、「どうだ、このギャグ面白いだろう。このセンスがワカランやつはバカだな」とでも言いたげな、あるいは自分の知恵をひけらかすようなギャグが多くて、いささか鼻につく面もあった。 それが『雲海の旅人』や『トリックスター』あたりから、少しずつオリジナルな感じのものも作れるようになってきていたので、「おっこれは」と注目し始めたのだが、そのころにはこの人の昔ながらの「アニメ絵」が「古くさい」感じになってきた。 基本的に、ごくフツーの主人公が宇宙人だの雪女だのロボットだのという、ヘンなやつらに翻弄されるという『うる星やつら』パターンのものを得意としているが、この人の最盛期には『天地無用!』シリーズという同パターンの強力なライバルのほうにオタク連中は走っていたので(笑)、あろさん、余り注目されないままだった。 ちょっと運がない人だなあ、と思うのである。 私もできるだけ追っかけて読むようにしてるんだが、長期連載がめっきり減って、単発ものが多くなってるんで、買い損ないも多い。 『エスガイヤー』、地球の平和を宇宙害虫から守るために、ごくフツーの予備校生に与えられた三体の人間型ロボット(当然女性形♪)。 見た目は女の子でも所詮ロボットだからやることはトンチンカンってのが定番ギャグ。定番だからこそ、うまく話を転がせられれば、相当面白くなると思うんだが、やっぱりキャラデザインが弱いのだなあ。 主人公の涼一に魅力がないし、エスガイヤーのデザインがダサすぎ。 1巻で打ち切りにあったのも無理はない……いや、そもそも「アニマル」の読者層に特撮パロディは合わんだろうに。
石原里紗『ふざけるな専業主婦 バカにバカと言って、なぜわるい!』(新潮OH!文庫・550円)、『おまえとは寝たいだけ ヒドイ男とおろかな女』(光文社知恵の森文庫・540円)。 先日見たテレビで興味が湧いたので、つい購入。 うーん、確かに「専業主婦VS働く主婦」というコンセプトは読者の興味を引くに充分だったとは思う。 実際、私も、男と女のカップルは、どちらも働いてた方がいいと思ってるほうだ(もちろん家事も折半)。専業主婦を蔑むつもりは毛頭ないが、この本にも描写されてるとおり、「自分の主婦という立場の不安定さから目を逸らすために、働く主婦を、無意識に目の敵にして蔑む」専業主婦がいることは事実である。 専業主婦を「家畜」と譬えるのは、言い過ぎだ、と思う人もいようが、これは本を売る手段の一つなのだし、第一私はこんなのはまだまだ「優しい」言い方だと思ってる。 例えばウチの場合、働いてない時のしげなんか、「家畜」どころか「寄生虫」だ。どんなにしげが文句を言おうが、事実は事実。寄生されてるこっちにしてみりゃ、マジで「バカをバカと言って何が悪い!」と悪態の一つもつきたくなるのだ。 ……だったら私は筆者に全面的に賛同してるかって言うと、全然そんなことはないのである。 だって、「専業主婦」がバカであるからって、別に「働く主婦」がリコウだってことにはならないのよ。「働く方が正しい」と言いきっちゃった時点で石原里紗もバカなのである。 「働いてることを他人にとやかく言われる筋合いはない」 なら、「家事に専念してることだって、他人にとやかく言われる筋合いはない」のだ。人は人、自分は自分、そんな簡単なリクツもわからんから筆者は攻撃されてんじゃないのか。 こういうバカ女が、ダメ男から見たら一番、騙しやすいんだよねえ。 「働くこと=女の自立」という単純なリクツにアイデンティティを見出してるから、たとえ相方の男が無職でも全然平気。男は、女に働かせて貢ぐだけ貢がせるってことが充分、可能なのだ。 マジメな男と離婚して、カラダだけ求める男に走ってるんだからねえ。「だめんずうぉーかー」に投書して、会員になったらいいのじゃないかな、石原さん。それにこんなクダラン争いしてたら、「女はやっぱり毛が三本足りない」と、「女全般」が侮られることになるぞ。それでもいいのかな?
須藤公博『夜作られた日本の歴史』。 歴史上の人物にどれだけスケベが多かったかって話で、まあ、雑学集のちょっと長めのものと言えばいいか。 オビに「『新しい歴史教科書』への批判の書にもなりうる一冊」とか書いてあったから、どんなにスゴイ内容かと思ったが、そんな大層なもんじゃなかった。既に知ってる話ばかりだったし。 この手の本にはたいてい「道鏡」のネタが載ってるものだけど、一切触れてないのは、一応「事実」だけを扱おうという姿勢なのかな。
お隣さんの喫煙グセ、一応控えるようになったのだけれど、今度は夜、寝付けないのか、深夜に何度も起きてはテレビを点けて見ている。 一応、イヤホーンをしてはいるのだが、耳が遠いのか、ボリュームを一杯に上げているので、どうしたって音が聞こえてくるのだ。 おかげでやっぱり、眠ったかと思うと起こされる。 やっと寝てくれたかと思うと、今度は超特大のイビキ。 「ぐー、ぐわっ、ぐげっ! ……ずずずずず、ぐおがっ! ……すすすす、すぴー、ごう、すぴー、ごう ……ごげげっ!」 誰か助けて……(T∇T)。
2000年08月19日(土) 今日、彼氏彼女は相々傘であった/『占い師はお昼寝中』(倉知淳)ほか
| 2001年08月18日(土) |
オトナの玩具はコドモ/『悪魔の手毬唄』(横溝正史・つのだじろう)ほか |
8月3日、埼玉県東松山市のショッピングセンターの駐車場に停めてあったワゴン車から、生後6ヶ月の赤ちゃんがさらわれて7時間後に保護された事件、犯人は18歳の女子短大生だったとか。 動機は、「車内で赤ちゃんが泣いていたのを見てかわいそうになって」と供述してるらしいが、さて、そりゃホントのことなのかねえ。 それだったら、連れ去ったりしないで、ショッピングセンターに赤ちゃんを抱いて行って、「この赤ちゃんのお母さんは誰ですか! なんで車の中にほったらかしにしてるんですか!」と親を叱りつけてやればいいのである。 衝動的な犯行であることは確かだが、その「衝動的」ってところがやっぱりこの犯人、ちょっとイカレた傾向があったんじゃないかと思えて仕方がない。 あるいは男に捨てられたばかりだったとか。その男の子供を宿してたんだけど流産した、なんてことだったりしたら、いきなりトチ狂って赤ん坊をほしくなったりもするんじゃないかね。 勝手な憶測はするもんじゃないけど、犯行の動機がどうにも腑に落ちないので、つい、いろいろと考えちゃうのである。解決とは言っても、人の心の奥までが見えたわけじゃない。本当のホンモノの真相なんてのはカミサマにだってわかりゃしないのである。
兵庫県尼崎市の運河に、勢田恭一くん(6歳)の遺体が捨てられていた事件、逮捕されていた母親が、ようやく虐待死と遺棄の事実を認める供述を始めた。これまでは「無実です」一辺倒だったのに、なにがきっかけで自白する気になったのかな。 物的証拠を突きつけられて観念したってところなのかもしれないが、だいたい、他に容疑がかかる人間もいないし、逮捕された時点で観念せざるをえない状況だったはずなのである。だからこそ夫婦ともに、捕まったらそれまでだと大暴れしてたんだろうし。 のワリに、どうしてこうも往生際が悪かったのか。というか、それ以前にどうして捕まる前に逃げ出そうとしなかったのか。まさか黙ってフツーに生活してれば、どうにかなるなんて甘いこと考えてたわけじゃないよなあ。 「殴ってたら死んだ」ってのも、バカじゃねえか、としか言いようがない。そりゃ殴り過ぎればオトナだって死ぬわい。事件自体は陰惨でむごたらしく、殺された恭一くんが余りに哀れでならないのだが、犯人の両親のバカっぷりのほうが目立ってるような気がしてならないのである。
栃木県黒磯市で秋元美穂ちゃん(7歳)が誘拐され、無事保護された事件も、犯人の目ぼしがついたらしい。美穂ちゃんが犯人の特徴を随分細かく覚えていて、犯人二人のうち、「顔中にホクロがあって前歯が欠けてる男」の似顔絵にソックリなヤツがいるそうだ。 しかもこいつは事件後失踪している。さっきの恭一くん殺しの夫婦よりは頭がいいというべきか。 でもそれだって、まあ、まだマシかなって程度で、証拠をやたら残してる点でやっぱりバカなのである。……捕まえて、ただ逃がすだけって、キャッチ&リリースかってーの。 多分、犯人は、美穂ちゃんをいったんは誘拐してみたものの、ニュースで警察にバレたことを知って怖気づき、慌てて解放したのだと思う。でも、本当によく殺されなかったものだ。凶悪な犯人だったらメンが割れてるからって、殺してどこかに遺棄してたりしてたっておかしくはないのに。
気になるのは、どの事件も解決に向かっている理由が、別に警察の優秀さのおかげでも何でもなくて、犯人のバカさ加減にあるってことだ。 いや、「犯人もっとしっかりせい!」って言いたいんじゃなくてね(^_^;)、ちょっと頭のいい犯人だったら、これらの事件、全部迷宮入りになってたっておかしかないってことなんだよ。 警察にしてみれば、「犯人がバカで助かった」ってとこだろう。 でも、こんな警察にとってラッキーな事件ばかりが続くはずはない。これから先、幼い命が断たれても、未解決のままで終わってしまうって事件もどんどん増えていくのではないか。
これらの事件、やはりあの大阪の池田小学校乱入殺傷事件の余波なのではないかと思うのである。 あの事件は世間に対していったい何を知らしめたのだろうか。 潜在的な犯罪者予備軍(もちろん殆どの人間がそうであろう)に対しては、「どんなに力のない大人でも、弱い子供が相手なら自由にできる」という認識を与えてしまったと言えるのではないか。 岡田斗司夫さんが指摘したように、現代社会の「自分の気持ち至上主義者」たちは、内実を伴わない自分自身の個性に押しつぶされて、生きてるだけでストレスを感じるようになっちゃってる。 だから確実に断言できるのだ。 子供が犠牲になる犯罪はもっともっと増えるだろうと。 「キレる大人」たちは、自分たちの欲望をぶつけるための格好の「モルモット」を見つけてしまったのだから。
朝、テレビで『ウルトラマンダイナ』の再放送をやっていたので、何の気なしに見る。本放送時、山田まりやが見たくって初めの数話だけ録画はしてたのだが、ストーリーがアホだったのと、山田まりやのボディラインをまるで生かしていない隊員服に幻滅して(おいおい)、見るのをやめていた。 そういうわけだから、本当に何の期待もせずに見たのが『第41話 ぼくたちの地球が見たい』。 実に期待を裏切らないアホな話(^w^) 。 宇宙ステーションで生まれ育って、地球の大地を踏みしめたことがない子供たちを乗せた輸送船が、地球にやって来る途中で、宇宙昆虫ダイオリウスに襲われて卵を生みつけられるってんだけどね。 まあ、「宇宙昆虫」ってアイデアはギリギリセーフかなと。外骨格だから真空中でも生きてられるんだろうってことで。 でも、羽ばたいちゃイカンよ、宇宙空間なんだからさあ。 こんな子供ダマシの映像作ってるから小学生にだってバカにされるんだよ。
平成ウルトラマンシリーズを評価する人は多いけど、なぜなのかね。 私も全ての作品を見てるわけじゃないが、丁度たまたま見たヤツは全部クズだったんだが。 デパート屋上のアトラクショー並のストーリーのどこに感動しろってのかね。 『劇場版ウルトラマンコスモス』もバカ映画って評判だし、見に行こうかどうしようか未だに迷うんだよなあ。
朝食は切干大根と人参の煮付け、味噌汁に牛乳。なんかこれっていう目玉がない。退院しても朝はこんなもので押さえとかなきゃなんないんだろうなあ。 運動がてら、岩田屋まで足を伸ばしてリブロへ行く。本屋回りもすっかり日課になっちゃったけど、こんなにしょっちゅう本屋に行くのは大学のとき以来かも。 少年ジャンプの別冊か何かに、『ヒカルの碁』アニメ化の情報が載っている。 ヒカルの声優は『少女革命ウテナ』『宇宙海賊ミトの大冒険』の川上とも子さん。特にダメって印象はないな。藤原佐為は千葉進歩、塔矢アキラが小林早苗。この二人については詳しく知らないので、声を聞いてみないことにはいいとも悪いとも言えない。 それにしても、スタッフの紹介が全く記載されてないのはなぜなんだろう。アニメファン=声優ファンって認識はとっくに過去のもんだと思ってたんだがなあ。もっとも未だに『ボイスアニメージュ』だの『h.m.3』だのって声優雑誌が何種類も発行されてる事実を考えると、アニメそのものより声優をターゲットにしたファン層の方が厚いってことなのかねえ。 マンガの新刊を何冊か買ったあと、ゲームセンターに寄って、UFOキャッチャーでヘッドホンをゲット。……こんなことしてるから、しげから「ENJOYしてるね」なんて皮肉を言われちゃうのだ。でも、病院で支給されたイヤホーン、耳に嵌めてるとどうしても耳アカがたまっちゃうし、100円でヘッドホンを手に入れられたんだから、すごく安上がりだったんだよう。
昼食はおかめうどん、ゆかり和えにパイナップル数切れ。 うどんのつゆはやっぱりさっぱりした薄味。献立表の材料のところを見ると、砂糖1g、薄口醤油8g、みりん2gにダシ汁が200g。このくらいのほんのり味が私の舌には合うので、私自身に文句はないのだが、他の患者さんたちは物足りなかろうなあ。
芝居の台本を見ながら、中で使う予定の曲に歌詞を考えて当てる。 もともとこの脚本自体、私が書いたもので、それには既に詩を書いておいたのだが、しげが「この曲がイメージに合う」と探してきた曲が、その詩に全く乗らないのである。 で、結局、作詞を一からやりなおさねばならなくなったのだが、イマイチいいフリーズが思いつかず、中断する。
気分転換にテレビをつけると、今日から毎年恒例の24時間テレビ。 いったい今年で何回目になるんだろう。第1回の総合司会が欽ちゃんとピンクレディーだったってこと覚えてる人も少なくなったろうなあ。……第1回だけは私もさすがに募金しちゃったね。5000円くらいだったと思うけど。もちろん、ピンクレディーのためにだ。えへへ(* ̄∇ ̄*)。 いや、あの時のテーマソング『OH!』は名曲でしたね。「LOVEという字がなくなった〜♪」って、誰も知らんな(^_^;)。 今はもう、「愛は地球を救う」ってテーマも、謳ってないんだなあ。もしかして毎年変えてるのかねえ。で、今年のテーマは「家族って何?」。
多分、福岡だけの番組なのだろう、オープニングドラマとして、テーマをそのままタイトルにした『家族って何?』ってのを放送していた。主演は田中健、高橋ひとみ。福岡出身者ってことで制作してるのかな。 田中健が保護監察官に扮して、グレた少年を構成させるって話なんだけど、いくらテーマが家族だからって、少年のグレる原因が「母親の再婚」って、いくら何でも古臭すぎないか……? 「母さんは父さんのこと忘れちまったんだな!」って、離婚すりゃ忘れるよ、普通。ましてやかつての夫は布施博だぞ(^▽^) 。 福岡放送のキャスターたちが大挙して出演、シロウト演技を披露しているのもイタイ。しかもみんながみんな説教臭くってよ。 どうして地方のドラマってのは、どれを見ても山田洋次ですら扱わないような松竹大船浪漫を追い求めちゃうのかねえ。……それともこれは、橋田壽賀子の悪影響か?
チャンネルを変えて『ウルトラマンコスモス』を見ている最中に、しげが見舞いに来る。画面を見るなり、「なんで嶋大輔が隊長!?」と目を丸くする。もっともだよなあ。小林昭二、中山昭二、塚本信夫(ああ、みな故人)と続いてきた毅然として名誉ある隊長の末裔がヤンキー上がりだもんなあ。 しかし「EYES」の制服もやっぱりボディーラインを隠し過ぎだよなあ。いったい何のために坂上香織を起用しているのだ。脱げとまでは言わん(脱ぐわきゃないが)、せめて私服のシーンを増やせ。 ……実は私は、未だに『電影少女』時代の坂上香織のファンなのである。『らんま1/2』のED、『プラトニックつらぬいて』を歌ってたころまでは正統派アイドルだったのになあ。最初に脱いだのはもう十年前、18歳のころか。当時、アイドルラインを外れるにはちと早すぎるんではないかい、とか、そんなに簡単に脱ぐんだったら、『電影』でも脱いどかんかい! とも思ったものであった。……なにかツライことがあったのかなあ。 でも、この『コスモス』で『ウルトラ』のファンになった子供たちも、思春期になって『藪の中』や『マトリの女』、『卍』なんかを見て、「ボクのシノブ副隊長があんなことされてる!」とか言って傷ついたりするんだろうか。 まあ、私の場合、桜井浩子やひし美ゆり子がヌードになってることを知ったのは思春期も遥かに過ぎてだったので、ホンのちょっとの傷ですんでるけど。 今日の話は『怪獣一本釣り』で、主演がドイガキ隊員の須藤公一。「スドーまで出てるの!?」としげがまた驚嘆。なんか昔『あっぱれさんま大先生』に出演してた子役だそうな。特撮モノは昔も今も、いろんな人が面白い役で出てるのが意外やら笑っちゃうやら。 今までで最高だったのは『ウルトラマンレオ』の蟹江敬三の「ブニョだよ〜ん」だったな(o⌒∇⌒o)。
『コスモス』、今回の話はまるで往年の『ウルトラマンタロウ』を髣髴とさせるオチャラケ路線だったので、特に最後まで見ることはないかと、夕食に行く。メニューはかんぱちの照り焼き、シューマイに豚ロースの角煮、キウイフルーツ。 食べ終わった後、病室で待っていたしげに「何食べた?」と聞かれたが、とっさのことで「かんぱち」という言葉が出て来ない。というか、食ったものの記憶なんて、殆ど食い終わった瞬間に忘れているのである(この日記でメニューをきちんと書けるのは、献立表の記録をメモしていたおかげ)。 「食は文化なり」ってこと、納得もしてるし、唐沢俊一さんの「食について書かれてない日記は日記ではない」っていうリクツも解りはするんだけど、なかなか「料理の美味さ」なんて、文章に表せないんだよねえ。味の記憶上の再現ってのが人間には一番ムズカシイことなんじゃないかとも思うのである。
シナリオの打ち合わせを簡単にする。 歌詞がうまく曲に乗らないことを説明して、「曲自体、変更できないか明日の練習のときにでもみんなと検討してみて」と頼む。 しげはなんとなく不満そうだが、しげの探してきた曲、ムードはあるけれど、今いちギャグとしての効果に欠けるのである。
しげと外出して、古本屋などを回る。 今朝行ったばかりなのに、またリブロにも行っちゃったよ。 初めて入った古本屋で、臼井儀人『クレヨンしんちゃん』6巻、なんと『アクション仮面VSハイグレ魔王』の帯付きがあったので、迷わずゲット。……よくこんな9年前の単行本が残ってたよなあ。 西新は、ここのほかにも何軒か、「BOOK・OFF」のようなチェーン店ではない、昔ながらの古本屋が何軒かある。退院するまでにできるだけ回ってみて、めぼしい本を探してやろうっと。 『ヒカルの碁』の声優の話、しげに告げたが、余り意に沿わないようなそぶり。「よしひと姐様が、どうせなら『ミスター味っ子』みたいに、原作離れてバカみたいにやってくれたほうがマシ、なんて言ってたよ」と教えてくれる。 ……碁盤が光って爆発でもするのか。 これがホントの「光るの碁」。……座布団一枚、取んなさい。 リブロで、マンガを物色しながら、しげとムダ話など。どっちかと言うと、買い物そのものより、なにげなく私と会話してた方がしげは楽しいのだろうな。 「あのね、シイナさんの奥さんって、福岡の出身なんだって」 「だれだよシイナさんって。誠か」 「違うよ。シイナさんと言ったら椎名高志さんだよ」 「決まってねえよ、そんなこと」 「で、椎名さんも今、福岡に帰省してるんだって。どこかですれ違ってるかもね」 それはまずないな。なんだかなあ、しげってこの「偶然の出会い」っつ〜か、「運命の邂逅」ってシチュエーションがえらく好きなんだよね。やっぱりこれって、女性の「オンリーユー・フォーエバー症候群」の典型なのかねえ。……でも私としげとは赤い糸で結ばれてるって言うより、しげの赤い投げ縄が私の首に引っかかってるって感じなんじゃないかって思ってるけど。
時間が7時を回ったので、しげと別れてコンビニでお茶やむ雑誌を買う。 入院してると外出の時間も限られるので、いつもは立ち読みですましている『SPA!』や『ダ・カーポ』なんかもつい買ってしまう。
『SPA!』は西原理恵子の『脱税できるかな』集中連載が抜群に面白い。 いやマジですごいよ、コレは。 第二回で、一億円の追徴課税を五千万まで値切って、なおもまだ「誰が払うか!」と開き直っているぞ。 と言うか、値切れるのか税金って。 特集、『映画通が選ぶDVD』、加藤夏季が「ヒロインで見るアニメ映画」というお題で、『BLOOD THE LAST VAMPIRE』『天空のエスカフローネ劇場版』『ああっ女神様っ劇場版』『新機動戦記ガンダムW ENDLESS WALTS 劇場版』『アキハバラ電脳組 2010年の夏休み』の5本を挙げている。 ……映画の出来不出来はこの際、関係ない。 こりゃ、ホンモノのオタクアイドルだよ。西村知美の非ではない。こうなりゃ火田七瀬もシャンブロウも阿素湖素子も、みんな加藤夏希で映画化してもらおう! ああ、『ステーシー」、福岡じゃ公開しないのかなあ。先にDVDが出ちゃうんじゃないか。私は劇場で見たいんだよ! 筒井康隆も出るって言うのに。
8時から『USOジャパン』見る。 幽霊がお化け屋敷のエレベーターに篭っているという九州熊本県のMランドって、全然仮名になってないやんけ。 お隣りにシュワッチ「Uランド」もあるとこだよ。 いかにも胡散臭い女祈祷師が除霊してたんで、今はなにも出ないと思うので、安心して遊びに行こう。 ……実は九州に住んでいながらまだ一度もMランドにもUランドにも行ったことがないのだ。これでウルトラファンを名乗ろうとは片腹痛い、と言われそうだし、しげがまだ童顔のうちに、ちょっと頭の足りない女の子を連れてるように見せかけて遊びに行きたいな。
マンガ、魔夜峰央『親バカ日誌』(白泉社)。 確かこの人、『より抜きパタリロ狂騒曲�供戮離灰瓮鵐箸如◆屮泪鵐�家が私生活のことを読者に知らせるのは結構弊害があってよくない」とか書いてたんじゃないかなあ。 昔、「花の独身ミーちゃん28歳」とか書いてたのを“今でも”そうだと信じてる読者がいるそうである。魔夜さんはバンパイアか。 と言うか、こういうマンガを描いたってのは、「もう私は結婚してて子供もいますよ〜」と昔の読者に知ってもらうためだったのかもしれない。 でもそれで離婚でもしちゃったら、離婚マンガも描かなきゃならなくなるよなあ。内田春菊だよ、それじゃ。 離婚はないにしても、子供がグレる原因になる可能性はあるな。それもマンガに描いたらすごいんだけどね。
マンガ、横溝正史原作、つのだじろう作画『悪魔の手毬唄』(講談社漫画文庫)。 昭和50年代、あの空前の横溝正史ブームの真っ最中に、怪奇漫画を描かせるならこの人ということで白羽の矢が立ったのだろう、つのだじろうの手によって描かれた一連の金田一耕助シリーズの一編の復刊。 他に『犬神家の一族』『八つ墓村』があり、これも漫画文庫で復刊される予定らしい。それならついでだから、本来完結編として描かれる予定だった『病院坂の首縊りの家』も新作として発表してほしいなあ。当時は原作の連載が長期化して、漫画化が中止されちゃったのだ。 『手毬唄』のマンガ化に関しての最大の変更は、舞台を昭和30年代から現代(50年代)に移したことだろう。殺される三人娘がトップレスのアイドルグループってのも思いきりエロな改変だし、手毬唄自体、彼女たちが歌っている歌謡曲ってことになってる。 でもそれよりも原作ファンが怒るのは、金田一耕助が、和服ではなく洋服姿だってことだろうな、しかも丸メガネに口ヒゲの小男(^o^)。 「どうして原作通りじゃないの!」といきり立った女性ファンは多かろうが、実はこれ、必ずしも原作無視とは言えないのである。なぜならこのキャラクターデザインは、原作者の横溝正史が金田一のモデルにした劇作家、菊田一夫そのまんまなのである(ちょっと菊池寛も入ってるような気がする)。 横溝正史が初めて出会ったときの菊田一夫は、作家部屋でゴロゴロしていた和服姿の書生であった。後に、功成り名を遂げて菊田は洋装するようになる。だから金田一も現代では洋装している、というわけ。 更に言えば、金田一が変装して犯人を追いつめるのは、映画の片岡千恵蔵が金田一を変装の名人としていたことへのオマージュである。 その辺を押さえて読めば、この本、マニアには楽しい一冊なのだ。 解説の二階堂黎人、そういった制作事情に全く触れようとしていない。つのだじろうの経歴を紹介するのはいいけれど、これが『悪魔の手毬唄』の漫画化だってこと、忘れちゃ困るんである。
2000年08月18日(金) 気が滅入る話/『明日があるさ』(林原めぐみ)ほか
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2000年08月17日(木) 明日から仕事/『夜刀の神つかい』(奥瀬サキ・志水アキ)ほか
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2000年08月16日(水) 橘外男&中川信夫ワンダーランド/映画『女吸血鬼』ほか
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2000年08月15日(火) 盆休みも終わり……なのに毎日暑いな/映画『シャンハイ・ヌーン』ほか
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2000年08月14日(月) せっかくいい気分だったのに……/映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』ほか
いくらなんでも書き過ぎである。
その1
その2
その3
その4
その5
その6
2000年08月13日(日) 盆がはよ来りゃはよ戻る/『明治快女伝』(森まゆみ)
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その4
2000年08月12日(土) 地雷炸裂/『スヌーピー26 ぼくはどこへも行かない夜』(チャールズ・シュルツ)ほか
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2000年08月11日(金) 小心者は女房に内緒で寿司が食えるか?/『冥王と獣のダンス』(上遠野浩平)ほか
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その3
2000年08月10日(木) トマトの罠/『太陽がいっぱい(リプリー)』(パトリシア・ハイスミス)ほか
ま、そんなです。
その1
その2
2000年08月09日(水) 姓は愚奈印、名は南公/映画『ジュブナイル』ほか
今日もです。
で、どのサイズがいいでしょうねぇ。 まあ、どれも見やすいとは言えませんが・・・。
その1
その2
2000年08月08日(火) ボケ老人の夕べ/『カランコロン漂流記』(水木しげる)ほか
今日もそんな感じです。
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その2
2000年08月07日(月) 胃袋には限界があるのだ/『江戸幻想文学史』(高田衛)
| 2001年08月06日(月) |
復活日記(笑)1・加筆もあるでよ/村上春樹『約束された場所で』ほか |
この日記作者の妻的生物です。 代わりに書くよう頼まれましたが、面倒なので全て画像でUPします。 別窓で開きますのでクリックしてください。
それぞれ表示サイズが違います。(8/6 1〜3、8/7 1〜2)
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どうもご無沙汰しておりました。有久幸次郎です。 みなさま、お元気にしておられたましたか? 入院中は、手書きの文でお茶を濁していたわけですけれども、汚い字で、なんて書いてあるか読めなかった、という方もいらっしゃるでしょうから、改めて全部活字に打ちなおすことにします。 その際、気に入らなかったところは書きなおしたりしちゃおう、と思ってますので、一応もとのヤツも「下書き」ということで残しておこうと思います。 それぞれ見比べていただくのもご一興かと(^^)。 ほぼ2週間、「めんどくさい」「きつい」「誰も読んでないのに書くな」とさんざん悪態つきながらも日記をUPし続けてくれたしげに感謝。 ……自分の妻に礼を言うのも照れるものだけれど、ホントにごくろうさまでした。 8/18〜24の分の日記も、随時UPして行く予定です。 それでは今後ともよろしく。
(V)o\o(V)ふぉふぉふぉ(V)o\o(V)。
入院一日目。 天気快晴。というか、日中温度、35度を越えるとか。 ……嬉しくもなんともないな。 結局、昨晩は山崩れを起こした本を片付けるのに時間を食っちまって、入院のための荷物の準備が出来ないままだった。 疲れて途中で寝ちゃったのだ。 おかげで、今朝になって、何の支度もしてないと知ったしげが怒るの怒らないのったら(どっちなんだよ)。 「どこかへお泊まりする時には、二日前から用意しとくもんやろ!?」 ……いや、それはなんぼなんでも早過ぎるんではないかい。
ともかく、9時には向こうに着いて入院の手続きをしておかないといけない。 起きたのが7時だから、もうバタバタである。 乾いている下着、GOODAYで買っておいたおニューの寝巻き兼トレーニングウェアなどをテキトーにバッグに積めこむ。これだけで既にバッグはほぼ満杯。 ……しげに借りたこのバッグ、差し渡し50〜60センチはあるのだが、なんでそんなに下着が必要なのか、と言われたら、実際必要なんだと答えるしかない。そうなることは今までの入院経験から知っている。 毎日運動させられるから、結構、汗をかいちゃうのよ。 一応、入院中もしげが見舞いがてら洗濯物を取りに来てくれることになってるのだけれど、「仕事が休みの日じゃなきゃキツイから来たくない」と冷たい態度でいるので、来ると言いつつ来ない可能性も大なのである。 ……なんで入院の規則が「洗濯は自宅で」なんてことになってるのかなあ。近所にコインランドリーがあると助かるんだが、銭湯の死滅とともにランドリーもめっきり姿を消している。 これも時代か。 あと、昨日、持って行こうと選んでおいた文庫本を十冊ほど。 バッグが一気に重くなる。多分10キロくらいはあるのではないか。 できるだけ退屈しないようにと読み応えのありそうなものばかり選んだからなあ。
炎天下、どうやら遅刻せずに9時ピッタリに西新の成人病センターに到着する。診察券も保険証も忘れずに持って来ていた。 もの忘れの常習犯である私にしては珍しい。
担当の看護婦さん、おチビさんで島田歌穂を可愛くした感じでこれは「アタリ」。 中年ってスケベだなあ、と思うなかれ。 入院中は世間と隔絶しているせいで、自分だけが置いてきぼりにされたような気分にどうしたってさせられてしまうのだ。 看護婦さんの優しい笑顔がどれだけ心の支えになることか。 似鳥ユキエや研修医なな子みたいなのには、あまり当たりたかないのである。 担当のお医者さんは嵯峨善兵をやや若くした感じ。……って、知ってる? 以前入院していた父の担当もしていた方だ。 こちらは別に嬉しくもなんともないな。
病室は四人部屋。 でも、案内されて部屋に入ったときにはまだ誰もいなかった。 まず入院の説明を歌穂ちゃん(いや、名前を勝手に書くわけにゃいかないから便宜上ね)から受ける。 やたらとパンフレットの類をもらうが、「お金がかかりますから、食品交換表とか、お持ちの本がありましたら、それをお使いになったほうが……」と言われる。でもどうせしげに連絡しても「食品交換表なんてどこに行ったか分らない」と言われるのがオチだからなあ(実際、その通りだった。役立たずめ)。仕方なく全部買うことにする。これも入院費に加算されちゃうんだなあ。 食事の時間は朝8時、昼12時、夕方6時。 風呂は男が月・水・金の午後。でも運動療法の後ならシャワーを使っていいとか。けれど一度に入浴できるのは二人まで。 「ちょっと使いづらいと思いますけど、すみません」 いやもう、歌穂ちゃん、そんなに謝らなくっても大丈夫(やに下がってるんじゃないよ)。 テレビはカード式。1000円で1200分映る。 飲みものは自販機で買い、待ち合いの共同冷蔵庫に入れておくこと。もちろんジュースなどは御法度。……なら、置いておかないでほしいなあ。 トイレは男女兼用。 尿の検査の仕方を教わるが、以前入院していた病院では、透明な袋に尿を溜めてたのだけれど、今度の病院では、なにやらメカの中に尿を流し込むようになっている。 ボタンを押すと、メカのフタが「ふなあっ」と開いて(いやホント、こういう音がするのよ)、「尿ヲ、オ入レ下サイ」と女性のアナウンス。検査が終わると、「検査ガ終ワリマシタ」。 こ、これはアナライザー! いやあ、医学も科学も進歩するもんだなや。 でも尿糖の試験紙は節約のために四分の一に短冊切りされていた。……ケチくさいなあ。 歌穂ちゃん、最後に「何か困ったことがあったらナースコールしてくださいね」と言ってくれる。
いやそんな、歌穂ちゃんの仕事を増やすようなことがどうしてできましょうや。ああ、でもナースコールに「どうしたんですか?」って、歌穂ちゃんが来てくれることを考えると、その誘惑に果たして耐えられるかどうか……(中年がなにぶってんだよ気持ち悪いな)。
ようやく病室の方々が戻ってこられる。 歌穂ちゃんが「イビキをかくような人はいないと思いますから」と言ってたがどうだかなあ。 当たり前だがみなさんご年配の方々ばかり。お向かいの方だけややお若くて(それでも40歳くらいか)、私と同時に入院されたようだが、既に壊疽になってしまわれたのだろう、両足を切断されて車椅子で移動されている。 もっとも、その辺の様子はカーテンで仕切りをしていたので、気配で察するのみ。どなたとも特に挨拶は交わさない。 随分愛想がないと言われてしまうかもしれないが、あまり同室の人とは親しくならないほうがいいと言うのは、今までの入院から実感した経験則なのである。何かトラブルがあった時にお互い気まずくなっちゃうし、下手をしたら部屋を替わらなければならなくなったりもするのだ。 以前、入院したときにワープロを持ちこんだら、同室の人から「音がうるさい」と苦情を言われたことがあった。もう今回はワープロどころかMDプレーヤーも持ちこんできてはいない。テレビも極力控えるつもりである。それでもトラブルが起きる時は起きる。 病院の中だってストレスなしってわけにはいかないのだ。お互い、病人同士なんだから思いやりあえればってのは幻想なんだよね。カラダの痛みを代わってあげられないように、ココロの痛みだって自分の分しか考えられないのがフツーなのよ。 寂しいなあ。
午前中はほぼ検査。 採血されたり心電図取られたりレントゲン撮られたり。 検尿を頼まれたが、どういうわけか、いくら気張っても全然ひとしずくも出やしない。いつもは頻尿でトイレに駆けこむことだって多いってえのに。 やっぱり緊張してるのかなあ。 いったんレントゲンを撮ったあと、「もう一度撮り直しますから」と言われる。 はて、息の吸い方が足りなかったか、はたまた息を止めそこなったか、と思っていると、技師の方、「いや、肉が意外と分厚かったんで」。
「肉」ってなんだよ、「肉」って。 ……わかってんだよ。「肉」は「肉」なんだよ。 ど、どうせ私なんかただのデブだよう。どんなに痩せてる時だって、腹の肉だけは落ちてなかったんだよう。うっうっうっ(ToT)。 ……入院中はおとなしくしてようっと。
身長・体重を計測して、一日の摂取カロリーを算出する。 ここ何日か、不摂生してたので、結構増加してるんじゃないかと思ってたのだが、一気に83キロ……(・・;)。 便秘だ。 便秘のせいだ。私の体内には直径5センチ、長さ35センチ、総重量4キロの太い便があるのよ〜。そうよそうに決まってるわ〜。 ♪ヘ( ̄ω ̄ヘ)(ノ ̄ω ̄)ノ アーコリャコリャ♪ ヘ( ̄ω ̄ヘ)(ノ ̄ω ̄)ノ♪
現実逃避してる場合か。 一日の食事量、1680kcalと決められる。こんなん、ロイヤルホストでナントカ定食でも頼んだら一発で摂取しちゃう量だぞ。一日一食しかできないってことか?(もちろんそうではなくて三食に分けて食わねばならんのであるが)
午後から第一回の糖尿病教室。 全部で10回、各1時間ずつ、これを全て受講しなければならないのだ。場所は食堂で、だいたい15人ほどの患者さんが受けに来ている。 食堂と言ってもごく狭い部屋で、せいぜい16畳ほどの広さしかないのではないか。テーブルは六つ、15人も入ればもう狭っ苦しくて仕方がない。 入院の予約を一月以上前にしなきゃ取れない理由は、部屋が狭くてヒトが入りきれないってコトもあるのかな?
今日の授業は「低血糖症状が出たらどうするか」。 糖尿病ってのは要するに血液中の糖が増える病気なのだが、つまりいつもは高血糖の状態にあるわけである。それを薬やインスリン注射で下げねばならんわけだ。 ところが病気が進行して、神経障害が顕著になると、薬が効き過ぎて逆に低血糖状態に陥ることがある。下手をすると痙攣を起こし、昏睡してしまったりすることもあるのでマジで命が危ないのだ。 ならどうすればいいかっていうと、「砂糖を舐める」。……でも、私の場合、まだそんなに強い薬を飲んでいるわけではない。インスリン注射もしていないので、今のところ低血糖になる心配はまずない。のっけから、あまり関係ない授業だったなあ。 授業をされたセンセイ、結構な早口の方で、私はなんとか付いて行けるが、お年寄りの患者さんたちはチンプンカンプンではなかったろうか。
半日もすると、ベッドに横たわってるせいか、気分がだんだん「病人」っぽくなってくる。 午後の回診、検査の結果がいくつか出たらしく、「……相当キツかったでしょう」なんて言われてしまう。 い、いったいどんな結果が出たというの? はっきりと数値を教えてくれないので、ムネの中を不安の雲が渦巻いて、心臓がバクバク鳴り出してしまう。普段、疲れたり気分がすぐれなかったりしてたのは、自分がグータラしてるせいだ、と言い聞かせてたんだけど、やっぱりカラダがよくなかったんだなあ。 現実を目の当たりにさせられるというのはやはりツライ。 「認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものを」。 ……いや、別に私ゃ何の過ちも犯しとらんが。
先日、「日本人の寿命、また伸びる」と発表があったが、「男性77歳」ってのは私にはどうも無理っぽい。……でもしげは絶対平均寿命より長生きしそうだ。老衰が似合いそうだもんなあ。 少しでも長く一緒にいるためには、せめて平均寿命くらいは目指しとかないと、先にしげに殺されてしまいそうだ。 「どうせいつか死ぬなら、いっそのことこの私の手でひと思いに」とか。いや、そういうこと考えそうなやつなんですよ、しげってヤツは。
無聊にかこつけて、早速テレビカードを使ってみる。 ニュースなどを一通り見るが、ハナダ兄弟のかあちゃんが死んだとか、ムロフシがハンマー投げで銀取ったとか、私にゃ興味のないことばかり。 いや、ファンの方にはごめんなさいね。 気がついてみたら、今日は広島の原爆投下から56年、平和祈念式典も56回目じゃないですか(とムリヤリ話題転換)。 病院に向かうタクシーに乗っていた時、ラジオから「小泉首相が参列されて献花」と放送していたが、なんと今回の参列が初めてだとか。靖国神社参拝問題で騒がれてるし、「私は平和主義者です」ってデモンストレーションだってことはバレバレヾ(´▽`;)ゝ 。 「政治的配慮」のつもりかも知れないが、こういう姑息なことしてると、かえって支持率下げちゃうんじゃないかな。
気がつけば7時。 夜が来るのが早い気がする。 なんだか『犬夜叉』を見る気も失せていたので、裏番組の『そんなに私が悪いのか』を見てみる。 ああ、これはあれだ、ミギとヒダリに意見の違う者を分けて激論させるってヤツだな。 今日のお題は「そんなに専業主婦が悪いのか!?2 働く主婦の逆襲 最終決着篇」。 なんだかタイトル聞いただけでもーどーでもいーよーな気分になっちゃうねえ。一時期ネットで騒がれてた「リサたん」ってのはこのゲストの「石原里紗」って人のことか。『ふざけるな専業主婦』って本で専業主婦を「社会の粗大ゴミ」と言い放って物議を呼んだヒトだね。ナマで動いてる姿を見るのは初めてだ。 最初、あまりに垢抜けないので(もっと適切な言葉がありそうだが自粛)シロウトさんかと思ってみていたら、一応ライターさんだとか。なんだかホントに「一応」と言いたくなるくらい喋ってることが幼稚。 「専業主婦は税金も払ってない」とか言ってるけど、「それがどうした」と反論されると「税金はどうでもいいんですけど」なんて何が言いたいんだか分らなくなってしまう。批判のための批判がしたいだけなんじゃないか。 果ては「愛情はいろんな形があっていいんじゃないの?」というおすぎの意見に対して、脈絡もなく「私、『お前のカラダだけが目当てだ』って男と6年間つきあった」と発言して、会場内が騒然となる。 しかも「それも愛の形の一つかなって思った」だと。 ああ、馬鹿。すごい馬鹿。 おすぎの「それ、遊ばれてるだけよ」の突っ込みはもっともだ。 男にとって都合のいい女って、いつの世にもいるものなのね。 石原里紗の援護射撃をしてたのがまた内田春菊という(^_^;)ムチャ濃いコンビだったけど、昔、『水物語』とかに出てた時に比べると、老けた、というか、「崩れた」ねえ。 プライバシーでいろいろあったせいなのかなあ。
村上春樹『約束された場所で underground2』(文春文庫・500円)読む。 実はまだ『underground』のほうはまだ読んでないんですけど。 ……まあいいか、必ずしも続きってわけじゃないし。 実際に読んでみたら筆者と河合隼雄さんとの対談の中で前作にも触れていて、たいした支障は感じなかった。 言うまでもなく前作は、あの「地下鉄サリン事件」(オウム真理教事件)の被害者となった人々への筆者のインタビュー集だったわけだが、今回は逆に「加害者」側の人々(ただし実行犯はいない)へのインタビュー。
あのむごたらしい事件も、今のハイティーンズの間では子供のころの記憶でしかないのだ。わずか6年前の加熱報道も当然覚えてはいない。 そんな彼らがこの本やパート1を読んだら、いったいどんな感想を抱くものなのか。 「へえー、そんなことがあったの」程度かもしれない。 人間、どんな大事件だって、自分に関わったことじゃなきゃ所詮は「対岸の火事」なのである。 それが悪いって言いたいんじゃない。 事件の傍観者たちに対して、なお「あの事件のことを知ることは君たちにもとても大事なかかわりがあることなのかも知れないんだよ」と伝えるべき人がいるとしたら、それが「作家」なのだろうということだ。 村上春樹にとってオウムの信者たちは差別化された他人ではない。 いみじくも信者の一人に「ちゃんと僕らの話を聞いてくれるのはあなたくらいのものだ」と言われた通り、村上氏は彼らの「内面」に深く入ろうとしている。そして、つい彼らを既知外扱いしたがる我々と彼らの間をつなぐメディアたろうとしているのだ。 私たちはまず考えなければならない。オウムの信者がみな実行犯たちと一緒くたにされ、社会から排除されていく過程、それは例えば我々が日本人であるということだけでアジア諸国から旧悪の後継者と見なされている状況とよく似てはいないだろうか。 彼らが「加害者」であるなら、我々も「加害者」である可能性はある。いろんな意味で、確実に。 村上氏が彼らを我々の「合わせ鏡」と呼んだのは恐らく正しい。
あの上九一色村での「オウムは出て行け」運動は、全国各地のオウムの支部のある街で行われていた。そればかりか、信者個人が住むアパートすら、追い出されるという状況である。 でもあのハチマキをしていたデモの人々、ウチとソトを反転させただけの「オウム」ではなかったか。 人間はいつだって、自分の憎むべき対象、迫害して構わない対象を探している。公明正大に差別できる対象、それがオウムであった。「いじめ」が決してなくならないのは、イジメをする側にとってはそれが「正当」な行為だからだ。 オウムが骨抜きになって、サリンを作る力もない。なのに我々はオウムをあくまで「敵」と見なす。いや、彼らが「弱い」からこそ、「出ていけ」と叫べたのではないか。 その弱者への憎悪、少数者への迫害の心が、もともとオウムを生み出してきた土壌であったのだ。あの「出ていけ」コールは、彼ら自身の心が新しい「オウムの子ら」を世の中に生み出していく一つの過程にほかならないのだ。
マンガ、しかくの『爺さんと僕の事件帖』3巻。 小学校を舞台にしていながら、『名探偵コナン』のように、幼稚な「少年探偵団ごっこ」が出て来ないのが感心。 数あるミステリマンガの中で本作が頭一つ抜きん出ているのは、子供たちを生身の人として描こうとしているからだろう。夢見る少女とか乱暴なガキ大将とか生意気なチビとか(『コナン』って、『ドラえもん』ののび太の代わりにコナンをぶちこんだだけだもんなあ)、ステロタイプなキャラクターはこのマンガにおいては皆無。 これは作者が「人を見る」「人を知る」ための有効な手段として「ミステリ」という形式を考えているからだろう。 多分、この作者は「こういうトリックを考えて、それに合わせて人物を配置して」という作品作りはしていない。「こういう動機を持つ人間はどんな事件を起こすか」、あくまで「人」を中心にストーリーを作っているのではないだろうか。 そして小さな探偵たちは、その過程を逆に辿って、事件の真相に到着する。 『きりしとほろ変容伝』。 小学校の飼育小屋のウサギたちを殺していく犯人は誰か。 この犯人の動機は、多分古今の小説にも類例がない(少なくとも乱歩の『類別トリック集成』のパターンには当てはまらない)。従来のミステリなら、このような動機を設定することは否定されていたことだろう。しかし、なぜ否定されてきたのか、そして、現代においてはこのような動機もありえるのだと考えた時、このシリーズの本質が見えてくると思うのである。
午後9時就寝。 窓の外、真正面から福岡タワーのネオンが見える。 一瞬、逆三角形に見えるけど、よく見ると辺の途中が小さく凹んでいる。 ……あれって、三つ葉? それとも「フクオカ」の「フ」の字が三つ? 実は何の意味もないかもなあと思いながら気になって眠れないのであった(眠れよ)。
2000年08月06日(日) まぬけ三態/『テレビ消灯時間2』(ナンシー関)
| 2001年08月05日(日) |
ちょっとさよなら/『シルバー仮面・アイアンキング・レッドバロン大全 宣弘社ヒーローの世界』ほか |
いよいよ明日から入院である。 ゆっくり休めていいですねえ、なんて言われることが多いが、静かに本が読める以外には楽しいことなんて何もないのだ。勉強だの運動などは強制的にさせられるし。 とりあえず必要なものはなんとか買ったのだが、出かける前に片付けとかなきゃならないものや、持っていく荷物をまとめたりと、しなければならないことは結構残っているのである。 映画でも見に行こうかと悠長なことを考えていたが、その余裕もない。 今日は一日、出かけないでいよう……と思っていたら、しげが「腹減った、メシ食いに連れてけ」と騒ぐこと騒ぐこと。 「今日で最後なんだよ。もうお別れなんだよ。明日はもうアンタはここにいないんだよ。一緒にお出掛けしようよう」 ……なんだか、今生の別れみたいじゃないか。縁起でもない。 でもまあ、食事をするに吝かではないので、麦野のロイヤルホストまで、朝から出かける。 モーニングメニューのサンドイッチとホットケーキを二人で分ける。 ……しげが最近「日記に私の悪口ばっかり書いて、全然ラブラブじゃない」と文句を垂れているので、一応、仲が悪いわけではないことも書いておこう。 あまり自分の女房のことをよく書く夫もいないと思うがなあ。
本屋と文房具屋を回って、入院中に読む予定の本や、暇つぶしにスケッチでもしようと画材なんかを買うが、さて、本当に使う暇があるのだろうか。 蒸し暑い外と、クーラーの効いた中を行ったり来たりしていたので、しげがだんだん気分が悪くなってくる。 仕方なく、耳掻きや爪切りなんかも買おうと思っていたのだが、あとで病院の近所で買えばいいかと断念して帰宅する。 しげは風呂に入って、「寒い」と言って寝てしまう。 風邪でも引いたのかなあ。そう言えば私もなんとなくからだがだるい。 片付けを途中でやめてひと寝入りしたら夜になってしまった。
積み重ねた本の山を片付けようと思って、ふと、読みかけのまましげが勝手に山の中に沈ませてあった岡野玲子の『陰陽師』10巻を見つける。 ……ちょっと取り出そうとしたのが失敗であった。 たちまち山は雪崩を起こし、何百冊という本が床に散乱したのである。
……はい、そうです。さっきまでそれを片付けてて、明日の入院準備、何もしてません。 これからしますって。
朝9時半からのアニメ『コメットさん/もう一人のコメット』。 おおおおお! ついに、ついに登場したぞ、大場久美子のコメットさんが! 一端は星の国に帰っていたコメットさん(本名はスピカと言うそうな)、地球のことが忘れられず舞い戻り、人間と結婚していたのだとか。 ちゃんと、前作の設定を壊さずにつなげているところは良心的でいいなあ。 何よりオバQ(そういうアダナだったのよ)、声が若い! 私より年上だと言うのに、あの若さはなんなんだ! しかも上手い!(考えてみりゃ前作の『コメットさん』、オールアフレコだから上手くて当然なのだった) 地球に来て、楽しいこともいっぱいあったけど、ちょっぴりつらかったこともあっただろうとちゃんと見ぬいてコメットさんを慰めたり、魔法を使おうとして、バトンを落とすドジも披露してくれたり、まさにこれは大場久美子のコメットさん! しかも今回だけのゲスト出演じゃないぞ! 予告編のナレーションも担当して来週も出演だ! 来週も楽しみだ! ……って病院で日曜の朝から『コメットさん』……?
岩佐陽一編『シルバー仮面・アイアンキング・レッドバロン大全 宣弘社ヒーローの世界』読む。 宣弘社のヒーローと言えば、誰が考えたって『月光仮面』と『隠密剣士』だろう、と思うのはもうオールド世代なのだなあ。視聴率的に振るわなかったにもかかわらず、上記の三作をメインに仕立てているということは、もう『快傑ハリマオ』も『光速エスパー』も忘れられてるってことか。 そりゃ、私だって、『月光仮面』とか再放送でしか知らないけど、それがテレビのみならずその後の文化にどんなに大きな影響を与えたかはわかる。 タイトルにそれがはいってないってのは、どうも納得がいかないぞ。 でも内容は素晴らしく濃い。古い作品など、資料も殆ど残っていないだろうに、よくもかき集めたものだと感心する。『月光仮面』の悪役どくろ仮面、テロップには「?」としか書かれてなかったのだが、あれ、謎めかす演出じゃなくて、予算がないので宣弘社の社員が手弁当で出てたんだと。今だから話せる秘話ってところか。
マンガ、和田慎二原作・伊藤伸平作画『ネメシスの剣』。 まあ、和田慎二の世界は和田慎二にしか描けないよなあ、ということが実感できるマンガ。 主役の設定がいくら「役者」だからって、「誰の目にも映らないように演技できる」って、そりゃ北島マヤ以上ではないの。和田慎二の絵でそう言われたら納得するかもしれないけど、伊藤さんの絵じゃちょっと説得力に欠けるよなあ。 ……和田さんの絵の「古さ」が、実は荒唐無稽を逆にリアルに見せてたんだってことに初めて気づいたよ。
マンガ、奥瀬サキ原作・目黒三吉作画『低俗霊DAYDREAM』2巻。 ……いやもう、なんちゅーか。 エッチだなあ。 『エースネクスト』って別に青年マンガ誌じゃないよね? フツーの少年マンガなのに、SMプレイで女王様がイクとこまで描いたってのは史上初めてではないのかな? クレームが来ないかと心配である。 もしかして、奥瀬さん、「ヤケ」になってるのかも。人間社会に充満してるどす黒い欲望に、いい加減嫌気がさしてるのかなあ。
マンガ、ほったゆみ・小畑健『ヒカルの碁』13巻。 ようやく「佐為VS塔矢行洋」にこぎつけたところまで。連載中に立ち読みしてるので、改めて述べるほどの感想はないのだが、人気投票で伊角さんが1位ってのにはちょっとビックリ。 ……女の子のファンが好きそうなキャラではあるけど、ダントツなんだものなあ。やっぱり、最後の最後でプロになれなかったというところが、女性陣の涙を誘ったのかもしれない。 でも雪辱戦は1年後だけど、そこまで連載引くかなあ。 佐為がいなくなっても人気が続くかどうか、ジャンプの読者って結構きまぐれだからそこんとこがちょっと心配なのである。
この日記をいったいどうするかということは随分考えたのだが、何しろ病院内で携帯を使うわけにはいかない。メールを送るようにちょっとずつでも更新して行こうかと考えていたけれど、多分、その程度じゃおさまらないだろう。 書きたいことはどんと増えそうな気がするのだ。
……というわけで、病院にいる間、日記は手書きでつけておきます。 しげが見舞いに来たら、それを渡して何日か置きにUPしてもらおうかと考えています。 でも、読んだ本の感想まで書いてたら、多分ホントに何十枚にもなっちゃうから、しげはきっといやがることでしょう。一応、日々の雑記だけにしようかとは思ってますが。 外出許可が出て、一端ウチに帰ることがあれば、そのときにでも内容を補填するようにしようかと思っています。
というわけで、数少ない当日記の読者のみなさま。 しばしのお別れです。
はいちゃ。
2000年08月05日(土) しまった、翌日になっちゃった/『人喰いの滝』(有栖川有栖・麻々原絵里依)ほか
| 2001年08月04日(土) |
やっと入院準備/映画『猿の惑星』/『20世紀少年』6巻(浦沢直樹)ほか |
入院二日前。 いい加減、準備もしなきゃいけないが、前売券を買っておいた『猿の惑星』も、今日あたり見に行っておかないと、もう時間がない。 てなわけで、しげと久しぶりに(本当に久しぶり!)、キャナルシティに向かう。 AMCに行く途中、ジョイポリスの横を通るのだが、しげが「あ、こんなところにもアレ売ってる!」となにかを見つけた模様。 「なにを売ってるって?」 「カフェ・イン・コーラ」 「……つまり何かい、コーラとコーヒー混ぜたヤツか」 これが21世紀を象徴する飲み物なのかなあ。なんかイヤだなあ。
夏休みに入っているせいか、朝も早いというのに、AMCの前は長蛇の列である。『ジュラシック・パーク�掘戮盧F�から公開だし(そのワリに以前ほど盛りあがってないよなあ)、『千と千尋の神隠し』を見に来た客も多いようである。少し早目に着いたのに、並んでいるうちに上映時間直前になってしまった。
おお慌てでパンフレットとジュースを買って、劇場に入る。 客の入りはそう多くない。せいぜい四分と言ったところか。公開1週間しか経ってないのに、この程度と言うのは、あまりヒットしてないのか、時間が早かったおかげなのか。 予告編はそれほど引かれるものがない。『トゥームレイダー』のアンジェリーナ・ジョリーのハードアクションにちょっと目を見張らされてくらいで、『ヤマカシ』も『キス・オブ・ザ・ドラゴン』も、ありきたりのアクションという印象。というか、どうしてこうアクション映画しかないのだ。 館内は今一つクーラーが効いていなくて、私には熱っぽいくらいだったのだが、しげにはこれがちょうどいいらしい。どうも私としげとでは体感温度に差があるので、いっしょに行動しにくいのだ。
それでもじっとしていれば自然に汗は引いていく。 夕べはゆっくり寝ているし、途中居眠りすることもないだろうと、期待しながら見た『猿の惑星』であったが。
うーん、悪い出来だとは思わないけれど、『アウターリミッツ』か『トワイライト・ゾーン』の一本として見せられたら「面白かった」と言える程度の作品なんだよねえ。実際のところは。 というか、元々この作品のSF的アイデアといか、センス・オブ・ワンダーってのは、「人間が猿に支配される」って点にしかないんだよね。よく言われる前作の衝撃のラストとか(今回も別パターンの衝撃のラスト用意してるけれど)、付随的なものに過ぎないんで、「なぜ猿たちが英語を喋ってるのか」ということに整合性を与えるとしたら、自ずと答えはいくつかに絞られてしまう。結局、予想の範囲内でしか物語は展開しないのだ。
冒頭、宇宙空間に突如発生した磁気嵐を探索するために、一匹の猿が探査ポッドに入れられて、宇宙ステーションから打ち出される。しかし、その磁気嵐の中で行方不明になった猿を救出するため、主人公もまたポッドで後を追いかけるのだが……。 SFに慣れた人なら、ここで結末までのストーリーがいくつか浮かぶだろう。その中で一番陳腐なものを選んでみると……。はい、それがこの映画のオチ(^_^;)。 キャラクターどうしのからみあいも妙に薄味で、盛りあがりに欠けてたなあ。
まあ、SF未経験者に対して、入門的に見せるのにはちょうどいいかなあ、という程度の映画だなあ。 映像的にもこちらがドキドキするようなビジュアルが少なかったのが残念。 香港映画がアメリカでもブームになっちゃったせいか、猿のジャンプがやたらとワイヤーワークで表現されるんだけど、アレは一つの様式としては面白いんだけど、リアルさはないんだよね。わしゃ別に『里見八犬伝』や「猿之助歌舞伎」を見に来たわけじゃないんだけど。
何だかよく分らないが、しげが「カードがほしい」と言うので、マクドナルドでバリューセットを頼む。キャラクターのカードがオマケに付いてくるらしいのだが、私にはなんのキャラかよく解らない。時代はどんどん私を置いて流れて行くのだな。 近所のホームセンター「GOODAY」で、明後日の入院のためのブツを買いこむ。ホントは殆どありもので済ますつもりだったんだけど、ついでだからってしげが「ほら、スリッパは? 靴も要るでしょ? 寝巻きは一着じゃ足りないじゃない」ともやたらと世話焼き女房のフリをするのだ。 ……世話を焼くなら、病院まで通って、洗濯物持ってってくれるほうが安上がりだと思うんだけどなあ。要するになんかイベント的にしか私の入院を考えちゃいないのだよ、しげは。
帰宅した後、疲れ果てて夜まで寝る。 しげが仕事に行っている間に、遅れていた日記の更新を一気に片付ける。 ……マジでシンド。疲れたよ。
CSキッズステーションのオリジナルアニメ『SAMURAI GIRL リアルバウトハイスクール』第一回見る。 学園内のケンカが「K―ファイト」という名前で公認されてて、そのチャンピオンは各部活動の挑戦を受ける義務があるって設定、なんかどこかで聞いたような気がするなあ。……『コータローまかりとおる!』か? 他にもありそうだなあ。 そのチャンピオンを女の子に設定したのはウリを考えてのことだろうけど、超ミニスカでパンチラがあったりして、ちょっとアザトイ。 しかも、ラストでいきなり異次元の怪獣バトルに突入って、……なんじゃそりゃあ!? かえってここまでデタラメだと、あと面白くなるかもしれない。 でも入院するんじゃ第2回以降が見られないじゃんか(T_T)。
マンガ、浦沢直樹『20世紀少年』6巻。 とりあえず「オッチョ」は生きてたな。 かつての仲間たちが21世紀を境目にどうなったのかを少しずつ明かしながら、いまや陰で世界を操っているらしい「ともだち」の謀略も描いていくそのストーリーテリングはうまいのだが、あまりに定番過ぎるキャラクターが散見するのもちょっと興ざめの部分はあるのだ。 警察がほぼ「ともだち」の支配下にあることはこの時代では常識になってるんじゃないのか? それに気づかない蝶野刑事のキャラクターはいくらなんでもマヌケ過ぎるぞ。もう少しマシな人物造形にしておかないと、読者は腹を立てるだけだって。結局こいつのドジのせいで、ニューハーフのブリトニーちゃん、死んじゃうんだから。 ……結構このブリちゃん、いいキャラだと思ってたのになあ。ここで死なせちゃうのはちょっと中途半端じゃないの? 秘密を知った者が次々消されていくってのは、確かにお約束の展開ではあるんだけど、だったら最初から死体で登場させなきゃ。ある程度読者を引くだけ引いて、キャラクターに感情移入させといて、なのにあんなバカげた展開で殺しちゃあ、ドラマはそこで収束しちゃうじゃないか。 助かりそうにないものをいかに助けるかってこと、それを考えるのが本当の「ドラマ」ってもんだぞ。安易に人を殺すな。 浦沢直樹、小学館漫画賞及び講談社漫画賞をW受賞ってことだけど、『20世紀』のほうはまだ先の展開が見えないだけにちょっと早すぎるように思うんだけどなあ。
影一族保存会編『RED SHADOW 完全攻略極秘ガイド』。 果たして映画を見に行けるかどうか分らないので、解説本を買ってしまった。 予想してた通り、原作はほぼ無視するらしい。白影はやっぱり凧に乗ってるみたいだけど。 その思いきりのよさはなかなかいいんじゃないかな。旧作をリメイクしたって現代的な面白さが生まれるわけじゃなかろうし。今時、巨大ガマだの大まんじだの出したってねえ(^o^)。 あまり詳しく読み込むと、見たときに面白さが半減するので、ビジュアルなどの設定資料を中心にして読み、ストーリーのあたりは出来るだけ目を通さないようにする。 ヒロインは二人ともなかなかかわいい。欲を言えば忍者の女の子はもう少し精悍な感じのほうがいいけど、かといって女子プロレスラーあたりを連れて来られても困るからなあ。脇役も谷啓さんやきたろうさんとか、結構好きな俳優が多くて、期待は起こる。 けど、見る前に文句を言うのもなんだけど、キャラクターのネーミングがあっさりしてるのはどうもなあ。「不動」とか「金剛」とか「乱丸」とか「力丸」。原作には「不動金剛丸」ってのがいたけど、名前を分けた分、強さも半減、いや、三分の一くらいになっちゃった感じなのだ。演じるのも藤井フミヤだし。 やっぱりさあ、敵の忍者の名前ってのは、「むささび道軒」とか「不知火典馬」とか「猩猩左近」とか、「肩書き」がほしいわけよ。根来の頭領はやっぱり「根来弦斎」なんて普通の人の名前じゃなくて、「暗闇鬼堂」ってくらいにおどろおどろしくあってほしいんだけどなあ。 そう言えば、かつて赤影を演じた坂口祐三郎さん、今は故郷の福岡県久留米市で演劇塾を開いておられるのである。分校が福岡市内にもあったはずだから、公演でもあれば見に行きたいんだがなあ。
2000年08月04日(金) 特許成金、夢じゃない?/『20世紀モノがたり』(紀田順一郎)ほか
| 2001年08月03日(金) |
1周年!/TVスペシャル『ルパン三世・アルカトラズコネクション』ほか |
あー、ついにここまで来ました。 何がって?
1周年なんですよ!
……よく続いたなあ。 まあ子供のころからね、気が向いたように日記書いたりはしてたけどね、たいてい3日やそこらで続かなかったのだ。 昔は私も若かったから(そりゃそうだ)、日記にはできるだけ正直に自分の気持ちを書かねばならんものだと思いこんでいた。 でも、人間ってのは、どんなに正直になろうったって、なりきれるものじゃない。自分を美化したい、都合の悪いことは隠したい、そう思うものである。 で、読み返した時に、「なんて俺はウソツキなんだ」と感じてやめちゃってたのだな。
「演劇集団 P.P.Produce」の「宣伝」として、一年前、日記を書かねばならないことになった時、さて、自分が日記を書き続けられるかどうか不安になった。というより、「日記を書き続けるためにはどうしたらいいか」ということを真っ先に考えなきゃならなくなったのだ。 せっかくホームページを覗いてもらっても、更新が滞ってたら、お客さんは離れて行ってしまう。自分が書かなくても、誰かメンバーが書いてくれるだろうなんてことは期待出来ない(悪口を言いたいわけじゃないけどさ、実際、毎日書いてるメンバーは現段階で誰もいないんだから否定はできんよな)。 こりゃ、私が書き続けるしかないんだけど、「自分のことを正直に書こう」なんて考えじゃ、絶対に続かないことはもう解りきってる。
ではどうするか。 考えは決まった。これは、「劇団」のホームページである。役者として、脚本家として、「読み物」として日記を書いていけばいいのだ。事実を元にしてはいても、そこに現れているキャラクターは、私自身のそれとは微妙に違う。 傲岸不遜で、好き勝手なことを言ってはいても、肝心なところでヌケていて、困難が生じたら尻尾を巻いて逃げ出す、そんな無責任なヤツに自分を設定した。まあ実像とあまり違わないという説はあるが(^_^;)。 そうしたら書ける書ける。 書きたいことは多々あれど、当初は千字というシバリがあったから、内容を削るのに苦労するくらいだった。 ある事件をきっかけに、1月26日以降、こちらの「エンピツ」に日記を移したが、制限枚数が原稿用紙20枚と飛躍的に伸びたので、日によっては本当に20枚ギリギリまで書く日もあった。 もともとの私の性格だったら、こんな個人主義的でつまんない日記を、むりやりみんなに読ませるなんて、なんて恥晒しなことしてるんだろう、と、落ちこんでいただろう。でもこれはホントの私じゃないしな、と開き直ることができたのである。
以前も書いたが、「虚実皮膜の境に遊ぶ」。 これがこの日記の基本コンセプトである。
部屋を片付けていたら、昔、書いた日記が出てきた。なんと25〜26歳、独身時代の時のものである。今の私の日記と比べてみると、どう違うか一興かと思い、一部を抜粋することにする。 これが一周年特別編(^^)。公表を前提としたものではないので、一部、差し障りがあるところは削除してますが悪しからず。
1988年12月11日。 日曜。終日洗濯。考えてみると、サテ、いったい何ヶ月洗濯してなかったのだろう。3回やってもまだ半分以上残っている。 夕方より本町へ(注・北九州市若松区。当時はそこに住んでいた)。 本棚を三つ注文。今日中に部屋を整理するのは無理そうなので、とりあえず便所前の空間に置く。おかげで便所に入るのにイチイチ本棚を動かさなければならないので、めんどい(だったら置くなよ)。 ビデオ『少公女』、『紅孔雀』、『風林火山』。 『少公女』は外国のスタジオドラマだが、声優がテレビアニメと同じなので、妙な違和感があって面白い。Oさん(注・知り合いの女性)なんか喜びそう。 『風林火山』、若いころの佐久間良子、どことなくAさん(注・当時好きだった女性。……あはは)に似てる感じ。沢口靖子と足して2で割った感じか。 親にTel。正月帰省の件、相談。できれば年末、こちらに残ってビデオの録画をしたいが、そうは言えず、苦しい答弁。 岡本綺堂『影を踏まれた女』、花田清輝『小説平家』読む。 花田って人はなかなか韜晦のうまい人のよう。 マンガ『前略ミルクハウス』3、4巻。本当に『めぞん一刻』によく似た設定。こっちの方がややお気に入り。 それにしても、川原由美子は本当に『ステイゴールド』の原作を書いているのだろうか? (注・この後に『うる星やつら』のラムの落書きあり(-_-;))
……しかし、このころからグータラしてることがよく解るな。今、しげのことをさんざんバカにしているが、とても言えた立場ではないぞ。 しかも色気づいてやがるしなあ。このAさんにはコクって見事に振られた。ごくマットウな判断であろう。
なんと日記にはよしひと嬢やしげも登場している。結構、昔からの知り合いなのよ。 どうせ本人たちも忘れてるだろうから、ちょっと意地悪で抜粋してみるかな(^^)。
1989年1月7日。 天皇崩御のニュースで目を覚ます。 来るべきものが来たという気はするが、昨日と違う今日が来たわけではない(注・カッコつけ。こういうクセは今でも変わってないかな)。 昼、よしひとさん、Nさん、Aくんと遊ぶ。 よしひとさん曰く、「二日あとに死んでくれてたらよかったのに、見たいテレビ番組がつぶれちゃった」。素直にこういうことが言えるというのがうらやましい。
1989年6月20日。 5時頃見舞。(注・当時肝臓病で入院していたのだ) しげ、O、K、F。さんざん騒いで帰る。まったく何しに来たんやら。『死神の時刻表はスペード色』、しげからの見舞品なり。とは言え、貸してくれただけで、くれたわけではなかろう。 あと、バンソウコウを1枚もらう。……何考えてんだか、本当にわからん子じゃ。
1989年6月22日。 5時、よしひと、しげ、F、ウーロン茶持って見舞。 よしひとさん、Sくん(注・知り合いのアニメーター。『天地無用!』『クッキングパパ』などの動画家)の描いた落書きを見て、「こーゆー可愛い絵描いてるのに、本人の顔見ると、笑えると思いません?」と聞いてくる(注・Sくん、ゴツイ顔をしていたのである)。……この子もキツイこと平気で口にするようになったもんだ。まあ、そこがか〜い〜とも言えるし、猫っかぶりが取れてるだけ、いいことなのかもしれん。……でも、男の側から見ると、ムゴイことこの上なかろうなあ。 しげ、『星子シリーズ』全冊持ってくる。明日までに読めっちゅーんか、ばーろー。
このくらいにしとこうかな(^_^;)。 ……この2年後にはしげと結婚してるわけなんだが、そんな気配がこのころにはカケラもない。人生とは不思議であるなあ。 このとき、なぜしげがバンソウコウを1枚だけ持って来てくれたのかは今でも謎である。 それにしてもこのころのよしひとさん、結構ヒドイねえ。天使のような今の彼女と比べると悪魔である。 ……記憶にありますか? よしひとさん。 リクエストがあれば、他にも載せたら面白そうな記事があるので、プライバシーに触れない程度に公表しても構わないんですが。
入院前、最後の仕事。 本当は今日から休みを取っていたのだが、し残していた仕事があったので、ちょっとだけ出勤。 早目に帰ってくると、しげが新しい掲示板を作ってくれている。 「あ、掲示板新しくしてくれたんだ」 「悪い?」 ……こちらが素直に感謝してるってのに、どうしてこう憎まれ口を叩くかな、こいつは。 しかもまた投票ボタンを「投票なんてやめてくれ」「投票はもういいよ」なんて作り替えている。なんだかよくわからないなあ。 最近どんどん性格がヒネクレてきてるが、不満があるならはっきり言ったらどうなんだ。
『クレヨンしんちゃん同人誌』、私が頂ける分をほしい人に分けてあげようと思って、劇団のメンバーや友人に声をかけたりしてたのだが、どうやら冊数分はハケるみたいなので、そのことを掲示板に告知しようと考えた。 ところが途中まで書いていたものを見たしげが、突然文句をつけてきたのだ。 「みんな別にアンタの本なんてほしくないんじゃない? 見てみたいとは言ってたけど」 「俺は『ほしいか』って聞いたんであって、『見てみたいか』って聞いたんじゃないよ」 「……人気者になったつもり? 自分だけそう思ってれば」 どうしてしげがこんなヒネクレたことを言い出したのか、理由が分らないのだが、同人誌に原稿を寄せているのは私だけではないのである。この言い方はほかの執筆者に対してあまりに失礼だ。 バカだバカだと思ってたけど、ちょっとこれはひどすぎるよなあ。 本当は、ほしいと言ってくださった方には、無料でお渡ししようと思っていたのだが、こんなデタラメな批判をされるんじゃしかたがない。 知り合いの義理だからとかいうことじゃなくて、本当にほしいという人に差し上げないと、他の執筆者の方がたに対して申し訳が立たない。
というわけで、タダで譲ってもらえると思ってらした方にはすみませんが、これまでのご希望はいったん白紙に戻して、本当に同人誌がほしいという方にだけ、しっかり代金を頂いた上で差し上げたいと思います。……「差し上げる」なんて言い方をするから誤解を招くのだな。 「お売りいたします」ですね。 と言っても、一冊いくらするのか、まだ現物が届いてはおりませんので、判明次第、改めて告知いたします。 そのときに、それでも「買ってもいい」という方だけ、私までご連絡下さい。
七月の平均気温、例年よりも1度から1.3度、高かったそうである。 熱中症で倒れたのは人間ばかりでなくペットもだったということだが、この「熱中症」って言葉、最近になって耳にするようになったけど、昔言ってた「日射病」や「熱射病」とどう違うんだろうか。 ヘクトパスカルだのネスレ日本だの、気がついたら名前が変わってるってことよくあるけど、中身が変わってないんだったら、名前だけ変えてもしかたがないと思うんだがなあ。
夜、懸命に日記を更新しながら、『ウリナリ!』を漫然と見る。 シリーズになってる「芸能人社交ダンス部」の2時間スペシャル。 特に感想ってものはないんだけど、ヤラセの多いバラエティー番組の中で、『ウリナリ』は比較的真面目な作りをしてるんじゃないか。 実際に泳いだり踊ったりしてるし。 ちょうど『ガチンコ』のヤラセ疑惑がまたぞろ浮上してきてるけれど、他の番組に見られるようなムリヤリ作られたような緊張感が感じられないのである。 「楽しんでやろうよ」って言い方が気負いなく口から出てくるけれど、それが「5年越しで練習してきた」実績に基づいてるってことが、見ていてホッとするんである。これはやっぱり、「ウンナン」の二人に対するスタッフの信頼があるからこそ、成り立ってることなんじゃないだろうか。 来週の最終成績も見たいなあ。けど入院中だし見られないかもなあ。
金曜ロードショー『ルパン三世・アルカトラズコネクション』見る。 見て驚いた。 今までずっとオリジナルで放送してきたのに、今回のスペシャルには「原作」があるのだ。 『新・ルパン三世』の『サンフランシスコ編』。 実はこの原作、『ルパン三世 Part�掘戮梁莪賚辰箸靴憧�にアニメ化されている。30分番組なので、長編である原作を相当はしょって、敵役の「シークレット7」も殆ど出て来ない、という作りだったが、今回は2時間の枠で7人が全員登場。より原作に近い形になっている。 ……これはもしかして、『ルパン』にも最終回が近いということなのだろうか。そのためにまだアニメ化してなかった原作を使うことにして……って。 声優に石田太郎を使っているのも『カリオストロ』を髣髴とさせていてうれしい。 でも前回も今回も一時期のスランプから脱したのか、結構いい出来にしあがっているのである。今後も毎年『ルパン』が見たいんだけど、もう無理なのかなあ。
2000年08月03日(木) 巻頭言&近頃の若いやつぁよぉ……/『ジェームズ・ボンドへの招待』(ジェームズ・チャップマン)ほか
| 2001年08月02日(木) |
『題未定』ってタイトルのエッセイ集があったな/『キノの旅�検戞併�雨沢恵一)ほか |
朝、起きるなり、しげが「3万円取ったなあ〜」とヘビのように目を赤くしてチロチロと舌を出して絡みついてきた。 何のことだか全く身に覚えがないので(自分の妻に対してやましいことはしてないことには一応、自信がある)、なんじゃいそりゃあ、と問い詰める。 「あんたがいきなり、3千円貸してくれって言ったんよ」 「ふんふん」 「でも、財布に3万円あるの見つけたら、『こんなに持ってるじゃないか』って言って、全部取り上げたんよ」 「はあはあ」 「ひどいやつやん、あんた」 状況はだいたい解った。 「で、それはつまり、おまえの見た『夢』なんだな?」 「うん」 「自分の夢に他人を巻き込むんじゃねえ!」(by『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』あたるのセリフ)
例の靖国問題で、野中広務氏が中国の唐外相と会談。 「『やめなさい』発言は、外圧であって、かえって日本国内のナショナリズムを台頭させる」と正式に抗議。 それに対し、唐外相は「真意が伝わっていない」と弁明。 ……「真意」は「日本は中国に従え」ってことだろうに。あくまで「訂正・謝罪」をしないのは日本も中国も変わりゃしないのだな。 押しては引き、じゃないけど、「外圧は内政干渉である」、しかし「靖国問題は国内でも意見が分かれており検討する」とした野中さんの駆け引きは、政治家としてはマットウなものだ。結局、田中外相じゃ(なんでマスコミは真紀子外相って言い方をしてるんだ。変だぞ)埒があかないから野中さんが出なきゃならなかった、という形になってしまった。
これは、今までの「小淵さんは犬死」発言や「候補者の名前も知らない」などの失言とは違って、田中外相の立場を圧倒的に悪くしたと言っていい(外務省人事でも大きなミソつけたけど)。 いや、政府内の立場、ということでなく、世間の信頼や期待をなくした、という点で大失敗であったのだ。 これまでの小泉人気も、田中人気も、野党が「具体性がない」と批判したにもかかわらずさほど影響がなかったのは、「ともかく今までのままじゃダメだ。『改革』してくれそうな人にともかく賭ける」という民衆の「背水の陣」的感覚があったからだ。 だから、靖国に参拝するのがいいのか悪いのか、実は内容はどうでもよかったのだね。要は日本が「NO」と言えるかどうか。殆どヤクザの恫喝と変わらんような稚拙な「やめなさい」発言に対して、「日本のことは日本に任せなさい。あんたらの指図を受ける問題ではない。それでも日本は決して軍国主義には走らないのだ」と民衆はハッキリ明言してほしかったのだ。 それを、田中外相は言えなかった。 民衆の指示のみが田中外相の唯一の頼りどころだったのに、それを外相は失ってしまった。今回はなんとかしのいだものの(というより小泉首相に温情をかけてもらったようなものだ)、もはや田中外相に現内閣内では強い発言権は与えられまい。政治家としての求心力をほぼ失ったと言えるだろう。 ……結局、「変節」しちゃったら政治家は終わりなのである。なんだか土井たか子か加藤紘一みたいになっちゃったなあ、田中さん。
「熟慮する」と言いつつも8月15日の公式参拝を企図している小泉首相は、まだなんとか支持を保っている。首相になる以前からそのことを公言していたのだから、もし「やっぱり止めました」となれば、これも公約違反と受け取られ、人気は急落するだろう。 周囲がどんなに「小泉首相のままでは日本は右傾化する」と警鐘を鳴らそうが、現実に徴兵制が引かれでもしない限り、それは野党の杞憂、というより被害妄想ということで決着するのだ。 小泉首相の周囲にしたって、「熟慮してほしい」と持ちかけているのは、やはりただの「駆け引き」に過ぎない。民衆の支持が小泉首相から離れたと判断したら、そのときに「いくら意見を言っても聞き入れない人だから」と言って決別するための伏線に過ぎないのである。 自分の決意を断行する、それが小泉首相に求められてるスタイルにほかならないし、そうするしかないのである。 だから日本の場合、政治ってのは主義主張じゃなくて態度決定の問題なんだよね。
今日は一日仕事だけれど、時間に余裕があるので、何冊か本が読める。 ナンシー関『耳部長』、週刊朝日連載『小耳にはさもう』の文庫化4冊目。 ナンシー関のエッセイのどこが面白いかって、我々がウスウス感じている「こんな芸能人いらねえよなあ」という思いを的確に言葉にしてくれてる点にあるだろう。 実際、日常生活の中じゃ言いにくいんだよね、「橋田壽賀子ドラマなんて要らない」なんてさ。『渡る世間は鬼ばかり』、楽しみにしてるトシヨリだって現実にいるから、下手なこと言ったりしたら「キサマに老人の楽しみを取り上げる権利があるのか」とか、サベツ問題にまで発展しかねない。 でも、やっぱり心の奥で我々は思ってるわけよ。 「泉ピン子、大根役者のただのブス」って。 トシヨリっつったってさ、せいぜい50代、60代なんであってね、所詮はテレビ世代だから、役者の演技力見抜く「通」なんてのはそうそういないのよ。『渡る世間』見てるとさあ、一見、泉ピン子、間の取り方も絶妙で、演技うまそうに見えるんだよね。だけどあれはカット割りでそう見せてるだけなの。編集の妙ってやつね。赤木春恵やえなりかずきに突っ込まれて、フッと目を逸らす、そういう「やり取り」のところじゃ必ずカット割ってるから、今度見て、確かめてごらんなさい。見たくもないですか。すみません。 実際、なんであんなに威張ってるのだ、橋田壽賀子と泉ピン子。
この本に紹介された二人のセリフはこうである。 泉ピン子「あたしがバラエティー出身だって知らないね」 知ってどうする。『ウィークエンダー』あがりなんて威張れたこっちゃないぞ。あの当時からどつかれるだけの芸ナシだったくせに。まだ桂朝丸(現・ざこば)の喋りまくりの「〜なわけだ」のほうが面白かったわい。 橋田壽賀子「ああいうのが受けるというのは国民がバカになったのでは」 「ああいうの」ってのは「人の不幸をネタにする番組だと」……それ、モロ『渡る世間』じゃん。「一億総白痴化」なんてのは40年も前に言われてて、そのときドラマ書きはじめてるのが橋田さんなんで、これも「近頃の若いもんは」と同じ愚痴なのだね。ナンシーさん、ヒトコトで橋田壽賀子を切り捨てている。 「お前が言うな」 ……だよなあ。 確かに24時間ずっと番組が流されている今は、下らん番組のてんこ盛りなんだろうけれども、角野卓三など一部の役者を除いたら、橋田ドラマって「他じゃ使えない」大根役者を囲ってるだけだってこと、みんな知ってるんじゃないか。そんなん見て喜んでる視聴者を温存させてること自体、国民をどんどん白痴化してることになるんである。
でもそれ言いだしゃ、ナンシーさんについても「消しゴム版画なんて要るのか」と返されかねないけど、まあ、愛嬌があるだけ罪はないってことで。
時雨沢恵一『キノの旅�検戞� ロードムービーのような現代の寓話、第4弾。 社会の矛盾を描きながらも、答えをあえて出そうとしないバランス感覚は4作続いても変わっていない。というより、より透明感を増している。 岡田斗司夫『フロン』との関わりもあってか、面白く読めたのは『二人の国』。 妻を殴る蹴るのと虐待しまくっていた夫が、妻に虐待され返された途端に言うセリフがギャグである。 「私は今まで、立派に家庭を支える、よき夫であろうと、精一杯努力してきました。つきあいを断ってまで、仕事から早く帰ってきて……。妻との会話の時間を出来るだけ作ったり、休日には家に一緒にいたり、同じ趣味を持ったり。だから、妻も絶対に喜んでいてくれると思ったのに、どうしてこんなことになって……。彼女は絶対におかしい。むりやりにでも、病院に連れていくべきなんでしょうか?」 大なり小なり、男って女に対して、こういう言い訳を持ってるんだよなあ。 家庭を顧みない夫は「家のことは妻に任せてる。なのにしっかり出来ないのは妻のせいだ」。じゃあマイホームパパは大丈夫かと言うと、「自分はちゃんと家庭に貢献してるのに、しっかり出来ないのは妻のせいだ」。……同じなんだよね。で、暴力を行使する正当性を主張するのだ。 だから結婚制度自体、廃止したっていいんだよなあ。「制度」は必然的に差別を生むってこと、我々は歴史から学んでるはずなのに、これだけは温存させ続けてるんだよねえ。結局は男も女も「結婚」って制度に甘えて依存してるんだよ。 そんな立場に身を置くくらいなら、ずっと独身でいたほうがいいんじゃないか? 男も女も。 そんなこと言ってると、「じゃあなんでお前は結婚してるんだ?」と、言い返されそうだけれど、成り行きでそうなることもあるんである。 でも、私だって、結婚した以上は、よき夫であろうと努めてきたのである。つきあいを断ってまで、仕事から早く帰ってきて、しげとの会話の時間を出来るだけ作ったり、休日には家に一緒にいたり、同じ趣味を持ったり。だから、しげも絶対に喜んでいてくれると思ったのに、しげは私が「優しくない」と文句ばかり言うのである。しげは絶対におかしい。むりやりにでも、病院に連れていくべきなのだろうか?
……あれ?
夜、鈴邑くんから突然電話があり、脚本についての打ち合わせがしたいとのこと。 と言っても時間はもう9時。さすがに明日もまだ仕事があるのに、下手すりゃ夜通し討論って状態には耐えられない。 しげはちょうど今日仕事が休みなのでいそいそと出かけて行ったが、私は遠慮する。 後で「どんな話したの?」と聞いたら、「気になるなら、一緒に来ればよかったのに」と文句を言われる。 だからそんな体力はないってえのに。 「……もしかしたら、もう何を話したか、内容忘れてるんじゃないか?」 「……だからメモしたもん」 いいよなあ、ニューロン切れっぱなしのやつは。いくら約束破っても「記憶力のない私と約束するのが悪い」と開き直れるもんな。
それでも、今度の公演の総合タイトルを考慮する必要はないのか? という意見が鈴邑くんから出されたのは貴重であった。 日曜日の日記にも書いていたが、インパクトだけで客が引きまくるタイトルだっただけに、さて、どうにもならないものかなあ、でもそれ以上のアイデア出さないことにはみんな納得しないよなあ、と悩んじゃいたのだ。 でもね〜、言いたかないけどね〜、ウチのメンバーで一番センスあるの、なんだかんだ言ったって、私なんだよね〜。 こう言うと、しげはすぐ「世界が自分を中心に回ってると思ってる」って文句言うけどさあ、コトバってのは基本的に既成のものでもともと新味はないものなのよ。そこでいかにお客さんに興味を持ってもらうかと考えた時に、その既成のものをどう組み合わせりゃいいかってことを真剣に考えなきゃなんない。 それがセンスなんだよね。 で、広くお客さんに来てもらうためにはあまり先鋭的なものにしちゃアカンというのがあるのよ。英語タイトルはその意味でご法度ね。自分は気持ちいいつもりでも他人から見たらマスターベーションとしか思われないのよ。 ダサいけどハイセンス、これが求められるんだけど、その辺の感覚がウチのメンバーには欠けてるのだよなあ。じゃあ、例えばどんなタイトルがいいかっていうと、「ドラえもん」とか「めぞん一刻」とか「ショムニ」とか「モーニング娘。」(笑)なんてのが好例。 実はよく聞く言葉なんだけれど、ただ聞いただけじゃ何のことか分らない、これが必要なのだね。……「もーむす」って、最初聞いた時、新しいオムスビか何かの名前かと思ったし。 そういう「どこかちょっとだけへんてこ」ってのを思いつければいいんだけどなあ。 『其は、樹の如きもの』ってのも考えたんだけど、またぞろ意味不明って言われちゃいそうで、自分で却下。聖書の一節で、神から見た「人」を暗示したものなんだけどね。 で、みんなに提出したのは『気になる三人』ってやつ。二本とも変な三人が出るから。タイトル的に和田誠路線を狙ってみたんだけど、この感覚はよく解らなかったみたい。 ……もう、いっそのこと、『北京の冬』にでもするかな。北京とも冬とも関係ないから。
さあ、タイトルの明日はどっちだ!
| 2001年08月01日(水) |
掲示板変更&21世紀の夏/『日本はなぜ負ける戦争をしたのか。 朝まで生テレビ!』(田原総一朗)ほか |
わあ、もう8月だ。 といっても、これからまだ暑い日が続くのかなあ思うと、そっちの方がめげちゃうんだけどね。 考えて見れば、21世紀最初の夏なんだが、21世紀も半年以上経つとその価値も下落するのかね。年の初めにゃなんでもかんでもみんな「21世紀最初の」って叫んでたってのに、それもだんだん耳にしなくなってきた。 口先ばかりで実体がない、ってのはこういうことなんだろうな。「年頭の誓いが守られたことはない」というが、さて、21世紀に入って、どれだけの人間がどれだけの志を持って未来に歩み出そうと決心し、様々な願いと祈りと誓いをなにものかに捧げてきたか。 多分、たいていの人間が忘れているだろうし、それが実は「21世紀」についての価値判断でもあるのだろう。それがよくないというのではなくて、そういうものなんである。 でもこう、21世紀気分が世間から薄まってくると、かえってムリヤリでも21世紀を味わってみたくなってくるけどね、私なんか。 だって、いいか悪いかは別問題にして、四十年前、テレビすら特定の家にしかなかった時代から見りゃ、今、一家に一台パソコンがあってもおかしくないって状況は充分21世紀じゃないかねえ。 こうなったら、何か目新しいものが出てくるたびに、ともかく「21世紀だね〜」って言ってやるってのはどうだ。 「今度のゴジラ、敵はヤマト聖獣だってよ」「21世紀だね〜」 「庵野秀明の新作はAVだってウワサだぞ」「21世紀だね〜」 「その梨頂戴」「21世紀だね〜」「20世紀よ、なにバカ言ってんの」 できるだけつまんないことにつけるのがいいかな。 ヒネタやつだよなあ、私も。
昨日、いきなりサーバーエラーが起こって、掲示板への書きこみができなくなった。21世紀だねえ。 なんだかなあ、と思っていたら、今日になって製作元のネオシティから突然の通知。 「いつもネオシティ使ってくれてるのね、うふっ、うれしいわ♪ でもごめんなさい。いきなりで悪いんだけど、あなたとのおつきあいも8月25日までで、それ以降は無料サービスができなくなっちゃったの。 今までありがとう。ホントにうれしかったのよ。じゃあね♪」
いや、ホントにこんな文面で来たわけじゃないが(当たり前だ)。 でもなんか深い仲だったナニにいきなり三行半突きつけられたような気分になっちゃったのよ。 だって、なんで急にサービスやめちゃうのか、理由が全く書いてないじゃないの。せめて「これこれこういう理由で如何ともしがたく」とか、口上の一つくらい述べたってバチは当たらないでしょって。 しかし、入院前で時間もないとゆーのに、掲示板の新設までせねばならんとは難儀なこっちゃ。
朝っぱらからしげが電話をしている。相手はどうやら鴉丸嬢のようだ。21世紀だなあ。 ……あれ? たしか夕べも私が寝る前、鴉丸嬢と電話してたような気がするが……。いったい何時間電話してるんだ、しげのやつ。 聞くともなしに、「んなことないよ〜、気にすることないよ〜」とか言ってる声が聞こえてくる。うぷぷ。あのしげが、いっちょ前になにかの相談に乗ってやってるらしい。確かにしげのほうが年上ではあるけれど、「お姉さん」とか言う言葉がこいつくらい似合わないやつもいないと思うんだが。 ちょうど仕事に出かけようとした時に、ようやく電話が終わった模様。 「今の電話、鴉丸さん?」 「そうだけど、何?」 「いったい何の電話だったの?」 「芝居のこととか……」 「何か気にしてるみたいだったけど?」 「なに、根掘り葉掘り聞きたがるんだよ?(--#)」 なんだいその言い方は。わしゃ別にプライバシーを侵害しようなんて気はないぞ。芝居に関することなら聞いておきたいではないの。それとも隠さにゃならんようなヒミツでもあるのか。 それ以上、追求するのもなんなので、さっさと仕事に出かけたけれど、鴉丸嬢、気丈に見えて無茶苦茶繊細なんだよなあ。何事にも大雑把なしげに相談を持ちかけるってえのは何か間違ってないか。 間違っても人生相談なんかするんじゃないぞ、鴉丸さん。真面目に話なんか聞いてると、道を踏み外すくらいならまだしも、奈落の底に突き落とされちゃうぞ。何を相談したって、「どうでもいいんじゃな〜い?」と「好きにすればぁ〜?」の二つしか返事をしないやつなんだから。
仕事帰りに食料を買い込みながら、今週の『少年ジャンプ』を立ち読み。21世紀だなあ。 『ヒカルの碁』、因島編、なんだか「取材に行きましたから全部見せます」みたいな感じで本因坊秀策関連の名跡をあちこち回っているが、ストーリーとしての進展はなし。 なんだか『サザエさん』のOPのような回であった。 尾道は私としげが新婚旅行に行った町である。大林宣彦ファンの私が、『転校生』だの『時をかける少女』だののロケ地を回りたくて、しげをつきあわせたのだが、ある意味これは自分の女房を初恋の相手に会わせるような行為であった。 しげには少しいやな思いをさせたのかも。 あの時しげは船に乗って因島に渡りたがっていたが、私は「時間がないから」としげを連れていかなかった。「今度行くことがあったら島に渡ろう」と約束もしたが、未だに果たしていない。 もう尾道に行くことはないかもしれないが、いつかどこかで船に乗って島には渡ろう。約束を守る気はあるから。
んなこと考えながら、ウチでテレビを見ていると、西川峰子が「島」の網元の息子と結婚とのニュース。うーん、21世紀だ。 こういうのもシンクロニシティか? 違うかな。 相手の旦那さんが、明らかにインタビューするレポーターをバカにして、適当な相槌しか打ってないのに、そのレポーターは最後に「さわやかで誠実な方でした」と型どおりのコメントで締めくくらねばならなかったのがお笑いであった。 でも「会った瞬間にビビッときましたか?」なんて質問はなんなんだ。 もともと松田聖子のあのセリフには誰もが失笑したのだ。ビビッときたのは下半身じゃね―のか、なんて口さがない悪口だって飛びかっていたのである。それを知った上で、そんな質問するってのが相手に対してどれだけ失礼なことなのかわかってないのか。わかってないからするのだな。ワイドショーのレポーターの知的レベルって、なんでこう猿並なのかね。
さて、九月四日にオープンが迫った「東京ディズニーシー」、21世紀かな。 千葉のくせにあくまで「東京」って言い張るかって感じだが、一足早く、今日マスコミ関係者にお披露目とか。 レポーターがまた各局ともにはしゃぎまくって紹介してるが、で、結局そこに何があるわけ? 「23もアトラクションがあるんですよ―!」ったって、その中身を紹介しないで、堀かなんかをぐるぐる回って外見を見せてるだけなのである。 まだまだお楽しみどころはヒミツですよ―って形で、期待を煽るだけ煽ろうって魂胆なんだろうけど、どうもそれに乗せられちゃう連中がワンサといるってえのがどうもねえ。 これだけ各地にテーマパークが乱立しちまうと、もうちょっとやそっとのアトラクションじゃ驚かなくなっている。マジで「ジュラシック・パーク」を実現するくらいの科学的コンセプトを持った「見世物」を考えないと、だんだん頭打ちになってくるんじゃないのかなあ。
坂本竜馬の妻、お龍らしい女性の写真が発見されたとか。おお、これは21世紀だ。 と言っても、その可能性は五分五分ってとこらしい。写真の裏に「たつ」って書いてあったらしいけど、そうなると「りょう」って読み方は、坂本竜馬に合わせた呼び名のようなものだったのか。 新聞の解説には「鼻とアゴの形が晩年のおりょうさんとそっくり」と書いてあるが、トシ取ったらたいてい鼻とかアゴの形は変わるもんだがなあ。こういうのを牽強付会と言うんである。でも、その写真が本当におりょうさんのものなら、「おりょうさんは美人だった」という説があったのも、まあ頷けなくはないかな、という感じではある。細っこくて、気丈な妻ってイメージとはちょっと違うけど。 そういえば、昔「沖田総司」の写真ってふれこみのものがあったけど、それ以降見たことがない。あれはやっぱりデマだったのかな。
牛丼の吉野屋が並盛りの値段を、440円から一気に280円に値下げ。 これぞ21世紀。……ホントかよ。 ハンバーガーも随分前から平日半額で、考えてみたら生まれてこのかたインフレインフレでこれだけはっきりとした形でデフレになったってことなかったから、なんだか時代が昭和40年代に戻ったようで、ちょっとだけ懐かしい気がする。 やっぱりカレーとか牛丼とか、こういう庶民的な食べ物ってのは、レストランで食ったって200円台なのが普通だよなあ(っていうかカレーって、今でも私ゃ180円って意識があるのよ。マジ昭和40年じゃん)、という感覚なのは私の精神的基盤がどの時代にあったのかを自覚させてくれる。 もう年よりなんだよねえ。 でもまだ20代のしげが私と殆ど同感覚ってのはどういうわけなんだろうね。タコ焼き10個で300円でも「高い」って言ってるもんなあ。 ……実は私より年上で、若作りしてるだけだとか……。それはキョワイ。
田原総一朗責任編集『日本はなぜ負ける戦争をしたのか。 朝まで生テレビ!』読む。21世紀……もういいよ。 テレビ朝日の人気トークショー(だと思うぞ)『朝まで生テレビ』の単行本化。なぜかアスキーからの出版。別に、出しちゃイカンなんて言いたいわけじゃないけど。賛否両論相半ばする『朝生』だけど、今までにも出版されたのってあったのかなあ。「今」を扱うものが多いから、数年で話題が古くなっちゃうし、今回は「あの戦争」についてのものだったから、出版できたってことかな。 でもタイトルからして、あまり客観的に戦争を捉えようって感じがしてないのはどうなんだろう。「なぜ負ける戦争をしたのか」って、負けるつもりで戦争をするやつもいないと思うんだが。 戦後60年になろうってのに未だに戦争についての総括ができないってのは、元々総括できるものではない、というのが当たり前な判断だと思うのである。一つの事実についても、そこに関わった人間は無数にいるわけで、しかもそれぞれの思惑が全部バラバラであったりする。 あれが「正義の戦争」であったか、「侵略戦争」であったかは、解釈の相違でしかないのだ。結局はそういう「解釈の相違」を生み出さざるをえない「戦争」そのものを否定しようというのが戦後教育の理念だったように思うが(言い替えれば、誰が加害者で誰が被害者かなんてことも問わない。アメリカの原爆投下も責めないし、中国侵略も悪とは見なさない。戦争そのものを「悪」とする)、それじゃ結局問題がウヤムヤになってるだけだって、みんな思い出したのだね。 でも、『私は貝になりたい』に既に表されてたように、戦争なんて異常な状況の中で、「誰が悪かったか」なんてことの責任をどこかに収斂させることはほぼ不可能なんである。 兵士が敵を殺した。上官の命令には逆らえなかったからだ。でもその上官だって、「戦争の大義」に殉じていた。 あるいは上官の命令に従わずに暴走した兵たちもいた。虐殺と略奪を繰り返した。それは仲間を殺された恨みでもあったし、単に大陸の人々に対しての蔑視でもあったろう。でもその「蔑視」は、中国が西洋の侵略を防ぎきれなかったことに対する怒りが原因にあった。 事実を遡っていけば、責任の所在など、ウヤムヤにならざるをえないのである。 それを、「日本はあの戦争責任を回避しようとしてる」と非難するのは、あまりにも物事を単純化しようとする危険な思想だ。 この対談の中で、大陸で実際に暴走しまくって戦争を拡大させた辻政信について誰も触れていないのは奇妙なんだが、言い替えれば、辻一人に責任を負わせられるものではないと誰もが知っているということだろう。 当たり前だが、戦争という状況がなければ暴走もない。そんなことを言い出せば、西洋の植民地拡大戦争がなければアジアに戦火が広がることだってなかったのだ。 出演者のみなさんには悪いが、責任を追求する作業が、自分の責任を誰かに負わせようとしている行為にしか見えないのは私の錯覚だろうか。
マンガ『GX THE BEST 2001』。 月刊サンデーGX(昔の別冊サンデーね)の読み切り短編を集めたもの。この手の増刊号に載ったやつは、単行本に収録されない場合も多いので、出た時に買っておかないと損なのである。例を上げれば、安永航一郎の『県立地球防衛群』の第1回『肉弾X』と最終回は、どっちも一度も単行本化されてないのだ。
アニメの出来があまりにもひどかったし、立ち読みした1、2巻も全然つまらなくて、それ以上読む気も起こらなかったたかしげ宙(「ひろし」って読むのか)の『スプリガン』、今回収録の『ファーストミッション』はまあまあの出来か。ドップラー効果を利用した攻撃は今までにもありそうなアイデアだけれども演出としてうまく効いている。 でも、ああいう特殊任務についてるやつが普段は普通の高校生って設定は、いくら少年マンガだからってバカバカし過ぎるように思うんだがなあ。あまり神話とか伝説を交えずに、純粋な秘密戦略ものにしてたほうが下らなさは減ってたと思うんだけど。 少なくとも「アーカム」だけは止めといたらよかったのにねえ。既成の宗教とまったく違う神話大系を創造したラブクラフトの偉業を貶めてるよ。
ゆうきまさみ『ブラックマジックNIGHT』、なんと久方ぶりの『鉄腕バーディー』の番外編(でもバーディーは登場しない)。 これなんか見てると、ゆうきさんが『ウルトラQ』的なSF短編シリーズに並々ならぬ興味を抱いているのがよくわかる。なんだかねえ、『KUNIE』もいいけどねえ、三ヶ月に一編くらいのペースで、こういうものを書いてほしいもんだけど、案外、ゆうきさん遅筆だからなあ。 こう言っちゃ悪いが、あれだけ明確に「アニメ絵」してるのに、なぜ『じゃじゃ馬グルーミン☆UP!』がアニメ化されなかったのかって事実を、ちょっと深刻に考えて見てもいいと思うんだよね。ゆうきまさみに求められてるものはなにかってことなんだけど。あだち充と高橋留美子がパワーダウンしてる中、サンデー浮上のきっかけはゆうきまさみの活躍にあると思うぞ。 『パトレイバー』の時みたいにヘッドギアを再始動させてほしいんだよ、読者はさあ。ホントは『バーディー』はヘッドギアで再アニメ化してほしいくらいなのだ。マッドハウスじゃ演出が固苦し過ぎて余裕がなかったし。 『バーディー』でさあ、オンディーヌとサラマンデルまで出しといて、コボルトとジルフュスはいつになったら出てくるんだよう、ともう十年も待ってんだぞ、こっちは。 公式ホームページも随分前から試運転中だけど、もう半年以上試運転のままだものなあ。……愚痴ばっかしが出るけど、それだけこの短編、面白かったんだよ。
マンガ、あずまきよひこ『あずまんがリサイクル』。 『天地無用』シリーズや『バトルアスリーテス大運動会』なんかのアニメを見てないと全然分らないパロディ集。 でも『あずまんが大王』のコマ自体が持ってる、のほほんとした間(その間にスルリと過激なギャグぶちこむところが面白いんだ)は、こういうパロディものの中で培われてきてたんだなあ、ということがわかって面白い。 パロディから出て来たってことではゆうきまさみさんと同じような道を歩いて来てるんだけど、そろそろ4コマ以外の長編も(出来ればSF)描いてほしいなあ。 その実力は充分ある人なんだから。
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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