琴 星 商 事 日 乗
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■ 2005年03月30日(水)
  歩道橋と共に消えたもの

 通っていた高校の前に歩道橋があった。正門の少しだけ東側にあって、私と同じ駅を利用する生徒は、基本的にその歩道橋を利用するか、車の流れを見て片側1車線、合わせて2車線の道路を突っ切るか、ほんの少し離れた横断歩道を利用するかだった。

 1年生の時、友人たちと下校しようと門を出て、歩道橋を渡るのが面倒で道を突っ切ろうとしたことがあった。その時、後ろで校長先生がニコニコしながら見ているのに気付いた私が、道路をまさに渡りかけていた友人達を歩道に引き戻したのだ。歩道橋を使わずに車道を横断すると、校長先生が走って追いかけてきて怒られると聞いていたから。私たちは校長先生に「さようならー」と笑顔で挨拶して、歩道橋を渡って帰った。校長先生ももっと笑顔だった。

 私たちが入学した頃、高校は新校舎の建設中だった。2年になり、教室が出来たての新校舎に移ると共に、旧校舎解体のため正門は閉鎖され、それまでの通用門が正門の役目を果たすようになった。通用門は歩道橋より更に東の角を折れた所にあり、傍には横断歩道があったので歩道橋は利用しなくなった。
 卒業する頃には、新しい正門が完成した。昔より西側に出来た正門の近くにはまた別の横断歩道があり、歩道橋は勿論通学路も、前から利用していた道より西側の道へと変化したらしい。

* * *
 昼、偶然見ていたニュースで、その歩道橋が3月中旬に撤去されたことを知った。

 私の入学した頃は、多くの生徒があの歩道橋を利用していたと思う。
 しかし、校門の位置が変わったことにより、生徒は歩道橋を利用しなくなった。
 ニュースでは、ある日の歩道橋の利用者が僅か18人であったことを報じていた。歩道橋の名前は、「●●高校前歩道橋」。うちの高校に用がない人は、歩道橋よりも東側の横断歩道を渡った方が便利だろうし、うちの高校に用がある人だって、今となっては西側の横断歩道を渡った方が便利だろう。
 「役目を終えた歩道橋」
 アナウンサーに、そう表現された。

 歩道橋が撤去されたことにより、まだ整地作業が終わっていないようだけれど、歩道が広くなるそうだ。視界も広がって、きっと街の景観にも良いことなんだろう。テレビのインタビューに答えていた人たち(高校の生徒はいなかったと思う)も、一様に「良かった」と言っていた。

 でも、私の、私たちの思い出が、またひとつ消えてしまった。
 高校時代の最初の1年間を過ごした旧校舎時代の思い出の遺物は、相当に少ない。それが少し、寂しい。

 歩道橋が消えた街の映像は、たかが歩道橋ひとつなのだけれど、私の知っている街とは明らかに違っていたから。


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・過去の「今日」。

2003年03月30日(日) 桜日和 <画像あり>
2002年03月30日(土) 元を取るために

■ 2005年03月29日(火)
  最近況

 広島へは、無事に戻ってきています。道中、八日市−栗東間で工事渋滞に巻き込まれ、八日市ICをほんの少し過ぎたところでは「渋滞」どころか「停滞」の有様だったんですが、何とか23時前に家に着きました。

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 風邪は一進一退です。私は風邪をひいてもなかなか熱を出さないので、いつも長引きます。回数はひかないけど、一度ひいたら1、2ヶ月ひきっぱなしなんてのは、最早毎年の恒例行事です。
 今年の風邪は、喉から来ました。呼吸器は弱いので喉から来る風邪が多いんですが、他の症状が出始めても喉が痛いままなので、多分他の人も喉が痛くなる風邪なんだと思います。
 で、鼻が出るようになったのでルル(私は多少の鼻水ならこれで止まります)を飲んでますが、鼻水の分泌が抑えられてるってことは、唾液の分泌も多少なりとも抑えられてるワケで、余計に喉が痛みます。悪循環。ルル如きでこれだから、コンタックは絶対飲めません。今は。

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 東京から戻ったばかりですが、今週末はダンナが友達の結婚式が土曜にあって実家(大阪)に帰るので、一緒に行きます。ダンナが披露宴で飲んだくれてる間、大阪在住のMasaさんが遊んで下さるそうです(多謝!)。しかも先週末に競馬で大儲けされたそうなので、頑張ってたかってきます(我が家は惨敗しました)。うわあぁい祇園で金比羅船々とか投扇興とかしちゃいたいぃい(≧∇≦)/!!
 ・・・いや、貧乏育ちなので、ホントは高いモノとかたかれませんから。マジで。寿司ダメだから(生物とか甲殻類とかダメなの)、高いモノと言われると焼肉くらいしか思い浮かばないし。今収入ないから、普通に飲みに行くだけで「高いよなぁ」と思うし。マジっスよMasaさん!

 もう1週遅ければ、京都の桜なんかが見頃だったりするんだろうなぁ・・・。その次の週に、河内長野にある観心寺の秘仏本尊御開扉に行こう計画(ダンナの仕事の都合で日帰り強行軍)があるんですが、満開週(暫定)挟んでの関西行きってどうなのよ自分。
 観心寺の秘仏・如意輪観音坐像(国宝)。私的好きな仏像ランキングで2位に入る仏様です(勿論、今のところ写真でしか拝見したことないですが)。1位は東博の法隆寺宝物館に展示されている法隆寺献納宝物178号の観音菩薩立像。像高31.4cmの小さな金銅仏ですが、常設展示されているので、結構見に行ってました。マニアックな話でスミマセン。


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・過去の「今日」。


■ 2005年03月28日(月)
  Face

 人の顔って、勿論成長(寧ろ年齢と言った方がいいのか?)と共に変わるものです。でもどんなに年を取っても幼い頃の「面影」はあるだろうし、骨格やパーツの位置・バランスは通常変わらないから、10年ぶりに会うような人の顔も認識出来るんですよね。

 私、昔は目が一重でした。でも何とも不安定な一重で、ちょっと具合が悪かったりするとある朝突然二重になってたりしてました。だから数年前に突然左目だけ奥二重になった時も、明日目が醒めたらまた一重に戻ってるだろう、と思ったんです。
 が、それから6年以上経過した現在に至るまで、浮腫みでもしない限り一重には戻りません。それどころか、整形もせずに右目も奥二重になり、最近は左目は奥二重から(幅は狭めながらも)二重になってきました。これは一体どういうことなんでしょう。

 それでも周囲の人が私を私であると認識するということは、目が二重だろうと一重だろうと、基本的な印象とかイメージとかは大して変わらないってことなんでしょうねぇ。

 高校のひとつ後輩の女の子。その子が入学した翌年、年子の妹さんも同じ高校に入学して来ました。入学式の日、後輩にそっくりな女の子を新入生の中に見付け、後で確認するとやっぱり妹さんでした。
 でも、二人並べて見ると・・・全然違うんだよなぁ・・・。何処が似ているのか訊かれても、答えられない。つまり、似ているのは「全体の印象」であってパーツのひとつひとつではないってことなんでしょうね。

 抑も、一卵性双生児でもなければ「同じ顔」は有り得ないワケで、一卵性双生児だって「全く同じ顔」ではないし、言うほど似てない一卵性双生児だっています。よく似た兄弟姉妹もいるけど、やっぱり並べてみれば違いが判る。なのに、やっぱり「似て」いて、「兄弟だよね」って判ってしまう。にも関わらず、「こっちの方が可愛い」とか「こっちの方が賢そう」だとか差が出てくるのはどういうワケだ??

 人の顔って面白いし難しいですねぇ。

 ちなみに私には妹が1匹おりますが、小さい頃から人には「そっくり」と言われます。中学の先生たちにも「そっくりだからすぐ判った」って言われたし、私の結婚式に来た友人達も同様に「そっくりだから(以下略)」と口を揃えます。でも本人達は、人が言うから「似てるらしい」と思うだけで、人が言うほど似てると思ってません。何処の兄弟姉妹もそんなものでしょう。

「『同じ』に思われるくらいなら、比べられた方がマシ」
 ある一卵性双生児の方が、こう言っていました。「似てる」程度の兄弟姉妹には、計り知れない深い世界です。

 人の顔って、どうやら「印象」なんですね。そんな曖昧なモノに拘る我々は小さいイキモノですが、そんな曖昧なモノが他者の自己に対する評価・判断に大きな影響を与えるんですから、拘るのも致し方ないような。
 でも先述の事例を鑑みるに、造作の小さな違いを大して判別してはいなさそうですから、大事なのは造作より寧ろ表情なんでしょう。良い表情で暮らしたいな。

 人の顔って、面白いし難しいです。


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・過去の「今日」。

2003年03月28日(金) ツッコミといふ愛

■ 2005年03月26日(土)
  NHK徒然

 我が家は、というより私は、NHKの視聴率が非常に高いです。ニュース番組が好きだというのが多分大きな理由なんですが、堅実な番組作りや、広告収入(とその広告効果が掛かる視聴率)に頼る民放では決して作れないような内容の番組があるのも魅力です。地震や台風なんかの時の災害報道も、CMがない故の見やすさと全都道府県に支局を持つカバー力が相俟って、NHKをメインに他局をハシゴする感じ(映像の多様性を求める故。たとえ同じ現場でも違うアングルからも見たいのです)で見ます。勿論、昨今の様々な問題と改革はどうにかしてもらわなければ困るところですが、受信料分は軽く視聴しているだろうし、受信料は支払っています(自動引き落としにしてるので、いちいちそれを解除するのも面倒だしね)。

 今NHKで最も注目している番組は、大河ドラマ「義経」ですが、週明けから始まる連続テレビ小説「ファイト」も心惹かれます(リンク先は本日16時現在前作「わかば」メインです)。理由は判る方には判りますね、馬です。

 朝ドラは、余り見ません。見にくい時間に放映されているのが最大の理由。8:15〜8:30って、実は我が家、まだ起きてません(笑)。独身時代も、午前中から仕事をしていた時は8時半には家を出なければならなかったのでこの時間はテレビを見ている余裕はなかったし、午後から仕事をしていた時は、朝の放映時間は寝ていたし、昼の再放送の時間は既に職場にいなければ間に合わない。あと、土曜もやってるところが曲者(土曜って朝の時間は寝てて昼の時間は出掛けてたりしませんか?)。

 最近では1年前に始まった「天花」(藤澤恵麻はノンノモデルに選ばれた時に「こんな可愛い子がまだ市井に埋もれていたのか」と思ったのよ)、2001年秋のクールの「ほんまもん」(池脇千鶴)と同年春クールの「ちゅらさん」(国仲涼子)をたまに見たくらい。「わかば」に至ってはただの一度も見ないまま終わりました。

 でも今度は馬です。馬好きの高校生が主人公。毎朝の日課は馬に挨拶すること(嗚呼ステキな日課!)。私も毎日ブラウン管越しに馬と挨拶を・・・!<違
 朝は無理でも、昼の再放送くらい見ようかな〜と思っています。でも初回(週明け月曜)は、昼は確実に東京→広島移動の車の中なので、朝見逃すと見れないんですが。初回見逃すと見なくなるんですよね。逆に初回を見ちゃうと続きも見ちゃったりするんですが。月曜の朝がポイントですな、うむ。

 あと、密かに新番組「きよしとこの夜」も気になります。氷川きよしの若様っぷりと、初回ゲストが志村けん、2回目ゲストが黒木瞳ってあたりが。でも初回(週明け月曜)は多分まだ岡山県辺りにいるんじゃないだろうか、私。BSの再放送も、金曜の16:30〜17:13とかって妙な時間にやってるしなぁ。

 あ、あと、金曜時代劇「柳生十兵衛七番勝負」(4月1日スタート)も気になります。金曜時代劇も結構見ちゃうのよね。「茂七の事件簿 ふしぎ草紙」シリーズや「慶次郎縁側日記」「五辨の椿」、最近では「華岡青洲の妻」は殆ど見てました。

 NHKの時代劇は質が良いと思います。時々、若手に魂消るようなキャスティングがあります(ちなみに「義経」には義経の異父妹、即ち清盛と常磐の娘役で後藤真希が出てきます)が、高橋英樹とか渡哲也とか「締めるところ」はしっかり締めているし。「義経」で清盛と遮那王が三十三間堂で再会する場面がセットではなく本物の三十三間堂で撮影出来たのも、国営放送NHK(しかも大河)だからなのかなぁ、とも思うし。こういうところに我が家が支払う受信料が使われるのなら、喜んで支払いますよ。

 頑張れNHK。親父ギャグ的演出も民放の度を超したバカ騒ぎよりマシだ。番組作りも金銭面も「堅実に」お願いしますよ。

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 余談ですが、NHKドラマで過去一番(色んな意味で)びっくりしたのは、ドラマDモード「深く潜れ〜八犬伝2001〜」でした。鈴木あみと小西真奈美。今じゃあちこちで引っ張りだこの小西真奈美ですが、本格的な連ドラ出演は確かこれが初めてじゃなかったかと。鈴木あみが完全に小西真奈美の引き立て役だったなぁ。ASAYAN出身・演技は初挑戦で大根以下のあみーゴと、モデル出身・「北区つかこうへい劇団」の看板女優こにたんじゃ、やっぱり出来が違うんだなぁとまざまざと見せつけられた感じ。今じゃすっかり小西真奈美のファンですわ(笑)。
 「天花」の藤澤恵麻の大根っぷりもびっくりしたんですけどね。顔は可愛いんだけど、可愛いだけだったなぁ。


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・過去の「今日」。

2004年03月26日(金) 桜と海 <画像あり>
2003年03月26日(水) 蛙続報
2002年03月26日(火) 職業病

■ 2005年03月25日(金)
  水が出る! 土を盛る!

 前に古い地名で土地の故事来歴が判るんだって話をこの日記でしましたが、今日は地名ではなく見た目で。引っ越しシーズン、ひょっとしたら貴方のお役に立つかも判りません。

 昨日お姉様とお話ししたことです。
 お姉様は現在、湘南地域の住宅地にあるテラスハウスにお住まいです。海までは歩いて20分ほどだそうなので、海水系の災害被害ってのはさほど考えなくていいかと思うんですが。ちなみに我が家も同じように海まで20分歩けば着けると思います。話の発端は、私が「塩害とかないですか?」と訊いたことからだったんですが(うちは台風の当たり年だったからなのか「塩害はある!」と認識しております)。
「塩害はないんだけどね、うちの辺り、水が出るのよ」
 そう言ったお姉様は、そういえばそうだよ、と言うお話をして下さいました。
「家を探しに来た時は全然気付かなかったし思いもしなかったんだけど、うちの辺り、お墓に盛り土してあるのよね。歩いてると、私の目の高さとかそれ以上の所にお墓があるから、1.5mとか2mくらい。そんで、古い家も土を盛って建ててあるの。これってつまり、この辺はそれくらいの水が出るってことよねー。迂闊だったわー」

 代々、古くからその土地に住んでいる方達は、地名がどう変わろうとその土地のことをよく知っています。数十年単位、あるいは百年単位で、その土地に起こった出来事を記憶しているんです(そして私たち民俗学の研究者というのはそういう方に話を聞いて回るワケですが)。

 大雨が降ったりすると頻繁に川が溢れたりするような地域は、そうと知っていれば当然「水対策」をします。家の中まで水が入ってこないよう、盛り土をして土台を底上げしてから、その上に家を建てる(お城の石垣の小規模版とでも想像して下さい)。お墓が流されてお骨がなくなっちゃったり誰の骨か判んなくなっちゃったりしたら大変(勿論昔は土葬です)だから、お墓も底上げして、その上に造る。経験的に水が出る高さは判っているから、「これだけ底上げしとけばまず大丈夫」って高さも判る。でも、そんなこと知らない新参者や新規参入の大手住宅会社は、水が出ることなんて考えずに普通に家を建てちゃうから、底上げもしないし、下手したら玄関が半地下状だったり、地下室に天窓付けちゃったりする。

 みなさんのおうちの周りや、引っ越し先の周辺をよーく観察してみて下さい。田畑の中で墓地だけ古墳の上に建ってるかの如く底上げされてたりしませんか? 古くから住んでそうなおうちが、揃いも揃って一段高い所にあったりしませんか? 玄関を一段高い所に造ってる古い家が多い地区も要注意です。古くて大きな家の長屋門に、小さな木造船でも括り付けてあった日にゃぁ、ある種トドメです。
「あ、そんな感じかも」
 と思い当たった方、ひょっとしたら其処は洪水被害が起こりやすいかもしれません。
 勿論、治水事業が進んで、現在は水が出ることは考えにくい地域も多くなっているだろうとは思います。また、必ずしも水が出ることが理由でそうなっているワケではないかもしれません(思いもよらない他の理由があるかも)。でも、こういう知識はマニアックな一般論(どないや)として知っておいて損はないですよ。

 あ、あと、坂道の下に位置するおうちは、坂道の上方に向けて玄関造ると、大雨降った時に坂の上の方で降った雨水が流れ込んでくる危険性があります。玄関は坂の下に向けて造った方がいいですよ。
 東京の夏場の集中豪雨で被害が出るのは、大体坂の下の地区です。渋谷然り。アスファルト上に降った雨は、下水で処理しきれないとぜーんぶ坂道下って流れてきます。コンクリートジャングルの外からやってくる方、ご注意あれ。


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・過去の「今日」。

2004年03月25日(木) 瀬戸内の空気
2003年03月25日(火) 雨の夜

■ 2005年03月24日(木)
  妊婦の主張 <画像あり>

 今日のお相手は、院生時代のゼミの先輩。色々とお世話になったお姉様が、昨年末目出度くご懐妊。出産したらそう簡単にはお会い出来なくなってしまうので、最後の機会と言わんばかりのイキオイで豪華ランチ@パンパシ横浜です。

 「悪阻とか大丈夫ですか?」とお伺いしたら、お姉様は寧ろ「ご飯の香りが芳しい」とか「穀類ってこんなに美味しかったっけかー?」とか「食べ悪阻」なんだそうで、食べられない物とか一切ないそうです。でも味覚は若干変わったらしく、以前より辛い物が好きになったとか。お姉様のお友達でも「マクドナルドのハンバーガー(一番安いヤツ)しか食べれなかった」人とか何も食べれず1ヶ月点滴で過ごした人とか、色んな妊婦さんがいるようです。母娘・姉妹で似るとかも言いますが、お姉様と実のお姉様ともやっぱり少々異なるよう。

 お姉様はただいま5ヶ月だそうで、お腹も「む、確かに大きい」という感じで見た目にも妊婦さんと判る感じになってました(5ヶ月にしてはお腹が大きい方なんだそうです)。でも電車で席を譲ってもらえることは結構少ないそうで、どうしても座りたい時はグリーン車乗っちゃったりするんだそうです。

 妊婦さんと一緒に行動すると、やっぱり自分と一緒にいる時に何かあったら嫌なので、「荷物持ちましょうか?」とか色々気になっちゃうんですが、妊婦さん本人は案外そうでもないみたいです。まあ普段一人の時は何でも自分でやっているワケですから、それもそうなのかもなぁ、と思いつつ、「こないだ友達に車出してもらう予定だったんだけど、その日雪になっちゃって、友達が『雪の日に妊婦さん乗せて運転出来ない!』って言うから私が車出しちゃったわよ」とか言うお姉様の豪快さに脱帽。
 しかしながら、「私がやるから座ってて」などと至れり尽くせりの待遇に甘んじていると、結果動作が減って太りすぎ、妊娠中毒症やら難産やらが待っていたりするそうです。昔の人が医療技術も未熟な時代にぽんぽん子供産めたのは、出産間近まで普通に農作業とかしてたからなんでしょうねぇ。
 と言っても、電車では妊婦さんに席を譲るべきだと思う。うん。電車が揺れて転んだりしたら大変だし。

 ちなみに、お姉様が出産なさる産院は、「自然分娩」を推奨しているそうでして。「自然分娩」と聞くと、陣痛促進剤とか使わずに自然に出てくるのを待つんだろうな〜てなことをイメージしてたんですが、違うんです。
 何と、平成の御代に力綱。御存知ですか? 力綱。時代劇の出産シーンなんかで登場する、天井からぶらさがる綱です。それに妊婦はしがみついて息み、出産するんです。時代劇に出てくるんですよ。私たちの親世代だって分娩台での出産が殆どだと思います。でもお姉様は流石民俗学徒、力綱を見た瞬間、血が騒いだそうです(笑)。私も産育儀礼に関する民俗調査をしたことありますが、力綱の実物は見たことありません。力綱で息んだ暁には、出産レポートして頂きたいとお願いしてあります。

 そんなワケで色んなお話しをしつつ聞きつつ、パンパシで豪華ランチビュッフェを平らげ、ランドマークタワーの吹抜にあったベンチで更に2時間ほどお喋りし、お別れしました。

 お姉様曰く「みんな遠慮しちゃって遊んでくれないのよ」だそうでして。
 みなさん、悪阻で苦しんでいない安定期の妊婦さんとは本人が「遊ぼう」と言ってる限り遊んであげましょう。出産後は育児育児で絶対遊べないんですから!
 以上、妊婦でもなく、妊婦になる予定もなく、妊婦になりたくもない私が、妊婦さんに代わって妊婦の主張をお届けしてみました(笑)。




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・過去の「今日」。

2003年03月24日(月) 本日のびっくり

■ 2005年03月23日(水)
  13年目のお茶会 <画像あり>

 先日は大学の友達と飲んできた訳ですが、今日は高校の友達・エレと下北沢で夕飯&お茶。大学の連中と10周年ならば、高1からの付き合いのエレとは、+3年で13周年(中途半端)。当初、こんなにも長い付き合いになるとは、恐らく思ってなかっただろう。正確には、高校時代、10年も先のことを(少なくとも私は)考えていなかった。

 話題は、お互いの最近のこと(と言っても1月にも会っているんだけど)とか、世間話(フジ VS Livedoorとか北朝鮮問題とか)、共通の友人のことなど。広報部長が仕事を辞めたがっている(それいつもじゃん!)とか、ある意味でエネルギッシュなKちゃんが凄い理由でドイツに行くとか、駄馬は飼い犬にメロメロで、待ち合わせに30分遅刻してきた理由が「散歩を引き揚げられなかった」だったとか、ホリエモンはジムに通っているらしいが、あれじゃジム的には反広告塔だ(ジムに通っててあの体型ってどう)とか、まあどうでもいいようなよくないような話を3時間ほどしてきました。

 広島にいては叶わない、こういった他愛もない時間が、今はたまらなく愛しいのです。

 ちなみに、13年前の私たちは、放課後になると今と変わらず下北沢に立ち寄ってカラオケとかしてました。試験前でもカラオケ、試験中でもカラオケ。6時間二人でカラオケとかも、全然平気だったあの頃。いや、今でも平気かもしれない。うん。
 13年分の成長は、残念ながら余り見られません。

 風邪は、雨で空気が潤った所為もあり、だいぶマシになりました。明日は妊婦さんとランチの予定なので、良かった良かった。熱田神宮で受けてきた安産御守、忘れずに持っていきます。それと、サンシャインで見付けて思わず買ってしまった、カレルチャペック紅茶店の缶紅茶「ベビーズブーケ」。あんまりにも可愛かったので、こないだのりさんが妊婦さんに同じくカレルチャペックの紅茶を差し上げて「妊婦さんに紅茶は良くないのでは」と落ち込んでいたのを励ました分際で、同じ轍を踏みました(ぎゃふん)。でも通常のお茶程度でタンニンの摂りすぎになることはないそうなので、少しずつ飲んで頂くか、缶だけ飾って頂ければと。
 喜んで頂けると(そして荷物にならなければ)いいなぁ。


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・過去の「今日」。

2003年03月23日(日) 春は来たか? <画像あり>

■ 2005年03月22日(火)
  サンクステイル

 正直、アンテナか何かだと思っていたし、深く気にも留めなかった。言われてみれば、前に入ってきた車の後部で、ふよふよと動く物体を目にしたことは、確かにある。

 それが「サンクステイル」というものだ、と知ったのは、少し前のことだけど、今日のYahoo!辞書「新語探検」に出ていたので、採り上げてみた次第。

 合流地点なんかで入れてもらった時に、「ありがとう」の意味でハザードランプをちかちかと点灯させる習慣があることは、免許がなくて助手席専門の私でも知っている。強引に割り込んできてハザードが点かないと「挨拶もなしかよ!」とかって言ってみたりもする。要はみんなが気持ち良く道を譲ったり譲られたりすればいいのだけど。

 でも、このサンクステイルというふよふよする物体の意味を知らないなら、御礼をされてることにすら気付かないんだけどねぇ。よもや車に「しっぽ」があるなんて、思いもしないもの。

 ドライバーの間では、そんなに認知度高いんですか? コレ。
 私は素直にハザードちかちかさせてくれた方が、すん、と落ち着くんですが。

 実際の商品画像はコチラ(販売元・株式会社ワコーのサイトへ)。どうでしょう? 見たことありますか? 動画はコチラ(WMV形式)。現物もなんですが、風で揺れてるようにしか見えませんでした(汗)。


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・過去の「今日」。

2001年03月22日(木) 学位授与式 <画像あり>

■ 2005年03月21日(月)
  DECADE in IKEBUKURO (underground)

 卒業式シーズン。私の通った大学も、例年3月22日(つまり明日)卒業式を執り行っている。でも今日は卒業ではなく、入学の方に由来するお話。

 時の経つのは本当に早くて、来月、大学に入学して丸10年になってしまう。そんなワケで、大学時代を同じサークルで過ごした仲間と少し早めの「出会って10周年記念」を祝ってきた。集まれたメンバーは約半分だったのだけれど、まあ仕事や家庭もある身になっているのだし仕方ない。男3人・女3人という、何だか合コンのような取り合わせですが。

 5時50分に西武線池袋駅の地上改札で待ち合わせ、池袋西武を過ぎた先の地下にある京風居酒屋へ。遅れてきた一人も思ったより早く合流。
 私もまだ風邪っぴきですが、もう一人風邪気味なのが。
「風邪だけど飲んじゃうよ」
 当たり前じゃん。アルコールで喉の消毒だよ。
「そっかー。お前頭いいな。流石人妻!」
 人妻は頭がいいらしいです(そんなワケないじゃん)。

 そんなワケで3時間半ほど、飲み、食べ、喋り、笑って来ました。
 こうして10年も一緒にバカをやってられる連中がいること、とても有難く思います。また楽しい10年をヨロシク。


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・過去の「今日」。

2003年03月21日(金) ニュウデジカメ

■ 2005年03月20日(日)
  地震予知 <画像あり>

 九州での大地震で被災された方にお見舞い申し上げます。

 地震のニュースといえば、何処でどれだけ揺れて、こんな被害があって、こんな救援活動があった、というようなものが殆ど。でも今回、ものすごく目を引くニュースがありました。何と5日前に占いで地震を予知した祭りがあったと。
 以下、Yahoo!ニュースより。
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「地震大いに見ゆ」=お粥占い5日前に予知?−佐賀・みやき町の神社春祭り
 震度6弱が観測された佐賀県みやき町の「千栗八幡宮」に1200年余続く春祭りで、カビの生え具合で天候などを占う「お粥(かゆ)試し」が15日行われ、表面の亀裂から「地震に備えを」と呼び掛けていた。占いが的中した形だが、東正弘宮司は「亀裂を見たのは初めて。当たってほしくなかったのに…」と驚いている。
 お粥試しは、2月26日に銅製の鉢にお粥を入れて神殿に奉納。3月15日に取り出し、表面の状態から1年の天候や農作物の作況を占う。
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 千栗八幡宮。昨年末に行ったばかりです(当時は北茂安町でしたが、3月1日に中原町・北茂安町・三根町が合併してみやき町になったよう)。
 粥を用いて行われる占いというのはとても一般的で、多くの神社で「粥占」が行われています。但し、それらの多くは粥を炊く際に筒(竹とか)を入れておき、その筒にどれだけ粥が詰まったかでその年の豊凶をみるというようなもの。だから粥に黴を生やしてそれで占うのは珍しく、日本三大粥祭りのひとつなんだそうで(ちなみに、残りふたつは何だろうと「日本三大粥祭り」でググってみましたが、引っかかった16件の全てが千栗八幡宮のお祭りでした)。

 肥前国一宮・千栗八幡宮。千二百余年の歴史を持つ古社の、創建時より伝わる由緒正しき神事で得られた凶兆。それが僅か5日で的中するなんて。千栗さん、侮れません。

 実際に訪れた際の感想は、取りたてて広大な境内を持つ神社というワケではないんですが、好天に恵まれた所為もありとても清々しく気持ちの良いものでした。高台にあるから見晴らしも良いし、観光地でもないから人も多くないし。
 機会があったら、是非参拝してみて下さい。物凄い御利益あるかも?

 >>右手前が拝殿、左奥が本殿。


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・過去の「今日」。

2004年03月20日(土) ネット復帰
2003年03月20日(木) イラクの自由

■ 2005年03月19日(土)
  三河・遠江参拝紀行 <画像あり>

 朝9時に名古屋を発ち、東名高速で一路豊川へ。途中、高速と名鉄が平行して走るので、昨日見た景色を眺めつつ移動です。昨日参拝した豊川稲荷のもう少し奥に、三河国一宮・砥鹿神社があります。本宮山の山頂にある奥宮まで行きたかったので、車での参拝となりました。

 まずは里宮へ。「里宮」の名に相応しく、広々とした境内が印象的でした。一宮という社格の所為なのか、それとも他の理由があるのか、やけに初宮参りの家族連れが多く参拝していました。こういうのって、お父さんお母さんよりおじいちゃんおばあちゃんのが張り切っちゃうんだろうなぁ、というのが傍目で見ていても良く判ります。母ではなく祖母が抱いて参拝、という習俗があるのは知ってますが。

 続いて奥宮へ。本宮山スカイラインという有料道路を通って山頂駐車場まで行き、そこから少し歩きます。めっちゃ山登りだったらどうしようと思ってたんですが、そんなことはありませんでした(ほっ)。
 途中、休憩所の前に大きな釜がありました。「平成九年度 大福釜」と書いてあるので、平成9年の粥占祭に用いた釜なんだろうか。さらに行くと富士山の遙拝所があり、良い天気だったので山並みの向こうに白い富士の頂が望めました。有料道路の途中からは、日本アルプスの山並みも綺麗に見えました。往復で800円ちょっととやや高い気もするんですが、天気が良ければそれなりに楽しめる道です。
 奥宮の社殿は、まだ建て替えてから時期が浅いのか、黄金色に輝いてました。ここまで徒歩で登ることも出来るので、完全にハイキング装備の参拝客もぱらぱらと訪れます。キンと張りつめた空気が、神の山って感じ。
 ・・・なんて呑気に思っていたら、気温3℃でしたΣ( ̄∇ ̄;) た、確かに目の前の手水鉢に分厚い氷が張っている(−−) 下界と同じ格好でふらふらしてる場合じゃなかったのかしらー。


左が里宮、真ん中が奥宮の社殿、左が氷の張った手水鉢。

 続いて遠江国一宮のひとつ・小國神社を目指して静岡県へ。途中、三ヶ日で浜名湖を眺めながらお昼ご飯を頂きました。

 さてさて、カーナビの画面や道路標識を見ていると、どうも引佐町を通過するモヨウ。引佐町。そこには井伊谷宮があるなぁ・・・と思い、通過するなら、と立ち寄ることにしました。
 井伊谷宮。後醍醐天皇第四皇子の一品中務卿宗良親王を祀る旧官幣中社です。本殿裏に御陵もありますが、宮内庁所管地の為一般の立入は不可。柵越しに見ては来たのですが、全く見えませんでした。
 井伊谷宮の隣には龍潭寺というお寺があります。井伊家累代の菩提寺で、庭園が有名なよう。当初参拝の予定はなかったのですが、井伊谷宮境内にあった「散策ルート」みたいな看板に沿って歩いていたら、思いっきり龍潭寺の境内に出てしまいました。庭園にはあまり興味がないので、御朱印だけ頂き、外からお参りして退散(笑)。梅が綺麗に咲いてました。


左から井伊谷宮正面、井伊谷宮拝殿と本殿、龍潭寺。

 そんな寄り道を経て、小國神社へ。事前の下調べで、ここは物凄く広い社叢を備えた神社だと知っていました。いやいや、ホントに広いです。気持ち良い。でも参道は杉並木なので、花粉症の人は訪れる時期を考えた方が良さそうです。
 参道を抜けると、拝殿正面で結婚式の記念撮影が行われていました。そんな中で参拝するのはとても気が引けるので先に御朱印を御願いしたら、巫女さんに「どうぞ参拝お済ませ下さい」と言われました。いやこの状況じゃ無理だろう。撮影が終わるのを待って、参拝しました。撮影が終わるまで誰も拝殿前に行かなかったので、御陰様で人のいない写真が撮れました(笑)。ちなみに、拝殿内では別のカップルが挙式中の模様。本日は4組ほど挙式が行われるようです。盛況だなー。
 参拝を済ませ、御朱印を受け取り、しばし社叢を散策。小川の水は澄んでいて、キラキラしてます。


 最後に向かうはもうひとつの遠江国一宮・事任八幡宮。「事任」で「ことのまま」と読みます。願い事のままに叶うから、「ことのまま」と言うのだそうで。八幡さまは後から勧請されたもので、旧社名は「己等乃麻知神社」。祭神・己等乃麻知媛命(ことのまちひめのみこと)に由来する社名で、己等乃麻知媛命は言霊の神・興台産命(こととむすびのみこと)の后神だそうです。神社の前を東海道(今の国道1号線)が通っているので、「枕草子」や「十六夜日記」なんかにも登場する神社です。でも私は国道側からじゃなく、社殿正面の入口から入ったんですが。
 入口入って右手に授与所、正面階段上に社殿、そして左手奥が国道側の入口なのですが、左手階段下に立派な枝振りの大木が。授与所の方まで覆い尽くすように枝を伸ばしてます。いやぁ、圧巻。
 授与所に人がいなかったので、インターホンを鳴らして待っていると、もう一組御朱印帳を持った人がやって来ました。一の宮専用御朱印帳だったので、一宮の巡拝をしてるんでしょう。しばらく待ってやっといらした宮司さんの奥様と思しき方に御朱印帳を預け、先に参拝を済ませました。


左は正面入口、右が国道側。

 で、ですね。この事任八幡宮で一緒になった二人組。一人は坊さんのように頭を丸めた中年男性で、もう一人は中年女性だったんですが、実は小國神社でも見かけてました。何で覚えていたかというと、この男性、参拝時に拝殿前で簡単な祝詞と般若心経を唱えるんですよ。他人の参拝スタイルにケチ付ける気は毛頭ありませんが、それはTPOをきちんとわきまえて他人に迷惑がかからないのなら、という前提条件が付くワケでして。事任八幡宮はともかく、小國神社では拝殿内で結婚式が執り行われていたワケですよ。それも勿論、神前式が。そこへ突然、外から読経が聞こえてきたら・・・自分がその挙式に参列してる側だったら、嫌な気分になりませんか? 私はなります。だって、普通の人ってお経を聞いたら仏事を連想するものじゃないですか。神前結婚式に相応しいものじゃないでしょう。
 神仏習合の形態を取っていない神社で般若心経を唱える意味も、私には良く判らないのですが。正直、一緒になって嫌な気分にさせられた参拝者でした。

 後は焼津ICから東名に乗り、一路東京へと帰ってきた次第です。東京料金所を過ぎた所で、対向車線でJRの高速バスが事故ってました。


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・過去の「今日」。

2003年03月19日(水) 開戦前夜

■ 2005年03月18日(金)
  愛知行き当たりばったり紀行 <画像あり>

 昨日名古屋に着いたのは既に夜でした。なので駅ビルの13階で味噌煮込みうどんを食べたくらいしか記憶がありません(体調最悪だったの)。味噌煮込みうどんは、煮込みにも関わらずまるで蒟蒻うどんかのように歯ごたえがしっかりしている不思議な食感でした。

 さて体調も回復した今日。夫は学会なので私は一人で勝手気ままに参拝紀行。名古屋に来たのは初なので、何はともあれ熱田神宮でしょう。名鉄に乗り、神宮前へ。7時起きと初動が早かったので、何と9時前には熱田神宮に着いてしまいました。
 基本的に夜型で朝に弱い私は、あんまり早朝の神社に来たことがありません。昨日の雨のなごりがほんの少し落ちてくる、湿度・密度の高い空気、深い杜。きっと10時を過ぎると、団体の参拝客なんかがバスでやって来たりするんだろうけど、この時間だと、参拝客より境内の清掃をする奉仕の人の方が多いくらいです。「観光地」じゃない雰囲気をたたえた大社を参拝する機会は少なかったなぁ、としみじみ。真っ青な空の下の神社もいいけど、湿気をたっぷり含んだ早朝の曇天の神社もいいよな、うん。


左から本宮、別宮八剣宮、摂社上知我麻神社。

 はてさて、広い境内をのんびり散策したつもりだったんですが、時間はまだ10時にもなりません。当初予定では、午前中に熱田神宮にお参りし、午後に尾張国の一宮と総社を回ろうと思ってたんですが、この調子じゃ午前中+αくらいで全ての予定をこなせてしまいそう。
 取り敢えず神宮前駅に行き、路線図を眺めて考えます。このまま名古屋から離れていくと、ずーっと先、終点に見えるのは・・・「豊川稲荷」。駅員さんに訊いてみると、急行で1時間くらいだそう。てことは、着いて11時、参拝とお昼に1時間みて、名古屋に1時過ぎには戻ってこれる計算です。計画段階では「ちょっと遠いよなぁ」と思ってたんですが、行けるじゃないか。
 と言うことで急遽豊川稲荷行き急行電車に乗車。尾張を飛び出て三河まで行くことになりました。思ってたより、愛知って狭いのかも(^^;)

 昨年11月、赤坂の豊川稲荷にも参拝しています。まさかこんなに早く本家に参拝することになろうとは(笑)。豊川稲荷の駅前には狐の像が踊ってました。電車の本数が少ないので、ホームの時刻表を携帯のカメラで撮影してからレッツゴー。
 しばしば神社と混同される豊川稲荷ですが(地図で鳥居マークになってるお寺はそうそうないでしょう)、本家は赤坂の別院より更に神社っぽいです(−−;)。豊川閣妙厳寺という歴としたお寺なのに、この巨大な鳥居は一体。そして鳥居の向こうにはためく「豊川吒枳尼真天」の幟。神仏習合というかなんというか。いやいや、神道にダキニはないぞ、ダキニは。
 法堂を撮影していたら、法堂の参拝を終えたおじさんが「いやだなぁ、オレ撮ってたの? 知らないお姉ちゃんの写真に写っちゃったよ(笑)」と言って笑いながら通り過ぎていきました。いや別におじさん撮ったワケじゃないですけどね(笑)。それが一番右の写真です。


左から鳥居越しに御本殿、狛犬ならぬ狐、法堂とおじさま(笑)。

 参拝を終えたら続いてお昼ご飯。急げば11時57分発の岐阜行き快速急行に乗れます。快速急行は30分おきで、間に1本各停が来るのみ。ここは何としても57分の電車に乗りたい。
 ・・・ので、味より時間重視(笑)。お客のいない店に飛び込み、お蕎麦を注文して大急ぎでかき込んで駅へ向かいました。別に不味くなかったですけど、味わってる余裕はなかったです(爆)。蕎麦に鰹節をかけるのは、あの辺りでは普通のことだったんだろーか? それだけ謎ですが。温かい蕎麦の上で踊る花鰹ちゃんは初めて見ました。

 無事時間までに駅にたどり着きましたが、券売機は新札に対応していなかったので、窓口で一宮まで切符購入。行きに乗ってきた急行電車は長椅子の車両だったんですが、今度の電車は2席ずつ全部前を向いた半ボックスシート(?)。プチ旅情を味わいつつ、名古屋を通り過ぎて一宮へ。

 尾張国一宮は、真清田神社(ますみだじんじゃ)。神社でいただいた由緒書によると「木曽川の灌漑用水による水田地帯として、清く澄んだ水によって水田を形成していたため、真清田の名が生まれたといわれて」いるそうです。境内には霊水の湧く井戸があり、龍の口から水が出ています。よく手水舎で見る光景ですが、手水舎と違うのは、龍の後ろに鏡が設置されていること。鏡を見て自分の姿を正して水を汲みなさい、ということらしいです。あ、強風で髪の毛乱れてる(違)。
 本殿向かって右には摂社・服織神社(はとりじんじゃ)が祀られています。御祭神は本殿に祀られる天火明神の母神・萬幡豊秋津師比賣命ですが、別名を「棚機姫神」と言われているそうです。棚機姫、そうですよ織姫ですよベガですよっ(放馬)。ちなみに現在、一宮市は「押しも押されぬ機織工業地」(by由緒書)だそうで、門前にも布地や衣料品を扱うお店が多かったです。


左から真清田神社正面、神水舎の龍(後ろは鏡)、服織神社。

 一宮駅に戻り、今度は名古屋方面行きの電車に乗って国府宮へ。目指すは通称「国府宮(こうのみや)」、尾張国総社・尾張大國霊神社です。ネーミングセンス的には武蔵国総社・大國魂神社と全く同じだわ。
 ちなみにですね、今回の旅は一切ガイドブックとか持ってないんですよ。地図も路線図もナシ。駅の路線図と街中の地図と勘が頼りの参拝紀行。ところが、国府宮で下りて改札口にあった矢印通りの方向に出ても、地図とか看板とか一切ありません。駅前に交番があったので、お巡りさんに道を訊いちゃいました。線路沿いを北にまっすぐ、踏切を右に折れてまっすぐ、で、神社正面、だそうで。言われたまま行くと、大きな鳥居が建ってました。でもその道は正面の参道ではなく、西側の鳥居みたいです。鳥居をくぐり、境内を左手に見つつ更に進むと、重要文化財の立派な楼門に辿り着きました。ここが正面入口ですな。
 この神社では、毎年旧暦の正月十日に「儺追神事」通称「はだか祭り」という有名なお祭りが行われます。その所為なんでしょうか何なんでしょうか、手水舎の水が出る所、これは・・・鈴? 釜? はだか祭に「大鳴鈴」という物が登場するようだし、上部に「儺」「追」の文字が入っているので、きっと鈴なんでしょう。手水舎に鈴って相当珍しいんじゃないだろーか。


左から楼門(重文)、手水舎の鈴(暫定)、拝殿(重文)。

 参拝後、名古屋に戻って何故かハンズでポストカードとか買いあさってみたり、マックでマックシェイク100円飲んだりしてたのは私です。マックシェイク、普段は絶対飲まないんだけど、100円になると絶対に飲んじゃうんだよなぁ。しかも必ずバニラ味。100円の価値は大いに認めるけど、通常価格(200円?)程の価値は認められないのです。

 ・・・え? な、名古屋城ですと?? 何処にあるのさソレ? 目印のシャチホコないから判んないよ(笑)。


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・過去の「今日」。

2002年03月18日(月) 春やねえ。

■ 2005年03月16日(水)
  名古屋経由東京行き

 そんなワケで、明日から名古屋2泊の後、帰京です。例の如く月の障りで体調最悪の中、しかも明日は天気まで悪いというのに、名古屋行き。正直めんどく(ry

 名古屋は駅構内から出たことがありません。にも関わらず、万博の御陰でシャチホコが天守閣にいないと来ました。名古屋の価値半減です。

 桜の開花予想は当初よりだいぶ早まりましたが、それでもやっぱり間に合いそうにありません。初めっから期待してなかったんで別にいいんですが。

 次に広島で日記を書く頃には、もう春なんだろうなぁ。


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・過去の「今日」。

2003年03月16日(日) 思いのまま <画像あり>
2001年03月16日(金) 卒業旅行? <画像あり>

■ 2005年03月14日(月)
  アバウト料理

 お菓子を作る時なんかはある程度しっかり材料を量らないと、大変なことになったりしますが、おかず系は多少アバウトでも全然問題ないことが多い、ということをこの1年でものすごーく学びました。御陰で味の安定しない料理ばっかりですが、そんな私がとても励まされる番組があります。

 広島ローカルの「テレビ宣言にゅー」(広島テレビ16:50〜)という番組内で月〜金曜まで放映されている「今夜のもう一品」というお料理コーナー。このコーナーのお料理の先生を務める沖廣さんというオバサマが、そりゃあもうすごいアバウトっぷりなのです。しかも時間が押そうとちょっと失敗しようと決して動じない!

「●●がなかったら△△でも何でもいいんです」(何でもって何だ!)
「まあまだちょっと油の温度上がりきってないんですけどね」(時間押してるらしい)
「ちょっとくらい穴が空いてもどうってことないです」(ささみの筋を取って開いて一言)
「あらちょっと火が強かったアハハハハ」(ちなみに番組ではIHコンロを使用)
「まだもうちょっと火が通った方がいいんですけどね。もう時間ないですね」(メインキャスター焦る)

 ある意味、勇気づけられる番組です。そしてプロが料理してる筈なのに、妙にドキドキします。不思議だ。


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・過去の「今日」。

2003年03月14日(金) 謎

■ 2005年03月12日(土)
  辞書を繰る <画像あり>

 別に自慢でもないし、何でなのか理由も判りませんが、私、「辞書を引く」という行為はかなり早いです。国語辞典・漢和辞典・古語辞典・英和辞典・和英辞典・仏和辞典、種類は問いません。どんな授業でも中学でも大学でも、下手したらクラスで断トツくらいの早さで目的の単語を見付けることが出来ました。

 辞書は好きです。辞書を引くことがあると、ついつい目的の単語だけでなく、周りの単語のところも読んでしまったりしますし、辞書で「読書」すら出来ます。

 でも最近の学生さんは、電子辞書が主流みたいですね。

 確かに、カバンに英和・和英・国語とか複数の辞書入れてたら大変な重さになりますが、電子辞書ならあんな小さいキカイの中に何種類もの辞書が入ってるんですから、コンパクトでいいですよね。でも、全然楽しくない。

 何冊も辞書を持ち運ばなければならないような側面があるなら、電子辞書も致し方ないのかな、と思います。でも辞書のページを繰る楽しさも味わって欲しいなぁ、と思うのは、私が若くない証拠なんだろうか。

 辞書で気に入った単語に赤線引いたり付箋挟んだりするのも、楽しい行為なんだけどなぁ。


こんな資格持ってます。広辞苑十段(岩波認定)。



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・過去の「今日」。

2003年03月12日(水) 諸々雑感。

■ 2005年03月11日(金)
  やぶ医者!

 もうすぐ帰京するんだけれど、抗アレルギー剤がそれまで保ちそうもなかったので、初めて広島の病院に行ってきました。町内には皮膚科は(電話帳で見る限り)2軒。そのうちの近い方へ。最近は医薬分業が進んでいて、調剤薬局では処方薬の説明書きをくれるから、東京の薬局でもらっていた説明書きを持って行った次第です。

 朝イチで行った皮膚科は混んでいて、30分ほど待たされました。でも、診察室に入る前から「この病院はヤバそうだ」と思ったんです。

 まず、待合室と診察室の間の扉。普通、診察室って個室だと思うんですよ。中では患者のプライバシーがやり取りされるわけで、特に皮膚科なんて患部の位置によっては服を脱いだりもする。なのにこの病院の診察室の扉は、たとえて言うなら「西部劇の居酒屋」。きっちり閉まる普通のドアではなく、人の腰から頭程度の高さの所にスイングドアが付いているだけなんです。つまり、足下の方は丸見え。
 そして極めつけ。診察室に一度に複数の人が呼ばれるんですよ。診察室内が複数に分かれているとも思えなかったんですが、呼ばれて入ってみると、案の定診察室内にも待合いスペースがあり、診察されてる患者・薬の説明を看護婦さんから受けてる患者・待ってる患者1〜2名が全部同じ室内に。一応カーテンで区切れるスペースはありましたが、カーテンじゃ話は筒抜けでしょう。こんな田舎、同じ診察室内に近所の顔見知りの人がいたりすることもあるだろうに。

 慢性のアトピー患者というのは、何処の病院でも初診段階からさほどしっかりは診てもらえません。何年間も病院に通ってきて「アトピー性皮膚炎」という診断を何度も受けている訳で、その診断が覆ることはないからでしょう。でも初診は初診。普通の病院は、どの程度の湿疹がどこに出ているのか、いつ頃からアトピーで、今までどんな治療を受けたか、とか診たり訊いたりするモンです。しっかりした病院だと、新たに血液検査とかする場合もあると思います。
 でもここの医者は違いました。私が「アトピーなんです」と告げて薬の説明書きを見せると、「うちでも全部出せますよ、全部ありますから」と言い、それぞれの薬を何処に使っていたかを訊き、首の辺りと頭と肘の内側を少し診ただけで診察は終わってしまいました。

 更に薬を処方されてびっくり。私が今まで処方されていたメインの外用薬は、スチブロン軟膏というステロイド剤をプロペト(即ちワセリン)で薄めたものです。医者に見せた説明書きにも、ちゃんと「スチブロン軟膏 (局)プロペト」と書いてあります(※(局)は局方の意)。なのに、出てきたものはただのワセリン! 説明書きにしっかり「(局)白色ワセリン」と書いてあります。容器の蓋には御丁寧に「プロペト」と黒マジックで手書きしてあります。
 肝心のステロイドはよ!?

 薬剤師資格を持つダンナに訴えたところ、「ありえへん」と言われました。しかもただのワセリンなら処方して頂かなくても家にあるんですけどー。

 この病院には二度と行きません、絶対。もう1ヶ所もダメだったらどうしよう。


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・過去の「今日」。

2004年03月11日(木) 深夜のメッセージ <画像あり>
2003年03月11日(火) 葉書1枚のトッポちゃん <琴星商事資財帳8>

■ 2005年03月10日(木)
  白蛇・白蜥蜴・白天馬

 その日、私はどうやら祖母の家に居た。

 祖母は11年前に他界しており、その後は祖母と同居していた叔母一家が暮らしていた家。8年前には叔母も他界し、昨年にはその家も取り壊して、現在は従兄一家が家を建てて住んでいる。舞台は、私もよく知る祖母や叔母がいた、古い方の家。・・・なのだが。

* * * * *
「でっかい白い蛇がいた!」
 従姉が家に飛び込んで来るなりそう言った。確かにここは山に囲まれた田舎で、小さい頃、私も父と従兄と妹と散歩中に蛇に出会したことがある。だからって「でっかい白い蛇」って。
「うっそぉ」
 と窓の外を見ると、庭に従姉が言うように、本当にでっかい(長さは2mくらい)白い蛇がいた。
「いる! まだいるよぉ!!」
 窓越しに従姉と外を見る。ちょっと窓を開けてみると、白い大蛇に威嚇された。慌てて窓を閉め、従姉と二人大興奮。
 すると大蛇は、そのまま軒下へ移動を始めた。しっぽ(?)が覗いているくらいのところで、移動が止まる。
「うわー、下入っちゃったよー」
 その部屋には、掘り炬燵用の穴があって、その木組みの横に何故か隙間があった。ふとその隙間に目をやると、軒下の大蛇がはっきりと見えるじゃないか! しかも、そいつと目があった!
「下にいるぅう!!!」
 蛇なんてきっと細い隙間も通り抜けるんだ。部屋に入ってきたらどうしよう。コイツ、毒とかあるのかな。こういう時って何処に連絡したらいいんだろう。警察? 保健所?? テレビで良く大蛇を捕獲してる映像とか見る気がするけど、捕獲しているのは一体誰なんだ?
 母に何処に連絡したらいいものか尋ねると、動物愛護協会だと言われた。曰く、
「前に電話して捕まえてもらったわよ」
 前っていつどんな時だ。
 でも仕方ないので電話帳を繰り、動物愛護協会を探す。すると、軒下の大蛇に動きがあった。くるりと向きを変え、軒下を出ていく。
 ふと気が付くと、そいつには足があった。前足はしっかりと、後ろ足はかなり退化している感じ。足があるってことは、蛇じゃない。トカゲ? 白くて大きなトカゲ?? それって最早、珍獣の扱いなのでは?
 白い大トカゲは、家の駐車場を抜けて道路まで出ると、東を向いて立ち止まった。これからどうする気だろう? そのまま窓の外を見守る。すると、あろうことかトカゲの背中から羽根が生えてきたではないか!
 あまりに驚いて誰も一言も発せないでいるうちにトカゲの羽根は伸び、トカゲはいつの間にか白いペガサスになっていた。私たちが呆然としている間に、ペガサスはペガサスらしく空へと駆け上がり、飛んでいってしまった。

* * * * *
 ・・・なんて夢を見ました。何なんでしょうこの夢は。
 ちなみに、祖母の家には掘り炬燵はありませんでした。庭も実際とはちょっと違う感じ。更に夢に出てきた「従姉」は実在しません。夢の中の私が「従姉」と思っていただけで、一体誰なのか。
 何もかもが謎すぎます。


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・過去の「今日」。

2004年03月10日(水) 馬と桜と。 <画像あり>

■ 2005年03月09日(水)
  花粉症疑惑

 タイトルに反して、私は花粉症ではありません。春は大好きですし、黄色く霞む杉林の生い茂った山林を目前に眺めつつ、深呼吸しても何ともありません。まあ明日も大丈夫だという保証は何処にもないですけど。

 でも、多分大丈夫なんじゃないか、という気がするのは、単なる勘違いとか「自分は大丈夫」という根拠のない自信とかではありません。

 物心付く前からアトピー持ちで、ずーっとアレルギーの薬を服用しています(状態が良い時はサボりがちですが)。ここ15年以上処方されている薬が、ゼスランもしくはニポラジン。このふたつは名前(と製薬会社)が違うだけで、成分は同じです。抗ヒスタミン薬で痒みも緩和するというとてもありがたい薬なんですが、コレ、花粉症にも処方される薬だということを最近知りました。しかも、花粉の飛散する直前から予防的に飲み始めるんだそうです。

 てことは、私、15年以上も花粉症予防薬を飲み続けているってことじゃないですかい?

 そういうワケで、私、ちょっとやそっとじゃ花粉症を発症しないんじゃないかと思うんです、ハイ。昨日今日は花粉がとんでもないことになってるらしいですが、目も鼻も絶好調です。

 ちなみに、血液検査でブタクサにアレルギーがあることは判明しています(飽く迄も所謂「花粉症」の症状ではなく痒くなるワケですが)。でもブタクサがどんな植物なのか知りません。花粉は秋に飛散するらしいですが、そもそもどんな見た目でどんな所に生えているのやら。
 ブタクサアレルギーがある人は、瓜科のものでアレルギーを起こしやすいらしいです。確かにスイカやメロンの汁が皮膚に付着すると、たまらなく痒くなります(だから一口サイズじゃないと食べません)。胡瓜も、濃い緑の部分(皮?)が少ない状態のは苦手。
 一説にはバラ科もヤバイらしいんですが、リンゴで痒くなったことはないので、私は今んとこ大丈夫のよう。サクランボはアレルギーの有無とかじゃなく、種があるから好きじゃないです(笑)。
 ちなみに、スギ花粉アレルギーの人は生トマトでアレルギー起こすことがあるとか。

 でも一番のアレルゲンはハウスダストなんですが、掃除は嫌いです(爆)。だってちょっとくらいしなくても死なないしぃ。<ダメ


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・過去の「今日」。


■ 2005年03月08日(火)
  春めく日には牛を食べやう <画像あり>

 >>Spring has come.

 昨日までと打って変わって暖かい空気。寧ろ家の中の方が寒いくらい。春だ、春だよ。
 折角なのでiPod shuffleを連れて近くの川の土手をお散歩してきました。川には鷺やカモメ(海が近いので汽水域なのです)、更に(多分)シジミを捕る人も。
 梅は満開。オオイヌノフグリや菜の花も見かけました。写真はホトケノザ。春の七草のホトケノザは、正式にはタビラコと言うらしく、当然これとは違います(こんなの食べないもんね)。ホトケノザ、土手でいっぱい花を付けてました。

 このまま暖かい日が続けばいいんだけど、なかなかそうはいかないんだよなぁ。

 帰りにスーパーでお買い物。昨日、テレビで色んな銘柄牛肉を高い順に当てるみたいなクイズをやっていて、それを見て牛肉が食べたくなり、「挽肉じゃない牛が食べたい!」とダンナに訴えたところ、「うちは牛肉食べられないほど貧乏じゃないのよ?」と言われました。だから今日は牛じゃ! タスマニアビーフだけど牛は牛!

 寒いと冬眠モードで動かないので、今日は何だか久々に社会生活を営んだ気がします(ダメ)。


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・過去の「今日」。

2004年03月08日(月) 旅に出ない理由
2003年03月08日(土) 熱海より帰京 <画像あり>

■ 2005年03月06日(日)
  眠る日

 今日は一日寝ていました。朝、ちょっと用事があったので1時間ほど起きましたが、それ以外は夜7時過ぎまで布団の中。
 アトピーの状態は相変わらずです。それどころか、昨日は大変でした。

 昼過ぎ、夫と府中町のダイヤモンドシティまで買い物に出ました。その後、地元のスーパーにも行きました。で、そのスーパーにて。
 サッカー台で買った品物を袋詰めして、それが終わった時。袋を持とうとしたら、勢い余って傍にあったテープカッターで右手中指の第二関節下をざっくり(−−
 レジの仕事をしていた時は、レジ備え付けのテープカッターで結構頻繁に傷を付けていたんですが(軽くね)、こんなにざっくりいったのは初めてです。かすった、とかじゃなく、ざっくり刺さりました。当然、大流血。

 で、抗アレルギー剤と睡眠導入剤とPMS対策の抗鬱薬を飲んで、泥のようにふて寝していた次第です。まだ眠気が残っているので、うたた寝しようと思います。


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・過去の「今日」。

2004年03月06日(土) 地方在住者と地方出身者
2003年03月06日(木) マナー?

■ 2005年03月04日(金)
  血まみれスリープ・ディスオーダー

 物心付く前から、アトピー持ちです。幸いにして重症患者ではないのですが、大人になっても完治はせず、一進一退の状況です。あまり人目に付く所には皮膚炎が出ないのでそれと気付かれにくいのですが、人目に付かない所はそれなりに。最近酷い所は、頭です。

 で、昨晩遂にやってしまいました。無意識に後頭部の髪の生え際を引っ掻いていたら、爪の間が血まみれに�堯�゚∇゚lll)

 痒いと痛いよりキツイんですよ。そのうち枕が血で濡れそうです。いや、掻き破らなきゃいいだけの話なんですけどね、寝てる間の行動を制御するのは難しいことですぜ。寝たらうっかり同じ所を掻き破りそうで、あんまり眠れませんでした。

 高3の時にはうなじと膝の辺りが化膿し、大変なことになったことがあります。リンパが腫れて高熱は出るわ、とびひ状に拡がるわ、首に包帯ぐるぐる巻きだわ、学校休むわ(−−
 ちなみに休んだ日は受験用写真の撮影日だったので、個別に写真屋で撮るハメになったのを覚えています。学校行ったら英語の先生に「何か大変なことになってるね」って言われたのも覚えてます。


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・過去の「今日」。

2004年03月04日(木) 生活必需品
2003年03月04日(火) 体調不良

■ 2005年03月03日(木)
  夫婦という関係

 夫婦が10組いれば、10通りの関係があると思うけれど。

 「何がきっかけで結婚したの?」
 というような問いを投げかけられることがある。ずっと一緒にいたいから、法的に関係を保証されたいから、こどもが欲しいから。きっと、ひとにより色んな「きっかけ」とか「理由」とかがあるんだと思う。でもうちは「彼が広島で就職することになったから」が理由で、それ以上でも以下でもない。彼が東京(とその近郊)で就職を決めたなら、私は恐らくまだ結婚しなかっただろう。

 「結婚って、どう?」
 というような問いを投げかけられることもある。正直、特に何とも思わない。強いて答えを出すならば、「面倒だよ」。法的な様々な手続、相手の家族・親族との関係。しなくて済むのならば、しなくていいんじゃないか、と思う。

 女は経済的に自立出来るのならば、結婚なんかしなくていいんじゃないか、と本気で思う。扶養に入れないだけの稼ぎがあるのならば、結婚するメリットって何があるんだろう? ふたりの関係なんてふたりが承知していればいいことで、法律に認めてもらわなくたって別にいいと思うし。
 それでも私は稼ぎがないから結婚したんだけど。

 同じ屋根の下に暮らし、夜はほぼ同じものを食べ、同じテレビを見る。携帯は家族割だし、保険証はふたりでひとつだ。
 でも私は、朝起きてご飯を作ったりしないし、玄関でお見送りなんかしないし、毎日家中ぴかぴかに磨いたりもしないし、時間を掛けて夕飯を作ったりもしない。同じ部屋にいて同じテレビを見ていても、テレビを見ながらしてることは別々。夫の姓も名乗らないし、こどもは絶対にいらない。
 一般的な夫婦とは違うかもしれないけど、うちは二人がこれでいいと思っているんだから、これでいいと思う。「こんなのは違う」とどちらかが思ったならば、その時が残念ながらお別れの時なんだろう。

 10組いれば10通り、100組いれば100通りの関係があると思う。うち1組はこんな夫婦でこんな考え方だっていいじゃないか。

 夫婦なんて関係、到底ひとことで言い表せるものじゃない。


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・過去の「今日」。


■ 2005年03月02日(水)
  思うがままに

暴言。

■大塚愛って目元の辺りが飯島愛に似てませんか? 特に着うたか何かのCMで「黒毛和牛上塩タン焼680円」歌ってる顔。化粧が濃いってことか?(まだ若いのに・・・)

■ホリエモンの言動が上祐を髣髴とさせるのは何故でしょう? そのうちフリップとか放り投げそうじゃないですか?

■「言動がキツイので、洋服はパステルカラーを選んで柔らかく見えるように」とか広報担当の女性が言っていたホリエモン。でもパステルカラー似合ってない。絶対。

■世界一の癒しロボ「パロ」。でも睫毛が怖いの私だけですか? 鳴き声はもっと怖いんですけど。何か、危機感煽られるようで。あのくらいの周波数の音、私は苦手です。


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・過去の「今日」。

2004年03月02日(火) 宴の後
2003年03月02日(日) 瀕死

■ 2005年03月01日(火)
  3月なのに

 寒いことこの上ない。夕方見た天気予報じゃ、木曜は広島南部も雪だるまマークひとつ。と言っても所詮「広島市」辺りの天気だろうから、更に南の呉でも降るとは限らないんだけど。でも今冬は「雪ぃーっ!」っていう雪を(テレビと写真と車窓以外からは)見ていないので、思いっきり降ってくれてもそれはそれで全然構わない。

* * * * *
 iPod shuffle。現段階で感じる良い点と悪い点をそれぞれ。

 良い点。イヤホン(Appleインナーイヤー型ヘッドフォン)は付属で入っているんだけど、付属品の割には音は良いです。若干音が固いかな、とは思いますが、まぁ携帯プレイヤーの付属品なんだから、これでも万々歳でしょう。
 悪い点。確かに小さいんでしょうけど、幅がデカイんですよ。USBポートに接続して充電したりPCに入ってる曲を転送したりする訳ですが、横にふたつ並んでるようなUSBポートに接続すると、隣のUSBポートも死にます。私が使ってるノートPCの場合、右側にふたつ並んで普通のUSBポート、左側にDVDドライブはここにしか繋げないようになってるUSBポートがひとつ。つまり、CDから曲を取り込もうと思うと、左のUSBはDVDドライブで埋まり、右のどちらかにiPodを繋ぐと、マウスは使えないんですよ。困るなぁ。幅もサムドライブサイズで収めて欲しかった。
 もうひとつ。ユーザーズガイドの日本語が、英語直訳っぽくて頭悪すぎ。例えば「このセクションをお読みいただけば、iPod shuffleのバッテリーを充電する方法について知ることができます。」。これが見出し。説明文も一事が万事こんな感じで、読みにくいったらない。でも、英訳はしやすそうねw

 取り敢えず、1GBのうちの400MBくらいは曲を入れました。コイツは、本当に好きな曲だけ厳選して、
(1) 自分で考えて好きな順番で曲を入れ、順番通りに再生する(カセットテープのイメージ)。
(2) 順番は考えず、ランダムで聴く(多分、こっちがAppleが想定してる正しい使い方)。
 のどっちかで使うべきシロモノなんだろうなぁ、と思います。でもまだ判らないこといっぱい。

* * * * *
 今月下旬にはまた東京です。ひとと会う約束も(既に)いくつかあるし、少しは春らしく暖かくなってるといいなぁ。
 今回の帰京は、名古屋経由。名古屋で2泊してから東京入りの予定です。うまくいけば、万博のプレス公開見られるかも(父の仕事の関係で)。


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・過去の「今日」。


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