WELLA
DiaryINDEX|past|will


2001年05月31日(木) だからオンナは…

「だからオンナはダメなんだ」なんてことをオトコに言われたら、シツレイなっ!むきーっ!と怒るところであるが、私はオンナなので堂々と言っちゃう。自分を含めてオンナはダメだって。

オンナの能力が低いといっているわけではなく、どうもあの「オンナの媚び」見え隠れしてしまうのが不快だ。先日、外務大臣の国会での答弁の様子に怒った国土交通大臣が、自分のことを思い切り棚にあげて「男があんなことを発言をしたら一発で首が飛ぶ」と批判していたが、まったくその通り。「私オンナだからこんなこと言っちゃうもんね♪」とばかりに、場の流れを読まない掟破りな発言をするオンナが多いのはなぜだ?またそれを助長するオトコもいかん。

今日午後、能・狂言のシンポジウムを聴きに行った。23年前に亡くなった革新的な能楽師を業績を偲んで、彼の芸や人となりをパネリストが語る、というなかなか面白い催し物で超満員だった。
大体伝統的に男社会なので、パネリストは圧倒的に男性が多かったのだが、そこで浮きまくっていた女性二人。一人は能楽師の未亡人、もう一人は進行役を勤めていた女性研究者。どちらも「私オンナだからこんなこと言っちゃうもんね♪」タイプで、話題が唐突、説明が独り善がり、ついでに話し始めると長い。
もっとも未亡人の場合は芸について語るというよりは身内として思い出話をする役割もあったので、話が論理的でないのは仕方ないにしても、問題はその女性研究者である。自分が進行役であるにも関わらず、自分の聞きたいことを根掘り葉掘りパネリストに質問する、見当違いな話題を振る、発言をさえぎる、あるいは自分の説を上書きする。単に自分の興味がある分野のおしゃべりをしているかのような言動、公開討議の場をなんと心得ているのか。なまじ見目麗しいだけにどうもその「オンナっぷり」が鼻につくのだ。

私はオンナである自分が好きだ。が、こういう場で、能力ではなくジェンダーの差が出てしまうのは口惜しく感じる。オンナが台頭して来ているとかまことしやかに言われてはいるが、オンナだから、見目麗しいから、という理由でオトコに甘やかされているうちは、ダメなオンナは一向に改善されないと思う。かといってオトコオンナもちょっと勘弁ではある。オトコになる必要はまったくないのだから。


2001年05月30日(水) フリージング

今日も今日とてとあるところで午前中から仕事。その後マシンルームでコンピュータと戯れる。どうでもいいけど冷房効きすぎ。寒いよ寒いよ(泣)。とはいうものの冷房はコンピュータ様がヒートアップしないように入っているので、人間は二の次なのである。でも最近のコンピュータってあんまり熱を発しない気がするんだけどなぁ。今日も地下のマシンルームは冷えつづけるのであった。まじで毛糸のパンツはこうかな。そのうちバナナで釘が打てそうである。

寒けりゃせっせと仕事を終わらせればいいものを、ぐずぐずと他のことをして遊んだりしてしまう。昨日「ガチンコ!」を見たのでそういえばファイトクラブのメンバーって誰だっけと思って「ガチンコファイトクラブ」で検索かけてみたりして。へぇ、結構あの番組ってヤラセなのね。そりゃそうだよな。展開がドラマチックすぎるもんね。セリフも臭いし、みんなでたそがれ時に河原を走っちゃったりして。みんなタレントデビュー狙ってるのかな。

あまりの寒さに16時ごろギブアップ。英語教室へいくも集中できず。なんか風邪ひきそう。弱すぎ。


2001年05月29日(火) なえなえ

特に面白いこともせず、一日家にいて雑事に追われていたので特に書くことなし。
あ、そういえば昼間すごい雨が降ってきたので、プランターを雨に濡れないところに移動させたら雨がやんで、雨がやんだのでまた軒先に出したら雨が降ってきた。そういうこともあるさ、ひゅるる〜。


2001年05月28日(月) 先人の知恵

うちのベランダは日当たりがよいので、ガーデニングにはもってこいの環境なのだが、土いじりをしているとどうしても土がこぼれたりしてベランダの床が汚れる。こぼれた土は排水溝にも溜まったりして、風が強いとそれが乾いて土埃になってあたりに飛び散る。かといってそれを掃除しようと箒ではくと、ますます土埃が舞い上がってしまうのだ(泣)。
これじゃあまりに隣近所に迷惑だし、どうしようかと考えることしばし。ふと思いついてお茶ガラを撒いてみた。昔はお座敷を掃除するときはお茶ガラを撒いて箒ではいたというではないか。普段の掃除はダスキンと掃除機に任せきりなので、お茶ガラを撒いたことはないが、生ゴミのトレイの中から(うちはお茶がらや野菜屑はトレイにのせて少し乾燥してからゴミ箱に捨てているのだ)まあこんなものかと、お茶ガラを適当にとりだしてぺぺぺっと撒いて箒ではくと、こ、これは具合がいい!お茶ガラがの水分が埃を吸い寄せて、しかも適度な大きさと重みのものになるので掃くのもすごく楽。おまけになんとなくいいお茶の香りが辺りに漂ったりして。ベランダガーデナーの諸兄姉もお試しアレ。
ちなみに撒くお茶はほうじ茶のような少し茶葉が大きめのものがいいかもしれない。それからとても水分を含んだ緑茶を撒くとベランダの床が緑色に染まるようです(体験者談)。


2001年05月27日(日) すいまーくん

夫はすいまー(睡魔)くんに魅入られて、朝寝、昼寝、夕寝をたっぷりとっている。本人はせっかくの日曜日を眠って過ごしたくないらしく、さかんにすいまーくんと闘っていたが、結局寄りきり押し倒しですいまーくんの勝ち。

すいまーくんの誘惑の間隙を縫って、ちょっと離れたディスカウントショップと並びの園芸店へ。園芸店は前から入ってみたいと思っていたのだが、機会が無くてなかなか行けなかったのでわくわくしていたら案外品揃えがしょぼくてがっかり。店の名前がついたライトバンがさかんに出入りしていたから、一括でどこかに納入するような業者なのかもしれない。ベランダに置く赤いゼラニウムが欲しいと思っていたのだが、置いてなかったので代わりにハーブの苗を購入。だいぶくたびれてひとつ98円なっていたのが、さらに特価で5つで248円なり。ワイルドストロベリー、バジル、パセリ、セージ、それからミニトマト。ミニトマトはすでに大きな実が2〜3個ついている。
ディスカウントショップで、あら塩とオリーブオイル、パスタ、インスタントスープなどを購入して、裏道を通って帰る。途中でまたまた由緒あるお寺発見。ご本尊は阿弥陀様らしい。途中の和菓子屋さんでお団子を買い、すし屋の持ち帰り部門でお刺身といかげそを買う。ゼラニウムは、駅前の露天商に毛の生えたような園芸店で、大きな鉢を2つげっと。

お団子を食べて、夫はすいまーくんに呼ばれて沈没。その間に私は買ってきたゼラニウムの処理。昨日実家のプランターから無断で持ち帰ってきたアイビーと一緒に大きなプランターに植え替え。いいじゃん、いいじゃん。ハーブ類はまた明日。


2001年05月26日(土) 我田引水

IT講習会最終回。午前と午後2時間ずつで計4時間。なにはともあれ無事終了。前回のどたばたを教訓にして、文字入力の部分をできるだけ端折ったので作業的にも精神的にもかなり楽。キーボードは一朝一夕に使えるようになるわけではないので、初心者向けの講習会で文字入力に時間を割くのは愚の骨頂である、ということがよ〜くわかりました。

講習会は初日は18人(定員20人、登録19人、出席18人)だったのが、二日目に一人減って17人、最終日にさらに一人減って16人。うちこちらの説明が理解して比較的早く操作できるのが10人ぐらい。歩留まりとしてはまあまあか。初めは誰よりも出来なかった人が最後の2時間ぐらいにめきめきと理解度が上がってきたりするのを見るとしみじみと嬉しい。反対に初めからちょっと使える程度だった人が結局最後の方になっても同じような間違いをしていたりする。ちょっと自分ができるからと思って先走る人や、できないことをごまかすつもりなのか「私よくわかりません」とか「全然わからなくて」とか、ひたすら言い訳をしながら舞い上がっている人は、いつまでたっても同じようなことの繰返しになる。結局こういうものは年齢や経験ではなく、いかに心を開いて話を聞き、そして目の前のことをいかに素直にこなしていくかにかかっているらしい。

講習会は奇跡のように時間どおりに終わり、受講生の皆さんもなんとなく達成感をもってにこにことお帰りになったご様子。我田引水になるが、アシスタントを担当したようこさんやようこさんの同僚といい、ここまで粒の揃った講師陣はちょっと他にはないと思うよ。うん。


2001年05月25日(金) 理解不能な職業

世の中には理解を超えた生業が多々存在するが、中でも「冒険家」はその最たるものであると思う。未開の地を行く探検家はまだ理解できるのだが、わざわざ「危険を冒す」専門家というのはいったい何の役にたつのだろうか。
周到な準備をし、スポンサーを募って資金を集め、家族や知人たちに心配をかけて、そこまでやる意義はいったい何なのだろうか。売名行為にしてはリスクが大きいし、冒険のロマンという自己満足ならそれは無責任すぎる。ハイテク装備をもった冒険家の存在は、さしあたって生命の危機にさらされていない、この平和ボケした飽食の世ならではのものに思える。


2001年05月24日(木) 「太陽は輝いた」

テレビでハンセン病訴訟関連のニュース映像を見ていた。涙腺直撃した。涙がぼろぼろ流れた。政府が訴訟しないと聞いたときの、ハンセン病元患者たちの様子が次々に映し出される。弾けるように喜びを表現している人はいない。どの人も初めはにわかに信じがたい表情を浮かべ、それから喜びの感情がさざ波のように広がって、そして絞り出すように喜びの言葉を述べる。その様子の背景に何度も絶望の底に突き落とされた、この人たちの今までが浮かび上がってくる。元患者の一人は「太陽は輝いた」という自作の詩を朗読し、今日から人間として生きることができます、と記者達に語った。

ハンセン病はその外見的な症状から、恐ろしい伝染病として忌み嫌われてきた。いくつかWebで資料を読んだところによると、家族の中で患者が出るとその家族は村八分となり、昭和6年に制定された「癩(らい=ハンセン病)予防法」により患者は強制的に隔離されたという。戦前、私の母が小さい頃よそから本を借りてくると、医者であった祖父は「らい病の人が触ったかもしれないから」といってその本を必ず日光消毒させたそうだ。医療従事者でさえハンセン病を伝染力の強い恐ろしい病気として認識していたことがこの話からもわかる。その当時は不治の病とされていたが、ほどなく米国で特効薬が発見され、しかも実際は感染力の非常に弱い菌であることも明らかになる。ところがほぼ同じ頃に日米開戦となり、日本には治療法がもたらされることはなかった。戦後間もなく日本に導入されたその薬によりハンセン病は劇的に治癒し、非常に治療しやすい病気であることを証明した。しかしそれにも関わらず、昭和28年に新たに制定された「らい予防法」では患者の隔離については改正されることなく、平成8年に至るまでその法律は生き続けた。
ここまでが今回私の知った経緯である。

さて今回の訴訟で政府は控訴を断念し、国の誤りを認める方針を決めた。小泉首相は元患者らとの面談で目に涙を浮かべていたという。もらい泣きしながらふと醒めた頭で「小泉さんの株がこれでまた一つあがったな」と考える。さらにこの光景どこかで見たことがあると思った。5年前のHIV訴訟である。あの時も細川政権が国民の大いなる期待を背負って登場し、厚生大臣だった菅直人氏の英断で薬害エイズの被害者達に国として謝罪したのだった。それを思い出しながら画面を見ていると、今回の決定の前にハンセン病元患者達が首相との面談を求めて、官邸に押しかけた時の映像が映った。集団の最前列にHIV訴訟の川田龍平氏の母である、川田悦子代議士の姿が見えてなんだか妙に納得してしまった。

鳴り物入りの新内閣。新しい政権下での首脳陣の決断。細川内閣の場合、HIV訴訟の件でもわかるように初めのうちこそ画期的な(よい意味での)パフォーマンスが見られたが、その後は尻つぼみになって結局ぽしゃってしまった。今回の件はどうも状況が酷似しているだけに、似たような末路を辿るのだろうか、などと余計な勘繰りをしてしまう。これを手始めとして悪しき因習を打ち破る政治を続けて欲しいものである。


2001年05月23日(水) とらば〜?

朝一で仕事。ちょうど2週間前に仕事場の近くで会った元同僚(というか先輩)の現在の勤務先である会社を訪ねていく。そこのトップも元会社で旧知の人なので3人でランチ。世間話や共通の知人の消息やら今までの話やら最近の動向や新会社の現状やら、色々話を聞いたりしているうちに「うちで働かない?」と誘われる。ノリで無意識のうちに自分を売り込んでみたりして…。業種はこれからって感じの分野で面白そうなんだよな〜。心が動くニャー。


2001年05月22日(火) 千客万来

夫が今日出先で中途半端に時間があまるというので、じゃあ一緒に遅めのランチでもしようと話していたのだが、昨日の午後あたりから業者から次々と電話がきて、ちょうどその時間帯にかかる時刻に自宅にくることになってしまった。重なるときは重なるものだ。もともと火曜日は生協の宅配があるので、できれば夕方は家にいたほうがいい。こんなことってあるのね。一つはマンションの保守、それからガス会社の点検。いずれも15分程度で終わることだけれど、いちいちアポイントメントを取り直すのがめんどくさいので午後遅くにまとめてもらうことにした。もしかしたらランチの時間が取れるかも、と思ったが、昨夜帰ってきた夫に予定を聞いてみるとやっぱり無理。おとなしく家にいることにする。

午前中はベランダに置いてあるプランターの整理。引っ越して以来ずっとほったらかしだったのだが、先日実家の庭から紫蘇の苗を少し掘って持ってきたのでポットに移植することにする。大きいものでやっと高さ3センチぐらい。庭にこぼれ落ちた種から育った実生なので、環境を変えるなら小さいじゃないと美味く育たないかもしれないのだ。移植ゴテをつかって計10個のポットに分ける。今日はうす曇りで涼しかったので作業も楽だった。プランターの方は整理までは行かず、現在の惨状を確認して見栄えのいい植木ばちを救い出したのみ。

午後遅く来るといったのに、マンションの保守は早々と2時ごろに登場。これじゃ出かけてたら全然ダメだったかも。男性が数人きて、愛想よく作業を終えていった。彼らがさった後にタバコのヤニ臭い匂いが充満。さらに4時ごろに今度はガス会社の人登場。訛りのある素朴な人だが、やはりこちらもヤニ臭い。こういう仕事をしていると待機時間も多いし、ついついタバコをたくさん吸うようになるんだろうか。夕方遅くなって生協の宅配。この人も実はヤニ臭い。これで終わりかと思ったら、クリーニングやさん登場。だらだらと冬物を2〜3点ずつ出しつづけていたのだが、そろそろ終わりのようだ。身体は一つなのになぜクリーニングに出すものはたくさんあるのだろうか。この人がヤニ臭かったかどうかは失念。


2001年05月21日(月) コンビニ

この前ぱぴちゃんが「れいこなさんの日記毎日読んでると、夫@れいこなさんがいらっしゃらない時、れいこなさんのテンション下がってるのがよくわかりますよねぇ」と、よりによって夫の前で言った。くやしいので昨日は夫がいたにも関わらず日記を書くテンションを下げていたら、日記を書かないまま寝てしまった(笑)。ふふふふ、思う壺さ(←見当違い)。
というより昨日は、朝からかにやらネットをボーっと見てたりして、しかも目を使う作業をしたりして、その合間にゲームなんかやっちゃったりして、夜になったらすっかり目がストライキを起こしていたのであった。

昼間近所のコンビニに行ったら、幼稚園のお迎え帰りのおかーさんと幼稚園児がいて、どうも店員と顔見知りらしくて世間話なんか始めちゃったりしたので、その後ろでボーっとその様子を観察していたのだが、しかし、コンビニでカゴ使って買い物するかな、主婦が。赤ちゃんを連れている人がコンビニでとりあえず当座の買い物を済ませるというのならわかるのだが、さっさかあるく幼稚園児を連れている人が、なぜかコンビニでカゴを使って(手に持ちきれないほど量が多いという含意)、しかもそのカゴの中はおたく様冷蔵庫空っぽなの?という感じの素材っぽいものから缶ジュース(ペットボトルにあらず)まで種々入っているのである。とりあえず今日のおやつと今夜のおかずと缶ビールで完結って感じ。

私自身コンビニに対しては「いざというときに行くところ」というイメージがある。買い物する形態も、必要に迫られて目当てのものをさっさと買ってくるか、あるいは夜家に帰る途中でついふらふらと明かりに吸い込まれるように入って店内をぶらつくかのどちらかである。ところが、その目の前にいる奥さんは買い物している様子も、まるでなじみのスーパーで買い物をしているようなのんびりと馴れた雰囲気。まー、確かにスーパーに行くにはやや遠く、しかもちょうど商店街のはざまに位置する立地ではあるけれど、毎日の生活のこまごまとしたものをコンビニでまかなっていたら、相当割高についてしまうのではないか、と思う。

私が精算する番が終わって帰ろうとすると、くだんの奥さんは膨らんだレジ袋を下げたまままだ店内をうろうろとしていた。!…もしかしてこの奥さん、この時間帯担当の若い店員(♂)とおしゃべりするために通ってきているのか?


2001年05月20日(日) 繰言

今日は東京地方よいお天気。
お客人とともに近所のお寺を巡った後、拙宅でお茶など。夕方頃お客人を見送った後、どうも気分が落ち込んで来たので飲むことにする。近所のコンビニで適当に白ワインとチーズを買ってきて、照明をあれこれ工夫してとことん飲む雰囲気。今はとりあえず小休止。

落ち込んでいる一つの理由は例のIT講習会らしい。と書くと斡旋してくれたようこさんが心配してしまうが、念のため申し添えておくとIT講習会そのものが落ち込む原因なのではない。ただ、その背後に潜むものに思いをはせると、なんとなく割り切れないものを感じてしまうのである。教える仕事は好きだし、最初あまり使えなかった人が少しずつでも使えるようになっていくのを見るのはやはりうれしい。それでもどうしても救いきれない人はいる。1回目に参加した79歳の女性は2回目には姿を見せなかった。もう自分にはついていけないと思ったのか、あるいは補助講師が彼女につきっきりだったのに遠慮したのか、病気だったのかなにか用事ができたのか、理由はわからないが1回目に人一倍熱心にノートを取りながら話を聞いてくれただけに、彼女が来ないのはやはり寂しく悲しい。

昨日の講習の帰りに、実家に寄って母にそのことを話す。それからふと、その女性はパソコンを使えるようになりたかったわけではなく、ただITって?パソコンって?という興味から参加しただけだはないか、と思いついてみた。それなら1回目にパソコンの現物を見て触って、それでもう自分は満足だと思って帰ったのかもしれない。そう母に話すと、母は「それにその人は一人で暮らしているのかもしれないわね。」といった。つまり(パソコンを持っているような)同居家族がいないのかもしれないということだ。ああ、それなら独居老人こそITの恩恵を受けて欲しい。話し相手がいなくて、しかも身体の自由が利かなくなったときにこそ、ネットを使って外界との接触を保って欲しい。せっかくそういう興味をもって参加してくれた彼女に、私はその可能性を示すどころか興味の芽をつんでしまったのではないか、そんな気がしてしまう。もし彼女が自分の進度を気にして遠慮してしまったのなら悲しすぎる。

水辺に馬をつれていくことは出来ても馬に水を飲ませることはできない、とはよく言われることである。だからいくら講師が頑張ってもその先に踏み込むことはできない。受講生のマジョリティが満足する内容を講習できれば講師はそれでいいのかもしれない。でも、もし私ではない講師にあたっていたら、もしかしたらもう少しハッピーにパソコンを触れる人がいたのかもしれないと、ちりちりと考え込んでしまう。


2001年05月19日(土) 青天の霹靂

IT講習会第2回目。
会場である小学校と自宅の間に実家があるので、昨夜から実家泊まり。両親ともすごい風邪を引いていて、2泊するつもりだったのを1泊で切り上げることにする。上げ膳据え膳を期待していたのに結局食料を買出しに行ったり昼ご飯を作ったり、予定外の用事が舞い込む。

バスで出かけるつもりだったのが、時間が押してきたので母の車を借りて出かけることにする。出掛けに母が「ガソリン無いわよ」。そんなぁ(涙)。とりあえず片道は大丈夫だろうというが、メーターの針は殆どカラを指している。都会の幹線道路でガス欠は避けたい。ひやひやしながら出かけるが按配よく目的地近くまでたどり着き、ようこさんにもうすぐ着くよ〜んと電話をした直後に道に迷った。

快調に飛ばしすぎて目的の小学校の脇をいつのまにか通りすぎてしまったらしい。走っていくうちに小学校があったので校門の前に車を止めると小学校の名前が違う。地図で確認すると隣の小学校らしい。なんだか立地条件といい、校庭と校舎の感じといい、そっくりなんですけど…。そんなこんなで15分ほどロス。会場までたどり着くが駐車場所がみつからずうろうろ。結局開始時間ぎりぎりに滑り込む。

今日は「キーボード入力」。苦戦が予想されたが予想通り苦戦。ワープロ経験者と未経験者、やはり進み具合が違う。ワープロ未経験の高齢者となると、想像を絶する大変さである。反射神経を考慮するとある程度年齢でグループ分けをしたほうがいいかもしれない。一口に中高年といっても中年と高年ではあきらかに差が出てくる。テキストの課題にある文章をそのまま打ってもらったのだが、テキストを見、キーボードを見、さらにディスプレイを確認するのは至難の技である。

受講生の皆さん、悲壮なぐらいの頑張り。精根尽き果てた様子でお帰りになる。こちらもぐったり。さすがに15人以上のグループで個々に進度が違うのは厳しい。それにしても、あんな下らない例文を(失礼)を黙々と打ちつづけて、皆さん辛くはなかっただろうか。ああ、どうかこれに懲りてパソコンが嫌いになりませんように。来週も来てね。最後の回だし。

帰りはガソリンスタンド経由で。場所を出掛けに教えてもらってガス欠の恐怖におびえながら走っていると、突然の雷。大粒の雨も降ってくる。ワイパーを動かすと、ロントグラス一面に砂埃がついていたらしく、いきなり画面が泥だらけになり視界が悪くなる。ひえぇ〜。ほうほうのていでスタンドに滑り込む。スタンドのお兄ちゃんがいつもの調子でガラスを拭くと、タオルに泥がべったり。すまんこってす。ガソリンが入ったところで安心して車を走らせていると、雨足はますます強くなり時折稲妻が走るのが見える。ひょぇ〜晴天の霹靂。


2001年05月18日(金) 相変わらず

今のマンションに越してきて半年が過ぎようとしている。その前のマンションが1年と2ヶ月、その前に石川と東京を行ったり来たりしていた数ヶ月があり、その前はケンブリッジに10ヶ月。転々としているものである。ケンブリッジに行ったのは、ちょうど3年前の今ごろかと思うと、時の速さに愕然とする。というよりもこの3年の間に自分が何をしていたのかと思う。3年といえば中学や高校を卒業してしまう期間である。3年前には幼稚園にもあがっていなかった子供が小学生だったりする。小さい頃は数ヶ月単位で成長していくので、年度が変わっていくごとに確実に成長し変わっていく自分を実感できたが、この年代になるとそういうこともなくなり、ただ確実に年齢が増していくだけである。馬齢を重ねているとまではいわないが、「あとはもうくだるだけなのかなぁ」などとふと思ったりもする。メールや会話の始まりが「おひさしぶりです」だったり近況が「相変わらずです」だったり、どこかで時が飛んでしまっているのではないかと思う。小さい頃と同じように暦は回っていくのに、自分は変わらず足踏みをしているような気がしてならない。


2001年05月17日(木) オーセンティック

今日は私が住んでいる区で行われているIT講習会の見学へ。補助講師のボランティアに登録したので、その研修を兼ねているのだ。会場はうちから徒歩十分程度の区の施設内にある。この近さもボランティアをやろうと思った要因の一つである。偽善といわれようと負担に感じてまでボランティアをやることはない、というのが私がボランティアで何かするときの一応の目安。だからあんまり活動してないんだな。っていわないで〜。

講師は地元でパソコンのボランティアを長年やっているらしい初老の男性。ボランティアの補助講師も、高校生ぐらいの若い男性と、いかにもソフトメーカーに勤めていそうな男性、あとは主婦とリタイアの男性二人。うーん、すごい。要は自分でコンピュータが好きで経験豊富で趣味が昂じて先生役、というパターンらしい。使うテキストは、私がようこさんの斡旋でやっている講習会と同じ。

私はそもそも銀行のシステム部にいた時に、社内の情報システムを変える際のインストラクター役になるようにという業務命令をうけて初めてWindowsに触った。更新料と更新頻度の高さにげんなりして更新するのを止めてしまったが、公認インストラクターの資格を持っていたこともある。なので、教え方はかなりオーセンティック、というかマイク口ソフト的だと思う。資格試験ではテキストや用語を丸覚えするのはもちろん、挨拶、口調、体の動きまでチェックされる。そのため結構「インストラクタ体質」というのが染み付いてしまい、その分他の講師の説明の仕方などがすごく気になる。

今日の講師は少なくとも「そういう育ち」をしてこなかった人である。テキストも同じで「パソコンは怖いものじゃない」ということを分かってもらいたい、という講師の発言はまさに私も同意するところなのだが、アプローチの仕方はずいぶん違う。初心者向けにずいぶん噛み砕いて話しているようなのだが、どうも受講者の様子からは、その分趣旨が不明確になって分かりにくくなっているようにも見える。しかし、彼の説明は自分の経験、地域のネット環境に基づいたアドバイスが多く、区の講習会としてはそういう面も大事なのだと思った。何にせよ、人が同じことをやっているのを見るのはすごく参考になる。

ところでIT講習会でやる主な項目は、Windows98以降、電子メール、インターネットブラウザの使い方である。インストラクタの資格をとるために一生懸命勉強したものはこの中のどれも当てはまらない。その頃はWindowsは3.1だったし、電子メールもインターネットも趣味の延長で覚えたものばかりである。そういう意味では私もきちんと勉強したわけはないのだな。わは。


2001年05月16日(水) 欝蒼

日に日に緑が濃くなっていく。家の周りの木立はもう、うっそうとしている。うっそうという言葉は「鬱蒼」とか「欝蒼」とか書くのだと今知った。偉大なるかな漢字変換。鬱々とするぐらい蒼いってことなんだなぁ。気持ちのいい新緑の季節はもうすぐ終わって、そろそろ梅雨の雰囲気。

なんか私の周りは最近ベビーラッシュなんだけど、ちょうどGWあたりから悪阻がおさまったので…とかでお食事のお誘いが多い。悪阻がおさまると反動でこってりしたものが食べたくなるのか?今日も今日とて代官山でいたりあ〜んなランチである。はぁ、うまかったじょ〜。

午前中はJR沿線にいたので、山手線で恵比寿まで行きそこから坂を登る。10分ぐらい。ぷらぷら歩いていくつもりが、折からの雨が局地的に強くなって、待ち合わせ場所まで行く間にすっかり濡れてしまった。やっぱりコート着て出ればよかったかなぁ、なんて後の祭り。濡れた洋服が食事の間にすっかり乾いてしまうほどたっぷりおしゃべりして、いったん外へ出たものの再度お茶。二つ身になってしまうとなかなか外で会ったりできないし。身重なんだけど今のほうが身軽でもある。

代官山は昔の崩れ落ちそうな同潤会アパートの辺りが好きだったのに、あの辺はすっかり再開発されて、おしゃれだけどペラペラな雰囲気になっちゃったなぁ。どうも私は欝蒼とした妖しげな街が好きらしい。


2001年05月15日(火) 3000

今日中に3000ヒット行くかなぁ〜と思いながら寝てしまった。
というわけで、今日は昨日の次の日。しかも夜(笑)。
およそ3ヶ月で3000。まあいいペースですかな。
来てくださった方、ありがとうございます。


2001年05月14日(月) なんとなく知らんぷり

今日の日経の夕刊に、「なぜかひき逃げが増加している」という記事が出ていた。
まあそうだろうな、と思う。別にひき逃げ犯が特に凶悪というわけではないだろうけれど、なにか事故を起こしてしまったとき、とりあえず逃げる、というか知らんぷりするのは、今の風潮からすると特に不思議ではない。とっさに反応できないし、逃げたら被害者がどうなるかという想像力に欠けるのかもしれない。

例えば駅で人にぶつかったとき、電車の中で人の足を踏んだとき、とっさに謝れる人がどのくらいいるだろうか。
知らん顔をするのは若い人に限らない。先日のことだが、割と人気のあるラーメン屋に入った。そこは入り口で食券を購入して、水やトッピングのゆで卵などはセルフサービスになっている。券売機の前に行列ができるのだが、いかんせん狭い店内なので通路はいっぱいになる。若い女性が席に座った連れの男性のためにかいがいしく食券を買ったり水を運んだり何度も往復していて、その都度列とテーブルの間を身体をよじって一生懸命すり抜けようとする。「後ろを失礼」と一言発すれば済む話なのに、そういう働きかけをしない。最後尾の中年の女性二人連れは彼女の気配にまったく頓着していない。お互いを物体としか見ていない様子なのだ。
さて私たちが食べ終わって店を出ようとすると、入り口のところで若い女性が通路をふさいで立っている。彼女の目は店内をうつろに見つめていて、目の前に立っている私たちがそこを通ろうとしているのにまったく気が付いていない。「ごめんなさい、ちょっと通してください」というと、驚いたような表情で無言のまま脇へどいた。

相手の気配に鈍感な人が増えているように思う。ひところはウォークマンなどで外界と遮断されているので気配がわからないのだ、といわれていたがヘッドフォンや携帯電話を耳に当てていなくても変わらないような気がする。歩道を猛スピードで走り抜けていく自転車、横断歩道上の歩行者をクラクションで蹴散らす車、自分が生身で歩いていてすら他人を物のように認識している人々が車上の人になったら、それは想像するまでもない。


2001年05月13日(日) こころざしとプライド

志とプライドの関係、向上心と虚栄心の関係とでも言い換えられるだろうか。
ここのところ周囲の様々な愚痴を聞くにつけ、どうも人間が4つのタイプに類型化できるような気がしてきた。例えばX軸を志、Y軸をプライドとすると以下の様になる。

�〇屬�高く、プライドも高い(稀だが肯ける)
�∋屬�高く、プライドが低い(謙虚?とても貴重)
��志が低く、プライドが低い(ありがち)
�せ屬�低く、プライドが高い(案外多い)

愚痴のターゲットになるのは断然�い任△襦��,鷲〇�ちならないケースが多いが、実力が伴っていれば文句をつける筋合いはない。しかし�い両豺隋峪屬�低いくせにプライドだけは高い」状態になると、これはもう筋金入りの困ったちゃんである。利害関係がない分には「いるいる、そういう人」で済むが、直接係わり合いになると相当ストレスが溜まりそうだ。ハタからは矛盾だらけに見えるが、おそらく本人の中ではきちんと自分の言動に整合性がとれているのだろう。
もちろん人それぞれ程度は違うと思うし、自分のことは棚に上げてかくのだが、�い龍肪爾平佑蓮�何かをすすめても「いえ、私は」というように固辞する人が多いように思う。恥をかきたくないのか面倒くさいのか、その固くなさがどれだけ周囲の人間を不快にさせるかとか、そういう行動自体がどれだけ恥ずかしいかとか、そういうことは考えないんだろうなぁ。


2001年05月12日(土) ワタシ的にはハードな一日。

午前中から某区の小学校でIT講習会。例のばら撒きIT予算枠らしい。私の住んでいる区でもボランティアでアシスタントをすることになっているのだが、こちらはようこさんの斡旋で講師。一応それらしく校長室で世話役のPTA役員の方々に茶菓の接待などを受ける。土曜日なのに大変ですなぁ。校庭の片隅では校庭開放(第ニ土曜日である今日は休み)の監視をしているお母さん達がいるが、遊んでいる子どもはいない。大変ですなぁ。

小学校に足を踏み入れるのは20年ぶりか。天井がこんなに低かったかなぁ、なんて思ったりする。来客用のスリッパが歩きにくい。
パソコン室は普通の教室の壁際に沿って端末がずらりと並んでいて、日に当たらないようにカーテンを締め切っているので暑い。そこに子ども用の固い丸いすが置いてあって全員が外側に向かってコの字型に座ることになる。子どもにはいいかもしれないが、大人、特に年配者にはかなり劣悪な環境である。劣悪な環境ながらテキストに沿って熱心に受講する方々。カリキュラムは私のイメージの三分の一ぐらいの内容だが、最年少は41歳、最年長は79歳。推して知るべしである。基本的な用語を説明し、基本的な操作を何度も繰り返して演習してもらう。
ようこさんとようこさんの会社の後輩の女性がアシスタントについてくれるので、安心してしゃべり、演習の間は少し息抜き。オヤジギャグ炸裂。初めは反応の固かった受講者も、後半になると慣れて来たのか、笑い声が聴こえるようになる。おかげさまで講習会自体は特に問題なく終わり、受講生の方々も口々に「楽しかった」と帰られた様子。ほー。しかしさすがに1回4時間はハード。来週と再来週も4時間ずつ。
講習の後は再度校長室でお茶をいただくが、いかんせん講習の直後の放心状態と、目の前にいるPTAの役員さんと話が噛み合ないのとで、めっきり口が重くなる。ようこさんの助け舟で早々においとまする。気楽な3人に戻ったところでセルフコーヒーショップに入ってコーヒーゼリーを食べながら、人はいかにして専業主婦と兼業主婦との岐路を迎えるか、なんてことを結構熱く語る。

夕方から夫の学生時代の研究室同期が久しぶりに集まるのでお台場へ。昼間対峙していた面々とは対照的に、いずれもどっぷりコンピュータに浸かっている人々なので、話についていけずもっぱら相槌を打つのみ。流行に敏感な若者が闊歩するパレットタウンで「今度さー、みんなで旅行でもしようよ」「いーなー、それ。ついでにワークショップもやろうぜ」なんて会話がはずむ彼らの夜であった。場違い。


2001年05月11日(金) ホープレスなホームレス

英語のクラスでホームレスに関するディスカッションをした。ことの発端はクラスメイトの一人が「pollution(汚染公害)」をテーマにした英作文の課題で、ホームレスの人々を一種の公害だと指摘した上で、いかに彼らと共生していくかという問題提議をしたことにある。

彼女の論調は決して彼らをただ忌み嫌うものではないのだが、働きもせず風呂にも入らず残飯をあさるような生活をする彼らを、社会からはみ出した怠け者と見なしている。せっかく行政が彼らにシェルターを提供し職業訓練を施そうとしているのに、それを拒否して勝手気ままな生活をしているのだという。他の一人も同じ意見で、ホームレスの人々は自らの意思でその立場になったのであり、その場しのぎの生活で自由を楽しんでいるのではないかという。さらには彼らのことは普段から無視しているし、彼らがいる場所には立ち入らないから関係ない、彼らと共生することなど考えられないという意見もでた。

彼女達の意見はもっともだが、しかし「ちょっと待てよ」と思う。私も決して彼らを容認する側ではないし、ボランティア団体による炊き出しの映像を見ると「なんの解決にもならないからやめとけ」と思う口である。しかし彼らがいかにしてホームレスとなっていったかを考えてみると、殆どはこの国の物質的な繁栄の陰の犠牲者だと思わざるを得ない。ホームレスは50代から60代が主だという。日本の高度成長時代を支えるための労働力として、農村から集団就職してきた少年少女や出稼ぎに来た、製造・建設業の担い手が多く含まれる。経済成長が頭打ちになって建設業は下火になり工場のオートメーション化が進んだ頃、安い賃金で長時間酷使されながら経済成長に貢献したにも関わらず、仕事は減り、身体を壊し、やがて働きたくても働けない状況に陥ったのだろう。

全てのホームレスが高度成長時代の犠牲者であるとは言わない。「乞食は三日やったらやめられない」という言葉があるが、彼らの中に本当の怠け者や弱者エゴを振り回す輩がいることも否定はしない。彼らは働かず、酒を飲み時に仲間と談笑し気を紛らわして、ただ毎日をしのいで暮らしている。積極的に生を選ぶわけでもなく、死を選ぶわけでもなく、しかし彼らの生活に明日への希望はない。世の中に対する不信感やこの世に対する絶望が、彼らをああいう境遇に引き入れるのではないか。

ホームレス(homeless)はホープレス(hopeless)なのだ。行政が与えるシェルターや職業訓練にしろ、ボランティア団体の炊き出しや衣料品の配給にしろ、所詮それらは機能を与えているだけに過ぎない。本当に必要なのは彼らがよりよい生活を送りたいと思う動機であり、明日へとつながる希望である。物質的なケアだけでは問題の解決にはならない。

彼らが希望と誇りと適度な勤労意欲とともに安楽に暮らせるような、そんな夢のようなシェルターがあればいいのに、と愚にもつかぬことを考える。彼らの今までを考えると、そのくらいしてあげたっていいじゃん、と思ったりもする。


2001年05月10日(木) 答弁と討論

昼間ふらりと入った蕎麦屋で(←オヤジか、あんたは…)、小泉首相が国会で答弁しているシーンがテレビに映っていた。どうもワイドショーの一部分らしい。実際は昨日の録画なのだろうか、小泉氏が水差しから注いだコップの水をがぶがぶ飲みながら、手振り身振りも激しく、しばしば声をひっくり返しながら精力的に話をしている。議席からのやじも好意的なものも多く、なぜか民主党議員席が沸いている。一方自民党の歴代首相が居並ぶ辺りは、誰もがむっつりとした表情で背中をイスに預けている。田○真紀子氏が笑い転げている映像が入る。

これを見ていてイギリスの議会中継を思い出した。イギリス人は議論好きな国民性といわれるだけあって、テレビの議会中継の時間がやたらと多い。(ほかに面白い番組がないからだろうと思った人、あなたは鋭い。)下院の議場は四角い部屋に政府与党と野党が向かい合って長いすに座る形になっていて、それぞれの党首は文字通り味方を背に舌戦を繰り広げる。トニー・ブレアが首相だからよけいにそうなのかポンポンと話は進み、時にユーモアを交え、時に笑いをとり、これがまたとても楽しげなのだ。ブレアが紅潮した笑顔で発言を終えるとすかさず「ヒアヒア」という同意の掛け声が入る。議会席は指定席ではなくしかも人数分の席がないため、遅れてきた議員は席の後ろの方にはみ出すような形で立っているのだが、これがさらに白熱した雰囲気をかもし出すのだ。たしかチャーチルの提案だったと思う。人数が少ないときはそれぞれ前方に集まってこじんまりと討論をできるし、いかにも合理的なシステムである。

それに対し日本の国会中継というと、まず「あれ?静止画像かな?」と思わせるほどのらりくらりとした慇懃無礼な答弁。時折おこる怒号がかろうじて場にアクセントを添えているかのような死んだ雰囲気だった。これを見るならあとで新聞でまとめて読んだほうがよっぽど時間が有効に使える、と思っていたのだが、それがなんだか「ん?おもしれぇじゃねぇか」とちょっと思われる雰囲気になっていたのでおどろいた。

この調子で国会でのやりとりが単にあらかじめ決められた質問と答弁ではなく、野党各党首の打倒自民党オンリーのヒステリックな糾弾でもなく、対等な形で討論が行われるようになると、国民の政治離れも少しは納まるのないかと淡い期待をいだく。


2001年05月09日(水) 偶然が重なって

以前、東京に住んでいても知り合いに合う確率は低い、という話を書いた記憶があるが、今日はやっぱり東京って怖い、と思ったことだった。
といっても別に悪いことしていたわけじゃないので、嬉しい偶然だったんだけど。

私には週1回仕事に行くところがあって、それ自体は午前中に終わってしまうのであとは拘束されることなくその場にとどまってよし、帰ってよし、という状態である(ああ、まどろっこしい書き方だなぁ。これも個人情報の保全か?だとしたらなんと不毛な…)。
昨日も仕事が終わって、外にでて鯖の塩焼きを食べ、再度マシンルームに戻っていろいろ後始末や準備やらネットサーフィンやら(笑)をしていたのだが、ちょっと冷房の効きすぎで寒くなってきた。夜は英語教室に行く時間まではすこしあるけれど、どこかのセルフコーヒーでも飲んで身体を温めようと帰り支度をして外へ出た。
いつもは通らない道を通ってみっぺと思って裏道をうねうねと歩き、駅前の商店街まで出たのだが、なにぶんその道を通るのは久しぶりだったので、きょりょきょりょとお店の看板を見たり路地を覗いたりしながら歩いていた。で、何本めかの路地をふと覗いたときに、向こうから歩いてきた女性と目が合った。

私 「○○(旧姓)さん!」

あらまー。私が昔勤めていた会社の先輩の女性だったのだ。うわー。彼女は私が入ったときにすでに専門職として働いていたのだが、私が結婚退職した半年後ぐらいにやはり地方に住む人と結婚して地方に転居したのだ。結婚式は私と同じ式場だったので似たような境遇に親近感を覚えていたのだが、直接年賀状のやりとりなどはなく、しばらくして東京に戻ってきて子会社に就職してバリバリと働いているという話を噂で聞いてた。でもなぜこの場所をこんな時間(16時)に歩いているの?

彼女も帰るところだというので、とりあえずお茶でもと、席につくのもそこそこにお互いの身の上話炸裂。なんといっても6年間の空白をうめるのであるから、しゃべるしゃべる。
なんでも私も知っている彼女の元上司が会社を辞めて新しく事業を起こしたので、子会社をやめてそこをパートタイムで手伝うことにしたのだそうだ。昔の仲間を募って社員に呼んでいるらしく、何人か懐かしい消息を聞いた。それにしてもその場所が私働いているところと目と鼻の先。時間帯がずれたのでたまたま遭遇したのだが、いつもと違う時間にいつもと違う道を歩くとこういうことが起きるのだなぁ。つくづく偶然の恐ろしさを思い知ったわけである。


2001年05月08日(火) 献立

朝から雨。

雨が降ると騒音が少し収まるので静かな一日。一応一人暮らし最終日。ジャンクフードも飽きたので自炊(笑)。米びつに残っていた最後の約1.5合を朝炊いて、朝、昼、晩とそれぞれ一汁一菜を食べる。何度も書いているかもしれないが、料理はいい気分転換になる。私はもともと気分転換が下手なほうだと思うし、そもそも気分転換の必要性に気づかないでいることの方が多いような気もするけど(意識して気分転換しないとそれはそのまま現実逃避になる)、確かに台所に立っていると元気になってくる。元気にならない時はきっと具合が悪いので、そういう時はさっさと放棄して寝るのがよろしい。

料理するときは、普段は本を見ながらきちんと作る。でも昨日の残り物とか冷蔵庫の半端物とか常備している保存食とかを適当に組み合わせて、自分で味を見ながら一世一代のでっち上げの一品を作ったりすると気分がいい。なんというか自分がすごく創造的な人間になったようではないか。

一方私の母は献立を考えるのがすごく苦になるらしい。夕方になるといつも「今晩なに食べる?」と聞いてくるのが常だった。そしてそれは実家を訪ねていく今も変わらない。そう聞かれて「何があるの?」と聞くと「何にもないの」といいながら切羽詰った様子で必要以上に「何か」を作り始めるのだ。

確かに忙しいと考えるのは大変だろうな、と思う。母はなんだかいつも忙しいので、多分考えている暇がないのだ。献立って、「さあ作りましょう」というときに集中して考えるというよりは、一日の流れのなかで、ああ、これがあるな、とかこれが食べたいな、とか何々が旬になったな、とかちまちま考えながら決まっていくものではないだろうか。日中ずっとそういう感覚と切り離された状態でいて、時間になったからそこで突然何を食べるか決めるというのは案外難しいように思う。

その都度考えるのがいやなら一週間の献立を前もって決めてしまうという案もあるが、これだってそんな時間があればこそ、の話である。



2001年05月07日(月) 「これはあくまで私の個人的な意見です」

「これはあくまで私の個人的な意見です」とか「これはあくまで私見です」とか書いてる人がWeb上に散見されますが、これって一体なんのおまじないなんでしょうね。そう書くことによって、反論されることを防いでるつもりなんでしょうかねぇ。でもなんか突っ込まれた時に「だから私の個人的な意見だっていってるじゃないですか」といっても何の反駁にもならないと思うんですけど。大体自分のサイトで自分の意見を書くのに、個人的じゃなかったりしますかね(笑)。これが「これはあくまで他人の意見です」とか「これはあくまで他人の見方で私のじゃありません」とかだったら潔くてウケるんですけどねぇ。大体そういう「おまじない」付きで書いている人の意見というのは、その時点で腰が引けてるわけで、不快に思いこそすれまともに取り合おうという気にはなれませんわね。いえ、これはあくまで私の個人的な意見ですけど(笑)。


2001年05月06日(日) GW最終日

午前中に、昨日持ち帰ったまま放置してあったラックを組み立てる。うーん、よかよか。モノは竹製に見える鉄製の茶色いラックで、ちょっと東南アジア系の雰囲気が漂う。
ざざっと片付け物して洗濯してお昼食べて午後は英作文に費やす。ほほほほ。なんて有意義(笑)。といっても、辞書をあれこれひっくり返して、例文を寄せ集めてでっち上げるだけ。結構これが性に合っているというか、苦にならない。で、結果としてとてもよいものが出来上がるんですけど、これと同じものを辞書を使わずに作れといわれたら、たとえ単語が提示されていても出来ないだろうなぁ。
夕方になったので切りのいいところでやめて、外出。午前中に友人に電話してアポを取ったので渋谷方面へ。途中、車内でとんでもない親子遭遇。父親と3歳、5歳ぐらいの女児。一応子供らしく親らしく振舞っているんだけど、気に入らないことがあるとすぐに父親の頭をグーで殴る。父親は電車やバスの中で騒いではいけないと注意するんだけど、完全に子供たちになめられている。ていうか、あなた達いつもそうやってグーで殴り合ってるの?
渋谷は連休最終日なせいかすごい人出。人ごみを避けて代官山方面に遠征。さすがに代官山はおしゃれじゃー、などとそこらへんを一回りして和食の店で日本酒を飲みながら語り明かす。その後カフェでお茶を飲んで帰宅。


2001年05月05日(土) 徒労?

結局、昨日見たラックが忘れられず夕方近くになってデパートへ。
今日も相変わらず込んでいる。とりあえず食料品売り場で晩御飯用のお弁当を一つ買って家具売り場へ。
そもそもそのデパートのお買い物カードを持っていたので、気が大きくなって買うことにしたのだが、昨日ゆみさんに見せびらかしたりしたのがいけなかったのか、今日になって財布を開けたらカードがない!
カードがないなら買うのをやめようかとも思ったが、しかし物欲はおさまらず結局クレジットカードで買ってしまう。現品を持ち帰れるということだったので、「持ち帰り」にしてください、というとかなり重くてかさばる梱包物が出てきた。こうなりゃ自棄だ、というわけで心配する店員さんに「ダイジョブです!」と宣言してよろよろとデパートを後にする。バスに乗ればあとは楽勝なので、途中何度も休みながらひたすらバスターミナルを目指す。人生とは重き荷を背おっていくが如し、確かにこれじゃ急ぎたくても急げないよな。最後にとどめの階段を昇り、肩で息をしながらバスの中を見ると、席はとっくに埋まっていて立っている人もちらほら。時間の無駄を承知で一本待って帰る。
家に戻ってから手当たり次第探すが、レシートは出てきたもののカードは出てこない。やれ奇怪な。ダメ元でデパートに電話するが、案の定ダメ。さんざ電話をたらいまわしされた挙句に、本店に電話して警察に届けてくれという話。はぁ、どっと疲れがでたわいな。
あーあ。あの時やっぱり衝動買いしちゃえばよかったな。それで配送してもらえば今日には届いてたかも。ぶつぶつ。


2001年05月04日(金) 「GWに夫が単身海外出張」つながり

「GWに夫が単身海外出張」つながり(笑)でゆみさんと新宿でデート。
お子さんを預けての登場なので身軽。11時待ち合わせですぐにデパート内のイタリアンレストランに入ってランチ。パスタとピザのコンビネーションのランチで二人前からのオーダー。美味。マシンガントークを繰り広げてデパート内をウィンドウショッピング。考えてみたら5年以上のお付き合いで一緒にウィンドウショッピングをした記憶はあまりなし。一度石川の家具屋で大仰な婚礼家具の数々を見て以来か?
カフェでいったんお茶をして、それから我が家へ向かおうとするも、さっき見て気に入ったラックを買おうかどうしようか迷ってまたデパートへ舞い戻る。再び検討するが決めきれず保留。隣接した売り場で、フォトアルバムの表紙がフォトフレームになっているフォトフレームアルバムというスグレモノを、ゆみさんと私とそれぞれ1つずつ買う。それから電車に乗って我が家へ。案外ウィンドウショッピングで時間を潰したのでもう夕方。
ゆみさんは石川の団地、前のマンションについで3つめの拙宅訪問。家具は殆ど変わっていないので、入れ物と家具との組み合わせの違いを楽しんでいただいた様子。お茶を飲みながらさらにマシンガントーク。間に掲示板に出入りするメンバーの相関図を作成したり。
おやつに買った甘味を食べて、お互いあまりにもおなかがすいていないことが発覚。夕飯もご一緒するつもりだったのを変更して7時ごろ解散。ちょっとしゃべり疲れたかも(笑)。


2001年05月03日(木) 大型連休後半第一日目

肌寒い一日。

この前父の慰労会をしたときに父にはMDコンポを子供たちからプレゼント。母の分は何か洋服でも買ってあげることにして、父の分は兄が、母の分は私が面倒をみることになった。靴が欲しいというので午前中車で自由が丘へ。100円パーキングに停めて靴屋に行く。駐車場からお店まで思ったより距離がある。雨降りの休日の午前中とあって、お店はがら空き。じっくり選んで黒のウォーキングシューズとパンプスを一足ずつ買う。となりにフォーションのショップがあったのでパンを買う。さすがに高級感が漂っているにゃぁ。途中の路地に以前行ったことのある花屋さんがあって、久しぶりに覗くと店舗の中にカフェがオープンしていたので入る。花と洒落た雑貨に囲まれて静かな雨降りのお茶。駐車場に戻るとメーター表示は700円。10分100円だから都合70分いたことになる。むー、案外高いような?お茶飲んでたんだからそんなもんか。
戻ってパンで遅めのお昼。なんだか落ち着かないまま時間は過ぎる。部屋の片付けなど。おやつに柏餅。晩御飯を食べ、テレビを見て、いろいろ食料品を貰って9時過ぎ帰宅。


2001年05月02日(水) 備忘的記録

お昼をようこさんと一緒に。複合ビルのレストラン街はどこもお昼休みのOLで混み合っていたので、オヤジが入りそうな定食屋やさんを選び、鰯丼という身体によさそうな一品を食べながら四方山話。食後河岸を変えてさびれた喫茶店に入り、仕事の話したりネットの話したりプライベートな話したり、あらためて「この人、付き合い長いよな〜」などと思ったり。

今日の逢瀬の本来の目的は、ようこさん斡旋のIT講習会会場の下見。会場は小学校のパソコン室。一通り機材を見たあとバスに乗って我が家との中間地点にある実家へ。お土産に柏餅を買っていくと、ちょうど父も柏餅を買いに出たところだというので、父が帰る前にとりあえず私が持っていた分を食べ、何食わぬ顔して父が買って帰ってきた分も食べる。

食後、母が今度親戚の披露宴に着ていく服選びに付き合う。あれこれ相談していると姪乱入。GWで沖縄に遊びに行ってきた帰りだというのにやたら元気。きっちり2時間さしで遊ぶ。かなり知恵がついてきて面白い。

そんなこんなで殆ど自分の時間がとれないままお風呂に入って実家泊。


2001年05月01日(火) コンビニ食二日目

きままな独居生活二日目。
朝は7時前に起床。昨夜は早寝したので当然か。朝食はプリンスメロン、トースト、目玉焼き、いつもは紅茶だけどポ○カのキノコポタージュ。これが案外いける。プリンスメロンを食べたので野菜は省略。

朝食後洗濯とお風呂掃除。花に水をやって今日は平日であることを思い出し、内職。だらだらとCDを聴きながら、時に真剣に聞いてしまって、途中ネットを徘徊したりして予定よりも時間をオーバーして終了。ささっと圧縮をかけて添付ファイルで元締に送付して終わり。ふぅ。考えてみたらこのゴールデンウィークはやりたいこととやるべきことがたくさんあるのあった。むぅー。時間は有限、やりたいことは無限。しかも間にやらなくていいことを予定外にたくさん挟んでしまうので、はかどらないはかどらない。

昼ご飯は冷凍たこ焼き1パック。番茶。チョコレートなど。うーん、いまいちかなぁ。箱にきちんと8個入ってて花かつおやソース・マヨネーズなんか別添されてたりして、よくスーパーで売ってるお徳用パックよりは美味しいはずなんだけどよくわからず。

一度郵便局に振込みに行ったりして、テレビドラマ見て、夕方生協とクリーニングの宅配が来る。その前に申込書を書いて母の日と父の日ギフトの申し込みも生協で頼むことにする。それぞれ鉢植え。それからネットで劇団キャラメルボックスのサイトを無駄にあちこち眺めているうちにおなかがすいてきたので、今度は同じく冷凍食品のお好み焼き。昨日のそばめしから数えて3度めの鉄板ソース系である。これも花かつおとソース、マヨネーズつき。うーん、まあこんなもんなのかなぁ。カト○チ製だからこれでも美味しいほうなんだろうな。えーちなみにそばめしは美味しくなかったですよ。明日からはまともな食生活に戻る予定。

以上、中継でした。


れいこな |MAIL |BBS