天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

決めたよ - 2002年06月30日(日)

決めた。決めてきた。
仕事が終わってその足で、もう一度見せてもらう約束してたデイジーのいる家に行って来た。

狭い狭い狭い狭いってずっと思ってたから
頭の中のデイジーの家のアパートは実際よりとってもちっちゃくなっちゃってたみたい。

今日行ったらね、
お部屋はからっぽで殆どピカピカになってて
やっぱりここよりはずうーっと狭いんだけど
ちゃんと窓は大きくて、ウィンドシルもチビたちが並んで座れるくらいに幅が広くて、
キッチンの窓も素敵だった。

決めたよ。
大家さんったらもうわたしがとっくに決めてると思ってて、
わたしの家具の心配までしてくれてる。
ここにベッドを置いてここにドレッサー置いて、そしたらここにワードローブをふたつ並べてホラ充分まだ余裕があるよ、とかって。

お庭の木に大家さんの奥さんは巣箱をたくさん付けてて、
「鳥は好き?」って聞くの。
好きだよ。大好き。
ネコって鳥の鳴き真似するんだよね。
チビたちもきっと好きになるよ。窓辺に座って真似するよ。

窓の向こう側にデイジーが手をかけて立って、顔のぞかせてくんくん鼻を鳴らすの。
しっぽ振って足踏みしてかわいいったらないよ。
チビたち最初は怖がるだろうな。
でも仲良くなるよね。大丈夫大丈夫。デイジーはいい子だし、チビたちもいい子たちだし。

あれからあちこちアパート見に行って、かなり浮気心に揺れたけど
決めた決めた。デイジーんちに決めた。
お家だからかな、いろんなビルのアパート見たあとだと、とってもあったかい感じがしたよ。
ほっと出来て居心地いいって感じ。
隣りのお家との間のフェンスに薔薇の蔓がからんでいっぱいお花が咲いてた。

カウチ、売っちゃう。売れなかったら誰かにあげる。
コーヒーテーブルも一緒にあげちゃう。
この大きな机も要らない。
大きなテレビも要らない。
古い洋服も靴も処分しちゃえ。
本も捨てちゃえ。
取りあえず全部持ってって、ヤードセールしようかな。

身軽になってすっきりしよ。
ずるずるずるずるはもうやめよ。

キッチンの床もカウンターも、全部タイル張り替えてくれるんだって。
部屋中の壁ペンキ塗り替えてまっ白にして
リビングルームの天井にはおっきなファンをつけてくれて
ほら知ってる? ヘリコプターのプロペラみたいなヤツ。
「来週の週末には出来上がってるからね」って。
7月15日から借りることにした。
7月いっぱいかけて引っ越し出来るように。

これから大変だ。
荷造りしてるとさ、またベタベタ感傷的になってわたし泣くんだろうな。
だけど今は大丈夫。

決めたら安心しちゃった。

素敵にする。
素敵なお部屋にするよ。
それで話してあげる。
「いいなあ。行きたいなあ」って言ったって
だめなんだからねだめなんだからねだめなんだからね。
もう待たないよ。

親不知抜いたとこ、早く痛いのなくなればいいね。
また風邪引いちゃってすごい声してたけど
早く治して。

治ったらいっぱい話そうね。
もう来られなくても平気だから。


ちょっと嘘かな。
平気じゃないな。
でも、
もう大丈夫だよ。


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守護天使 - 2002年06月29日(土)

駐車場に車を置いてアパートの窓を見ると、必ずチビたちが窓辺に座ってる。
玄関に回ったら、もうドアのすぐ向こうでミャアミャア鳴いて迎えてくれてる。
かわいいなあ。かわいい。

ネコは飼い主が帰って来るのが30分前からわかるらしい。
ネコに聞いたはずがないのに誰が言い始めたのか知らないけど、聞いたことがある。
30分前ってのはどうだかわかんないけど、確かに帰って来るのを分かってて待ってくれてるような気がする。


「アパート探してるんだけど、どっかいいとこ知らない?」ってみんなに聞きまくってたら、ホスピタルポリスのオフィサーが自分ちの裏に2ベッドルームの家を持ってて、今住んでる人が今月出て行くから格安で貸してくれるって言った。
住みたいとことは反対方向だし、閑静な住宅地には住みたくないしなって思ったけど、光熱費も水道代も家賃に込みだって言うからちょっと心が動いた。

でもこの人危ない。
昨日わたしの病棟のローテーションでライカーの刑務所からの患者さん監視してて、患者さん診に病室に行ったとき「Hi」って挙げたわたしの手、握った。
ジョークならいいけどジョークじゃない視線が恐かった。
前から視線がコワクてやだなって思ってたけど、アパートの相談なんかして誤解された? 
ポリスオフィサーの裏の家なら安全間違いないって思ってたら、ジェニーに「絶対やめな」って言われた。オフィサーなんだから盗聴器だって隠しカメラだって簡単に取り付けられるんだよ、って。あり得る。そのくらいなんか危ないかもしれない。

「アンタには見えないガーディアンがついてるような気がする」っていつもジェニーが言う。すっごく危なっかしいのに、ガーディアンに守られてるから今まで危険を回避してこられたんだって。
そうかもしれない。危なっかしいんだ。26歳のジェニーにだって考えつくこと、わたしにはわかってなかった。でもガーディアンなら、あの娘に決まってるよ、わたしのガーディアン・エンジェル。あの娘がジェニーに「やめな」って言わせてくれたのかもしれない。


デイジーのいるあの家のアパートの窓はどんなだっけって思う。
チビたちが窓辺に座って外を眺められるくらいに、ウィンドシルが広かったかな。
そうだよ。チビたちの命は短いの。
だから生きてるあいだ、うんと幸せでいさせてやりたい。
赤ちゃんのときにふたりして捨てられちゃったことなんか、なかったことに出来るくらいに幸せにしてやりたい。
かけがえのない小さな命を見送るすべならもう知ってる。
その日がいつか来ることも受け入れてる。
そしていつかチビたちも、わたしのガーディアン・エンジェルになってくれるんだよ。

だけどね、
あの人を見送る方法がわからない。
天国にじゃなくて、そうじゃなくて。
そうじゃないから。
天使のくせに、天国に戻らないから。
そのまま人間になって、人間と結婚してしまうから。


またわけわかんなくなってる、わたし。



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遠いね - 2002年06月26日(水)

口をついて出てくるのは、嫌味と意地悪ばかり。
ヒドイこといっぱい言って、あの人を悲しませて、
「もう電話しない」って言った。
「もうかけて来ないで」って言った。
もう絶対に電話しないって決めた。

昨日そう決めて、ほんとに電話しなくても平気になれるかどうか試してみようと思ってた。
平気にならなくちゃ。
あの人の電話とあの人が来てくれる日を
バカみたいに待ち続けたこのアパートを出て行って、
新しいところで暮らし始めたら
もう待つことは忘れる。忘れなきゃ。

なのにもう今日、わたしの手は電話を握ってわたしの指は勝手に番号を押す。
昨日の電話があんなに苦しくて、
あの人に助けて欲しかった。
留守電になってる電話に、助けを求めてわたしは10分おきに番号を押す。

やっと鳴った電話に飛びついたのに、声が出ない。
「かけてくれた? 電話していいの? もう電話してもいいの?」
あの人がそう言って、わたしは悲しくて返事が出来ない。

わからない。わからないの。
あの人に苦しめられてるわたしをあの人に助けて欲しいと思ってる。
間違ってるよね。
だけどあの人しかだめなの。あの人にしか助けてもらえない。


遠いね。ほんとに遠いね。
時間も距離もほんとに遠いね。

あの笑顔を見て
この手で触れて
その腕に崩れ落ちてしまいたい。

遠いからだめなんだよね。
そう思いたい。
そういうことにしたい。


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もうそろそろ - 2002年06月25日(火)

右のレーンをすごいスピードで走って来た車が、わたしの車すれすれに、そのまま猛スピードで目の前に突っ込んできた。絶対ぶつかると思った。思いっきりホンクして急ブレーキをかけた。車は一瞬スピードを落としたけど、ブオーンと大きな音を立ててふかして行ってしまった。ぶつかんなかった、よかった、ってほっとした瞬間、ドンと音がして体が座席の背に投げつけられた。やられた、と思った。ため息が出て、力が抜けて、そのまま座席にしばらくもたれてた。ルームミラーをちらっと覗いたら、後ろの車の人が無表情な顔をして映ってた。出て来ないから、諦めてシートベルトをはずして車を降りた。

わたしの車はなんともなかった。バンパーがちょっとだけでこぼこになってたけど、はじめからそうだったのかもしれない。後ろの車はビューイックかシボレーか、そういうのの80年くらいのオンボロの車で、乗ってた人は、気の弱い昔のロックシンガーみたいな風貌のひょろひょろのおじさんだった。ライセンスプレートがボコボコになってた。オンボロのアメ車もそれだけみたいだった。

「大丈夫?」って、やっと降りてきた昔のロックシンガーが聞いた。「さっきの車、見たでしょう?」「ヤー。きみのせいじゃないよ。車はなんともないみたいだから、きみさえ大丈夫なら・・・」「わかんないけど、今は大丈夫」。おじさんは自分の車の前を覗いてからちょっと肩をすくめて、こんなのなんでもないって顔をした。大きなハイウェイだったけど高速じゃなかったから、歩道にいた人が何人か見に来て、みんなが「きみの車は全然平気だよ」ってわたしに言った。おじさんがもう一度「きみはほんとに大丈夫?」って聞いてくれて、「大丈夫だと思う」ってにこりともせずに答えた。めんどくさいのはやだから、そのまま車を出した。

うちに帰ったら腕と背中と肩と首が痛くなってきた。体が重くてだるい。でも、アパート探しで最近疲れてるせいかもしれないし、よくわかんない。

今日も仕事が終わってから、デイジーのいるあの家の周辺の様子を車で見に行って、その帰りだった。


昨日見に行ったアパートは予想よりずっと素敵だった。
ここほど広くはないけど充分な大きさだし、四角いキッチンもダイニングスペースがあるのも、天井がものすごく高くて縦長な窓がたくさんあることも。
「住みたいとこ」のど真ん中にあるのも、小さいけど赤い煉瓦の建物なのも、理想の通りだ。
今より家賃が高いけど、車のガス代を考えたらその分が浮く。デイジーの家の一階も完全にプライベートではあるけど、誰かのお家の一部ってよりビルのアパートの方がもっと完ぺきにプライベートだし。

また迷ってしまって、もうわかんない。
誰に聞いたら教えてくれるんだろう。わたしはどこに住むの? どっちに住んだほうが幸せになれるの? わたしは幸せになれるの? いつ? もう決まってるんだよね。教えて欲しいよ。


悪いことばっか。
そんなふうに思うのはよくないってわかってる。
でも、もうそろそろいいことがあったっていいじゃん。
・・・まだダメなの?


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デイジーのいる家 - 2002年06月23日(日)

わたしの一番好きなあの橋が目の前に架かってて、
高台の大きな公園がすぐそばにあって、
ゆったりと水が流れる運河を挟んでシティの高層ビルが空に浮かび上がる。
そういうとこにアパートを見つけた。

やっぱり水のそばはいい。
海じゃなくても、水のそばは落ち着く。
10ブロック歩けばシティへ行く地下鉄の駅がある。
ひと駅乗れば、あの活気に溢れたごちゃごちゃ街。
ふた駅乗れば、もうひとつの賑やかなメイン通りに降りる。
わたしの「住みたいところ」をほんの少しだけ外れた場所だ。

アパートはビルじゃなくて、プライベートハウスの一階だけど、
上の階に住む大家さんの夫婦は気さくで明るくて、とても話しやすい人たちだった。
シュナウザーとテリアをかけて大きくしたみたいな犬のデイジーと、いきなり恋に落ちて、いきなりじゃれ合う。デイジーは女の子だけど。大家さんの夫婦もわたしのこと気に入ってくれた。

バスルームもフルサイズでバスタブがちゃんとある。
アパートのサイズはここよりかなり小さくなって、家具はやっぱり収まり切りそうにないけど、
家賃が200ドル今より安くなることを考えたら
多少の狭さもダイニングスペースがないことも、しょうがない。

この前見たベイスメントとその前に見た信じられない家賃のちっちゃいストゥディオに比べたら、充分妥協できる範囲だと思う。

明日、仕事が終わってから、もう一つ見に行く。
「住みたいところ」のど真ん中にあるアパート。
家賃が今より50ドル高いし、それでもここほど広くないだろうし、期待しないで見るだけ見てみようって決めた。


それから東に2時間走って、グロリアのうちに行った。
国家試験の問題集と資料を貸してあげる約束をしてたから。
すごいすごい。ほんとに迷子になりそうな大きなお家。
グロリアには赤ちゃんと小さな子どもが3人もいて、みんな食べたいくらいかわいい。
グロリアは、手のかかる幼い子どもたちを4人も抱えながら、このあいだまでわたしの病院でインターンをしてた。高速を延々運転するのが怖いからって、片道2時間半かけて電車で通いながら。
そのエネルギーもスゴイと思うけど、そんなことがごく普通なのが、この国はやっぱりスゴイと思う。家族の協力も周囲の理解も、頑張る人に惜しみなくそのチャンスを与えてくれる教育の環境も。もちろん、経済的に許されれば、ってこともあるけど。

グロリアはそのプライベートハウスのアパート、絶対いいって言ってくれた。
まだもっと条件のいいところがあるかもしれないって、なんとなくまだ迷ってるわたしに、なんだかよくわからない石の占いをしてくれる。

「どんな決断を下したとしても、それをいい結果に導いていく力があなたにはあります。」

占いというより励ましだな、と思う。
何かを決めなくちゃいけないけど迷ってるって人の誰にでもに当てはまるもの。
でも励まされた。
エンジェルカードもやった。

「今あなたのところにエンジェルが降りて来て、あなたを支え、守ってくれようとしています。」

あの人のことだ、って思った。
来てくれたらいいのにって思った。あの娘が降りて来てくれてるのかなとも思った。
エンジェルカードなんだから、どのカード引いたってエンジェルなんだけど。


うちに帰ってきたら、この大きな窓と高い天井と、広々とした空間が、ああやっぱりいいなあと思う。

どうしようかなあ、あのお家のアパート。
決めちゃっていいのかな。
ほんとに天使のあの人が降りて来て、一緒に見に行ってくれたらいいのに。
きっとまた、わたしには思いもつかないような不思議で素敵なことを言ってくれて、
あの人がいいって言ってくれたなら、それだけで幸せに生活出来そうなのに。

犬のデイジー、かわいかったな。


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支え - 2002年06月21日(金)

セミナーは別れた夫の病気がトピックで、わたしが次の専門資格を取りたいと思ってる分野だった。新しい薬とか治療法とかを必死で聞いてノートを取りながら、別れた夫がちゃんとやってるのか心配になる。夫にこれを話さなきゃと思う。

一ヶ月ほど前に電話したけど取ってくれなくて、メッセージを残したらメールが来てた。
「体調が悪くて今は誰とも話したくない。そっとしといてください」。

夫の病気がきっかけで勉強を始めて、これを生涯の仕事にして死ぬまでそばで夫を助けようと決めたのに、わたしは自分さえ裏切った。

病気のことだけはいつもいつも心配で、自分でやらなきゃいけないことちゃんと守って続けてるんだろうかって気になるのに、そばで何も出来ないなら心配なんてなんの支えにもならない。夫にとっては辛いだけに決まってる。わたしはひどい女だ。

わたしなんかじゃなくても、日本の専門医に診てもらえばそれでいい。でも気になる。新しい治療法が日本に入る日なんてきっと遠い。それに毎日の生活上の決まり事が一番大事な病気だ。そばにいて支えてくれる人がいればいいけど、そんな人多分いやしない。初めから病気だってわかってて、病気までひっくるめて好きになってくれる人がいるだろうか。気になる。助けてあげたい。でもわかってる。そんなことを思うことすら傲慢だって。わたしはもう妻じゃない。もう助けてあげることも助けてもらえないこともわかってて、ふたりで決めたことだ。

講義を聞きながら、何度も涙が出そうになる。頑張って欲しい。元気でいて欲しい。


まる一日のセミナーが終わってから、一緒に行ったジェニーとビレッジまで遊びに行った。
ジェニーが卒業した大学のある近辺。
街の真ん中に学部のビルが散在するのが楽しそうでいい。
近くまでドクターと来たことがあった。でもそこがどの辺だったのか、はっきりわからない。知らないところだらけの街。もっと知りたい。もっと知りたい。今ならそう思う。あの街がなつかしくても、もう戻りたいと思わなくなった。絶対この街を好きになってみせる。好きになるまで離れない。

チープな洋服やさんで、選んだ服を抱え込んで、ジェニーと試着室に行く。
試着室はお風呂やさんみたいで、仕切りのない大きなお部屋の壁が鏡張りになってるだけ。そこでみんなが下着姿になって着替える。

隣りの女の子が試着してるビキニがかわいい。「それかわいいね。どこにあったの?」って聞いたら、着替えてるとこ見られてたからか、「見ないで見ないで恥ずかしい!」ってキャーキャー言いながら両手で体をあちこち押さえる。そんなことしても隠れないって。かわいい。下の階まで取りに行って自分もおんなじビキニを着てみる。エキストラ・スモールなのに、ぶかぶか。「アンタってお尻がない」。ジェニーが吹き出す。その向こうで真っ赤なトングを履いた子がお尻を突きだしてジーンズを試着してる。真っ赤なトングをキュッと挟んだぷりぷりの大きなお尻が羨ましい。

山ほど抱えた洋服を試着しながら、2時間くらいそこにいた。
結局、お揃いで星条旗のシャツを一枚だけ買った。7月4日はふたりで仕事だから、ジョークでそれ着て仕事しようって。今年は晴れたらいいな。


少しだけ気分が晴れた。
でも、うちに帰るとまた怖くなる。

あの人が電話をくれる。
他愛ない話を5分くらいして、あの人は新しい仕事場の内装工事に戻る。
いつもみたいにキスしてくれて、「あ、見られた」って照れてる。
あの人は毎日忙しい。そして毎日優しい。

あの人を支えにしないで生きてくようになれるには、どうしたらいいんだろう。




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寝られない - 2002年06月20日(木)

明日は朝早くからセミナーに行くから、早く寝なきゃって思ってたのに。

寝られない。
眠りたくない。

毎日、寝るのが怖い。
寝たら明日になるのが怖い。

仕事が好きで、患者さん診るのが好きで、
お昼休みを同僚たちと過ごすのが好きで、
帰る前にアニーのオフィスに寄るのが好きで、

朝出掛けてしまえば平気になれるし
病院にいるあいだはものすごく満たされてるのに

その後がたまらない。

何がこんなに不安なんだろ。
なんでこんなに怖いんだろ。

アパートのこと?
お金のこと?

あの人のことじゃない。

と思う。
でも関係あるのかな。


怖い。
怖い。
怖い。


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痛み - 2002年06月18日(火)

朝お手洗いに行ったら、立てなくなるほどおなかが痛くなった。
そのうち足が痺れてきて、座ってるのも苦しくなった。
あぶら汗がにじみ出てくる。
吐きそうになる。
吐いたらまたそのまま胃痙攣が起こると思って、トイレの上で体を二つ折りにして、ハァハァ息をしながら我慢した。

ようやくベッドまで体を引きずって、まる虫みたいになって突っ伏しながら、癌だったらホスピスに行きたいって思ってた。

ちょっと楽になったから、仕事に出掛けた。気温は高いのに、寒くて寒くて震えながら運転する。頭がガンガンしてきて風邪かなって思ったけど、もしも癌だったら病院のホスピス病棟に入れてもらおうって、また考えてた。

そしたらどんなことがあっても、その時だけはあの人に来てもらおう。
お花をたくさん買って来てもらって、ずっと手を繋いでもらっていよう。
それからいろんな話をいっぱいして、たくさん笑って。
「ねえ、電話のキスしてみて」って言って、「ふうん、そんな顔してしてたのか」って笑って。
「2年見ないあいだに、ずいぶん大きくなったねぇ」って笑って。
病院の不味いディカフェのコーヒーを一緒に飲んで、「不味いでしょ?」って笑って。
あの人に歌もうたってもらおう。
キモセラピーも RTX も拒否して、笑っていられるようにモルヒネ漬けにしてもらおう。
死ななきゃいけないなら、死ぬのなんか恐くもイヤでもない。あの娘に会えるって笑ったら、あの人もきっと笑っててくれる。


仕事しながらふと気がついた。
生理が始まるんだ。
毎回生理痛の種類が違うから、わかんない。
それで、またしょうもないこと空想してたんだ。
夕方、きっちり始まった。


帰り際、アニーがケーキをくれる。昨日あんなに怒ってたのに。
昨日。ドクターと会ったこと言ったら、すごい怒られちゃった。
「で、何したの?」って聞くから「ごはん食べた」って言ったけど、バレてた。
「LA に引っ越す前に、アンタのプシーがもう一回欲しくなったんだよ、バカ男。ノコノコ会いに行くアンタはもっとバカ」。「プシー」だって。憎しみ込めて言ってた。口が悪いったらないんだから。でもアニー大正解。バカ男と大バカ女なの。
「アンタがイイからね」「そうよ、あたしってすっごくイイの」。カラカラ笑って答えた。アニーは怒ったまんまだった。「で、この次はいつ会うの?」「もう会わないよ。もうすぐ行っちゃうもん」。もうパンティーも返してくれないんだろうな。
アニーに怒られたら、なんか嬉しい。お気に入りのパンティーも諦めがつく。


あの人は親不知を抜きに行った。横向きに生えて隣りの虫歯の根っこを圧迫してややこしくなってたところを治して、やっと抜ける状態になったから。さっき、麻酔が切れたって半分泣きながら電話してきた。これからまた歯医者に行ってくるって。

このごろ毎日電話をくれる。わたし、理由を知ってる。

代わってあげるよ。その痛み、全部わたしがもらってあげる。
だから痛いわたしを抱きしめて。抱きしめて痛みを和らげて。
電話じゃなくて、その腕で抱きしめて。


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アパート - 2002年06月17日(月)

昨日は一日コンピューターの前に座って、インターネットでアパートのシェアを探した。
わたしの住みたいあの場所かその周辺で2ベッドルームのアパートに住んでて、ルームメイトを探してる人。わりとたくさんいる。

知らない人とシェアするなら、男がいい。知らん顔したいときに、簡単に知らん顔出来るから。怒りたいときにも簡単に怒れるから。男にならはっきり言えることが、女の子には言えなかったりする。イヤなところが目についた時、女の子だと我慢出来なくなりそうだけど、男だと「どうでもいいや」って思えそうだし。

でも、「希望の性別」のところに「性別問わず」じゃなくて「女性」って書いてる男って、なんなんだろう? それで素敵な人だったらいいけど、とか考える。
「ペット」のところが「問わず」になってたら、何も考えずにそれだけで飛んで行きたくなる。

一日釘付けだったけど、どっちにしてもダメだと思った。
シェアするリビングルームとキッチンはすでに家具付き。もう先に人が住んでるんだからそんなこと当然だけど、そうするとわたしの家具は行き場がなくなる。売ってしまえば少しでもお金になるのに、手放せない。

カウチに夫とくっついて座ってテレビを観たら、いつもあの娘がふたりの間に座るって聞かなかった。ソファベッドであの娘と一緒にお昼寝したら、いつも夫がブランケットをかけてくれた。あの娘の骨を持って帰ってきた日、コーヒーテーブルのうえにキャンドルをいっぱい立てた。あの娘が入った小さな壺に話しかけながら、ゆらゆら揺れるいくつもの炎を一晩中眺めてた。お料理道具もお菓子を作る道具も、食器も、全部あのままあの街から持って来た。手放せない。ずるずるずるずる思い出と一緒に引きずって、わたしったら一生手放せないのかもしれない。どこまでも身軽になれないわたし。


ここのアパートをカップルが見に来た。
ほんとにわたし、ここ出て行くんだ。
来月の今頃には、ちゃんと次のとこ見つかってなきゃなんないんだ。

2年前にひとりでここにアパート探しに来た時は、一週間ホテルを予約して最初の3日で見つけた。知ってる人が誰もいなくて、来たこともなかった街なのに。
あの人が来てくれるから、素敵なところを見つけようと思ってた。
それだけで、見つけられた。
たった何日かの間、一緒に過ごせるってだけなのに、その日のことだけ思って探した。

来てくれないまま2年が過ぎて、やっぱりわたしはそれが哀しい。
きっとまた会えるって思い続けたのに、とうとう叶わなくなっちゃった。

それだけのこと?
そうだよね。バカだよね。恋人でもないのにね。

でも今度はどうやってお部屋を探せばいいんだろ。
教えてよ。


「テスト受かったー」って嬉しそうな声であの人が電話をくれた。
悲しいまま、わたしは幸せになる。
悲しいのに、なんでこんなに大好きなの?






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猫と犬が降ってる - 2002年06月15日(土)

お昼休みに外に出ようとしたら、「すごい雨だよ」って外から帰って来たエマが言う。
「そんなすごい?」
「Cats and dogs!」。

ドリーンが「うちのおばあちゃんがよくその言い方してた」ってケラケラ笑った。
エマは、40前半に見えるけどほんとは60をとっくに越えてるナイスレディーなセクレタリー。あれって昔の言い方だったんだ。そう言えば実際に使われてるとこ、初めて聞いた。

「あたし日本の高校で習ったよ、その言い回し。」
「そっか。アンタ日本で英語習ったんだ。」
「ヤな言い方ってアタマに来てた。」
「なんで?」
「猫と犬が空から降るんだよ。みんな地面に撃墜して死んじゃうよ。残酷過ぎるよー。」
ドリーンとジェニーが笑う。
「そういうところに行く着くか。だめだよ、メタフォーをそういうふうに捉えたら。」
「じゃあどういうふうに捉えればいいの?」
「そんなの見たことない、想像もつかない、あり得ない、それほどどしゃ降りなんだなあ、って思わなきゃ。」
「そうなの? 見たことないほどってことなの? じゃあさ、猫と犬じゃなくたって何でもいいんじゃん。魚とゾウでも。」
「Itユs raining fish and elephants? う〜ん、ちょっと違う。ピンと来ない。」
「そっかなあ。結構よくない?」


そういうので昔はちょっと疎外感を感じてた。大人のなかに混ざった子どもみたいになる。わたしだけにわかんないこと、って。
昔のテレビ番組の話題とかになっても、わかんなくて淋しいなって思ってた。
今は平気になった。
何それ? なんでなんで? って子どもみたいに聞いても、とんちんかんな返事をしても、みんな笑いながらちゃんと教えてくれるから平気になった。


だけどひとりぼっちには慣れない。
いつまでたっても慣れない。
ひとりで街を歩いて、
ひとりでカフェに座って、
ひとりで車を運転して、
ひとりで音楽を聴いて、
ずっとそうやってひとりの時間を過ごしてるのに、慣れない。

胃がきゅうっと捻れたまんまで、その痛みに慣れない。

この広い国のどこにも家族だっていやしないけど、
書類の「緊急連絡先」の欄に書き込む名前も住所もないけど、
そんなことは多分大したひとりぼっちじゃない。

大好きな人がいて電話で声が聞けるけど、
何をしてても遠い遠いその人を想ってる
そういうひとりに慣れないよ。


「『猫と犬が降ってる』なんて、ひどいよね」。
そう言いながらチビたちを抱き上げて、
顔の真ん中くちゃくちゃにして耳をへしゃげてるのに、キスしまくる。


週末は嫌いだ。


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キラキラ - 2002年06月13日(木)

メイリーンのおばさんが、ベイスメントを借りてくれる人探してるっていう。
昨日、見せてもらいに行った。
家賃が安い上に光熱費も水道代も込みだから、どこにもアパート見つからなかったときのためのバックアップにしようと思ってたけど・・・。
ベッドルームはここの半分くらい。リビングルームは3分の2くらい。キッチンは3分の1くらい。クローゼットなし。
贅沢言ってらんないかもしれないけど、ここにあるもの全部入れたら半分以上塞がってしまいそう。
それに、ベースメントにしても窓が小さすぎる。
天井も低い。
バスタブがなくて、シャワーだけだし。

ぎゅうぎゅう詰めのところで、外が見えない窓からお庭の草を眺めて、アワアワのお風呂にも入れなくて息が詰まりそうになって暮らしてでも、生活費をうんとセーブ出来るメリットを取るべきなのか考える。

だめだ。
住む空間って大事だもの。
例えば、あの「住みたいところ」はあきらめられても、生活のスペースは妥協出来ない。
外から帰って来たときに、ああわたし素敵なお部屋に住んでるな、って思えなきゃいやだ。ひとりで暮らすんだから、なおさら惨めな思いはしたくない。
ぎりぎりでもやっていける範囲で、納得出来るとこ見つけなきゃ。

あの場所には固執しないことに決めた。
病院から今より近いところなら、少なくとも通勤時間がセーブ出来る。
そして今より賑やかなところなら、淋しくない。
家賃が上がってここに住めなくなる以上、
環境をいい方に変えて、自分の時間を増やして、わたしはもっと生き生きと暮らしたい。
「僕の電話ばっかり待ってなくていいんだよ。きみはきみの生活をしてて」。
あの人はそういうけど、待っちゃうんだから。
だけど、そんなの嬉しくないよね。
わたしが自分の時間を生きてなくちゃ、あの人は安心出来ない。


Dr. バークが、彼女が住んでる辺りがいいとこだから週末に案内してくれるって言う。ナースのナターシャが、自分のアパートのビルに空いてる部屋があるらしいから管理人さんに聞いといてあげるっ言ってくれる。

「7月の終わりまでに見つかんなかったらどうなるの?」ってミズ・ベンジャミンが聞く。
「猫ふたりと、とりあえず野宿。」
リースを更新しない手続きをもう済ませたから、ここは7月いっぱいで出て行かなきゃいけない。
「アンタこないだ失業しかけたと思ったら、今度はホームレスになるの?」だって。

シャレになんないんだってば。恐くなるからやめてよ。見つかんなかったらどうしよう?
暢気なんだか強気なんだかいつも「何とかなるよ」って思ってきたわたしは、一体どこに行っちゃったんだろ。


あの人が「これからテストだから、頑張ってって言ってー」って電話してきた。
キーボードのインストラクターの資格をアップグレードする試験を受けるらしい。
昨日までの意地悪な気持ちが一気に吹き飛ぶ。
「頑張って。・・・ドキドキしてる?」
「ドキドキしてるよー。落ちたらどうしよ。」
「大丈夫だよ、あたしがついてるから。絶対受かるって。あたしが受からせてあげる。」
スゴイこと言っちゃった。
あの人は「フフフフ」って笑った。
でも大丈夫なのはホントだよ。

やっぱりわたし、あの人に愛をいっぱい届けていなくちゃいられない。


いつでもキラキラ生きてる人。
わたしもキラキラ生きたいよ。

別々のとこで、別々のことしながら、ふたりで別々に輝いて生きていたいな。
そうすれば遠くにいても、見えるよね。
わたしにいつもあなたが見えるように、あなたにもわたしが見えるよね。
キラキラ生きられる場所、見つけなきゃ。


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教えてあげない - 2002年06月11日(火)

「家の電話にかけ直してくれる?」ってあの人が言った。

なんで?
あの人は昨日もおとといもその前の日も家からかけてくれて、「かけ直して」って言わなかった。だけど国際電話の請求書は親に見られるから、そんなに頻繁に長電話は出来ない。
わたしが家の電話にかけると、携帯にかける3分の1の料金で済むから、たくさん話せる。

なんで家の電話にかけ直してって言ったのかな。
昨日、真剣な声で気持ちが冷めてきたみたいなこと言ったから、そのこと?
なんかほかに、長くなるような話があるのかな。

そんなこと思いながらかけ直したら、
あの人はいつもとおんなじように、普通のことを普通に話した。

なんだなんだ。わたしが言ったことなんか、本気にしてないんだ。
わたしは真剣に、来年の夏までに少しずつ気持ちを離して行かなくちゃって思って、
嫌いって言ったら少しは嫌いになれるような気がしたのに。


うん、うん、って気の抜けた返事をしながら
我慢してたのに笑っちゃった。
いつのまにかあの人のペースに乗せられて
バカなおしゃべり一緒になってしてた。

全部お見通しかあ。
わたしがあの人を嫌いになったりしないって。
そんな話を真剣に相手したら、「嫌い」がどんどんわたしの口をついて出てくるだけって。
ほんとは大好きなくせにさ、って。

そうだよ。嫌いになんか少しだってなれないし、
あなただって想いを止めることなんか出来ない。
わかってるじゃんね、そんなこと。


あの人はまた音楽の話を夢中で始める。
それから、ああほんとに僕はこれが生き甲斐だなあ、今の生活が満足だよ、って言う。
「だけど結婚するんでしょ?」って何気ない声で聞いた。
「わからない。今は考えてない。曲作ることでいっぱい。」
「だけど、結婚したいんでしょ?」って、ほんとに聞きたいことをおんなじ声で聞く。
「ん〜。・・・あのさ、正直言ったら、したくない。」


正直な気持ちなんだろうな。
愛してることと結婚したいことは、いつも一緒なわけじゃない。
大丈夫。わかってるから、大丈夫だよ。
「したい」って言われたら泣いちゃうけど、「したくない」って言われても喜んだりしないし、そんなこと言っててもちゃんと結婚するってわかってるから。

「この間、久しぶりにカレのとこ泊まっちゃった」って、いつもの作り話のふりしてホントのこと言った。平気で言えちゃうなんて、ドクターのこともうあんなふうに好きじゃないからだって思った。あの人はその日の「カレ」があのドクターだなんて思ってないけど。「カレ」を信じてるのかどうかもわかんないけど。

でも、「そんな話しないでよ。これから仕事に行くのに、仕事に集中出来ないよ」って言った。

わたしだけあの人ひとりを愛してるなんてちょっと悔しいから、いいの。
あの人には愛する恋人がいて、わたしにもカレがいるふりをして、
わたしとあの人は恋人同士じゃなくて、そんな愛し合い方してなくて、
だけど想い合ってる。それでいいじゃん。


恋人になれないこと、いつのまにかね、わりと平気になったかもしれない。
わたしだけが、やっぱりあなたひとりだけを愛してるけどね。
ほんとにわかってないのかな。
でも、教えてあげない。


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焦ってる - 2002年06月10日(月)

今日ね、わたしの病棟で日本人の患者さんに会ったんだよ。
昨日入院した子でね、日曜出勤だったジェニーが診たんだけど
今日もう退院することになったから、わたしは診なくてよかったの。
でも日本人の女の子だったから思わず診に行っちゃった。

緊張した。おかしいでしょ?
でもなんかすごく嬉しかった。
初めてだよ、日本人の患者さん。
友だちが付き添っててね、彼女たちも嬉しそうだったよ。
安心してた。違うのかな。そう見えたけど。

あなたに話したかったの。
でも話さなかった。

「今日は仕事どうだった? 忙しかった?」
っていつもみたいに仕事のこと聞いてくれたのにね。



自分の気持ちがわけわかんないってことない?
何だろ、この気持ち、って。
そういうとき、気持ちに名前をつけて呼んだら、呼ばれた気持ちがついて来るんだよ。
「淋しい」って呼んだら「淋しい」がついて来る。
「悲しい」って呼んだら「悲しい」がついて来る。

だから「嫌い」って呼んでみた。
何度も呼んでみた。


半分だけついて来て、もっとついて来いって思ってたら
あの人が哀しそうに言った。
「なんで急にそんなこと言うの?」。



わかんないんだよ。この気持ち。
だけどもう、「淋しい」とか「悲しい」に押し潰されたくない。
「不安」っていうやつなのかもしれない、色んなこと。
でもそれも呼びたくない。ついて来て欲しくない。

嫌いじゃない。嫌いじゃない。嫌いなんかじゃない。
「嫌い」は途中までついて来たけど、帰ってっちゃった。

ついて来てくれたらよかったけど。
そしたらちょうど「普通の好き」くらいになって、
このまま会えなくても平気になれて
あの人が結婚するときに「おめでとう」って言ってあげられるのに。

あと1年しかないから焦っちゃうんだよ。


ああ、これかもしれない。
わたし、焦ってる、




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壊れた天秤 - 2002年06月09日(日)

昨日は夕方から、トレーシーとディアドレとごはんを食べに行った。
おとといの母の電話のせいでちょっと行く気が失せてたけど、
前から約束してたのに急に行かないなんて、言い訳考えるのが億劫で、結局行った。

ビーチ沿いにあるシーフードのレストランは素敵だった。
入り江に浮かぶヨットとキラキラ光りが揺れる水面を眺めながら、ここの海もそう悪くないかって思った。
東にどこまでも続く海岸沿いの道路。あの人乗っけて車で走りたかったな。

トレーシーとディアドレに久しぶりに会ったことより、プローンがおいしかった方が嬉しかった。
結婚記念日だったんだ。思い出して、ちょっと無駄遣いしたかもしれないけどアニバーサリーのお祝いってことにしよ、って勝手に決めた。
毎年ひとりでお祝いするよ。記念日なくすなんて、淋しいから。
最初の結婚の結婚記念日は覚えてないけど。ほんとだ。ほんとに覚えてないや。


今日はアパートを見に行った。
ちょっと駅から外れてるとこだから、これもあんまり行く気がしなくなってたけど、
あの辺りのアパートがどういう感じなのか知りたくて、結局行った。

1ベッドルームのはずだったのに、行ってみたら小さなストゥディオで、とてもじゃないけど住めそうにない。あれであの家賃だなんて、あの辺りはそんなモンなのかなって心配になる。
大丈夫かな。見つかるのかな。34th アベニューがいいなあ、なんて通りまで限定したりして、すっかりその気になってるのに。


incubus なんか聴いてみる。
ひとりで踊る。
バカみたいに、CD 12曲全部踊った。
暑くなって途中でジーンズ脱いで踊った。
重たいもの、汗と一緒に飛んでっちゃえって、踊った。
軽くなった軽くなった、って思ったのに、
EMINEM 聴いたら重たいのが戻って来ちゃった。
EMINEM 聴いて重たくなるってどういうこと?


朝のあの人の電話さえ、悲しかった。
アメリカ来たときわたしに本を買ってくれたらしくて、送ってくれるって言った。
なのに悲しかった。
いつものジョークにも笑えなかった。
タイソンの試合のこと聞いてたけど、答える元気がなかった。
会えないことがまた辛くなった。


悲しいことと、嬉しいこと。
淋しいことと、楽しいこと。
苦しいことと、幸せなこと。
悪いことと、いいこと。

あの人はいつも左側に乗っかってるけど
時々ものすごい勢いでジャンプして右側に飛び移ってくれる。
ゆらゆらゆらゆら揺れながら、それでバランス取れるはずだったのに、

わたしの天秤、壊したの誰?


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現実 - 2002年06月08日(土)

郵便受けに入っているのはジャンクメールと請求書ばっかり。
請求書にどきっとして、ジャンクメールを見たらホッとする。
机の上に請求書を並べて、優先順位を決める。
先月払わなかったから2ヶ月分になってる電気代とケーブル代が最優先。
病院の駐車代を払わなきゃいけないから、
電話代は来月に回すことにする。
州の資格登録費もまだ払えそうにない。
明日は家賃を払わなきゃ。

これがわたしの現実なんだってため息ついてたら、電話が鳴った。
母からだった。
様子がおかしい。
ごくんと唾を飲ん だけど、違った。妹はちゃんと生きてた。
だけど・・・。
母がお金を騙し取られたって言う。
妹の夫に。正確には妹の夫を騙したヤツに。
妹の夫が死んでから全てがわかったらしい。
病気で働けない妹と、何度も手術をして爆弾を抱えながら生きながらえてた妹の夫と、そんなでもふたりが生きててくれてることを支えにしてた一人暮らしの年老いた母。
弱味につけ込んで3人を罠にかけて母の離婚の慰謝料をまるごと騙し取ったヤツは、誰でも知ってる大手企業の社員だった。会社が後ろ盾していた。

あの気丈な母が涙声になってる。
心配かけまいと、わたしには言えなかったって言った。
妹は夫が死んでから病状が悪化したのに、通っていた病院でもとうとう治療を拒否されたらしい。それ以来「死ぬ」「どうせもう長くない」「死にたい」を繰り返してるっていう。

騙される方が悪いなんて、わたしには言えない。
病気の娘夫婦を何とか助けてやりたい一心だった母の心情を察したら。
死にたいなんて言う妹はバカだ、とも思えない。
何年も何年も体が自由にならずに、夫は死んで、母が自分のせいでお金を騙し取られて、病院から見放されて、いったいどうやって生きる望みを持てるだろう。
夫のもとに逝かせてやった方が幸せなんじゃないかと思ってしまう。
だけど母はどうなってしまうだろう。

腹立たしい。
騙したヤツもそそのかした会社も、
そんな犯罪を野放しにしてる日本の社会も腹立たしい。
日本の医療が腹立たしい。
弱い者が決して救われない国。

けれど、それが現実。


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キス - 2002年06月06日(木)

昨日、またあの「住みたいところ」に行ってきた。
このあいだ行ったメイン通りから外れたいくつかの大通りも見てきた。
図書館があった。映画館もあった。
オープンハウスしてる賃貸アパートがあって、そこを見に行くはずだったのに、
住所の31ストリートを31アベニューと間違えちゃってその上31と21を間違えて、
車でウロウロしてるうちに時間に間に合わなくなった。
仕方ないからカフェでサンドイッチ食べてコーヒーを飲んでから、
不動産屋さんに一軒行ってみた。
相場よりコミッションが高かったけど、登録だけした。
なんとか不動産屋さん通さずに見つけなきゃ、ブローカー費がもったいない。
見つかるかなあ。まだ時間はあるけど・・・。

帰ったらジェニーが電話をくれた。
ジェニーは「ごはん食べたの?」って聞く。
「あたしは今日はお魚料理して食べたよ。ってホントはおねえちゃんが作ってくれたんだけどさ。アンタは何食べるの? 食べなきゃダメだよ」、「金曜日あたし休みだから、ビーチ行く?」、「考えたらダメ。仕事はみんなでちゃんとアンタの病棟カバーしてるからさ」って、
あったかい。

ローストココナッツをまぶしたマシュマロがおいしくて、そればっか食べてたけど、
ちゃんとごはん食べよっかって思って、昨日は珍しく和食を作った。
っていっても、まえーに父が送ってくれた真空パックの五目釜飯とインスタントの練り味噌のおみそ汁。国家試験受ける前に「陣中見舞い」とか言って送ってくれたヤツ。一緒に送ってくれた味付けのりを細く切ってごはんにのっけて、乾燥ワカメをおみそ汁に足して、殻付きの山椒を胡椒挽きで挽いてかけたら、おいしかった。
ものすごい久しぶりの日本食がホントにおいしかった。全部賞味期限切れてたかもしれないけど。

昨日はレコーディングの最終日だから電話出来ないと思うってあの人は言ってた。
やっぱり電話はかかってこなかった。
雨が降り出して、日曜日のドクターのキスばかり思い出してた。
治りかけのかさぶた、自分で剥がしちゃったよ。平気だと思ってたのに、疼く。

あの人にかさぶた剥がしたところ舐めてほしくて、たまらなくなった。
あの人が日本に置いてった携帯に「声聞きたいよー」ってメッセージ入れようとかけたら、「お客様の都合により・・・」って機械のおねえさんが言った。携帯代支払わずにアメリカ来ちゃったんだ。
悲しくなった。チビたちが一緒になってミャアミャア鳴いた。


おとといはフィロミーナが電話をくれた。
その前はドリーンが電話をくれた。
みんな心配してくれてた。強制休暇中のわたしのこと。

今朝、弁護士さんから電話があった。
審査にパスしたって。
よかった。
そのまま病院のボスに電話を繋いでくれて、わたしは明日から仕事に戻れることになった。
よかった。

よかったのに、なんか変。まだかさぶた掻きむしられてるよ。

あの人のキスを思い出そうとしてるのに、ドクターのキスが被さってくる。
もういいよ。もういいよ。もういいよ。
あの人の声が聞きたい。キスして。
電話のキスが欲しい。





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カッコワルスギ - 2002年06月04日(火)

アラームにセットしてあるラジオが鳴って、目が覚めた。
ドクターはそれを止めてわたしに微笑んだあと、バスローブをはおってひとりでシャワーに行った。前みたいに一緒に行こうって手を取ってくれなかった。わたしは借してくれてたTシャツを被って、ベッドに座る。ひとりお部屋に取り残されて、手持ちぶさたになった。ちょっと淋しかったけど、バカ平気じゃんって自分に言い聞かせる。元に戻ったんじゃないんだからさ。でも「ディグレイディッド」なんて言葉が浮かんだりした。

手持ちぶさたで時間を持て余した。ドクターはなかなか出て来なくて、もうわたしはシャワーいいや、って洋服を着ることにした。ブラは見つかったけど、パンティが見つからない。探してると、ドクターが戻って来た。

「何探してるの?」「パンティ」。ドクターは脱がしたらどこにやっちゃうかわかんない。いつかも、マットレスとスプリングの間に半分挟まってた。今度はどこにもない。わたしは部屋中パンティを探して、ドクターは着ていくパンツにアイロンをかけてた。

諦めてまたベッドに座る。ドクターは光沢のある明るいグレイのシャツを、カーキのコットンパンツに合わせて着た。それからパープルのネクタイを取り出して、「これ合う?」ってわたしに聞く。「合うよ、いいじゃん」って言ったら、「タイない方がいい?」って聞く。「ドレスコード、ネクタイ必須なの?」「やっぱした方がいいかな」「あたし好きだよ、そのタイ。合ってる」。似合ってる。

パリッとシャツを着て、タイを手早く綺麗に結んで、茶色いベルトを締めて、髪をジェルで無造作に仕上げて、ピカピカのあのドクターが出来上がった。やっぱりカッコイイと思った。おしゃれだと思った。目を細めて見上げる。顔がほころんでくる。「カッコイイね」って言ってあげる。

「用意出来た?」ってドクターが聞く。「パンティがないの。パンティ履かずに外歩くなんて、あたしの人生で一度だってないよ」「人生で? そりゃ嘘だよ」「ないって。あなたはあるの?」「あるある。洗濯間に合わないとき。さ、行くよ?」。

パンティ履いてないのに。それより、抱きしめて欲しいなと思った。でも言えなかった。もう半分の恋人でもステディじゃないガールフレンドでもなんでもないし、シャワー浴びてないのに触れるとピカピカのドクターが汚れちゃうって思った。

一階まで降りたら、ドクターは「僕はランドリー取りに行くから」って、ランドリールームに続く廊下の端っこで立ち止まった。「見つけたら電話するよ」。パンティのことだった。前みたいに腕を引き寄せてキスもしてくれなかった。「気をつけて運転しなよ」も言ってくれなかった。ちょっとだけ混乱して顔を見てたら、「見つけたらちゃんと返すって」って笑った。

「うん、じゃあね、バイ」。微笑んで、ひとりでロビーに出た。ロビーからひとりで玄関を出た。外から、通り側にあるランドリールームにちらっとドクターが見えた。


車のところまで歩く間、パンティ履いてない下半身と一緒に、胸もスースーしてた。だけど車を走らせたら、もうオカシナ感傷は消えていた。あの日ボロボロになりながら走ったあの高速を、今塗り潰しながら運転してるんだ。なんてちょっと思ってみたりもしたけど、そんなバカげたシリアスネスも風に飛んで行った。

パンティ捨てちゃってよ、なんても思わないし、郵便で送ってね、とも思わない。
会って抱き合うなんてよくないからもうよそう、そんなことも思わない。

でも絶対返してよ。お気に入りなんだから。取りに行くから、また会おうね。
ヤリたくなったらヤッちゃえばいいじゃん。わたしもヤリたくなってあげる。
ドクター、かっこよすぎ。何にも縛られないで、自由。自由に生きてる。
free to live.   free to need.   free to go.  free to come?
free to love.  free to lead.   free to own.  free to junk.
真似したいよ。見習いたいよ。



今朝はあの人の電話で起こされた。ほとんど眠ったまんまで、何話したんだかあんまり覚えてない。
「あさって日本に帰るんだ。帰ったらすぐ電話するね」ってあの人が言って、
わたしは「明日は?」って甘えた。
切るときに「じゃあね」ってあの人が言って、
わたしは名前を3回呼んでから、「ここまで来て」って半分眠ったまま泣いた。

あの人を愛してる。
あの人から自由になれない。
あの人がいなくなったら、もっと自由になれない。
わたし、カッコワルスギ。


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再会 - 2002年06月03日(月)

セックスがしたかっただけなんだろうな。


ゆうべ、あれからドクターからコールバックがあった。
お昼の話の続きをしてから、今夜なんか予定あるの? って聞かれた。ないよって答える。
「じゃあ来る?」
「今から? いいけど。どこに?」
「うち。」
「おんなじとこに居るの?」
「おんなじとこだよ。」
聞き取りにくくて、「どっからかけてるの?」って聞いたら、「今うちに帰ってる途中」って言った。電話番号が不通になってた理由がわかった。うちの電話はずして携帯にしたんだ。
「部屋の番号覚えてる?」
覚えてたけど、忘れたふりをした。明日の朝早いから遅くまで起きてられないけど、ってドクターが言う。今仕事が出来なくて強制休暇なんだって話をしてたから、わたしは明日も仕事がないことドクターは知ってる。

シャワーを浴びて、濡れた髪のまま車に乗った。日曜日の夜も高速は渋滞で、1時間半かかった。そのあいだに髪は乾いた。いつも車を停めてた辺りにちょうどひとつ空いてるところを見つけて停めて、口紅をつけようとしたら口紅がなかった。顔色が冴えなく見えたけど、こんな気取らない顔で再会するのもいいかってなんとなくそう思った。グロスがあったからそれだけ塗ったら、ヌードの口紅つけてるみたいで悪くなかった。もう10時だった。

ドクター用のアパートの玄関はロックされていて、焦った。セキュリティーに ID 預けるのはイヤだった。携帯の番号知らないし、ペイジャーの番号覚えてないし、公衆電話の前をどうしようかってウロウロしてから戻ったら、誰かがドアの内側にいて中から開けてくれた。「ありがと」ってニコッと笑って、住人のふりして入って行ったけど、心臓が破裂しそうだった。ものすごく悪いことしてるみたいな気分だった。

ドクターは何気ない笑顔で迎えてくれて、わたしは思いっきり可愛い笑顔を見せようと思ってたのにまだ胸がドキドキしてて笑えなかった。「下のドア、ロックされてたの。誰かが開けてくれて入れたけど、恐かった。まだドキドキしてるよ」って胸を押さえて言った。違う意味でドキドキしてると思われたらやだなって思った。

「久しぶりだね」って、友だちみたいに軽くハグし合って、あれからどうしてたの? フランチェスカはどうしてる? そんな質問に、相変わらず B5 をメインでカバーしてることやフランチェスカがかわいくて最近好きなことを答えて、普通に話をした。

ほんとに何事もなかったみたいに、何も特別なこと話さずに、半年ぶりに出会う友だち同士みたいなおしゃべりをしてた。テレビで NBA をやっていて、ちょうど LA LAKERS が勝って終わったとこだった。Kobe Bryant が病院の駐車場のおにいさんに似てるなって思ってた。おにいさんを1.5倍カッコよくしたみたいだな、唇の左端上げて喋るとこが似てるな、とか。

ドクターがわたしの肩を抱いてキスした。吸い込まれるみたいに返して、何度も何度も短いキスを繰り返した。特別な感情が何もなかった。ただ、前と同じに優しいキスと、優しいくちびるがなつかしかった。大好きだったドクターのキス。前みたいに首に抱きついて、ドクターの喉にくちびるを押しつけて、ちょっと興奮してる素振りを見せた。

そのまま抱かれた。ときめきも情熱も罪悪感も殆どなかった。友だち同士でセックスするとこんな感じなのかなって思った。セックスフレンドってこういうのなのかなとも思った。慣れた体がなんとなく安心で、安心して感じ合ってるみたいな、そんなふうだった。そしてそれが素敵だった。それが素敵で、どんどんのめり込んで行った。ドクターはたくさん感じさせてくれて、わたしもいっぱいしてあげた。ドクターの表情を見ながら、もっと感じさせてあげる、もっと気持ちよくしてあげる、って思ってた。BGM はまだ騒ぎ立ててる LAKERS の試合後のインタビューだった。ドクターは途中でボリュームを大きくした。そんなことに笑ったりしながら、何回も抱き合った。

「泊まってく?」ってドクターは聞いた。夜中なら高速はすいてるけど、明日の朝はまた渋滞だしなあって思った。「帰った方がよくない? 邪魔じゃない?」「邪魔じゃないよ、ひとりで起きてるわけじゃないだろ? 起きてるの?」「ううん、寝るよ」「じゃあ一緒に寝ようよ」「じゃそうする」。ドクターは腕枕をしてくれて、LA で買う車のことを話した。「MR2 好き?」ってドクターが聞く。「コンヴァーティブルってどうかな。きみ乗ったことある?」「あるよ。気持ちいいけど、あれさ、時々暑いんだよね、頭が」「持ってたの?」「ううん、友だち」「男? 女の子?」「女の子」「何乗ってたの?」「ラビット・・・だっけ?」「フォルクスワーゲンか」「うん」。LA で MR2 のコンヴァーティブル。らしいなって思う。「あなたなら似合うよね」「でも実用的じゃないよな」「まあね。だけどトヨタだし」『日本車は信頼出来る』。同時に言う。「日本人もね」って言っちゃってから、ちょっと後悔した。わたしは「嘘つき」だったんだ。でももうどうでもいいんだろうなとも思った。

ドクターは自分の胸の上でわたしの右手を握ってた。握ってた手を導いていった。それから頭も押しやって促した。睡眠薬代わりかなって思ったけど、平気だった。何度も達しそうになりながら、その度にドクターはわたしの頭を少し離した。「Do you wanna come?」って聞いたら「I wanna come」って言った。「どうやって?」「このままきみの口の中で」。

果てたドクターは眠りかけた。わたしは眠れなくなって、ドクターの名前を呼んだ。前みたいにじゃなくて、みんなが呼んでる呼び方で。「なに?」「あたしももう一回行きたい」「どうやって?」「あなたは疲れてるでしょ? 自分でする。いい?」。平気でそんなことが言えた。ドクターは笑って「いいよ。きみ、おもしろいね」って言った。わたしはドクターの右腕に左腕でしがみついた。自分で驚いたけど、全然平気だった。吐息を漏らしたら、ドクターが「僕がしてあげるよ」って体を起こした。「いいよ、疲れてるから」「疲れてるけど、いいよ」。すぐにイッちゃった。「早いなあ」ってドクターが笑う。「うん、だってあなた疲れてるから、頑張ったの」「スピード違反だよ」。ドクターはわたしを抱き寄せて、「これで眠れる?」って聞いた。笑いながら「うん」って答えて、そのまま眠りに落ちて行った。



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やっぱり切れない - 2002年06月02日(日)

あの人が電話をくれた。
アメリカに来てた。
昨日までレコーディングで忙しかったって言ってたから、2日くらい前にはもうアメリカにいたみたい。空港に着いてから電話したけど繋がらなかったって言ってた。ずっと話してないみたいな気がした。なつかしかった。まるで、うんと前に別れた恋人からの電話みたいだった。
アメリカにいるあの人を想うのは嬉しい。
おんなじ国にいるってだけで、嬉しい。
優しかった。アメリカにいるあの人は、何故か違うふうに優しい。
何度も「元気?」って聞いてた。
あんまり元気じゃなかったけど、わたしも優しくなれた。


昨日、ジェニーが誘ってくれて、踊りに行くことになった。
25歳以上の年齢指定のクラブってジェニーの友だちから聞いてたお店は、クラブっていうよりダンスフロアのあるレストランだった。取りあえず食べることにした。食事は予定に入ってなかったけど、踊るより食べるのがメインの場所じゃあ仕方ないし。

ロシア系の美形ウェイターが仰々しく並べ立てる今日のスペシャル料理を最後まで聞いたのに、アントレをすっ飛ばしてアペタイザーとデザートだけ注文した。凝った盛りつけのアペタイザーは、綺麗で美味しかった。お上品な量だったけど、食べたらそれだけでおなかいっぱいになるくらいボリュームがあった。

結局踊らなかった。
オールディーズの音楽は果てしなくオールディーズだったし、聴いてる分にはいいけどフロアに出る勇気がなかった。「こういうとこで踊ると肩凝るよ」って言いながら、踊らないでおしゃべりを続けてた。

ジェニーの大学時代の友だちって子が、妹の白人バージョンだった。ほんとによく似てた。おしゃべりしながら、普通に元気だった頃の昔の妹のことを思い出してた。あれから連絡がない。引っ越し先の電話番号をわたしは知らない。ちゃんと元気でやってるんだろうか。母からも電話がない。母の引っ越し先もわからない。わたしが引っ越しちゃったら、もう連絡の取りようがなくなる。このままお互いの居所がわかんなくなっちゃうんだろうか。母とも妹とも、もう切れちゃうんだろうか。前の住所に手紙を出したら、新しいとこに転送してくれるんだろうか。わかんない。

80ユs とか 70ユs の曲の話をしながら、「今の音楽はなんて呼ばれるようになるんだろうね」「ミレニアムズ?」「ミレニアミーズ?」なんて言い合う。もっと経ったら未来の音楽が 30ユs とか 40ユs とかって呼ばれるようになって、未来の 50ユs が今の 50ユs とごっちゃになって「どっちの 50ユs ?」なんて聞くような人は誰も生きていない。でももしかすると、未来の 50ユs は今の 50ユs おんなじような音楽なのかもしれない、とか、段々ややこしくなる。

別のお店に踊りに行くことになったけど、ジェニーが急に具合悪くなっちゃって、やめて帰った。「悪いよ」ってジェニーは言ったけど、熱っぽい顔して体がだるいって言ってるのに踊りに行くわけにいかない。


アップタウンはちょっと痛かった。「思い出しちゃうよ」って言ったら、ジェニーに呆れた顔でバカって言われた。この間電話があった話をしたときも、怒った。「ジェニーったらまだ怒ってるんだ、ドクターのこと」「当たり前でしょ? アンタあのときどんなになってた? ずっとごはんも食べられなかったじゃん。アンタをあんなにしちゃったヤツだよ?」。だからもう何も言えずに、車の中から街並み見ながら、ひとりであの頃の会話を断片的に思い出してた。


あの人からの思いがけない電話が嬉しくて、そのあと魔がさしたみたいに、ドクターのペイジャーの番号を回してた。わたしの中で、今だにどこか重なってるんだ。ドクターはすぐに電話をくれた。まだこの街にいた。 LA には来月行くって言ってた。電話が解約されてた理由は聞かなかったし、新しい番号も聞かなかった。多分ドクター用のアパートの契約が終わって、最後の一ヶ月を別のところで暮らさなきゃなんなかったんだろうなと思う。ドクターも「元気?」って何度も聞いてた。仕事中だったみたいで、10分ほどおしゃべりして切った。「また電話するよ」って言ってた。

もうきっと会うこともない。
でも、こんなふうに切れていくなら、いい。
友だちになれなくても。

あの人は?
多分もう会うことはない。
9月には絶対行くからなんてまた言ってるけど。
でも、やっぱり切れない。切れない。

あの人の結婚がちゃんと決まったときに、
もう一度考えよう。


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