ユキマークブック。...ゆき

 

 

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お弁当に限ったことじゃなく。 - 2002年01月29日(火)

今日もとことこ帰ってきて
お弁当用のおかずを2種類作った。
ワタクシは基本的に
朝はぎりぎりまで眠っている人なので
起きてから材料揃えておかずなんて作れない。
そんな私のお弁当箱は
タイでは憧れの的(なのか?)、Seagullの
がっちりランチボックスなのだ。

丸い器が3つ重なっただけのシンプルな形。
ごはんと、おかずをふたつ
放り込んで行けばいいのでらくちん。
そのおかずは作り置きしたものを
冷凍庫から見繕って解凍すればよいのだ。

ご飯を解凍して3分。
おかず1を解凍して3分。
おかず2を解凍して3分。
おかず1を解凍中にご飯を、
おかず2を解凍中におかず1をお弁当箱に移してるので
最後おかず3をお弁当箱に移して1分。
あら10分で出来あがり。

さっき作ったおかずは、
鶏団子と白菜の煮物。好きなのでしめじも入れて。
片手鍋いっぱいにことこと煮込んで
その隣でもう1品。
豚うす切り肉があったのでさっと炒めて
チンゲンサイ、玉ねぎを適当に切って加え、
ワイン+ホワイトソース+牛乳でミルク煮にする。
塩胡椒で味を整えておしまい。

粗熱を取って、タッパに取り分ける。
それぞれ2つのタッパができて
残りは明日のお弁当に置いておいて。
でも、白菜の煮物のほうは
タッパに取ったら少し足りなくなったので
別のお鍋でさっとオクラをゆがいて
味が沁み込むように縦に2つに切って
残り少なくなったお鍋に放り込んで弱火で5分ほど。
応用篇の3品目、冷凍庫に入るものとは
味が変わるもんねー。

そんなに大変なことじゃないのに
1回さぼるとなんだかだらだらと外食が続いたりする。
転勤して半年は
全然お弁当を作らなかった。

さぼるのは簡単。
しんどいからって楽したつもりでも
ほんとは却ってストレスになったりする。

すごく疲れて帰って来た夜中、
お弁当箱洗うの面倒ー!ってさぼって、
朝、洗って、拭いて、詰めて・・・ってしてると
もっと面倒。時間もなくなって焦るから気分も悪い。
洗うのなんて、5分ほど。
食器カゴに返しておけば、朝には綺麗に乾いてるのに。

私は意志が弱くって
いっつもなまけものの虫に流されて
なまけた生活に苛々する。
だからそうならないように、
せめてお弁当箱だけは必ず洗うのだ。

面倒だなあと思っても、
お弁当箱だけはとちゃんと洗う。

そしたら、だしだけでもとろうかなって思う。

だしをとったら、何か煮ておくか、って思う。

何か煮たら、ついでにこれも炒めておくかって思う。

ついでに炒めたら、ご飯も炊いておくか、って思う。

そして、できたものをタッパに詰めて冷ます間に

顔を洗ってお風呂に入って
粗熱のとれたタッパを冷凍庫に入れて
なんてことなく1時間。

面倒だなあ・・・ってベッドに倒れ込んで
だらだらとTVを見てるのと同じ1時間。



...

7年。 - 2002年01月17日(木)

7年前の今頃。
私は、TVが落ち、本棚が倒れ、
手をつけていないシチューの鍋が落ちて
お気に入りのマットの上に広がっているのを
茫然としながら片付けていたんだった。

1月17日、後期試験の初日で
フランス語�気竜佑畊�み勉強で徹夜してて
お布団に入ると1限の試験に遅れるからと、
炬燵で座ったまま仮眠・・・に入って45分。

どーんという衝撃で目が覚めて
縦に揺れて、揺れ続けて
食器!と思って後ろにあった
水屋を押える私の前で、
いつもなら私の頭が乗っている枕の上に
どすんとTVが落ちるのを、
妙にゆっくりと本棚が
部屋を斜めに横切って倒れるのを、
為す術もなく見つめていたのだった。

とにかく慌てて部屋を飛び出して
3階から駆け下りて
何を思ったか表まで走り出て
でも誰も外にはいなくて
夢を見たかと思ってしまった。
それは、大阪だったからなんだけど。

部屋に戻ると
廊下に友達たちが出てきてて
それぞれ青くなっていた。
そして、うちのTVは落ちてたから
友達の部屋のTVを皆で見て
それぞれ実家に電話をし無事を伝えて
その10分後くらいから
関西圏の電話は一切繋がらなくなった。
(実家の親は眠ってて
 私は無事だけど
 とにかく起きてTVを見て!という
 1人娘の言葉に、
 ?と思いながら電話を切った後
 TVを付けて事の重大さに気付き
 慌てて掛け直したけどもう繋がらなかった)

芦屋に住んでいた伯母のマンションは倒壊し
震災を機に富山へ帰った。
散歩中だった伯父も
斜めになったマンションに居た伯母も
けがもなく無事だったが
安否の確認には時間がかかった。
伯母が、神戸から新大阪に辿り着いた時の
新大阪の平静さが嘘のようだったと
絞り出すように言ったその言葉が
今でも忘れられない。

仲の良い友人と2週間連絡がつかず
毎日学生課に安否確認の結果を聞きに行った。
なにしろマンモス大学のこと
学生課も学生の安否確認にてんてこまいだった。
聞こえて来るのはつらい話ばかり。
心配で心配で眠れなかった。
眠れない私を心配して
毎晩電話をくれた人のことも憶えている。

長田区に住んでいた友人と
10日ほどして連絡がついて
淡路のマクドで待ち合わせして、
何も言えなくて抱きついて泣いた。

秋の学祭のTV出演で学校中に名前の知れ渡った
珍しくかっこいい名を持つ陽気な先輩が
あの朝、亡くなったということも
みんなの心を暗くした。

奈良の子だったのに
初釜に出席するため
神戸のお茶の先生のおうちに泊まってて
亡くなった子もいた。

家族を助けるために
犠牲になったお父さまと
その犠牲を目の前にして、
生きることしか出来なかった家族がいた。

ボランティアとして行っても
役に立てないほどの混乱と苛立ち、
火事場見物で神戸まで出掛ける人を
激しく非難しての喧嘩沙汰。

揺れは酷かったけれど
県をひとつ挟んでいるだけで
大きな被害を免れた大阪に居て、
被害の大きさや辛さは
TVなんかを見るまでもなく伝わってくるのに
具体的にはなにもできない無力さやもどかしさを
あんなにも感じたことはなかった。

そして、震災の日から、
早朝から深夜まで
安否を気遣ってずっと電話を掛け続けてくれた
高校時代の友人のことも忘れられない。
彼の電話が繋がったのは
4日目の深夜3時過ぎだった。

あれだけの被害を蒙った街が
活性を失うことなく
すぐに街として復興を遂げたことは
あれはほんとにすごかった。
崩れ落ち、燃え尽きたのに、
神戸にそのイメージが定着する前に
一通りの修復を成し遂げたのだから。

街の隅々には
もちろん数多くの傷跡が残り
翌年のクリスマスにも
盛り上がるポートアイランドの観覧車からは
夜景より何より
規則正しく立ち並ぶ仮設住宅が見えた。
今でも、完全に復興したとは
言えないことも分かっているけれど。

あれから7年。
なにも言えない。
まとめることもできない。
ただ、いろいろなことを思い返すばかりだ。



...

忙しい、ということ。 - 2002年01月12日(土)

忙しいというのは心をなくすこと。
…という字の成り立ちはよく知られているけれど、
はてさて、そんな単純に
悪い面ばかりをクローズアップしてよいものか。

忙しいこと、実は私はそんなに嫌いでもない。
今も、会社に行くとなかなか帰ってきませんが、
確かに今の仕事は
あんまり性に合っていなくって
スムーズに成果を出せないことがホントつらい。
でも、「忙しい」からつらいわけではない。

学生時代ずっと、
今はなきプランタンなんばでバイトをしていて
ホビーの所属だったので
冬は特設会場が結構忙しくなる。
なんといってもバレンタイン。
場所が場所だけに
お水のねえさんたちの100を越える数の義理チョコを
急かされながら包装したり、
すーぐ売り切れる商品の在庫を出しに走ったり、
長蛇の列を前にレジを打ったり、
2月第2週はめまぐるしい忙しさ。
・・・・すごーく楽しかった!!

最初、そのバレンタイン時期だけの
短期バイトとして採用されたんだけど
そのまま居残って結局卒業までお世話になって、
だから3年目4年目は分からないことなんてないくらい。
ちょっぴり責任のあることを任せてもらったし
何を聞かれても答えられるくらいにはなっていたし
やりがいとわくわくする楽しみのある忙しさ。
レジに並ぶ人の列を見ると
どうやって効率良く売り場を回すかを考えて
ぞくぞくするほどテンション上がったもの。

自分が好きじゃない、できてないことで忙しかったら
それはとてつもないダメージで跳ね返ってくる。
でも、自分が好きなこと、できていることで忙しかったら
それは疲れることはあってもダメージは受けない。

“忙しい字は心を亡くすと書くんだよ”って、
それはまあ、周囲に気が配れなくなるだとか
なにより本人が無自覚なまま疲弊していったりだとか
そういったことを憂慮して言われることが多いと思うけど、
更に1歩踏み込んで
“どんな心を亡くすのか”を考えてみたらば。

「忙しい」から「心をなくす」んじゃなくって。

忙しく日々を過ごしている時、
好きなことや自分にできることだったら
時間や体力はなくなっても心はなくならない。
でも、好きじゃないことやできないことで忙しい時には、

おおらかさ
充実感
思いやり
自信
やり遂げる楽しさ
達成感        …などなどがなくなる。

忙しい時には、
今、自分を忙しくしてることに対して
自分はどう思ってるのか
ちゃんと考えてあげなくちゃ。
自分で自分をみてあげなくちゃ。

忙しい時には、だから、
休んでね、とか休息してね、ということだけが
有効な処方薬ではないのだ。
それは、どんなに楽しくたって
忙しく無理な生活をしてたら体が悲鳴を上げるから
もちろん重要なお薬の1つではあるけど、
好きじゃないこと、できないことで忙しくて受けたダメージは
休息だけでは回復しないから。

だからできないことをつぶしていく。
好きじゃないことのいい面を探そうと思う。

できないことをできるようになるには
自分の努力だけではどうにもならなくて
人に迷惑をかけたり
叱られたりして凹むこともあるし
絶対そんなに簡単なことじゃない。

好きじゃないことのいい面を探すのは
嫌な面を探すより何倍も難しい。

それでも、おおらかな気持ちを
今日も1日楽しかったと
思える気持ちをなくしたくないから、
そこはぶつかっていくしかないのだ。











...

更に後日談。 - 2002年01月08日(火)

今日の帰り際、
準社員さんが私に声をかけた。
「ゆきさん、トイレ行きたくないですか」
「いいえ、全然」
隣の先輩にも聞いている。
怖いのね。はいはい。
「分かりました。じゃあ、手でも洗いに行こうかな」
「わー!やさしいー!」←(笑)

聞けば昨日の夜、またまた怖い目にあったとのこと。
・・・・給湯室で、話しかけられたんだって。


...

後日談。 - 2002年01月07日(月)

今日、私のボスに呼ばれて
システム部のマネージャーがうちのフロアにやってきた。
うちのPCを設定してる彼に
つい要らん確認をする私。

「土曜日、お帰りになる時に
 Hさんのほかにどなたか男性の社員さん、
 いらっしゃってました?」
「いや?Hだけだったよ」
「そうですか・・・」

それを聞いてボスがすかさず
「何?なにか怖いことあった?」
・・・なんで分かるんですか。

それで、土曜日の声の話をしたら。
「あらー。まあねー、ここはいるって言うからねー。
 声だけ?何か見た?」
「私は声だけです。でも準社員さんが・・・」
「見たの?」
「はい。でも私が見に行ったら誰もいなくって」
「ふーん。もしかして、初体験?」
「はいー。初めてでした」

システム部のマネージャーはマネージャーで
「うえー、怖えー。その話、Hにした?してないの?
 じゃあ俺言っちゃおうーっと。
 あ、システム部のフロアに居るんだったらやだな。
 いやでも絶対こっちのフロアだぜー」
と言ってなぜか足取り軽くドアの向こうへ。

みんな・・・知ってたんなら言っといてくださいよ。。。
私、知らずに夜中まで仕事してたりするんですよ。
まさにひとりぼっちですよ。
気付いてないだけで囲まれてたりしたら嫌だわあ。


...

声。 - 2002年01月05日(土)

土曜日の出社、今日は私がシフト出社。
実家へ帰るとのことで
朝出社の先輩が定時早々に帰ったら
さすが年始で休日出勤する社員は今日は居なくて
広いオフィスに私1人。

もうひとり、準社員さんが居るんだけれど
彼女は基本的に左隣のフロアで
センターの実務に忙しい。

19時頃だったろうか。
赤ちゃんの泣く声がした。

ふと手を止めて耳を澄ます。
でも、もう聞こえない。
猫が叫んだ声だったろうか。
そうかな?そうかも。
大体、会社に赤ちゃんは居ない。

また仕事に戻ってカタカタとキーボードを叩いていると
右隣のフロアから、システム部のマネージャーが登場。
この人は、平日は合コン、休日は会社に居て
家族サービスはいつやってるんだ。
「僕、もう帰るけど、
 隣の鍵、Hが持ってるから」
Hさんも休日出勤かー。
じゃあ、私が先に帰るなら
こっちのフロアは閉めたって声をかけないと。

さて20時を過ぎ、
センターの業務が終わりに近付いて
準社員さんが戻ってきた。
2人ともPCに向かって、ついと沈黙が訪れた時、
「ははははははははっ」
と、右隣の壁のあたりから、男の人の笑い声がした。

・・・?
耳を澄ます。もう聞こえない。
Hさんだけじゃないのかな、来てるの。
別にその時は気にも留めずにカタカタカタ。

しばらくして準社員さんが席を立ち
私が1人になったとき
また、赤ちゃんの泣く声がした。


まもなく準社員さんが戻ってきて、
「ゆきさん、今日、お客さまいらっしゃいました?」
「いえ、どなたも。お休みですし」
「そうですよね・・・」
カタカタカタ。
我慢できなくなったようにまた準社員さんが口を開く。
「さっき、男の人の声、しましたよね?」
「・・・しましたね」
「お隣、どなたかいらっしゃるんですか?」
「Hさんが鍵持ってるって言ってたけど、
 ほかにも来てらっしゃるのかもしれませんね」(←Hさんは女性)
「その、パーテーションの向こうに、
 どなたかいらっしゃいますかねえ?」
妙にこだわる彼女の言葉に
パーテーションの向こうの席を覗きに行くけれど
もちろんそこには誰もいない。
システム部はさらにドアの向こう。
「Hさんが、縛られてたり、危ない事になってませんかね」
「だーいじょぶですよー(笑)」
「え、でも、見に行ったほうが良くないですか」
「何て言うんですか、『無事ですかー?』って?
 気になるなら行ってらしたらどうです?」
「え、でも、私、システム部行ったことないんですけど…」
なんで、そんなに気にしてはるんやろう?

余りに気になるらしいので
早々に帰り支度をして、
隣に声をかけに行くことに。
準社員さんもついていく、といって、
しかも武器を持って行くといって
事務用の穴あけパンチを手に。
どーしたんですか、なんもないって(笑)。

ドアを開けると、こちらがわの席は電気もついてなくて
一番奥に明かりが点いてるだけ。
声をかけるけど返事がないくらい遠いのだ。
近付いて行くと、かなりの大音量でロックがかかっている。
1人だからってもうー、Hさんたら。
すぐそばまできて声を掛けたら
びっくりして笑ってた。

そして、自分たちのフロアへ戻ると、準社員さんが、
「お1人でしたね・・・」
「ね?大丈夫っていったでしょ?」
「じゃあ、さっきの声、誰の声でしょうね」
「・・・」
「だって、あれだけのラジカセの音が全然聞こえないんですよ?
 さっきの笑い声、めっちゃ馬鹿笑いでもなかったし
 せいぜいドアのすぐそばで笑った感じでしたよね!?
 なのに、電気もついてないんですよ?
 誰もいなかったじゃないですか」
「・・・帰りましょうか」

鍵を閉めて、駅までの途中。
彼女はものすごいことを言い出した。
「私ね、実はね・・・さっき見たんです」
「何を?」
「廊下からね、パーテーションの向こうの席に
 男の人が座ってるのを」
あなた、それ見て戻ってきて
私に見に行かせたわね!!!!

もともと4階には「いる」から気をつけろと
6階から異動するしてくるときに
彼女は周りの人から言われたそうだ。

・・・・うひー。


...

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