めろめろ日記...花智ふう

 

 

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3年ぶりで - 2006年08月20日(日)

免許の更新のために試験場へ。

長岡京にある某試験場は建物は古いのに、
いつでも、冷房はガッツリ効いているというのが、
私の印象なのですが、
そりゃ私の誕生日が夏なんだから、夏しか知らなくて
当たり前だった。

4年前に事故って、中期の免停くらって、
それから一年とちょっと後ぐらいに、
直進禁止(!?)で切符切られて、
その後、更新があって、
今日、更新。

この4年間に3回、試験場のお世話になったんですが、
どれも当然ながら、講習がながい。

それまでなら、1時間とか30分とかだったのにぃ。

ところで、毎度毎度、講習のたびに思うのですが、
試験場で観る講習ビデオってどんどん良くなってますね!

一番最初なんて、ぼやっとしたビデオとあとはスライドだった(笑)
しかも、ボタンで画面が変わるんじゃなくて、
教官がセロハンを手作業で交換するタイプの。

それが、今回は教官はパソで全部やってて、
動画では、ナレーションが福留さんだった!!
(もちろん、出演もなさってます)
あの映像、いくらかかってんのよ(笑)

っていうかさ、違反者講習とそーでない講習とでは
ビデオ違うのかな。
(多分、20分ぐらいの映像なんだけど)
















...

お葬式 - 2006年08月14日(月)

「お盆に亡くなる人はすごくいい事をした人なんだよ」

と、お稽古の先輩のH田さんが言いました。
先生なら当然だなと思いました。

お葬式では、生徒がみんな泣いてました。
私も泣きました。

車で来ているので、後で運転しなくてはいけないので、
結構我慢気味に。
それでも、涙がじわじわと溢れてきました。

とても優しいT子さんに声を掛けました。
秋になったら、母が作っているハヤト瓜を
先生と彼女に差し上げるつもりでいたからです。

T子さんは、私を見て、
「先生が、○○ちゃん(私)、髪の毛切って、
女らしくなったわあって言ってるの
思い出したわ」
と言いました。

それを聞いて、我慢していたものが、
ぶわっと溢れてしまいました。

「ええん。T子さん、そんなん言ったらアカンって!!」
ぐずぐずの声で思わずいったら、みんな笑った。

笑って、それからまた泣きました。









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お通夜 - 2006年08月13日(日)

昨日の日記に追加しましたが、恩師が亡くなり、
本日はお通夜でした。

お茶とお花の先生だったのですが、79歳の先生です。

年齢だけ書くと、何の驚きもないのですが、
悲しみが減るわけではありません。

私が習ったのは、先生の人生の中のほんの3年程度だったのですが、
あんなに素晴らしい先生はそうそういらっしゃらないと
確信するほどに良い先生でした。

今でも先生の声が聞こえてきそうです。

ご遺族の方のお話によると最後の最後まで
お稽古の事を気にされていたとのこと。

私はその最後のお稽古日のほぼ最後までおりました。

その時には、すでに体の不調を解ってらっしゃり、
検査の結果を2日後に家族と一緒に聞きに行くのだと
おっしゃっていました。

結局、そのまま入院され、1ヵ月後にお亡くなりになりました。

正直な話、最後にお目にかかってから、お稽古を休むという連絡があった
時点で、不安でした。
不安で不安で、家から携帯に連絡があるたびにイヤな気持ちに
なっていました。

通夜の席では、先生の遺影をまともに見ることができませんでした。

見たら先生の声が聞こえてきて、涙が止まらなくなりそうでした。

その声やその姿の記憶が、今の私の宝物です。

「目に見えない宝物」というものが、本当にこんなに
確かな形であるのかと、驚きつつ、
貰えた幸せと感謝で今はいっぱいです。

でも、もっと教えて欲しかった。






...

世の中 - 2006年08月12日(土)

友人、知人はブログだのなんだのと新たな世界に行っとりますが、
まだまだこのスタイル。

たんに面倒なだけなんですが。

掲示板にちょこっと書きましたが、
裁判は無事終了しました。

和解ってことで、解決しましたが、
事務処理がまだ少し残っています。
(それも面倒くさいなあ)


以前は、「忙しい忙しい」と言っていましたが、
最近はなるべく言わないようにしています。
やる事の絶対量はそんなに変わってないが、
私の処理能力が落ちてるような気がしてるので。

中学生の頃なんて、テレビ見ながら試験勉強が出来たのに、
今じゃ、テレビがついてると気が散ってまともにできません。
まったく、あの集中力はドコにいっちゃったんだろう。

さて、サイトの方は1年以上さっぱり何もしていませんが、
絵を書いてないわけではなかったりしています。

お盆休み中にトップぐらいは変えたいな。

-----------追加--------

本日、恩師が亡くなりました。




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やりたい事というもの - 2006年08月11日(金)

ちょっと、書いてる時期が前後しているんですが、
某所でコメントを書いたら、いろいろ考えが止まらなくなったので。

昨年の3月末に花屋を辞めた直接のキッカケは、
「見たい映画があったのに休みが取れなかった」というものでした。

そう思ってしまったその日のうちに、オーナーに
「来月末で辞めます」と言ってた(笑)
オーナには辞める理由として、私の履歴を見ればほぼ納得してもらえる
「やりたい事があるので」というもの。
実際は仕事としてやりたい事なんてなくて、いろいろな意味で窮屈になってしまったのが原因なんですが。

窮屈というのはどういう事かというと、

・店の業務のほぼ全般を掌握してしまったゆえに、もっと深み(高み?)を目指そうとしたが、壁に突き当たった

・周囲が考える仕事の深みと私の求める仕事の深みの差が大きくなり、疲れた

という感じ。

なかなか、具体的には言えないのですが、「先が見えてしまった」ともいえます。
では、私が望む「深み」とは何かというと、
これまた具体的に言うと些少なことなのですが、

・仕事が予定通りきっちり「美しく」終わる

ということです。
この「美しい」というのが重要で、仕事がただ完了することではなく、
スマートに完了しなくてはならないのです。

今の仕事であげるなら、「機能的なエクセルの表を作る」
「在庫が残らない」、「予定通りに作業が終了する」
などなど。

某所の方は、自分はクリエイト系だとおっしゃっていましたが、
私は耽美系なのです。
花で飾ることが美ではありません。
機能を追求した形もまた美なのです。

もっとも、私が「美しい!」と喜んでいるエクセルの表を
他の人に見せても、理解されませんが。
(最近は、唐辛子の鉢植えを「美人だ美人だ」ともてはやしています)

私は自分の中にあるこの「美しいと思う心」を大切にしています。

これに気づくまでに結構苦しみました。

でも、自分が求めるものが分かると、多少の苦痛は気にならなくなります。
少し前までは「美しい」答弁書を作成することに夢中になっておりました。
(答弁書の何が美しいのかは、言葉で表現できません・・・)
そのために、徹夜もよくしました。

それでも、美しいものが出来上がった時の喜びといったらもう・・・・!










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