ラッキーマン - 2003年01月31日(金) 今週も長かった。やっと金曜日が終わった。 ジェニーがおうちのディナー・パーティーに招待してくれて、ものすごく疲れてたけどもちろん二つ返事でオーケーする。 まだ会ったことなかったジェニーの従兄弟と素敵なおばさんが今日は来てて、またお料理のお手伝いしながら、初めて会う人たちなのにキャーキャー話が弾む。ジェニーんちは親戚が多くてとても仲がいい。歳が全くバラバラなのに友だちみたいに仲がいいのは、上下の隔たりのない英語って言葉のせいなのか、年齢的な上下関係にうるさいルールのない文化のせいなのか、単に仲のいい親戚だからなのか、そのミックスなのか、わかんないけど時々そういうことが不思議になる。ジェニーの家族に限ったことじゃないけど。 それに、ジェニーとステファニーはきょうだいっていうより友だちみたい。どこのきょうだいも大抵そうで、「お姉ちゃん」とか「妹」ってワンワードがないせいかなって昔からよく思ってた。「My sister is younger than me」なんてのを、翻訳家の人は何て訳すんだろって思ったり。どっちが上とか下とか、まるで関係ないしあんまり意味がない。 わたしの家族は親戚が特別少ないわけじゃなかったけど、一回しか会ったことない従兄弟なんていっぱいいる。顔も覚えてない。年に一回くらいは義務だけで会ってたような従兄弟たちにも、大人になってからは全く会わなくなった。親戚って大嫌いだった。一緒にいても別に楽しくないし、気ばかり使わなくちゃいけなくて。 もう15年くらい会ってない、今どこでどうしてるのかも知らない自分の姉にも、いつも気を使ってた。妹にはいつも「お姉ちゃん」を演じてた。 うちが普通じゃないだけかもしれないけど、仲のいい家族や親戚が羨ましいっていうわけじゃない。全く赤の他人なのにすっかりその中に溶け込んでいられるのがただ嬉しい。「この子はアダプトした私の娘なのよ」なんて「アメリカのママ」がみんなに言うたびにちょっとハラハラしちゃったけど。 「明日はどうする?」ってジェニーの従兄弟が聞いて、「アイススケート!」って言ってみる。ジェニーは、寒いからうちとジェニーんちの間にあるインドアのアイスリンクに行こうって言ったけど、従兄弟はセントラルパークのがいいじゃんって言う。わたしはどっちでもいいや。あの人が来たときにはセントラルパークにアイススケートしに行きたいなって思ってた。 今日明け方にあの人から電話があった。 例のことはもうその女の子の家族に任せるしかないってことになったらしい。 かけもちしてたもうひとつの仕事もクビになっちゃってたらしくて、もともと精神疾患のプロブレムがあったっていう。病院の精神科で入院しなきゃって思ったけど、日本の病院じゃそれがいいとは言えない。 妹は鉄格子のついた小さな窓しかないジェイルみたいなお部屋で、鍵をかけられて入院してた。ここだとおうちみたいな病棟で、ナースもドクターもほかの病棟の比にならないくらいのあったかいケアをしてくれて、患者さんはみんな目に見えて変わって行くのに。 文化に歴史があることになんの意味があるんだろう。どうして今を見られないんだろ。なんで先を見ないんだろ。なんで根こそぎ変えなきゃいけないことを「無理」のひとことで片付けるんだろう。わかんないけど、違うかもしれないけど、どうでもいい歴史をずるずるずるずる引きずってるからのような気がする。まるで見当違いでもないと思う。 あの人は少し明るくなってた。今日はたくさん話せた。たくさん笑った。 マイケル・J・フォックスの「ラッキーマン」を読みたいって言ってた。 あの人と共通の好きなムービースターがあんまりいないのは、あの人の好きなのは男優ばかりでわたしの好きなのは殆ど女優だからなんだけど、マイケル・J・フォックスは一緒に好き。わたしは「Secret of My Success」のエレベーターのキスが好きで、でもそんなのより、どの映画っていうより、あの真っ直ぐさがいい。あの人がマイケル・J・フォックスを好きって言ったとき、なんとなくわかるって思った。 「ラッキーマン」をわたしも読みたいと思う。 PD は MS と同じ CNS 系の病気だから、マジェッドの病気のことを知ってから PD の患者さんへの思い入れも強くなった。もう7年も PD を抱えてるマイケル・J・フォックスが、どんな思いでどんなふうに、あんなに強くて明るく生きてきたのか知りたい。 でも読みたい一番の理由は、あの人と一緒に読みたいから。 2日おきくらいに雪が降ってたのが、少しだけあったかくなって雨に変わった。 もう2月。春が来る。 あの街は、もうプラムブロッサムがピーチブロッサムに変わる頃かもしれない。 - 誰の愛を祈れば - 2003年01月29日(水) いつもより2時間早く仕事に行く。 ナショナル癌センターから癌治療の監査が入ることになってたから。 わたしのメインのフロアは、癌の特別病棟を兼ねてる。 監査の前に、癌専門のアテンディング・ドクターと、キモセラピーのスペシャリストのナースたちと一緒に、癌の患者さんひとりひとりのメディカル・レコードをチェックしながら、治療と処方に不備がないか、患者さん教育が適切にされてるか、そういうのをディスカスして、患者さんのコンディションの情報交換をする。3時間もかかった。わたしはそのあと、癌患者さんの病室を順番に覗きに行く。メディカル・レコードだけじゃこんがらがってしまうことが、顔を見ればクリアになる。 朝早く仕事するのも悪くないなって最初は思ったけど、10時にもなればもうくたびれてる。監査はお昼前に入って、たったの20分で終わった。不備なしだって。よかった。申し分なしって、ナショナル癌センターの監査官ドクターは誉めてたらしい。ナースコーディネーターが、参加したナースひとりひとりと、わたしにまでハグをくれたけど、わたしの貢献度なんか微々たるもの。キモセラピーのスペシャリスト・ナースたちってすごい。一緒に仕事してること、すごい誇りに思ったよ。 今日はジェニーのママのバースデー。 いつもより2時間早く行った分、2時間早く仕事をあがる。それから病院の裏のお花やさんに、薔薇の花束を買いに行った。柔らかいベイビーピンクの薔薇が最初に目に止まったけど、花びらの内側が真っ赤で外側がクリーム色のも素敵だと思った。お店のおばさんに「どっちがいいかな」って相談したら、「どっちも綺麗だから両方にしなさい」なんて言う。これだからチャイニーズの商売はキライって思ってしまう。「ちゃんとどっちか勧めてくれなきゃどっちも買わない」なんてかわいくないこと言ってやったら、赤とクリーム色のがおしゃれって言われて、そっちにした。リボンを結んでもらって、大きな薔薇の花束抱えて病院に戻ったら、前からやって来た知ってるドクターに「男? 男? 男だろ」って言われちゃった。 オフィスのジェニーの机に薔薇を置いて、「ジェニーへ。これはママにだよ。アンタにじゃないよ。一本くらいアンタにあげてもいいけど」ってメモをつける。昨日作った「シアツマッサージ・ギフト券 only for ジェニーのママ」は、カードと一緒にお昼休みにジェニーに渡した。 帰りにディーナに会いに行った。母のことを聞いてもらってから、話したことをちょっとだけ後悔した。言われそうに思ってたことを言われちゃったから。それから、赤い薔薇を一本買いなさいって言われる。買って、うちで言われた通りにする。言われた通りのことを半分したけど、もう誰の愛をわたしは祈ればいいのかわからなくなった。 花びらを9枚千切ったあとの薔薇は、はじめからそういう薔薇だったかのようにまだ素敵で、あの娘の写真の前の花瓶に飾る。黄色い薔薇とベイビーカーネーションはもう枯れて、日曜日に捨てた。やっぱりあの娘は赤が似合う。くりんと上を向いた目が、可愛い可愛い愛おしい。抱き締めたい。 早起きしたから眠たくて、うとうとしたらイヤな夢を見た。 あの人が会いに来てくれたのに、わたしは避けてる。でも、場所がよくわからなかった。日本みたいだった。バフェスタイルのうどん屋さんがあって、あの人から逃げてそこに入って、「準備中」ってふだのついてるうどんを取って食べてたら、「それはまだ準備中なのに」ってお店の人に叱られる。後ろを見たら遠くのテーブルにあの人が座ってやっぱりうどんを食べてる。「準備中」のうどんを半分食べてお店を出てまた逃げる。 とうとうわたしを掴まえて、「なんで避けるの? 会いたくて会いたくてやっと会いに来たのに」って言うあの人に、「だって会ったって。会えたって、どうしようもないんだもん」って言ってた。目が覚めてから、泣きたくなった。わたしは誰からも一番の愛をもらえない。そんなことを思ってた。誰の愛を祈ればいいのかわからないなんて思ったせいかもしれない。日曜日にカダーに「嫌いになれる」なんて言ったからかもしれない。 あの人に慌てて電話をかけてみたけど、話せなかった。 ジェニーのママが電話をくれた。 薔薇の花束をものすごく喜んでくれて、「I love you」って何度も言ってくれた。「I love you。私はあなたのアメリカのママだからね」って。嬉しかった。 - わたしの知らない貴女へ - 2003年01月28日(火) 「ああー久しぶりだねー」って、あの人が疲れた声で言った。 ため息を引きずったような声だった。 例の女の子はまだずっとおかしな電話をかけてくるらしい。 よくわからない「捜査」はまだ続いてて終わらないらしい。 わたしの知らない人。 きっと貴女も苦しんでる。 だけどあの人を苦しめないで。 わたしの大事なあの人を苦しめないで。 どうか、どうか、どうか。 貴女のこともお祈りするから。 貴女の幸せもお祈りするから。 - I don't hate you - 2003年01月27日(月) 「きみは好きなだけ寝てればいいよ」って、ルームメイトが起きてお部屋を出て行く。 リビングルームからカダーとルームメイトのおしゃべりと、テレビの音が聞こえてた。 ほんとにテレビばっかり見るヤツって思った。もう目が覚めてたけど、わざとぐずぐずしながらルームメイトのお部屋を出て行かなかった。やっと着替えてバスルームに行って、顔を洗って、何もないから持ってたハンドクリームを顔につけて、洗面所のキャビネットの中にあるキューティップスに歯磨きペーストつけて歯磨きをした。 それからリビングルームに出て行ったら、ルームメイトが「How are you?」って言う。ちょっと心配してカダーを見たら、「Hi」って笑って言ってくれた。座ってるカダーの足元にしゃがんでにっこり笑って見上げた。 「Hi」 「まだいたの?」 「あたし大嫌いじゃないよ」 「知ってるよ。なれないだろ? 大嫌いに」。 だから言ってやった。「なれるよ」。 それから言った。 みんなが言うの。あなたは悪い男だって。わたしの気持ちなんか考えないで、わたしを利用してわたしのこと振り回して、わたしを酷く扱って、わたしを苦しめてわたしを悲しませて、それで知らん顔して、そんなヒドイ男、わたしが悩む価値もない。そんなとんでもないヤツ忘れちゃいな。そう言うの。みんなひとり残らずそう言うの。 ほんとは全部は知らないジェニーと、ちょっとだけ知ってるフランチェスカだけだけど。それから、カダーのことを話しては泣いちゃうわたしに「きみが泣くほどの価値なんかないよ」って言うマジェッドと。 だけどね、みんながそういう度に、いつもいつも思ってたんだ。あなたは心のうんと奥底でとてもあったかくて素敵な人って。ずっとそういうあなたを信じてたんだ。でもちょっと今思ってる。みんなが正しいのかなって。わたしは間違ってるのかなって。だから嫌いになれるかもしれない。 笑ってそう言ったら、「I hope so」って笑って言われた。 どこまでも意地悪で、どこまでもヤリたくて、わたしにコーヒーを煎れてくれたルームメイトがシャワーを浴びてる間に、カダーはまたわたしをベッドに誘う。突き飛ばしてやった。これからガールフレンドに会いに行くってまた意地悪言うから、「あたしも一緒に行くー」ってわざと言ってやったら、「怒らせるなよ。きみをひどい目に遭わせて僕を後悔させないでくれよ」なんて言う。「これ以上ひどい目に遭うことなんかないよ」ってまた突き飛ばしてやった。子どもの喧嘩みたいだった。 わたしの携帯が鳴った。ジェニーからだった。スキーのアウトフィットを一緒に買いに行く約束してたから。「今どこ? うん、行く行く。これからすぐ行く。近くまで行ったら電話するよ」。男からかかって来たふりしようと頑張ったけど、上手く行ったかどうかわかんない。リビングルームの大きな鏡の前に立って、パウダーファウンデーションをちょっとはたいて、口紅をつけて、「ねえ、変じゃない? 平気かな?」ってカダーに聞く。ちらっとわたしを見て「ヤー」って言った。「シャワー浴びてないからヤだな。いいかな」って、持ってたコロンを振りかける。 ルームメイトがシャワーから出てくるのを時計を見ながら待って、それからコートを着て「じゃあ行くね」ってカダーに言ったら「気をつけなよ」って笑顔でハグしてくれた。でもちゃんとしてくれないから抱きつこうとしたら、「口紅がつく」って引き離された。だから「つかないよ」って言って思いっきり抱きついてほっぺたにキスしてやった。「何すんだよ。またシャワー浴びなきゃいけないだろ」って、ちょっと本気で怒ってた。そしてほんとにシャワーに行った。口紅じゃなくてコロンのせいだと思った。 「また喧嘩したの?」って、ルームメイトが心配する。「平気平気」。そう言ってから、「あたし、帰るね」って言ったら、「きみが前よりハッピーそうで嬉しいよ」ってルームメイトが言った。「今度会うときはもっとハッピーになってなね」「うん、あたし多分もう平気」。ルームメイトは、あったかいあったかいハグをくれた。 多分、今度こそもう平気。 CD のパスはやっぱりもう要らない。 どっちの意味の「要らない」にしても。 なんだかものすごくすっきりした。 そしてやっぱりわたしは信じられる。 You are a beautiful guy deep deep down. So, I donユt hate you. I wonユt hate you. You know that, right? - I hate you - 2003年01月26日(日) カダーのルームメイトに貸してあげてる CD 2枚を、もう返してほしかった。 MoMA にカダーとルームメイトと3人で行った日の帰りに、ルームメイトがわたしから借りてった CD。それから何回かカダーのアパートに行ったとき、CD はいつも暖炉の上に置いてあった。「持って帰りな」ってルームメイトに言われたけどそのまま置いていたのは、それがカダーのアパートに行くためのパスのような気がしてたから。 だけど、パスはもう要らないってやっと思えた。「要らない」の意味が自分でもよくわからないけど、とにかくもうパスは要らない、そう思うようになった。 ルームメイトに電話して、取りに行く。 出迎えてくれたルームメイトが優しい笑顔でぎゅうっとハグしてくれて、 CD もらってすぐ帰るつもりが、あのアパートとルームメイトのあったかさに引き止められてしまった。 ルームメイトとおしゃべりしながらリビングルームの方に行ったら、「Hi」ってカダーの声がした。びっくりした。カダーはいないと思ってた。立ち上がって抱き締めてくれるカダーに、ルームメイトにあげたハグよりずっと力を込めて抱き締め返した。 もうこの前来たときみたいにナーバスじゃなかった。 カダーは「元気にしてた? どうしてた?」って何度も聞く。「元気だよー」って笑って答えたら、わたしの名前を何度も呼んで、「ちゃんと話してよ、どうしてるのか」って言う。別に取り立てて話すことなんかない。「最近のあたしはね、ハッピーライフ満喫なの」って、また笑って答えた。わたしのジーンズの膝の少し上を掴んで、「何だよ、この足。痩せたんじゃないの? ちゃんと食べてないんだろ。太らなきゃだめだよ」って言う。痩せてなんかもない。 電話がかかって来て、自分の国の言葉でしゃべる合間に「Itユs too late to go to City now, man」って英語が混ざってたから、「出掛けるの?」ってカダーが電話を切ってから聞いたら首を横に振る。「これからシティに行くにはもう遅いから?」って笑って、「イッティフ・ダウ」って意味もなく言ったら、「何それ?」って言われた。「電気を消して」っていう意味のカダーの国の言葉。のつもりだった。「イッフィー・ダウ」って直されて、「一体誰がきみに教えてるのさ? 言いなよ。誰だよ?」ってわたしの腕を掴んで引き寄せる。 「何飲む?」って聞いてくれてホットチョコレートをリクエストしたら、カダーも自分の分を作って一緒に飲んだ。ルームメイトがおなかがすいたって言って、カダーが「何か作ってよ。料理はきみだろ。なんにもないけど」ってわたしに言うから、もうどこに何があるか知ってるキッチンで GOYA のインスタントのカレーピラフを見つけて作った。作ってる間にカダーがお鍋のふたを開けて覗く。「ふた開けちゃだめじゃん」って怒る。 いつかみたいに3人でキッチンのテーブルでごはんを食べて、楽しかった。 それからテレビで「東西売春婦対決」なんてバカな番組見て、「男がセックスのあとに一番にやりたいことは何?」とか「男がやりたがるセックス行為は?」とかしょうもないクイズに一緒に答えて大笑いする。もう夜中の1時だった。 論文書きで忙しいルームメイトが、首と肩が痛くてしょうがないって言う。得意のマッサージしてあげてるうちにルームメイトはカウチの上で眠ってしまって、カダーは自分のベッドルームに行ってしまった。「ベッドで寝なよ」ってルームメイトを起こしてカダーのお部屋に行ったら、ベッドに座って本を読んでた。 カダーの国の言葉の本だった。「何読んでるの?」ってそばに座って不思議な文字の並んだ本を覗き込んで、これは何? これはなんて意味? とかじゃましてるうちに、「もうおしまい」ってカダーは本を閉じてわたしのからだを引き寄せる。胸を掴むから「キスして」って言ったら「キスしたくない」って言われた。「いやだ。じゃあやめて」。あんなセックスもういやだった。「なんでだよ」って強引にまだ引き寄せるカダーの腕をふりほどいて、「帰る」って言ったら「じゃあ帰りなよ」って言われた。 靴を履いてコートを着てバッグを持って、引き止めてくれるかなってちょっと期待したのに、カダーは「運転気をつけなよ」ってベッドルームを出て来て言った。思いっきりアッカンベーをしてやった。それからルームメイトのお部屋をノックした。「まだ起きてる?」って聞いたら「起きてるよ」ってルームメイトが答えた。ルームメイトのお部屋のドアを開けながら、「大嫌い」ってカダーに向かって言ったら「僕は大嫌いじゃないよ」ってカダーが言った。「あたしは大嫌いよ」って言って、ルームメイトのお部屋に入った。 ルームメイトにバイを言うつもりだったのに、クリムトのわたしの大好きな絵のポスターを壁に見つけて、「これ、あたしも好き。クリムトの中で一番好きなやつなんだ。いつから貼ってるの、これ?」って言い出したら、絵の話が止まらなくなって、コートを着たままルームメイトが横になってるベッドの端っこに座った。 「大丈夫?」ってルームメイトは聞いた。「平気だよ」って答えた。ほんとに別に平気だった。カダーと本気で喧嘩して気を紛らすために必死でおしゃべりしてるとルームメイトは思ったみたいだったけど、そういうわけじゃなかった。でも帰りたくなかった。 ルームメイトは「着替えなよ」ってTシャツを貸してくれた。「何もしないよ。喧嘩の腹いせに僕と寝るなんていやだろ?」なんてルームメイトが言う。「あたしは『やりたがり女』じゃないよ」って自分でもよくわかんないこと言ったのに、「わかってるよ」ってルームメイトが言った。 腕枕してくれて、ずっとおしゃべりしてた。カダーのことは何も話さなかった。ルームメイトの論文の難しい話とか聞きながら殆ど眠りかけたころに、ルームメイトがお手洗いに立って、それからカダーの様子を見に行ってるのが開いたドアからわかった。 「カダーはまだ起きてるの?」って聞いたら、「いびきかいて寝てる」って笑った。 なんとなく安心して、眠った。 - スキーに連れてって - 2003年01月24日(金) 昨日マジェッドと電話で話した。 「どうしてる?」って聞き合って、「最近寒いね」って言い合って、 「あれからジェニーと話した?」って知ってるくせに聞いたら、「一回電話したけど取ってくれなくて、僕もメッセージ残さなかったし、かかってこなかった」って言った。ジェニーはかけなかった。可哀相だから、期待させるようなことはやめるって言ってた。 週末どうするのかなって思ってたら、明日からベルモントに行くんだってマジェッドが先に言った。 「ベルモント?」 「カナダとのボーダー。知ってる?」 「仕事で?」 「スキーしに」。 なんとなくぎこちなかった自分の声がいつものバカ声に戻った。 「スキー? スキー行くの? いいなあ。あーいいなあ。あたしも行きたい!」。 それから言っちゃった。 「聞こうと思ってたんだ、あなたスキーするか。あたしとジェニーさ、スキー行こうって言ってるの」 「え? ジェニー、スキーしたいの?」 わたしのことはすっ飛ばしてる。 ジェニーはスキーをしたことなくて、このあいだから「行こうよー」って言ってた。 わたしは日本にいたときにやってたけど、前に住んでたあの街では一度もやったことなかった。ダウンタウンから30分も車で走れば小さなスキーリゾートがいくつかあるようなとこだったのに。 だからジェニーが言い出してから、「わかった。じゃあ一緒に行ってくれる人探す」って、ナースのミスター・ヘップバーンとかジャックに当たってみたけど、スキーはしないって言われた。それで、マジェッドに聞いてみようかな、でもいいのかなそんなの、って考えてた。 「じゃあプランしてくれるの?」って聞いたら「きみはサムに連れてってもらいなよ。サムは上手いらしいよ」なんて言う。ダンスに連れて来たマジェッドの会社の友だち。 「なんでサムなのよ」 「サムじゃなくても誰でもいいけどさ。僕はジェニーとふたりで行くから」 「なんでそんな意地悪なのー? あたしは連れてってくれないっていうの?」 「冗談だよ」 「ちょっと。忘れないでよね。ジェニーはあたしの友だちなんだからね」 「それが思いっきりヤッカイなんだよな」 「あーっそ」 「冗談だって。からかってんだよ」 マジェッドは笑い飛ばした。 今日ジェニーに話したら、「バカ」って叱られちゃった。 「せっかくあたしがもうマジェッドに諦めさせようと思って、電話も取らないって決めたのに。アンタ最低」。 いいじゃん行こうよ行こうよ、なんてわたしは言ってる。 「あたしのせいじゃないからね。アンタのせいだからね」って言いながら、ジェニーだって行く気になってる。 「あたし、マジェッド好きだよ。大好き。おにいちゃんとしてね。でも恋愛感情はゼロだから」。 それはマジェッドにとって嬉しいことなのか、悲しいことなのか。 少女漫画じゃ悲しいことってことになってるけどね。 「マジェッドに言っちゃだめだよ。あたしがマジェッドをおにいちゃんとしてなら好きだなんてことも」ってジェニーは言った。 多分そういうこと。 恋には色んな始まりがあって、時々そこから進めない理由があって、だけど悲しい終わりにする必要なんかない。終わりは来るときにはやってくる。だから気持ちを自分から終わらせなくったっていい。出来ないものは出来ないから。終わるときに終わるから。 わたしは、おにいちゃんと友だちを足してシナモンシュガーを振りかけたくらいに、マジェッドが好き。そういう好き。じゃまにされたってくっついていよ。 - classified - 2003年01月23日(木) 注文してた CD が届いた。 もう2年も前になる。 あの人が、会社で貰ったギフト券で買ったって言ってた CD。 久しぶりにものすごくいい CD 聴いて心が豊かになったよ、って言ってた。 あの人に日本に会いに行ったとき、その頃一番お気に入りだった CD をあの人にあげて、あの人はそれをとても好きになってくれた。そのあと出た新しいアルバムをあの人の方が先に見つけて、ギフト券で買うのに迷わず選んだって嬉しそうだった。 「sweetbox を教えてくれたきみに感謝」って、あの人がそれほど気に入った CD。 ヴォーカルが変わったけど、ふたりで一緒に大好きな曲が新しいバージョンで入ってるし、今度のはさらにエレガントで「久しぶりに高貴な自分を再確認したなあ」、なんてバカ言って。「きみも買いなよ。聴いてよ」って言われて探したけど、なぜかどこにもなかった。HMV でやっと、1ヶ月待ちでオーダー出来るって言われたけど、高くてやめた。まだインターンしてたときで、あの頃は今よりずっとお金がなかったから。 それからも CDやさんに行くたびに探したけど、見つからなかった。 タワーレコードのサイトで見つけたけど、ずっと out of stock になってた。 先週見たら、low in stock になってる。やっぱり高くてちょっと迷ったけど、普通のを定価で2枚買ったと思えばいいやって決めてオーダーした。 届いた CD 見てびっくりした。見つからなかった理由も HMV で1ヶ月待ちのオーダーだった理由も、タワーレコードに在庫がなかった理由も高かった理由もわかった。日本で作った CD だった。ジャケットの裏の一番下に、作った会社の名前が日本語で書いてあった。 あの頃のことが2段重ねで蘇る。 初めて会った日。近づいて来たあの人は確かめるようにわたしの名前を呼んで、「はじめまして」ってぴょこっとお辞儀をした。それから恥ずかしそうに鼻に手をやった。最初に覚えたあの人の癖。着てる洋服とサングラスの色を教えてくれてたから、柱の影から現れたあの人をわたしはちゃんと見つけられた。写真とちょっと違うなって思ってた。「全然わかんなかったよー」って、嘘ついた。「コーヒーが飲みたい」ってわたしが言って、入ったお店で渡した CD。 それから、新しいアルバムのことを教えてくれた、あの時のこと。 こんなときにこんなこと思い出すなんて。 でも、心がほんとに豊かになる。 あの人、大丈夫かな。 ノイローゼになりそうなんて言ってたけど。 あの CD が届いたよ。やっと今聴いてるの。 あなたの友だちは笑うかもね。あなたがこんな CD が大好きなんてね。 でもわたしには分かるよ。あなたがどんな気持ちでこの CD 聴くのかが。 今のわたしとおんなじ気持ち。 だから届けてあげる。 この気持ち。 あなたの心が安らぐように。 大丈夫。 大丈夫。 あなたはどんなことも乗り越えられる。 ちゃんと今まで通りに。 Everythingユs gonna be alright. - 抱き締めてあげるから - 2003年01月21日(火) あの人に送るカードを買いに、ドラッグストアに寄って帰る。 メールはおとどしの夏から出来ないままになってる。 だからカードを郵便で送ることにした。 車を降りてほんの少し歩いただけなのに、寒さに疲れて、帰っていきなり眠ってしまった。 最近、気温が低い。土曜日には0度まで下がったらしい。摂氏のことだと思ってたら、華氏0度だった。ー18℃。「ナイフみたいに寒かったよ」って言ってたフィロミーナが、今日は体調崩して休んだ。今はー10℃。 浅い浅い眠りの中で、あの人の夢を見た。 電話で話してる夢だった。だから誰も出て来なくて、夢のスクリーンのバックグラウンドがなぜか「スヌーピーとその仲間たち」だった。わたしがジョークを言ったらしくて、あの人が大きな声で笑った。「それ、めちゃめちゃオモシロイ!」。そう言って大笑いするあの人の顔が、いつも電話でおしゃべりするときに頭の右斜め上に見えるのとおんなじように、夢のスクリーンに現れた。スヌーピーやらチャーリーブラウンやらルーシーやらライナスをバックに。 「あれ? 今日もう22月?」って間違えて言ったら、「にちにち、がつじゃなくて」って、そんなことだけでまたあの人が大笑いした。 夢のスクリーンに映ったあの人の笑顔は、今でも思い出せるくらい鮮明だった。素敵だった。浅い眠りから何度も目が覚めて、その度に最初に言ったジョークがなんだったのか思い出そうとしても、思い出せなかった。 「今警察の秘密の場所にいるんだ。ここからマジックミラーみたいに外が見えるんだよ、相手に気づかれずに。そんなことしたって意味ないと思うんだけどね」って、あの人は笑ってた。夢の中の電話で、ずっとずっと笑ってた。 ゆうべの電話。あの人は疲れ切ってた。 少し前に辞めさせたスタッフの女の子から、ストークされてるらしい。 辞めさせたのに、突然仕事場に現れてぼーっと立ってたり、電話をしつこくかけてきては電話の向こうでひとり二役で会話を続けたり、そんなことが続いてたと思ったら、とうとう自殺未遂したっていう。 警察沙汰にまでなってて、あの人はちゃんと片付くまでしばらく電話出来ないって言った。 「ごめんね」って、こんなときにまで言うあの人。 「きみは心配しないで。大丈夫だから」って、こんなときにまでわたしを気遣ってくれるあの人。 心配だけど、わたしは大丈夫。声がしばらく聞けなくたって。 あの人も絶対大丈夫。あの人に悪いことなんか起こるはずない。 あの人を苦しめることなんか起こさせない。 もう一度、夢を見たい。 今度は夢で会いたい。 抱き締めてあげるから。抱き締めてあげるから。 - フレンドシップって - 2003年01月20日(月) 日曜日の午前。 汚いチャイニーズレストランだったけど、ディムサムおいしかった。 すごい食べた。 わたしったら45分も遅刻しちゃって、ジャックとジャックの友だちはわたしのために2回食べてくれた。それもすごい。 ジェニーはおうちの用事が出来て来られなくなっちゃったから、夕方わたしがジェニーんちに遊びに行く。 それから夜にふたりでジャックんちに押しかけた。 おなかいっぱいなのに、近所のイタリアン・レストランがおいしいからってジャックが言って、また食べに行く。エンジェル・ヘアのマリナラぺろっと食べた上に、ミックスベリーのタルトとチョコレート・チーズケーキ買って帰ろうってわたしが言って、ジャックんちでまた平らげる。 ブタみたいに食べた一日。 楽しかった。 楽しかったけど、やっぱりだめ。 今日はマーティンルーサー・キング Jr. デーのお休みだった。 わたしはまた仕事。 ジェニーも一緒だった。 仕事終わってから携帯チェックしてたジェニーが、「マジェッドから missed log 入ってる。あとでかけよ」って嬉しそうに言った。 ジェニーは、今ボーイフレンドが出来るなら結婚までシリアスに考えられる人が欲しいって言う。そしたら信仰もカルチャーも違う人は絶対にダメならしい。つまりマジェッドはだめ。もしも好きになっちゃったりしたら、大変なことになるって。ジェニーは、自分は最初から浅瀬の澄み切った綺麗な水のゆるやかな流れしか選ばないって言ってた。 だけどマジェッドとおしゃべりするのは楽しくて、先週もマジェッドからの電話で1時間くらい話してた。 ジェニーはちゃんと「フレンドシップしかあげられない」ってマジェッドに言ったんだから、何も間違ってない。 でもさ、マジェッドはどんどん好きになってるよ。 可哀相になるよ。可哀相だよ。 なんかね、自分のこと見てるみたいで辛くもなる。 わたしはカダーからフレンドシップなんてのさえもらえなかったからね、 だから違うのかもしれないけど。 大きなお世話かな。 昨日楽しかったのに、今日またこんなになってるなんて、 わたし、マジェッドが可哀相なんて思ってるふりして ほんとはマジェッドのあの居心地のいい「フレンドシップ」を取り戻したいだけ。 違う? - 神さまありがとう - 2003年01月18日(土) 神さま。 わたしもう何を信じたらいいのか、わかんない。 何を待てばいいのか、わかんなくなりました。 わたし、クリスマスからこっち、すごく楽しかった。 マジェッドのおかげでした。 カダーのことも、平気になれそうでした。 なのにバカなこと言っちゃったせいで、 マジェッドにまで避けられるんですか? 神さま。 こんなに淋しいのはなんで? なんでわたしは淋しいの? 幸せになれるんじゃないんですか? 母は? 妹は? 神さま。 この先に何が待ってるの? 何を信じて待てばいいんですか? バスタブのお湯の中で三角座りをして、膝を抱えて、ちっともお祈りになってない。 こんなのお祈りと言えないですけど、でも助けて助けて神さま、って必死で思ってた。 そのあとマジェッドに電話しちゃった。 「たいくつ〜」って言ってみたけど「じゃあおいでよ」って言ってくれなかった。 そして、朝メイリーンから「国家試験落ちた」って電話があったから、どうしてるか気になって電話して、1時間くらいおしゃべりした。ちょっとだけ気が紛れた。 それから日本の友だちに電話したけど、留守電だった。「またかけるよ」ってメッセージ入れて切った。さっき「どうした?」ってメールが来てるの見つけて、かけた。 「電話しようと思ったけど、もう寝てる時間だろうと思い直してやめたんだよ。ナンかあったか、また?」って言われた。 「ああ〜ん。聞いて〜」って、また自分から茶化して話す。また輪かけて茶化される。「長い前置きだったなあ。で、そこかよ、元気なしの理由は」。自分がさんざん横道逸らせといて。 「今さ、気づいたんだけどさ。おまえ高校のときから変わってない」「・・・」「っていうか、それ高校生の悩み」「・・・」「いや、素晴らしいよ」「・・・」「マジで反省するなあ、俺は」「・・・」「そういうピュアさのかけらも残ってない」。バカにされてる。 「だからさあ。どうしたらいいの? 本気でわかんないんだってば」 「言ったことはなかったことにする」 「『この間言ったことは忘れて』って、取り消しちゃダメ?」 「アホ。蒸し返してどうすんだよ。普通にしてる。今まで通りでいる。おまえね、間違っても『淋しい』とか言うなよ」。 読まれてる。 「そしたら友だちでいられる?」 「いられるいられる。そのままめちゃくちゃ明るいバカでいろ」。 子ども電話相談室、おしまい。 もう朝の5時。 明日は、じゃなくて、今日は、ジェニーとジャックと一緒にディムサムのブランチに行く。 遅刻しないように起きなくちゃ。 すっぽかそうかとちょっと思ってたけど、行く。 もしもまたバカやっちゃったらさ、また聞いてよ。「言っちゃったよ、言うなって言われたこと。ああどうしよう〜?」って電話するからさ。そう言ったら「おう。聞いてやるよ」だって。そうじゃないじゃん。まあいいよ。ちゃんと上手くやるから。 神さま、ありがとう。 違うね。友だち、ありがと。 やっぱり、神さまありがとう。 - 淋しいと - 2003年01月17日(金) ほんとに。 淋しいと、わたしは何やってしまうかわからない。 マジェッドに言っちゃった。 「もしもジェニーと上手く行っても、あたしとデートしてくれる?」って。 黙ってるから、慌てて 「踊りに行くとか、そういうことだよ?」って言った。 「踊りに行くのはいいよ」 「何はダメなの?」 「うん? 何もダメじゃない」。 それからまたちょっと黙ったあとで 「...Iユm confused」ってマジェッドは言った。 友だちでいて欲しいだけだったのにな。 なんでこんなに不器用なんだろ。 バカなんだろ。 ひりひりが戻って来たよ。 「淋しい」の2乗。 どうしよう? また何やってしまうかわかんないじゃん。 - It's truely meant to be - 2003年01月15日(水) 昨日はお休み。 ディーナのところに行こうと思い立つ。 出掛ける用意を済ませたらちょうどお昼休みの時間で、ジェニーに電話する。 「ウドン作ってー」ってこのあいだからジェニーが言ってたから、招んであげることにした。 なんだか胸がひりひりしたままディーナの顔を見たら、「どうしたの? 何があった?」って聞かれた。マジェッドがもう友だちじゃなくなるような気がしてた。それから、カダーのガールフレンドのこと。バカみたい。落ち込んじゃった。 「みんなわたしから離れて行っちゃう」。たった24歳の女の子のディーナにすがりつくみたいに言ったら、大きな目をまんまるくして驚いた顔してから、「何も悪いことなんか見えないよ。全てのことが上手く行く。今はその途中なの。迷わずに信じて」ってディーナが微笑んだ。そしてマジェッドのことを、「彼はあなたが特別な想いを寄せてる人じゃないじゃない。今だけ、ちょっと淋しい気持ちがするだけよ。なんでもないことじゃない。それにね、彼は離れて行ったりしない」、そう言った。 カダーのことは、今はディスコネクトしてるって言われた。 でも、3ヶ月以内にコネクトするって言った。どんな形にせよ。 そして true love が訪れるって。 「それはその人なの?」ってカダーのことを聞いたら、そうかもしれないし、違うかもしれないって言う。 ほんとなのか、慰めてくれてるだけなのか、わかんない。 それでもひりひりが消えた。わたしが単細胞のおバカなだけかもしれない。 ジェニーのために晩ごはんの準備の買い物をして、目に止まったベイビーカーネーションを買った。お部屋があったかすぎるせいか、黄色い薔薇が半分だけ開いて乾いてきちゃったから。薔薇にベイビーカーネーションを足して、まだたくさん残った分を別の花瓶に生ける。綺麗にお掃除して、ひとりのときにはつけないランプにまで明かりをつけて、バスルームのキャンドルにも灯をつけて、「ジェニー待ち」のお部屋の出来上がり。まるで恋人待ち。 musiq をかけながら、うどんの出汁を取ったり、サラダ用にひじきを戻したり、唐辛子入れたみそ炒め用に茄子の灰汁抜きを始めたりする。カダーのルームメイトもうどんが食べたいって言ってたっけ、一緒に食べに来るって言ってたっけ、って可笑しかったりなつかしかったり悲しかったりもする。 しばらくしたらジェニーから電話がかかって来て、「おなかすいたから、もう今から行っていいー?」って聞く。買い物があるからそれ済ませてから来るって言ってたのに。のんびり下準備ばっかしてる場合じゃなくなった。 誰かのためにお料理するのはほんとに楽しい。おいしいって思ってくれるかなってドキドキもするけど。 ジェニーは「おいしいおいしい」ってたくさん食べてくれた。 「ジャックを誘ったらさ、『あー僕もウドン好きなのにぃ』って、でも今日はアレもしなくちゃいけないしコレもしなくちゃいけないし、ああ行きたいけど、ああどうしようかな、ってまたごちゃごちゃウルサイから置いて来たよ」だって。「ウドン」って、ひょっとして密かなブームなのか。 いっぱいおしゃべりして、antholopologie のお店のカタログ見て「これが欲しい」「これもかわいい」って延々言い合って、ちびたちと遊んで、コンピューターでパーティの写真見て大笑いした。病院のクリスマス・パーティのときのふたりの写真が一番ウケた。「完全に酔ってる」「っていうか、ドラッグ?」。ぽーっとピンク色の顔でぎゅーっとわたしの肩を抱いてにまーっと笑ってる自分を見て「あたしレズビアンじゃん、これ。アンタをモノにしたーって顔だよ」って爆笑する。 11時過ぎにジェニーは帰った。 わたしは4時まで起きてて、あの人に電話する。 「今打ち合わせ中。ごめん」って、あの人はあの囁き声で言った。「起こしてって言うから今まで起きて待ってたのにー」って拗ねたら、「ありがとう」ってものすごく優しい囁き声が返って来た。もう一度聞きたくて「え?」って言う。「ありがとう」。もっと優しくて強い囁きが、わたしの耳の奥にジンって響いた。それから体じゅうをジンジン震わせた。「打ち合わせに戻るね」。囁き声のままあの人は言って、キスしてくれた。 カダーへの想いも、マジェッドの居心地よさも、みんなフェイク。 あの人がそこにいてくれること。それだけ。それだけが、truely meant to be. そうなのに。 - 魚座生まれ - 2003年01月13日(月) 昨日も今日もマジェッドは電話をかけてきた。ジェニーのことを聞くために。 日曜日は仕事だって言ってたのに、仕事が終わって携帯チェックしたら missed log が入ってる。ジェニーのことでいっぱいで、わたしの言ったことなんか聞いてやしない。電話してみたら、「今友だちんとこにいる」って言う。遠くで誰かが大声で笑ってるのが聞こえる。カダーの笑い声だった。「カダーじゃん」って言ったら、マジェッドは「うん」って笑った。だから「あとでかけ直すよ」って言われて、切った。 11時頃に電話が鳴って、「あれからプールしに行っててこれからごはん食べに行くからさ、明日またかける」ってマジェッドが言った。「ひとりで食べに行くの?」って聞いたら、「カダーたちと」って言った。 一緒にプールしに行ってそのあとごはんを食べに行ったのは、カダーとカダーのガールフレンドだった。今日お昼休みにジェニーがそう言った。マジェッドはプール・バーからジェニーに電話して、「友だちとそのガールフレンドとプールしてる」って言ったらしい。ジェニーが「カダーはガールフレンドがいるの?」ってわたしに聞いた。 もうなんでもないはずだったのに、お昼ごはんが食べられなくなった。 みんながわたしに「自分のことを一番に考えなさい」って言う。 自分を守るのは自分でしかないって、多分そういう意味だと思う。 「浅瀬をゆるやかに流れる透き通った水の向こう側に、うんと流れの速い危険な深みがあるとするでしょ? アンタはね、浅瀬を無視して危険な深みに飛び込もうとするんだよ、危ないってわかってて」ってジェニーが言う。 なんでわたしはそんなことするんだろって思う。 「人のことばっか考えてるからだよ」ってフィロミーナは言うけど、どういうことだかよくわからない。 人のことばっか考えてる? そんなことない。 でも多分。 行っちゃいけないってわかってて、それでもその流れの速い深くて危険なところに、きっと穏やかな気持ちのいい場所が隠れているんだって信じてしまう。いつも。 そして水はやっぱり激しい音を立てながら急速に流れて行くだけで、優しい場所なんか見つけられないまま、わたしはひとり取り残されてアップアップもがいてるんだ。 それが「人のことばっか考えてる」ってのとどう繋がるのかわかんない。 今日はマジェッドが昨日聞けなかった分、ジェニーのことをわたしに聞く。 ジェニーはやっぱりマジェッドとはつき合えないってわたしに言った。 とてもいい人だけど、土曜日のデートも楽しかったけど、やっぱり友情しかあげられないって。 マジェッドは同じことを土曜日にジェニーに言われたって言った。 それでもジェニーの気持ちを変えられるかもしれないって言ってる。 「僕は自分の気持ちを伝え続けるよ。想いを伝えることをやめたら、そこでもう相手の気持ちを振り向かせる力が止まってしまうから」。 誰かに愛されてるって感じられることは、それだけでとても素敵な、幸せな気分になれる。たとえ自分におなじ愛がなくても。だから、そうやってわたしもカダーを想い続けてきた。 「きみとカダーのことと、僕のことは状況が違うよ」なんてマジェッドは冷たいこと言ったけど。 マジェッドも、穏やかで優しい場所を信じながら危険な深みに飛び込んでひとり苦しんじゃうのかもしれない。 「ジェニーのこと、前より好きになっちゃった?」 「前より好きになった。すごく好きだよ。あれからずっとジェニーのことばっかり思ってる」。 自分の気持ちを抑えることが自分のことを一番に考えるってことなのなら、わたしもマジェッドも自分のことを一番になんか考えられないよ。「人のことばっか考えてる」ってのがやっぱりわかんないけど。 ああ、そうだ。 「ほんとにアンタって子は。魚座生まれはみんなこうなんだから」ってフィロミーナは言ってた。 「あたしの魚座の友だちも、アンタにそっくりだよ」ってドリーンも言ってた。 マジェッドって、わたしと誕生日がおんなじなんだ。 - 黄色い薔薇 - 2003年01月11日(土) マジェッドは今日ジェニーとデートした。 昨日、ジェニーが「No」って言えなかったって、「アンタも一緒においでよ」ってわたしに言った。そんなことしたらマジェッドに殺されるよって笑った。ジェニーは「あたし、正直に話すよ」って言ってたけど、ジェニーがマジェッドのデートの誘いにオーケーしてくれたのは嬉しかった。 「よかったじゃん、頑張れ」って言おうと思ってマジェッドに電話したら、留守電になってた。 おもしろがって、代わりに「明日あたしも一緒に行くからね、じゃね〜」ってメッセージ入れた。 今日仕事が終わってから駐車場で携帯チェックしたら、マジェッドからの missed log があった。電話して、「マジェッド? あたし行かないよ。メッセージ聞いて怒ったでしょ」って言ったら、「怒らないけどさ、ほんとに来るのかと思った。冗談か」って嬉しそうに笑った。マジェッドはジェニーんちに行く道をわたしに聞いて、わたしは「頑張るんだよ」って言って切った。 先週、エミリアから「ニューヨークに遊びに行くから会おうよ」ってメールが来てた。 地下鉄に乗って、エミリアとお姉さんのブレンダが泊まってるホテルまで行く。 シティの夜は気が遠くなりそうなくらい冷たいのに、エミリアとブレンダが外を歩きたいって言う。この寒さが気に入ったって。ふたりともしっかり帽子を持って来てて、「なんで帽子被って来なかったのよ」って言われた。 あの街の夏は陽差しがきつくて帽子が必須だったけど、ここの冬は、とりわけシティの冬は、止まった空気も風も凍えて帽子が必須だ。コートに大きなフードが付いてることを思い出して、使ったことないそれを被ってイカみたいになる。 ふたりが歩きたいってとこをわたしがついてく。「ここに住んでていいなあ」ってエミリアもブレンダもしきりに言ってたけど、わたしはここであの街に関係のあるものを見つける度にじんとするほど、今でもあの街が好きなのに。 セントラルパーク沿いの道をくるっと回って5番街の方に歩くから、やばいやばいまずいって思った。あの人が来てくれるまで行かずにとってあるわたしの行きたいあのお店に行ってしまう。「一緒に行くまで待ってて」ってあの人が言ったあの人の行きたいあの場所もすぐ近くにある。見ないように見ないように、必死で下向いて歩いた。見ないで素通りしたからいいよね。 ホテルまで戻って、通りのスタンドでジャイロのピタブレッド・サンドイッチを買ってほおばった。あったかくておいしかった。なんでこんな寒い時間に外歩くのよって思ってたけど、おもしろかった。それからホテルのロビーであったまりながらおしゃべりした。エミリアはぎゅうっとぎゅうっと抱き締めてくれて、「また来るからね。今度はみんなで一緒に会いに来るから」って言ってくれた。 帰ってから心配してマジェッドに電話したら、「どちらさまですか?」なんてマジェッドはふざけて、うしろでジェニーの笑い声が聞こえる。「なんだー。まだ一緒だったの? あたし、あなたはてっきりジェニーにふられちゃって、もううちに帰ってベッドに潜り込んでボロボロになって泣いてると思って電話してあげたのに。熱あるって言ってたしさ、本気で心配してたんだよー」って笑った。 途中でジェニーに代わるから「マジェッド幸せそう?」って聞いたら、「なによ。なにが『マジェッド幸せそう?』だよ。なんでアンタはマジェッドの幸せだけ考えるわけ? あたしの幸せ聞いてくれたっていいじゃん。なんであたしには聞いてくれないのよ。どういう友だちだよ、それってー」ってまくしたてる。今度は後ろでマジェッドが大笑いしてる。 ジェニーが幸せそうだから、幸せかなんて聞けなかったよ。 「アンタは幸せ?」ってジェニーがわけわかんないこと聞く。「あたし悲しい」ってわざと沈んだ声出した。「なんで? なんで悲しいの?」「冗談だよ」「・・・知ってる。わかってるよ、あたし」。ジェニーは真面目な声で言った。「何をわかってんの?」って聞いたら、少し間を置いてから、「今日踊りに行けなかったことー」って茶化した。後ろでマジェッドが「今から踊りに行くー?」ってわたしに聞いた。 ジェニーとつき合うことになったのかな。そしたらもうわたしと遊んでもらえなくなるね。なるのかな。なるよね。ジェニーのことあんなに応援してたのにさ。してるはずだったのにさ。わたしったら淋しくなってるよ。 今日はあの娘の命日。 お昼休みに病院の裏のお花やさんで、黄色い薔薇をあの娘に買った。 今年も黄色い薔薇。あの娘は赤が似合ったけど、天国に行ってから黄色い薔薇が似合うようになった気がする。 立ったまま、写真のあの娘を抱き締める。 幸せ? 天国は幸せ? 幸せだよね。 早く会いたいね。 - I'm always your friend - 2003年01月09日(木) アナをピックアップしに行ったら電話してよ、ってマジェッドが言った。 次の日仕事だから行けないって言ってたくせに、ちょっとだけ行ってみようかなって言い出した。女の子ふたりってのが心配だったみたい。それから、アナをちょっと見たかったみたい。「スパニッシュのすごいかわいい子だよ」ってわたしが言ったから。 あんまり見込みのないジェニーのことを、マジェッドは土曜日にデートに誘うことにした。「当たって砕けろだよ」って。「I like that! やるだけやってみればいいじゃん。それでダメならそれでもいいじゃん」「うん。僕は男だからさ、砕けてもちゃんとハンドル出来るから」。女の子はダメだけどね、いつまでも抜け出せなくてさ、ってわたしのこと言う。反論の余地なし。『当たって砕けろ』はいいけど、砕けちゃったらもうどうにもハンドルする術が分からない。だけどわたしだって、人のことなら分かる。それに、マジェッドだってほんとは立ち直れないほど落ち込んじゃうの知ってる。「平気平気」って言いながら。 「上手く行かなかったら move on だよ」って、わたしはいつもわたしにそういうマジェッドの真似して言った。 わたしとアナは先に着いて、遅れてやって来たマジェッドと3人でお酒買ってフロアの方に行ったら、この間マジェッドが連れてきたマジェッドの会社の友だちが一人で立ってた。笑っちゃった。マジェッドもびっくりしてた。「アンバー来るから見に来た」ってマジェッドの友だちは言った。ふたりがおしゃべりしてる間、わたしとアナはうずうずしてる。「踊っておいでよ。僕はもう少し飲むから」ってマジェッドが言うから、アナとフロアに飛び出す。ときどきマジェッドの方を遠くに見て、踊りながら手を振ると、振り返してくれる。遊園地の回転木馬に乗ってる子どもがお父さんに手を振ってるみたいだなあって思った。 アンバーはよかったけど、期待してたほどじゃなかった。クラブのライブじゃそんなもんなのかもしれないけど。わたしの一番好きなの歌ってくんなかったし。あの人日本からわざわざ来なくてよかったよ。なんて。 ライブ終わってから、いい曲がたくさんかかった。マジェッドと踊るのが楽しい。アナは知らないお兄さんに気に入られて、ずっと一緒に踊らされてた。でも、ニコニコ笑って、アナ楽しそうだったし可愛かった。 突然どどどどどって5、6人の人がダンゴになってなだれて来たと思ったら、その中のふたりが髪の毛ひっ掴み合って喧嘩してる。女の子同士だった。女子プロみたいなものすごい勢いで、恐ろしくて思わずマジェッドにしがみつく。マジェッドが咄嗟にダンゴの反対側にわたしを庇って抱いてくれた。セキュリティーの大きなオジサンが4、5人飛んできて、喧嘩を抑える。男の取っ組み合いならよく見るけど、女の子の取っ組み合いでセキュリティーが飛んでくるなんて初めて見た。「女の子だよ?」ってマジェッドを見上げながら、ちっちゃい妹がおにいちゃんに守られてるみたいだなあって思った。 「僕たちは明日仕事だから、そろそろ出なきゃ」ってマジェッドたちが言ったときは、もう朝の4時だった。マジェッドと友だちにバイして、アナを車でうちまで送ってった。 2時間くらい寝て、今日は朝から車をディーラーに持って行く。この間やってもらえなかったリコールのリアポイントメント。そのあと IKEA に行った。夏にニュージャージーの IKEA にカダーと行ったことを、もうずっとずっとずっと遠い昔のことみたいに思い出してた。どうしてるかな、カダー。もう電話してない。カダーのルームメイトだって、電話もくれない。「ずっと友だちだよ」ってそう言ったくせに。 「But remember, Iユm always your friend」。 それからフレンドシップのカードに印刷された言葉みたいなこと言ったら、マジェッドは「サンキュー。感謝するよ」って笑わずに言った。「だからジェニーがダメでも、あたしのほかの女友だちに会わせてあげるから。たくさんはいないんだけどね」「これからたくさん可愛い子と友だちになりなよ」「あなたのために?」「そう、僕のために」。 でも、アナは可愛いけど、マジェッドのタイプじゃなかったみたい。 マジェッドはずっと友だちでいてくれる。友だちでいたい。いて欲しい。 居心地のいい大好きな友だち。 カダーの周辺ばっかで何やってんだろわたし、ってちょっと思うけど。 - クラブのライブ - 2003年01月08日(水) これからライブに行ってくる。 この間行ったクラブに、わたしの好きなミュージシャンが来る。 この前それアナウンスしてて、出るときにカードももらって、マジェッドに「来たい来たい来たい〜」って言ったんだけど 僕は翌日仕事だから来られないよ、って言われた。 ジェニーは友だちのバースデー・ディナーの約束があるからダメで、 クラブだからひとりで行くわけいかないから一緒に行ってくれる人探しまくったけど みんな翌日仕事だからって断られちゃった。 しょうがない。ウィークデイの夜なかなんだもん。 あの人だけが「行きたい。行く。あああああ〜行きたいなあ」って言ってくれたけど、 日本からじゃちょっと遠すぎるよ。 で、昨日インターンのアナを誘ってみたら、行くって言った。 水曜日は女の子はカバーなしで、おまけにワインとシャンペインがフリーだし。 ライブだからエキストラチャージあるのかなって思ってたら、ないし。 「一緒に行ってくれる人見つかった!」って、昨日あの人に言ったら、 「いいなあ。いいなあ。携帯から電話して中継してよ」って言う。 あの人と一緒に好きなミュージシャン。 行きたい。行きたいな。あの人と。 「あなたが来たとき、そういうライブ探して一緒に行こうね」 って言ったら 「わかった」って、なんかゴクンって唾のみ込むみたいな言い方した。 「うそばっかり」とか「来られないくせに」とか言って、また困らせると思ったのかな。 大丈夫なのに。もうそんなこと思わない。 会える。会える。絶対会える。 絶対絶対、来てくれる。 クラブのライブ探して、絶対一緒に行こうね。 - 片っぽずつ - 2003年01月05日(日) 土曜日の朝、マジェッドに電話する。 ジェニーと、夜出掛けようって決めてたから。 ジェニーは踊りに行きたいって言って、一緒に行くのにジェニーも「マジェッドならいいよ」って言ってた。 「今日の夜、なんか予定あるの?」って聞いたら、カダーと出掛けるってマジェッドが言った。それ聞いてちょっと躊躇ったけど、「ジェニーと踊りに行くんだけどさあ。来ないかなと思って」って言ったら「カダーはキャンセルするか」だって。「キャンセルしちゃえしちゃえ」ってそそのかして、マジェッドは会社の友だち連れてくることにした。「カダー連れてこうか?」って言うから「やだ」って言った。「カダーのことは考えないことにしたって言ったじゃん」。カダーに会いたくないって思ってる自分にちょっとびっくりした。 クラブが開く時間になるまでマジェッドのアパートで、マジェッドが用意してくれたタコとブリトーとケサディラ食べて、ワイン飲んで、3人でおしゃべりする。ケサディラを切り分けるのにマジェッドが「僕は上手く切れないから、誰か切ってくれないかな」って、自分の不自由な右手を指さした。慌ててマジェッドの手からナイフを取ってケサディラ切りながら、ジェニーの前で少し照れながらそう言ってるマジェッドが嬉しかった。ほら MS のことジェニーに言ってよかったでしょ。聞かれたらなんて言おうとか、いつ病気のこと言おうとか、もう心配しなくていいじゃん。 マジェッドは車一台で行こうって必死で止めてたけど、ジェニーは多分自分だけ先に帰るからって、自分の車を運転して行った。マジェッドが連れてってくれたクラブは、まだ引っ越しする前にカダーが何度か連れてってくれたハンバーガーのおいしいレストランの近くだった。「ここ知ってる。カダーが連れてきてくれたとこだ」ってレストラン指さして言ったら、マジェッドが「ブリッジストーン?」って隣りのタイヤやさんのこと言ってまぜっかえした。考えないことにしたって言っときながら、わたしがカダーのことばっか聞いてるから。 クラブで落ち合ったマジェッドの友だちは、おとなしい人なのかなって思ってたら、お酒を何杯か飲んでスイッチ入ったとたんにすっごい踊りまくる。わたしはマジェッドとめちゃくちゃ大ふざけして踊るし、ジェニーが「恥ずかしい」を連発してた。 マジェッドがジェニーとふたりで踊り出してから、わたしはマジェッドの友だちと一緒にいた。マジェッド、ジェニーにワルイコトしないかなって気にしながら。ジェニーは2時半頃に帰っちゃって、そのあとはマジェッドとくっついて踊る。マジェッドの友だちは、すっごい酔っぱらった体格のいい女の子につかまっちゃって、でも結構楽しそうに踊ってた。そしてそのうち見失った。 マジェッドは飲み過ぎて気分が悪くなった。ソファに座ってお水を飲みながら、顔色が悪かった。隣りに座って背中さすってあげてたら、気分悪いのに「I like Jenny」ってつぶやいた。マジェッド、切なすぎ。 わたしがマジェッドの車を運転して、マジェッドのアパートに帰る。 マジェッドの友だちは見失ったまま置いてきちゃった。 カウチに座り込んだとたんわたしに寄っかかって、そのうちずるずる下にずれてって、わたしの膝枕でマジェッドは眠りかける。「ベッドに行きなよ、マッサージしたげるから」って引っ張ってって、うつ伏せになったマジェッドの背中を押す。酔って気持ちが悪くなったとき効くツボ。「きみはまだ眠たくないの?」ってマジェッドが聞いたけど、「平気。マッサージしたげるよ。これ効くんだから」って5分も押さないうちに、マジェッドは赤ちゃんみたいにすうすう寝息を立てて眠った。 キッチンとリビングルームの灯りを消して、ブーツとストッキングを脱いで、わたしもベッドの端っこに潜る。ちょっとだけ寒くて、ふたりでコンフォートの引っ張りっこしながら反対向いて寝てた。 ゆうべはわたしがマジェッドんちに泊まって、今日はわたしがシャワーを浴びてる間にマジェッドがオレンジジュース入れてくれた。 それからわたしはやっぱりカダーのことマジェッドに話してて、マジェッドはわたしにジェニーのことばっか聞いてた。 なんか。手袋片っぽ失くした子どもが、靴下片っぽしか持ってない子どもに、「これ履きなよ」って渡してるみたい。マジェッドとわたしって。 - 気のせいかもしれないけど - 2003年01月03日(金) 仕事の帰りにジェニーんちに行く。 わたしったらくつろぎすぎて、カウチの上で眠ってしまった。DVD で 007 観ながら。 「ごはんだよー。起きな」ってジェニーに言われて、はあいって起きてジェニーのママが作ってくれたごはんを食べる。すごい態度。ジェニーのママのお料理はいつもおいしい。今日はなんかたまごで作ったスパニッシュ・オムレツ風のちょっと違うのが出てきて、作り方教わった。 帰り際に、フルーツやらマフィンやら袋に入れて「しっかり食べなさい」ってジェニーのママが渡してくれた。コートのポケットに入れたはずだった車のキーがなくて、またやっちゃったと思った。でも今日はちゃんとスペアキーお財布の中に入れてたから、「大丈夫大丈夫」って笑ってバイして車のとこに行ったら、キーつけっぱなしどころかエンジンかけっぱなしだった。4時間半。マヌケついでに、せっかくもらったフルーツとかマフィンの袋、置いて来ちゃった。 相変わらずこんなだけど、今年はわたし、いいことあるらしい。 今年からわたし、今までと全然違うんだって。 そうかもしれないなって少し思う。 今年の一番初めに何かが変わる。大きな変化の最初の一歩がある。 ずっとそう言われてて、でもまだ何もないなあって思ってた。 だけどもしかしたら、カダーのこと考えないようにしようって思えたこと。それかもしれない。 今でもカダーが好き。今でもなんでかいつも心配するし、今でもカダーにはいつも幸せでいて欲しいなって思う。だから今でもカダーのこともお祈りしてる。 それって「考えてる」ってことか。 でも今までみたいじゃない。上手く言えないけど、なんかを飛び越えたような気もする。わかんないけど。バカだからまた電話しちゃうのかもしれないけど。 だけど、なんだかしらないけど、ちょっと幸せって感じがする。 きゅうって縮まってた心がふっくら膨らんだみたいな、そんな感じ。 気のせいかな。かもしれないけど。 - 治らない病気 - 2003年01月02日(木) ジェニーのおじいちゃんは手術を受けなくてよくなったらしい。 それは「いい結果」だったということじゃないんだけど。 つまり、手術するには手遅れだったってこと。 ジェニーは最初から反対してた。90歳のおじいちゃんに耐えられる手術じゃない。膵臓をオープンして、また閉じた。お昼休みにお母さんからの電話で聞いて、ジェニーはほっとしてた。 体によけいな負担もこれ以上の痛みも与えずに、残された時間をおじいちゃんのためにハッピーにしてあげればいい。死ぬということは不幸なことじゃない。天国に行けば、痛みは全部なくなって幸せに幸せに暮らせるから。 昨日マジェッドは、自分の病気のことをジェニーに言ったことを後悔してた。 ジェニーは知ってた。わたしがマジェッドから MS って聞いたとき、泣きそうなくらい心配でジェニーに聞いてもらったから。 ちょっと不自由なマジェッドの右手をジェニーが「大丈夫?」って聞いて、話の成り行きでマジェッドは MS のことを「言ってしまった」って。 「あたしたち病院で病気の人助ける仕事してるんだよ。どんな病気にだって偏見なんか持ってないよ」って言ったけど、「そうじゃなくて」ってマジェッドは言った。 そんな大変な病気を持ってたらなおさらつき合うのイヤだろうなって言った。 確かにそういう人はいる。っていうより、多分大半の人がそうで、それは多分自然の感情だから、そういう人を責めることは出来ない。 ジェニーはそういう子じゃない。知っててマジェッドに手のことを聞いたのは、彼女の思いやりだよ。マジェッド、言えてよかったじゃん。でもマジェッドがそんなこと気にしなくちゃいけないなんて、不公平だと思う。マジェッドの病気、なんとかしてあげたい。 今日 Prader Williユs Syndrome の患者さんを診た。 勉強はしたけど実際に患者さんを診るのは初めてだった。まだたった25歳の男の子。 何言ってるかわかんない患者さんの話を、ドクターが根気よく聞いてあげてる。こんなドクターはほんとに嬉しい。 妹からひんぱんに電話がかかる。母は泣いたり喚いたり怒り出したりやっぱりおかしいらしくて、妹は途方に暮れてる。自分の病気も調子が悪いらしい。日本では治せない病気。治そうともせずに、治療を拒否する。日本の医療システムのポリシーがさっぱり理解出来ない。 治らない病気。 ほんとに不公平だと思う。 もうすぐあの娘の命日。 今日もお祈りする。 世界中の子どもたちが幸せになりますように。 世界中の苦しんでる人たちが幸せになりますように。 肉体的にも精神的にも経済的にも、ひとりひとりの苦しみが少しでも薄れますように。 - New Year resolution - 2003年01月01日(水) ジャックんちのニューイヤーズ・イヴ・パーティに、マジェッドを誘った。 会社の人たちとパーティに行くかもしれないって言ってたけど、「ジェニーも来るんだよ」って言ったら「それじゃあ話は別だ」って言って、来てくれた。マジェッドはまだジェニーのことが好きで、今でも時々ジェニーのことをわたしに聞く。ジェニーには全くマジェッドにその気がなくて、っていうより、ジェニーは誰にもその気がないんだけど。無責任に「頑張りなよ」なんて言っちゃったけど、ジェニーの気を引けるかもしれないし、ダメかもしれないし、マジェッド次第だからホントに頑張れって思う。人に言われたって、好きな気持ちは止められない。いやになるほど、わたしには分かる。 でも、パーティに誘ったのは、マジェッドがいると楽しいから。 クラシックしか持ってないなんて言ったのは嘘で、ジャックはオールディーズをたくさん持ってた。ヒップホップもラテンもトランスも踊れないって、わたしが持ってった CD かけてる間ワイン片手にアームチェアに座ってオッサンみたいに目を細めて人が踊るの見てたくせに、いきなりコレにしようって「ディスコ・ミュージック」なんてすごいタイトルの CD かけて、くにゃくにゃくにゃくにゃ踊り出す。涙が出るほど可笑しかった。「教えて教えて」ってくにゃくにゃ踊りを真似して踊ってたら「アンタ酔ってるの? 酔わないでよ?」ってジェニーに言われた。 カウントダウンが始まるころにジャックがテレビをつける。 タイムズスクエアの航空映像は、人が炊飯器の中の炊きあがったごはんみたいに見えた。 0になったところであの人に電話する。そのために今日仕事が終わってからコーリングカードを買いに行った。あの人の携帯は留守電になってて、「auld lang syne」の曲と人の歓声をテレビから入れて、大声で「ハッロオ〜。ハッピーニューイヤ〜。ハッピー2003〜。今カウントダウン終わったよ〜」って叫んだところで切れちゃった。思いっきりスマックしてキスも入れようと思ったのに。 ジェニーはおじいちゃんの癌の手術があさってだから、ひとり遊んでるわけにいかないって帰った。ジェニーの友だちもみんな一緒に帰った。女一人になっちゃうわたしにジェニーが言う。「間違い起こしちゃダメだよ。みんな酔ってんだからね」って。それからマジェッドに、「ちゃんとこの子のこと守ってやってね」って言ってる。「本気で心配してるの、もしかして?」って聞いたらほんとに心配そうな顔して「当たり前じゃん。心配だよ」ってジェニーは言った。 ジャックの友だちもポロポロ帰り始めて、マジェッドとわたしはうちの近所に踊りに行くことにした。この前マジェッドがカダーたちと行ったっていうグリークのバー。マジェッドは飲み足らなくてたくさん飲んで、ぎゅうぎゅうのフロアでふたりで踊りまくった。マジェッドって踊りが上手い。そこらへんの男みたいに派手に踊らないで、ステップが綺麗でおしゃれ。マジェッドらしい。ずっと一緒に踊ってくれてたし。カダーなんかその辺で踊ってる女の子に声かけてカッコつけて派手に踊るんだろなって思ってた。グリークの音楽がほんとによかった。「2階は普通のアメリカンの音楽だけど行ってみる?」ってマジェッドが手を引いて連れてってくれたけど、好きな曲がみんなつまんなく思えた。もう朝になってて、わたしは踊り疲れて、マジェッドは踊り疲れて飲み疲れて、ソファにしばらく座ってからお店を出る。 マジェッドはうちに泊まった。 あんまりくたびれてるみたいだから、わたしがうちで寝ればいいよって言った。 行く前にマジェッドが、運転出来なくなるくらい飲んじゃったらきみんちに泊めてよって冗談で言ってた。 「どうしようかな」ってマジェッドは言って、「ほんとにいいの?」ってそれから聞いた。マジェッドにベッドを半分貸すくらい、わたしは全然平気だった。 ベッドに入るなり、わたしの横でマジェッドは死んだみたいに眠った。 あったかすぎるっていうから窓を少し開けたのに、まだ暑いらしくてコンフォートもブランケットもマジェッドは蹴飛ばす。わたしは寒くて何度も目が覚めて、その度に足元にまるまったブランケットを引っ張りあげた。そしてこっそり窓を閉めた。 ふたりで目が覚めたのは、夕方の4時だった。マジェッドがわたしを抱き起こしてくれて、まだ目がちゃんと開けられないわたしのほっぺたに笑いながらキスした。 マジェッドがシャワーを浴びてる間にわたしはコーヒーを沸かして、わたしがシャワーを浴びてる間にマジェッドはコーヒー飲みながらテレビを見てた。 それからごはんを食べに行った。 前から行きたかったグリークのレストラン。お店も食器もちっともおしゃれじゃないけど、「本物のグリークだ」ってマジェッドは言った。マジェッドはグリーク・フードが大好きで、最初にカダーがマジェッドに会わせてくれたときも3人でグリークのお店に行った。あの時はカダーがわたしを恋人みたいに紹介してくれたのにな。 「あたしね、カダーのこと忘れることにした」。そう言ってから慌てて言い直す。「違う。忘れるなんて出来ないから、『あんまり考え過ぎないこと』にした」。「Good!」ってマジェッドが言う。「きみが思ってるような『友だち』として会えるって自分の中でほんとに確信出来るまで、離れてるほうがいいよ」って昨日言ってた。マジェッドの言うことなら、なんか素直に聞けそうな気がした。 「うん。カダーのことはもうあんまり考えないようにする。あたしの New Year resolution」。 「ジェニーはやっぱり僕に興味ないみたいだなあ」って、マジェッドはちょっと淋しそうに言った。 -
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