琴 星 商 事 日 乗
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■ 2007年03月30日(金)
  さよならアバウト料理 <画像あり>

 過去3回に渡ってお送りしてきたアバウト料理。それももうお伝えすることが出来なくなりました。何でって? あの素晴らしきお料理先生・沖廣祐枝(ちえ)様が本日で14年に渡るテレビ宣言出演が最後になってしまったからです。

 最後のメニューはタイの桜蒸し。養殖物が手に入らなかったらしく(売り切れ?)、天然物の小さい切り身しか用意できなかったというちえ先生。普通、事前にきちんと手配して手に入らないとか有り得ないようにしとくのがテレビの料理番組なんじゃないかと思ってたんですが、この番組の料理コーナーに限ってはそんなことありません。

 最後に14年分の沖廣祐枝NG名場面集とか見たいイキオイだったんですが、今日はぶったまげるようなハプニングもなく、先生は番組を去ってしまわれました。

嗚呼あたしの夕方の楽しみが・・・(T◇T)

 「●●がなかったら△△でも何でもいいんです」としれっと宣う沖廣先生。
 いつまで経っても鍋が煮立たず「あらやだ火が弱かった」と気が付く沖廣先生。
 逆に「あら火がちょっと強かった」と豪快に焦がす沖廣先生。
 時間が無くなって火が通り切らなくても「仕方がない」で済ます沖廣先生。
 混ぜ合わせてある調味料があることを忘れて再度調味料を混ぜ合わせてしまう沖廣先生。
 自宅の庭で取ってきた何だか判らないものを美味しいからと材料として用いる沖廣先生。
 材料をひとつ使い忘れてそのまま料理を終えてしまう沖廣先生。

 あんな素敵な料理コーナーがもう見られないなんて寂しすぎますよ広島テレビさん。

 14年間お疲れ様でした。でも敢えてカムバーック! 沖廣祐枝!!

 >>左が馬場アナ、右が児玉アナ、真ん中が沖廣先生。

 春は別れの季節ですが、いつも見ている番組のキャスト替えも多くて寂しいです。ちなみに「テレビ宣言」は沖廣先生だけでなく児玉アナも卒業。番組自体大幅リニューアルです。早朝に見ている「おは4!」の山本舞衣子アナも今朝で卒業してしまい残念です。あのテンション好きだったのに。
 出会いの方に期待しましょう。


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・過去の「今日」。

2006年03月30日(木) ザ・仙台 <画像あり>
2005年03月30日(水) 歩道橋と共に消えたもの
2003年03月30日(日) 桜日和 <画像あり>
2002年03月30日(土) 元を取るために

■ 2007年03月26日(月)
  注射地獄

 金曜に引き続き、整形外科へ行ってきました。金曜午後に血を採って、月曜午後には結果って出るモンなんですね。取り敢えず、痛風とかリウマチとかそういう特殊炎症ではなく、やっぱり単純炎症ということでした。尿酸値とか全部正常です。何でか血小板がやや多そうでしたが。

 で、そういう説明を受けて、今週中くらいは無理しないことと金曜にまた来いってことを言われ、注射。お医者さんが看護婦さんに「ホモック」と言ったので、調べてみました。

 商品名 :ホモック注「イセイ」
 一般名:コンドロイチン硫酸ナトリウム注射液
 効能・効果 音響外傷、感音性難聴、関節痛、肩関節周囲炎、五十肩、腰痛症、症候性神経痛
 ふーん。第五腰椎の所為で腰が痛くても注射されたことはなかったんだが。注射好きな医者っていますよね。今通ってる皮膚科(内科外科泌尿器科も診てる)もここも、注射する台が常にふたつセッティングされている時点で注射打ちまくりなんだな、というのが判ります。

 さてここで問題です。
 金曜にここで注射されたんですが、その翌日、土曜日、皮膚科でも注射してるんです。ここんとこ、皮膚科はずっと「ハズレ」の看護婦さんにあたってまして。

 私、血管が細いです。それでも血管は左右対称ではないので、まだ左の方が注射しやすいみたいです。それはもう、見てて私でも判ります。右は明らかに血管が出ない。
 なので土曜日に注射する時、「ハズレ」の看護婦さんに訊きました。
私 「昨日も注射したんですけど、逆の(腕の)方がいいですか?」
看護婦 「あら、別の病院で?」
私 「はい」
看護婦 (左腕の針痕を見る)
私 「・・・左の方が刺さりやすいと思うんですけど」
看護婦 「じゃあ左にしましょ」(にっこりと)
私 (・・・やっぱり・・・)
 でも普通、同じ腕に注射する時って、注射痕があったらそこはずしません? その看護婦さんは金曜に針刺した痕に針刺しました。かなり驚いた次第。しかも同じ所なのにというか同じ所に二度目だからというか、痛い。
 そういうワケで、本日もまだ血管が痛いのです。

 注射台の前に座り、本日は右腕を出しました。だって血管痛いんだもん、仕方ないじゃない?
 その右腕に看護婦さんが駆血帯を縛り、肘の内側をごしごしとアルコール脱脂綿で拭きます。拭きます。見ます。拭きます。見ます。・・・・・・うん、全然血管が浮かんでないのが私にも判るよ。
私 「・・・逆の方がいいですかね?」
看護婦 「いいですか?」(ちょっとホッとした様子で)
私 「土曜に別のとこで注射して、痛いんですけど・・・」(一応左腕を見せる)
看護婦 (左腕を見て)「うー・・・・・ん、右、でいきましょうか」
 看護婦さんは一度解いた駆血帯を今度はもっときつぅく縛ります。私もさっきより強く手を握ります。脱脂綿で拭く、見る、を繰り返す看護婦さん。看護婦さんも不安そう。
看護婦 「じゃあやりますね」
私 「はい」(そんな宣言初めて聞いたよ;;)
看護婦 「痛かったりおかしかったら言って下さいね」
 看護婦さんは「ここ」と決めたであろう場所に、ホント意を決した様子で針を刺しました。OKOK、痛くないよ。
看護婦 「大丈夫ですか? 痛くないですか?」
私 「はい」
 そのまま薬液を注入します。
看護婦 「・・・大丈夫ですか?」
私 「はい」
看護婦 (ホッとした顔)
 うん、相当自信なかったんですね。

 基本、今後とも注射は左腕で受けよう、と思いました。今日の看護婦さん、決して注射が下手な看護婦さんじゃないと思うんですよ。だから右でもきちんと刺さって痛くもなかったワケで。それであの様子じゃ、下手な看護婦さんに右腕刺されたら、血管外漏出は免れない気がします。

 4日で3回の注射、両腕に注射痕。しかも注射の後に脱脂綿を貼ってたテープ(注射用の小さい絆創膏じゃなく)にかぶれて、右腕に注射痕みたいな赤い点が3つくらい出てるんですけど。左の注射痕は青黒くなってるし、何だこのヤク中患者みたいな腕。

 今週土曜は皮膚科に行かないので、金曜に注射されても大丈夫。多分。それまでに左腕が正常に戻ってれば・・・。

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 昨日の能登半島の地震、被害の大きい輪島市門前地区ですが、その地区内にある總持寺祖院が心配です。何の報道もない、ということは大した被害がなかったということなんでしょうが。きっと。
 石川という所は日本一有感地震が少ないと言われている所だそうですが、地震が来る地震が来ると言われている所(関東とか東海とか)には地震が無くて、「こんな所で?」ってとこばっか地震が来ますね。東海地震や南海地震はいつ来るんでしょ? 来ないハズはないのに。


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・過去の「今日」。

2006年03月26日(日) 仙台へ <画像あり>
2005年03月26日(土) NHK徒然
2004年03月26日(金) 桜と海 <画像あり>
2003年03月26日(水) 蛙続報
2002年03月26日(火) 職業病

■ 2007年03月23日(金)
  足・桜・あげはん <画像あり>

 久々に整形外科のお世話になりました。

 手首の骨と腰椎に異常がある私ですが、今回は足です。
 実は先週名古屋へ行った際、まず右足の外側踵寄りを痛め、それを庇って歩いてたら左膝が痛くなり、それを庇ったら今度は右膝が痛くなるという最悪な悪循環を繰り返しまして。特に左膝が痛くて階段の上り下り(特に下り)なんかもう最悪。
 で、広島に戻って水曜以外は外出もせずおとなしく様子を見ていたんですが、マシにはなっても痛みは消えない。なのでやっとこ近所の整形外科に行ってきた次第。

 レントゲンを5枚ほど撮った結果、右足の腱に石灰が沈着しているらしく、腱鞘炎のような状態なんだとか。うん、歩き方悪いからね、あたし。今回は右足が痛いわけですが、左足が痛くなることも正直あるワケで、左にも石灰沈着してるんじゃないでしょうか。レントゲン撮ってないけど。膝は炎症起こしてるだけっぽいけど、何か他の病気があるといけないということで、血液検査。そんでもって更になんか薬液も注射。右足にはボルタレンテープ、両膝には湿布。それから飲み薬の鎮痛薬。

 で受付に呼ばれたら、「ごせんよんじゅうえんです」
高え━━━━(゚Д゚)━━━━!!
 5040円!? 流石レントゲン撮って血まで採っただけのことはあるなオイ。
 血ィ採ったし、また月曜に行かなきゃならないそうです。今日金曜で、月曜に血液検査の結果って出るのか? 謎ですが。つーかまさか整形外科で血ィ抜かれるとは思わなかったよorz

 診察券がない病院(それもびっくり)だったので、外にあった看板の診察時間とかをデジカメで撮って帰りました。デジカメは大事なメモ代わりです。

 歩き方が悪い根本的原因はX脚にあると思うんですが、そこから治さなきゃ根本的治療にならないんじゃないだろーか。てことは何度も繰り返すのかコレ? つーか石灰付いちゃってるとすごく治りが遅いんじゃなかったっけ?


 病院の近くで桜が咲いてました。うん、完全に開花している。ふと気付くと、山の方にもピンクのモコモコ。うん、もうすぐ春本番ですね。

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 さて、もうひとつ。
 1ヶ月ほど前に、いつも夕方見ているローカル番組「テレビ宣言」の料理コーナーで「大根とあげはんの煮物」という料理が紹介されました。
 あげはん。
 この番組の料理コーナーで何度か耳にしたものですが、聞いたことのない食材。映像を見ている限りでは、東京ではさつまあげと呼ばれている平べったいプレーンな魚の練り物を揚げた物体に見えます。コイツを広島では「あげはん」と言うのか?
 あげはんって何だよ、と思ったのはこの時が初めてではなかったので、番組HPより「あげはんとは平天のことですか? 東京出身なんですが東京では聞いたことがありません。スーパーなんかでも『あげはん』で売っていますか?」とメールを送ってみました(暇です)。すると、番組の最後でメールが取り上げられたんです。どうも広島の人は「あげはん」が方言であるなんてことは夢にも思っていない様子。福井出身の女性キャスター(馬場アナ)が「方言だと思いますよ」と言いますが、広島出身の男性キャスター(児玉アナ)は信じられない表情です。
 で、「皆様の情報をお待ちしています」と締められたワケですが・・・。

 昨日、広島テレビの大隅さんという方からメールが届きました。曰く、

明日のテレビ宣言の中の解決フライデーのコーナーで
「あげはん」についてとりあげたいと思います。

 え、マジで?www
 で、病院から帰ってテレビを見ていたワケですが、てっきりスタッフかと思った大隅さんは、このコーナー担当のリポーターさんでした。あらあら。
 結論として、
・「あげはん」はやはり広島でしか使われない言葉(即ち方言)だということ
・プレーンなものだけでなく、ゴボウ天とか具が入ったものも全部あげはんと呼ばれていること
・スーパーなんかでは「あげはん」という商品名では売っていないこと
・でもおでん屋には「あげはん」があること
・「あげはん」とは「揚げはんぺん」の略だということ
・どうも広島市西区草津(かまぼこの産地らしい)発祥の言葉らしいということ
 ・・・なんかが判りました。どうりでスーパーで「あげはん」を見ないワケです(呉では言わないのかと思った)。関東では「さつまあげ」、関西では「てんぷら」、他にも「はんぺん」「はんぺい」「じゃこ天」などという地域があるようです。へーへー。福井では「はんぺん」だそうですが、一般に言う白くて四角い「はんぺん」は「白いはんぺん」なんだそう(馬場アナ談)。

 コーナーの最初で先月私のメールが取り上げられた時のVTRが再度流されたのですが、放送後、スタッフの間でかなり盛り上がったんだって。私の疑問メールでそれだけ盛り上がって5分程度の番組コーナーが成り立ったことに驚きましたわ。 →広島テレビHP 当該箇所リンク


本日の中国新聞朝刊より。

 ちなみに「あげはん」のアクセントですが、私なんかは平板に言ってしまいますが、どうも「あ↑げ↓はん」と「げ」にアクセントがあるのが正しいモヨウ。

 ひょっとして具も何も入ってない平べったいヤツまで「さつまあげ」などと言っていたのは東京でもうちの実家だけだったのか? と「丸天」とか「平天」の文字を見て思ったんですが(散々スーパーでバイトしといて今更何を言い出すんだって感じだけど)、そういうワケでもなさそうなので良かった良かった。

 広島テレビの大隅さん、その他スタッフの皆様、ありがとうございましたm(vv)m


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・過去の「今日」。

2005年03月23日(水) 13年目のお茶会 <画像あり>
2003年03月23日(日) 春は来たか? <画像あり>

■ 2007年03月20日(火)
  桜開花 <画像あり>

去年の桜
 東京の桜が全国で最も早く開花したそうですね。史上3番目の早さだとか。

 今日は3月20日です。

 私の記憶にある最も早い桜は、1989年のことです。
 小学校の卒業式、3月25日。校庭に咲く大きな桜の木々は、見事に満開でした。
 中学の校庭には大きな桜がなかったので、入学式より卒業式に桜があって、私は逆に良かったなぁと思っています。高校の入学式は学校ではなく区民会館だったし、入学式の桜の記憶は、私の場合は大学くらいです。

 桜の便りを聞くと、うずうずしてきますね。



 ・・・・・・早くKissDNをサービスセンターに持っていかないと(間に合うのか?)。


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・過去の「今日」。

2005年03月20日(日) 地震予知 <画像あり>
2004年03月20日(土) ネット復帰
2003年03月20日(木) イラクの自由

■ 2007年03月18日(日)
  東海紀行―伊勢(神宮) <画像あり>

 初めて伊勢で迎えた朝は、澄み渡る青空でした。
 頑張って朝6時半に起き、身支度を調え、荷物をまとめて、8時にホテルをチェックアウト。まずはホテルから近い外宮の別宮・月夜見宮に詣でました。何処へ出掛けてもこれだけ早い時間から参拝することは滅多にありません(社務所が開いてないことも多いし朝弱いし)。8時を早朝と言っていいのかは判りませんが、早朝の神社は気持ち良いです。手水も冷たい。

 それから神宮の外宮へ。
 一般に言う「伊勢神宮」、正しくは「神宮」の外宮である豊受大神宮へ。自家用車駐車場のすぐ脇の北御門参道から入りました。鳥居のすぐ脇に御厩があったけど、神馬ちゃん2頭はお留守・・・朝の引き運動中かしら。残念!

 まだ8時半、大型バスの団体客が来る時間ではないので、境内は人も疎ら。平年より低い気温、青空、聳える木々、清められた境内。全てが気持ちいい。人里離れた神社ではないのに、これだけ清々しいのは流石です。
 参道を右手に折れると、右手に御正殿があります。一般の参拝は外玉垣南御門の前からになります。門には生絹の御幌(みとばり)という白い帳が掛けられ(御幕:おんまくとも言うようです)、内部は見えません。二礼二拍手一礼で参拝し、顔を上げると、風で御幌が吹き上がり、中の様子を拝むことが出来ました。ありがたやありがたや。思わずその場に立ち尽くしてしまいましたよ。
 その時、頭上から大きなエンジン音。見上げると、大きなジャンボ機が飛んでいきました。くそう、撮影禁止の板垣内じゃなきゃカメラ向けたよ!
 神宮があって、飛行機が低空で飛ぶ。なんて素敵な街なんだ伊勢!


 外宮を後にして、内宮に向かいました。御大本道路を東へ向かい、内宮のほんの少し手前、浦田交差点にある猿田彦神社に寄り道。授与所で御朱印をお願いした若い御神職がとても気持ちの良い対応で、気分良くなりました。
 ちなみに猿田彦神社の宮司さんは「宇治土公(うじとこ)」さんといい、祭神・猿田彦神の直系の子孫とされています。

 さていよいよ内宮へ! ・・・といいたいところですが、まだ寄り道は続きます。国道23号を南へ向かい、神宮会館の前でおかげ横丁へ。目指すは赤福本店です!
 国道から入った細い道に、ひっそりとおかげ横丁の駐車場があります。そこに車を駐め、おかげ横丁を五十鈴川まで歩くと、角にあるのが赤福本店。お召し上がり「盆」280円の食券を買い求め、店の奥、川沿いの縁側に腰掛けると、ほどなく温かい番茶と赤福3個がやって来ます。
 お箸でつまみ、口に入れた赤福の柔らかいことったら・・・! 普段、売店や土産物屋で買い求める赤福だって柔らかいですが、やはり餅は餅、あれでも固くなってたのね! 流石本店、出来たては違います。同じ赤福だけど、こんな美味しい赤福は未だ食べたことがありません。
 あんまりにも嬉しそうな顔で食べてた私に、ホテルで朝ご飯を食べてきた夫が、ひとつ恵んでくれました。赤福4つが本日の私の朝ご飯です。うふふふふ。笑いが止まりませんね。お店の人がお茶のおかわりまで運んできて下さいます。赤福素敵すぎ。


 赤福本店を出ておはらい町通りを抜け、いよいよ内宮参拝です。
 内宮こと皇大神宮。皇祖神天照大神を祀る国内で最も尊いとされるお宮。日本人と生まれたからには、人生に一度は詣でたい。積年の願いがやっと果たされます。
 案内所で案内図をもらい、宇治橋、火除橋を渡った所に一の鳥居。その先に五十鈴川御手洗場があります。一の鳥居の手前に手水舎もあるんですが、ここはやっぱり御手洗場でも身を浄めたいところです。昔はしっかり禊ぎしたんでしょうが、まあ軽く手を水に浸ける程度で。手水舎よりも水が冷たいです。しかし綺麗な水ですよ。流石ですね。
 二の鳥居の脇には御厩がありますが、ここもやはり神馬ちゃんはお留守でしたorz 御厩の向かいが神楽殿。普通に御守や御札も授与してます。御朱印もここで頂けました。
 時間はそろそろ10時です。団体客も来ていて、外宮の時間とは打って変わってかなりの人。神宮参拝の作法として外宮が先、てのがあるんですが、この団体さんたちは外宮も回ってきたんだろうか? 謎です。
 神楽殿の先、一番奥が御正宮。石段の上に鎮座しているのですが、石段の上も下もかなりの人です。それでも外玉垣南御門の脇には衛士が一人立って睨みを利かせているので、混乱もなく粛々と参拝していきます。
 御正宮から別宮の荒祭宮へ向かう途中の石段に「踏まぬ石」というものがあります。塩が撒かれ、お賽銭まで置かれて、あからさまに「それ」と判るんですが、手元の案内図を見ても「踏まぬ石」と名前が記されただけでそれが何なのか判りませんでした。検索かけると、天から降ってきたと言われていて、四つに割れた石の割れ目が「天」の字に見える、とのことです。参拝者も神職もこの石は踏まない慣わしだそうで。塩と賽銭がなければ踏む人続出でしょう。
 神楽殿前から風日祈宮橋を渡り、別宮の風日祈宮にもお参り。それから神楽殿へ戻ると、何だかどんどん人が増えている気がします。もう10時半だもんな。人も来るよな。
 神楽殿で迷っていた御守を頂きました。伊雜宮で見て「お」と思った、長細い六角形の御守。
 ふと見ると、前方に人だかりが。これは、と思い駆け寄ると、やったー神馬ちゃん!!
 そこにいたのは皇大神宮御料御馬・晴勇(はれいさむ)号。平成元年に御料牧場で産まれたアングロアラブの芦毛ちゃんです。平成16年に牽進されたそう。菊の御紋が染め抜かれた馬衣が神宮らしいです。晴勇号は流石に大人しく、時にはカメラ目線でサービスしてくれました。いいなあ神馬!

 参集殿に寄ると、そこでも御朱印していました。神宮で御朱印帳を売っているのはここだけなんですが、外宮から参拝するのにそれっておかしいと思うのは私だけじゃないはず。伊勢神宮崇敬会が出している「お伊勢さんを歩こう」という小冊子、去年「伊勢神宮展」でタダで貰ったんですが、300円で売ってました。神棚も配ってたし、すごい太っ腹だったんだな伊勢神宮展。
 参集殿を出ると、立派な鶏のつがいが歩いてました。人に怯えることもなく、2羽は仲良く参集殿の裏手へ。そこには「ゴミ箱ではありません」と朱書きされた段ボール・・・どうもソレが2羽のおうちのようです。もっと大事に飼ってもらえよ。何だその町猫のような飼われ方。


左・五十鈴川御手洗場、中・内宮御正宮、右・神馬晴勇号。

 おかげ横丁に戻って、途中、松阪牛しぐれの肉まんを夫と半分ずつ食べて車に乗り、続いては別宮・月読宮へ。今日最初に行った「月夜見宮」は外宮の別宮、こちらは内宮の別宮で、どちらも同じ神様を祀っています。

 時間は12時前。赤福と肉まんを食べちゃったので、お昼には早いです。
 神宮125社(内宮外宮とその別宮・摂社・末社・所管社)のうち、御朱印が頂けるのは内宮外宮と別宮のうちの5社です。既に別宮の3社は回り、残るは倭姫宮と瀧原宮。倭姫宮はここらかすぐ。でも瀧原宮は大台ヶ原の方にあります。カーナビで見てみると、ここから約1時間40分。でも今からなら行けますね。じゃあ行きますか。
 途中、倭姫宮を通りかかったので、先に参拝。こちらは内宮の別宮です。鎮座する倉田山は、皇學館大とか神宮文庫とか神宮徴古館とか神宮美術館なんかがあり、とても緑豊か。参道も長くてのんびり参拝できます。ちなみに創建は新しくて大正12年11月5日が御鎮座祭。

 目指す瀧原宮は、伊勢から熊野へと抜ける国道42号(熊野街道)沿いにあります。内宮別宮で「大神の遙宮(とおのみや)」とも言われているそうで。
 途中、道の駅奥伊勢おおだいで休憩し、そこから僅か5分、道の駅奥伊勢木つつき館を通り抜けた奥に瀧原宮は鎮座しています。
 参道を歩き、宿衛屋(神職がいて御朱印や御守があります)が見えたところ、その右手に川へ下りる道があります。なんと御手洗場がありました。内宮以外で初めてですね。ここ瀧原宮は地勢が内宮と極めてよく似ているそうで、「瀧原宮参拝のしおり」にも「あたかも皇大神宮の宮域の雛形のようです」と記されています。御手洗場があるのも、当然かも。流れる頓登川水は、内宮の五十鈴川より数段冷たいです。流石山奥。


左・月読宮、中・倭姫宮参道、右・瀧原宮御手洗場。

 瀧原宮から30分強ほど運転を代わりました。国道42号は運転しやすいです。
 伊勢市内に戻り、お昼にします。てこね茶屋本店で伊勢うどんのお昼。夫は伊勢うどんとてこね寿司の「名物合わせ」を食べてました。よく食べるなぁ。
 伊勢うどんは柔らかくて太い麺に濃厚なめんつゆを絡めて食べるちょっと変わったうどん。麺を食べているだけでつゆもなくなります。こんな麺は天下一品のラーメン以来です。ちょっと不思議。でも美味しいです。私は讃岐うどんよりよっぽど美味しいと思います。

 さて時間は3時半。神宮徴古館とか見るには微妙な時間です。仕方がない、今回はこれでおいとましましょう。
 しかし途中で寄り道。名古屋で行き損ねたコメダ珈琲。ぜひ一度行ってみたかったのです。名古屋じゃないけど、コメダ珈琲津みなみ店に突入です。
 ちなみに私、コーヒー飲めません。なので未だスターバックスにすら行ったことありません(昔はコーヒーしか飲むものなかったよね?)。そんな私がコメダ珈琲。勿論コーヒーは頼みません。アイスミルクティー。じゃあ何でコメダ珈琲かって? 頼んだ物はアイスミルクティーだけではありません。昼に伊勢きつねうどんしか食べていない私、それから2時間が経ち、おやつが食べれる程度にお腹は空いています。だからコレ。

シロノワール♡
 大きな丸いデニッシュ(直径15〜17cmくらい)の上に、ソフトクリームがでーんと乗ったこの一品。メープルシロップも付いてきます。560円です。デニッシュは温かくてソフトクリームは勿論冷たいから、ソフトクリームは徐々に溶けていきます。でもそれがデニッシュに染み込んで美味しいです。非甘党な方には拷問のような食べ物でしょうが。
 しかしシロノワールってどういう意味でしょう? ノワールはフランス語の黒よね? 白黒? ネットでフランス語で「sirop noir」即ち「黒いシロップ」だという説もありましたが、じゃあ主役はメイプルシロップなのか? やっぱりソフトクリームの白とメイプルシロップの黒で白ノワールってことなのかしら? 何故黒だけフランス語にしたのかは見当も付きませんが。謎だわ。
 とにかくお腹も心も満足して、三重を後にしました。
 次は松阪牛を思う存分食べたいなぁ(笑)。


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・過去の「今日」。

2006年03月18日(土) まだまだ悩める携帯電話 <画像あり>
2005年03月18日(金) 愛知行き当たりばったり紀行 <画像あり>
2002年03月18日(月) 春やねえ。

■ 2007年03月17日(土)
  東海紀行―伊勢→志摩→二見 <画像あり>

 9時過ぎにホテルをチェックアウトし、名古屋を後にしました。でもまだ広島には戻りません。本日のお宿は、伊勢ですヽ(・∀・)ノ
 伊勢と言ったら伊勢神宮。そして赤福♡
 でもまあ慌ただしく参拝したくはないので、神宮は明日に取っておきます。

 まず目指したのは鈴鹿の伊勢国一宮・都波岐奈加等神社。
 でも、まず愛知県から三重県に入るまでも渋滞。四日市ら辺も渋滞。伊勢志摩の方を優先したかったので、伊勢一宮は今回はやめました。鈴鹿を突破して一路伊勢へ!
 外宮の前を素通りし(明日行くから待ってて!)、伊勢志摩スカイラインへ。何と通行料1220円。高え。でもこれを使わないと、目的地には行けないのです。
 目的地、それは神宮の鬼門の護り・金剛證寺です。伊勢志摩スカイラインの料金所で貰ったパンフには、「400年ぶりに本堂内陣特別一般公開」と書かれてました。見るでしょう、それは拝観するでしょう。
 伊勢志摩スカイラインは朝熊ヶ岳をぐんぐん登っていきます。伊勢市街や伊勢湾が一望。その山頂近くに金剛證寺はあります。
 本堂・摩尼殿に入ると、向かって右手の授与所にはお坊さん(だと思うけど、坊主なだけで普通の格好)が俯いて座ってました。ね・・・寝てる?? 近付くと顔を上げたので、御朱印をお願いして、拝観料を支払って、内陣に入りました。
 たくさん並ぶ仏様の中に「飛頗黎大王」とかいう仏様がおられました。「ひばり」と読むそうで・・・・・・・・・三坂さん、見てますか?(私信) もし飛頗黎大王様の御守でもあれば頂いてお送りしようかと思いましたが、ありませんでしたよ流石に。残念無念。

 金剛證寺の少し上に山頂展望台があります。折角なので寄りましょう(何せ通行料激高ですから)。車を止めて、ドアを開けると・・・・・・・重っ。風がメチャクチャ強くて、しかも思いっきり車の前方から吹いてきてて、ドアが風に思い切り押されます。何とかドアに挟まれることなく外に出ましたが、手を放したらバーンと思い切りドアが閉まりそうで、風が少し弱まるまでドア持ちっぱなし。自分も飛びそうです。つーか飛びますよ?
 売店では何故か福引きをやっていて、料金所でパンフと共に福引き券を貰ってたので、取り敢えずボールペンゲット(恐らくハズレ)。
 車に乗り込むにも、下りる時より慎重に(あの風の勢いでドアが閉まって挟まれたら、足の1本くらい切断しそうです)ドアをしっかり押さえて。無事に乗り込むと、風で車が揺れてることに気が付きました。すげー。


左・金剛證寺、右・山頂展望台より伊勢湾方向。

 続いて伊勢志摩スカイラインを鳥羽方向へ抜け、磯部町の伊雜宮(いざわのみや)へ。ここは皇大神宮、即ち神宮(伊勢神宮の正式名称)の内宮の別宮です。
 夫より一足先に入った境内(多分、夫は一服してから来た)は、たまたま先客がおらず、静まり返っていました。
 別宮とはいえ、神宮司庁所管のお社に詣でるのはこれが初めて。一般の神社には多少の差はあれ俗っぽさがあるものですが(それを悪いこととは全く思わないし、庶民に根ざした信仰であればあるほど、そうなるものだと思います)、神宮にはそれがないですね。
 でも神宮では御守とかは授与していないと聞いたんですが、ここにはありました。ちょっと変わった六角形の御守。手に取って見ると、裏側にはちゃんと「神宮」って入ってます。内宮や外宮にはないのかな??

 その内宮・外宮には明日一番に詣でます。朝の清浄な空気の中での参拝、めっちゃ楽しみです。その為にはちゃんと早起きしなきゃ(汗)。


 さて、今日の最後は二見浦の二見興玉神社。夫婦岩で有名なところです。お土産物屋に車を止め、海沿いの参道へ。「祝 浜参宮」と染められた幟が立つ向こうに鳥居が。それを抜けると更に先に二の鳥居?があります。

?
 その鳥居の向こうに人が集ってます。何? 何かあるの?
 ・・・と思ったら、参道が濡れてる・・・てことは・・・。
ドバーン!!!!!!!
 Σ( ̄□ ̄‖ な、波が! 波が参道にかぶってるよ!!
 その時、向こう側からびしょ濡れのおにーさんが走ってきました。最悪なタイミングで通りかかってしまったようで。ああはなりたくない、と、各々がタイミングを計りながら向こう側へと走ります。鳥居の向こうが人集りだったのは、波のタイミングを計る人と、その様子を見てる人が歩みを止めていたからなのね。我々もタイミングを計り、無事濡れずに向こう側へ。海の中には波をかぶり放題の夫婦岩が。そしてその向こうには・・・

社殿ーーー!!!!!!!!!
 社殿が! 社殿が波かぶってるよ!!
 波の強さと風の強さ次第では、社殿正面で参拝してても波がかかりそうです。えらいこっちゃ二見興玉神社。毎年のように台風で酷いことになる厳島神社だって、台風の時には参拝出来なくなるハズだから、こんな状態で参拝客がいる神社ってあんまりないのでは? 宮崎の鵜戸神宮ってどうなんのかしら?? 取り敢えず私は、波に怯えながら神社に参拝するのは初めてです。オイオイ、KissDN(デジタル一眼)持ってるのに(滝汗)。



←この写真で風の強さがお判り頂けるでしょうか? 鈴のヒモが、有り得ない角度になってます。ええ、真ん中のは綱ですよ。下には房も付けて、それなりの重さですよ。



 社殿の脇(上の写真だと手前)に御朱印の授与所があります。中には巫女さんが一人。窓はこの強風ですから勿論閉めてます。御朱印を書いて下さってる間は窓(上下に開くタイプ)の下側を15cmくらい開けていてくれたんですが、何か申し訳なかったです。待ってる間にも風に乗って細かい水飛沫が飛んでくるし。
 嗚呼、こりゃKissDNはサービスセンター行きだな・・・。清掃してもらわな・・・塩水はいかんよ、塩水は。

 社殿と御朱印の授与所の間を抜けると、夫婦岩の前に出ます。

虹が・・・虹が出ている・・・。
 夫婦岩の前に虹が架かるなんて、何だか縁起良さげかも。でも凄い光景。勿論、辺りは波と波飛沫でビショビショです。
 写真を撮ろうと柵に近付くと、また波にやられます。うっかりすると風に飛びそうです。それでも写真を撮って、その荒れ狂う波と夫婦岩と大騒ぎの人々をしばし眺め、戻ろうと社殿横を歩いていた時・・・
ザッパーン!!!!!
 ��(゚Д゚;ノ)ノ な、波が! 波が今、授与所まで!!
 なんと、社殿前はおろか、さっき御朱印を頂いた授与所にまで波が襲いかかりました。そのタイミングで参拝してた人はびしょ濡れ。今御朱印頂いていたら、私もびしょ濡れだし、授与所の中もえらいことになったでしょう。授与所の窓が飛沫で濡れています。
な・・・何てスリリングでエキサイティングな神社なんだ・・・!
 何処ぞのウォータースライダーみたいに、レインコート持参で来るべきですよ今日は。ザッツエンターテインメント!!
 ものすごいテンション上がる神社です。勿論、いつもこうじゃない、って言うか、こんな事態が珍しいんでしょうけど。

 昔は伊勢参宮を控えた人が二見浦の禊浜で汐水を浴び、心身を清めて神宮へ参拝したそうな。幟に染められた「浜参宮」とはこの禊浜に参宮することをいうのですが、図らずもばっちり汐水まで浴びてしまった私たちです。
 これで神宮参拝前の禊ぎもバッチリd(ゝ∀・)ネ♪(ヤケ


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・過去の「今日」。

2006年03月17日(金) 呟き。
2004年03月17日(水) ではまた
2002年03月17日(日) 苦節?日

■ 2007年03月16日(金)
  東海紀行―犬山→小牧→覚王山 <画像あり>

 ちょっと前の予報では雨マークも付いていた本日ですが、岐阜で高龗神に祈った甲斐があったのか単に私が晴れ女だからか、時折晴れ間も見えるお天気。気温も昨日や一昨日よりは高くて、まずまずのお出掛け日和です。

 名古屋を10時丁度に出る名鉄犬山線急行に乗り、まずは30分かけて犬山へ。そこで小牧線に乗り換え、2駅で目的の楽田駅に到着です。「がくでん」と読みます。どういう意味がある地名なのかしら。

 駅を出るとすぐ脇に踏切。その踏切のすぐ横に「国幣中社 大縣神社」の社号標が建っています。そこが最初の目的地。この道を西へまっすぐ1.5kmほど行った所に神社はあります。
 道は結構広いけど、大型ダンプがたくさん行き来してます。何処かで大きな工事でもしてるのかしら。駅から途中までは中央線が無くて、ダンプの離合はギリギリな感じでヒヤヒヤしたけど、やがて2車線になって歩道も出来ました。これで安全に歩けます。
 緩やかな上り道を延々歩いて、突き当たりに鳥居。その脇には「式内大社 大縣神社」の社号標。大縣神社は、延喜式に記された名神大社で、国幣中社に列せられていたワケですね! 社号標でそれが良く判ります。知ってたけど。ついでに言うと、尾張国二宮です。
 という由緒正しき大社・大縣神社。社殿も立派です(国重文)。尾張造を正確に伝えるというその社殿は、大縣造とも呼ばれる本殿が三棟造の特殊構造。確かに、拝殿・幣殿の後ろに屋根がみっつ連なっているのが見えます。
 祭神は大縣大神。尾張開拓の祖神で、垂仁天皇27(B.C.3)年に濃尾平野を見下ろす本宮山頂より現在地に遷座したのだとか。てことは創建はいつなんですか。

 そして境内摂社に姫之宮と大国恵比須神社があります。後者は大黒様とえびす様ですね。姫之宮は玉比売命と倉稲魂神を祀る社。女性の守護神としての信仰が篤いそうです。
 その奥に小さな梅園があり、日曜日まで梅祭り開催中でした。でももうだいぶ散り気味だけどね。

 こちらでも御朱印を頂きました。欲しかったのよ、ここの御朱印。尾張二宮ってのもありますが、何と墨書が神社名とかじゃなく「式内大社」のみなんですよ。「式内大社」なんてでかでかと(しかもそれだけ)書く神社なんて、他に知りません。誇りなのかなぁ。


左・踏切脇の社号標、中・大縣神社拝殿、右・鳥居横の社号標。

 来た道をのろのろと下って駅へ戻り、1駅進みます。次の駅は田県神社前駅。駅名だと「田県神社」ですが正しくは「田縣神社」。こちらへ参拝です。
 大縣神社に比べ、式内社だけど小社で旧官国幣社でもなし、と社格的には見劣りのする感が否めない田縣神社ですが、現在はこちらの方が圧倒的に有名です。何故かと言うと、かなり人の興味を引くお祭りをやっているのですよ、ここは。それも実は毎年3月15日、即ち昨日がそのお祭りだったんですが、お祭りとかの無秩序な人混みが嫌いなのと、祭り自体が若い女一人で行くにはちょっとアレなので、1日ずらしての参拝と相成ったワケです。

 その祭りは「豊年祭」と言います。「田縣神社 豊年祭」でググってみました。ええと、一番無害に概要が判るのは、小牧市公式サイトではないかと。
 とにかく、こんな神社なのでそういう(どういう?)筋では有名なのです。

 鳥居をくぐり、右手に拝殿。鳥居左手の手水舎で手を洗って、振り返って拝殿に近付くと、拝殿の中にコレ。そう、これが豊年祭で担がれる神輿です。他のサイトでこの写真を見た時は、よくある神輿庫みたいに独立した建物に置かれてるのかと思ってたのに、拝殿に堂々と置いてあるのかYO! あまりにダイレクトで大らかなので、一人じゃなかったら笑ってます。絶対。
 拝殿を左手に行き、その奥に奥宮があります。奥宮に至っては中がこの状態。社殿に掲げられた看板には「田縣の奥宮 千年の昔より遠近の人々願ひの叶ひしを喜びて、逸物を供える慣習あり、これをみて男子はその雄大な形相に益々発奮して仕事に励み、女人はひそかに伺ひみて願ひかければ良縁を得るまた子宝に恵まれるとぞ、生むは産むに通じて商売繁昌には霊験いやちこなり」と書いてありました(「いやちこ」とは神仏の御利益が著しいこと)。男性諸君はコレみて発奮して仕事に励むの? マジで?
 そしてここでも「子供が出来ませんように」と頑なに祈る私。今後とも日本の少子化に貢献する所存。

 それから鳥居正面の社務所へ。2chでも「さすがにあの表紙は恥ずかしくて持つのはむりぽ」とか言われてる衝撃の御朱印帳の見本が掲示されていました。うん、これはムリだ! 手持ちの御朱印帳を出して御朱印頂きました。

 ちなみに、田縣神社が男性のシンボルなら、さっきの大縣神社が女性のシンボル。実際、昔は田縣神社の神輿の女性バージョンの神輿が、大縣神社の豊年祭にも出ていたそうです。でも風紀上良くないとかいう理由で、なくなっちゃったんだと。何故女陰は風紀上良くなくて男根は良いのだ? どっちもどっちな気がするけど・・・。

 小牧と言ったら、そういや航空自衛隊の基地がありますね。犬山市の大縣神社にいた時から、上空を明らかに民間機じゃないモノが飛びまくっています。田縣神社に来たら、でっかいのが結構低空で飛んでいきました。いっぱい。多分、C-130H輸送機じゃないかと思うんですが。


左・社号標と鳥居、中・拝殿、右、境内より多分C-130H輸送機。

 駅へ戻って再び電車に乗り、終点の平安通駅まで。地下鉄に乗り換えて栄に出、お昼にしました。でもこういう繁華街って、何処で食べていいのか判んないね! よく考えてみれば、私は新宿だってデパートとかのレストラン街でご飯食べることが多かった!
 しばらくウロウロしてみたけど、結局昨日同様にパルコのレストラン街に行きました。何故か名古屋で北海道名物スープカレー。

 再び栄から地下鉄(東山線)に乗り、覚王山へ。ここに日本唯一の無宗派寺院というお寺があります。覚王山日泰寺。覚王とは釈迦、日泰とは日本とタイのこと。ここは、1898年にインドで発掘され、インド政府から仏教国タイに贈られた仏骨の一部が祀られる寺院です。当時のタイ国王チュラロンコンより日本に贈られ、日本仏教全宗派が協力して、このお寺を建立したのだとか。だから宗派がない、のだけど、ここのお坊さんは一体何処で修行してくるのかしら?

 名古屋人はここでお葬式するのがステータスらしいです。私が参拝した時も、まさに社葬が執り行われてました。東京で言ったら青山葬儀所か中野の宝泉寺みたいなモンか?
 社葬は勿論、本堂ではなく法事なんかを執り行う専用の建物でやってたんですが、境内から参道からそこの会社の若い社員と思しきお兄さん方が黒服で立ってて、ちょっと気まずかったです。門出る時とかに丁寧におじぎしてくれちゃうんだけど、白のダウンに赤いマフラーの女なんか、どう見たって社葬と無関係じゃん! やめてくれ〜。
 風が強くなっていたので、コートなしで立ってるのが寒そうでした。私も真冬の葬儀で「○○家」と書いた札を持って立たされたことがあるんですが、その時は喪主側の御厚意でコートOKでした。ありがたやありがたや。

 さて、覚王山には有名なケーキ屋さんがあります。シェ・シバタ。場所なんか確認しなかったんですが、何とまあ、日泰寺の参道にありました。でもこれがもうすごい混み様で。3日連続でいっぱい歩いて足も痛いし、泣く泣く退散しました。時間もちょうど3時過ぎだったしなー。くそー外から見てるだけでもショーケースのケーキが神々しく光り輝いてたんだけどなー。
 いつか絶対食べてやる!。・゚・(つд∩)・゚・。


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・過去の「今日」。

2006年03月16日(木) 父のA-1 <画像あり>
2005年03月16日(水) 名古屋経由東京行き
2003年03月16日(日) 思いのまま <画像あり>
2001年03月16日(金) 卒業旅行? <画像あり>

■ 2007年03月15日(木)
  東海紀行―津島→名古屋 <画像あり>

 昨日の青空とは打って変わって、今日は曇天。青天の寒さは身が引き締まる清々しさがあるけど、曇天の寒さは打ち拉がれますね。でもホテルに籠もってる訳にはいかないのです。

 名古屋10:17発の名鉄佐屋行きに乗り、目指すは津島。「津島の天王さま」こと津島神社を目指します。津島駅前の看板に従い、駅から真っ直ぐ伸びる道を西へ。看板には「徒歩10分」とありました。地図見て思ったより近そう。良かった良かった。
 津島神社。全国約三千余社の津島神社の総本社がここです。御祭神の建速須佐之男大神が対馬から当地に来臨したから、「津島」。
 道の突き当たりに神社はありました。ここも現在工事中。授与所はあからさまに仮の建物でしたが、社殿は多分手付かずだったのでヨシ。ここの社殿は真清田神社や尾張大國霊神社と同じ「尾張造」という、流造の丹塗りの本殿に祭文殿・廻廊・拝殿と釣殿が左右対称に配置されている、この地方独特な建築です。
 境内社を巫女さんが丁寧に磨いているのを見かけました。この寒いのに、大変な仕事だよね。基本、神社やお寺は寒いです。そんで装束って薄着です(勿論、中に着込むけど)。護摩でも焚いてりゃ暑いけどさ、神社はそれもないしな。
 神社の北側に、元神宮寺の寶寿院があります。そちらも参拝。

 津島でお昼食べてもいいなぁ、と思ってたんですが、ミスドとマックくらいしか見当たらなかったので、そのまま電車に乗りました。のんびり知多半田行きの直通各駅停車で居眠りしながら、名古屋駅を通り越して金山へ。そこで地下鉄に乗り換え、八事駅で下車。

 八事山興正寺は高野山真言宗の別格本山。観光バスも来たりするようなお寺みたいです。でも今日はそんなに人もいなくて静かな境内。人が多いのは縁日の時とかかなぁ。
 本堂に上がって参拝できたので、上がらせていただきました。一番左が随求菩薩、真ん中が阿弥陀如来、右が弘法大師。阿弥陀様の前で般若心経をお唱え。
 本堂の横で御朱印を頂きます。ここでいただける御朱印は全部で5種。ええ、全部頂きますともさ! 「本尊大日如来」「本尊西方佛」「正観音」「不動明王」「寿老人」。本尊が2種なのは、ひとつは奥の院の本尊だから。・・・ん? でも今、そこの本堂の中央におわしましたのは、阿弥陀如来様でしたね・・・? 真言宗だから大日如来が本尊で当然だけど、本堂じゃなくて大日堂にいらっしゃるのか?
 ここの五重塔は国指定重要文化財です。愛知県どころか東海地方唯一の木造の塔だとか。


左・津島神社の御神木の銀杏、中・津島神社、右・興正寺五重塔。

 再び地下鉄に乗り、大須・栄方面を目指します。そう、名古屋一の繁華街です。初めて来ます。
 大須と言ったら名古屋の電脳街らしいですが、私が通ったところはそういう感じのお店は全然なく、普通に表参道を通って大須観音着。鳩の餌を売ってるから、すごい鳩だらけ。境内で寛ぐ地元の人も多いです。なんか下町っぽい雰囲気。

 そこから100m道路の若宮大通へ出て、名古屋総鎮守の若宮八幡社へ。境内を駐車場として1日1000円?で貸し出してたり、都会の神社です。授与所でするめを切ってたのは、巫女さんではなくて事務員みたいな若い女性でした。髪型はひとつ結びで巫女っぽいのに、着てるのはスーツに黒のハイソックス。何だか不思議。

 さて、若宮八幡の鎮座地は「名古屋市中区栄」。そう、もう着いちゃったんですよ、名古屋一の繁華街・栄。すぐそこにパルコがありました。もう3時近いんですが、結局、お昼食べ損ねてるんですよね。パルコ西館7階のレストラン街へ行き、Dear.SOUPで軽くご飯。中途半端な時間なのでガラガラです。
 スープを食べつつ(飲む、というより食べるといった感じのスープでした)入口で取ってきたフロアガイドを眺めます。名古屋のパルコは広いですね。広島パルコもこんだけ広かったらなぁ。
 4階・3階・B1階を冷やかし、ちょっとお買い物して帰路に就きました。

 どうでもいいけど、観光客に「お店の紹介なんですけどぉ」とかって声掛けんなチャラ男。普段なら完全シカト(顔も見ない)だけど、「あたし観光客なんです」と微笑むために一瞬だけ話を聞いてあげる嫌な女は私です。


左・大須観音、右・若宮八幡宮。

 明日はどうしよっかなー。


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・過去の「今日」。

2006年03月15日(水) 桜クライシス
2004年03月15日(月) 魔窟というかパンドラの箱というか

■ 2007年03月14日(水)
  東海紀行―岐阜→一宮 <画像あり>

 10時の東海道線新快速に乗って、岐阜へ向かいました。名古屋から岐阜まで僅か19分。呉−広島間よりよっぽど近いです。感覚的には1時間弱くらいかかりそうなイメージだったのに、信じられません。途中停車駅は尾張一宮のみ。

 辿り着いた岐阜駅北口は、整備中でガランとしてました。バスターミナルにでもなるのかしら? 工事現場を抜けて、地下道を通って、繁華街方面へ。駅にあった岐阜市の観光案内所のラックから持ってきた地図やパンフを手に、目指すは伊奈波神社です。

 伊奈波神社は、岐阜城のある金華山の麓にあります。てことは、金華山を目指して歩けばいいワケで。まずは適当に北へ進みます。長良橋通りへ出て、山が見えてきた所で右折。山裾を進むと、神社がありました。橿森神社。猫がいたので思わず釣られますが、あっけなくふられました(;;)
 今日の岐阜はとても良い天気で、途中にあった小さなお寺の木蓮が青空に映えてめっちゃ綺麗でした。そのまま山裾のうねうねした路地を進み、伊奈波神社前の広場に到着。
 伊奈波神社の鳥居の横には、「善光寺」の看板が掛かった寺院がありました。「ぎふ善光寺」こと美濃新四国第一番札所・善光寺安乗院です。お参りして御朱印を頂きました。武田信玄が甲斐に持ち出した善光寺如来を、信玄の死後に信長がここに持ってきたという霊蹟なのだそうで。勿論、善光寺如来は後に信濃善光寺にお帰りになってますが。
 ぎふ善光寺を出て、すぐ横の鳥居をくぐります。階段を昇って楼門をくぐり、また階段を昇って神門へ。ここからお参りです。
 境内にある雨の神・高龗神を祀る黒龍社にもお参り。道中、お天気が保ちますように。

 伊奈波通りから長良橋通りへ出て、岐阜駅方面へ戻りました。ちなみに、金華山ロープウェーの駅がある岐阜公園は伊奈波神社よりもっと先。そのロープウェーで金華山山頂へ行き、少し歩くと岐阜城です。でも行ってません。ロープウェー、往復で1050円なんだもん。高いよ。長良橋通りから遠目に天守閣を眺めました。長良川とかよく見えちゃうんだろうけどね。

 岐阜東西通りを西へ折れて、続いて金神社へ。「金」で「こがね」と読みます。伊奈波神社の御祭神の妃神を祀る神社です。こちらにも参拝して御朱印。

 長良橋通りの何処かでお昼を食べようと思ったんだけど特にこれというものもなく、駅まで戻ってしまったので、駅ビル(というほど高さはないが)1階にあったドトールで久々Aサンドを食べました。


左、伊奈波神社。右・金神社。

 再び東海道線に乗り、名古屋方面へ戻ります。行き先は尾張一宮。以前尾張国一宮・真清田神社にはお参りしているんですが、駅を挟んで反対側に、全国一の宮会がもうひとつの尾張国一宮に認定している大神神社があります。今回の目的地はそっち。
 でもね、一宮市なんて観光地じゃないから、持ってる地図(今回は一応まっぷるなんか買ってみた)の縮尺がやたらデカイんですよ。その縮尺、何と20万分の1。地図上の1cmが2kmです。そんな地図だけを手懸かりに、「一宮」とはいえ真清田神社とは規模も知名度も雲泥の差である小社を探して歩きます。方角だけ見当付けて、歩く歩く。その距離、多分2km強。迷いかけつつも、何とか大神神社にたどり着きました。
 誰もいないんじゃないかな、とは思ってたけど、やはり誰もおらず。社殿に宮司宅までの地図と宮司宅の住所電話番号が張り出されてました。宮司さん家は・・・・・・・車で7分orz 電車で1駅・・・うーん、歩いたら何分かかるのかな・・・。
 どうしようか迷いつつも、取り敢えず電話してみました。
『はい○○です』
「あ、大神神社の宮司さんのお宅でしょうか?」
『そうです』
「あの、今神社の方に参拝させて頂いたんですが、御朱印を頂きたいんですがそちらへお伺いしたらいいんでしょうか?」
『ええ、来て頂ければ書きますけど、3時には用があって出ちゃうんですよ』
 今2時半だよ!��( ̄Д ̄;)
『車ですかね?』
「いや、徒歩なんですけど・・・(汗)」
『あーじゃあ電車だねぇ。何処から来たの?』
「広島なんですけど・・・」
『ありゃー!』
「ここから駅までどれくらいかかりますかねぇ?」
『5、6分てとこかなぁ。うちから駅まで2分くらいよ』
「じゃあ急げば間に合います・・・かね!?」
『うーん、広島からじゃねぇ。仕方ない、待ってますから』
「すみませんありがとうございます急いで行きますんで!」
 電車が30分に1本とか1時間に1本とか言わなければ、急げば3時までに間に合うハズ!
 地図に従って線路沿いに出ると、駅はすぐそこでした。何だ5分もかかってないんじゃん? 電車も10分も待ちません。よーしコレなら2時50分頃には着けるハズだ!
 下車した島氏永駅から続く細い道と県道がぶつかった向こう側に、式内社の大神社があります。大神神社の宮司さんは、大神神社や大神社など20社の宮司を兼務されてるそうで。大神社の隣りが宮司さんのお宅です。庭に繋がれてたテリア系の小型犬にメチャメチャ吠えられつつ、お宅へ伺います。ああ良かった3時前!

 宮司さんはとても丁寧に応対して下さり、私が一宮だけ廻っている訳ではないと知ると、大神社の御朱印も書いて下さいました。但し印が横向いちゃったんだけど。

 折角一宮に行くのだから、真清田神社にももう一度お参りしようと思ってたんですが、一宮から2駅も先に来てしまいました。
 よし、島氏永駅に戻って、一宮方面の電車が先に来るなら一宮へ、名古屋方面の電車が先に来るなら名古屋へ戻ろう、と決めて駅へ行くと、ちょうど一宮方面の普通電車が駅を発車していくところでした。
 ということで名古屋へ戻ることに決定。

左・大神神社、右・大神社。

 名古屋では近鉄パッセをちょっと冷やかし、東急ハンズでちょっくらお買い物。

 岐阜駅から伊奈波神社までも2kmちょいくらいあったので、今日は歩き疲れました。明日は何処に行こうかな。


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・過去の「今日」。

2005年03月14日(月) アバウト料理
2003年03月14日(金) 謎

■ 2007年03月13日(火)
  東海紀行―関ヶ原→多度→名古屋 <画像あり>

 東海地方に来ております。現在地は名古屋駅前のホテル。2年前に泊まったのと同じホテルです。今日から4泊お世話になります。

 さて、朝広島を発って高速を一路東へと走ったワケですが、最初の休憩地・小谷SAで珍しいモノを見ちゃいました。

 赤枠の回送運行許可ナンバーを付けた、塗装前の警察車両です。それも2台。赤色灯とボディ前面の桜の代紋がなければ、一体何だか判りません。ちなみに運転していたのは警察官ではなく、車メーカーの方でした。
 この未来のパトカー(多分)はうちの車より先に出ていったので、後でうちが追い抜くことになったワケですが、周辺の車がみんなあからさまにスピード落としてて笑えました。そりゃ頭に赤色灯付けた白地の車が走ってたら取り敢えず警戒するよな。しかも近付いても正体不明。

 昨日、関ヶ原は10cm以上積もったらしいですね、雪。高速も伊吹山が見える辺りから周囲が白くなってきました。伊吹PAの広場なんか真っ白!
 それでも高速は勿論、一般道も大きい道は除雪されてそうだったので、当初予定通り関ヶ原ICで高速を下りました。目指すは垂井にある美濃国一宮・南宮大社!

 屋根の日が当たってる面からは雪解け水がぼたぼたと締まりの悪い蛇口が並んでいるかのように落ち、門をくぐるにも軒端に入るにもタイミングを計る必要があります。
 ちなみに楼門が派手に工事中ですが、だからと言って「また今度来よ♪」とかぁるく言える場所ではないのです。私にとっては。
 お土地柄か、合格祈願絵馬を掛ける場所には「天下分目難関突破」と大書された看板が掛かってました。関ヶ原ICから南宮大社に至る道の途中に、「徳川家康初陣地」なんてのがありましたよ。ちなみにウチの母方のご先祖様は、関ヶ原の戦いの時、江戸城留守居(´・ω・`)

 そこから美濃街道を南下して、目指すは旧国幣大社の多度大社。
 此処がですね、思ったよりも凄く凄く良かった!
 まず「白馬伝説」の社ということ。御神馬がいるらしいんですが、今日はお留守なのか放牧中なのかそれとも代替わりの狭間なのか・・・とにかく見ませんでしたorz
 でも「うまくいく守」(馬が9頭描かれた御守。結構見かけます)のみならず、「うまくいく絵馬」(馬が描かれた小さめの絵馬が9連になってる)や木片に馬の顔が描かれた「手綱守」なんて御守まで!! テンション上がります。
本宮・多度神社手綱守
 それらの御守がある授与所を過ぎ、100mほど奥に入ったところに御本殿があります。多度大社の御本殿はふたつ。右手が本宮・多度神社(天津彦根命)、左手が別宮・一目連神社(天目一箇命)。このふたつの社の前を落葉川という清流が流れているんですが、この水がまたえらく透明で。木々に覆われた境内はキンと冷えた空気に覆われていて、本当に清浄でした。馬抜きで良い神社です。また来たいです。
 結局「手綱守」を500円で頂きました。
由緒ある上げ馬神事に挑む馬達の手綱には
勇ましくも、力強い魂が宿っています。
その魂をこの手綱守りにうつし、「手綱さばき」
「手綱を締める」などの言葉があるように
自分自身をいましめることにより
大願成就へとお導き致します。
身近なところで大切にお持ちください。
 ・・・だそうです。何処に入れよう(or 置こう)かな。

 夕飯は名古屋の「世界のやまちゃん」で手羽先食いまくってきました(*´∇`*)
 明日は岐阜に行こうかと。名古屋から電車で結構すぐなのよね、岐阜。目的地は、取り敢えず伊奈波神社です。


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・過去の「今日」。

2004年03月13日(土) マニュエルとカメ
2003年03月13日(木) 母は強し <画像あり>

■ 2007年03月11日(日)
  風邪の時に食べたいもの

 iTunes Storeからのメールが全て文字化けして届くので、ソースを表示させないと読めません。取り敢えず許可無くHTML形式のメールを送るのをやめていただきたい。基本、メールはテキスト形式でしか読まないので。
 あとついでにモー娘。とか勧めてくるのもやめてほしい。そーゆー趣味ないから。興味ないボタン押しまくりです。

 さて、今週1週間は、
風邪っぽいなと思って養生する→治ったと思って普段通りにする→また風邪
 の繰り返しでした。金曜には遂に大波。大体毎朝計ってる基礎体温計に、基礎体温として有り得ない数値が表示されてビビりました。道理で布団被ってても寒気がするワケだよ!
 吐き気は全くないけど、若干胃が痛いので、久々にムコスタ飲みました。

 風邪ひいたりして体調壊した時に食べたくなるものってありませんか?

 私の中で「風邪の時に食べるもの」の二大巨頭が、「大根の味噌汁をベースに作ったおじや」と「煮込みに煮込んだうどん」です。どちらも家庭の味、おふくろの味です。
 さて、私は世間一般で言う「うどん」が決して好きではありません。完全に蕎麦派。それは我が家のうどんに問題があったためと思われます。だって私が好きなうどんと世間のうどんは違うもの。

 昨日ですね、実家を出て初めて自分でうどんを作ったんですよ。蕎麦派だから、今まで家でうどんなんか食べなかったんです。でも久々に二大巨頭のうどんが食べたくなったのです。というワケで、作るのは「煮込みに煮込んだうどん」。
 1食ずつパックになった生麺を開けようと袋を見て、その時初めて気が付きました。
 うどんも蕎麦同様に麺だけ茹でるもので、めんつゆで煮込むものではない、と。
 多分、世間一般からすると、私はおかしな事を言っているんでしょうね。でも私にとってのうどんは「煮込みに煮込んだうどん」なのです。袋に書かれた茹で方なんか一切無視で、めんつゆにドボン! それが松本家(仮)のうどんじゃ!!

 要するにですね、私が食べたいうどんは、めんつゆで煮込まれて茶色くなって箸で掴むのも難しい(切れちゃう)ようなうどんなのですよ。カレーは「2日目のカレーが美味い」って言うじゃない? 私はうどんもそうなのです。別茹でではそうはいきません。

 一昨年初めて名古屋に行った時に食べた味噌煮込みうどんで「麺が白くて腰がある」と驚いた私。讃岐でさぬきうどんを食べて不味いと思った私(それは麺というよりつゆに問題があったんだけど)。
 うどんは煮込んでナンボ、です。

 衆人の理解を得られぬ事は十分承知。夫には同居以来一番の不評でした。病人食なんじゃ食うなハゲ!!


 ちなみに土曜の昼もショッピングセンターに入ってる蕎麦屋できつね蕎麦を食べたんですが、信州蕎麦を謳う店のクセにめんつゆが黒くなくて軽くムカつきました。信州蕎麦を出すなら西日本に迎合してんな(#゚Д゚)ゴルァ!!


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・過去の「今日」。

2006年03月11日(土) 10th anniversary 熱海 (゚∀゚) <画像あり>
2005年03月11日(金) やぶ医者!
2004年03月11日(木) 深夜のメッセージ <画像あり>
2003年03月11日(火) 葉書1枚のトッポちゃん <琴星商事資財帳8>

■ 2007年03月06日(火)
  恐怖症

 初めてカミングアウトします。

 私、嘔吐恐怖です。多分、軽いものですが。

 あまり聞き慣れない言葉だと思います。私も比較的最近までそんな名称があるとは知りませんでした。名前の通り、嘔吐に関することが恐いだけです。

 小さい頃、乗り物酔いしやすかった私は、1時間も車に乗ると吐いてました。気持ち悪いし、吐くこと自体しんどいんですよね。

 中学に入る頃から、吐き気がしても吐くこと自体を我慢するようになりました。「吐く」という行為がダメなんです。無理なんです。だからもう多分15年以上吐いてません。お酒飲んで吐いたことも勿論なし。ていうか最後に吐いたのがいつか、はっきり記憶にないです。多分、小6だったんじゃないかな、くらい。

 嘔吐だけでなく、えずくのも駄目。だから喉の奥まで何かを突っ込むような、歯医者とか普通の内科とかでも喉の奥見るようなの、駄目です。歯磨きも嫌いです。たまに奥歯を磨いたりうがいをしたりして何でか失敗して、うっかりえずいちゃったりすると、2分くらい動けません。涙流しながら、洗面台に顔突っ込まんばかりの状態で。
 風邪の予防には家に帰ったらうがい、とか言うけど、うがいするくらいなら風邪ひきます。風邪が胃腸に来ることは少ないので、風邪で吐き気なんてのはここ10年以上ないですから。咳が止まらなくてえずくことはあるけど、風邪ひいたら必ずそうなるワケでなし。そもそもうがいしなかったら必ず風邪ひくワケでなし。嫌なことは取り敢えず先延ばしにする性格です。今そこにあるうがいの方が恐い。

 他人が歯を磨いているのを見るのも嫌です。いや、「磨いている」ところはいいんですけど、「ペッ」ってなったら駄目。他人の口から出て来たモノを見るのも論外(自分のだって嫌なのに)。だから修学旅行とか合宿とかで、集団で歯磨きするような場面は拷問でした。家族だって嫌だから、自分が歯磨きしてる時に洗面所に夫が来たら追い出すし、夫が歯磨きしてる時には洗面所に近付きません。勿論、実の親でも駄目。

 さて、そんな私が先日、電動歯ブラシを買いました。お買い得だったんです。口の奥まで突っ込んで自分でシャカシャカしなくていい分、えずくことがなくていいかも?と思ったんですが、いやいや思った以上に良いですよ。もっと早く買っときゃ良かったよ!

 でも問題は、歯磨き嫌いな上に虫歯になりやすい歯質(って前言われた)なために、既に出来ている虫歯さん。もう5年くらい虫歯治療には行っていないので、それなりの数の虫歯がそれなりの規模であるような気がします(最低2ヶ所は確認済み。但し1ヶ所は親知らずなので抜いてくれて結構)。
 幸いというか何というか、私、あまり歯が痛くなることがありません。逆に、だからこそ歯医者に行った時には神経まで抜かなきゃならないような虫歯になってることが多いんですけど。

 歯医者行ったら絶対「おえっ」てなるよな。考えるだけで「おえー」だなそんなの。しかもこっちじゃ歯医者の言ってることが理解できないんだよな(言葉違うから)。あーもうそんなのストレスすぎ。

 そんなワケで虫歯放置です。嫌なモンは嫌。いっそ総入れ歯の方が楽でいいんじゃないかとか思っちゃう私はダメ人間。

 夜の繁華街とか駅とかで吐いてる人に出会したら顔面蒼白で震えが止まらないとか、そういう極端な症状はないので、別に治そうとか精神科行かなきゃとかそういうことは思ってないです。吐きたい時に吐けなくて辛いってのはありますが、どうせ吐いても辛いんだからいいんです。吐きたくなること自体、幸い滅多にないし。


 ・・・なんて言ってたらちょっと気持ち悪くなってきた(;´艸`)ォェ


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・過去の「今日」。

2006年03月06日(月) ♪風の強ーい日はアレルギー
2005年03月06日(日) 眠る日
2004年03月06日(土) 地方在住者と地方出身者
2003年03月06日(木) マナー?

■ 2007年03月03日(土)
  一夜にして起こるhorror

 朝(というか、一応午前中だったけど、昼に近い)起きて鏡を見たら、自分の顔の左側だけ何だか老けていた。



 ・・・・・・・・・いや、本当に。



 一応、実年齢マイナス5歳程度に見られる私ですが、それでも日々、とても小さな事に「やっぱり年取ったなぁ」と感じることはあるワケです。
 でもこれは、そんな生易しいものじゃない。しかも左右非対称。右は昨日までと同じなのに、左だけ一気に。

 眼の下のシワだってこんなに深くなかったよな。いや、そんなことより何よりほうれい線なんかなかったじゃないか! 何だこの線は!
 シワだけじゃなく、眼の大きさも何か違うし、とにかく何か変。朝起きてすぐだから浮腫んでる可能性もあるけど、でも左だけ。

 恐ろしいですよ。ホラーですよ。

 普段着てる服がはっきり言ってnon-noレベルの私ですが、それでも白い目で見られない(多分)のは、見た目年齢が実年齢よりも若いからだと思います。
 でも、若い格好してるから若く見られるってのもあるじゃん、て思ってたんですよ。違うね。それは違う。全っ然違う。今日悟りました。
 若くないのに若い格好してたら、「いい年して何若作りしてんの?」なんですよ。若い格好してたって顔が年取ってるモンは年取ってるんです。

 嗚呼このまま戻らなかったらどうしよう。やっぱり基礎化粧品を「高いから無理」とか言ってないでワンクラス上のものに変えるべきかしら。顔筋マッサージとかやるべきかしら。噂の「田中宥久子の造顔マッサージ」とか買ってこようかしら。いや、寧ろ買わねば!!

 ・・・・・・くらい思いました。


 結論としては、夜10時現在、顔は元に戻ってます。大丈夫です。ほうれい線もありません。

 今ですね、左頬に3つほどニキビとニキビ跡があるんですよ。いい年してニキビという言い方が気に食わなければ、吹き出物でもいいですけど。
 そいつらを早くどうにかしたくて、家の中でローションパックとかやりまくってます。コットンをミネラルウォーターで湿らせて、化粧水含ませて、コットンを引っ張って伸ばして頬に貼る。まあ、左だけってのも何なんで、右側にも。

 昨日、注文してたDHCのお品が届きました。化粧品5,000円以上で、希望のサンプルが貰えるんです。で、左頬が気になってたんで、ビタミンCを含んだ美容液のサンプルを貰いました。

 その美容液のサンプルを、コットンに付けて、量がないからニキビ部分にだけ貼ったんですよ、ローションパック同様に。

 どうも、それが良くなかったんじゃないかと。簡単に言えば、多分かぶれたんですな。頬が腫れてたようです。


 嗚呼元に戻って良かった。あの顔じゃもう表になんか出れない、と思うくらいに愕然としたよ!(とか言いつつ出掛けてましたが)
 徐々に徐々に年取っていくなら、まあそんなもの、と受け入れられるだろうけど、一晩でってアンタ、何処の昔話よ、みたいな。

 いやいやいや、老化ってホント恐いですよ。良かったで終わらせずに、やっぱり造顔マッサージか? 化粧品、高いのに変えるか!?


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・過去の「今日」。

2006年03月03日(金) ただいま東京 <画像あり>
2005年03月03日(木) 夫婦という関係

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