入学グッズ


 過去 : 未来 : メール 2004年01月26日(月)


カホが1年生になるので両方のおばあちゃんが「お祝い」と言ってお金をくれた。

片方は
「ランドセル買ってやって。」
もう一方は
「机かベッド買ってやって。」

全く収入がほとんどないのに孫のためならえんやこらだ。
本当に申し訳ないと思う。
ありがたく思う。

おばあちゃん達は何度も「もう買ったか?」と確認するので早いとこ買っておこうとお手軽に生○の通販で両方買ってしまった。

ランドセルはミホと同じの色違いで。

学習机も2,3年前から目をつけていたシンプルな物を購入。
ミホもずっと持っていなかったので以前もらっていたお祝いのお金で一緒に買った。
「シンプルでお買い得」「天然木であること」
これが今回のこだわり。

値段を押さえるためにそれは「お客様の組み立て」だった。
所要時間60分から90分と書かれたその机をダーリンは40分で組み立てた。

ドッカ ヌケテナイカ??

二人はストーブもない寒い部屋に閉じこもりそれぞれの机にいろんなものを入れた。
机の上にはお人形や時計を並べる。




っていうか、そこおもちゃ箱じゃないんですけど・・・・(汗






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だから電話した次の日に届いたのね・・・。

でもこの地域の家具大好きの私には嬉しい事実だった。

これで勉強さえしてくれれば何もかもいいんだけど・・・・。


中学時代��


 過去 : 未来 : メール 2004年01月20日(火)


私の通っていた中学は「けつばっと」と呼ばれる棒を持った先生が何人かいた。
忘れ物をしたり、テストの結果が悪いと名前を呼ばれ思いっきりお尻を叩かれた。

その痛さと言ったら・・・。
お尻に棒のあとがつくときもあったくらいだ。
すこし知能の低い子が同じ教室にいてその子の頭をつかみ、当時工事中だったまだ固まっていないコンクリートに突っ込む真似をしたりと、ヘビーな先生がたくさんいた。

毎日の宿題の量も半端じゃなかった。
クラスの誰かが忘れると「団体責任」と言ってケツバットや宿題の倍増・・・。
そのお陰かどうか、うちの中学は成績は全体でよかったらしい。

が、高校に入ってそこの中学出身の生徒は勉強をしなくなると言われていた。
なぜなら自主的に勉強する力がついていなかったから。

今思い返すとその頃の先生に嫌悪感を感じるが、その当時はそれほど思っていなかった。
実際大好きな英語の先生に出会い、今でも年賀状を出しているくらいだ。


今ではそんな体罰は許されない。
私が母校に教育実習に行った時に当時体罰をしまくっていた先生が「教務」の立場で私たち実習生を指導してくれた。

「体罰は許されません。」

ソウデスネ ソウデスネ^^;

時代が違うのか?
世間が違うのか?
人が変わったのか?(爆


こういうことは多くある。
以前大学の「道徳教育の研究」という授業で教授が言った。

「道徳」というのはその時代によって変異します。戦争中は学校でお国のために死ぬ事が良い事と教えられました。しかし今の時代ではそれが通用される由もありません。だから学校では「道徳」ではなく普遍的な「倫理」を教えるべきなんです。


今教育現場では体罰はほとんど見られない。





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机上にあった湯のみの水だった。

その子はそれをどう受け止めたのかわからないが、その後何かあったとは聞いていない。

今ごろ20歳を過ぎていて「あの先生に水かけられたんだよな〜」と酒を飲みながら話しているかな?



メールデビュー


 過去 : 未来 : メール 2004年01月16日(金)


11月の終わりから入院しているお義母さんは何かにつけてすぐ電話してくる。
整形外科なので携帯の使用も許されていていつでもかけられる。

人一倍いろんなことに気がつく方で遠くから私たちのことを心配している。
ある日深いため息をつきながらこう言った。

「雪が降るから本当に嫌だわ〜」


「何で〜?お義母さん家の中にいて雪が降ったって関係ないじゃんか?」

「4人の心配をしなくちゃいけないから嫌なのよ。」

( ̄□ ̄;)!!

4人の心配とは兄夫婦と私たち夫婦の車の運転をさすらしい。
まぁ病院にいる時くらいのんびりと療養してください・・・。

そんなお義母さんに今までいくらメールのやり方を教えてもなかなか身につかなかった。
でも最近同じ年くらいの友達が携帯メールを操っているのを知って負けず嫌いのお義母さんはかなり前向きにやり方を覚えようとした。
先週の土曜日にお見舞いに行った時に一応ショートメールのやり方を伝授したが私のいるときは受信したものを見るだけに留まった。

でも見られるようになったのでたまにメールを送ってあげることにした。

「今日はすごい雪なので安全運転です。」ってね。





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何のためのメールかわからんな・・・・。

そんなお義母さんだったが誰かにまた教えてもらったのか今日メールが入った!

「メエルの特訓をしています○○子」

ワーイ\(◇^\)(/^◇)/ワーイ

「メール」が「メエル」だけどね。^^;

返信するとまた返事が返ってきた。

「うれしいどんどんやります○○子」

何だか読みにくいメールだけどまぁいいとしよう。
これからは電話ではなくメールでいろいろと遠隔操作いや、ご指導があるのだろう。


長くなると大変だからショートメールだけでいいな。(爆




DV


 過去 : 未来 : メール 2004年01月13日(火)


私はダーリンに手を挙げられたことはない。
挙げたことはあるけど。(ぉぃ

周りの友達でも旦那さんや彼氏に殴られたりする子はいなかった。
そういうことは言わないのかな?
でもその手の話はすべて新聞かドラマの中の話だった。

ある日カホを幼稚園に送りにいったら仲良くしているママがいたので挨拶をすると

「しばらく実家にいるから。。。」
といって突然泣き出した。

子どもの前で足蹴りをされたというのだ。
そして平手打ち。

義理のお母さんは見て見ない振りをしたという。
そして後からその暴力は息子を窮地まで追い込んだ嫁が悪いと言ったのだ。

その子は笑顔が太陽のように明るく周りの子に気を使うとっても優しい子だ。
同居している精神がちょっと弱っている義理のお兄さんの面倒も愚痴ひとつこぼさず見ていた。

今まで旦那さんの弱い所、例えば少しのことですぐに仕事を休んでしまったり、弱音を吐いたりする所も彼女は一生懸命支えになってフォローしてきた。

が、彼はとうとう手を挙げた。
なんて事ない理由だった。
一回挙げるととまらなくなるらしい。。。

実家に帰った彼女と旦那はしばらく連絡を取らなかったが「旦那の謝罪」ということで一応家に戻ったが、一度できた溝がそう簡単に埋まるものではない。

彼女は父親としては満点の旦那を見限ることはできず、また楽しい日々が暮らせるようになると信じて再出発した。





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もしかしたらそういう行動をとってしまう旦那さんも苦しんでいるのかもしれない。

とりあえず彼女が我慢すればうまく行く。
子ども達にとってもそれが一番いい。



私はそういう状況に暮らしている同じB型の彼女を遠くから心配もし、応援もしている。

でも。

自分自身も大事にして欲しいと切に願う。


自分勝手な友達


 過去 : 未来 : メール 2004年01月12日(月)


大学の友達の一人でまきちゃんという子がいる。

ある日私に電話が入った。久しぶりの電話でどうしたのかなと思った。

「ねぇ、りほ。行きたいイタリアンの店があるんだけど一緒にどぉ?」

1年くらい逢っていなかったと思う。
私は久しぶりに逢える喜びもあったがまだカホが1歳でイタメシのレストランに行ける状態では全くなかった。
私に小さな子供がいることはまきちゃんはもちろん知っていた。

するとまきちゃんは
「そっか〜。じゃダメだね。またね。」

と言って電話を切った。
私は愕然とした。
まきちゃんは私と逢いたかったわけでも、話したかったわけでもなく、本当にその店に行く「連れ」を探していただけだった。
私に逢いたいと少しでも思ってくれれば、お店を変えるとか何か方法を考えただろう。

子育て一本で家にいる友達を考えて誘ってくれたわけではなかったのだ。
でもまきちゃんはいつも自分の都合を優先する子で、人の都合はあまり関係ない。
学生時代もそうだったことを思い出して諦めた。

それから数年たって最近、まきちゃんは結婚し子供を生んだ。
バリバリの日本人の子供に英語の名前をつけた。
私にとっては意味不明の行動に出たまきちゃんだがその子供は本当にかわいい。
ま、子供はみんなかわいい。(笑

そのまきちゃんからまだ子供がいなくて自由の利くひとちゃんに電話。
「ねえ。そっちに行く予定があるからお昼一緒に食べない?」
ひとちゃんはお昼を一緒にしようということで家で待っていた。

お昼にメールが入る。
「これから家を出るの。遅くなったからお茶にしよう。」

そして5時。
まきちゃん到着。

ひとちゃんは怒った。
「子どもが悪いっていってるわけじゃないのよ。あなた初めはお昼に逢おうって言ったのよ。お陰で私一日おしまいよ。こんな時間になるなら何とか他に方法があったんじゃないの??」

いつも人を振り回すまきちゃん。
こう言った。





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ひとちゃんから「呆れて何も言えなかったわ〜。」と電話が入った。

自分勝手な友達を見て己の自分勝手さに気付かなければ。。。
そうでなければまきちゃんが私の友達であるという意味がない。(笑


が、やっぱりもう関わりたくない。^^;




理想の家庭


 過去 : 未来 : メール 2004年01月09日(金)


高校時代ご飯を食べてから必ず10時まで遊びに行っていた。
近所の同級生の家だ。
私の家は母は遅くまでミシンを踏んで内職をしていて、父は夕食後また仕事に出かける人だったので私が何をやっているのか誰も知らなかったと思う。
でも門限は10時で、10時すぎるとそこに母から電話があった。

その同級生は中学まで一緒だった男の子だが、姉ちゃんが二人いた。
私はその姉ちゃん達にいろんなことを教えてもらった。
いい事も。。。悪い事も。。。。ムフフ

そこのママはとても料理が上手で裁縫もまた油絵も何でもこなす素敵な女性だ。
パパはハゲツルピッカ(爆)で毒舌のおもしろいおっさん。

そんな家だから自然とたくさんの人が集まった。
それぞれの彼女や彼氏も集まった。
私も彼氏を連れて行った。
時々彼氏や彼女が変わってもそれは暗黙の了解だった。(笑

私以外にも何人か友達がいつもいて、ママの料理を囲んだ。
バレンタインや父の日にはパパにプレゼントが届き、ホワイトディにセクシ〜なパンツをもらったこともある。
私はそこで「三女」と呼ばれるほどだった。

そこはいつも笑いが絶えず、楽しい家庭。
私はこうやって人の集まる楽しい家庭が自分で築けたらいいなってよく思った。

ダーリンが結婚式の挨拶でこう言った。
「いつ帰っても暖かく迎えてくれる安心できる家庭。そしていろいろな人を受け入れる事のできる楽しい家庭を築きたいです。」

そんな話をしたことがなかったので彼の話を聞いて私はすごく嬉しかった。
私が思い描いていたものと同じだったから。
だからこそ10年前のことなのによく覚えている。





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この間来た友達に腐った黒豆を出してしまった。(汗

ちょっとでも理想の家庭に近づくために今年は料理でもまじめに取り組む事にしようかな・・・・。


帰省


 過去 : 未来 : メール 2004年01月08日(木)


お正月やお盆になるとみんな帰省する。
私も実家に二泊した。
私の兄も東京から奥さんと子どもと一緒に3泊で実家に帰ってきていた。
そのうちの一泊にあうように私たちは出掛けた。

兄はクールな人で大学に入ってからほとんど実家に寄り付かなかったものだが結婚してからは盆、正月はちゃんと実家に帰るようになった。

子どもが産まれてからは特に親を喜ばそうとしてか少し長めに実家にいるような気もする。

親たちも遠くから来る久々の孫に目を細めいろんな所に連れ歩く。

親を喜ばすための帰省。
自分の田舎に帰ってほっとする帰省。

迎える親たちも大変だろうが遠くから出かける子ども達も大変。
でも狭い家に久々に家族や孫が勢ぞろいした親は本当にうれしそうだった。

母は兄のお嫁さんやダーリンも含めて仲良く飲んだり食べたりするのを見るとまた安心するようだ。

でもそういう親ばかりではない。
うちの隣りのおばさんはこう言った。





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は?


いろいろ事情があるのかもしれないけれどお互い楽にすればいいのに。。。

逆パターンで相方の実家に泊まりたくない人もいるらしい。

ま

家庭によって様々ってことかな。



タノシイホウガ イイノニナ・・・



スキー三昧


 過去 : 未来 : メール 2004年01月07日(水)


結局家族全員分のスキーセットを買った私たち一家はそのもとを取るべく毎日のようにスキーに通った。

転んでも転んでも勇敢に山に登っていく5歳児カホにもスキーセットを購入。

ダーリンに
「自分で止まれないようなスピードで滑っちゃダメ。」
と何度も怒られる。曲がれないのに、止まれないのに猛スピードで滑る。
ストックはない。
その表情はニコニコだ。
風をきるのが気持ちいいそうだ。
そのうち障害物はよけれるようになった。

恐るべし子ども。

ミホも一人でどんどんリフトに乗ってボーゲンで降りてくる。

子どもって上達が早い。
スノボをやってる小学生だって一杯いる。

そんな中で私は恐る恐るリフトに乗って転ばないように、スピードが出過ぎないように滑る。

その横を「おかぁさ〜〜ん」と叫びながら子ども達がすごい勢いで滑っていく。
私はもうスキー場では何の威厳もない。
ただのどんくさいお○さん。(涙

スキーって何でみんな好きなんだろう。
完全に重装備して、不自由な靴や板を履き、わざわざ山に登って降りてくる・・・。
耳だって痛くなるし、リフトの上は寒いし。。。


でも文句ばっかり言いながらもかならず付いて行く私。(爆






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今年はロッジでコーヒーを飲みながら年賀状も書いた。
御昼寝もした。
あと一日で冬休みも終わる。
これでスキーから開放されそうだ。

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