日々日記
いちらん…ふるい…あたらしい


2004年06月25日(金) 掴めないと、掴みたくなるのが人情

今夜も雨が降ります降ります。


バイト先に、うんと若いのに、なにやらすごく達観しちゃってる子がいる。

だいたいその子と一緒に仕事をすることになるので、
ヒマな時はしゃべるんだけど、とても21の子がしゃべってるとは思えない
内容の会話してます。

そんなに若くして、いろいろわかっているというのは
器用に生きてる風に見えるけど、ある意味辛いだろうな、と思います。
なにしろ、どんなにがんばっても子供なわけだから。

「10代の頃、はやくおっきくなりたかった」と言っていたけど
それは今も変ってないのかもなぁと、聞きながら思った。


話がわかる人には、わかるように。
わからない人には、それなりに。
とてもなつこく話してくれるんだけど、自分を話してないというか…。
笑ってるんだけど目が笑ってない、というのに似てるかも。

うーん。
言葉がうまく出ないのだけど、なんというか。
こういう話し方は、若い子にはあまりできないから、余計
気になるのよね。

いっぱい自分のことを話してくれるんだけど、全然掴み所がなくって
そういう人を目の前にすると、すごく不安になるのです。

不安。
聞くうちに警報が鳴るというか。
(…一体どんな子や。)

ええと。
まぁ、バイトは楽しいです。
よかったよかった。


2004年06月23日(水)

書きたいことがあるんだけど、
書けないでいる。

これを書くためには、
ある文字を使わなくてはらないんだけど、
その字は今わたしにとってちょっと複雑な位置にあり、
使うことをどうしてもためらってしまうのだ。

たった一文字の漢字。
べつに、その引っ掛かりの原因について書くわけではないのに。


ああ。なーんか複雑。

その字使って書いたって
誰もなにも知りゃしないよ。
と思いつつ、書けない。

あぁ。
どうやっても書けない。
書きたいのに。


…こんなの初めて。


2004年06月22日(火) 水難来たる

今日は面白かったですよ。

バイト先のクラブ(某ホテルのクラブ。ひざまずいて接客。)の
カウンターの流しに来てる上水道管から水が漏れだし(というか吹き出し)、
みるみるフロアが水浸しに。

最初はお客様に気付かれないようにしていたのですが、
最終的にフロアの真ん中まで浸水し、お客様もパニック。
えらいことになりました。

階下の売店で雨漏りするし、応援はなかなかこないし、
見かねたお客様が水を掻き出すのを手伝って下さったりと、
もうとにかく「ありえない…」状態に。

わたしはフロアで必死で水をタオルに吸わせてバケツに絞ってたのですが、
相当汗だくになってたらしく、
飲みにいらしてた70歳のお客様(男)が、帰り際に
腕でわたしの額の汗をぬぐってくださいました。

ゆかたのそでとかじゃなく。
腕。

キャー!

そのおじいさんは、宴会場でしこたま飲んでから上機嫌でクラブへ来たのですが、
来て早々「お姉さん、俺のパンツを見せてやる!」と言って、
ボクサーパンツをご披露してくれました。
その申し出に対し、わたしは咄嗟に「お客様、どうぞお許し下さいませ」と
お答えしたのですが、もしかして台詞間違っていたでしょうか…。

ちなみに、黒か、濃いグレーのかっこいいパンツだったよ。

70歳まで行くと、男の人のほうが、断然元気。
女の方もたくさんいる団体さんだったのですが、どの女性も
男の人が羽目をはずしているのをニコニコ見守ってました。あぁん…助けてよ。


最終的に、団体さんが帰ったあと店を閉め、
水は掃除機で吸い、湿った場所に新聞紙をかぶせておいたのですが、
明日大丈夫かなぁ。

ハプニングの最中、
派遣社員の男の子は「家に帰りたい」とつぶやき、
社員の女の子は「ありえない…」と頭を抱え、
新参者のわたしは「うっひょ〜」と内心ウキウキで対応しておりました。
みんなごめん。

なので、
自宅までの帰り道、わたしは思い出し笑いが止まりませんでした。
もーおかしくってさ!!!アハハハ!


2004年06月19日(土) ゴキ

ついに我が家の台所でゴキブリを捕まえました。
ネズミしかいないと思ってたのに、ゴキもいたとは…。

体長1.5cmほどのチャバネゴキブリでした。
今捕まえなきゃ逃げちゃうー!と、思ったらつい手が伸びてしまい、
素手で捕まえていました。

おお!さすが我が「手」!フハハハハ!
犬のノミも台所のゴキも、狙ったら逃さないぜ!


イモムシ、毛虫の類と比べたら
ゴキなんてクワガタとかと一緒だ(触るに何の差支えもない)!

そういえば、今年のY村はクスサンという蛾の幼虫がほとんどいない。
安穏。安穏。

去年、木からしたたり落ちるほど発生した反動だろうか。
ああ…、てことは今年の反動で来年はわんさか発生するのか!!!?

キャーーーー!!

クスサンの幼虫とは白髪太郎とか、トチカンとか、トチカンチョウと呼ばれる
美しいペールグリーンの毛虫です。

白っぽい毛がフサフサと生えています。
最終齢になると、黄色味を帯びてきてとってもでっかくなります。
最悪ダ。

親が何個も卵をを生むから、それがみんな孵化してバリバリ葉っぱを食べる。
1本の木を食べ尽くし丸裸にすると、次の木を求めて移動します。

Y村では、クリ、クルミの木に良く発生します。
あとシラカバ、クスノキ、サルスベリにもたまに発生します。

あなたは地面を、ガードレールを、アスファルトを、埋め尽くさんばかりの大群が
モゾモゾと移動する様子を見たことありますか??

…あれこそ地獄絵図です。

ガードレールに、薄緑のファーをかぶせたみたいにふっさふさなんですよ。
そしてそのファーは常にモゴモゴと動く。
ヒィ〜!書いてて寒い。

じゃぁ書くなよ。…オホホ。

こんなにイヤなのに、奴らについて結構いろいろ知ってるのはなぜでせう。
目が、脳が、すぐに奴らを見つけてしまう。

あいつらに比べたら、アメリカシロヒトリなんか可愛いもんだー(イヤだけど)。

トチカンが、このままY村では発生しないことを心から願っています…。
(マズイ、今夜夢見そう…)


2004年06月15日(火) ぜひ見て!

NHK教育で早朝と夕方やってる
「にほんごであそぼ」って番組、知ってますか?

その番組の中で、
「雨ニモ負ケズ」を一般人が朗読するってコーナーがあるんですが、
これ、すごいです。
(以前はじゅげむを暗記して一般人が読むっていうコーナーだった)

心、うたれます。

詩を読むのは、コーヒー屋のマスターだとか、どこかのおじさんだとか、
どこにでもいるごくごく普通の方たちです。

でも、みんなすごく上手。

おじいさんに近いようなお年の方の朗読は
来し方を振り返るかのような思いのこもった朗読。
それでも最後に、
未来に向かって「そういうものに わたしはなりたい」と
力強く締めくくってくれました。

賢治の詩が、幾人もの普通の人たちに、こんな風に読まれるのを聞けるなんて!
NHK!ええもん見してくれた〜!!

きのうかおとといに、黄色いチューリップ畑の中で読んだ富山県のおじちゃんは、
富山の方言で詩を読んだ。
それもなんとも素敵でした。

機会があったら、NHK教育見てみてください。
すごくいいから。


ところで、詩の音読って、すご〜く気持ちいいんだよ〜。
なので、わたしもまた読んでみよかな〜と思いました。


2004年06月14日(月) 満足の夕餉

今日は暑かったなぁ〜。

近所のおばさんに、おばけズッキーニをもらった。
鬼の金棒みたいな、ものすごいでかサイズで、「食べられるのか?」と
心配になるような成長ぶりだった。

でも、切ってみたらやわらかくて食べるのに支障はない様子。

そこで今日の夕飯は、ズッキーニと豚しゃぶしゃぶ肉を交互に重ねて、
ラップしてレンジでチンするだけの簡単重ね蒸しをした。

酒を降っとくと、もっとおいしかっただろうな。
うわばみが飲んじゃって、日本酒が残ってなかったのが残念でしたが、
ヒガシマルのぽんずで頂いたら、ほーんとおいしくってほっくほくでした。

重ね蒸しは、キャベツやナスでもできます。おいしいよ。

あとは、新玉ねぎの炊き込みピラフと、
もぎたてきゅうりと青シソの浅漬けを作りました。
うまうまでした。

ぐふ〜。満足…。


2004年06月13日(日) 旅の計画

来年の6月から1年間、ニュージーランドに行って来ます。
滞在中、オーストラリアやマーシャル諸島にも足を伸ばそうと思っています。

ずっとずっと外国に住んでみたかったのです。
観光旅行ではなく、そこで生活をしてみたかった。

それで2年くらい前からアメリカのとあるリベラルアーツカレッジに行きたくて、
とうとう去年の終りにものすごい決意をしたのです。

ところがどっこい、いろいろ調べたんだけど、今のわたしには、
そこはものすごーく敷居が高かった。

高校時代の成績ですでにドボンだし…。
ものすごい無理をして、長遠な時間をかければ
きっと行けないこともないんだろうけど、今のわたしにそんな悠長な時間は、
残念ながら…ない。

わたしが生きてるうちに社会人への門戸が開かれることを願いつつ、
泣く泣く諦めました。

でもそこでまた別の可能性の扉が開かれたのでした。
お金をかけずに、今のわたしがちょっと努力すれば行ける方法はないものかと、
いろいろ探したわけです。

そうしたら、ワーキングホリデーがあるじゃん!と。
これなら年齢制限ギリギリ30歳のうちに、なんとか行けそう。

以前から南半球に行きたかったこと、小さい島国であること、
ガーデニングが盛んであること、アクティビティが盛んであること、
めーよー(羊)がたくさんいること(四つ足愛好家ゆえ)、
などなどの理由でニュージーランドを選びました。


行こうと決めるまでは、ほんとうに葛藤がありました。

わたしがいなくなったら家族が困るだろう(誰が夕ごはんつくる?)とか
母はわたしがいなくなったらウルサイ姑と始末の悪い舅と、
とんちんかんな夫と共にこの家でどうやって過ごすんだろう、とか、
父にいちごを作れるのだろうか、など
いろんなことを考えてしまって、踏ん切りがつかなかったのです。

だけど、10年後、20年後、30年後の自分はどうしているだろうか、そう考えたら、
ああ、今行かなきゃと思ったのです。

それにね、いなきゃいないで、残った人たちでなんとかするさ。うん。


それと、このままここにいたら自分がダメになりそうで。
わりと丈夫で長持ちのわたしですが、マズイなこりゃ、と思うことがあったのです。

それは何かと言うと、ここ数年、父を言い争いをしたり叱られたりしたあと、
小林克也ばりの良い声のおじさんが、布団に横になると頭の中で
ずーっとしゃべっているのです。

たまに複数の人がワイワイと話していることもあります。
内容は断片的にしかわからないのですが「仕事の話ぽい」とわかる時もあるし、
何がなんだかわからないことも。

えー、とにかくそれが「幻聴」と言われるものであることを知ったとき、
「ヤバイ。なんとかせにゃ」と思ったのです。

そしてそこでやっと自分が疲れ切っていることにも気付きました。
精も魂も尽きる…のだいぶ手前まで来ているな〜、とも。

『わたしは父が脱サラするまでの繋ぎをする』という約束だったとはいえ、
長い時間がたつと状況もかわり、父がすんなり農業をするには
なかなか至らなかったのです。
しかたがないな、と思って従事してきたけど、もう限界。

昨日父と会話をしたのだけど、やっぱり彼が何を言いたいのか全然わからない。
酒が入っていることもあるだろうけど、すぐにカッとなる。
冷静に話ができない。

恐らく議員としていろいろプレッシャーがあるのかもしれない。
それと、わたしや母が自分の思うように動かないことが内心腹立たしい
のかもしれない。

わかってあげたいけど、完膚なきまでに論破されると、なにも言えない。
こんなのは会話じゃない。
わたしがしたいのはこんな一方的なやりとりじゃない。

そして父は自分が何を言ったのか、次の日には覚えていない。
なんなのよアンタ。いったい。


ささいな一言がどっか逆鱗にふれた模様。わからないことを言ってくる。
それでもなんとか分かろうとして会話を試みたのだが結果、
「そんなんで世の中わたって行けると思ってるのか」と言われた。
3回言われた。
そんなの、わからないよー。
もちろんわたしにいい加減な部分がたくさんあるのは事実だけどさ。
それは、聞かれてもわからないよ。
わからないなりに、いろいろ経験しながらわたっている最中だとは思うよ。

そこで、
「お父さんの言ってることと、わたしの言ってることと、
全然噛み合ってないよ。わたし、お父さんの言ってることが全然
わからないよ」といったら、「きちがいかお前は」と言われた。
どうよこれ。
実の祖父と父の両方からきちがいと言われたわたし。

そこで父に、
「そうだね、気がおかしいかもしれないね。わたしここんとこずっと、
お父さんと話したあとで幻聴が聞こえるの。確かに気がおかしいのかもしれない。
だから病院にかかろうかと思ってる」と言った。

そしたら、「お父さんも今幻聴が聞こえとるわ」と言われた。
わたしの言葉が幻聴ですってよ!!!!
真剣なわたしのSOSが幻聴なんですって。

面白いこと言うじゃないの〜。
なんかもう、全てのやる気とか根気とか、一切が流れていく音が聞こえる。
ああ。もうこれ以上妙な気を使って暮らしたくないな…。


わたしの何がそんなに気に入らないのかがわからない。
かといって、父の気にいるようにやることはわたしにはできない。
それは多分わたしには「できない」のだ。

自分の苦しみをそのまま受けとめてもらえないことは悲しいねぇ。
しんどい。


わたしがどんなに疲れ果てていても、「もうできない」と言っても、
家族の誰も「やめてもいいよ」とは言わなかった。
だったら、自分で「やめます」って言うしかない。
よし、やめよう。
文字に書くとこんな簡単なことですが、いやぁ本当に勇気がいった。

思いがけず母が味方になってくれて、
自分の弱い所も全部話せるようになったことが背中を押してくれました。
これで話を聞いて貰えてなかったら、自分で死んでたかもというくらい
今年のいちごシーズンは辛かった。
母に、「やめていいよ。」と言われたときの嬉しかったこと。
わたしはほんとうに嬉しかったんだよ、お母さん。


自分のしたいことを自分で考え、自分の手足で実現させる。
それに、30歳目前になってやっと着手します。
困難がたくさんあるかもしれませんが、それも含めて楽しみです。

今後の予定ですが、
合併するまでY村にいる約束なので、あと1年はここで農業をするつもりです。
そして、来年の今ごろはもう日本にいません。

そう思うととても不思議です。
毎日移り行くY村の景色を、もう二度と見ない風景だと思って見る。
そんなことは今までなかったから。

1年間NZに行ったあと、ここに戻るかどうかは分かりません。
戻りたくないのかもしれない。自分でもはっきり分からないけど。

とはいえ行くまでまだ1年もあるんで、落ちこんだり浮上したりしながら
このサイトも続くと思います。
よかったら、出発までどうぞおつきあいくださいませ!
☆管理人は元気です〜。


2004年06月10日(木) トホホ

人里離れた親戚の山に、収穫を終えたイチゴの株や
刈った草などを捨てさせてもらっている。

そこは木曽川で砂取りを行なっている会社のトラックしか通らない場所で、
草を捨てにいっても誰かに会うことなんかこれまで数年間1回もなかった。

ところが、先日捨てに行ったとき
目的の場所についてUターンしようとしていたら、
後方からボルドー色のセダンが走ってきた。

待たせては悪いと思い、ちょっと待ってねのジェスチャーをしたのだが
その車のおじさんは、Uターンしているわたしをとても険しい顔で見つめていた。
怒らせてしまったか?と思い、大急ぎで道をあけたのだが、おじさんの車は
わたしの車から20mくらい走ってすぐ止まってしまった。

あきらかにわたしのことを気にしている。
ちょっと様子が変だよ。なんだろうね。
そう思ってこちらもしばらく観察していたのだが、
おじさんは車からおりてこなかったので、わたしは荷台の草を下ろしにかかった。

ちょっと捨てたその時、おじさんが車から降りてきた。
手にカメラを持っている。

おお。わかった。わたし不法投棄してると思われてるんだー。

小走りに近寄りながら、おじさんはわたしに言った。
『あんた、ここで何をしてますか?』

わたしは正直に「はぁ、親戚に頼んでここに草を捨てさせてもらっています」
と答えて、すぐはっとした。
(あ。これって不法投棄したり山菜盗んだりするひとの常套句じゃん!
こんなんで「ああそうですか」なんてわたしがおじさんだったら絶対言わない〜)

案の定おじさんはきつい口調で『ほぉ、どこの親戚ですか』と聞いてきた。

あははー。完全に疑われてるよー。
親戚の名前が通じなかったらどうしよ…。

でも、親戚の屋号を告げると、おじさんは
『そうかそうか。このへんにわざわざものを捨てに来る奴がおるもんで、
警戒しとるとこよ。そりゃすまなんだ』
と言い、笑って去っていった。

ちょいと心外な出来事だったけど、おじさんの気持ちよくわかる。

昔からもちょくちょくあったけれど、ここ数年とくに不法投棄が増えているから。

それと、ゴミはゴミを呼ぶのだ。
わたしや父がきちんとお願いして捨てた枯草であっても、誰かが見て
「俺もここにゴミ捨てたろ」と思って捨てる、なんてこともありうる。
と思うと、この処分のしかたも再考すべきか…?と考えてしまった。

話しはそれるけど、
いらないもの、不要なものをどう処分するか、
それを観察するとその人がより一層見えてくることがある。

それは意外な一面だったり、その人らしかったり、いろいろ。

ゴミひとつのことだが奥深い。

ここ2〜3年、ゴミに関していろいろ考えているのだけど、
循環型の生活を送っている方々の暮らしにちょっと興味が湧いてきたので
来年、訪れてみる予定でいる。

それにしても、村民が村内で不法投棄してる人と間違われるとは。
ちょっとトホホでした。


2004年06月02日(水) 6月は消防の月

消防団が熱い。
27日のポンプ操法大会に向けて、今日から毎日練習ですって。ほあぁ。

入団して2ヶ月、ポンプ操法の練習場の隅っこを借りて、
ようやく消火に使う機械の取り扱いを教えてもらっているところです。

先週は、消防車(サーフを改造)作り付けポンプの取り扱い、
今週は、軽トラックに積まれた持ち運べる小型ポンプの取り扱いを習った。

働く自動車が大好きなわたしは、早くいろんな部位をかまってみたくて
しょーがなかったのでこの講習にはほんとに真剣に取り組んだ。

今日は持ち運びのできるポンプを、全員で交代で始動させ、吸水し、放水した。

水源の周囲に道がなかったり、狭くてサーフが入れない場合は、
2〜4人でこのポンプを持って行かなくてはならない。
場所によっては山を上ったり下りたりもする。
それも、一刻を争うのだからかなりのハイスピードで。
…なんて大変なのー!消防って。

さて、エンジンにはセルモーターがついているのだが、いかんせん普段は
ほったらかしなので、バッテリーが空っぽで全く使えなかった。

なので紐を引いての始動。
これがねぇ、最初は全然かからないのよ。

大人の男がふぅふぅ言いながら引っ張ること7〜8回。
ものすごい音がして、2サイクルのエンジンが唸った。

先輩が手順を話しながら操作してくれるんだけど、
どんなに大きな声で言ってもなにも聞こえないくらいバリバリと大きな音。

この勢いでなければ、水を吸い上げ、送り出すことはできないのだなぁ。

つぎに真空レバーを操作、ポンプの中を真空にする。
完了したら、放水開始。
放水のレバーを引くと、あっというまにホースがふくらんで、
筒先の人(これも新人が交代で体験)があまりの圧力に「ヒィ〜」と言った。

わたしもワクワクしながら操作させてもらいましたよ!!
しかし順調に手順を踏んだので、あっけなく水が出てしまった。
(いや、それでいいんだけど…)

しかしそれではなんだかつまらなかったので(あらまぁ)、
先輩に「もっと水圧あげてみていい?」と聞いたら良しとの返事だったので、
ギリギリ限界の5�舛泙任△欧拭�

そしたら、わー!という声が聞こえた。

今回は吸った水を元の水源に戻していたので、あまりの勢いに跳ね帰った水で
筒先の人たちがびしょぬれになったのだった。
しまった…(ごめんちゃい)。

今回の講習にははじめて弟も参加できた。

他人様に囲まれて、世間話したりポンプいじったりしている弟を見るのは
なんかすごく新鮮でした。
お前は外ではそんな風なんだね〜。っていう。

家にいて、ネコに「にゃん、にゃんにゃ〜ん」と言ってみたり、
自分の足の匂いを嗅いで「うわ!マジ臭ぇ」とか言ってる人と同一人物とは
思えなかったですよー。

姉は一切干渉せずに、彼をそーっと観察しておりました。
あは。面白かったなぁ。


inu-chan