切ない男心 - 2001年05月31日(木) すごい嬉しいニュース。こっちの歌手の作曲を依頼されたって。今年の終わりにこっちのスタジオに来ることになるかもって。 「ちゃんと決まってから言おうと思ってたんだけどね。」 って、あの人はいつだって内緒になんて出来ない。いいことも悪いことも。わたしにとって嬉しいことも悲しいことも。 「ポシャるかもしれないからさ。」 「いいじゃん、今回もし上手くいかなくったって、可能性が出来たってことだもん。すごいことだよ。」 すごいよ。また一歩夢に近づいたね。嬉しい。どきどきするよ。 わたしはあの人の夢を、あの人とおんなじくらいに信じてる。あの人の曲を、誰にも負けないくらい愛してる。あの人が好きだから? 違う。だって、初めて聴いたときに驚いたんだもの。あんなに美しくて不思議な旋律って聴いたことがなかった。どうやったらこんな音の組み合わせを思いつくんだろうって思った。「どうせたいしたことないんだろうな」って、期待してなかったのに。 天使が奏でる音楽だよ。 天使のあなたに負けないくらい、その音楽がわたしのこころを奪ったの。 わたし、あなたの夢が好き。頑張ってるあなたが好き。あなたの音楽にかける情熱が好き。夢を追いかけるあなたが好き。 だけど一緒に追いかけるのは、わたしじゃない。わたしの方がずっとずっと、あなたの夢が好きなのに。ずっとずっと、あなたの曲を愛してるのに。ずっとずっと、夢を追いかけるあなたを理解してるのに。ほんとなのに。ほんとなのに。ほんとのことなのに。 その人と一緒に夢を追いかけるあなたの未来の、わたしはどこにいるんだろう。「そこにもスタジオがあるんだって。どっちになるかわかんないんだ。もしきみのところじゃなくっても、今度は3時間時差のあるとこから会いにいくよ」。そうやってあなたは半年先のことを、天使がひらひら舞うみたいに無邪気に話す。嬉しいけど、少し先の未来だってもうわたしには切ない。あなたがその人とみんなの前で生涯の愛を誓う日はいつ? 明日は今日よりその日に一日近づく。あさっては明日よりまた一日近づく。 あなたは切ない気持ちになんてならないの? 幸せだから切なさなんてない? それとも切なさはみんな音楽に託すの? 切ない気持ちが知りたいな。切ない男心をわかりたい。切ないあなたのこころを、言葉にして聞かせてよ。 わたしにとって悲しいことも、わたしに内緒にできない人。 あなたの切ない男心も、内緒にしないで教えてよ。 - アナタへのメッセージ - 2001年05月29日(火) すっごく正直なこと言うと、 日本人ってオカシイって思ってた。 平気じゃないくせに平気なふりして 閉鎖的な社会と わけわかんないしがらみだらけの慣習に 何も言えずに甘んじてる って。 「日本人」なんてひっくるめて言う言い方はよくないと思うけど。 自分だって日本人なんだけど。 だけど今は違う。 たくさんの人のこころの中覗いて 切なさや苦しさや淋しさや痛みに触れたから。 自分の中に閉じこめてたことをわたしもここに書いてみたら 読んでくれる人がいて それだけで優しさに触れられたから。 みんな優しい。みんな弱くて、だけど頑張ってる。 みんな淋しい。だけどちゃんと元気分け合ってる。 もう日本には帰らないと思う。 遊びには行きたいけど、 もうあの社会にはどっぷり浸かりたくないかな、って。 だけど 素敵なこころを持った人たちがいっぱいいることわかって、 こんなところからでも 仲間に入れてもらってるみたいで嬉しい。 だから今日は わたしの日記読んでくれてるアナタに、 ありがとう。 ほんとに、 こころからだよ。 angel - 夢の中で - 2001年05月28日(月) 以前はよく見た。あの人の夢。見ると必ず「あなたの夢見たよ」って報告してた。「どんな夢?」って聞くあの人の声は内緒話をおねだりする子どもみたいに、甘くてちょっとうわずってて、素敵だった。 夜どこかの坂道をひとりで歩いてたらね、後ろから来た人が「誰かがあなたのこと追いかけてるわよ」って言うの。振り向くと、あなたがわたしの名前を呼びながら坂道を走って登ってくるの。びっくりして降りてったら、あなたがハアハアいいながら、ぎゅうって抱きしめてくれたの。それからね、ほら、昔の映画のラブシーンとかでよくあるじゃん。ふたりは動いてないんだけどカメラがぐるーっと回りながらゆっくり撮ってて、スクリーンの上ではふたりが回って見えるやつ。わかる? あんなふうにねー、あなたとわたしがぐるぐる回ってんの。空には満天の星でね、素敵〜ってわたし思ってるの。で、あなたがキスしてくれようとするんだけど、わたしそのときガム噛んでたの。それも口ん中ガムだらけなくらい口いっぱいいっぱいに。あなたの唇が近づいてきてさー、「あーあたしガム捨てなきゃあ」って焦ってたら、目がさめちゃった。 夢の中でわたし寝てるの。ずーっとまどろんでて、時々目をさますとあなたがすぐ上からわたしをじっと見ながら微笑んでるの。わたしはまたすーっと眠りに落ちて、しばらくして目を開けるとやっぱりあなたが微笑んでわたしのこと見ててくれてるの。それがずっと何回も続くの。何回目かで目をさましたとき、あーあなただってわたし思って、名前を呼んであなたに手を伸ばしたら、眠りからさめてあなたは消えちゃった。手が宙を泳いでて、すごく淋しかった。 あの夢のあなたの笑顔、まだ覚えてる。あなたが最初にわたしにキスしてくれたときに見せてくれた微笑みと一緒だったよ。わたしの大好きな、あなたの微笑み。 夢はいつもいいところで終わる。目の前にごちそうが並んでて、さあ食べようと思ったら目がさめたり。それに設定がつじつま合ってなくてわけわかんなかったりする。ソフトフォーカスだったり、途切れ途切れだったりもする。でも一度だけすごくリアルな夢を見た。あの人に抱かれてる夢。ほんとにリアルで汗までかいてた。ロマンティックっていうより、生々しかった。あんまり生々しくて、あの人に話せなかったな。 あの夢を見てから、あの人の夢を見なくなった。正確にはあの夢が現実になってから。 あの人の彼女の夢だった。ひとりで喫茶店に座ってると、あの人と彼女が入ってきた。あの人は普通にわたしに話しかけてくれたけど、わたしのことを違う名前で彼女に紹介した。彼女は屈託のない笑顔で自分の名前を告げた。「わたし、ジリアンって言います」って。そんな名前のわけないのに、夢の中ではおかしくない。そのジリアンがお手洗いに席を立ったとき、わたしは悲しくなって椅子にかけてたコートをあの人に投げつけた。テーブルの上の灰皿も投げつけた。ちゃんと当たらないように計算して。夢なのにそこがいやに現実的だった。あの人はわたしを黙って抱きしめた。ジリアンは戻ってきてて、それを見てた。気がついてわたしを突き飛ばすあの人。「わたし、捨てられたくない」ってすすり泣くジリアン。「大丈夫よ、絶対にそんなことはないから」。走り寄ってなぐさめる妙にジリアンに優しいわたし。するとあの人は彼女を抱き寄せて、わたしに言った。「ごめん。僕はやっぱり彼女のことが大事だから。ごめん」って。逃げ去りたかったのに、足が動かなかった。なぜかその時には夢だとわかってた。「泣いちゃだめ泣いちゃだめ泣いちゃだめ。目がさめて目がさめて目がさめて。早く早く早く」。夢の中で泣かずにすんだけど、目がさめてしばらくすると涙がぼろぼろこぼれた。 夢の話をして「本当のことになりそう」って言ったら、あの人は少しだけ笑って「そんなこと、ないよ」って言った。そう言ったのに。そう言ったのに、彼女と結婚するって聞かされたのはそれからほんのしばらく経ってからだった。 もうあの人が夢に出てこない。夢でしか会えなかったのに。ソフトフォーカスでもつじつまが合ってなくても、夢の中だけでは会えてたのに。 今日も電話が楽しかったね。Duran Duran の話たくさんしたし、Hな話していっぱい笑った。おかあさんのことで不安だらけのあなたが「きみと話して元気になったよ」って言ってくれた。でも・・・。 会っておしゃべりがしたい。電話じゃなくて、顔を見て話がしたい。一ヶ月に一回でも二ヶ月に一回でもいいから、待ち合わせの場所にどきどきしながら会いに行きたい。 それだけのことなのに、たったそれだけのことなのに、どうして望めないんだろう。叶わないんだろう。 こんなに遠くに住んでるから・・・しょうがない。しょうがない。・・・しょうがない。でも、それだけじゃない。 ジリアンは何でも手に入るんだね。夢の中でだって会えて、ふつうのデートだって出来て。あなたの夢にもジリアンは出てくるの? ほんとの名前なんか知りたくないよ。 - Duran Duran - 2001年05月27日(日) Duran Duran が日本に行く。3人になってから最後のコンサートらしい。また元のメンバーに戻るって話をしながらものすごく嬉しそうだった。 「あたし、よく知ってるのって一曲しかないなあ。」 「どれ? 『please, please tell me now 〜〜』?」 「なんでわかったの? それしか有名じゃないの?」 「そんなことないよー。きみならソレかなあって思ったから。」 よくわからない答え。 「『Is there something I should know』だっけ?」 「そうそう。邦題はダサいんだけどね。」 「なんていうの?」 「テル・ミー・ナウ。」 そっかー。そういう題だっけ。 「そっちの方がいいじゃん。」 「よくないよー。原題のがいいよ。」 Duran Duranは、あの人がたぶん崇拝すらしてるバンド。音楽を始めるきっかけになったほど影響を受けた人たち。音楽の話はよくするのに、そういえばDuran Duranの話はしたことがなかったな。わたしにとってDuran Duranは、曲名なんか気にとめないで聴いていたあの頃の音楽のひとつにすぎなかった。好きな曲はいっぱいあったけど、Duran Duranは入ってたのかなあ。「please, please tell me now 〜」はけっこう強い印象があったけど、曲名は覚えてなかった。あの人がDuran Duranに出会ったのはきっともう少しあとだよね。歳が離れてるんだなあって思ってた。 FMの80'sのステーションでDuran Duranがかかると、気にとめて聴くようになった。 「あの人たちの音楽って、焦らされて苛められて欲求不満になる気持ちに似てる。」 「・・・? そう?」 「うん。あなたが好きなのわかるよ。あなたってはっきりしたものじゃなくて、中途半端なものが好きじゃない?」 「そうだよ。よくわかってんじゃん。」 「そりゃあ、わかってるよー。」 「greatest がそっちなら20ドルくらいで売ってるからさあ、買って聴いてよ。来年の8月にもとのメンバーでアルバム出すんだよ。それまでの予習。宿題だからね。」 来年の8月? その頃あなたは・・・。考えたくないよ。 それでも宿題と言われてすぐタワーレコードに走る。この行動力が自分のことに伴ってくれればいいのに。例えば仕事探し。ずっと放ってる。苦笑しながら「greatest」を手にする。「宿題」なんて、なんか嬉しい。 メールを送った。 「聴いてるよ〜。 あああああぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。 もうダメェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。 悶絶〜〜〜〜〜〜。」 そう、やっぱりDuran Duran はわたしを焦らして苛める。あなたは聴きながら「苛めたい」「もっと苛めてやるぅ」って思うの? そう思うと、Duran Duran にのめり込んでいくよー。わたしっておかしい? 短い返事が来た。 「どう? よかった? よかった? ふふふ」 その前に送った写真の反応はなんにもなかった。 ボストンに住んでる友だちの弟とぴったりくっついて撮った写真。 「ねえ、彼氏のふりしてよ」って頼んだら、思いっきり肩抱き寄せて頭をくっつけて、恋人にあげるみたいな微笑み見せて写ってくれた。 気にしてないの? つまらない。 明日は電話の日だね。Duran Duran に苛められた感想 、・・・違う。Duran Duran を聴いてあなたに苛められた感想、聞かせてあげるよ。 - 愛を終わらせる時 - 2001年05月26日(土) 例えばね、わたしがあなたの昔からの親しい女ともだちで、あなたに相談するとするでしょう? 今のわたしとあなたのこと。わたしの辛い気持ち。そしたらあなたはなんて言う? 「そんなに辛けりゃもうやめろよ」って? 「そんな男忘れてしまえよ」って? それでもわたしが「辛くったって、好きなの。どうしようもないの。やめられないの」って泣いたら? きっとあなたはもう何も言えない。 例えばわたしがわたしの友だちで、わたしの友だちがわたしだったら、実るはずがないってわかってる恋に苦しんでる友だちに言うかもしれない。ほかにいい人見つけようよって。だけど彼女がほかの人なんて好きになれない、苦しくてもあの人しか愛せないって言うなら、苦しいままの彼女を見守ってあげるしかない。 「もしも二人が愛し合ってて、本当に心から愛し合ってて、でも結ばれない運命にあったとしたら、いつ、どの時点で、おしまいにすればいいと思う? ー答えは『never - そんな時は来ない』、なんだよ」。映画 「The Mexican」 の二つめのテーマ。わたしはそのメッセージが好きで、映画を3回も観た。友だちはみんな駄作だって言ってたけど。わたしはあの人に言った。きっとこの映画日本にも行くから、絶対観てね。絶対だよ。このメッセージをあの人にも伝えたかったから。 「もしその恋が苦しくて辛くてどうしようもなくなったら、それが終わりにするべき時なんじゃないの?」って友だちのひとりは言った。わたしに忠告しているようにも聞こえた。 だけど、おしまいになんて、どうやって出来る? 終わることはあっても終わらせることなんて出来ない。愛する気持ちを止めるなんてどうやって出来るの? 昨日の電話、幸せだった。久しぶりだったね。あんなにいっぱい話したの。わたし、言葉に託してたくさん想いを伝えたよ。あなたは全部受け止めてくれた。あなたもたくさん返してくれた。甘い言葉がなくたって、想いは伝わる。ちゃんと伝え合えれば、確かめる言葉も要らない。ちゃんと想い合ってる。ちゃんと伝え合ってる。他愛のないおしゃべりの中でもお互いの気持ちは確認し合える。確認し合えたよね。 あなたはあなたのその想いを止めることが出来る? わたしは出来ない。出来ないよ。おしまいにするときなんて、もうこれでおしまいって思えるときなんて、絶対に絶対に来ない。 あなたにだって、きっと出来ない。想いを止めるなんて、愛を終わらせるなんて、誰にも誰にもきっと出来ない。 - 悪魔の悲鳴 - 2001年05月24日(木) 雨。ここ3日ずっと降りっぱなしだ。ここの雨は重たい。今日は特に嫌な雨。濡れた道路を走るタイヤの音が、心臓をギリギリ引っ掻いてく。耳を両手で塞いでも、悪魔の悲鳴みたいな音が体中の皮膚から滑りこんでくる。ーなんでこんなとこにひとりでいるんだろう? 雨が嫌いなんて思ったことなかった。雨の多い街だったけど、傘がいらないくらい軽くて、優しくて、あったかくて・・・。帰りたい。帰りたい。あの街に帰りたい。待ってくれてる友人たちがいる。「早く帰っておいでよ」ってメールをくれる。きっとみんなで腕を広げて迎えてくれる。なのにわたし、なんでここにいるの? 会いたいよ。恋しい。なつかしい。淋しい。淋しい。淋しい。 淋しくて淋しくて、メールを送った。あの人の声が聞きたかった。 「お願い。電話して。お願い。お願い。お願い」。 毛布にくるまって胸を抱える。「帰りたい」。声に出すと、ブレーキが利かなくなった。帰りたい。帰りたい。帰らせて。お願いだから、帰らせて。なんでここにいなくちゃならないの? 待っても待っても何もないのに。もう、帰らせて。帰りたいよ。お願い。帰らせてよ・・・。帰らせて。帰らせて。帰りたいの。帰りたい・・・。心臓が痛くて、このまま死んでしまうんじゃないかと思った。チビたちがずっとそばについてくれてた。意識が遠のいていくみたいに、眠りに落ちていった。 電話が鳴った。何時? 8時半? 朝? 夜?「もしもしー? どうした? 淋しくなった?」。聞きたかった声。すぐに携帯にかけ直す。「どうしたの? 淋しかったの?」。おんなじこと繰り返してる。どうしたんだろう、わたし。また返事が出来ないよ。 「・・・今どこにいるの?」。やっと声が出た。「駅に向かう途中。」「これから仕事なの?」「そうだよ。ねえ、どうしたの? なんかあった?」。「声が聞きたかったの」。そう言おうと思ったら、違う言葉が出てしまった。 「帰りたい。帰りたいの。アノヒトと一緒に前のところに帰ろうと思ったの。」 黙ってる。困惑してる?「・・・そうか。でも今すぐじゃないんでしょ?」。なんで? なんでそんなに人ごとみたいに言うの? 人ごとなの? 「わかんない。もういやなの。いやになった。もういやだ。」 「ちゃんと話して。わからないよ。」 「・・・言えない。」 「なんで? 困らせないで。言ってくれなきゃ、ちゃんとわかってあげられない。いつも言うだろ?」 「・・・。」 「言ってくれないと僕はずっと心配するんだよ。あのね、症状がひどくてちょっと大変なんだ。」 おかあさんのことだ。 「仕事もいっぱいで、考えることがいっぱいで、体も心も休まらない。これ以上心配がふえると死にそうだよ。頼むから・・・」 いらいらしてる。いらいらしてる。やめて。やめて。お願い。 「わかってるよ。だけど、だけど、あたしだって死にそうなくらい苦しい。もうずっとずっとずっと。」 「・・・。」 「ひどいよ。あたしなんか・・・もう何日も毎日毎日いろんなこと考えて、考えて・・・考えて・・・」 また涙と鼻水の洪水。嗚咽が止まらない。 「ごめん。もう怒らないから。なんかあったのかだけ聞かせて?」 ひどいのは、わたしの方。あなたはおかあさんが大変なときなのに。わたしは心臓が痛いだけなのに。 「なんかあったわけじゃない。だからあたしの心配なんかしないでよ。」 淋しかったの。声が聞きたかったの。なんでそう言えなかったの? そしたら困らせずにすんだのに。ちゃんと普通に話ができたのに。あの雨のせい。悪魔の悲鳴のせい。悪魔の悲鳴がわたしの心臓を引っ掻いて、言葉になってわたしの口から出て行った。 メールの返事が来てた。「困ったコでちゅね〜。今電話かけてこれる?」なんて。バカ。 いっつもわたしひとり思いつめてる。ギリギリ引っ掻かれた心臓がまだ痛いよ。 - 対等じゃない - 2001年05月23日(水) 「最近だんなから電話あった?」 「うん。2,3日前かな、かかってきた。」 「どんなこと話したの? なんか特別なこと言ってた?」 「ううん。別にふつうの話。」 「最近よくかかってくるの? 週に何回くらい話すの?」 「週に一回も話さないよ。その前は2週間くらい前だったし。」 「淋しい? 電話なかったら。」 「ううん。全然。」 「ねえ、聞いていい? こないだからデートしてるじゃん。ふたりだっけ? それ以外にも誰かとデートした?」 「ううん、しないよ。」 「そのふたりってさあ、タイプ似てる? 違うタイプ?」 「似てないよ。なんで?」 「だって、気になるもん。Hしてるって思ったらイヤだし。」 「イヤなの?」 「そりゃあ、イヤだよ。きみだって、僕が彼女とHしてるとこ考えたらイヤだろ?」 おとといの電話で珍しくそんなこと言ってた。 夫から電話があったのは、ボストンに行く前の晩だったっけ。体調がずっとよくないみたいだ。「やっぱりお薬始めたほうがいいよ。今ね、日本にもこっちで使ってるいいやつ入ってるんだよ。病院行ったの? 先生と相談してごらんよ」。そう言って薬の名前を教えたけど、うわの空みたいだった。「まだ決心がつかないよ。今精神的にも参ってるし」。詳しいことは何も言わなかったし、わたしも聞かなかった。 「きみは毎日どうしてるの? インターン終わったの?」 「うん・・・。終わった。」 「国家試験があるんでしょ?」 「そう。でも全然勉強もしてない。ぼうーっとしてる。『一週間のうた』みたいだよ。知ってる?『月曜日は市場に出かけ〜、糸と針を買ってきた〜』っての。」 「あはは。知ってる。月曜日はそれだけで、火曜日にまたちょっとするんだろ?」 「そ。で、しょーもないことするのに一週間かかってんの。」 「相変わらずおもしろいよねえ、きみは。」 「『明日できることは明日しよう』だしさ。」 「ははは。『今日できることは明日に延ばすな』じゃなくて?」 久しぶりに夫と笑って話した。だからって、気持ちが戻ってるっていうんじゃない。精神的に何に参ってるのか聞こうとしないし、話さなきゃいけないはずのことは延ばし延ばしにしたまんま。病気のことだけはずっと心配だけど。 わたしは結婚してて、あの人は彼女ともうすぐ結婚する。だけどちっとも対等なんかじゃない。夫と別居して一年になろうとしてるわたしと、これから結婚して彼女と長い生涯の幸せを築こうとしているあの人。夫との溝が埋まらないままのわたしと、彼女との絆がどんどん強くなっていくあの人。夫との将来を考えたとしても何の発展も見い出せないわたしと、「奥さん」になる彼女と可愛い子どもを育てる近い将来の風景を描いてるあの人。幸せじゃないわたしと、幸せなあの人。あの人だけが大好きなわたしと、・・・そうじゃないあの人。 デートの話なんか嘘。わたしのバカげた作り話。わたしが誰かに抱かれてること考えて嫉妬なんかする必要ないんだよ。でも、あなたが彼女を抱くのは現実。 声が聞きたくてもわたしからは電話も出来なくて、何ひとつ対等じゃないよね。 なんか・・・不公平・・・じゃない? - 手を伸ばして - 2001年05月22日(火) お母さんが倒れた。診断名を聞くと、大変な疾患だった。「もっとちゃんとわかったら言うから、病気のこといろいろ教えてくれる?」。 あの人は言ってたけど、もうその危険さも深刻さもわたしは知っている。 あれから何日か経った。 まだはっきりいろんなことがわからないらしい。ただ、入院期間が延びたという。大変な病気ってことはあの人もわかってるみたいだけど、詳しいことがわからないだけによけいに動揺してる。日本の病院のシステムをよく知らないから、何とも言えない。だけど、ここだと入院して3日以内には検査の結果もすべてわかって本人にも家族にも知らされるのに。 「いつもケンカばっかりしてるけど、今度ばかりはさすがに心配だよ」ってあの時も言ってた。 落ち込んでるときも、あんまり声に表さない人。何かあったら何でも話してくれるけど、わたしが心配しちゃうことの方を先に気にするような人。「自分でごはん作んなきゃいけないから、困るよ。いつもあったものがないからさ」なんて冗談めかして言ってる。だけど、動揺が伝わってくる。 「ごめんね。今日はアメリカの話、いっぱい聞かせてあげようと思ってたのに。」 「何言ってんの。そんなのいいよ。謝んないで。」 「ごめん。なんか暗いよね。今度いろいろ話すからね。おもしろいこといっぱいあったんだ。」 「バカ。謝んなくていいったら。それどころじゃないじゃん。」 「きみは土日、どうしてたの?」「へえ、ボストンってそんなおっきいんだ」「誰と行ったの?」「何時間くらいかかるの?」「車、大丈夫だった? 前みたいに止まらなかった?」。そうやっていつもみたいに、話せなかった間のわたしのことをいろいろ聞いてくれたけど、最後に「ごめんね」を繰り返してた。 電話を切る前に名前を呼んだら、「今度の電話のとき、いっぱいしてあげるよ、今日の分まで。ごめんね、なんか今はまだ動揺してる」って言った。 わかってるよ。違うの。名前を呼んだのは、そうじゃないの。 「いいの。あたしがかわりにしてあげる。」 少しだけ時間をおいたら、あの人が言った。 「して?」 わたしは目を閉じて、できるだけ、できるだけ、心をこめて、電話の向こうのあの人に音をたててキスをした。 「ぐっすり寝られそうだよ。」 こんなとき、そばにいてあげられるのはわたしじゃない。ごはんを作ってあげられるのもわたしじゃない。今あなたが欲しいのはきっと、すぐそばにある柔らかい腕の中。心細さと不安を忘れさせてくれる、慣れた体温。わたしの知らないその人との甘くて狂おしいひととき。 どうして離れているんだろう。どうしてわたしじゃないんだろう・・・。 手を伸ばして、わたしの方に。目を閉じて。両手で受け止めて。届けてるの、あなたに。わたしの温もりがわかる? 温かい体ごとであなたを抱きしめてあげられないけど、それを出来るのはわたしじゃないけど、こんなにこんなに遠くからでも届く愛もあるんだよ。こんなに離れてても、途中で消えずに、ほら、ちゃんと届くでしょう? 感じて。もっと感じて。心の震えが止まるまで、ずっと送り続けてあげるから。 手を伸ばして、受け止めて。 わたしに出来ること。 わたしにしか出来ないこと。 - 未来 - 2001年05月21日(月) わかったような気がする。 なんで今自分が住んでるところをちゃんと好きになれないのか。 ボストンには、体がとても馴染んだ。 ここよりずっと大きな都会なのに、人の生活とビジネスと、自然が融合している。街の喧噪とビルの合間で、光をいっぱいに受けた木々が青々とゆれて、輝いてる。街を行く人たちの表情にゆとりと安堵が溢れている。全てがとても自然で、屈託がない。 あの街とおんなじだ。誰もがありのままに、素顔のままで、それでいて輝きながら生きている。 ここは確かに刺激的だけど、みんな無理して頑張ってる。あまりにも注目されてる都会だから、その名に恥じないようにって人が肩張って生きてるような気がする。余裕がないっていうのかな。ここに来れば夢が叶うと、人が集まって創られた都会。ひとつところに凝縮された人工の都会のすぐとなりで、だだっ広い自然はないがしろにされて少しも美しくない。 ボストンは生活にゆとりのある人が住む土地だからというのは確かにあるかもしれない。だけどそれより、自然という財産を何より誇りにしているような気がした。都会の中で大切に育まれている自然ー。 あの街が大好きだった理由。ここに来てからずっと求めてたもの。 不意にあの街での生活が頭に蘇った。住宅街を突き抜ける道を、背の高い街路樹の枝がたっぷりと重なり合う緑のアーチをくぐりながら車を走らせると、街の景色に夫との未来さえ重なった。頭の中に映し出された予期せぬ映像に自分で驚いた。 何か悪いことが起こったり悲しいことがあったら、わたしはいつも思うようにしている。きっと初めからそうなることになってたんだって。あんなことしなきゃよかった、とか、あんなことがなければ、とか、あの時ああしてたら・・・って人はよく言う。でもほんとはそんな選択はどこにも誰にも存在しないんだと思う。初めからみんな決まってることだから。そう思うと、何があっても後悔しないし、自分も人も責めたりしないですむから。 夫とうまくいかなくなったことも、彼女が死んだことも、あの人に出会ったことも、わたしがこんなに苦しむことも、きっと初めから決まってたこと。 そして、これから先に起こることも、きっともうみんな決まっている。どんなに考えたところで、悩んだところで、すべてなるようになるだけ。捨てばちや諦めなんかじゃない。なるようにしかならないんだったら過程を無駄にしたくないって、かえって頑張れた。別に深刻なわけじゃなくて、「今やってること頑張るしかないじゃん」って気持ちになれた。そうやって、結構楽天的に生きてきたのに。 あの人が結婚して、子どもが出来て、「産まれたんだよ、昨日」なんて嬉しそうな電話がかかってきて・・・それが「なるようになること」なのかな。 わたしは? 夫と一緒にボストンでやりなおすの? なるようになるだけなんだから考えなくていいはずの未来が、今はこわくてしかたない。 - ラヴェンダーのコロン - 2001年05月19日(土) 見つけた。ラヴェンダーのコロン。 前に住んでたところではちっちゃなドラッグストアーにもあったのに、ここではずっと見つけられなかった。 あの人に会ったときにつけてたコロン。シャネルでもアルマーニでもカルヴァン・クラインでも、資生堂でもなくって、あの人のために選んだのはドラッグストアーで買ったラヴェンダーのコロンだった。 ちっちゃなアトマイザーに入った忘れられなくなった香りは、特別な時にしか使わない特別なものになった。ー特別な時なんてほとんどなかったけど。そう、誰かに会う時とかじゃなくて、ひとりでふらりとショッピングに出掛けたり、なんとなくひとりでカフェに座ってコーヒーを飲みたくなった時。わたしにとっては特別な気分の時。 覚えてるかな。覚えてないよね、きっと。会ったのはたったの5日だけ。もう一年も前のこと。わたしはこのコロンをつけるたび、あの素敵だった5日間を胸が苦しくなる思いでなつかしんでるけど。 「あなたをわたしの香水のアディクトにしたい」って、ちゃんとした日本語でなんていうんだろう。Amber の sexual に出てくる歌詞。「この香りを嗅いだだけでわたしを抱きたい気分にさせたい」って・・・ちょっとアグレシブ? 「あなたをわたしの香水のとりこにしたい」? ちょっと物足りない。 ーあなたがわたしに触れるとき、それは苦悩。 体を撫で上げられたら、背筋に電気が走る。 あなたがわたしに言葉をくれるとき、それは痛み。 わたしの心臓にあなたがどんな仕打ちをしているか、 あなたは知らない。 あなたが喋るとき、口の動きをじっと見てるの。 部屋を出ていくとき、その体をじっと観察するの。 あなたはわたしの友情をどれほど尊重してるかって言うけど、 わたしはあなたをわたしの香水のアディクトにしたい。 ここに来て、わたしにキスさせて。 わたしに出来ること、やってみせてあげる。ー 「エッチな歌なんだ。だから好き。」 「ハハ。エッチだから好きなの?」 「そうだよ。アルバムの最後にね、sexual のクラブミックスが入ってるの。」 「へえ。いいじゃん、いいじゃん。」 「でしょ? 送ってあげるから聴いて。きっと好きになるよ。」 送ったとき、CDのケースにメモを貼った。「わたし的にサビの部分をお下品に訳すとね、『普通のじゃだめ。もっといやらしくなって。わたし、したい気分なの。知性なんてかけらもいらない。あなたの隣りにいるといやらしい気分になるの』ってそんな歌。」 そんなことを言うから、「エロおねえさん」なんて時々言われる。でもそれっていやじゃない。ベッドの中で「わたしとHするの好き?」って聞いたら、「好きだよ。だってすごいいやらしいもん。」って言ってた。嬉しかったな。 思い出したりするのかな。もう思い出さないよね。思い出してほしいけど。 ーあなたをわたしのラヴェンダーのコロンのアディクトにしたい。 明日から一泊でボストンの友人のところに行く。ラヴェンダーのコロン、つけて行こう。なんとなく、そんな気分。 - メール - 2001年05月17日(木) 「ごめんね。・・・ごめんね。」 「・・・。」 「ずっと待ってくれてたんだ、電話。」 「・・・。」 「メール読んだよ。」 「・・・。」 「・・・ごめんね。・・・ほんとにごめんね。」 あの日、壊れたわたしは魔女みたいに伸びた爪をキーボードに立てて、あの日の日記の半分から下をコピー・ペーストしてメールで送った。やっちゃいけないことだった。メールはもう禁止。夫にもあの人の彼女にも絶対バレないようにって、あの人が決めたルールだった。 いないあいだに届いたメール。きっと怒ると思ってたのに、怒らずにいてくれた。 電話をかけられなかった理由は、なんでもなかった。それは、日本に帰る日にやっとかけてくれた電話で話してくれてた。なんでもない理由だったけど、理由なんて関係なかった。あの時、壊れてしまったわたしは上手く喋られなくて、聞きたいことも聞けなくて、包みこむような優しいあの人の言葉をただただ、聞いてた。返事をしようとすると、なま温かい涙がかたまりになって溢れ出して、上手く返事も出来なかった。 今日もおんなじだった。拗ねてたんじゃない。意地張ってたんじゃない。あの人の「ごめんね」は、まやかしでもご機嫌取りでもなくて、心臓のため息にさえ聞こえた。だけどわたしは、やっぱり上手く返事が出来なかった。差し伸べられた手にすがりつきたいのにすぐにはすがりつけない、捨てられて傷ついた子犬みたいだった。あの人はわたしがちゃんと応えられるまで、差し伸べた手を引っ込めずに辛抱強く待ってくれた。 「絶対会いに行くから。もう信用できないかもしれないけど、真剣に計画立ててるんだよ。9月には休みが取れるんだ。」 「・・・もういいの。」 「もういいって? 会ってくれないの?」 「ずっと・・・ずっと同じこと言ってる。」 「待ってて。今度こそ約束ちゃんと守るから。」 「・・・そんなに待てない。」 「待てない? じゃあ、きみは待たなくていいよ。でも僕は行くよ。ね。」 「・・・。やっぱり待つんじゃない。」 「そっか・・・。でもね、会いたいんだよ。今までだってずっと会いたくて、それでもどうしても都合がつきそびれちゃったんだ。今度こそ行くから。信じててって言うしかない。」 信じられないんじゃなくて、会いたいって言葉を疑ってるわけじゃなくて、もう待ちくたびれちゃったの。会いたいよ。会いたい。これっきり会えなかったら、どうにかなっちゃう。だけどもう待ちくたびれすぎちゃって、・・・ただそれだけ。 送ってくれた誕生日のプレゼントも、届かないまま。まだずっとずっと待ってる。次に電話をかけられる日も、切ったその瞬間から待っている。 「おみやげ、送るから待ってて。」 また待つの? 待ってばっかり。待ってばっかり。 「念のためもう一回、住所ちゃんと教えてよ。前も住所は間違えてなかったと思うんだけど。ね、メールに書いて送ってくれる?」 メール、送っていいの? 「・・・返事、くれる?」 「いいよ。送るよ。返事するよ。」 優しい声が笑ってた。メールを出したら、前に戻ったような気がして、嬉しかった。待ちくたびれたこころが少し楽になった。 ーまた魔法をくれた? - 全部バラバラ - 2001年05月16日(水) 今日はいいお天気。 大きな窓の3分の2を占める空は真っ青で、ぽかぽかと白い雲が浮かんでる。雲は動かない。絵はがきみたい。・・・と思ったら、わからないくらいゆっくりのスピードで動いてた。窓から見える一番上の雲と一番下の雲とじゃ、動く速さが違うんだね。上の雲の方が速く動いてる。ふうん。今まで気がつかなかった。地球が丸いから? 違うのかなあ。気のせいかなあ。 ーぼうっと見てたら目が回りそうになった。 この大きな窓が好き。 昨日は夕方、近所のイタリアン・レストランでパニーニを買った。久しぶりの食欲。パニーニを半分食べて、夜中に残りの半分のその半分を食べた。とても正常な食欲とは言えないけど。 あのイタリアン・レストランも好き。 珍しくとってもイタリアンなイタリアン・レストラン。パスタのゆで具合もいいし、薄く焼いたピザのクラストも香ばしくって。 あの人と一緒にパティオでお食事したいな。そのあと向かいのジャズ・バーでライブのジャズ聴きながら飲むの。わたしはとろりと眠たくなって、あの人にもたれて「あー気持ちいい。酔っちゃった」って。それから心地よい風に当たりながら、手をつないでうちに帰る。アパートのドアを後ろ手にロックしたら、思いっきり抱きついて・・・抱きついてそのままゆらゆら抱かれていたい。ー叶わなくなった小さな夢。 だけど・・・ やっぱりもう少しここに住もうかな。ー優柔不断だな。 夢を見た。 大きなあひるがどこかのお家の門の前でバタバタもがいてる。翼が半分ちぎれてる。足も半分折れてて、折れた足の先が落ちている。雪が積もってた。あひるはもがいてもがいて、落ちてる足の先を半分になった翼で引き寄せて、残ってる自分の足にくっつけようとしてる。でもくっつくはずもない。わたしはすくんで動けない。あひるは悲しそうにわたしの顔を見た。抱っこしてあげたいのに、動けない。あきらめたのか、あひるは取れちゃった足の先をちぎれた翼の下に抱きかかえて、頭を落として眠るように目を閉じた。わたしは泣いた。「だめ。だめ。逝かないで。逝かないで。お願い」。声が出ない。泣き叫んでるのに、声が出なくて涙も出ない。のどの奥になにか固い爪のようなものがひっかかってる。「ああ、これ、あのあひるの水かきだ」。そう思いながら、「逝かないで」と必死で叫ぶ。声が出ない。声が届かなくて、あひるは目をさましてくれない。 目がさめて、キッチンにお水を飲みに行った。 時計を見たら、ベッドに入ってからまだ1時間しか経ってなかった。目が冴えてCDをかける。Third Eye Blind。ロックがこころにミスマッチ。痛いけど聴き入る。Deep inside of youー。わたしの存在は今も確かに deep inside of you 。きっと消えたりしない。だけどそこに隠れたまま。いつもただそのまま deep, deep inside of you 。・・・切ないよ。 切ないのにおなかがすいて、パニーニをかじった。 朝、近くの病院に面接に行った。 時間は過ぎる。人の気持ちなんかおかまいなしに、時は流れてく。だから、生きなきゃ。生活しなきゃ。しょうがないよね。 こころと行動と時間と、目に映るものが全部バラバラ。 - 脱力 - 2001年05月15日(火) なんだろう、この感覚。 腑抜け? 虚脱? 呆然? 脱力? lethargy? apathy? ー患者さんのカルテみたい。 さっき電話があった。 helloっての、ほんとに素敵に言えるようになったよね。 なんか、男っぽくて色っぽいよ。 日本語より英語の方が似合ってんじゃない? 英語の声、素敵だよ、とっても。 優しいね。なんでそんなに優しいの? 優しいね。優しいね。 そんなに優しくしてくれたら、わたしどこにも行けないよ。 もう日本に帰っちゃうんだね。 なんだったんだろうね。 3時間しか時差のないところにいてくれた。 それがなんだったんだろうね。 なに子どもじみたこと考えてたんだろうね。 関係ないよね。 どこにいたっておんなじだよね。 ・・・やっぱり少し違うかな? 声が近い分だけ。 いっぱいいっぱい愛情感じたよ。 ほら、日本のテレビのコマーシャルにあったじゃない。 天使が赤ちゃんのお尻にキスしたら そこから花びらがひらひらいっぱい飛び散るの。 違ったっけ? なかったっけ、そういうの? わかんない? じゃあさ、ティンカーベルが飛ぶと、あとにキラ〜ンって星くずみたいのがいっぱい残るじゃない? それならわかる? そんな愛情いっぱい感じた。 傷口に天使がキスしてくれて花びらがふわ〜っといっぱいそこに広がって、すうっと痛みが引いてくの。 ティンカーベルが飛んで、傷だらけの体に星くずのコーティングをしてくれて、冷たい空気から守られて傷が癒えていくの。 やっぱりあなたは天使だよね。 だってね、あなたはいつだって、あの娘を抱っこしたときみたいにわたしを痛みから解き放してくれる。 傷だらけにしているのは自分自身。 傷ついて泣いて駄々こねて拗ねてイジワル言ってわがまま言って、 勝手に苦しんでるのはわたし。 声聞けない間に、ひとりでもがいてもがいて不安に苦しんでる。 傷つけられた、なんてひとりで自分を打ちのめしてる。 ひとりで自分を痛めつけてる。 ひとり相撲? ひとり芝居? なんていうの、そういうの? あなたはどんなわたしも受け入れてくれて、 魔法みたいに救ってくれる。 ずっとずっとそうだった。 さっきの電話もそうだった。 だけど、 この感覚は、なに? あの娘が死んじゃって、やっとやっとその事実を受け止めたときとおんなじ。 体が鉛みたいに重たくて、なのに頭は宙に浮いてるみたいにふわふわしてて、力が抜けて、うつろで、中途半端で、だるくて、こころが遠いとこを彷徨ってるような・・・。 ああ、いっちゃったんだ。もう帰ってこないんだ。ーって。 なんだろうね。 何なんだろう、これ。 なんで? どこにいたっておんなじ。 あなたは遠い。 ほかの人のものになる。 独り占めになんかできない。 それがやっとわかったのかなあ・・・。 - ゆみちゃん - 2001年05月14日(月) 16歳の小さなこころが苦しんでる。 泣きたいのに泣けなくて、 もがいてもがいて喘いで苦しんでる。 あんなに明るくてまっすぐで純粋なゆみちゃんを 苦しめなきゃならない理由は何? わたしはギューっと抱きしめてあげたいと思った。 誰か知らない人の腕の中なら きっと辛い思いを全部涙にして吐き出せるから。 想ってくれてたはずの彼のこころが 自分のものにならない気持ちが痛いほどわかるから。 だけどゆみちゃんは 苦しみながらも喘ぎながらも 傷ついたこころを抱いたまま、ひとりで頑張ってる。 彼の幸せ素直に祈りながら一生懸命前向いて走ってる。 いっぱい悲しみ抱えたままで、どうしたらいいかわかんないままで、それでも大好きだよって、声を殺して耐えている。 苦しいよね。辛いよね。痛いよね。 彼はね、ゆみちゃんがほんとに好きだったんだよ。ちゃんと信号送ってたじゃない。 きっとそんなふうには思えないんだろうけど、今は。 だけど、なんて強いんだろう。なんて健気なの? なんてなんて優しいの? わたしは、壊れた。 72時間、空が暗くなっていくのと明るくなっていくのを3回ずつ眺めながら、電話を待った。お風呂にも電話を持っていってバスタブにつかりながら待った。 夏に会いに来てくれる約束・・・叶わなくなったのはなぜ? はじめから果たせないってわかってた約束なの? 待って待って待って待ち続けて、約束はいつも延期になって、これが最後の最後の、本当の最後の約束のはずだったのに。 答えを聞きたかった。でもなんて言い訳する? もうやめて、やめて、やめて、やめて、やめて。やめて、やめて、やめて。お願い。 どれだけ傷つけたら気がすむの? わたしのことが大事ってどういう意味だったの? わかりかけてたのに、もうわからない。 喉からおへそまでナイフで切られて、切り口からフォークを入れてぐじゃぐじゃにかき回されて、スプーンで内臓をえぐり取られてる。痛いよ、痛いよ、痛いよ、苦しいよ。 高いビルから自分の体を突き落として、地面にたたきつけたら痛みは消える? それでも悲しいこころだけは生きてる? 答えを聞くまえに、わたしは壊れた。 電話が鳴らない。電話が鳴らない。電話が鳴らなくて、わたしは壊れた。電話するっていったじゃない。72時間待ったんだよ。 あなたは今どこにいるの? 誰に電話してるの? 誰のことを想ってるの? ゆみちゃん、壊れちゃったよ。 ゆみちゃんに抱きしめてほしいよ。 とんでもない弱虫なおねえさんだね。笑っちゃうよね。 - 気持ちを止めてくれる人 - 2001年05月13日(日) クリスの写真展に行った。 もう一週間前のことだけど。 数点だけのショウだったけど、作品はどれも深みがあった。 構成にも色にも、撮影時から完成までの間作品に入れ込む作家のこころが反映してた。 ああ、この瞬間にシャッター切りたいってぞくぞくしたんだろうな、とか、この色出たとき、やったって思ったんだろうな、とか。その「ぞくぞく」や「やった!」が伝わってきた。 人がどんどん増えてくると、レベッカが自分のことみたいに喜んでた。「最初はまばらだったから、どうしようって思ったけどね。よかったあ」。ここのショウは楽しい。出されるビールやワイン片手に、みんなでわいわいがやがや楽しむ。犬を連れて来てる人もいたりして。 レベッカはクリスが好きだった。 お花見に行ったとき、はなみずきの木の下に立ち止まって花を見上げてたわたしをクリスがずっと待っててくれた時も、お昼のあと芝生の上にねっころがるのをためらってたわたしにクリスが自分のジャケットを敷いてくれた時も、レベッカはやきもきしてた。 「僕はステディな関係は要らないんだ、今は」って言われたらしい。それでもレベッカはクリスが好きだった。 クリスは素敵な人だ。繊細でそれでいて野心があって、だけど特別深刻なわけじゃなくて明るくて、おどけるのが好き。優しくて人にさりげなく気を使ってるのがわかる。遊ぶことも好きで、いつもエネルギッシュ。なんでも頑張るとこがあの人に似てるな。ジョークが大好きなとこも。 写真展でも訪れる人たちひとりひとりにとっても気配りしてた。おどけて見せたりジョークで笑わせたりもしてた。作品のことになると、優しい顔つきが険しくなって、熱っぽく語ってた。写真が好きなわたしはもっともっとクリスと話したかったのに、「ねえ、何そんなに話しこんでるの?」って腕を引っ張るレベッカに気を使って、あまり話せなかった。 昨日レベッカが言った。「わたし、クリスのことはふっ切れたの」。今、昔の彼と会うのが楽しいらしい。「愛してないよ。昔のことだもん。でもセックスはする」ってケラケラ笑ってる。表情がかわいくなったなあって思った。 「クリスはゲイなの?」。もうひとりの友だちがわたしにいつも言ってたことをさりげなくレベッカに聞いた。 「バイなんだよね。それは確か」。レベッカが答えた。 バイ。ーバイセクシャル。 好きになっちゃったら、きっとまた苦しさにがんじがらめ。いっぱい悩んじゃうだろうな。 人を好きになるときって、いろんな状況とか相手の立ち場とかに引き止められることがある。自分の気持ちを引き止めようとする。友だちの好きな人だから好きになっちゃいけない、とか、恋人のいる人だから好きになってもしょうがない、とか。 だけどわたしは好きになっちゃった。彼女がいて、うんと離れたとこに住んでて年も離れてるあの人のこと。こんなに好きになると思っていなかった。ううん、違う。予感してた。初めからものすごく愛おしかった。 止められなかった。止められなかった。 気持ちをぶつけたら、ますます止められなくなった。 誰か止めてくれる人があらわれる? レベッカの昔の彼みたいに。 - 待ちぼうけ - 2001年05月12日(土) 「Hello」 「Hello?」 「Hello, it's me」 「・・・」 「もしもし。僕だよ。」 「なんだー。わかんなかったよ。」 「上手くなった? 英語。」 「うん、上手くなった、上手くなった。」 「惚れ直した?」 「うん、惚れ直したよ。」 「ははは。」 朝の5時頃だった。 「ごめんねー、こんな時間に。寝てた?」 「起きてた。」 「ほんと? あのねー、昨日スタジオでレコーディングしたんだよ、作った曲。」 「へえ。すごいじゃん。」 「うん、すごい楽しかった。なんか英語もわかるようになってきたんだよ。自分でもびっくり。自由に会話なんか全然出来ないけどさ、相手の言ってることがなんかわかるようになってきたんだよね。」 すごいよ。嬉しい。頑張ってるね。ほんとに嬉しい。音楽やってる人は耳がいいから英語も上達が早いんだよね。 「今日わたし卒業式だよ。」 「そうなの?」 「そうなのって、ひどいー。忘れたの?」 「いや、だってなんかまだ日にちの感覚がわかんないから。時間なんかめちゃめちゃだし。今日もこれからミーティングなんだよ。」 「これからって、夜中なのに?」 「うん。関係ないんだよ。今日なんか昼まで寝てたし。あ、卒業おめでとう。」 「ありがと。」 「夜、また電話するよ。ちゃんとお祝いしてあげる。何時ごろ帰ってる? 遅いよね、きっと。卒業式のあとみんなでどっか行ったりするんだろ?」 「どうかなあ。わかんない。でももし行ってもそんな遅くなんないようにする。」 「いいよ。いなかったらまたかけるから。気にしないで遊んでおいでよ。一生に一度の卒業の日なんだからね、友だちといい思い出作んなきゃだめだよ。」 さっきまで弟みたいだったのに、急に大人ぶってる。年下の彼女にはいつもこんなふうに話すのかな。 「きみにいっぱいおみやげ買ったんだよ。」 「だめじゃん、無駄遣いしちゃ。あたしのおみやげなんかいいよー。」 「だって買ってあげたいから。きっと喜ぶよ。今日すっごいかわいいの見つけたんだ。」 「なあに?」 「カエル。」 「何それ?」 「かわいいんだよー。絶対気に入るよ。」 「ふふ。なんだかよくわかんないけど、嬉しい。」 ー彼女にもおみやげ買ったの? ー日本は今頃ちょうど夕方だよね。彼女にも電話したの? わたしにかける前にかけたの? 当たり前だよね。おみやげ買うのも、電話するのも。彼女なんだもんね。だめ。だめ。だめ。考えないって決めたじゃない。でも気になる。気になる。気になる。でも聞いちゃだめ。 卒業式のあと、友だちとお祝いの食事に行った。そのあと飲みにも行った。わたしの好きな、友だちの住む街。入り江の向こうにシティの高層ビルが並ぶ。夜になると見事な夜景になる。街は活気があって、きれいじゃないけど生き生きしている。アパートのビルと家がひしめきあって立ち並ぶ住宅街。ちょっとおしゃれで居心地のいいレストランやバーが目立たないところに点在している。そして、いつも賑わってる。ここに来る前に住んでた街を少し思い出させてくれる。 「彼はほかの人と結婚しちゃうんだよ。いくらお互いが思い合ってても、どうにもならないんだよ。ねえ、自分の幸せ探しなよ。もっと自分のこと考えなよ。どんなに大切に思ってくれたって、彼はアンタに幸せくれないんだよ。」 友だちが言った。 そうだね。ちょっと環境変えてみようかな。あの街に引っ越そうかな。何か見つかるような気もする。あそこは素敵な街。わたしを元気にしてくれそう。 でもね、思い切れない理由がある。あなたが来てくれるまで、引っ越せない。だって、このアパートであなたと過ごす何日間かを思いながらもうずっと待ってるんだもの。あなたが気に入ってくれるように、素敵なお部屋にしたんだもの。あなたを待ちながら過ごしたこの部屋を、見てほしい。 でも今日・・・夏に来てくれる約束が、また延びるかもしれないって言ってた。もう待ちぼうけはいやだよ。辛すぎるよ・・・。 いない間に電話してくれたのかな。またかけてくれるのかな。ーずっとずっと待ちぼうけのバカなわたし。 - 結婚って何? - 2001年05月11日(金) また、信じられないくらい眠った。 今日は早起きしようと思ってたのに。明日の卒業式のために、髪を切って、アン・テイラーあたりで素敵な春のドレスを買おうと思ってたのに。 こんなに眠れるなんて、安心してるせい? あなたがアメリカにいるから? あなたがその人から離れているから? まあいいか。大学の卒業式みたいに、博士の帽子を被って、ガウンを着て、ステージにひとりづつ上がって、証書をもらって、頭をコツンとたたいてもらって・・・って、そういう正式なやつじゃないものね。あの時は嬉しかったな。スーツにネクタイを締めた夫が「こんなの何年ぶりかなあ」って笑ってたっけ。 まだ彼女も生きてた頃。もうひびが入ってたけど、まだなんとかしようって頑張ってた頃。 明日はひとりぼっち。みんなはうちに帰ると家族がお祝いしてくれるんだろうな。 わたしは・・・最初の結婚のときに家族を捨てちゃった。その自分の新しい家庭を捨てて、次の結婚をした。今度こそ本当。本当のわたしの家庭って思ってたのに、今またその結婚を捨てようとしている。 結婚が下手なんだと思う。永遠に愛し合って、何年たってもいつもお互いが一番大切で必要で、ふたりでいる毎日が楽しくて幸せで刺激的で、いくつになってもベタベタくっついてて、辛いことがあっても手をつないで一緒に乗り越えて・・・なんて本気で思っちゃうから。 帰りが遅くて話す時間もあんまりないことグチったら、「それが普通だよ。みんなおんなじなんだよ」って最初の夫に言われた。「きみは愛情に固執しすぎるんだよ」って今の夫に言われた。 そうかもしれない。みんな適当に結婚を続けてる。愛情がなくなっても家庭を続けてる。それでうまくいってるんだからいいのかもしれない。だけど、それなら結婚って何? 一緒に生きてくことってそんなもの? わたしは・・・もう結婚はしないだろうと思う。だけどずっと一人でなんて生きていけないよ、きっと。 - 抱かれたい気持ち - 2001年05月10日(木) 夜中の二時ごろに電話が鳴った。あの人? ベルが2回鳴るのを待って受話器を取る。「もしもし」。・・・夫の声だった。体調がよくないと言った。心配になる。こういう時にはやっぱり心配する。彼の病気のためにわたしは今の職を選んだんだった。ずっとわたしがついていてあげよう、そばにいて病気を助けてあげようって。一から勉強を始めて長い長い時間をかけて、やっと正規の資格が取れるというのに、その長い道のりの間に愛が消えた。・・・消えたのかな。わからない。心配なのは愛? わからない。だけど・・・愛しい? 手をつなぎたい? 一緒に眠りたい? 抱かれたい? 「許せないのは愛してないからだよ」って友だちに言われた。あんなに愛してたのに。楽しい思い出がいっぱいあるのに。甘くて切ない思い出もいっぱいあるのに。だけど前を見れば何もない。一緒に築きなおしたい将来が見えない。もう一度抱かれたいと思わない。彼のために目指したこの道、やっと手に入れたタイトルは、一人で生きてくための糧になる。 何も言えなかった。この先のことも。インターンが終わったことも。なんとなく言いたくなかった。もうすぐ終わるって嘘ついた。あさって卒業式があることだけ言った。 午前中にコンタクトレンズを取りに行って、それから車の登録に行く。渋滞の高速をのろのろ走って、登録の手続きに2時間待たされる。うちに帰ったのは夕方だった。留守電のランプがついていた。メッセージは入ってなかった。あの人だ。電話くれたんだ。・・・。 ベッドでうたた寝してると、電話が鳴った。 「着いたよー。お昼、電話したんだよ。」 「うん、そうだと思った。ごめんね、出かけてた。どう?」 「ずっとコーフンしてる。」 飛行機が揺れて缶かんでくるぶしを切ったって言ってた。送ってあげたコーリングカードが使えなくて必死で探して買ったって言ってた。仕事のことも聞きたかったけど、もう行かなきゃいけないって言った。声がとっても元気だった。よかった。嬉しい。 「明日かあさって、時間見つけてまた電話していい?」 「いいよ。待ってる。」 「うん、待ってて。いろいろ話す。」 「いっぱい話せるの?」 「いっぱいかはわかんないけど。頑張る。」 かわいいなと思った。「頑張る」はあの人の口癖。何でも頑張る。遊びも仕事もつらいときも楽しいときも。いつでもちゃんと頑張れる人。 ーわたしのおかげなんかじゃないよ。あなたが自分で掴んだ夢の一歩。才能がなければ、それに自分が頑張んなきゃ、こんなふうには認められないじゃない。 愛おしい。愛おしい。愛おしい。ずっと見守っていたい。ずっと応援したい。・・・そばにいたい。手をつなぎたい。一緒に眠りたい。そして・・・抱かれたい。 あなたに抱かれたい。あなたを抱きたい。あなたにしかいだけない気持ち。だけどどうにもならない。 - 二人とも欲しい - 2001年05月09日(水) 「二人とも真剣に欲しいんだよ。それがほんとの気持ちだと思うよ。男はずるいからね。わかるような気がする。」 ーある人が言った。 「彼女のことが大事なのに、どうしてわたしも大事なの?」 「・・・わからない。こんな気持ち初めてなんだよ。・・・自分でもわからない。」 「両方とも騙しながら上手くやっていくなんて、僕は器用じゃないからきっと出来ない。だけどきみを離したくない。きみは大切な人だから。ずっと大切にしたい人だから。きみが僕のことを大切に思ってくれてるのもわかるから。彼女への『大事』とは別の『大事』かもしれない。特別なんだ。・・・特別な存在なんだ。」 だから結婚してもわたしとはずっと大切で特別な・・・特別な友だち。友だち。友だち。友だち。友だち・・・。ほかに言葉がないものね。 「・・・ずるい。」 「ずるい? ・・・そうだよね、都合がいいかもしれないけど、だけど。きみにずっといてほしい。それが正直な気持ちなんだ。これだけはわかって。きみがどんなに大切かって。この気持ちは変わらない。絶対に。」 「きみがいなかったら僕は今でも何もできていなかった。ずっと子どものときから音楽で生きていけたらいいなって思ってた。きみがその夢を叶えてくれたんだよ。」 何度も何度もあの人の言葉を反芻する。 大切に思い合ってる。必要とし合ってる。わたしはあの人の夢を支えてる。夢に近づくあの人のこころを支えてる。そしてあの人はわたしの・・・わたしの弱虫なこころを支えてくれてる。 わたしがあなたを大切に思うのとおんなじように、あなたもわたしをそれほど大切に思ってくれてるの? そうなの? 結婚が別のところにあって、愛しい人がそこに、手の届くところに、いつもいてくれる。ーそれはそれで、きっと必要なこと。 「二人とも真剣に欲しいんだよ。」 ・・・少しだけ違うような気がした。 - トランジット - 2001年05月08日(火) 目が覚めた。 のそのそとベッドを這い出て、チビたちにごはんをやる。コーヒーを沸かしながらCDをかける。ATC。ボーイバンドやこの手のCDを買うのはなんか少し抵抗があるけど、心を揺さぶられたり締めつけられたり、共感したり慰められたりするものを彼らの音楽に見つけることがある。歌がうまくなかったりするけど、不完全な若いミュージシャンが完ぺきで年季の入ったアーティストよりも輝いて見えることもあるよね。・・・それにしてもATCは歌下手すぎかも。 そんなことを考えながらとても好きなラストナンバーのwith youを聴き終える。バスタブにアロエの泡をいっぱい作りながらお湯を溜めて、洗面所で髪を洗った。 洗いっぱなしの髪に化粧もしないで、郵便局に母の日のカードを出しに行った。サングラスがいるほど陽はまぶしかったけど、今日は風が冷たかった。郵便局は閉まってた。あれ、何時なんだろう? ドーナッツショップに入って、ドーナッツひとつとベーグルをひとつ袋に入れてもらいながら、時間を聞く。「7時半だよ」。ああ、もうそんな時間なんだ。行き場のなくなった切手のないピンクの封筒と、ドーナッツの袋をかかえてうちに帰った。カードはもう母の日に間に合いそうにない。 ずいぶん眠ったんだ。ずっと眠れない夜が続いてたものね。これで少しは取り戻せたかな。 インターンが終了して一週間が過ぎた。2ヶ月後の国家試験までに正規の仕事が見つかるかな。見つけなきゃ。「ゆっくり探せばいいよ。あんなに頑張ったんだから、ちょっとゆっくりしなよ。でもほんと、よく頑張ったよね」。 ーほんとにわかってんのかなあ。あなたのおかげで頑張れたけど、あなたのせいで苦しさも増したんだから。大変だったんだから。 夫には報告してない。 どうしてるんだろう。毎日メールをチェックしても夫からのメッセージはない。探り合いしてるよね。ちゃんと話、しなきゃ。何からどう話そうか・・・。でももう後回しには出来ない。 あの人はもう着いたかな。どこにいるのかな。「同じ大地を踏みしめてる」かな。それともまだトランジット中かな。ーわたしも今、トランジット、だね。 早く声が聞きたい。・・・声が聞きたいよ。 - 記念日 - 2001年05月07日(月) 「もしもし? おはよう。起きてた?」 「・・・おはよ。起きてたよ。っていうか、寝てない。」 「・・・寝てないの?」 「うん。遠足の前の晩の子どもと一緒。寝られなかった。」 「一晩中Hしてたのかと思った。」 「ばか。違うよ。」 今日はあの人がアメリカに出発する日。「きみと同じ大地を踏みしめようじゃないか」なんてバカ言ってたね。あの人がアメリカに来る。会えるわけじゃないけど、うんと近づける。時差が3時間しかないところにあの人がいてくれる。 「初めて会ったときも、前の晩寝てないって言ってた。」 「そうだよ。嬉しいことがある日の前の晩は寝られないもん。」 「嬉しいの? アメリカ来るの。」 「嬉しいよ。きみのいる国に行くんだよ。」 「ふふ。」 「電話するからね。日付もおんなじになるね。おんなじ日にいられるんだよ。時差だって気にしなくていいし。」 「3時間あるんだよ、時差。」 「3時間なんて、ないも同じだよ。日本に離れてること思えば。」 今日は嬉しいこといっぱい言ってくれる。結婚のことを聞かされる前に戻ったみたい。だからわたしも素直になれる。いい子になれる。・・・それに、彼女と一緒に過ごしてるとこ想像して泣かなくてもいいんだもの。たった10日だけど、あの人が彼女と離れるんだもの。・・・わたしって嫌な女かな。・・・10日経ったらまた苦しむかもしれないけど。10日の間も、今ごろ彼女を想って淋しいのかな、なんて考えちゃうかもしれないけど。でもよそう。あの人がアメリカにいる間は、たとえ会えなくてもわたしだけのものって思っていよう。 「なんかあった時も電話していい?」 「いいよ。いつでも電話して。夜中だって平気だよ。助けてあげるから。」 「うん。わかった。じゃあ行ってくるね。」 「行ってらっしゃい。気をつけてね。」 「あ・・・待って。」 「・・・?」 「・・・。」 「わかった。・・・いい?」 そう言って、いっぱいキスしてくれた。 「しつこかった?」 なんて今日は優しいんだろう。自分も優しくなっていくのがわかる。心が穏やかになっていく。こんな気分、久しぶりだ。 10分経って、思い出した。もう一度電話をかけてみる。もう行っちゃったかな。 「もしもし?」 「どうしたの?」 「さっき、言い忘れたの。」 「何?」 「今日、何の日か知ってる?」 「・・・。ちょうど一年の日。・・・だろ?」 「そう。それだけ言いたかったの。」 覚えててくれた。 「おめでとう。・・・記念日だからね。」 「ふふ。」 おめでとうって言うのかな、こういう時。 「危なかったよ。もう携帯置いて、出るとこだった。」 「じゃあね。」 「うん。」 よかった。ちゃんと素敵な記念日になった。 もうずっと、こんな日が続けばいいのに。 今日は泣かない。今日は眠ろう。一年前と同じ幸せ抱えて、今日はいっぱい眠ろう。 - 天使に抱かれた日 - 2001年05月06日(日) 日本に行く予定を一ヶ月早めた。あの人に会いたかった。とても会いたかった。会う日を決めて、あの頃は毎日メールの交換もしてた。 ー早く会いたいよ。早く日本に来ないかな。 ー写真、見たよ。すごいかわいかった。会ったらいっぱい苛めたいな。 ーいろんなとこ案内してあげるね。いろんなとこ行っていろんな話しようね。聞いて欲しいこといろいろあるんだ。 ーこれ読んだら電話してきて。できる? できたらでいいから。 ーもうすぐ会えるね。すごく楽しみだよ。 かわいい弟みたいだった。 あの人が電話に出られそうな時間を探しては、朝早くこっそりうちを抜け出して公衆電話から電話もした。夫がいないときにはうちからもかけた。 8月に引っ越すんだ。今度はひとりで住むの。遊びにおいでよ。 いいの? 行きたい。泊めてくれるの? 泊めてあげるよ。 ごはんも作ってくれる? 作ってあげるよ。 Hもしてくれる? それはあなたがしてくれるんでしょ? するよ、するする。 わたしは優しいおねえさんだった。 約束通り、自分の住んでる街をたくさん案内してくれた。海の見える街だった。いろんなお店をのぞいて、たくさん歩いて、お茶を飲んで、また歩いて、ファーストフードの食事をして、また歩く。カラオケもしたし、ゲームもした。あの人は自分の生活を見せてくれてた。ありのままの素顔を見せてくれてた。優しくて心がきれいで、いたずらが大好きでジョークが大好きで、時々悪魔のしっぽが生えちゃう素敵な天使だった。楽しかった。あの人の街が好きになった。嫌いだった日本が好きになりそうだった。 「誰にも言ったことないんだけどね」。そう言って自分の夢を聞かせてくれた。素敵だと思った。夢も素敵だったけど、着実に夢に近づいてることがすごいなと思った。「応援する。あなたの曲ほんとに素敵だもの。」「ほんと? ほんとにそう思ってくれる?」 本当だよ。ずっとずっと応援する。あなたが夢にもっともっと近づいてくのをずっと見ていたい。 あんなに素敵な音楽を作れるのは、あなたが素敵な天使だからよ。ーそれは言わなかったけど。 裸のお尻が天使みたいだと思った。背中に翼をつけて頭に輪っかをのっけたら、そのまま空を飛んで行きそうな気がした。翼と輪っかのない天使に、わたしは抱かれた。少しだけ乱暴でものすごく優しくて、とてもセクシーだった。魔法の言葉をいっぱいくれた。涙が出そうなくらい愛おしかった。天使の腕の中で、浅い夢を見ながら朝まで眠った。 あれからもうすぐ一年。大人になったなと思う。・・・それはその人への愛のため? その人との結婚のため? ーわたしはどんどん子どもになっていく。 - 愛と結婚と幸せ - 2001年05月05日(土) 幸せ? あなたは今幸せですか? ・・・幸せだよね、もうすぐ結婚するんだものね。 目の前にある結婚式の計画なんて、何度やってもいいって思うくらい幸せだし、 「これからこの人とずっと生きて行くんだ」って気持ちがその人への愛しさを募らせて、幸せ倍増。 友だちにも仕事仲間にも家族にも、今までの自分の存在にその人がプラスされてインプットされる。 まわりの人に「ふたり一緒」に認められるのは、やっぱり幸せだよね。 今までにない、ちょっと恥ずかしいような、でも安心できる幸せ。 きっとあなたは、これから始まる新しい生活を毎日幸せな気分で頭に思い描いているんだろうな。 わたし、それは嬉しい。あなたが幸せなのは。 ほんとなの。 わたしだって通ってきた道だから、あなたの幸せわかるもの。 それも、2回も通ってきちゃったんだから。ふふ。 昨日夫からメールが来た。一ヶ月ぶりのメール。その前も一ヶ月くらいあいてたっけ。 「あなたもネコたちも、元気ですか」 ーそれだけ。 「元気です。あなたは? メール出しても返事がこないからどうしちゃったのかと思ってた。仕事が忙しいの? チビたちも元気です。 ここは急に暑くなりました。日本も暑いですか?」 返事を書いたけど、またそれっきり。 人はどうしてひとりの人とずっと死ぬまで愛し合うことができないんだろうね。 あんなに変わらないって思ったはずのこころがどうして変わってしまうんだろうね。 どうして自分の子どもや動物を愛するみたいには永遠に誰かを愛することができないんだろうね。 でもね、あなたは違うんだよ。 わたしはあなたのことを、死んだ彼女を大切だったように大切だから。 死んじゃったあの娘をいまでも変わらずに愛してるように、愛してるから。 あなたはわたしの、永遠の天使だから。 だから 、わたしの愛は死ぬまで消えないの。 死んでも消えないの。 だけど最近、思い始めてる。 ・・・人間のあなたも愛しちゃったのかなって。 だからこんなに苦しいの? 夫からのメールは少し胸が痛かった。 幸せだった日々。この人となら一生穏やかに幸せに暮らせると、ずっと思ってた。 おじいちゃんとおばあちゃんになっても手をつないでビーチをお散歩できるふたりでいられると思ってた。 どうなっちゃうんだろう、わたしたち。そして、・・・わたし。 - 電話のキスはわたしにだけ - 2001年05月04日(金) 海を見に行った。 昨日は一日うちにこもって泣いてたから。夜も眠れずに泣いていたから。涙をいっぱいに含んで膨張した体中の細胞を、潮風にさらして陽に当てて乾かそう。ビーチの砂に重たくなった細胞から涙を全部吸い取ってもらおう。なんて、そんなにシリアスに考えたわけでもない。ただ海が見たかった。 ずっと海が見たかった。ここへ引っ越す前に住んでた街は海に囲まれた都会だった。春も夏も秋も冬も、一年中ビーチは生活の一部だった。巡り来るいくつもの季節をビーチの安らぎに触れて過ごした。夫と彼女とわたしと、ビーチが隣り合わせにあることが当たり前の生活だった。ここも海はそばにあるけど、あまりの違いに落胆してた。だから少し遠出して、きれいだと人がいう海を見に行った。 どこまでも蒼く蒼く広がる海。きらきらと銀色に光る水面。潮臭くない乾いた風ー。あの街のあれほど素敵なビーチを期待はしていなかったけど、長く続く海岸沿いのドライブは心地よかった。海はそれなりに蒼く光ってた。ビーチは人で溢れてた。あの人と来たいなと思った。 あの人の朝の7時に間に合うようにうちに帰った。約束の電話の時間。 「ビーチに行って来たの。」 「へえ。もう暑いの?」 「うん。暑いよ、とっても。」 「どのくらい? 半袖でも大丈夫なくらい?」 「タンクトップだよ。」 「え、そうなの? こないだまで寒い寒いって言ってたじゃん。」 「そうなの。先週までコート着てたのに、いきなり暑くなってタンクトップだよ。」 ちょっと肌を露わにしたわたしを想像してくれてるかな。 「でもまだ誰も水着なんか着てないだろ?」 「みんな水着だよ。あたしは着てないけどね、今日はちょっと見に行っただけだから。今度はあたしも水着着てく。」 ビキニ姿のわたしの胸、想像してくれたかな。 「あたしって自分の体、ジェニファー・ロペス並みだと思ってたんだけどさあ、」 「おいおい」 「もうねえ、あたしなんかよりもっともっとずうっとジェニファー・ロペスなひとがいたよ。」 「へえー。」 「かっこよかったー。あたしもああいうの目指すの。」 ビキニ姿のわたしの下半身、想像したかな。 あの人が仕事で来週アメリカに来る。わたしのとこにじゃなくて、全く反対側だけど。 「なーんか、忘れ物しそうなんだよね。なんかある? これ持ってかなきゃってもの。思いつく? 海外生活長い人として。」 「こっちに長いこと住んでるとかえってそういうのわかんないよ。あ、コンドーム。日本のはいいんだよ、丈夫で。」 「何言ってんだよ。ないだろ、必要。」 「友だちが言ってたよ、日本製の売ってたから買って使ってみたら、すっごくよかったんだって、薄くて。」 「バカ言ってないで、もっと実用性のあるもの言ってよ。」 「実用性あるじゃん。あ、あたしの写真。これ大事だよ、お守りだもん。持ってって。絶対だよ。」 「ははは。わかったよ。」 写真なんかあったかな。そういえば初めて会った日、インスタントカメラで一緒に撮ってくれたっけ。 「明日も仕事なの?」 「明日もあさってもだよ。行く前に片づけなきゃいけないこといっぱいあるんだ。連休返上。今度7日の朝に電話して。」 「6日の夜、電話したい。できないの?」 「行く前の日の夜は彼女と会わなくちゃいけない。」 「・・・。・・・ずっと一緒にいるの?」 「ずっとじゃないけど、泊まる。」 楽しかったおしゃべりが突然消えた。嗚咽がこみ上げた。 やだ。わたし電話する。 だめだよ。 いや。電話かけちゃう。 ちゃんとよく考えて。わかるだろ? 電話したらどうなるの? もう終わりだよ。ばれないようにすることが第一なんだから。 声を上げて泣いた。 ごめん。でも嘘ついたってしょうがないだろ? 嘘ついてよ。 ・・・じゃあ、これからは嘘つこうか? だめ。嘘つかないで。でもほんとのことも言わないで。 行く日の朝をきみにとってあるんだよ。ちゃんとそう考えたんだよ。だから7日の朝電話して。きみの声で起きる。ね? そのあと彼女に電話するの? しないよ。きみの声を聞いてそのまま行く。ほら、受話器耳にしっかりくっつけて。 ーそう言っていつものキスをしてくれた。何度もしてくれた。 「・・・彼女にも電話でキスするの?」 「したことある、かな。」 「だめ。しないで。彼女には電話でキスしないで。電話のキスはあたしにだけして。」 また嗚咽がこみ上げた。まるで駄々っ子だ。 「ねえ、あたしのこと好き?」 「好きだよ。」 「あたしが一番好きって言って。」 「きみが一番好きだよ。」 「・・・もう一回言って。」 「きみのことが、一番好きだよ。」 無理矢理言わせてるね。声がこわばってるように聞こえるよ。それでもいい。それでも嬉しい。電話を切って涙を拭って、鏡を覗いた。もう若くない、あの人にはきっと不釣り合いな、かわいくない泣き顔が映ってた。・・・彼女は21って言ってたっけ。 - 雲の上の世界 - 2001年05月03日(木) 「怒らないの?」 「怒ってる。」 「うそ。怒ってない。前ならもっと怒ったじゃない。『もうほかにいい人見つけようかな』って言っただけで、ダメ、絶対ダメって言ったじゃない。」 「・・・もうしないって約束して。約束するって今言って。約束する?」 「じゃあ、あなたがHしてくれたらもうほかの人としない。」 「・・・どうやって?」 「あなたがHして。」 「どうやって? 電話で?」 「うん。」 「・・・。」 「困ってる?」 「・・・でも結婚したらもう出来ないよ。」 ああ、またそれ。結婚したら、結婚したら、って・・・。 「なんでそんなに早く結婚しちゃうの?」 「もう24だよ。」 「まだ24じゃん。」 「学年でいえば25だよ。僕が早生まれってだけで。」 バカ。何が学年なのよ、その歳になって。 「きみはこれからどうするの?」 「これからって?」 「僕だけ結婚して、きみがずっとひとりでいるなんて・・・」 「心配してくれるの?」 「心配だよ、そりゃあ。」 「なんで?」 「好きだから。きみが好きだからだよ。」 「・・・。」 「だんなとはどうするの?」 「・・・。わかんない。」 「どうなってるの?」 「・・・。もう連絡してない。電話もないし、メールも来ない。」 たとえ一緒に暮らしてなくてもわたしが結婚してることは平気じゃないって言ってた。たとえ自分が結婚しても、それは平気じゃないって言ってた。「別の人を好きになったら?」って聞いたら、それもいやだって言ってた。今は? 夫のところに戻ってほしいの? ひとりじゃ心配だから、好きな人が出来ればいいと思ってるの? 「どこにも行かないで。」 「・・・どういうこと? 結婚するなってこと?」 「・・・ううん。だけど・・・どこにも行かないって約束してくれたじゃない。離れて行っちゃわないって。」 「僕が電話してって言った時にだけ電話してくれたら、彼女にばれないようにしてくれたら、 ・・・ずっと離れないよ。」 「だけど僕が結婚したら、もう今みたいには電話できなくなる。ときどきしか話せなくなる。きみはその時間だけをずっとずっと待つの?」 「・・・うん。」 「・・・。わかった。考えるよ。」 考えるって、何を? 結婚したら、結婚したら、結婚したら。・・・そのフレーズを聞くたびに、あなたが抜いてくれたはずの棘がひとつずつわたしの心に返ってくる。あなたは気がついてない。ううん、多分知ってる。わかっててそう言ってる。わたしがあなたの結婚をちゃんと受け入れられるようになるために。 今あなたに送ったわたしの好きなAmberのCDを聴いてる。あなたもいいねって言ってくれた。「いろんなことがあったけど、喧嘩もしたしいっぱい泣いたけど、それが無かったら今はなかった。やっとここまで来られたね。今わたしたちは雲の上を飛んでいる。なんて美しく澄んだ世界。わたしにはここから幸せが見えるの」 ーabove the cloudsを聴くといつも元気になった。今は悲しい。あなたは今その人と一緒に雲の上の世界に飛んで行こうとしているんだね。 - 今はわたしだけのあなたになって - 2001年05月02日(水) 「昨日どうだった? どこに行ったの?」 「なんのこと?」 「会ってただろ、誰かと。」 「ああ。ふふ、4時に帰って来ちゃった。」 「4時?」 「うん、朝の。ホテルに行ったの。」 「・・・。やっちゃったのか。」 「ふふ。もうね、誰とでもやっちゃうの平気になりそう。」 「・・・何言ってるんだよ。何してるんだよ。」 ESビルに上って夜景を観たの。全然たいしたことなかった。それより風がすごく強くて、わたし酔ってたし、ふらふらになっちゃって転びそうだったの。そしたらその人わたしのこと抱きしめて、それからそのままわたしにキスしたの。それでね、腕を抱えた右手のね、親指でわたしの乳首なぞったの。誰にもわかんないようにそっとだよ。すごいよ、そのテク。わたしくらくらきちゃって、崩れ落ちそうだった。おしゃれしてブランニューのサンダル履いてったから足も痛くなってたの。もう歩けないって言ったら、そのまま降りてタクシーに乗せられて、それでホテルに連れてかれちゃった。ちっちゃいホテルで別に素敵なとこじゃなかったけどね。いいんだ、そんなのは。 そこまで考えてたのに、全部省略。そんなにすらすら嘘つけない。 「・・・あなたのせいよ。」 「僕のせいなのか。」 「ほかに何があるの?」 「・・・僕が結婚するから?」 「・・・。苦しいから。苦しくてもう自分をめちゃめちゃにしたいの。」 「・・・。」 きみが僕のせいだっていうんならそうかもしれない。僕のせいだと思ってもしかたない。だけどね、自分のせいだと思いながらきみが壊れてくのを見てるのは、僕には重すぎる。僕にだって彼女がいるんだから、きみを縛れない。縛りたくても縛れない。そんな資格はないよ。きみの人生なんだからきみの好きなようにすればいい。でも僕がいやなのはわかるだろ? いやだよ、そんなことやめて欲しいよ。軽々しくそういうことするなよ。 いや。やめて。やめてよ、そんな言い方。どうして? 怒ってよ。怒って。電話してるときは僕はきみだけのものだよって言ったじゃない。忘れさせてよ、彼女のことも結婚することも。縛ってよ、わたしのこと。今はわたしだけのあなたになって。わたしはあなたのものだよ。ちゃんと怒って。怒ってよ。 ー言えなかった。涙が溢れてこぼれてぼろぼろ落ちて、声が出なかった。 - うそ - 2001年05月01日(火) シティから公衆電話で電話した。約束の日本の朝8時。トロントの友人が来ていて、一年ぶりの再会をしてた。レストランで食事の注文をしてから、「ごめん、ちょっと電話かけるとこあるから」、そう言って外に出て公衆電話を探す。 「もしもし? もしもし? 聞こえる? あたし。」 「聞こえるよ。」 「今ね、外からかけてるの。聞こえる?」 雑音がひどくて聞き取りにくい。でもあの人にはちゃんと聞こえてるみたい。 「外なの? まだ仕事なの?」 「ううん。今デート中。これからごはん食べるの。」 「デートって・・・誰、相手?」 「ふふ。このあいだの人じゃないよ。」 先週の日曜日にはボストンに引っ越した友人が泊まりに来てた。今日はこれから人が泊まりにくるんだ。 人って誰? あなたの知らない人よ。あたしもよく知らないんだけどね。 何それ? 男? そうよ、男。 アメリカ人? 日本人? アメリカ人だよ。・・・泊まるって、どういうこと? 男が泊まりに来るの、そういうこと。・・・。怒らないの? ・・・怒るよ。なんでそんなことするの? だって淋しいんだもん。どんなだったかちゃんと報告してあげるから、じゃね。 それからもそのままよく知らない男が泊まりにきたことにしている。僕のせい? 何が? きみがそんなことするの・・・。あの人は淋しそうにそう言ってた。 「またそんなこと・・・。」 「今日は泊まってくるかもしれない。」 「・・・。」 「怒らないの?」 「怒ってるよ。」 「あなたがだめって言ったら泊まらない。」 「だめに決まってるじゃないか。怒るよ。」 「じゃあ、泊まらない。朝までには帰るようにする。」 「おんなじことだろ?」 「ねえ、もう行かなきゃ。彼待ってるから。あなたの明日の夜、電話していい? 話したいことがいっぱいあるの。」 「何、話したいことって? 仕返しに、わたしも結婚する、なんて言うんじゃないだろうね。」 そんなわけないじゃない。わたし、まだ戸籍上は結婚してるんだよ。 「ちがうよ。仕返しだなんて・・・。イヤなの? もしあたしが結婚したら。」 「イヤだよ。」 「ずるいよ、そんなの。」 「・・・。」 話したいことがいっぱいある、は、いっぱい話がしたい、の間違い。だってこんなに苦しくて悲しくて淋しいのに、最近あなたはずっと仕事が忙しくてゆっくり話せないんだもの。でも訂正しなかった。心配かけちゃうの。 「じゃあ明日電話するから。ね。」 トロントの友人もボストンの友人ももちろん女の子。バカみたい、そんな嘘ついて。でも明るく話せるの、そういう嘘つくと。あなたに心配してほしいの。あなたに怒ってほしいの。ごめんね。ほんとにバカだよね。でもね、いつか「あれはみんな嘘だよ」ってちゃんと話すから。 -
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