琴 星 商 事 日 乗
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■ 2005年05月31日(火)
  衝撃のBlogPet <画像あり>

 意外と知られていないことかもしれませんが、なにげに「エンピツ」(この日記を書いているレンタルスペースです)はRSS出力に小さく対応しています。

 RSS出力に対応しているなら、ひょっとしてBlogPetが飼えるんじゃなかろーか?

 小さな疑問が生じたので、試みに登録してみました。名前は・・・琴座の学術名Lyraから「らいら」にしましょうか。実際に設置しなくても、BlogPetの設定ページで動作状況が判ります。

結論:飼えなくはないです。

 何故、飼えなくはない、という微妙な表現なのかというと、エンピツの出力するRSSが現在ベータ版のようなものであり、最初に記した通り、「小さく対応」レベルであるということ。
 何度か設定ページにいるこうさぎ「らいら」をクリックして言葉を喋らせてみましたが、大した言葉は喋りません。何故か。RSS出力している部分が、日記のインデックス部分なんですね。日記の日付とタイトルがずらーっと出力されてるワケです。よって、やたらと「画像」という単語を口にするこうさぎ(画像のある日記には全部タイトルに <画像あり>と入れてるので)。
「画像?」
「大阪は・・・」
「注射ー!」
「東京♪」
「画像が・・・」
「経由?」
「画像ー!」
「飛行機雲・・・」
「大阪?」
 こんな言葉を発していたこうさぎ「らいら」。殆ど同じ単語の繰り返しです。しかし衝撃的な一言を発しました。


��( ̄□ ̄;)

 レ・・・レッサーパンダなんて何処に書いた!?

 しかもこの真顔で「レッサーパンダめ・・・」て!! こうさぎの右側に入った影がこんなにも恐ろしく感じられたことはないです。一体このこうさぎはレッサーパンダに何の恨みがあるのでしょうか・・・(ーー;)

 こっちのRSSにそんな情報がない以上、絶対BlogPet側が喋らせているワケですから、こんなところにも「風太」人気に便乗したヤツがいるんですね。レッサーパンダは立って当然だっつーの。きっとアナタのBlogPetもそのうちレッサーパンダへの恨み言を吐きますよ、ええきっと。
 関係ないけど、小中学校時代の友達のお兄さんの名前が「風太」だったなぁ。

 取り敢えず、RSS対応がベータ版じゃなくなったら、何処かに「らいら」が登場するかもしれません。今は登録したまま放置プレイ(笑)。
 つーか抑も「BlogPet」をBlog以外のスペースで飼おうという発想自体が間違ってるんですけどね('∇`)ヾ


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・過去の「今日」。

2004年05月31日(月) またしても里帰り

■ 2005年05月29日(日)
  秩父二社巡り <画像あり>

芦ヶ久保から見た武甲山 >>symbol
 秩父を訪れるのは何年ぶりだろう。
 国道299号を西へ、秩父の入口にランドマークのように聳える武甲山は、変わらずその無惨な山肌を晒していた。左手に決して見誤ることはないその山容(惨状)、右手にはその元凶であるセメント工場。道の駅で少し休憩して、299号から140号へ入り、奥秩父を目指した。

 旧大滝村。この春に秩父市に合併された奥秩父の山村、その最奥部に近い山中に、元天台修験関東総本山の三峯大権現こと三峯神社が鎮座する。月観道満山主入山500年記念事業の改修工事が昨年終了したので、久々に参拝した。
 以前訪れた時は随身門も拝殿も漆が剥げて何処か白々としていたのだが、改修を終えたそれらは日光東照宮のような鮮やかさ。
 参拝を済ませ、お土産に三峯神社御祈祷ワイン(源作印のロゼ)のハーフボトルを2本買って、門前でみそおでんを食べて山を下りた。

三峯神社随身門三峯神社拝殿お犬さまの狛犬

 もと来た道を下り、途中で左に折れて両神村へ。村の中心部にある薬師堂の前に、イワタケを食べさせてくれる蕎麦屋がある。薬師堂(目の薬師様)へ参拝してから、遅めの昼食。
 イワタケ。「タケ=茸」だけど、菌類ではなく地衣類だそうで。2000m級の岩場に寄生し、生長が大変遅い為、かなりの高級珍味。秩父ではイワタケが採れるところが複数あるらしく、祝い事の時などに食べたそうだ。
 ざる蕎麦にイワタケの寿司、イワタケと胡瓜の酢の物、山菜の天麩羅のセットで1000円。待っている間はウドの炒め物をサービスして下さり、競馬中継を見ながら山の恵みを賞味した。イワタケはちょっとコリコリしていて、表面がややざらついたキクラゲをちょっと柔らかくしたような感じ(キクラゲほどコリコリしてない)。

 いや、しかしディープインパクトは強い。しかも美しい。出遅れ癖があってホントに出遅れても、ダービーで5馬身も外からちぎるってどうよ。

左手前がイワタケの酢の物と寿司薬師堂近くにて

 両神村から小鹿野町を横切り吉田町へ抜けるバイパス(前は吉田まで抜けられなかった)を通り、長瀞町にある宝登山神社へ。以前、縁あって昇殿しての正式参拝したこともあり、更に今私が使っている箸はここの授与品だったりするんだけど、御朱印を頂き損ねていたので、片付けに入っていた授与所で宮司さんと思しき方に御朱印を頂いた。
 本当はロープウェーで山頂まで登りたかったんだけど、時間が遅かったので取りやめ。もっと暑かったら長瀞天然氷のかき氷なんかも食べたかったんだけど、暑くないからそれも取りやめ。またいつか来よう。

 帰りは皆野寄居バイパスは使わずに140号で花園ICへ。事故渋滞を抜けて三芳PAに入ると、関東平野らしい夕景が広がっていた。

宝登山神社三芳PAにて



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・過去の「今日」。

2004年05月29日(土) 古くても新しい曲?

■ 2005年05月28日(土)
  大阪→(多賀経由)→東京 <画像あり>

 昨晩広島を発ち、大阪の夫の実家で1泊、朝は1時間寝過ごし(ぇ)、一路東京へ・・・と言いたいのですが、その前に早くも寄り道。前にも訪れた日本最初毘沙門天・神峯山寺へ。
 神峯山寺の門前から参道は、青々とした楓で覆われてました。4月の始めにも来ていて、その時は「あと1週間遅ければ桜が綺麗だったろうに!」と思った気がするんですが、今回は「秋に来たら絶対綺麗!」と思いました。つーか秋に来よう。うん。
 前回は御本尊・毘沙門天の御朱印を、今回は役行者の御朱印を頂きました。2回とも同じ方(年配の女性)に認めて頂いたんですが、この方がまた達筆で、しかも書く前後に御朱印帳に手を合わせ、押された印の解説なんかもして下さる。毘沙門天の朱印には、皇室に縁があるということで菊の印が押されていました。で、今回の役行者の朱印。真ん中に押された印は、宝珠(焔珠?)の周りを2匹のムカデが取り囲んでいるというもの。これは毘沙門天のお使いがムカデだからなんだそうです。何で毘沙門天の朱印にそれを使わずに役行者のに使うことになったんだろう。役行者に菊紋はまずかったからか??

 神峯山寺を後にし、一路高速を東へ。まっすぐ東京へ・・・・・行かないんです(笑)。
 次の立ち寄り地は、多賀。名神高速の多賀SAに車を止め、車を置いたままお多賀参りです。
 SAから(看板によると)1.2km、徒歩20分くらいでしょうか。旧官幣大社、「お伊勢参らばお多賀へ参れお伊勢お多賀の子でござる」と謳われる多賀大社へお参りです(伊勢行ってないけど)。あ、「お伊勢参らば・・・」の意味は、伊勢内宮の御祭神・天照大神は、多賀大社の御祭神・伊弉諾尊と伊弉冉尊の子だよ、子供にお参りしたら親にもお参りしなよ、ってことで。

 多賀大社は楼門や本殿が修復中のようで、覆いが被されてました。拝殿は終わったのか綺麗。杓子が有名みたいで、杓子形の絵馬もいっぱい奉納されてました。
 門前に数軒並ぶ土産物屋さんが、昔の街道筋に建ってた様な店構えで風情があったんですが、その中にあの梅宮●夫の人形が立ってたのには興ざめでした(笑)

 SAから多賀大社へ至る道すがら、空き地の中にぽつんと放置された機関車がありました。それもD51。放置って、こんなもの置いとける人間は限られてるだろうに。何の為にこんなところにSLが?

 すぐ傍にあった胡宮神社にも寄ったら、境内にあった周辺地図で、さっきのD51のあった場所は「SLパーク」なのだと判りました。今はD51だけだけど、昔はもっと何かあったんだろうね。あんな所に野晒しなら、近くの小学校とかの校庭に置くとか出来ないのかなぁ。ものすごく哀愁を感じる光景でした。


左から神峯山寺、SLパーク、多賀大社の絵馬掛け。

 さて、今度こそ東京目指して一直線。名神、東名を東上します。

 天気の良い時には富士山が目の前に聳える富士川SAに寄りました。でも今日は霞がかっていて、富士の裾の方しか見えません。富士山見ると「帰ってきたー!」って感じがするのに。残念。
 SA内で釜揚げしらすとかはんぺん(静岡のはんぺんは黒い)とか試食しまくり、外に出ていた農産物や植木の直売みたいなのを冷やかしていたら、何処からともなく猫の鳴き声が。
「みゃ〜」
 猫!!
 立派な体格のぶち猫がそこに。首輪もしてないしえらく人慣れしてます。捨て猫上がりか野良猫か。撫でてやるとその場にごろんと体を横たえます。かーわーいーいー。いかん、可愛すぎる。しらす食ってないで持ってくれば良かった。
 というわけで、私がゴロゴロ遊んでる間に、夫が試食用しらすを取ってくることになりました(エヘ)。
 ゴロゴロ遊んでたら、直売のおじさんが声をかけてきました。
「姉ちゃん、そいつ連れてってやってよ。あっちの方で飼われてるんだけどさ、あんまり可愛がってもらえてねえみたいで、しょっちゅうここに家出して来てんだ」
 何とまあ可哀想に!!
 そう言われても、広島の家も東京の家もペット禁止だし。つーか可愛がってもらえてなくても一応飼い主いるんだし。しらすを食べさせサヨナラしてきました。きっとこうやって肥えてるんだな、うん。
 うちのおとんへのお土産にわさび漬けを購入し、日が暮れる前に東京に着きました。わーい久々ー(ゆうても約2ヶ月ぶりですが)。

 >>あんまりにも可愛かったんだい。

 途中、名神から東名に変わる辺りで、約120km/hで走行を続けるフェラーリ(品川ナンバー)に出会いました。追越車線を走っても煽られれば道を譲るし、走行車線を普通に走る。一体何の為のフェラーリなんだろう(まあ120km/hでも道交法上は十分速いんですが)。


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・過去の「今日」。

2004年05月28日(金) 家守

■ 2005年05月25日(水)
  注射打っとく?

 土曜日、皮膚科で抗アレルギー剤の注射を打ちました。皮膚科で血液検査以外の注射は初めてです。それが効いてるのか、大量の飲み薬がいいのか、将亦塗り薬が最強の1群に分類されるステロイドだからか(プロペト混合だけど)、或いは大掃除をしてアレルギー物質(ハウスダスト)が減った所為なのか、とにかく肌状態はかなり良くなってます。

 注射を打ったのは相当久しぶりです。東京でかかりつけにしてた内科は、殆ど注射とか点滴とかしない病院でした。風邪で行くと必ず注射とか点滴とかする病院もありますよね? でも私が行っていた病院は、20年以上お世話になってましたが、急性胃炎で深夜に担ぎ込まれた時に痛み止めを打ったくらいしか、注射の記憶はありません(血液検査は除いて)。だから私の中では注射=予防接種というイメージが強いです。

 今回行った皮膚科は、内科や泌尿器科、外科もやってる「何でも個人病院」でした。私が行った時はたまたま人が少なかったのですが、注射を終えて待合室に戻ると、人が3倍くらいに増えてました。しかも、注射を終えたばかりと見られる腕を押さえた人が数人。
 どうも注射の好きな医者のようですね。どうりで看護婦さんも手慣れてました。

 東京のかかりつけ内科はあまり注射しないので、看護婦さんもイマイチ注射慣れしてませんでした。私は血管が細くて、下手な人はホントにいつまで経っても針が刺さらないんですが、急性胃炎で痛み止め打った時の看護婦さんがまたヘタクソで、何回腕に針刺されても血管に刺さらず、終いには腹が痛いのか腕が痛いのか判んない程でした。

 注射のしすぎもどーかと思うけど、ある程度した方が(看護婦の技術的に)いいのかもしれない。


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・過去の「今日」。


■ 2005年05月21日(土)
  飛行機雲の多い日 <画像あり>

 >>神社境内より

 黄砂の所為なのか夕方から曇るからなのか、将亦北朝鮮の山火事の影響か、今日はとても飛行機雲の多い日でした。しかも、一度出来たものはなかなか消えない。風に流されて太くなったり切れ切れになってくるくるになったり。

 ちなみに今日は親鸞上人の御誕生日だそうで。朝刊の広告に地区の「親鸞上人鑽仰会」の広告みたいなのが入ってました。曰く「このよき日をお祝いいたしましょう」。流石真宗王国安芸(真宗王国というと一般に加賀とかの北陸方面を差すようですが、安芸と播磨もそうなのです)。去年は全国紙を取ってたので、こんな広告入ってなかったんでしょうね。全国紙はマイナーらしく広告の量が少ないし態度も対応も悪かったので、今は中国新聞を取っています。中味も広告も地方色満載。
 個人的には浄土真宗は好きじゃないので、真宗王国てのはいただけません。

 もうすぐ帰京するんですがアトピーがどうにも痒くてならないので、車で30分もかかる山の中の病院まで行ってきました。
 血液検査に抗アレルギー剤の注射、さらに色々薬も出て(今まで1種類だった飲み薬も4種類!)、病院と薬局併せて1万円とちょっと! 医療費高え〜!!
 前行った地元の医者は信用なりませんが、いくら1回限りの検査代も含まれてるとはいえ、これは家計を圧迫するぞ。しかも一人じゃ行けない(笑)。取り敢えず、東京から戻ったら、検査結果をもらいに1回は行かなきゃならないですが。

 帰り、山の中まで来たついでに、通りがかるたびに気になっていたやや大きい神社に寄りました。小振りの社殿はそれなりに古そうですが、どうも建て直す計画が進んでいるようです。社務所は既に新しくなってましたが、社殿が古いうちに来られてよかった。名称からは何を祀る神社なのか判らなかったのですが、鳥居の扁額に「八幡神社」とありました。八幡様なのね。
 本殿の裏手に回ると、へびいちごが実を付けてました。あと2週間ほどで平年は入梅。今が一番爽やかな時期なんだろうけど、へびいちごは爽やかではないか?


帰宅したら車の走行距離がぴったり33333kmになりました♪

 お昼に蕎麦を食べてから、冬物をクリーニングに出し、布団も干し、大掃除。ハロゲンヒーターも冬用の布団も仕舞って、そろそろ家中夏支度です。


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・過去の「今日」。

2004年05月21日(金) タキシードの突撃隊 <画像あり>
2003年05月21日(水) 親子

■ 2005年05月19日(木)
  人が馬を愛すように、馬も人を愛している。 <画像あり>

 >>Run for us.

 昨日に続き、今日も「ファイト」見ました(というより、見れました)。以下、今日のストーリーに触れますので、ネタバレ注意。

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 サイゴウジョンコのいる群馬県競馬の村上厩舎に通う主人公・優。ジョンコは先日、中央競馬に出走して見事G1に挑戦する権利を得ています。馬房のジョンコを見つめる優。少し離れたところに調教師の村上さん。
「ジョンコ、疲れてるね」
 ジョンコを見つめたまま、ジョンコに語りかけるように呟く優。

 狭い部屋の中で顔を付き合わせているのは、村上さん・馬主の西郷さん・厩務員の太郎くん。優は3人に背中を向けて、ひとり土間(?)の椅子に座ってます。

「ジョンコさんは勝てますか」。馬主の西郷さん。
「勝てるに決まってるじゃないですか」。やる気マンマンの太郎くん。
「勝てる調教をすれば勝てる。でも、それをやると、故障してしまう可能性が非常に高い」。苦渋の表情で語る村上さん。
「故障って?」。立ち上がり振り返る優。
「競走馬として、命を絶たれてしまうことだよ」。
 ジョンコを走らせないでと懇願する優。それに対し、「ジョンコはお前のオトモダチじゃない。ジョンコは走る為に、勝つ為に生まれてきた。二度とないチャンスなんだ」と血気盛んに反論する太郎くん。西郷さんが呟きます。
「ジョンコさんはもう、私だけのものじゃないんです。地方競馬のファン、全国のファンが期待している」
 群馬県競馬のスターホースになっていたジョンコ。地方競馬の星として、日本中の競馬ファンが注目する存在。

 ジョンコは、みんなの為に走ることになりました。

 部屋に残っているのは、優と太郎くん。太郎くんはジョンコのG1挑戦が決まって張り切っています。そんな太郎くんに「ジョンコを走らせないで」と尚も懇願する優。だってジョンコは疲れてる。ジョンコが壊れちゃう。
「そう思うなら、もう此処へは来ない方がいい」
 太郎くんは、そう言って部屋を出てしまいました。

 再び馬房。しばらくジョンコを見つめていた優。柵をくぐってジョンコの「部屋」に入り、ジョンコの首筋に頬を寄せます。そして、涙、涙。

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 競走馬は、レースを走る為に「生産」されています。だからジョンコも「走る為に」「勝つ為に」生まれてきたんです。でも今は疲れてる。勝つ為の調教をすれば、故障するかも知れない。

 決して、テレビの中の話ではない筈です。

 私だって「競馬」を通じて「馬」と触れ合う一人。応援する馬がレースに勝てばとても嬉しいし、出走しているだけでも見ていて楽しいです。でも、好きな馬がレースの所為で命を失う悲しみも知っています。テレビ中継で、その「瞬間」が流れてしまうこともあります。斃死。予後不良、即ち安楽死。レース中に心不全とか起こしてそのまま死んじゃう馬、「粉砕骨折」とかで安楽死の処置を取られる馬。毎週のようにいるんです。

 今年のJRAのブランド広告キーワードは「人が馬を愛すように、馬も人を愛している。」。
 競馬って、馬好きには自己矛盾の種ですね。

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 「ファイト」ですが、優はここから様々な紆余曲折を経て、牧場経営の道を志すらしいです。でも、物語の大まかなあらすじの中でジョンコのその後については触れられていません(主人公は優だからねぇ)。
 ジョンコ、壊れちゃうんだろうか。
 かなり不安です。壊れたら号泣だから、絶対。


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・過去の「今日」。

2004年05月19日(水) 本の厚みと満足感 <画像あり>

■ 2005年05月18日(水)
  忘れていいよ <画像あり>

 >>東京競馬場にて

 たびたび日記で触れているNHK朝のテレビ小説「ファイト」。実は触れているほど見ていません。寧ろ「見たら触れる」くらいの感じで、見たら何か書き留めたいことが浮かんでくるような状態なのです。

 今週(第8週)は今日が初見でした。この「ファイト」、題字やイラストは漫画家の西原理恵子氏が担当してるんですが、西原女史の手によるエンディングイラストがまたいいのです。
 彼女の描く漫画やイラストには、爆笑させられ、時にとても泣かされます。今回は後者、泣かされる方。

 今日放送の「ファイト」では、主人公・優が両親(ちなみに緒方直人と酒井法子)にサイゴウジョンコのいる厩舎へ通うことを厳しく咎められます。そんな今週のエンディングイラスト。馬に語りかける女の子(優?)の絵。添えられた言葉は、

わすれていいよ わたしはわすれないから

 忘れていいと言える強さ、忘れないと言える強さ。そして、忘れていいよと言わなきゃいけない悲しさ。しかも、それが馬相手。
 駄目です。今回も泣けました。

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 ちなみにサイゴウジョンコ役の馬は、正真正銘、元競走馬です(「ファイト」HP内「ジョンコ役が決まるまで」参照)。ダンスアワルツという名で3戦してるんですが、人気も着順も全然でした。1銭の賞金も稼がずに引退し、競馬学校の教習馬となった彼女ですが、まさか女優として朝ドラ出演するとは馬主(タマモ)も思わなかったでしょうねぇ。
 そんなサイゴウジョンコことダンスアワルツ号の競走馬としてのプロフィールはコチラ(Yahoo!スポーツ 競馬)。競走馬時代の写真もコチラにありました。レースシーンで走っているのは彼女ではなく、本物の高崎競馬の映像を使っているようです(取り敢えず初勝利はこのレース映像らしい)。勝った馬もダンスアワルツと同じミシル産駒。しかしレース名「元の局長賞」ってどーよ? そのレースに涙している自分は取り敢えず置いといて(爆)。
 ちなみに鞍上は水野貴史騎手。このレース時は高崎競馬所属でしたが、4月から浦和競馬に移っています(高崎競馬は廃止されたので・・・)。

 更に余談ですが、高崎競馬最後の日(2004年12月31日)は高崎は雪でした。最後の日なのに、降雪の為、第9レース以降は中止。せめて、この朝ドラが終わるまではなくならないでほしかったなぁ。

 東京帰った時、馬事公苑行ってこようかなぁ(競馬場も行くけど)。


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・過去の「今日」。


■ 2005年05月17日(火)
  御神籤引いてみる?

 御神籤って年に何度も引いても仕方のない物だと思うし、ましてや日に何度も引く物じゃないと思ってます。だから寺社に詣でても滅多に引きません。
 でも寺社のサイトに訪れた折、ちょっとした「仕掛け」で御神籤があったりすると、試みに引いてみたくなります。何より、これはタダですからね。

 今日引いてみたのは、三国成田山。成田山福井別院のサイトです。
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成田山おみくじ
第62番 大吉
災轗時時退
いままで苦労していた災害や悩みが、時間と共に次第に消えていく。
名顕四方揚
あなたが立派な人物であるという評判がたって、その名声は遠く四方に広まっている。
改古重乗禄
人の上に立って立派な仕事をしているので、報酬も次第に上がってくる。
昇高福自昌
地位がさらに高くなり、ますます財産もできて幸せな生活を送る。

●凡人はあまり恵まれすぎて、位負けすることがあるから注意。万事に控え目にして、人の憎しみをかわないように。信仰を深めること●慶事たくさんある●病気全快する●待人必ず現れる●失物出てくる●訴訟願った通りに勝てる●住居新築・転居はよい●縁談めでたくととのう●旅行順調に進む●商売売りは見合わせる。買いはよい。
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 ・・・何やら仕事で甚だしく成功しそうな気配ですが、仕事してない私はどうなるんでしょう? カリスマ主婦?(如何にして日々の家事をせずに過ごすかがキモ) 何だかいきなり位負けすること必至です。取り敢えず、訴訟事は今のうちに済ませるのが肝要のようですな。ふふ、誰(or 何)訴えちゃおうかしら( ̄m ̄*)ププ

 続いて成田山名古屋別院のサイト。
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成田山おみくじ
第1番 大吉
七寶浮圖塔
金銀珠玉の七宝を散りばめたる 宝の塔なり 人ならば 位のある人なり
高峰頂上安
高き峰の上に立たらば いよいよ尊く見ゆるぞとなり
衆人皆仰望
衆人右の塔をみて ほめてながめる
莫作等閑看
右の塔は立派なので なをざりにみてはいけない 信じてみよとの心なり

●あなたは威勢強く万人に尊ばれる形、重き役についたり物の頭となる。善根をつみ身をつヽしみ祖先を敬い果報の絶えないようにすべし●神仏を信じてよし●病気は回復する●待人少しおそい●よろこび事十分あり●訴訟事叶う●失物急に出ず●買物は利ある●建築引越縁談就職旅行万事吉●このみくじは頂上にのぼりたる形なれば諸事油断せず十分注意すべし●勝負事勝、途中で注意
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 大吉って引く時は続けざまに引き当てますよね。やっぱり運が向いてる時ってあるのかなぁ。大凶を続けざまに引くヤツもいるし(マジ)。

 取り敢えずもう頂上らしいので、あとは転げ落ちるのみ・・・・・・なのか? やっぱり訴えるなら今のうちってことで(うふ)。


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・過去の「今日」。


■ 2005年05月14日(土)
  今更だけど今年度のスケジュール帳 <画像あり>

 東京に帰ったり出雲に行ったりしていたら、今年度のスケジュール帳を用意するのをすっかり失念していた。昨年は2月に入手したのだけど、その手帳が今年の4月まで記入できたため、気が付くのが大幅に遅れたのだ。
 去年は新宿マイシティのBleu Bleuetで買ったから、同じシリーズのものが広島パルコのBleu Bleuetにもないだろうかと先週見に行ったのだけれど、同じものはおろかスケジュール帳自体、かなり大型のものが1種類しかなかった。時既に遅し、か。
 それでもスケジュール帳は暇人なりにないと困る(暇人故にたまに予定があるとしっかり記録しておかないと忘れる)ので、今日は広島そごうに入っているロフトに行ってみた。すると、中身は去年のと同じで、外側はやや茶色がかったグレーのシンプルな手帳を見付けた。中身は去年のと同じ、即ち、サイズは全く同じ。シンプルさ加減も気に入った。お値段も、473円。はい、お買い上げ。

 家に帰って、取り敢えず今年の2月から先の予定を去年の手帳から書き写し、去年のにはなかった今月以降の予定も書き入れる。そして透明なビニールカバーを一度外して、シンプルな表紙に、とあるシールをぺたっ。最後に去年の手帳に挟んでいた切手やシールや写真(というよりアルバム)なんかを今年のそれに移し替える。

 はい、今年度のスケジュール帳、準備完了っ。

 >>とあるシールは当然、これっしょ(笑)。

 遅ればせながら、今年度もたくさん、ハッピーな予定を書き込めますように。


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・過去の「今日」。

2004年05月14日(金) 外は晴天、私は・・・。
2003年05月14日(水) ささやかな悦び

■ 2005年05月13日(金)
  一人の夕飯

 一人で夕飯を摂ることは、殆どありません。夫もこっちに親戚や友達がいるワケじゃないので、いつも二人の夕飯です。
 でも今夜は、新年度が始まって間もない時期恒例の、教授と学生との飲み会があるそうで。私は一人で夕飯です。

 一人分の「食事」を作るのは非常に面倒です。折角ダンナがいないんだから、ダンナが嫌いな物も食べられない物も食べたい放題。でも一人分作るのは面倒臭い。

 でも、一人分じゃないと(私は)作るのが面倒な食べ物があります。ふふふ。それは

ラーメン♪

 私のインスタントラーメンにかける意気込みはかなり以前にも語っております(この時は誰かさんにインスタントラーメン如きを前の日から食べようと準備しないとか全否定された気が)。今回もサッポロ一番みそラーメンですよ。特売の時に買い込んであるんですが、普段昼ご飯はお菓子で済ますわ二人分一緒に作るのは面倒だわで滅多に食べないんです。
 ちなみに、何で二人分作るのが面倒かって、私がラーメンは超固茹で派(博多ラーメン的に言うとハリガネ?)なので、「3分」と書いてあっても1分半しか茹でないものですから、他人の分のラーメンと一緒には茹でられないんですね。カップラーメンでもそう。「5分」って書いてあったら3分で開ける。カップヌードルはどうやっても伸びたラーメンの味しかしないので、好きじゃありません。

 閑話休題。
 冷蔵庫には長葱もあります。玉葱もあります。冷凍庫には冷凍コーンもあります。焼きのりもあります。
 そして、たとえ全否定されようとも、今回も当然、昨日の昼からシャトルシェフで煮卵作ってます。4つも仕込んだので、さっき昼ご飯にひとつ食べてみました。今回はいい感じに完熟で、中まで味がしみてます。これであとは麺を茹ですぎさえしなければ、今夜のラーメンは勝ったも同然。

 ああー久しぶりのラーメン〜〜♪(自分でもこのテンションの意味が判りません)


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・過去の「今日」。

2004年05月13日(木) 本棚 <画像あり>
2002年05月13日(月) 家族の肖像〜うちのじいちゃん(母方)編〜

■ 2005年05月11日(水)
  知恵袋

 最近、Yahoo!知恵袋にハマッてます(爆)。
 以前にもちょこっと覗いてちょこっと回答したりしたこともあったんですが、本格的にやってるのは、知恵袋が1周年を迎えた約1ヶ月前からです。なのに現在、貢献度ランキングで3ケタになってしまいました。殆ど回答専門ですが、BA(ベストアンサー)率は15%程度で推移しています。

 BA即ちベストアンサー。質問者が、回答の中からひとつだけ「これ!」という回答を選ぶものです。これに選ばれると、貢献度20点が貰えます。真面目な質問には真面目に、ネタ質問にはネタ回答、マニアック質問にはマニアック回答で返してます。

 問題は、貢献度ランキングで100位以内に入ってしまうと、ランキング表に登場することになるのでIDが嫌でも晒されてしまうということ。全てID非公開で質問・回答しているので、IDがランキングに出て来てもどれが私の投稿したものかは判りません。でも何か嫌だなぁ、と思うワケです。
 なので、100位が近付いてくるような事態になったら、別IDでの知恵袋に換えようと思ってます(笑)。上には上がいるので、なかなか100位は近付かないと思ってるんですけどねぇ〜。1500位くらいまではあっという間に来ましたが。

 そんなワケで、ますますヒッキーです。お外は紫外線と虫が恐いし〜(ぉぃ

 でも地元の映画館(市の中心部にある)でやってる「阿修羅城の瞳」がちょっと見たい今日この頃です。市美術館の特別展(今週末まで)もちょっと気になってます。でもどっちも駅から微妙に遠いし、行かなそうな気配がプンプン(−−

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 そんなことしつつも、梨木香歩「家守綺譚」読了。物足りない人には物足りないかもしれないけど、私は「良かった」と思える本でした。


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・過去の「今日」。

2004年05月11日(火) 証明写真

■ 2005年05月10日(火)
  軽々、夏支度。

 美容院は、正直好きじゃない。知らない人・親しくない人と接するのは煩わしく思う方だし、しかもその人達に髪を触られる。それなりの時間を拘束されるのもまた煩わしい。場所が場所だけに、ある程度お洒落をして行こうと思うし、それはまあ楽しいのだけれど、面倒な部分も否定出来ない。

 厭なら自分で染めて切れ、という話だが、染めることは出来ても(こっちはそこそこ自信がある)、髪を切れるほど器用ではない。今まで何人か「自分で髪を切っている」という友人に出会ったが、それはもう尊敬に値することだ、技術か勇気の少なくともどちらかは。

 でも、このまま伸ばすにしても切るにしても、そろそろ美容院に行って毛先を切るなりバッサリいくなりしないと、本当に怠惰に伸ばしただけの髪なのだ。元々少なくはない毛量だから、いい加減重い。カラーも、年末に自分で染めて以来だから、かなり根元の黒い部分が目立ってきた(これは、ズボラというよりアトピーの都合)。

 もう流石にヤバイぞ。行け。行くんだ自分。女だろっ。

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 東京以外の土地で美容院に行くのは初めてのことだ。地元の有名店のサイトをチェックし、女性スタイリストがいることを確認して(男性に髪を触られるのは苦手なので)電話。今日OKということだったので、行ってきた。

 はじめまして、と挨拶を交わしたスタイリストさんは、おっとりした広島弁を喋る方だった(多分、私より少し若い)。アシスタントの女の子(明らかに私よりかなり若い)は、そこまで強い広島弁ではない。オフィシャルな場では標準語の敬語で話そうとしている感じ。
 最初にバッサリ10cmか15cmくらい切ってもらって、それからカラーリング。そのあと、再度ハサミを入れて毛先の調整をして、ブローして完成。トータルで3時間強。大半はカラーリングの待ち時間だろうけど、やっぱり時間が掛かる。
 カラーリングの待ち時間といえば、この美容院ではその間のドリンクをメニューから選ばせてくれた。今まで行ったところでは、コーヒーか、ミネラルウォーターか、くらいで殆ど選択肢もないか、いきなりコーヒーが出てくるか、という感じだったけれど、ここはカルピスやら烏龍茶やらかなりの選択肢があって驚いた。慣れない場に長時間座らされて渇いた喉に、オレンジジュースが美味しかった。

 ファッション誌をあんなに読んだのも久しぶり。女の人と顔を見ながら会話をしたのも久しぶり。スタイリストさんとアシスタントさんが訊いてくるから聞かせた東京の事象(最近は余り見ないヤマンバギャルとか、着ぐるみ着て歩く子とか、芸能人がバイト先に買い物に来るとか)は、「事実」として目の前で語られると彼女らには結構衝撃的であるらしい。

 会計を終えて外に出ると、春と夏の間の風。この時期の広島は本当に空が白くて、酷い時には晴れているのか曇っているのかもよく判らない程だ。今日も来店時にはかなり空が白かったが、日の傾きの関係なのか純粋に黄砂が減ったのか、帰り道の空は少し青かった。それでもまあ、東京並ってとこだけど。

 さあ。アタマが軽くなった分、夏に向けて少しは身軽に動くのだ自分よ!


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・過去の「今日」。


■ 2005年05月08日(日)
  青空よ。 <画像あり>

 >>view from a car window

 金曜の雨で黄砂とかが洗い流され、土曜の晴天は久々にとても気持ちのよいものだった。
 晴れていても東京より白い空。それが春の広島だが、雨のあとだけは違う。黄砂さえなければ、田舎の青空、そして新緑だ。全てが明るく、はっきりと見える。空気の不純物が流れ落ちるだけで、こんなにもコントラストの強い景色になるなんて。

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 先日、実は思わぬ偶然から思わぬ仕事の話をもらった。臨時職員だけれど、自分の専門が活かせて、給料も東京と比べても遜色はない(同様の仕事の場合、だが)。ましてや、望まれて就ける仕事。これだけ好条件の揃った仕事は、そう簡単にはないだろう。

 でも諸事情あってお断りさせて頂いた。

 先方は、「まずは1ヶ月」と言ってきたが、話を聞いていると「それで(私側に)不都合がなければもっと長期で」ということのようだった。しかも、フルタイムで週休2日。勤務先は市の中心部で始業時間も夫より30分早いから、もしこの仕事を受ければ、朝は夫とは顔を合わせないことになる。洗濯も掃除も、仕事の日は出来ない。何より、自分の時間がなくなるのが嫌だった。

 学生時代に体調を崩したこともあり、私は1日6時間以上で週5日という勤務を経験したことがない。そういう働き方をすれば保たないことが判っていたから、そういう仕事は選ばなかった。働きたいという願望は呆れるほどないし、特にお金の掛かる趣味もないから、寧ろ年収100万以内に抑えて父の扶養を外れないでいることの方が大事だった。

 今もそれは変わらない。体調は今でもかなり波があるし、働きたいという願望は相変わらずない。有難いことに外で働く必要すらなくなった。自分のやりたいことをやりたい時に出来る自由さは何物にも代え難いし、夫の扶養を抜けるのも困る。家事も出来ないんじゃ本末転倒だ。しかも、この仕事は休みが土日ではない。定休は火曜で、土日は休めたとしても隔週。それじゃ夫に車で買い物に連れて行ってもらうことも、競馬中継を見ることも出来ない。2、3ヶ月に一度は帰京しているし、他にも夫の出張の際は同行して一人で近くの寺社や観光名所を巡る。つまり2ヶ月に一度は、1週間前後の長期休暇が欲しい。
 やりたいことを我慢して働くのは、仕事内容や条件がどれだけ合致しても、仕事を求めていた訳ではない私にとっては、本意ではなかった。

 本当にそれだけのことだ。

 正直に言えば、「この条件では無理だ」とかなり早い段階で判断しつつも、心の中ではかなり迷った。断ってからも、血圧が下がるくらい自分の判断に悩んだ。

 でも雨上がりの抜けるような青空が、迷いや悩みは吸い取ってくれた。と、思う。

 お金に困っている訳でもないのに、無理して働く必要なんかない。無理をすれば、必ず何処かにひずみが生じる。そのひずみが、自分を壊す原因になりかねない。

 無理はしない。それが自分にあった生き方だと、この年になって改めて気が付いた。
 私は、私に出来ることを、のんびり、無理のない範囲でやろう。

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 誰ですか早くも老後みたいな生活だとか言うのは。

 今月末から、大阪経由で帰京します。来月下旬には北陸行きです。金沢滞在中に、富山に住んでいる友人と、高岡で会う約束をしています(金沢は既に観光済みなので)。こういう時間が取れなくなるのは、絶対に嫌なの。


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・過去の「今日」。

2003年05月08日(木) 低く見せたい

■ 2005年05月04日(水)
  御仏の前でサバイバル <画像あり>

 何だか最近、宗教がかった日記ばっかりですか? 私自身は無宗教なんですが。でも申し訳ないことに今日も仏像とお寺のお話です。

 先日、声明を聴きに行った倉橋島にまた行ってきました。理由は、声明の際の日記にも書きましたが、倉橋町本浦にある真言宗寺院・白華寺の本尊。十一面観音菩薩立像(県重要文化財)の御開帳です。明日までなので滑り込みで見に行きました。

 白華寺のある本浦地区は、先日声明コンサートが行われた桂浜から決して遠い場所ではないんですが、お寺はめちゃめちゃ山の上にありました。上の方は大きな岩また岩。完全に山岳修験じゃないかこれじゃ。
 車がギリギリ通れるくらいの道を何とか登り、道の行き止まりにあるのが白華寺。山門へ至る階段の下へ車を止めて、階段を登・・・・・。
 ・・・・・の・・・・ぼ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
けけけ毛虫ィイィ�堯�゚∇゚‖)//
 其処にも此処にも毛虫、毛虫、毛虫。緑のヤツから黒いのまで、有り得ない数の毛虫が。自慢じゃありませんが都会生まれの都会育ちのワタクシ、虫は大っ嫌いです。毛虫ですよ毛虫。上から降ってきたらどうしようお願いだから来ないでぇぇえ(/Д\)。゜
 落っこちてる毛虫を避け避け階段を登り切ると、先日の声明の際に確かにお顔を拝見している御住職。
「どーぞどーぞ、上に上がってお近くで拝んで下さい」
白華寺本尊 十一面観音菩薩立像 手で指し示された私たちの正面、開け放たれた御堂の中に、開け放たれた厨子。その中に、今回11年ぶりの開帳となった御本尊・十一面観音様が。すぐ真ん前まで行って見て良いそうなので、取り敢えず通常の堂内での参拝位置に座って心の中で般若心経唱えてから、失礼して真っ正面へ。
 基本的に17年に一度の開帳なんだそうですが、1993年秋に県重文に指定されたことを受けて翌春に特別開帳したので、今回は11年ぶりになるのだそうで。17年ごとにしか光を浴びてこなかったから、必然的に良好な状態で保存されています。流石にこないだの国宝第5号の如意輪観音とは古さを考慮しても全然違いますが、それでも十分綺麗で立派な仏様。行基作とも伝えられるそうなんですが、調査では一応鎌倉期のものとされているそうです。でも平安末期にまで遡れるのでは?という説もあるとか。いずれにせよ、800年とか900年とかの年を経ている仏像です。

 他にも拝観者が何人か来ていて、私たちの後ろで「写真を撮ってもいいですか?」と御住職に伺ってます。
「ええ、いいですよ」
 い、いいのか!��( ̄□ ̄;)
 早速デジカメを取り出し、勿論フラッシュは焚かずに撮影。御堂の中には他にも両界曼荼羅に不動明王や役行者像なんかも。役行者ってことはやっぱり修験なのか。
 隣の御堂には地獄絵図! うおー久々に見たー。彩色も綺麗に残っているけど、新しいのは装丁だけで絵自体は江戸期のものらしいです。
「子供の頃に見て随分恐い思いをしましたよ」
 なんて言ってる参拝者もいました。うちの母も昔そんなこと言ってたなぁ(母方の菩提寺にもあるらしいです、地獄絵図)。

 しかし、そんな仏の世界が繰り広げられる堂内とは対照的に、堂の外ではまさにサバイバル。毛虫はこんなところにまでやって来ていて、なんとムカデ(小)に食われてる!!
 御住職の奥様と思しき方が「今日は毛虫が多くて」とか言いながら、割り箸で毛虫をつまんでポイポイ捨ててたのが印象的でした。
 ・・・多分、今までの人生で見た毛虫の総数より今日見た毛虫の数の方が多いはずだ(−−

 庫裏の方で護摩木や御本尊の絵葉書などを販売していたんですが、そこに先日の声明コンサートの写真が飾ってありました。
 夫「お前、写ってるんちゃうん?」
 ええそりゃー写ってましょうとも。真ん前に座ってたもん。ほら写ってるよ。
 御住職「おや、いらして下さってたんですか」
 奥様「写ってました?」
 横にいたおばさん「あらホントだ、ホホホホホ」(ウケてる?)
 うん、だって真っ正面ど真ん中だもんな、よりにもよって。小さく人と人の間とかに写ってるんじゃなくて、寧ろ写真の中心近くに全身写ってるもんな(写真は僧侶の斜め後ろから客席・復元遣唐使船方向を撮ったものです)。
「ちょっと待って、じゃあ写真があるから差し上げましょう」
 御住職が手元の封筒の中をがさがさと探り、飾ってあったのと同じ写真を自家プリント用ハガキにプリントしたと思われる写真を下さいました。あはははは。見れば見るほどど真ん中(笑)。ありがとうございますー。そしてこの瞬間足投げ出したりとかしてなかった自分に感謝!
 ・・・こうして改めて会場を見ると、私ひとり飛び抜けて若い気がする(殆ど中高年者)。

 帰りも上から毛虫が降ってこないことを祈りつつ、足下の毛虫を避けつつ、階段降りてお寺を後にしました。
 うう、なかなか面白い(興味深い、って意味で)お寺だったけど(御住職も気さくな方だし)、この季節にはなるべく来たくない(ーー;)


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・過去の「今日」。

2004年05月04日(火) 「太陽の街」と黄砂と月
2002年05月04日(土) おめでとう勝浦!! <画像あり>

■ 2005年05月03日(火)
  竹島問題と出雲神話 <画像あり>

 竹島に関わる日韓間の問題は恐らく根深いもので、そう簡単に解決を見るものではないでしょうが、今回はそれを批判するでもなく、どちらの領土だと主張するワケでもなく、「何で島根県は『竹島の日』なんてものを制定するほどこの問題に執着するんだろう」という疑問について考えてみたいと思います。
 ・・・なーんてカタイことをのっけから言ってしまいましたが、出雲に行って感じた単なる思いつきです。

 何処の国にも、というよりはどの民族にも「神話」というものがあります。日本ならば、「古事記」や「日本書紀」(以下「記紀」)に記された「天岩戸」の話とか「八岐大蛇」の話とかが有名ですね。
 出雲には「出雲国風土記」というものが残っています。「風土記」は奈良時代に天皇の詔によって各国で編纂された地誌で、現存する物は出雲・常陸・播磨・豊後・肥前の5つ。うち、完本は出雲だけです。完成は天平時代・733年のことだとか。
 「風土記」にはその国の土地の名前の由来、地味地形などの他、土地の伝承も記されています。
 「記紀」には「出雲神話」という分類で括られる神話群があります。前述の「八岐大蛇」の話もそう、因幡の白ウサギもそう、大国主の国譲りの神話もそう。天津神から国津神への「国譲り」が行われた舞台とされているから、「記紀」での記述も多いんですね。
 でも「出雲国風土記」には、「記紀」にはない神話も数多く語られます(逆に「記紀」にはあっても「風土記」にはない神話も)。その中で有名なものに、「国引き神話」があります。
 その神話の舞台となった出雲・長浜の長濱神社パンフレットに記された口語訳概要を更に要約・意訳(やや乱暴)すると、次のような感じです。

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 八束水臣津野命(やつかみづおみつぬのみこと)は「出雲の国は細長い布切れのようだ。最初に小さく作りすぎてしまった。だから作り足して大きくしよう」と言われ、国引きを決意された。
 眺めてみると新羅の岬に余った土地があると見付けられ、その土地を半島からぶった切って綱を縛り付けて「国来い」「国来い」と引き寄せて元の国に縫い合わせた。
 こうして出来た土地は、島根半島の小津の切れ目から西へ広がる杵築の岬の一帯です。
 この土地を繋ぎ止めるために立てた杭が出雲・石見国境の三瓶山、引いた時の綱は薗の長濱です。
 次に北方の佐伎の国の余りを国引きし、北方の良波の国の余りを国引きし、更に北陸地方の珠洲の岬の余りを国引きしました。引いた時の綱は夜見の島、杭は伯耆の国にある大山です。
 そうして「今国引きを終えた」と仰せられて、意宇の森に杖を突き立てられて「おゑ」と仰有られました。
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 実に乱暴な神話です(笑)。国を狭く作りすぎたからと言って、勝手に「あそこが余ってる」って余所の土地を引っ張って持って来ちゃうなんて。

 でも、島根の方々はこの「国引き神話」に並々ならぬ思いがあるようです。

 試しに「くにびき」でググってみましょう。
   ・くにびきメッセ(島根県立産業交流会館)/財団法人くにびきメッセ
   ・JAくにびき
   ・サンフレッチェくにびきFC(出雲で活動しているサンフレッチェ広島の下部組織)
   ・国民宿舎 くにびき荘
   ・くにびき国体
   ・くにびきマラソン大会
   ・中国JRバス「くにびき号」
   ・JR特急「スーパーくにびき」
   ・くにびき奨学金
 その他、くにびき海岸、くにびき展望台、くにびきバス停etc. etc.・・・。日本語ページで引っかかった件数、約22,200件。ちなみに出雲では、でかい島に綱を掛けてそれを引っ張る神様の絵や銅像みたいなのを結構見かけました。


ちなみにこれは、長濱神社のパンフに載ってる絵。

 ・・・私の言いたいこと、判るでしょうか。

 多分、国引き神話は島根では物凄くメジャーな話なんでしょう。でなければ、上記のような施設名や団体名などに「くにびき」の語がこれほど多く使われるはずがありません。同様に、県民の思い入れも(それなりに)強いはず。

 正史(記紀)には記されていない出雲の神話。自分たちの祖先は、新羅の土地をも引っ張ってきて我が国土とした。
 にも関わらず、自分たちが竹島なんて小さな島ひとつ守れないのは情けなくないか? あの島だって、先祖が引っ張ってきた土地の一部だったりしないか? それをまた向こうに奪われていいのか?

 こんな心理に至ることが出来るのは、国引き神話に親しんで育った島根県民ならではでしょう。だから島根県民でも何でもない私たちには「竹島の日」なんてものを県議会が制定するという事態が何だって起こるのか理解出来ないのです。

 ・・・と考えるのは、見当外れですかねぇ。

 別に私は「だから島根県議会が竹島の日を制定してもしょうがないよね」とかそんなことを思う訳ではありません。ただ「何でそんなモン制定したんだろう?」という自分の疑問に、現地(島根)に赴いたことで何とな〜く答えが見えたような気がしただけです。
 勿論、漁業とか水産業の面での問題があることも承知しています。純粋に、竹島が日本の領土としては島根県隠岐郡隠岐の島町に属することになるから、というのもあるでしょう。
 でも、この「くにびき」神話(まさに「神話」!)を目の当たりにして、それだけじゃない気がしたんですよ。

 ちなみに、島根県総務課のホームページの標語は「かえれ!竹島」だそうです。御丁寧にハングル版のページも用意されています。一通り目を通しましたが、私には竹島がどっちの領土かなんてことは判断しかねます。この日記の内容にも、政治的意図は一切ありません。そっち方面には疎いもので。


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・過去の「今日」。


■ 2005年05月01日(日)
  出雲路紀行3 <画像あり>

 7時に起きた時は雨は降っているような降っていないような。部屋風呂に少々お湯(温泉)を張って軽く湯に浸かり、支度をして8時過ぎに出発。取り敢えず、雨だけれど近くの玉作湯神社に参拝しました。

 玉作湯神社は、その名の通り製玉の神と湯の神を祀る社。祭神名は宝玉製作の祖神として櫛明玉神、玉造温泉発見・温泉守護の神として大名持神、その他少彦名神、五十猛神。大名持はオオナムチ。大国主の別名です。境内にあった「湯山主之大神」の神を祀る石塔には「大己貴命」(オオナムチノミコト)の名が小さく併記されてました。此処では大国主が温泉の神なんですね。

 続いて宍道湖畔まで戻り、いずもまがたまの里伝承館へ。勾玉制作の技術の伝承やその歴史・製作などに関する資料館的展示、そして土産物屋。それらを併せ持った観光施設です。2001年にNHKで放映したドラマ「聖徳太子」や今年の正月に同じくNHKで放映したドラマ「大化改新」(ちなみにデジタル衛星ハイビジョンで5/5・6両日に再放送だそう)なんかの小道具の装飾品もここで製作されたようです。
 土産物コーナーで本物の玉で出来た勾玉にたくさん触れましたが(買ってない)、本物はやっぱり重いですね。ストラップで可愛いのあったら欲しいなぁと思ってたんですが、この重さじゃ携帯には邪魔だわ。

 建物の外、あずまや風の所に足湯が設けられています。雨だからか誰も入ってなかった(屋根も壁もあるから濡れないのに)ので、持参のタオルを持って浸かってきました。足湯めちゃ気持ちいい〜♪ 底には勾玉の里らしく、カラフルな玉石(の多分スライス)が敷き詰められてました。何かこれはこれでパワー放ってそう。石ってチカラ持ってるみたいじゃないですか。パワーストーンって色んな石に色んな効能謳うでしょ? それが温泉に浸み出てそう。イメージですけど。


左から玉作湯神社、境内の湯山主之大神、いずもまがたまの里伝承館の足湯。

 その後、最後に出雲大社を拝んでこようかなぁ、と思ったんですが、駐車場に入る車列が渋滞を引き起こすほどの混雑ぶりだったので、近くにある出雲大社の摂末社を拝みに。
 まずは上の宮。ここはそれなりの敷地に拝殿も備えて、結構しっかりした神社のような造り。続いてそのすぐ先にある下の宮。ここは祠のような社。それから因佐神社(いなさのかみのやしろ)。ここは鳥居もしっかりとあって参道もあり、即ち境内もそれなりに広いんですが、お社は大きな祠くらいの規模。

 ちなみに昨日出雲大社から蕎麦屋へ向かう途中、これらの摂末社とは反対側の北島国造館側にある摂社・出雲井社にもお参りしました。ここも社殿の規模は因佐神社並。
 判る人には判ると思いますが、漫画「新・カルラ舞う!」の出雲の暗黒神編に登場するお社です。今回の旅行には、この出雲編2冊もガイドブックとして持っていきました(笑)。

 蕎麦屋に行く前に、大社郵便局へ。友人に送る絵葉書(但し出雲の写真とかじゃないんだけどね)はポスト投函でも良かったんですが、御守を送る友人がいまして。80円で送れる重さ・厚みか判らなかったので、休みの日でもやってる筈の集配局らしき郵便局をカーナビで探し出して行った次第。折角だから、ついでなので風景印を押して頂きました。折角の風景印だから、自分宛にも葉書1通出しておきました(笑)。・・・別に消印マニアじゃないですよ。ついでがなければやりません。


左から上の宮、下の宮、因佐神社、ついでに昨日行った出雲井社。
下の宮は出雲大社境外末社、それ以外は出雲大社境外攝社。

 それから出雲市中心部へと車を走らせます。目的? 決まってるじゃないですか。「献上そば 羽根屋本店」での石臼挽き割子リベンジですよ!

 お昼時ですから、やっぱり混んでいます。運良く待たずに席に通されましたが、一昨日とは人の数が違う。
 そして念願の石臼挽き割子そばの注文に成功致しましたヽ(・∀・)ノ♪
 一昨日の普通の割子も十分美味しかったですが、石臼挽きの方がやっぱり香りも風味も高い! 正直、大した育ちでもないんで味覚が肥えてる訳でも味にうるさい訳でもない(というか、うるさいの意味が私は多分違う←偏食)んですが、こっちの方が美味しいってことは判る。
 決まりました。今回の旅程での出雲蕎麦ナンバー1は「献上そば 羽根屋本店の石臼挽き割子そば」です。
 蕎麦ばっかだとタンパク質が足りない(というか取れない)らしいので、出し巻き卵も注文。ビタミンCは、C1000タケダで補給しときました(アハ)。

 美味なる蕎麦で腹を満たし、続いて島根県立八雲立つ風土記の丘資料館を目指しますが、その前に道の駅湯の川でまたしても足湯。まがたまの里よりちょっと熱かったですが、湯の川温泉は日本三大美人の湯だとか。足だけでもその恩恵に与りたい物です。

 で、八雲立つ風土記の丘資料館。館内撮影禁止だし、雨だから外の古墳なんかは遠目にしか見てないので写真はありません。
 現在、ここに荒神谷遺跡出土の銅剣などは所蔵されています。しかも名前は結構有名だと思うんですが、やはり「資料館」は「資料館」であって「博物館」ではないな、と思いました。大きいのは規模の問題なんですけど、展示ケースの中に蜘蛛が入り込んでたりとか(まあそのケースの中味は蜘蛛がいても問題なさげでしたけど)。一応学芸員の資格を持ってますので、こういう細かいことが気になる私です。

 資料館の入り口を入ると、受付と同じロビー内に、銅剣や銅鉾、銅鐸のレプリカが自由に触れる状態で並んでいます。作られた当時の状態ではなく、出土した状態の青銅器。銅剣、銅鉾、銅鐸。それぞれ持ってみました。
重ッ!!!
 持った瞬間、ずっしりと腕に掛かる銅器の重み。全部が金属で、今の包丁みたく薄っぺらいものじゃないんですからそりゃ当然なんですが、こんなに、こんなに重いとは。
 青銅器は最終的には武器ではなく祭祀器として使用されていたのだろうけど、小さい銅剣だって十分すぎるほど重たい。こんなものを振り回して戦争していたなんて。この剣がぴかぴかしていた頃、どれほどの切れ味があったのだろう。いや、鏃がいっぱい刺さって戦死したことが間違いないような人骨に「切り傷」が残っていたりするのだから、骨に達するほどの深手を負わせることが出来た筈だ。こんな、こんな重たくて分厚い剣で。

 展示内容はともかく、レプリカの青銅器に触れることが出来ただけでも、入館料200円の価値はあったと思います。
 銅鐸の音色は澄んでいて、最終的には剣や鉾と同じ目的で使用されていたとは思えません。今は錆びて青緑色になったこれらの銅器。作られた当初は金色に輝いていたようです。金色の「出来たて状態」レプリカもケース内に展示されていました。

 資料館を後にし、再び(雨でも結局)神社巡り。近くの平濱八幡宮・武内神社へ向かいます。
 ひとつの「神社」がふたつの「神社」を祭祀し、奉仕している。この神社はそうとでも言ったらいいのかしら。平濱八幡宮と武内神社が別の場所に存在しているのではなく、同じ境内にひとつの社務所で、本殿・拝殿を並べて鎮座しているのです。
 雨は降り続いていましたが、ちょうどご祈祷が始まるところでした。
 境内に「やるき達磨」なるものがありました。達磨の頭に水を掛けて「頭を冷やして静かに学ぶ」ことを祈願する達磨だそう。雨が降って十分すぎるほど濡れているんだけれど、でも水を掛けて願掛けしておきました。

 出雲国分寺跡(本当に「跡」)の前を通り、茶臼山(神名樋山)の麓に位置する眞名井神社へ。・・・麓、というか、頂上にはない、というだけで、手積の石段を登った上に社殿があります。手積だけに石の大きさや形も揃ってないし、ボコボコ。しかも雨に濡れていて登りにくいことこの上ないです。いや、登るのはまだしも、降りることを思うと・・・(なら行くな)。
 規模も式内社・出雲国風土記掲載社なれどそう大きくもなく、出雲国神仏霊場にもなっていない。しかも天気も悪い。だから無人であることを覚悟していたんですが、階段を登るに連れ、上からラジオか何かの音が聞こえてきました。あ、社務所に御神職が。
 参拝を済ませてから、御朱印を頂きに社務所へ。5分ほどお話させていただきました。観光客としては雨は厭だけれど、この時期の雨は農家にとってはまさに慈雨。水が入り、田植えも始まった田圃は、晴れていればキラキラ輝いてとても綺麗なことを私も知っています。ボコボコして雨で滑りそうな階段も、昔の人がひとつひとつ積み上げたもの。どれもこれも大切なこと。
 昔の人が頑張って積み上げた階段はやっぱり雨で歩きにくかったけど、一歩一歩確実に踏みしめ、下まで降りました。


左から献上そば羽根屋リベンジ、平濱八幡宮・武内神社、眞名井神社。

 眞名井神社から西へ進み、山代郷正倉跡を曲がって国道432号を北へ。最後の目的地は、山代神社。
 元は眞名井神社があった茶臼山の中腹にあったそうですが、この地に産土社がないために凶事が続くので、鎮守社として1680年にお迎えしたようです。
 参道を進み、少し階段を登ったところに拝殿があります。その拝殿向かって左に、まるで比叡山のにない堂のように廻廊で繋がった幸(さいわい)神社が。祭神は猿田彦神。「幸」は当て字で、これは恐らく「サイノカミ」なんでしょう。幸神社手前に賽神もまた別に祀られています。
 本殿向かって右には社日神社もありました。社日(しゃにち)。元は中国稲作地帯の「土地の神」で、稲作の敵である鼠を食べてくれる蛇の神様を祀ったらしいですが、出雲地方では主に五角形の石柱の形で祀られています。これまで訪れた神社でもいっぱい見ました。

 出雲。元々蛇神を祀っていた土地。だからこの地から逃げたタケミナカタが鎮まる諏訪社も蛇神の信仰がある。古い古い時代に蛇神を祀っていた筈の土地。その地に現在まで祀られてきた神社の境内に残され、新たに作られ、奉斎され続ける中国起源の蛇神。出雲、蛇。この奇妙な符号の一致。嗚呼、気になる。そもそもこの地を初めて訪れた日に蛇に出会ってしまったところから、蛇づいているんだわ。否、そもそも私の修論のテーマは諏訪に纏わる蛇神(=龍神)信仰だった!
 ・・・蛇、逃れられないのか?私は。

 国道54号を初日と逆に南下し、途中、道の駅認定第1号だという「道の駅掛合の里」で休憩。そこで面白い物を見付けました。それは「水琴窟(すいきんくつ)」。土中に埋めた瓶に落ちる水滴の響く音を竹筒を通じて聴くんです。見かけると絶対に聴いてしまいます。水琴窟により音色はそれぞれ微妙に異なりますが、どれも良い音♪♪

 それから行きに寄った「奥出雲そば処一福」で夕食。今までずーっと割子蕎麦しか食べていないので、ここは思い切って舞茸天蕎麦(温)! 此処は舞茸も地元頓原産。そしてずっと油物を食べていないので、そろそろ食べたい。
 出てきたお蕎麦は、普通の天麩羅蕎麦系とはちょっと違いました。これも出雲風なんでしょうか? 器の中には蕎麦や具、薬味と蕎麦湯が入っていて、つゆは割子同様自分でお好みで掛ける! こーなのか出雲蕎麦(温)! しかも入っている舞茸天の量が・・・量が・・・。普通、3個も入ってれば合格ですよね? それがもういくつあったか判らないほど入ってるんです。多分、器の手前半分は蕎麦、奥半分は舞茸天だったんじゃないかと思うくらい(ホントにそうかも)。舞茸天も美味しいんですが、驚きの方が大きかったです。すげえよ一福。


左から山代神社、道の駅掛合の里にあった水琴窟、一福の舞茸天蕎麦。

 まだまだ見足りない出雲。次行く時は、もっと蛇神様について勉強していきます(ぇ


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・過去の「今日」。

2004年05月01日(土) 山並 <画像あり>

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