琴 星 商 事 日 乗
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■ 2004年04月27日(火)
  広島でも低空飛行 <画像あり>

 昨夜、東京から広島に戻りました。岡山辺りから雨だったり、名神が少々混んでいたり(渋滞という程ではない)で、今回は約11時間の旅。でも、友人のカーナビで実家から新居まで検索して貰ったら「11時間10分」と言われたのでそんなモンでしょう。ちなみに高速を使わないと28時間だそうです。高速って偉大。
 写真は大井松田IC付近から見た富士山です。

 昨夜からまたしても低血圧です。今朝は起きれず。洗濯機だけ回したので洗濯物を干し、宅急便を受け取り、4時頃までベッドの中。買い物に行かないと冷蔵庫の中が空っぽなので、強風の中、近所のスーパーまで自転車を飛ばし、一度帰って荷物を置いてから、近所のクリーニング屋に東京からネットで現像に出したデジカメ写真(先日の結婚式のもの)を取りに行き、アルバムを作成。でもやっぱり血圧は上がらず、すぐベッドに戻ってしまいました。

 そして只今夜10時。この時間になってくると、流石にだいぶ元気になります。これでお風呂に入ると更に血圧上がって元気。完全に夜行性なダメ妻です。

 明日のダンナの朝ご飯や如何に!?<ダメすぎ


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・過去の「今日」。

2002年04月27日(土) 久々パドック

■ 2004年04月25日(日)
  開幕府中!

 今週から府中競馬が始まっています。久々に広報部長と二人、午後から出動しました。

 本日の勝浦様の騎乗は、午後は7・8・9・10R。10Rを除いてパドックで騎乗してくれたので、たくさんのお写真を撮ることが出来ました。稀に勝浦クンとファインダー越しに目が合うことがあるんですが、今日はファインダーから目をはずした瞬間、馬上の君とばっちり目が合いました。生で見つめ合っちまったよー<違 いやん照れちゃう(/▽\) あと、広報部長希望の石橋脩も撮影。まだまだ青いね。幸四郎は撮れなかったです。最後、11R・フローラSのイントゥザグルーヴを撮り、競馬博物館へ。ぐるっと1周して、メインレースを観戦し、鳥千のチキンを食べ、ターフィーショップを物色し、帰路へ。府中駅前のドトールでお茶をして帰りました。
 風はそこそこ冷たかったのですが、日差しが暑かったです。日焼けしただろーな、多分(−−

 帰り道、途中下車して前のバイト先のスーパーでお買い物をして行きました。だって、東京と広島では赤いきつねの味が違う。広島のは西日本仕様なので、私には不味くて食べられないのです。既に母がたくさん買ってくれてますが、更に3個追加購入。めんつゆも味が違うと困るので購入。あと生姜焼きのたれが安かったので購入。食パンも安かったので購入。卵がL玉1パック71円と激安だったのですが、流石に卵を保冷設備なしの車で10時間かけて運ぶことには不安があったので、買いませんでした。何で広島の卵は高いんだろう? もとい安売りしないんだろう? いつ行っても150円前後ってどーよ。ウチ(元バイト先)なんか、週に2回は88円(税抜)で売ってたのに。

 次の競馬観戦は、安田記念あたりではないかと。ええ、来ますともテレ&勝浦クンが走るならば。ホントはNHKマイルCも京王杯スプリングCも見たいんだけどなー。


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・過去の「今日」。

2003年04月25日(金) 束縛男の言い分

■ 2004年04月24日(土)
  ダメダメな日、星を観る。

 今日は学生時代の友人に、彼の勤務先にオープンしたプラネタリウムを案内して貰うことになっていた。13時池袋西武口地上改札の宝くじ売り場前で待ち合わせ。だから起きるのは11時で十分だ。

 なのに起きたら12時だったんだよ(爆)。

 うちから池袋までは、40分あれば着くはず。てことは20分で支度をすれば間に合うんだから、連絡はしなくて大丈夫!

 そういうワケで、ご飯も食べずに顔を洗い歯を磨きコンタクトを入れ、着替えてメイクをして荷物を持って飛び出した。
 13時丁度、待ち合わせ場所着。良かったー。

 先にお昼を食べ、14時からのプログラムを観る。久々のプラネ。昨年の旧五島プラネで観たMEGASTAR以来ではないかと。この時も今日と同じ友人と見に行ったんだわ(プラネ友達って限られるのね)。今回観たのは所謂「プラネタリウム」ではなく、CGを織り交ぜたプログラム。「NEW HORIZON」というタイトルのそれは、CGで太陽系を内側からカイパーベルトやオールトの雲といった彗星の故郷までを巡っていった。うーん、ドームにCG大映しって微妙。
 でも相変わらずプラネが真っ暗になる瞬間は好き。一瞬の異空間体験。自分の周りが「無」になる瞬間。全てから解放されたような。

 それからハンズで買い物をし、お茶をしながら話をし、夕飯を食べながら話をし、デザートまで食べて帰ろうとした時、
「あ、CD忘れた」
 そうだった。披露宴で使う用に彼に借りたCDを、今日返すんだった。ものの見事に机の上に置いてきた(阿呆)。

 結局、車で来ていた彼が、私の家までCDを取りに来てくれた。つまりは送っていただいたワケで。ごめん。本当にごめんよ。まあそんなに遠くないんですけどね。でもホントごめん。次はもみじ饅頭忘れません。

 こんなダメダメな日ってないですか? ないですかそうですか。


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・過去の「今日」。


■ 2004年04月22日(木)
  「空海と高野山」展にて思ふ <画像あり>

 東京は夏日。秩父じゃ33℃まで気温が上がったという今日、人妻友達(笑)と上野の東京博物館(東博)まで「空海と高野山」展を観に行きました。2時に上野駅の公園口で待ち合わせ、まっすぐ東博へ。駅でも修学旅行生の一行を見たけれど、公園内の噴水のある池の前では、山形から来た修学旅行生の群団が学校名を書いた横断幕を手に、指揮者付きで大合唱を繰り広げてました。あんなの初めて見たよ。

 今日は思いっきり平日。こういった展示はお年寄りで混雑するということは経験的に知っていたけれど、何故か今日は子供がやたら多い(−− 何で? 学校はどうしたの?

 高野山へは一度行ったことがあります。初秋の高野山。紅葉が綺麗で、泊まった宿坊の精進料理も美味しかった。一山のほぼ全てが宗教施設といっても過言ではない街。空気が心地よく張りつめていて、「日本人の信仰心」ってこういうものかも、と思いました。どういう? って訊かれても困っちゃうんですが、自分の身体感覚として実感出来る「何か」があの山にはある気がします。それは例えば鐘の音だったり、塗香(ずこう)の香りだったり、線香や蝋燭の煙だったりが五感を刺激することによって生じるのかもしれないけれど、何が一番大きかったって、澄み切った空気だったと私は思います。あの空気を体中で感じ、自分の肺に取り込んだ時、日本人の宗教観の原点(のひとつ)である(と私は思う)「森(山)の偉大さ」を感じずにはいられないんです。
 判りにくい話ですみません。ちなみに私は無宗教ですが、無神論者ではありません。神様はいると思います。あちこちにたくさん。

 まあとにかくですね、そういった「信仰」が細かい細工が施された仏像や、どうしたらデッサンが狂わず描けるのか判らないくらい大きい仏画を生み出してきた訳です。西洋の教会の壁画なんかにしてもそうなんですが、宗教美術というのは、それを生み出した人々の「信仰心」、またそれを眺めてきた人々の「信仰心」が垣間見えるから、私は好きです。どうしてその作品が生み出されたのか、なぜその作品はそういう姿なのか。それが作家個人の意志ではなく、「信仰」という多勢の意志に基づくところ。そういうところに惹かれます。

 私自身に関しては、協調性が恐ろしく低く、団体行動なんか大の苦手なんですが、何でか「個人の意識」より「集団の意識」の方に興味を惹かれるんですよね。だから専攻した学問も民俗学なんでしょうか。あれも個人ではなく集団を対象とした学問ですから。


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・過去の「今日」。

2003年04月22日(火) 苺と乙女

■ 2004年04月21日(水)
  DOUBLE-DECADE

 今日は今回の帰京の第2の理由である、TM NETWORKの20周年記念ライブ。エレと二人、横浜アリーナまで行ってきた。

 TMに出会ったのが、かれこれ15年前(多分)。初めてのライブであるRHYTHM REDツアーは'91年だったかな。府中の森芸術劇場のEXPOツアーは雨だった。そして10年前の突然のプロジェクト終了。ファイナルライブの翌日、午前中は学校を休んだ。あの時は本気で「私の青春は終わった」って思ったんだよ。もう新曲なんて出なくって、買うCDの枚数も減るんだな、って。だって「今後、TMN・TM NETWORK名義の曲が出ることはありません」ってはっきり言われたんだから。10年前、「20周年」が来るなんて、考えもしなかった。

 でも21世紀を前に、再びTM NETWORKは動き出した。
 何でだろう。小室哲哉の曲・木根尚登の曲に、宇都宮隆の声が乗ると、私はホントに堪らないのです。耳慣れてる所為も勿論あるでしょうが、ツボなんです。ホントに。

 実家には音楽を再生するような機材は置いていないため、こっちに戻ってから「音楽」を聞いていない。久々に浴びた音のシャワー。慣れ親しんだ曲・声の大音量のシャワー。
 どんなに彼らが年を取ろうと、きっと私はこのシャワーを浴びるためにCDを買い、ライブに通ってしまうのでしょう。

 20周年、心よりお祝い申し上げます。
 そして、心からありがとう。これからも、私に音楽をください。

TM NETWORK
1984.4.21 → EPICソニーよりデビュー
1994.4.21 → プロジェクト終了宣言
2004.4.21 → DOUBLE-DECADE TOUR NETWORK in 横浜アリーナ
2014.4.21 → ?


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・過去の「今日」。

2003年04月21日(月) 手当くれよ
2002年04月21日(日) 続・たけのこのこ

■ 2004年04月20日(火)
  シモキタ・駒場まで低空飛行 <画像あり>

 ここ2日、遊び歩いてはいるが何だか酷く体調が悪い。
 昨日は夜7時に予約を入れて、新宿へ。今日は夕方4時に待ち合わせてシモキタへ。
 起きたのは、昨日は夕方4時、今日は昼の2時半だ。

 3、4年ほど前、私は酷い低血圧を患った。患うという語が適当かは微妙だけれど、とにかく酷くて、目が醒めてから40分くらいは布団から出られなかった。
 当時は御陰で血圧を測るのがある種の趣味で、毎日、色んな時に測っていた。起床時(布団から出る時)、寝る前、夜中に論文書いてる途中、バイトに行く前、お風呂上がり・・・。その記録が実家にひっそりと残っているのだが、なかなかスゴイ値が記録されている。
  2000年11月16日13:19(起床時)
  血圧 上:84 下:50 脈拍:51
  2001年2月13日4:00(就寝前)
  血圧 上:92 下:53 脈拍:65
 ちなみにこの頃、2000年の夏に血圧が下がりすぎて何度か倒れていた私は、病院で昇圧剤を処方されていた。昇圧剤を服用していてこの値。うむむ(ちなみに脈拍は殆ど60を切る徐脈気味なのに、体を動かすとあっという間に息が切れるダメ人間でした)。
 更にトドメ。
  2000年12月8日3:37(風呂上がり)
  血圧 上:104 下:56 脈拍:80
 風呂上がりで(しかも昇圧剤飲んでて)この値ってどーよ自分。

 昨日・今日のこのだるさは、あの頃と同じ感じ。昇圧剤を飲んでいた頃の、昇圧剤を服用している状態と同程度に、血圧が低いんだ(つまり自分的には昇圧剤を飲む程ではない)。
 そんな訳で午前中は起きれず、午後から活動開始。

 4時。シモキタの改札で広報部長と待ち合わせ。アルルカンでタルトタタンセットを頂きつつ、馬写真騎手写真、それから私の結婚式の写真などを披露。
 5時半。店を出て、散歩がてら駒場方面へ。この辺は、私や広報部長が通った高校がある街。何年ぶりか判らないけれど、久々に駅近くのお店のたこ焼きを買った。12個入りで300円。当時と変わっていない。正直、大阪で食べたたこ焼きより、ここのが美味しいと思うんだよね。私はタコ抜いて食べる邪道者だけどw
 それからまたシモキタへ戻り、北口へ回ってサンデーブランチへ。私はワンディッシュプレートとオレンジアイスティーを、広報部長はオレンジカスタードのフレンチトーストとアイスミルクティを夕食にしつつ、最近の話や競馬の話を。
 そしていつものようにお喋りしながら歩いて、9時頃帰宅。

 日曜には久々に広報部長と府中の競馬場へ行く。明日はエレとTM NETWORKの20周年記念ライブ。低血圧なんて言ってる場合じゃないんだけど、どうにもならないのが低血圧なんだよね。倒れないようには気を付けます。ハイ。

 でも食べ歩いて帰ってきた今も、ありありと血圧低いのが判る罠。自分が下降するようなこの感覚、判りますかね?


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・過去の「今日」。


■ 2004年04月19日(月)
  筍と夏と冬の曇天 <画像あり>

 今年も友人から筍を貰いました(2002年のはココ参照)。そのため、という訳では決してなく、私も長いこと借りっぱなしだった本を返すため、新宿で待ち合わせて馴染みの韓国料理店へ。キムチやチヂミをつつきつつ、話題は土曜の結婚式。

 結婚式自体はとても良かった。主役の友人カップルはとても幸せそうで、あの二人がお似合いだなんてコトは学生時代から判ってること。そして私もとても楽しんだ。
 でも友人(女)の一人が、とてもしんどそうだった。
 別に新郎に恋い焦がれていたとかそういう話では全くない。彼女は、結婚式の前も後も仕事だった。ここ数ヶ月、毎日毎日仕事に追われていて、追われる必要ないのに自分で追い込んでいて、周りが見えなくなってきている。
「最近彼女、時間にルーズなんだよ」
 こないだ一緒に夕飯の約束をしたという別の友人が言っていた。
 携帯メールのレスも滞りがちで、やっと来たレスも仕事でいっぱいいっぱいの様子が伝わってくるものばかり。
 それにしても、私の時の方がまだ笑顔があった。無理はしてたかもしれないけど、楽しそうに笑ってた。それが今回は、自分に話が振られなければ、殆ど笑顔もなかったんじゃないだろうか。

 朝採りの筍を横に、春野菜のナムルなんかもつまんで話は進む。周りは確かに春で、まるで夏のような気温だけれど、幸せそうな二人や美味しそうなケーキを前にしても、彼女の表情は冬の曇天のようで晴れなかった。

 私が、私たちが、してやれることはなんだろう。色々考えるけれど、彼女の性格を考えるとなかなか良いアイデアが浮かばなくて。

 お願いだから、元の明るい貴女に戻って。仕事も「休めない」なんて言わないで、広島まで息抜きにおいで。海眺めるの、いくらでも付き合うよ。


筍は全部で3本。鍋2つで灰汁抜き中です。
筍ご飯と若竹煮かな〜(母が)。



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・過去の「今日」。

2003年04月19日(土) サプライズ! <画像あり>

■ 2004年04月18日(日)
  今日の佳き日 <画像あり>

 良く晴れ、初夏を思わせる陽気(練馬は28℃だって)。昨日は大学時代の友人カップルの結婚式へ。久々に思い切りめかし込んで(いつもは10分もかからないメイクに40分かけてみた)、久々に電車に乗って(約1ヶ月ぶり←ヤバ)、久々に友人達に会える。結婚式というだけでも楽しいけれど、そんな訳でめっちゃ楽しい。出掛ける前から楽しい。

 式は人前式。受付で「Twelve roses ceremony―お二人にささげる誓いのバラ―」なる紙を受け取った。参列者の中から12名の方にご協力頂き、新郎新婦に1本ずつバラを渡していく。バラにはそれぞれ「感謝・誠実・幸福・信頼・希望・愛情・情熱・真実・栄光・努力・永遠・尊敬」の意味があるらしい。ふんふん、こういうセレモニーをやるのね。その説明の紙なのかと思ったら、貰ってない子もいる。あれ? つまりこの紙を貰った人が協力を求められている12名なのね。そう言えば受付で名前書いてたら、受付の人が「バラ!」って小声で言ってたような。お車代の新手の隠語かと思ったよ(笑)。

 新郎とも新婦とも、個別に色んな思い出がある。
 新郎にはお父様のベンツに乗せてもらったな。獅子座流星群を初めて見に行った時で、窓から見た山の紅葉がとても美しかった。「超綺麗!」って言ったけど、山道を運転しているアンタは見れなかったよね(笑)。ベンツに乗ったのはあれが最初で最後だわ(爆)。
 新婦とは学科も一緒だったから、そりゃあもう思い出もいっぱい。卒論で切羽詰まってた時は、超早朝に「余ってる原稿用紙(大学指定のヤツね)を売ってくれ」とか電話かけてきたり、〆切直前になって「こんな論文やっぱり出せない」とか言い出したり(勿論「何でもいいからとにかく出せ!」とみんなで出してこさせたけど)してたよね。授業はしっかり出ててノートとかもお世話になったし、結局首席で卒業したクセに、ギリギリの所で妙に小心だったりして。普段は結構大雑把だったりするのに(笑)。

 披露宴の後、みんなで近くのファミレスへ。遅れて新郎新婦も来てくれた。これだけのメンバーが集まるのは、まあ私の結婚式以来なので実は2ヶ月も経っていないのだけれど、その間に私は広島へ、もう一人、旦那様のお仕事の都合で富山へと居を移している。次に集まれるのはいつだろう。色んな話をした。最近のこと、今日のこと、恋愛話。そうそう、遅れてやって来た新郎が開口一番、「会社の人に松本が一番人気だったよ」ってさ( ̄ー ̄)♪ 「あの子、フリー?」って
 新妻ですv
 ホホホホホ。危険な恋を楽しみたい?(私はイヤ)
 既婚だからって誰が地味な格好で行くもんか。まだ若いんだ、華やかに着飾るのは新婦友人の務め!
 ・・・というのが、新婦と私の共通見解です(私の挙式の時、新婦は入籍済みなので既婚者でしたが華やかでした)。ちゃんと左薬指にはエンゲージリングしてたんだけどね。

 新郎新婦の幸せそうな姿を見れたことも、みんなで学生時代のように楽しく話せたことも、すごくすごく楽しかった。今日という日に感謝。

 そして何よりも、おめでとう。末永く幸せに。


披露宴にてサークルのみんなで。
新婦の左後ろ、赤いのが私。



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・過去の「今日」。

2003年04月18日(金) 嫉妬するのは女とは限らない

■ 2004年04月17日(土)
  自己責任/我儘

 書こうかどうか迷ったんだけれど、自分の考えをまとめる意味で、やっぱ書こうかと。

 イラク人質問題。お三方については一応の解決を見たわけで、乗り遅れた感は否めませんが、思うところは色々あるわけです。

 彼らはイラクに遊びに行った訳ではない。そんなことは百も承知です。国が「危ないから行っちゃいけません」って言うような所にわざわざ赴いて、彼地の現状を伝えるとか、子供を支援するとか、化学兵器の影響を調べるとか、私にはそんなことは出来ません。それをしようと思うことは、とても凄いことで偉いことだと思います。本当に。

 でも、イラクの現状は「非戦闘地域」なんかじゃないと思います。
 いつ何処で何が起こるか判らない場所。行くなと言われている国。そんな所に行くのに丸腰で、「行くのは自己責任だから」っていうのはどうかと思うんですよ。
 「私はイラクでやりたいことがあって、自分の意志でイラクに行く。だから私に何かあっても、国に助けてくれなんて言わないし、助けてくれなくていい。自己責任だから、自分でどうにかするし、死んだらそれはそれで仕方ない。そういう運命だったってことだ」
 仮にこのような意思表明をした日本人が、イラクに赴き、武装集団に拉致されたとする。だからと言って、日本政府が「助けてくれなくていいって言ってるし」なんて言って何もしないなんてことがありえますか? 恐らく、多くの外務省職員が徹夜で緊急対策室とかに詰め、多くの報道陣が寝ずに張り込み、家族や関係者達は胸が張り裂けんばかりの思いで、現地からの情報を待つんです。勿論、もっと多くの方がその一人のために動くでしょう。
 そんな「自己責任」は「我儘」だと私は思います。
 誰にも迷惑を掛けずに、もしくは迷惑を掛ける相手がそれを許してくれるのなら、我儘もいいと思います。でもこの問題はそうではないハズです。

 少なくともあの3人の方には、心から心配してくれるご家族やご親戚の方々がいました。そして、政府は救出のために動いていました(実際にどれだけのことをしたのか、どれだけ救出の役に立ったのか、なんてことはひとまず置いといて)。数多くの関係者・無関係者にこれだけの影響を与えたという事実は、とても重いものです。

 どんな理由であれ、絶対に自分で自分の身を守れるという自信のない人間が、戦闘地域になんか行くべきじゃない。私はそう思います。
 イラクの人、勿論他の戦闘地域の人たちの命や生活も大切です。でも、私には、もっと私に近しい人たちの命や生活の方が大事だから。もし私の知人が自分の意志でイラクに行くなんて言い出したら、絶対に止めます。理由なんか関係ないです。

 ただ、自衛隊は撤退すれば良かったと思いますけどね。犯人集団の要求を呑んで、というのは問題もあるでしょうが、でも自衛隊は戦闘地域にはいてはいけないはずです。良い機会だから撤退させれば良かったのに、って私は思っちゃいます。日本政府は日本人に退避勧告を出してるんですよね? 自衛隊員は日本人じゃないとでも言いたいんでしょうか? まあそういうつもりじゃないでしょうが、そんな嫌みも言ってみたくなる程度には納得いかないんですよ。日本人を攻撃対象と見なす武装集団がたくさんいるところに、「軍隊」ではない「自衛隊」を派遣してるって現状はどういうことなんでしょう? そういう対外的?な危険だけじゃなく、精神的なものから、派遣されている自衛隊員に自殺者がいっぱい出るんじゃないか、とか、色んな危惧をしてしまいます。

 親戚や知人に自衛隊員が何人かいます。皆、派遣されてはいませんが、これからも派遣されない保証は何処にもありません。結婚したばかりの陸上自衛官の従兄は、苫小牧の人員が手薄になったため、急遽そちらへ異動が決まったそうです。苫小牧。イラクへの派遣人員を出したところですね。
 私は、私の知人が戦闘地域に行くのは嫌です。

 私も我儘なんですけどね。


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・過去の「今日」。


■ 2004年04月16日(金)
  帰ってきました <画像あり>

 @実家です。無事ネットも繋がりました。
 昨日朝10時過ぎ(出遅れ)に呉を出発し、夜8時過ぎに東京着。休憩込み10時間のドライブです。

 最初、福山SAでもみじ饅頭買うために休憩したのですが、売店でこんなモノ見付けました。
HELLO KITTY
高知競馬ハルウララ号

 キティちゃんが乗ってる馬のゼッケンにも「ハルウララ号」って書いてあります。100戦目単勝馬券シールまで入っている模様です。スゴイよハルウララ。

 今朝は実家から夫を研究所に送り出し(でも朝ご飯は母が用意←ダメ妻)、既にのんびりしています。夫が実家に泊まるのは昨夜だけで、今日からは研究所に泊まり込み。
 新婚早々、再度独身(ぽい)ライフ満喫します。

 そうだ、新居にはない体重計に乗らなければ(怖


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・過去の「今日」。

2003年04月16日(水) 上がるか下がるか
2002年04月16日(火) たけのこのこ

■ 2004年04月14日(水)
  帰京に向けて

 明日、約1ヶ月ぶりに東京の実家に帰ります。土曜に(私が婚姻届の証人になった)友人カップルの挙式・披露宴、来週水曜にはTM NETWORKのライブ、翌木曜は友人と東京国立博物館にて「空海と高野山展」を見学、来週末は府中競馬開幕。その他、サンシャインのプラネも見に行く予定だし、友人と飲んだりお茶したりする予定もあるし、実質10日間の在京中は盛りだくさんの忙しさです。

 披露宴に出るとなると、荷物も物凄い勢いで増えます。ドレスとショールは実家に置いてきたのですが、靴とバッグはこっちで買ったし、何よりヘアメイクの道具一式はこっちにあるので持って行かなきゃならない。ドライヤーもヘアアイロンも鞄に詰め込みました。
 それに、いくら実家に帰ると云えど、服なんかも殆どこっちに持ってきています。それが11泊12日。勿論実家ですから洗濯はしたい放題ですが、それでも持ってく衣類は必然的に増えるワケで。しかも服に合わせて靴も増えますわな。

 でも車で帰るので、荷物が増えるのはお構いなし。私は原チャの免許しかないので、頑張るのはダンナだけです(悪)。朝9時頃こっちを出発して、実家着は早ければ19時、遅ければ23時頃と予定しています。昼には関西、夕方のラッシュ時までに名古屋を抜けたい。

 土曜日、お天気でありますように。新郎はともかく(笑)、新婦の晴れ姿、とても楽しみです。カメラ小僧みたいに頑張っちゃうわよん♪
 ついでに来週末もお天気でありますように(爆)。

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一応、実家にもネット環境は残しているハズです。
親が勝手にADSL解約してなければ・・・。


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・過去の「今日」。


■ 2004年04月11日(日)
  木の香りのする橋 <画像あり>

 桜の季節も終わりかけた日曜、岩国の錦帯橋へ出掛けた。山口県には初上陸。国道2号をひたすら西へ。途中、大きな化学プラントなんかを左手に見つつ。

 錦帯橋は、つい先日、3年に渡る架け替え工事を終えたばかり。一番最近架け替えられた手前の部分は、まだ金に近い色に輝いている。下を流れる錦川の水は澄み、背景には葉桜と桜吹雪。満開の桜も勿論良いだろうが、これはこれで乙な物だ。
吉香公園側を背景に河岸の桜越しに
 ひとり300円の入橋料(往復)を支払い、真新しい橋を渡る。橋の上は木の香りに満ちていて。ああ、中学の技術室はこんな匂いだったな、とか。おがくずの匂いに近い。木の香り。

 橋を渡り少しだけ吉香公園を歩いてから、思わず惹かれたびっくりするほど種類の多いソフトクリームを。「小次郎商店」には20数種類、「むさし」には60数種類(確かね)。数的には武蔵の勝ちだけど、私が選んだのは小次郎のプリンソフトクリーム。美味。それから2階の食事処でがんす丼を。「がんす」というのは薩摩揚げの親戚みたいなもの。ピリ辛の味が付いていて、岩国だけじゃなく呉にもあったから、瀬戸内にはあるものなのかもしれない。

 食事を終えてから、白蛇の観覧所・旧目加田家・吉香神社・白山比�弯声劼鮓�学・拝観し、再び吉香公園を歩いて錦帯橋に戻る。この橋は吉香公園側を背景に見た方が映えるな、と思った。上の写真では左がそうです。如何でしょ?

 帰りは広島郊外のショッピングセンターに寄り、次の土曜に招待されている結婚式用のバッグを購入。木曜夜に帰京予定です。




木の洞に花を咲かせた桜。
植物の生命力って凄い。


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・過去の「今日」。

2003年04月11日(金) 新事実

■ 2004年04月10日(土)
  終わりを継ぐもの <画像あり>

 感動を覚えたり興奮した時などに「鳥肌が立つ」という表現を用いるのには賛否両論があるようだけれど、鳥肌が立ったのだから仕方ない。何にって、競馬にである。

 今日の中山11R。ニュージーランドトロフィー。大好きだったシーキングザパールの長男・シーキングザダイヤ(ココ参照)が一番人気で出走した。中山に行くことは出来ないけれど、PATで馬券を買い、グリーンチャンネルで観戦した。

 シーキングザダイヤは道中中団内側での競馬。最終コーナーを回り、直線、外に出してから。
「矢のように飛んできた」
 実況のアナウンサーはそう表現した。そう、矢のように。前を走る馬たちの脚色が、特に悪かった訳ではない。でもダイヤは、1完歩、2完歩、あっという間にその差を縮め、あっという間に先頭に立った。強い。そしてゴール。

 鳥肌が、立った。そして、涙が出た。

 母が勝ったこのレース。G1・NHKマイルCのトライアルレース。3着までに入れば出走出来るけれど、ダイヤにとっては勝たなければ意味がない。ここを勝ち、マイルCを勝ち、いずれは母と同じ海外へ。単勝1.4倍という重荷を背負って走った筈なのに、こんなレースは本当にトライアルでしかなかったんだね。絶対勝つ。絶対負けない。そう信じていたけれど、握りしめた拳に覗いた不安は、本当に杞憂でしかなかった。4連勝。重賞2連覇。次はいよいよG1へ。

 納得出来ない終わり方をした母の競走生活を、君が引き継いでくれるよね・・・?

 惚れ直しました(^^)




これは1月31日のゴール直後の写真。
この日は逃げ切り勝ちでした。
頑張れダイヤ!


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・過去の「今日」。


■ 2004年04月09日(金)
  女人禁制・男女平等

 日本には遥か昔から、現在で云うところの「男女差別」が存在していた。

 奈良にある修験の行場・大峰山。この山頂にある大峰山寺を管理する5つの護持院が、古来より続く「女人禁制」を今後も続けていくことを決めたという。
 大峰山を含むこの辺りは、「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産の登録候補になっている。それを踏まえ、「大峰山女人禁制の開放を求める会」なる市民団体が署名を集めて、首相やユネスコ、護持院などに提出する矢先のことだったらしい。

 私も女であるけれど、正直、古来より女人禁制である場所を女性にも開放しろとは思わない。そりゃあ、大峰の行場とか、ちょっと見てみたい気持ちはある(そんなとこ登れるのかとかいうギモンは置いといて)。でも、女人禁制となったのには、元来きちんとした理由があったのだ。それは宗教的な理由でもあり、ならばその宗教を心から信仰する人たちの意志に従うのが筋だ。信仰から外れている人がとやかく言っていい問題じゃない。

 逆に男子禁制の場だって、少なからず存在する。女人禁制と異なり、余り表だって問題にはならないけれど。
 例えば沖縄。かの地では、多くの場合女性が祭祀を司り、その兄弟が政を司った。そのため、今でも「聖地」には男子禁制とされるところがある。例えばここ。女人禁制について議論するなら、こういった「男子禁制」の場所も同じ土俵で問題にすべきだ。

 基本的に私は、男女平等なんてくそくらえだと思っている。男と女はどうあっても違うもの。出来る仕事も自ずと異なるし、それでいいと思う。

 男女平等、雇用機会均等、共同参画。そんな言葉では動じないものって、世の中にはあると思うんだけどな。

 「男女平等」を声高に叫ぶ女性、私は苦手です。かなり。


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・過去の「今日」。


■ 2004年04月08日(木)
  自転車で港へ <画像あり>

 天気の良い午後、買ったばかりの自転車に乗って隣町の港まで行った。海沿い、というより埋め立て地沿いの道は平坦で、自転車もスイスイ。大きな川を越えたら、そこは隣町。川沿いに南に下ると、すぐに海が見えてくる。

 隣町の港は小さな漁港で、四国へ向かうフェリーなんかも出ている。辺りでは牡蠣か何かの養殖用の棚があり、鷺?干潮時だったため、棚の上の方は水面から出てしまっていた。
 漁港は既に静か。鳥たちだけが空や水面に群れている。大きな鳶が何羽も輪を描き、時々すぐ頭上を滑空していく。近くの水産加工場はフル稼働。そろそろ牡蠣のシーズンも終わるから、最後の一仕事といった感じかな。

 人のいない防波堤で一頻りボケボケし、再び自転車に跨り街へと戻る。途中、通りかかった学校の桜は、今が盛りと枝を撓らせていた。
 広島に満開宣言が出てかなり経つけれど、うちの辺りは殆どの樹が今満開。先週末と今週末がお花見時だろう。

 今週末は岩国まで行こうかと計画中です。でも来週には東京に帰ります。


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・過去の「今日」。

2003年04月08日(火) 風に舞う

■ 2004年04月07日(水)
  ひた隠す?殺意

 物騒なタイトルでスミマセン。

 新居の裏のおうちが犬を飼っています。裏と云ってもうちは2階なので、犬と目があったりとかはしないんですが、殺意の相手はこの犬(と飼い主)です。

 犬に限らず動物は好きです。道歩いてる時に友好的な犬猫に出会うと、一頻り遊んでしまうほど好きです。
 でも。
 この犬、しつけがなってないのか、無駄吠えが多い。多すぎる。しかも早朝から鳴き止まない。ずーっと吠えてる。鳴き声から察するに、散歩に行きたいのか餌が欲しいのか、とにかく飼い主を求めているようなんですが、飼い主がシカトしているのか留守なのか延々吠えっぱなし。午前中は早朝から昼まで殆ど吠えていて、昼を過ぎると疲れた所為か寝ています。
 物凄い安眠妨害なんですけど。
 ダンナを送り出した後、朝食の後片付けや洗濯などを済ませてから昼寝するんですけど(ダメ)、五月蝿くてなかなか眠れない。

 心地よい眠りを妨害する相手に対しては、とことん冷酷です。どんなに可愛い犬といえど、すみません本気で殺意覚えるんです。私よりかなり温厚な(というか気が長い)夫も呆れています。

 どうしてくれよう(−−


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・過去の「今日」。

2003年04月07日(月) アトム生誕

■ 2004年04月03日(土)
  或る若い騎手の死

 先週の日曜、中山競馬場第5レース。騎乗していた新人騎手が落馬した。5レースは障害レース。障害に落馬はつきもので、取りたてて言うほどのことはない。しかし、この騎手は頭を強く打ったらしく、重体と報じられた。そして5日後の昨日、そのまま息を引き取った。
 竹本貴志騎手。広島で生まれ、地元の乗馬クラブに通っていたらしい。1999年にJRA競馬学校騎手過程に18期生として入学し、2002年に卒業するも、その年の騎手試験には二次試験で落馬し不合格。翌年は実習中の骨折で試験を受けることが出来ず、今年、2年越しの夢を実らせ、晴れて騎手デビューを果たした矢先の事故。デビューは3月6日。1ヶ月にも満たない騎手生活。こんな悲しいピリオドが、こんな近くに待っていたなんて。

 競馬は一歩間違えばとても危険なもの。毎年多くの馬がレース中の事故で安楽死処分になったり競走能力喪失したり、多くの騎手が落馬を経験し、時には長期療養が必要になる。レース中の事故で騎手が死亡したのは、1954年以降で19人目。19人の尊い命が、レースという戦場で失われてきた。でも、騎手たち自身が一番よく判っているだろう。競馬がどんなに危険か。故にどれだけ真剣勝負か。

 僅か15戦で去った若き騎手を競馬関係者はきっと忘れない。運命というのは簡単。だけれど、こんな悲しい結末で、夢が終わってしまうなんて。こんな結末のために、今まで頑張ってきたんじゃないって。

 竹本くん。今後、こんな悲しい事故が二度と起こらないよう、天国から見守っていて下さい。そして、どうか貴方が愛した競馬を、馬を、嫌いにならないで。
 一競馬ファンとして心から御冥福をお祈りすると共に、関係者の皆様に哀悼の意を表したいと思います。

→関係ページ
・JRA 平成16年度 新規騎手紹介
・JRA 開催競馬場・今日の出来事(3月28日)
・ラジオNIKKEI 3月29日(月) 落馬負傷した竹本貴志騎手の病状
・JRA 竹本貴志騎手(美浦)の逝去について
・日刊スポーツ 落馬し意識不明だった竹本騎手死亡
・スポニチアネックス 落馬の竹本騎手が死去
・JRA 故 竹本貴志騎手(美浦)の葬儀について
・JRA 故 竹本貴志騎手の追悼コーナー/記帳受付について(中山・阪神・福島競馬場)

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リニューアルに伴い、予想部を閉鎖しました。
東京を離れたことにより、今までのように競馬場には行けないことが理由です。
今後は競馬関連の日記もコチラで記していきます。


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・過去の「今日」。

2003年04月03日(木) 桜日和 II <画像あり>

■ 2004年04月02日(金)
  渇いた喉に <琴星商事資財帳9>

 柚子が好き。七味唐辛子も柚子入りが好きだし、蕎麦なんかには出来れば生の柚子皮を刻んで入れたい。居酒屋に行って「●●の柚子あんかけ」なんてあったらすっごい惹かれるし、飲んだ後の柚子シャーベットなんて絶品。

 さて、4月になっても乾燥注意報が出る瀬戸内。先日、加湿器を導入したけれど、乾燥した空気に痛めつけられた喉を癒すには、この柚子茶がいちばん。
 蜂蜜に柚子を漬け込んだものをお湯に溶いて飲むだけなのだけど、後に残る柚子のカタマリがまた美味。最後、これをスプーンですくって食べなければ、柚子茶を飲んだことにはならない。と、私は思う。

 柚子茶。右の大きい方は、新宿の京王百貨店でやってた韓国物産展で購入。左の小さい方(マグカップの陰)は、近所のスーパーで。マグカップはbodumのアイリーンティーグラス。柚子蜂蜜をカップにたっぷり入れて濃いめに作るから、あっという間に無くなってしまう。


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・過去の「今日」。

2003年04月02日(水) 熱闘甲子園!
2001年04月02日(月) 花見馬見 <画像あり>

■ 2004年04月01日(木)
  当たらない御守 <画像あり>

 元バイト先の競馬友達・しほちゃんから手紙が届きました。中には便箋2枚の手紙と、今や国民的アイドルホース・ハルウララ with 武豊の単勝馬券。

「この間、3/22(月)、雨で寒い中、どーしても『ハルウララ馬券』がほしくて、大井競馬場まで行ってきたよ(^^; TV局とかすごいきてたよ。お守りがわりに、どうかな?と思い、佳月ちゃんにも1枚プレゼントv なぁーんて、もう、もってたり?!」

 流石に持ってないです(^^; 写真は携帯で撮ったものなのでちょっと画質が悪いですが・・・。「絶対当たらない」ってことで交通安全御守としてみんな買うらしいですが、自転車くらいしか乗らない私は、はてどうしたものか? お財布に入れておくと、時間と共に変質(つか変色)するしねぇ。
 でも流行物ですから。ありがとう、しほちゃん(^^)

 一度たりとも勝てないのに、こうして走らせてもらえる牝馬。とっくに廃馬になってたっておかしくないのに、それが高知競馬を黒字にするほどの力を持っている。すごい。
 色んな意見があるでしょうが、ここまで来たら走れる限り走って欲しいと思うのです。一度も勝てない馬が繁殖に入ったところでどうする、って気がするし、やっぱり彼女は走ってこそ。引退後も、繁殖ではなく乗馬センターとかに行った方がいいんじゃないかなぁ。


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・過去の「今日」。

2003年04月01日(火) 満開宣言
2001年04月01日(日) 最終日

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