| 1976年11月05日(金) |
この現代の「魔女裁判」 問われる裁判官の本音 |
☆婦人民主新聞より(1976年11月5日号) この現代の「魔女裁判」 問われる裁判官の本音
*離婚
女遊びにふけり、かけごとに走る夫に愛想をつかして家出した妻からの離婚訴訟を却下した下級審判例(1955年)
「�仝狭陲�年齢50歳で女性としてはすでにその本来の使命を終わり、今後はいわば余生のごときもので、今後において花咲く人生は到底これを期待し得ないと考えられるのに反し、被告は漸く齢49歳に達したばかりで・・・人間として漸く成熟しきったと認められるので、男子としての真の活動は、今後において期待し得られる事情にあること��客観的に見れば、原告が被告と離れ、若干の収入を得て、寂しく一人身の生活を送るよりも、幸福であることを幾増倍であると考えられる�H鏐陲里澆鯣麁颪靴覆い埜狭陲盻淑�反省を加えれば、将来夫婦間の円満な結合の回復の可能性もあると考えられる」 民法は七七〇条で不貞などの離婚事由を定めているが、その二項で裁判官の自由裁量を認めており、夫婦のあり方に関する裁判官の価値観が大きくものをいう。
*未婚の母(竹内判決)
幼稚園の教諭をしていたK子さんが園児のチチNと交際し妊娠。産んだ子はNに奪われ、K子さんが人身保護請求を起こしていた。
「幼稚園の教諭の身で園児の父と情交関係を結び、生まれる子にとって所詮私生児という不幸な境遇になることが予想されるのに、その養育に確たる見込方針もないままに、被拘束者(子ども)を産んだ態度から、請求者の被拘束者に対する真の愛情については疑問なしとせず」
*教育
私立城石高校は女子にとって大切なことは「そうじ・おじぎ・みだしなみ」という儒教教育を行っており、1969年の生徒総会で生徒がこれを批判。生徒を支持した竹内洋子さんを解雇した。学校側が出した十三項目の解雇理由は証拠もないまま採用。卒業生などの証人、証拠は「信ずることはでいない」と却下され、 「従順な女を育てる女子教育を支持し、反抗する女はキル、まるで現代の魔女裁判です」 と竹内さんは怒りをこめて告発する。 証拠や証言をとりあげるか否かは一切裁判官の自由な判断によるが(自由心証主義)裁判官の資質と価値観がどうしても問題となってくる。
☆私たち日本の女性は一人の女性によって幸せが与えられた
これは戦前有名だったピアニスト、レオ・シロタさんの娘であるベアテ・シロタ・ゴードンさん(米国女性)は、占領期GHQ司令部に勤務していて、日本国憲法草案に男女同権を書き込んだ。
日本に残っていた両親に会うため、民間人は来れなかったので、軍属として1945年12月24日、焦土と化した日本に来た。憲法草案制定委員会のメンバーに選ばれた。極秘の仕事だったので、1カ所の図書館だけだと、なぜ憲法に興味をもつか疑われると思っていろんな図書館にいった。朝から晩まで憲法の本を読んだ。日本の女性にどういう権利が必要か?を考えた。「両性が社会的にも法律的にも平等であるべきだ」 と書いてマッカーサーの運営委員会に上奏した。
運営委員会のメンバーは、40代以上の男性ばかり。彼らは、草案にあった社会福祉に強く反対した。婚姻・離婚その他に関しては 「個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚する」 ということばが残った。運営委員会が私の書いた草案を縮めたのにはがっかりした。私はそのとき22歳だった。
(2001-11-4 講演「男女平等の社会を!〜日本女性の幸せを願って〜」より)
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