人生はフェアじゃない - 2002年01月30日(水) 人生はフェアじゃない。 って、ドクターの口癖だったなあ。 「ずるいよ、そんなのフェアじゃない」って言ったら、 「だって人生はフェアじゃないんだよ」って。 「おんなじシティの病院なのに、なんであっちのほうがお給料いいのー?」 って文句言ったときも、 「人生はフェアじゃないからさ」って。 自分に上手く行かないことがあったって、 そう言って、笑い飛ばしてた。 そうかもね。 頑張っても頑張っても上手く行かない人もいて、 頑張っても頑張らなくても上手く行く人はいて。 「人生はフェアじゃない」 って明るく笑って言われたら、 それならしょうがないか、なんてなんか諦めついたりして。 でもやっぱり頑張る人が好きだなあ、わたし。 頑張るとか頑張らないとか関係なく フェアじゃないこともいっぱいあるけどね。 国家試験、昨日やっと申し込んだ。 日にちが決まったら突然怖くなった。 でも、頑張ろ。 頑張らなくちゃ。 1ヶ月しかないけど、頑張る。 応援してね。 - up and down - 2002年01月28日(月) ドクターがおかしな診断して、わけわかんない処方をオーダーしてる。 ペイジしても電話はかかってこないし、ほかの患者さん診なきゃいけないし、仕方ないからナースにペイジお願いしたらめちゃくちゃ機嫌が悪い。一瞬ムカッときたけど「言い方悪かったかなあ」って落ち込む。 やな気分って思ってたら、突然ミズ・ベンジャミンが水曜日のランチに誘ってくれて、ハッピーになった。 別のドクターが「33-1の患者さん、明日きみの指示通り PEG 経管始めるから、処方お願いするよ」って言いに来る。「はーい。フロアにいなかったらペイジしてね」って返事したあとで、明日はオフだって気がつく。慌てて追いかけたけど、ドクターはもういない。 ああーどうしようって焦ってたら、現れた憧れの Dr. ラビティオが「 Hi! Howユs it going?」って声かけてくれた。きゃ〜久しぶりだあ。「休暇だったの?」って聞いたら「うん、パリに行ってた」。ああ、手の届かないヒト、って思う。 患者さんが呼ぶから行ってみたら、「担当医に明日退院って言われた。まだこんなに息が苦しくて、歩くのもふらふらするし、食欲もないのに。なんとかして下さい」って言う。わたしに言われても・・・って思いながら、やっぱり病院って残酷だって悲しくなる。 機嫌の悪かったナースが「ちょっと言いたいことがある」なんて言うからドキッとしたら、「さっきはごめんなさい。イライラしてたの、別の患者さんのことで」って謝ってくれた。 あのハンサムドクターとおんなじ名字のドクターがいた。まじまじ見ちゃった。でも全然素敵なんかじゃなくて、そのせいかそのせいじゃないのか、なんかまた突然胸が痛くなる。 もうなんだか、気分がめまぐるしくアップアンダウンな一日。 うちに帰って電話したら、あの人はいない。「帰ったらすぐに電話してって言ったくせにぃー。バカ」ってメッセージ入れたら、1時間くらいして電話が鳴る。「ごめん。朝一番で練習行ってたから。今帰って来た」って。 寒くてこたつから出られないって言いながら、 「出るよ。出る。出る出る出る。出るっ。出るっ」。 げらげら笑うと「何笑ってんだよ」。 「あはは。出たの?」 「出た。」 「いっぱい出た?」 「うん、いっぱい出た。」 「こたつでオナニーするとさー、暑いでしょ?」 「知らないよ。したことないもん。」 「ないの? 暑いんだよ。汗まみれになるの。」 「やったことあるのか。」 「あるある。もうずっと昔。ああ思い出した、はじめてしたときもだー。」 「それでそれで?」 「もうねえ、こたつの脚片手で握りしめて、こたつが熱くて汗吹き出して・・・」 「バッカだなあ。それでそれで? って、オナニー話真剣に聞いてる場合じゃないよ。仕事行かなきゃ。明日の朝モーニングコールしてくれる?」 「して下さいって言えよ。」 「して下さい。」 「う〜ん。明日はお休みだからデートなの。その時間に帰って来てたらね。」 「誰? デートって。」 「あなたの知らない人よ。」 「またそういうこと言うだろ。どこの馬の骨だ!」 「馬の骨じゃないよ。」 「じゃあ、どこの馬並みだ!」 「そうなの。馬並みなのよ。電話かかって来なかったら、馬並みのとりこになってると思ってて。」 「アホ。」 「馬並みに腰くだかれて、歩けなくなってるって思ってて。」 「だめだ、こんな話してたら切れなくなる。行ってくるよ。明日電話してよ。」 信じてないんだ。つまんない。当たり前か。久しぶりに笑って切った。 昨日は切るとき大きなため息ついたら、「そんなため息ついたら、天使が逃げてくよ」なんて言った。びっくりして聞き直したら、「ため息ついたら天使が逃げてくって」。あの人のことじゃないよね。あの人が天使だなんて教えてあげたことないもの。「どこから?」って聞いたら「あたまのてっぺんあたりじゃない?」。 思わず頭に手を置いた。バカだなあ。はくしょん大魔王じゃないんだから、出てこないって。でも、あたまの上に天使のあの人が見えた。笑ってた。逃げるんじゃないよね。逃げないでね。 今日は笑って切ったけど、切ったあとで「会いたいなあ」ってため息が出る。また落ちた。「墜ちた」じゃなくて、落ちた。 - ダブルベッドの右側 - 2002年01月26日(土) お休みの昨日は、一日中電話かけるのに追われてた。 うーんと引っ張りあげられたと思ってたら、思いっきり落とされてしまった昨日。 また難問が出て来てしまった。もうあの弁護士さんには頼めない。 あちこち電話をかけまくったけど、まるでシティ中の弁護士さんが集まるミーティングでもあるかのように、午後からはどこにかけても誰もいない。 前に住んでたところの、弁護士の友だちの電話番号を探す。 もう7、8年、会ってないし話もしてない。古いアドレス帳をかき集めて、電話番号を探す。あちこちかけまくって、探り当てた弁護士オフィス。夕方、裁判から帰ってきたリックとやっと話が出来た。 なつかしくて、仕事中なのに近況を報告しあう。リックは4年前に離婚してた。 「でもナンシーとは今でもいい友だちなんでしょ?」「う〜ん。努力はしてる」。 あの頃、よく4人で一緒に出かけたのに、もう4人で会うことなんかないんだなあって不思議に思った。 リックに聞いて、わたしはあの街に戻れるってことがわかった。ちょっとトリッキーだけど、弁護士のリックが言うんだから間違いないよね。こっちのことがまたあやふやになって落ち込んでたから、それで少し安心した。 あの街に戻れる。ここで仕事が出来なくなったら、戻るしかない。もうなるようになれ、だ。また半年先のことがわかんなくなったけど、ほんとはもう決まってるんだろうな。運命論者ってわけじゃないけど、先のことなんてもう全部決まってるって、そう思う。もう決まってることに向かって、人は悩んだり努力したり希望を失ったり追っかけたり苦しんだりするんだ。そうすることも、決まってるんだ。 今日は週末出勤だった。こんなに忙しい週末は初めてってくらい、忙しかった。 疲れ果てて、うちに帰るなりベッドに倒れ込む。 こういうときにさえ、倒れ込むのはダブルベッドの左側。右側はずっとあの人のために空けている。バカなんだ。ここに来たときから、あの人が来てくれるときのために、お部屋もうんと素敵にして、あの人に似合いそうな色のあの人用のバスタオルも買って、ベッドの右側を空けて、「会いに行くからね」って言ってくれた言葉ずっと待ち続けてた。 眠るときは右側を向いてあの人に抱きついて眠るふりをする。ときどき左側を向いて眠って、背中から抱きしめてくれてるふりをする。 7月になったら、このアパートを引っ越す。リースが終わっちゃうから。もう更新は出来ない。これ以上家賃が値上がりしたらやってけないし、あの街に帰ることになるかもしれないし。 「だから、7月までに来てくれないんだったら、ダブルベッドの右側はほかの誰かのものだからね。バスタオルだって、その人に使わせちゃうんだからね。」 「ほかの男に使わせないでよー。なんとかするから。」 うそばっかり。絶対来られっこない。 7月が来たら、ちょうど2年が経つんだよ。初めからわかってたら、こんなに苦しんで待たずにすんだのに。それでもまだ待っちゃうのかな、わたし。ダブルベッドの右側にあの人を。それで、あの人が来てくれるときのこといっぱい空想しながら待ち続けたこのアパートと、バイバイしなきゃいけないんだ。約束叶わないまま。 そうなることに決まってるの? それからそのあと、わたしはどこに引っ越すの? この街のどこか? あの街に戻るの? ちょっとだけ教えてくれたっていいのに。あの娘は知ってるんだろうな。でも教えてくれないよね。 - 糸がほどける音が聞こえた - 2002年01月24日(木) 新しいCDの曲、全部聴かせてくれた。 ゆうべスタジオに缶詰になって、途中からふざけてみんなで創って録ったっていう曲も聴かせてくれた。「楽しかったー。こうやって遊んで曲創るのが一番楽しいな」「うん、おもしろい。今のよかった。それも欲しいなあ」。楽しんで創ってるのが、わかった。緊張しないで聴けた。それは遊びだから一枚しかCD作らないって言いながら、じゃあ、きみにあげる分だけ特別バージョンにしてこの曲も入れてあげるよって言ってくれた。すごいー。特別バージョンのCD、わたしに作ってくれるなんて。 もうすぐ大きなライブがあるらしい。 「そういうのって、彼女も来るの?」 なんて、わかってて、また聞かなくていいこと聞いてる。 「どうかなあ。この前のときも来なかったし。」 「来て欲しい?」 「う〜ん。来て欲しいって言えば来て欲しいけど。興味ないみたいだからさ、ライブとか。」 前にも言ってた。仕事のことは全然応援してくれないって。それでも、そんなこと関係なく、彼女を愛してる。 「いいなあ。彼女はいいな。」 「なんでさ。きみには見て欲しいんだよ。ビデオ録ったら送るよ。きみに見て欲しい。」 嬉しいけど、ちょっと悲しい。見たら会いたくなっちゃうよ。会えないのが辛くなっちゃうよ。 彼女の存在ってのがなんとなくわかる。友だちみたいな恋人。お互いに全然違う好きなことがあって、それぞれに自分の生活が忙しくって、いつもいつも会ってるわけじゃないけど、いちいち確かめあわなくてもお互いに大切でかけがえのないことが当たり前の存在。会えば愛おしさが溢れる相手。会うたびにほっと出来る人。 「そこでライブしたいなあ」って言う。 「出来るよ。ほんとにするなら、お手伝いしてあげる。」 「ほんとー? そんなこと出来る?」 出来るよ。自分の夢を信じて追い続けて、自分の力を信じてがむしゃらに頑張って、自分を信じていつも前向きで進行形な人。ここは、そういう人の夢なら叶えてくれるとこなんだよ。出来るよ。するよ。わたしは何にも知らないけど、一からだってあなたのためならなんだってする。出来るんだよ。したいよ。あなたの夢を一緒に追いかけたい。 「当ったり前じゃん。あたしが今まで、あなたのために何かしてあげなかったことがある?」。 あの人は黙ってた。 ちょっと押しつけがましかったかな。別に何もしてないや。でも、気持ちだけはそうなんだから。 自分のことでシンドイのは苦しいけど、あの人の夢のためにシンドイことなんてきっとちっとも苦なんかじゃない。わたし、頑張るよ。あなたのためなら。でも、自分のことまずちゃんとしなきゃね。ひとつは片づいたけど、まだまだある。 昨日、病院のHRにかけあって来た。 弁護士料があんまり高いから、自分でやっちゃえって。このあいだディレクターにこわごわ相談したら、「だから採用の面接のときに聞いたでしょ? 大丈夫って言ってたじゃない」「あのときはそう思ってたんです。でも違うってことがわかっちゃって」。初めからわかってたけど、嘘ついた。 HRのエライ人は、とても感じのいい人だった。 「あなたのボスから聞きました。とても熱心なよく出来るスタッフだから、手放したくない、なんとかいい方向に持って行って欲しい、って。実力のわからない人を初めからサポートすることは出来ないけど、あなたはここで半年頑張って、ちゃんと評価された人。そういう人は喜んでサポートしたい」。 びっくりした。ものすごく嬉しかった。採用の時に何も言わないで正解だったみたい。ディレクターがそんなこと言ってくれてたなんて、思ってなかった。頑張って来てよかった。わたし、頑張った。よね。 でもこれで、もうきっと前のところには戻れなくなる。まあいいか。取りあえず、今が大事。これからまだまだ法的な手続きがある。こればかりは弁護士さん雇わなきゃ。 ひとつずつ、ひとつずつ、絡んだ糸をほどいてく。 「先のことは考えないで、常に次のステップを考えること」。あの弁護士さんが前に言ってたっけ。 あの人見習って、自分の夢を信じ続けよう。今を一生懸命生きていよう。 糸がするりとほどける音が聞こえたよ。 まだまだ先はあるけどね。 わたしの糸がもう少し上手くほどけたら、あなたの糸を一緒にほどいてあげる。 あなたの夢は、わたしの夢だからね。 - 明日抱かれよう - 2002年01月22日(火) 昨日はマーティン・ルーサー・キング Jr. のお誕生日の祝日で、 3日間お休みだっただけなのにずいぶん仕事してなかったような気がした。 「明日お休みなんだ」って言ったら、「じゃああの曲聴かせてあげるよ」って、自分で歌もうたってる新曲、聴かせてくれる約束だった。朝になってやっとかかってきた電話。ずっと眠れずに待ってて、一睡もしてないまま仕事に行ったけど、すっごい元気に仕事が出来る。 疾患のためにたばこをやめて、太っちゃったっていうおばあちゃんの患者さん。「減量したい」って言う。そういう患者さんの言葉って嬉しい。確かにちょっとオーバーウェイト。日頃の食事の内容聞いたら、全然食べてない。なのに痩せない。ますます嬉しくなる。「ちゃんと食べなきゃ上手に痩せられませんよ」「炭水化物食べたら太ると思ってるでしょう?」。一生懸命聞いてたくさん質問してくれる患者さんが嬉しい。疾患に直接関係ないことに、いっぱい時間使っちゃった。 経管栄養だった患者さんが、口から食べられるようになる。一週間殆ど意識がなかったのに、毎日通う息子さんの手から、少しずつ食べられるまでになった。息子さんに経過を話してると、眠ってる患者さんが突然足をバタバタさせる。どきっとしたけど、それから何か喋って、ふふふって笑う。夢を見てるんだってわかった。幸せな夢なんだ。そんな顔見せたことなかった。ああ、よかった、ってほんとに思えた。 夕方、SICU に行く。ナースのジェイに Duran Duran の「Pop Trash」貸してあげる約束だったから。一緒に Duran Duran の話で盛り上がったメガネのドクターがいた。「ジェイは今日オフだよ」「なんだー。CD 持って来たのに」「Duran Duran?」「そう。あなた聴きたい?」「いいの? じゃあ貸して。うちで焼くよ。ジェイの分も焼いて、わたしとく」。今日はふたりで、また盛り上がる。「熱狂的だね」「違うの。最近好きになったの。昔は知らなかったんだよ、Please, please tell me now 〜♪ 以外」。歌いながら、初めてあの人と Duran Duran の話したときのこと思い出して、なつかしかった。 ナップスターが使えなくなってつまんないって言ったら、メガネのドクターが別の新しいサイトをふたつ教えてくれた。やった。これでまたあの人に自慢出来る。ナップスターが裁判に負けて、あの人は「そりゃそうだよ」ってアーティストの味方だったけど。 なんか、ものすごく久しぶりに自分の日常が嬉しかった。 「ごめんね、最近ずうっと忙しくて、ちっともいっぱい話せないで」。 あの人が今朝言った。わたしは返事が出来なかった。 でももう、明日も頑張れそうな気がするよ。頑張ってるあの人想って、わたしも自分の日常に一生懸命になれそうな気がするよ。 あれから曲の取り直しするって言ってた。「もう一回聴きたい」って言ったら、取り直した出来立てのヤツ、明日聴かせてあげるよ、って言った。 今朝みたいに、また抱かれたくなるかな。あんまり素敵で。 いつか言ってくれたね。。「電話してるときは、僕はきみだけのものだよ」って。 あの時はあんなに悲しかったけど。 今でも変わらずに、そうだよね。 だから、抱かれよう。 あの人の歌に抱かれよう。 わたしだけのあの人に、明日抱かれよう。 - 嫉妬 - 2002年01月21日(月) ああ、もうふにゃふにゃ。 溶けていきそう。 涙が出そう。 まだドキドキしてる。 息が苦しい。 「どうだった?」なんて聞かれたって、 そんなに簡単に答えられないよ。 ほんとに、 抱き締められてるみたいだった。 あなたの腕の中にいるみたいだった。 知らなかった。 知らなかった。 あんなに素敵だなんて。 あなたの新しい曲。 ずるいよ。 わたしには独り占め出来ないなんて。 独り占めしたいよ。 誰にも渡したくない。 あなたの声。 あなたの曲。 わたしだけのものにしたい。 今までいつも思ったけど、 今日ほど思ったことはない。 なんて不思議でなんて美しい、天使が奏でる旋律。 今まで思ったことなかったけど、 今日初めて思った。 彼女のものにならないで。 ずるいよ。 ずるい。 独り占めしないで。 あなたが歌う声。 あなたが作る曲。 わたしのものにしたい。 お願い。 彼女のものにならないで。 お願い。 わたしにちょうだい。 お願い。 わたしだけに聴かせて。 あなたの曲があれば、 あなたの歌があれば、 わたし、会えなくてももういいから。 だからわたしだけにちょうだい。 わたしだけのものにしたい。 こんなに素敵な曲を作る人。 こんなに素敵に歌う人。 ずるいよ。 独り占めするなんて。 - そんな愛し方してない - 2002年01月19日(土) 朝起きたら、ものすごく寒かった。 シャワーを浴びて、コーヒー沸かして、なんとなくきちんとした気分になろうと思って、テーブルの上をきれいにする。 あれから夫が電話をくれた。わかんないことがあるってメールしたまま放っていたから。相談して、今の姓を続けることにした。自分の新しい戸籍の住所は、今夫が住んでるとこにした。どっちもそれが便利だから。「変かな?」「いいよ。どうせ書類上だけのことなんだから」「じゃあ土曜日に出しに行くね」。普通に話せた。友だちになれたかなってちょっと思った。 自分の名前を漢字で書くなんて、一体どのくらいなかっただろう。結構綺麗な字で書けるじゃん、って思いながら、漢字の自分の名前をとても不思議な気分で眺めてた。離婚したときの姓をそのまま使うための届け出っていうのにも記入する。「わかんないとこは僕が書くから空けとけばいいよ」って言ってたから、自分の名前を書くとこだけ書く。それだけでもたくさんあった。 書き終えて、はんこを押して、窓の外を見たら雪が積もってた。 起きたときは降ってなかったのに、いつのまにか降って積もってる。車が出せなくなる前に出かけなきゃって、急いで用意をする。 FedEx のオフィスで宛先を書いて、封筒を渡して、お金を払って、「いつ届きますか?」なんて事務的に聞いて、ドアを開ける。バイバイ離婚届。バイバイ結婚。バイバイもやもや気分。無理してるかな。してないよね。もう平気だよね。 帰ってからあの人に電話したら、うちで探し物して焦ってた。仕事で使う、昔作った自分の曲のデモ CD が見つかんないらしい。 「いいよ。探しながら話すから。」 「いいの? ねえ、今すごい雪降ってるんだよ。」 「いいじゃん、いいじゃん。あれ〜? どこ行ったんだろ。」 「すっごい寒いの。」 「かわいそー。おっかしいなあ。ないんだよ。」 「寒いよー。」 「何度くらい? もうずっと朝から探してるのにさー。」 「マイナス10度だって。」 「へえ。あーなんか古い CD いっぱい出てきたよ。え? マイナス10度?」 完ぺきうわの空。声の向こうで色んな音がしてる。必死で探し物してる気配。黙って気配をさぐってたら、「ごめん。怒った? 怒ってるの?」。 怒ってなんかいないよ。あなたがそこにいる気配だけで嬉しい。電話の向こうにあなたを感じられるだけでいい。あなたの気配が好き。こんな愛し方、あなたにしか出来ない。 わかってないなあ。あなたのこと怒るなんて、そんな愛し方してないんだよ。 - ボーイフレンド - 2002年01月18日(金) ボニーに電話した。 ボニーの結婚式の話のはずだったのに、わたしの離婚のことも、ドクターとの失恋の話も、全部話してた。離婚のことを心配するボニーにわたしは言った。 「もう悲しくないの。悲しいけどさ、bad sad じゃないんだ。」 話してて、ほんとにそう思えた。 「もう結婚はいいやって思うけどね。あ、ごめん。これから結婚する人にそんなこと言っちゃいけないよね」。 「怖い?」。笑ったあとで、ボニーは聞いた。 「ううん。怖いんじゃない。だって結婚は wonderful だよ。」 ボニーはまたきゃっきゃ笑う。 「ほんとだって。でもね、離婚は awful 。もうたくさん。」 「戻っておいでよ。戻って来て欲しいよ」ってボニーは言う。 「戻れないかもしれないんだもん。」 「また結婚しなよ。今度はここの人と。そしたら戻ってこられるじゃん。」 「じゃあさ、誰か見つけといてよ。good-looking な人ね。身長は最低 5ユ 11モ」。 ドクターのこと思いながら言う。ほんとにわたしったら、ドクターみたいな人がいい、なんて、あれ以来思うようになっちゃった。 「見たかったよー。ドクター。」 「写真取り損ねちゃったんだ、デジタルカメラ持ってった日。ふたりで撮ろうとしたらさ、電池が入ってないの。『行くとき買えばいいや』って思ってて、すっかり忘れてたの。」 もうジョークにして言える。あの日のことも。 「綺麗なとこなんだよ。ほんとにすっごく綺麗なの。」 「ハイハイ。綺麗なとこってのは知ってるよ。」 「違うんだから。そんな程度じゃないんだって。」 いつもわたしはあの街のことを誇らしく話してた。 休暇にどこに行くか決まらなくて、ガイドブック見に本屋さんに一緒に行ったとき、あの街の本を見つけてドクターに見せた。 「見て見て。ここがわたしが住んでたとこ。」 「え? こんなに綺麗なの? すごいじゃん。」 「でしょ? でしょ?」 「知らなかったよ。」 「でしょ? だから言ったじゃん。いつか行って。絶対行ってね。きっと好きになるよ。」 アパートに戻って一緒にシャワーを浴びてるとき、ドクターが言った。 「きみと一緒に行くよ。きみが住んでたとこ。」 「それで、みんなに会わせてあげたいって思ったの、その時。でもなんて紹介したらいいんだろって考えてた。」 「今ならボーイフレンドって言えたのにね、シリアスじゃなくたって。もう歳のことなんか気にしちゃだめだよ。今度は初めから歳言いなよ。2回離婚したことだってさ。あたしが男だったら自慢するよ、アンタみたいなガールフレンドいたら。アンタの歳も離婚も自慢しちゃう。」 気がついたら、3時間も話してた。 あの人から電話がかかってくる時間がとっくに過ぎてた。慌てて携帯にかけた。 「ずーっとかけてたんだよ。誰と話してたの?」 「ふふ。新しい彼。」 「誰? 誰だよ?」 「だから、新しい彼だってば。」 「またそういうこと言う〜。今さ、友だちといるから、またあとでかける。謝ってよ。謝ってもらうからね。ほんとにずーっとかけてたんだからさ。」 「ねえ、キスして。」 友だちといるって言うから、わざと言う。あの人はちっちゃい音でキスした。 「だめ。聞こえなかったよ。もう一回。」 今度はいつもみたいにちゃんとしてくれる。友だちに聞かれた? 友だちは彼女からの電話って思っただろうな。 ボーイフレンドが出来たらね、今度は教えてあげる。今度はあなたみたいに上手にふたりを愛するよ。 - 招待状 - 2002年01月17日(木) もう日記が書けないと思ってた。 望んでたはずなのに、現実になった途端にひどい孤独を感じてた離婚。 患者さんたちに会う時は忘れてるのに、病院にいるといまだに思い巡らすドクターとの楽しかった日々。 すぐ先の生きてく場所が見えない、法律がからんだ不安。 どんなに想いを伝え合ったって、どんなに電話が素敵だったって、もう二度と会えないかもしれないあの人。 大好きで大好きでこんなに愛は強くて確かなのに、抱え続けなきゃいけない苦しい想い。 誰にも言えない気持ちを綴ったら楽になれたはずだったのに、 こんなに自分をさらけ出して、わたしは底なしバカの恥さらしだって思い始めたら、 もう日記が書けそうになかった。 今日、ボニーから結婚式の招待状が届いた。 わたしの胸の中までいっぱいに、甘い幸せが広がった。 あの人への想いが痛くて、会えないことを忘れたくて、自分を誤魔化すみたいにがむしゃらにインターンを頑張ってた去年の4月。 「自分に自然に、そして、自分にだけは、嘘をつかないこと。自分を『言い聞かせ』てしまうと『すべてが、うまく行くような気がする』。だけれど、自分の中の『良い子』や『強い子』は、頑張りすぎて人生の独裁者になってしまうことがあるんだよ」。 何も知らないはずのKさんから突然届いたメールが、張りつめてた糸を緩めてくれた。 同じ日に届いたボニーからのメール。 「4月13日は、11周年の記念日でした。ディナーのあと、彼が突然プロポーズしてくれました。ぎこちないプロポーズだったけど、嬉しくて嬉しくて、どうしても一番に知らせたかったの。」 ねえ、覚えてる? あなたに電話で話したよね。インターンが苦しい苦しいって言っては励ましてもらってたあの頃。「今日は嬉しいことがふたつあったの。すごく素敵なメールをもらったのとね、もうひとつはボニーが婚約したこと」って。 そのあとすぐだった。あなたが結婚することわたしに告げたのは。 言えなかった自分の結婚の約束のことも言わなきゃって思ったんだよね。そうでしょ? ボニーが結婚するんだよ。プロポーズから一年経つ、12周年の記念日の4月13日に。 嬉しくて、嬉しくて、あなたに言いたいけど、でも今は言わない。 またそのあとすぐに「結婚の日が決まったよ」なんて聞かされちゃう気がして、 怖いから。 行くからね。お祝いしに行くからね。ウエディング姿、見に行くからね。 おめでとう、ボニー。招待状の返事、明日ポストに入れるよ。 帰れる。なつかしいあの街に帰れる。みんなに会える。幸せいっぱいのボニーに会える。 ほんとに、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、 日記書いてる。 - 自転車に乗る天使 - 2002年01月14日(月) 昨日発作が起こって、症状が思いっきり悪化した「会いたい病」、今日はちょっとおさまった。 気持ちが乱れててコントロールできなかったのは、離婚届のせい。 もうほんとに繋がるものがなにもなくなるんだとか、紙切れでさえどこにも属さなくなるんだって思うと、ものすごく孤独を感じた。たまらなかった。 離婚届はまだ手元にある。 名字をどうしようかって、まだ真剣に考えてる。 やっぱり元の名字に戻るべきなのかなって思い始めたり。 変わるとこっちの公的な書類も変えなくちゃいけないんだろうか。 ここで法的ななんかがあったとき、日本語の名字と英語の名字が違ったらまずいんだろうか。どうでもいいようで、こっちのほうがそういうことが結構つきまとう。 よくわかんなくて、昨日「わかんないことがあるから電話していい?」ってメール送ったら、「メールではいけませんか」って返事が来た。電話で話すと辛くなるからって前に書いてたけど、それよりもう夫じゃないんだって、ますます孤独を感じた。淋しくなった。こんなことでずるずる甘えちゃいけないんだ。夫はしっかり断ち切ろうとしてる。今はまだ友だちじゃない。 会いたい病の発作がおさまったのは、あれからわたしの夜中にまた電話をくれたから。 今日はリハーサルがあるから、会社は早退させてもらったって。携帯がまた使えるようになった。「今スタジオに行く途中。電話しながら自転車に乗ってるからさ、バランス取りにくい〜」。もういつものあの人に戻ってる。 あの人が言う「ケンカ」をすると、ちゃんと「仲直り」するまであの人は絶対電話を切らない。最後に必ずわたしに確かめる。「僕の曲が好き?」「僕のことが好き?」。「好きだよ」って答えると、わたしはそれだけですうっと涙がひいて行く。 昨日はそれさえ効かなかったのに、自転車に乗ってる天使が見えた途端にわたしは微笑んでた。翼をはためかせて、ふらふらしながら電話かけてる、自転車に乗る天使。裸のわけないのに、裸しか思い浮かばない。冬にどんなジャケット着るのかも知らないけど、裸なら知ってるんだよ。 「Duran Duran の CD 出るんだよ。知ってる? 1000枚限定版だって。世界中で1000枚だってよ」。おとといお知らせのメールが来てたこと、得意になって教えてあげた。「うそ。うそ。何それ? 何何? 予約してよー。お願い」「予約なんか出来るのかなあ。お店じゃ売らないヤツなんだから」「うそー。なんとかしてよー。欲しいーっ」。自転車ひっくり返りそうになったって慌ててる。もうスタジオに着いてしまったって焦ってる。「行ってらっしゃーい。頑張ってね、リハーサル」「あー、待って待って待って」。バカだね。なんとかするに決まってんじゃん。バレンタインのプレゼントは決まりかな。わたしも元に戻ってる。 去年は sade を贈ったね。 lovers rock はね、嵐が来てもしがみついていられる恋人たちの岩のことなんだよ。嵐が来てもそうやって守ってくれる岩なの。って。 あなたはわたしの lovers rock じゃないけど、嵐からわたしを救い出して一緒に飛んでくれる天使でいて。自転車の後ろに乗って、ずっとしがみついていたいよ。 ドクターの CD ラックにも sade のおんなじアルバムがあった。「あたしも持ってるよ、この sade 」って嬉しくなって言ったら、「sade」 が上手く発音出来なくて笑ったっけ。無理に思い出してみたけど、少しだけ痛みが消えてた。 - 会いたい - 2002年01月13日(日) 気持ちが乱れてる。 今朝早くあの人が電話をくれた。 ゆうべ一睡も出来なくて、もうすぐ空が明るくなるなあってぼんやり窓の外を眺めてる時だった。 気持ちが乱れてるせいで、いっぱいわがまま言った。わがままじゃない。なんだろ。自分でコントロール出来ないわけわかんない感情ぶつけちゃったんだ。 顔も見ないで、からだも抱かないで、ずっと愛してくれてる人。 声だけで、電話のおしゃべりだけで、ずっと愛して来てくれた人。 わかってる。それがどういうことなのか。 ただ会えないことが、今日は特別に哀しかった。 「どうしようもないんだよ。わかってるだろ?」 あの人は言った。 ごめんね。 今わたしはおかしい。 世界中でたったひとりぼっちになってしまったみたいな気持ち。 誰からも仲間はずれにされたような気分。 あなたの手だけが欲しかった。でもやっぱり届かない。遠すぎて遠すぎて、届かない。 シティに行った。 氷のように冷たい風が吹き付けて、吹き飛ばされそうになりながら歩いた。 氷のかけらみたいな雪が降って来た。 シティを歩くたびに、一緒に歩きたくなる。 雪の降る寒い季節にここに来たいっていつか言ってた。 でももう会えないかもしれない。 ひとつめの冬が過ぎて、ふたつめの冬も過ぎる。 祈って祈って祈りが叶うなら、いつまででも祈り続けたい。 あの人が病気のときに、あの人が曲作りに行き詰まってるときに、お祈りするように。 でも会いたい祈りは叶わない。届かない。 お祈りすることさえ許されない? 天使をこんなふうに愛しちゃった罰だ。 「出来る約束だけする」。 そう言った少しあとで、あの人は言った。 「ずっと大事だよ。ずっと好きだよ。この気持ちは変わらない。約束する」。 こんなふうに、こんなふうにあの言葉を聞けると思ってなかった。 なのに魔法はかかりかけて、消えてしまった。 会いたい。 ただそれだけなのに。 - 離婚届 - 2002年01月12日(土) 昨日 FedEx の不在配達通知が来てた。 ほんとに来ちゃったんだって思った。 月曜日にもう一度配達してくれるって書いてあったけど、今日オフィスまで取りに行った。手にした封筒は冷たかった。冷たい封筒を抱えて、ものすごく落ち込んだ気分になった。 ホームディーポに、この間買ったクーラーカバーを返しに行った。キャッシュで返金してくれると思ったのに、ホームディーポのカードで返された。高速間違えて全然違うとこ行っちゃって、ぐるぐる回ってやっと着いたのに、ますます落ち込んだ。 ホームディーポの駐車場で FedEx の封筒を開けた。 書類はていねいに書類ばさみに入れてあった。 見覚えのあるあのつるつるした用紙に、見慣れた文字が記入されてた。 わたしが記入するところをえんぴつで囲ってあった。 「婚姻前の氏に戻る者の本籍」っていう欄があって、「もとの戸籍に戻る」と「新しい戸籍を作る」っていうのをどちらか選ぶ。こんなのあったっけって思う。 新しい戸籍、どこの住所にしようかってぼうっと考えてた。 入籍したとき、「こんな紙切れ」って思いながら、ふたりの名前が並ぶ「そんな紙切れ」が嬉しかったことを思い出した。最初の結婚のときは、もっと重々しい気持ちで受け止めてて、「ほんとにここにはんこ押しちゃっていいのかな」って心配になったりしてたけど。戸籍の「筆頭者」ってところを、「どっちの名前にする?」「じゃんけんで決める?」って冗談言ってふたりで笑ってた。「僕は『筆頭者』だから」って、夫はしばらくジョークにしてた。 名字をどうしようか、ってまた考える。 生まれたときの名字に戻るのはいやだ。変な名字だからってのもあるけど、過去に後戻りするみたいでいやだ。今のままが一番便利だ。でもそれでいいのかな。よくわかんない。 そんなことあれこれ考えて、また落ち込む。 何落ち込んでるんだろ。なんでこんな気分になるんだろ。全然わかんない。 ひとつだけ、離婚なんて2回もするもんじゃないって、それだけはわかった。 封筒には、書類ばさみにきちんと収まった書類以外に、なんにも入ってなかった。メモ書きさえ入ってなかった。 今日は電話は出来ないはずだったのに、あの人はかけてくれた。 なんだか口が重くて、明るくなれなかった。 「どうしたの? なんか変だよ」ってあの人が何度も言ってた。 離婚届のこと、言いたいけど言いたくない。「これでフリーになるから、堂々と男探せる。もう嘘つかなくていいもんね」って離婚すること言ったときに笑ったら、うん、いやダメ、ってあの人は笑わずに返事をして、「なんて言ったらいいのかわかんない」って言った。今は自分がなんて言ったらいいのかわかんない。自分の気持ちがわからない。 あの人の月曜の晩まで電話出来ないって言ってたのに、今日帰って来たらまたかけるって言ってくれた。「ホントに?」「うん」「絶対?」「うん」「絶対って言って」「絶対かけるよ」「絶対ほんと?」「ほんとだって」「約束して」。 「約束するってー」。 あー違うじゃん。「ってー」は余計だよ。聞きたかったあの「約束する」、聞けなかった。作戦失敗。 あの人の名字を自分の名前の頭に付けてみる。おかしい。ぜんっぜん合わない。あの人にだって似合わないもんね、あの名字。あの人じゃないみたい。わたしには名前だけでいい。名前を呼べるだけがいい。 彼女の名前、知らなくてよかったって思った。 - 命日 - 2002年01月11日(金) 白いバラと黄色いバラを買って、写真の前に飾る。 オレンジ色のろうそくに灯をともす。 ラザニアを作った。 クッキーを並べた。 写真のあの娘が、きょとんとした目で少し上を見上げて、首を傾げてる。 大好きな雪を鼻のてっぺんにくっつけて。 あの日も雪が降ってたね。 白い翼と輪っかをもらったあの娘は、白い雪が舞い降りてくる空へひとりで飛び立とうとした。 息を止めたあの娘の顔は笑いながら眠ってるようだった。 「どこにいるの?」って聞いた。「天国に決まってるじゃないか」って夫は泣きながら言ったけど、わたしは知ってる。 あの娘はあれからしばらくわたしたちのところにいてくれた。 泣かないで、泣かないで、泣かないで、って笑いながら、わたしのそばにいてくれた。 ああ、逝っちゃったんだ。もう帰って来ないんだ。 ぼうっとしながらやっとそう思えた日、雲の合間から突然陽が差した。 あの娘が天国に着いたんだって思った。 あれから2年。 まだ2年なんだね。もう何年も経ったみたいな気がするよ。 「ママの人生は幸せなんだよ。苦しいことがあったって、それはちっぽけなこと。ママは幸せな人生を生きてるんだよ。大丈夫だよ。あたしがずっと守っててあげるから」。 ここにひとりで来たときに、言ってくれたね。 信じてるよ。時々迷っちゃうけどね、信じてる。 ママを見守っててね。パパのことも、守ってあげててね。 それから連れて来てくれた天使ね、まだ連れ戻さないでいてね。 大切なお話があるから、これから手紙を書くね。 - 「約束する」 - 2002年01月09日(水) Veteranユs Day のホリデーに働いた分の代休を取って、シティに行って来た。 シティホスピタルのユニオンで紹介してもらった弁護士さんに会いに。 朝からみぞれが降ってて、コートの下にニットのコートを重ね着するほどの重装備だったのに、電車を待ってる駅で吐き気がするくらい寒かった。 ガバメントの弁護士さんのオフィスは、ウォールストリートの次の駅だった。地下鉄の駅を出たら、海が見えた。前の街がなつかしくなった。そういえば、去年の夏サウスシーポートに連れてってもらったときにも、似てるなあって思ってたっけ。 弁護士さんは何の役にも立ってくれなかった。わたしがもう知ってることを並べ立てるだけで、何の相談にもならなかった。わたしはそこに行くまでのことを相談したのに、ペーパーワークの段階にならなくちゃ何も出来ないと言われた。機械みたいな弁護士さん。なんだか悲しくなって、ちょっと頭に来て、「こんなこと言って申し訳ないけど、そういうことしか聞けなかったなんて時間の無駄でした」って言ってやったら「お役に立てなくて申し訳ないけど、こちらも時間の無駄でした」だって。絶対機械だ。 振り出しに戻ったかなあってとぼとぼオフィスを出たけど、また海を遠くに見て、少し元気を出した。前に会いに行ったあの人間の弁護士さんのところに、また行こう。あれからずいぶん経っちゃったけど、あの弁護士さんなら話が出来る。前のところに戻れなくてももういいから、なんとか次の道を見つけなくちゃ。 「明日またかけるから」って昨日あの人が言ったとき、「そんなこと言ってまた嘘になったら悲しいから、もう言わないで」って困らせた。それなのに、ちゃんと電話の時間に間に合うように帰ってる。わたしったら、結局いつだって約束待ってる。 「会いたい」ってちっちゃい声で言ったら、あの人は「うん。考えるよ」って答えた。 「じゃあ今までは考えてくれてなかったの? 会いに行くって何回も言ってくれたの、嘘だったのー? 『約束する』って、やっぱり嘘ばっか。」 「違うよ。いつも考えてたよ。だけどさ、これ言ったらきみが傷つくけど、やっぱり一緒に暮らしてなくても僕には重たかった。忙しいのもほんとだけど、それが一番大きかった。もうきみはひとりになるんだから、誰にも悪いって思わなくていいだろ? もうそのこと気兼ねしないで会いに行ける。」 離婚するの、嬉しいのかなって思った。ちょっとずるいなって思った。わたしだけひとりになっちゃって、あの人のこころだけ自由になる? 離婚することになった、って、少し前の短い電話のときに言った。 あの人はわたしのこと少し心配してたけど、それ以上何も話してない。 それでいい。あの人のこころが軽くなるなら、それでいっか。それでいいや。 それで、ホントに会いに来てくれるなら。会いに来てくれるなら。会えるなら。 会える? ほんとに会える? 約束して。やっぱりしないで。 「明日も電話するよ」って言ったあと、「あ、言っちゃいけないんだった」って言う。 「そうだよ。もうあなたは1分先のことだって、約束しちゃだめ。嘘なんだから。」 「わかった。僕は今を生きる。好きだよ、今は。」 「なによ? 『今は』って」。拗ねて言ったら、 「だって『ずっと好きだよ』って言っても、嘘って言うんだろ?」って笑った。 まわりに見えるものが 君の目を涙で曇らせるとき まわりのこと全てが 何も信じられなくなったとき 僕が君の支えになる 僕が君に希望をあげる 君は自分を信じたままで 僕の名前を呼んで 僕はずっとここにいるから この腕に君を抱き寄せたら 君をそのまま抱き締めていてあげる この命が終わる日まで 約束する 約束するよ あの歌、あんなにあの人の言葉に聞こえたのにな。あなたの「約束する」が大好きだった。明日、おねだりしてみようかな。前みたいな「約束する」。 - Look at me - 2002年01月08日(火) もっと話していたかった。 あんまり安心して、わたしはちゃんと返事が出来なくて、 いつかみたいに何を言われても「うん」って言うのがやっとで、 涙ばっかりだーだー流れて、 拭っても拭ってもびしょびしょになって、 映画の話をしてくれてるあなたの声ずっと聞いてるうちに くすくす笑えて来て、なのに、 なんてあったかいんだろうってまた涙がごぼごぼ溢れて来て、 なんだっけ? なんとかクロス? トラボルタが、自分のせいで恋人が撃たれて死んじゃっておかしくなって、 「彼女が死んじゃったら、あなたもおかしくなる?」って聞いたら 「なるだろうなあ」ってあなたが言った。 ちょっと悲しかったけど、ほんとはそれが悲しかったんじゃなくて、 いつからこんなに大人っぽい声だっけ、なんて思ったらまたぐしょぐしょになって、 でも、彼女は幸せだなあ、って思ったらもっとぐしょぐしょになって、 「でもわからないよ。そうなってみないと」って、黙ってるからあなたがそう言い出して、 「きみだってわかんないだろ? もし明日痔になったらどんな気持ちになる?って聞かれても、『ああ、うんこを気持ちよく出せるって幸せなことだったんだなあ』って思うかどうかなんて、今わかんないだろ?」ってバカなこと言うから、 まじめに「わかるよ」って答えたらまたどーどー涙がこぼれだして、 「でもきみが死んだら、僕は絶対おかしくなる」って取って付けたみたいに言うから 「うそばっかり」って笑った。 それから「仕事、行ってくるよ」って突然あなたが言って、 「やだ。もっと話してたい」って急にわたしの声が震えて、 とっくに泣いてること知ってるくせに、 「なんで急にそんなになるの?」って気づいてなかったみたいにあなたは言った。 「消えたりしないよ。僕はここにいるよ。ずっときみと一緒にいるよ」。 なんでわかったの? かけるねって言ってくれた日に電話してくれなくて、 やっとかかって来たと思ったら、まだ風邪がひどいまんまで、ずっと長い電話出来なくて、 もうこのままあなたも遠くに行っちゃうのかもしれないって思ってた。 だからね、もっと話してたかった。 電話切ってから、ベッドの上に座ったまま毛布を頭から被って、 そばにいて欲しいよ、って抱きしめてもらえない自分のからだを自分で抱きしめて、 こんなに涙を流し続けたら、ひからびちゃうんだろうか、それとも、 水浸しになってふやけるんだろうか、って思いながら、 「Look at me」ってドクターの言葉を思い出してた。 「Donユt cry. Donユt be sad. Look at me. Look at me」って、わたしの両腕を両手に取って、繰り返してた。離婚してるって嘘ついて、ほんとはまだ結婚してるってどうしても言えなかったあのとき。 「こっち向いて。ねえ、こっち向いて」って、いつかわたしが泣いたときに、電話なのにあなたもそう言ってたね。 なんであんなにおんなじだったんだろうって、 いつもいつもそう思ってたこと、また思い出して、 わたし、もうほんとに離婚するんだよ、って、 ドクターにじゃなくて、ちょっとだけもう知ってるあなたにそう言いたくて、 だけど言いたくなくて、 ただ、もっと話していたかった。 からだの芯まで冷え切って、 寒いからなのか、心細いからなのか、どっちなんだかわかんないよ。 辛くないって決めたのに、それもわかんなくなっちゃったよ。 ほんとにどこにも行かないで。 「こっち向いて」って、また言って。 あなたの顔がちゃんと見える。 もう、あなたしか見えない。 - 雪が降る - 2002年01月07日(月) この冬初めての雪が降る。 病院の窓から見えたひらひらと舞う白い破片は積もりそうになかったのに、高速を降りたらいきなり雪景色になってた。 向かいのモールの立体駐車場に車を停めた。アパートの駐車場は外だから、明日になると車が雪に埋もれてしまって出せないかもしれないから。去年はそれで大失敗した。雪かきなんかしたことなくて、それでもアパートのオフィスからシャベルを借りて、汗まみれになって体中筋肉痛になって、何時間もかかってやっと車を出せるようになったっていうのに、みんなに自慢げに話しても「それがどうしたの?」。誰だってここじゃあそのくらいするんだ。そういえば、ひとりで悪戦苦闘してるの見ても、誰も手伝ってなんかくれなかった。ここの冬って寒いんだ、雪が積もるの普通なんだ、ってあのとき初めて知った。 「雪降ってるんだよー」って電話するたび、あの人は「いいな、いいな」って言ってた。日本はこの冬雪が多いの? あの人の住んでるとこは、降ってるのかな。 メディカルレコードに日付を入れながら、夫のバースデーだってことに気がついた。今朝、出かける前にチェックしたら、「近日中に離婚届を送ります」ってメールが来てた。 「今は電話で話すと辛くなるから 電話はできません すみません : : ずっと友達で 親友でいてください : : 気持ちが落ち着いたら電話します」 わたしも電話なんか出来ない、今は。バースデーの E カードを送った。ずっと親友でいたいよ。離婚するんだから、ちゃんときれいに別れてしまうのがホントなんだろうな。でも無理するのはもういやだ。何の意味もないと思ってた「紙の上の約束事」は、もうとっくに別の意味を作ってた。それがあったから、こうじゃなきゃいけないとか、ああじゃなきゃいけないとか、こころまでルールに縛られてたんだ。そんなつもりは最初はなかったのにね。いつも自由でいたはずだったのにね。 もう無理するのはやめようね。自然のままで生きようね。無理してふたりで幸せになることやめたんだから、無理にふたりで辛くなることもやめよう。昨日のわたしの予感なんかまるではずれたとしても、友達でいようよね。それが出来なくなったときが来たら、そのときには Let it go 。 「婚姻」ってさ、確かに重たいものだけど、それがそこにあるのが自然な限り、無理してない限り、ちょっとくらい重たくったって Let it be でいいんじゃない? そんなふうにも思うよ。無責任? でも、わたしはいつも結婚にまじめすぎた。一生懸命すぎた。だから結婚が下手なんだよね。 こんなときにあの人の声が聞けない。 声が聞きたいよ。 「雪降ってるんだよー」って言いたい。 - 予感 - 2002年01月06日(日) あれからわたしは思い出してばかりいる。 楽しかった頃のことよりも、別居を決めてからの、いいようのない切なさと寂しさの入り交じった日々のこと。 悲しくならないように、辛くならないようにと、ふたりして一生懸命平静を装っていたような毎日だった。一緒に何か楽しいことをしようとすると、それが全てわざとらしいみたいな気がして、それでもそんな嘘っぽい楽しさにしがみついていた。昔みたいに夜中にお茶を飲みに行ったりドライブに出かけたり、うんと仲が良かった頃によく行ったお店にごはんを食べに行ったり。思い出を再現したかったのかもしれないし、住み慣れた街との別れを惜しんでたのかもしれない。 それぞれの行き先へのチケットを同じ日に取って、別々の荷造りを始めてから、わたしは Sweetbox の CD を毎日毎日 BGM にかけていた。「わたしの今一番のお気に入りなの。絶対あなたに聴いて欲しかったの。あなたもきっといいって言うよ」。日本に会いに行ったとき、そう言ってほかのあの人のリクエストのアルバムと一緒にあげた CD だった。思ったとおり、あの人はすごく気に入ってくれた。 毎日毎日聴かされて、「拷問みたいだな」って夫は笑った。少し前なら「もういいかげんに止めてくれない?」とかって意地悪く言ってたに違いなかった。そんなふうになんとなく気を使い合ったり、優しくなれたりして、その度に切なくなってた。 別れる前の晩に、あの娘が好きだったビーチに行った。言い出したのは夫だった。波打ち際を駆け回るあの娘をハラハラしながら追いかけるみたいに、夫は海に向かった。まるでそのまま水の中に入って行きそうな気がしてどきっとした。波打ち際で夫は突然しゃがみ込んだ。わたしはずっと後ろのほうでそれを見てた。泣いているのがわかった。わたしはただ、立ちすくして見てた。涙が溢れた。溢れて止まらなかった。暗闇のビーチに目を凝らして、泣いてる夫の背中を遠くから見つめながら、声を上げて泣いた。 お互いに胸の内に思いがあったはずなのに、決して口にしなかった。 離婚を前提にした別居じゃなかった。ただ一緒に居られなくなった。離れて暮らしてお互いを見つめ直そうとか、そういう別居でもなかった。ふたりとも許せないことがあって、ただ苦しくてどうしようもなかった。一緒に居ることが寂しすぎて、愛し合えなくなったことが哀しすぎた。夫は日本に帰りたいと言って、わたしは帰れないと言った。わたしはほかの場所でやらなくちゃいけないことを見つけて、夫は一緒には行けないと言った。 そして、離婚しなくちゃいけない時が来て、わたしたちは離婚する。 お互いの道を認め合って、お互いの将来を応援して、お互いの幸せを信じながら。 幸せな離婚だって思うけど、それはウキウキするような幸せでも、空を見上げて大きく息を吸いたくなるような幸せでもない。幸せな離婚だと思うのは、これが永遠の別れではなくて、結婚では築けなかったいい関係をこれから作っていけるような気がするから。 別れなきゃいけないから、別れる。どうしても別れなきゃいけない。 別居してても、もう愛し合っていなくても、手を伸ばせば届く結婚っていう安全とか安心とかいうものに、無意識のうちに頼っていたかもしれない自分たちを断ち切るために。 悲しいお別れは、あの日あのビーチで終わったんだ。もう悲しまなくていい。悲しむことなんかない。 いつかうんと先に、わたしと夫は、また一緒に暮らし始めるかもしれない。そんな予感がする。結婚っていう形でではなくて、愛し合うわけでもなくて、最良のルームメイトとして。期待とか理想とかじゃなくて、ただなんとなくそんな予感がする。そして、はちゃめちゃな人生ついでに、そんなはちゃめちゃなことがあっても不思議じゃないか、なんて思ったりしてる。 - 好きなタイプ - 2002年01月05日(土) また苦しそうだった。 熱に浮かされて、寒い、苦しい、って泣きそうな声が震えてた。 また風邪がぶり返したのに、あの日練習になんか行ったからだ。 「でもね、今すごく楽しい。おもしろい」。人の心配をよそに、曲作りのこと、仕事のこと、夢中で話してる。 知りあった時から、ずっとそうだった。時々行き詰まって凹んじゃうこともあったけど、熱を出して寝込んじゃうこともしょっちゅうだけど、一体どこからそんなエネルギーが沸いてくるの? って思うくらい、ものすごいパワーでいつもフル回転してる。いつでもいつでもいつでも。 がむしゃらで無鉄砲で、どん欲で精力的で、自分にいつも正直で誠実で、心がきれいで純粋で、自分の夢を信じてて自信があって、人と競争しないで人の才能を認めて、自分への批判は素直に受け入れて、いつでも一生懸命でいつもいつも前向きで進行形の人。 好きな男のタイプを聞かれたら、そうあなたのこと答えるの。 誰も聞いたりしないけどね。 もう今日は仕事には行けないって言った。当たり前だよ、そんな声出してて仕事に行ったら、ほんとに死んじゃうよ。 「抱っこしてあげるよ。」 「うん。」 わたしはいつもと逆に、あの人を電話で抱きしめてあげる。 でもちょっとやり方わかんなくて、困ってる。いつもどうやってくれてるの? 「・・・。してくれてるの?」 「してるよ。」 「わかんないよ。」 バカだねえ、簡単にはわかんないんだってば。だってわたしも上手く出来ないよ、あなたみたいに。でもなんでわかんないのよ。 「きみもまだしんどいから、抱っこしてあげる。」 「いいよ。黙って抱っこされてなさい。」 「わかった。されてる。」 「変な気分になっちゃダメだよ。」 早く元気になって今度は元気な声で電話するって言ったけど、 いつかな。また遠いの? 早く元気になって。 元気になったら、話してあげるから。 今日さ、キスが同時だったね。 「今、同時だったね、ね、嬉しー」って言ったら、あなたが「ふふふん」って笑った。あの笑い方、好きよ。 - 幸せな離婚 - 2002年01月04日(金) 「自分を愛せない人間は、人を愛せない」。 電話を切ってから、夫の言葉を自分の中で繰り返していた。 自分を愛するっていうのは、自分がかわいいっていうこととは違う。 上手く言えないけど、それは自分を信じるっていうこと、ひとりで生きられるっていうこと、自分の力で生きていけるということ。ひとりぼっちで生きてくっていうのではなくて、人と関わり合いながらも、人と交わり合いながらも、自分を見失わないでいること。そうでなければ、必要以上に人に愛を求めてしまう。誰かの愛に頼ってしまう。自分を愛せないから、愛されることばかり求めてしまう。自分がかわいいのは、弱いから。強くなけれは自分を愛せない。 わたしは自分が強いとは思えない。ひとりでなんか生きていけないってしょっちゅう思ってる。いつでも誰かに支えて欲しがってる。それでも、自分の力で生きてかなくちゃって少しは頑張って来た。それだけのほんの少しの頑張りを、わたしは夫にも持って欲しかった。ふたりで生活していようが、人は誰でもひとりの人間でしかないんだから。そして、そんなふうに考えられない夫が、夫の将来が、別居したのにいつも心配だった。 誰かと愛し合うということは、誰かと暮らすということは、結婚するっていうことは、半分と半分がひとつになることじゃなくて、一人と一人がひとつになることなんだ。例えば、ブルーの円と黄色い円が重なったら、みどりの円になるように。それはいつでもブルーの円と黄色い円の重なりであって、それぞれの円がみどりに染まってしまうわけではなくて。そして、それぞれの円が自分の力で輝やいてなければ、素敵なみどりになんかならないんだ。 わたしたちは、ブルーの円と黄色い円に戻ろうとしている。 自分の色に誇りを持って、輝けるようになろうと思っている。 もう心配しない。夫はきっと夫らしく素敵なブルーに輝ける。 幸せな離婚。 そう、わたしたちは幸せな離婚をする。 ずっと恐かったのは、最初の離婚があんなに辛かったから。 あの娘のパパとママであることを、捨てきれなかったから。 夫が苦しむことにも、耐えられそうになかったから。 自分を偽ってここで生活してることをドクターにあんな形で否定されたときに、正直に生きるために離婚しようって決めたはずだった。それなのにまだ恐かった。 でももう、幸せな離婚を信じられる。 あのときの離婚とは違う。 わたしたちは別れるけど、別れなかったから出来なかったことが、別れるから出来るようになる。 夫婦としてではなく、お互いを認め合える。 一度は家族だった人として、大切に思える。暖かく思いやり合える。 あの娘のパパとママであることにも変わりはない。 いつまでも逃げ続けて、弱かったのはわたし。 夫は離婚という形を決心して、強くなるすべを見つけた。 もう弱っちくなんかないね。今のアナタは強い。辛いことを言い出してくれたこと、心から感謝できるよ。幸せな離婚はアナタのおかげだよ。アナタはもう、自分を愛し始めてる。わたしも自分をもっと愛せるようになるよ。強くなるよ。 長いこと長いこと話をして、お互いがずっと触れたくなかったものがきれいに溶けた。 ひとりずつで幸せになれるね。幸せになれるよね。なろうね。 もうすぐあの娘の命日。 ふたりで報告しよう。きっとあの娘は「よかったね」って微笑んでくれる。 - 夫の決心 - 2002年01月03日(木) 夜中の2時頃、電話が鳴った。 頭痛がひどくて、ベッドに潜り込んだまま眠れないでいた。 電話は夫だった。 11月の終わりに電話があって以来、話をしていなかった。 ずっと気になってたくせに、わたしからはかけないままだった。 「元気?」 「ん。ちょっと風邪ひいたみたい。」 「大丈夫? 今話せる?」 「うん。話せるよ。」 ベッドの中で上半身を起こして座った。 夫はあれからずっと考えてたって言った。もうおかしくなるほど考えて考えて、いくつかのことを見つけたって言った。 自分が傲慢で、いつも環境やそこにいた社会のせいにしてきたこと。ほんとは周りに支えられて来たはずなのに、人に感謝することを忘れていたこと。嫌なことには目をそむけて逃げて来たこと。自分がどんなに弱かったかということ。そういったことを、それを認められるようになるきっかけになったあることと一緒に、ゆっくりゆっくり話してくれた。それから言った。 このままじゃ、僕は前にも後ろにも行けないってことがわかった。いつもきみのこととふたりの関係を憂えんでいて、それでもそこに甘えていたと思う。恐くて考えることを避けながらも、甘えていた。考えて考えて、辿り着いたことは、「自分を愛せない人間は人を愛せない」ということ。自分を愛せないで、人を愛することなんか出来るはずがない。自分が幸せじゃなければ、人を幸せになんか出来ない。僕はひとりで幸せになる方法を見つけなくちゃいけない。ひとりで生きていけなければならない。僕はそこからやり直さなければいけない。それがようやくわかった。 そして、間を置いて、夫は言った。 「やり直すためには、はっきりさせなくちゃいけないと思ったんだ。」 「はっきりさせるって?」 わかっていながら、わたしは聞いた。 「離婚するっていうこと。」 夫は涙で声にならない声で言った。 わたしはずっと冷静に聞いていた。 「すごく傲慢な言い方かもしれないけど、あたしね、ずっとアナタにそういうふうに考えて欲しいと思ってた。」 ずっと冷静に、ひとつずつの言葉に、うん、うん、ってはっきり返事をしてたのに、そう言った途端に涙がこぼれた。そう言ったのは、夫が「離婚しよう」って言ったことに対してじゃない。なんで泣くのかわからなかったけど、悲しいからじゃなかった。夫が離婚を切り出してくれてほっとしたからでもなかった。 「わかってる。わかってるよ。」 夫は泣きながら、そう言った。 「考えてくれるね?」。夫が言って、「わかった」ってわたしは答えた。 涙がボロボロこぼれたままで、わたしは夫と朝まで話した。 外が明るくなって行くのと同時に、自分のこころからも闇が明けて行くような気がした。きっと夫もおなじ気持ちだったと思う。 熱がひどくなって、仕事に行けなかった。 - もう、いい - 2002年01月02日(水) 朝から喉が痛かったのが、お昼頃から熱っぽくなってきた。急いでオフィスに戻ってお薬を飲んだけど、帰る頃にまたふらふらして寒気がしてきた。車のヒーターをがんがんかけてうちに帰って、コートも脱がずにコーヒーを沸かしてあったまった。 いつもの通りにメールをチェックしたら、ドクターに送ったクリスマスの E カードの、ピックアップ通知が来てた。高熱が出そうだった。 開けずに捨てられたんじゃなかった。ホリデーの間、どこかに行ってたんだ。 それよりわたしったら、自分の名前のスペルを間違えて打ってる。何バカやってんだろ。 How are you, Kenny? Hope you enjoy this festive season, working not too hard. Be an angel and have a very merry Christmas! Wishing you all the best, ***** それだけ。何も特別なことは書いてない。でも、返事はくれなかった。 わたしのカード、捨てられたんじゃなかった。返事なんかくれなくても、もういい。もう、いい。なつかしいって思ってくれたかもしれないし、しつこいって思われたかもしれない。自分の名前のスペル間違えたりして、笑ったかもしれないし間違いになんか気づいてないかもしれない。でも、もういい。 ほかのドクターたちと話すたびに、今でも思う。なんで Kenny とは、初めからあんなに自然に、前から友だちだったみたいに、全然気を使わずに話せたんだろうって。おしゃれなシャツを着てるほかのドクター見ても、Kenny だったら靴まで好みが一緒だったのにって。ジョークを言い合って笑っても、Kenny とはもっと素敵でバカなジョークで笑い合えた、って。 でも、もういい。何がもういいんだかよくわかんないけど、もういいの。もういいよね。お願いだから、返事なんか待たないでよね、わたし。ほんとに、もういいの。 電話が鳴って、一瞬ドキッとした。 あの人だった。 また風邪がぶり返してる。 「心配ばっかりさせるんだから。ちゃんと治さなきゃダメだよ。早く治して。治さないと、誰かとデートしちゃうんだからね」。そう言ったら、あの人は 「イヤだ。ちゃんと治すから」って駄々こねるみたいに言った。 病気の心配も、電話の待ちぼうけも、もういい。 会いたくて会いたくてどうしようもない狂おしさも、もういい。 ほかの誰かとデートなんかしないから、ドクターのことももういいから、穏やかで暖かい陽だまりみたいにあの人を愛せる日々を、少しのあいだでいいから、ください。 - a New Year's wish - 2002年01月01日(火) 結局パーティの予定はないまま、ジェニーとジェニーの友だちと3人でダウンタウンに繰り出した。お目当てのアイリッシュバーのドアを開けたら、お客さんは男ばっか。慌ててドアを閉めて、ほかを探す。まだ7時前。まだ7時前なのにもう凍えるみたいに寒い。鼻を真っ赤にしたジェニーが「病気になりそう」って言うから、目の前のバーに飛び込んだ。 「来年はさあ、もっとちゃんと計画しようね」「来年は男と過ごしたいよ」「パーティなんか行かなくったって、一緒にいられる人がいればそれだけでいいよなあ」「うん。友だちといるのとはワケが違う」「悪かったね。じゃあ来年の計画はさ、最悪の事態に備えて」「一日1ドル貯金をしよう。最悪の事態に備えて」「一人365ドルか。どこに行きたい?」「男と使う。最悪の事態に備えたお金」「だからさあ、それが出来ない場合に備えるんだってば」。わたしは来年、どこにいるのかなあ。日本じゃないことは確かだけど、前のところには戻れなくなるかもしれない。日本よりもわたしのホームタウンなのに。「なるようになれ!」って思って来たけど、ちょっと深刻になりつつある。男よりも深刻な問題。 カクテルとフィンガーフードで1時間ほどおしゃべりして、追い出されるみたいにバーを出た。待ってる人がいっぱいいる。 ジェニーの友だちをうちまで送って、わたしはジェニーの家に行く。ジェニーの家族に迎えられて、また家族のひとりになりすます。シャンパンで乾杯しておいしいお料理をたくさんごちそうになって、いっぱいおしゃべりして、こんなにくつろいでていいんだろうかって思うほどくつろいでる。特技 - よそんちの子になること。・・・なんて、あんまり自慢にならないね。 ジェニーのお父さんとお母さんは、25年前に小さな子どもたちを置いてここにふたりでやって来て、事業を始めて休みもなく毎日毎日働いて、ようやく落ち着いてから大きくなった子どもたちを呼んだらしい。こういう話はよく聞く。ここに来たら夢が叶うと思ってる人がたくさんいるけど、夢を叶えるための努力と、苦労と、少しの悲しみを知ってる人だけに夢が叶うことを、誰もはわかってない。 簡単なことじゃないよね、生きてくってことは。簡単にしちゃえば、もうそこにとどまるしかない。あきらめてしまえば、もう後戻りするしかない。ふたりで頑張るはずだったのに、途中下車したのは夫。わたしは後戻りだけはしたくなかった。とどまることも嫌だった。 ホームタウン失くしても、もういいやってちょっと思った。ここをホームタウンにしちゃえって。頑張ろ、ひとりでも。楽しいことも結構あるもん。 テレビでタイムズスクエアのカウントダウンを見る。ベッドルームに姿を消してたお父さんとお母さんも出てきて、シャンパンがなくなっちゃったからワインで乾杯。画面に溢れるハッピーニューイヤーのキス。ちょっとだけ悲しい瞬間。ドクターもどこかで誰かにキスをしてる。日本は元旦のお昼過ぎで、あの人は彼女と会うって言ってた。わたしは目を閉じて、見えないキスをあの人に送る。「ハッピーニューイヤー。・・・聞こえた?」。New Yearユs wish はねえ、「あなたがまだ結婚しませんように」。 真夜中の高速はもうあまり混んでなかったけど、みんなスピードを出さずに走ってた。流れに乗って、ゆっくり帰る。 あの人の「おめでとう」の電話で目が覚めた。 ぐちゃぐちゃになったシーツの下で、パッドとマットレスカバーまでぐちゃぐちゃにまるまってる。どんな夢見てたんだろ。覚えてない。 今日はお掃除をしよう。 ホリデーシーズンはおしまい。 明日から、普通の日常が始まる。 ほんとの New Yearユs wish はね、「あなたに会えますように」。 -
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