一橋的雑記所

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2006年03月31日(金) 何年振りかという…■ホントは201204278.

続いてます。
つか。
どうすんだ、これ。←





思っていた以上に疲れていたのかもしれない。
気付けば、うとうとしていたあたしが目を覚ました時には、日はもうずいぶんと傾いていて、差し込む西日が眩しかった。

「あ、起きちゃいました?」

流れている音楽は、あたしに無断で聴いたことあるような無いような、ゆったりした歌のない音楽になっていて、ふうん、こんな曲も聴くんだあ…なんて、薄ぼんやりした頭で考えながら、何度も瞬きを繰り返していると、そっとひそめるような声が隣から聴こえてきた。
運転に集中してるのか、振り返りもしない横顔が、逆光のせいで暗くて、ちょっと知らない人みたいで、一瞬だけびくっとする。

「……ゆかりさん?」

気遣わしげな声が聴こえて、ううん、と頭を振る。

「まだ、遠い?」
「え?」
「目的地」

久し振りに出した声は吃驚する位かすれてたけど、知らんぷりで続けると、あの子は、ええーと、ともうすっかり聴き慣れた唸り声を上げた。

「あともうちょっとです。下の道も、思ったほど混んでないみたいですから、15分もかからないかも」
「ふうーん」
「まだ眠いです?」
「ううんー、だいじょぶ」

下の道、とか、車運転し慣れてる人っぽいよねえ、とぼんやり感心する。そういえば、誰かが、ちょっと前に、あの子と何処かに遊びに行ったんだか旅行に行ったんだかってって話をしてたことを思い出した。思いついたら即実行。お出迎えから何から全部お膳立てしてくれて、いつもとは想像つかない位オトコマエだったって。素顔は子どもみたいなのにって。

ていうか。
なんで忘れてたんだろ、その話。
ていうか。
なんで今、思い出して、良く分かんないもやもやした気持ちになってるんだろ。

どうしてだか、一気に目が覚めたような気がした。


あの子の予言通り、車は、15分するかしないか位で、目的地らしいお宿の前に到着した。

「……なんか、凄くない?」

海沿いの道路に面した、大きな木造の一階建の建物。その向こうに、お洒落なホテルみたいな建物もあって、なんていうか、バブリー?多分きっと、お部屋に温泉とかもありそうな。そんな高級そうな旅館の玄関に、あの子は平気で車を乗り付けた。

「凄くないですよぉ」
「でも、お高いんでしょ?」
「それが、平日だしこの時間からのチェックインだしで、全っ然そんなことなかったんです」

もちろん、急に連れてってなんて言い出した手前、自腹切る覚悟はあったけど、持ちネタとかじゃなく、自然に口走ってしまった言葉に、あの子はむしろ誇らしげに応える。ホントにぃ…って続けたい気持ちをやっと堪えた所で、お宿の玄関から、何人かの人がお出迎えに出てくるのが見えた。

「……本格的じゃん……」
「普通ですって」

笑ってさっさとドアを開けて出て行くあの子に、え?と慌てるばかりで身動きも取れないでいたら、助手席のドアが静かに開いた。

「さて、到着しましたよ、お姫さま」

ドアの向こうでにっこりしていたのは、まごうことなきあの子で。
あたしは、吹き出したら良いのか、感心したらいいのか決めかねて、「あ、そう」としか呟けなかった。





落とし所、捜索中……(ぇ。


2006年03月30日(木) 徒然なるままに。(ホントは091013)



喫煙の習慣は、自分に取って幸せな記憶と結びついているのかもしれないと思う。

足下に、ほんの少しの寒さが立ちこめる時期になって、久し振りにパッケージを開く。小さな台所の小さな明かりの下で、ノベルティのガスライターをスライドさせて、小さな炎を灯す。濃い味と香りを胸一杯に吸い込んで、薄くなった煙を換気扇に向けてはき出す。口の中に残る苦みが、あまりに一度にいろんなものを脳裏に浮かび上がらせるものだから、何一つ確かな形を結ばない。

久し振り過ぎて強く感じる刺激に軽い目眩を覚えながら一本吸い終え、蛇口から滴らせた水で消火する。何かのおまけで手に入れた陶器の器に吸い殻を仕舞い、素焼きの小皿で蓋をすると、その上に長い梅の薫りの線香を立てて火を点ける。立ち上る甘い香りが懐かしい。

懐かしい筈だな、とふと思い至る。
自分にとって一番懐かしい人が纏う薫りに、それはとてもよく似ていることに、今更、本当に今更、初めて気づいた。

悔しいので、絶対、教えてやらない、と心に決める。


<091013.>


2006年03月29日(水) ホントは20090227.

続いているかもしんない。




誰にだったら救われると思っているのだろう。
そんなの、好きって言わない。
言えない。



あたしたちを乗せた黒くておっきい車は、知らないけど広くて長い道をどんどん走っていく。
乗り物、特に人の運転する自動車はそんなに得意じゃないと思っていたけど、少しも気持ち悪くならなかった。

「ねえ、何、この音楽」
「えーと、私の好きなグループっていうか」
「ふうん、変な声」
「な……! 変とか言わないで下さいよ! 良い声じゃないですかっ」

何処かで聴いた覚えはあるけど、低過ぎてあんまし上手には聴こえない単調な声が、だらだらと何か喋るみたいに歌ってる。そんなにしんどいならキーもうちょっと上げたら良いのにって思ったけど、鼻歌みたいに合わせて歌ってるあの子がご機嫌だったからそれ以上は言わない事にする。あたしって大人、なんて考えながら窓の外を流れていく景色をぼんやりと眺める。
何処まで行くんだろう。
訊いたってきっと、良く分かんないから訊かないでいるけど、何にも説明しないあの子もあの子だと思う。

「……ゆかりさん?」
「ん?」
「あの、音楽止めた方が良いですか?」

なんで?、ってあの子の横顔に視線を向ける。鼻歌もいつの間にか止んで、真剣な顔してフロントグラスを真っ直ぐに見てる、アーモンドみたいな形の目がちょっと細くなってた。

「良いよー別に」
「や、だって、」
「余計な事考えないで、運転に集中ー」
「えー……」

困ったように眉根が下がる。いつもそうだな、って思う。あたしはあの子の事、いつもいつも、困らせてばかりだ。分かってるのに、でも。

「じゃ、あの、他のにします?」
「他のって?」
「ゆかりさんの、とか、」
「却下」
「えー!」

反省し掛けた気持ち、却下。何考えてんだ、こいつ。

「なんで自分の歌とか聴かされないといけないの、冗談じゃなーい」
「え? だって、ほら、ゆかりさんの歌、好きですし私」

何言ってんだ、こいつ。

「つーか、奈々ちゃん、あたしのCDなんか積んでんの?」
「勿論ですよっ」
「……抜いて良い?」
「や! だ、駄目ですよ、勝手に触らないで下さいっ」
「奈々ちゃん、前見て、運転に集中して」

慌ててこっち見ようとするから、びしっと言ってみたら、生真面目に視線が前に戻る。

「……すみません」
「何謝ってんの?」

いえその、とかごにょごにょ言って、ほんのちょっとあの子は小さくなって、あたしは溜息を零しながら、窓の外に視線を移した。
歌うのは、好きだ。でもそれは多分、あの子が歌うことを好きな気持ちとは全然、全く違う気持ちなんだと、それは凄く感じる。あの子は、歌も好きだし、自分の歌も好きだろうし、歌ってる自分の事もきっと、大好きなんだろう。食べることや旅行や、声のお仕事すら、あの子には大好きで括れちゃうものなんだろうけれども、それとは全然比べ物にならない次元で、歌が好きなんだろう。あの子のちっちゃな身体の真ん中にそれは物凄く確かな形で存在して、だからこそ、いつでもきらきらしているし、想像もつかない大きなステージでも堂々と、全力で歌えるんだろう。他の何を奪われても、多分、歌さえ残っていれば生きていける。そういう人なんだろう。
でもね、だからって歌う事を好きな人、全部が全部、そうじゃないこと位、分かって欲しいな、とか、そんな勝手な事を考えてしまう。
それが、少し前は何だかとても、悔しかった。悔しかったけど、そんな風に思うこと自体、無意味なんだって気付いてしまった。あの子のその気持ちに張り合おうなんて、あたしは最初っから考えていなかった、その事に気付いたから。

「……じゃ、奈々ちゃんのCD、掛けようよ?」
「……え?!」

何気なく言った言葉に、奈々ちゃんが酷く大きな声を上げたから、あたしの方が吃驚する。

「え?!って何、え?!って」
「え、や、あの、ええと」
「いいじゃん、ゆかり、奈々ちゃんの歌、聴きたいなー」

駄目、なんて、ルームミラー越しに、奈々ちゃんに向けて小首を傾げて見せる。何、今更動揺するんだろう。自分の歌、大好きな癖に。

「何でも良いよ、今直ぐ掛けられる奴なら」
「あ、あの……」
「知らない人の歌より、ゆかりは奈々ちゃんの歌、聴きたいな」

冗談めかして言ったつもりだったけれども、フロントグラスを凝視していたあの子の横顔が、何故だか少し、強張った気がした。

「……奈々ちゃん?」
「わ、わかりました、掛けます」

ほんのりと薄っすらと、あの子の頬に赤みが差して、慌しくその手がオーディオに伸びる。がしゃんがしゃんって音がして、CDが入れ替わって、少ししてがりがりっとしたギターの音が流れ出した。これ、知ってる。お正月のアリーナのコンサートのオープニングで歌ってたあれ。とか思っていたら、あの子の手がもう一度オーディオに伸びて、音量が少し絞られる。

「何してんの?」
「や、ええと、音、おっき過ぎたかなあって」
「んーん、大丈夫、平気」

ぶるん、と首を振って見せたら、あの子の手がちょっと躊躇うようにしてヴォリュームボタンから離れて行った。
狭い車内一杯に響き渡るバンドの音と、あの子の声は、正直確かにちょっとうるさい感じだったけど、でも別にそれはそれで構わなかった。遠慮なくガンガンと響く音に負けない位、ガンガンにかっ飛ばしてるあの子の声。相変らずかっけーよな、って思う。ライヴで聴きたいとは思わないけれども。生でこんな音に囲まれたら、多分、あたしの耳は一発で駄目になるに決まってるから。
そんな事考えながらあの子の声に耳を傾けていたら、忘れた振りをしていたあの事が、不意に甦る。やってやれない事はない。けどでも、こんな強い音と歌声に囲まれて、あたしが同じ事が出来るとは到底思えない。

「……ゆかりさん?」

気遣わしげな声がして、ふっと意識が引き戻される。

「何?」
「ええと、大丈夫、ですか?」
「何が?」

我ながら不機嫌だなあと分かる声。なんでだろう、あの子の前なのに、それともあの子の前だから、だろうか。自分でもいらいらする位、剥き出しの気持ちが露わになってしまう瞬間が、ある。

「えっと、あの、すみません」
「……奈々ちゃん」

だからこそ、こんな風に敏感に、謝られても、困るんだけど。

「言ったでしょ、運転に集中!」
「うっ、はいっ!」

窓の外の景色は気付けばうっすらと夕闇色に染まり始めてた。







時間切れ(何)。
もしかしたら後から続けるかもです。
あくまで、もしかしたら、ですけど(何々)。





2006年03月28日(火)

※ホントは090111.その2。
まさか容量オーヴァーにつき。
27日付の続き。




イメージに合わない。
送りますよ、なんていわれて呆然としているあたしをさっさと助手席に誘導するや、いかつい車をいとも軽やかに発車させた彼女に向けて思わず口にした一言に、あの子は薄い苦笑いを浮かべた。


「よく言われちゃいますけど、でも、体が少々ちっさくても運転するのには別に支障ないんですよ?」
「や、サイズの問題だけじゃなくってさ。おっきい車って運転、辛そうじゃん?」
「んー、今時はパワステ……ハンドル軽くする仕掛けなんてどんな車種にも普通についてますし、後は車両感覚っていうか」
「しゃりょうかんかく?」
「ええと、ちょっとカッコいい言い方すると、車体の輪郭を自分の体みたいに感じ取れるセンスといいましょうか」


えへへ、と照れ交じりに説明するあの子にミラー越しに何ソレ、な顔みせたら案の定、得意げな表情は瞬く間に恥ずかしげに朱に染まりながら崩れていった。


「あー……スミマセン、水樹の癖に調子に乗りました……」
「やだな、そこまで言ってないよ」
「ていうか、あの、真面目な話、」


慎重だけれども臆病という程じゃない穏かな運転を続けながら、あの子は少しだけ表情を改める。


「実は私も最初はもっとこぢんまりっていうか、身の丈にあった可愛い車にしようかなあって思ってたんですけど、うちの親が『最初に乗るのは、ぶつけられても大丈夫な頑丈で大きい奴にしときなさい』って」
「へえ……」
「確かにそうかもしれないけどでも、自分からぶつけたとき、相手に酷い事になりそうだから怖いっ

て言ったら、『自分からぶつける心配しなきゃなんないほど自信ないんだったら車なんて乗っちゃ駄目』って」


その時のことでも思い出しているのか、あの子は目元を緩ませて小さく笑い声を立てる。余りにもあの子らしいエピソードに何気なく相槌を打ってから、なんでだろ、胸の奥にさくっと差込む感じを覚

えて、あたしは目を伏せた。


「……あ、えーと、ゆかりさん? 気分でも悪いですか?」
「あ、ううん、平気」
「あの、安全には気をつけてるつもりなんですけど、乗り心地が良い運転かと言うとさすがにそこまでは自信ないんで……すみません」
「大丈夫、奈々ちゃん、上手だよ?」
「ホントですか?」
「うん、タクシー乗ってるより普通にずっと、良い感じ」


胸はまだ少し痛いけれど、それは決してあの子の運転のせいなんかじゃない。ちらっと一瞬だけこちらに向けられた視線にあたしは強く頷いて見せた。


「ほんとほんと。このままどっか遠くへ乗せてってもらいたいくらい」
「遠くへ、ですか?」
「うん。うーんと遠くへ」


何故だか繰り返してしまったあたしの言葉に、あの子の横顔がほんの少し真剣になる。あたしは慌てて顔を背け、窓に軽く額を預けた。緩い冷房に冷やされたガラスのひやりとした感触が気持ち良い。


「――それじゃ、ホントに行っちゃいます……?」
「え?」


思いも掛けないほど真面目な声が返ってきたことに驚いて、振り返る。けれども、声とは裏腹に彼女の表情はどことなく悪戯っぽく崩れて見えた。


「実はですね、ワタクシ、今からちょっとばかり遠くへ出掛ける予定だったりするんです」
「え? 何? 今から?」
「ええ。打ち合わせも早く終りましたし、明日は午後からしかお仕事入ってませんし。だもんで、準備万端、今日のお仕事にも車で来ちゃいました」


笑い混じりに続けられた言葉に思わず振り返った後ろ座席には、ぱっつんぱつんのお仕事鞄以外にも、膨らんだボストンバッグっぽいのがぼてっと積み込まれている。


「今回はさすがに急すぎて、友だちにも振られちゃったんで、けえたんだけ預かってもらって独りで行くことになっちゃったんですけど」
「急すぎ……って、奈々ちゃん、そんなにしょっちゅう旅行とか、友だち誘ったりとか」
「ええ、まあ」


少しも悪びれない様子に、呆れるのとはまたちょっと違う、何だか落ち着かない気持ちになる。


「私と同じで不規則な仕事してる友だちが一人いて、いつもはその子に付き合ってもらってるんです。高校時代からの付き合いなんで、まあ大体の無理はきいて貰ってるっていうか」


何で、だろう。
よどみの無い運転と共に続くあの子のいつもどおりの饒舌が、そのまとう雰囲気も口調もいつもとは少し違って聴こえるのは。
何で、だろう。
いつものようには、上手く茶化せない気がする。
何でなんで、と繰り返す内に。
不意に気づいた。
あたしは。
こんな風に。
あたしの見知らぬ誰かのことを話すあの子を。
今まで全く、知らなかったことに。


「……ゆかりさん? ホントに大丈夫ですか?」


赤信号で止まった瞬間、こちらを覗きこむように体ごと近づいてきたあの子に、あたしは思わずびくり、と肩を震わせた。


「もしかして、やっぱりどこか具合……」
「何でもないよ、大丈夫」


あたしのテンションが変わる度に、酷く心配そうにちょっと自信なさげに下がる眉尻も。
何か言いたげに小さく開いたり閉じたりを繰り返す唇も。
いつもの、あの子のものでしかないのに。
その手は、ハンドルから離れなくて。
当たり前なんだけど、信号が変わった途端、その瞳も顔も、見慣れたそれとはちょっと違うものになっちゃうんだなって。
そんな当たり前の事にさえ、なんだか、ひどく、どきどきしている自分が、おかしくて。
だから。


「……ホントに」
「え?」
「連れてって、くれる?」


気付いたら、するり、と。
そんな言葉が、唇から零れ落ちていた。


「奈々ちゃんが今からいくとこに、あたしも、連れてって」




明日の仕事は、とか、誰に連絡も無しで大丈夫ですか、とか、そもそも旅行の仕度どうするんですか、とか。
青に変わってしまった信号に慌てて前に向き直りながら、矢継ぎ早に言葉を繰り出すあの子に。
明日はあたしも半日オフだから、とか、連絡なんてしなくても平気、とか、仕度なんてなくても出先で買えばいいじゃん、とか、あたしも間髪いれずに淡々と答え続ける。


「でもあの、結構遠くまで行く予定なんですけど。着いたら多分、晩ご飯時で、お買い物する暇なんて……そもそも、そんな便利なお店がある場所かどうかも分かりませんし」
「だったらちゃんと支度するからゆかりんちに寄って。どうせ送ってくれるつもりだったんでしょ?」
「そ、それはそうですけど、でも、」
「てか、ホントはやっぱり、連れて行きたくないんでしょ、ゆかりのことなんて。だったら、」


だったらなんで、って続けそうになった瞬間、ずきり、と胸の奥が今度ははっきりと痛んだ。
さっきのは多分、まさかあたしが乗り気になるなんて思っていなかったからこその冗談で。
だから、あの子もこうまでしつこく食い下がられるとは夢にも思わなかったに違いなくて。
でも、調子が良いだけじゃなくって、どっか気持ちの優しいところのあるあの子は。
こんな風に言われちゃったら、きっと、断り切れなくて困っちゃうだろう。
そこまで分かっていて、どうして、あたしは、こんなこと。
ぐるぐると回る考えと一緒に、こめかみを締め付けている鈍痛が、熱に代わる。
脈打つたびに、何かを打ち込まれるみたいに鈍い痛みが熱と一緒に溢れ出して、胸の中まで達するみたいで、まともにあの子の顔をみることも出来なくなる。

真っ直ぐに座っている事も難しくなったあたしは、胸元を自分の掌で抑えるようにして俯いた。


「…………」



小さな、溜息みたいな声であの子が何かを呟いた、けれども、痛みに気を取られていたあたしにはそ

れは意味のある言葉としては、感じ取れない。
気まずい沈黙に満たされたまま、あの子の車はいつしか、あたしのお家の近くに辿り着いていた。


「……着きましたよ?」


緩やかに路肩に停車させた後、あの子の遠慮がちな声があたしの肩を叩く。
ありがと、ごめんね、困らせて。
冗談だってば、もう、本気にしちゃって、やだな。
言うべきそれらの言葉は実際には、あたしの引き結ばれた唇からはこれっぽっちも紡ぎだされることは無くて。
すくんだままの身体も、動かなくて。
どうしたら良いのか分からないままじっとしていたら、小さなため息があの子の口元からもう一度零れ落ちて、瞬間、ぎくりと身体を強張らせた。


「……ゆかり、さん、」


躊躇うような、一瞬の間を置いて。
あの子は、うー、と軽く唸った。


「15分で、、仕度、してきてください」


……15分?
一体、何を言われたのか咄嗟には分からなくて、思わず振りかえる。
視線の先、ハンドルを両手で握り締めたままフロントガラスの向こうを見据えていたあの子は、困ったように、項垂れた。


「やっぱり駄目だって思ったらそのまま降りてこなくて良いです、15分経ったら、私、このまま一人で行きますんで」
「……奈々ちゃん?」
「あ、15分じゃ短すぎでしたか! じゃ、ええと、」
「……十分だと思う、けど」
「そ、ですか。分かりました、それじゃ、」
「まって、奈々ちゃんは……っ」


何故だか、泣きそうな顔で笑って目を逸らしてしまったあの子に、あたしは焦って声を被せた。


「ホントに、待っててくれる? ゆかりのこと、置いてかない?」


吃驚したように、あの子が勢い良く振り返る。
大きく見開かれた瞳が一瞬、泳いだ気がしたけれども、次の瞬間、へにゃり、といつもの困ったよう

な笑顔がその顔全体に浮んだ。


「そんなに、信用ないですか、私」
「や、だって、迷惑かなあって、流石に」
「そんなこと、無いです」


区切るように力強く返ってきた声に、寧ろ却って不安になる。
この子の優しさに、あたしは、時々、すごく、怖くなる。
真っ直ぐに邪気なく近づいてきたと思ったら、微妙な距離を置いて、あたしの出方を探って、それから慎重に言葉を紡いだり、かと思うと、思いもかけない行動に出たりする。
そんな、酷く曖昧な、なのにどこか大人びた反応に気付くたびに、あたしの胸には怯えにも似た、痛みが走る。
黙ってしまったわたしに何を思ったのか、いっそう苦笑を深くしながらあの子は、シートベルトを外し、後ろの席へと腕を伸ばした。


「それじゃ、これ、預けます」


言葉と共に、とっさに広げてしまったあたしの掌に、ずしり、と重い感触。
ルームランプを反射して、きらきらと輝くシルバーのチェーンに繋がれた、変わった形の鍵らしきものが、二つ。


「なに……これ?」
「鍵ですけど、私の部屋の」


鍵なのは分かってる、けど。
なんで、こんなもの。
戸惑うあたしを振り向きもせず、フロントグラスの向こうを見据えたまま、彼女は口元を綻ばせた。


「やっぱり、15分縛りは無しにします。けど、もし、行く気がなくなっちゃったら、これだけ返しに来て下さい。それまでは待ってますから」
「え? え? 奈々ちゃん?」
「これでも、信じてもらえませんか?」


笑い含みの、でも何だか苦しげな声を呟いて伏せられたあの子の首筋が、ほんのりと色づいているのに気付いて、あたしは鍵ごと自分の掌をぎゅっと握り締めた。


「……奈々ちゃん、へんなドラマの人みたい」
「え?! へ、へんなドラマって?!」
「仕度、もしかしたら一時間くらい掛かっちゃうかも」
「え、あ、さすがに一時間は……って聞いてます、ゆかりさん?!」


あの子の焦った声を背中に聴きながら、あたしはさっさと車を降りる。
あの子は、優しい。
馬鹿みたいに。
でも、その優しさを向けられることを恐れ続けているあたしは、多分。
もっと馬鹿なんだろう。
けど。
預けられた鍵を、着替えを詰めたボストンバッグの底に押し込みながら。
あたしは、少しだけ、泣きたくなっていた。








ええと。
でっかい黒い車を運転するシーンを書きたかった模様。
続くかどうかは、やっぱり未定(えーえー)。





2006年03月27日(月)

※ホントは、090111.


続くかどうかは、不明です(えー)。
例に拠って、良く似たお名前とお仕事をお持ちの二人のお話。
時間軸は、08年夏前。




理由なんて知らないし。
分からない。








ライヴまでは超タイトだったスケジュールが通常モードに戻ったお陰か。
いままでは後回しになってたこととか。
後は、ご飯を炊いたりお料理もどきなことをしちゃったり出来る位には。
余裕出てきたかなあとか思っていたりしていたのは、ほんの僅かな間で。
気付けばふと、独りきりの部屋のソファの上で。
膝を抱えて座り込んでいたりする。
スケジュールが通常に戻ったってことは。
あの子と逢える機会だって、少しは増えたってことでもあるのだ、けれども。
その事に思い当たるとなんだか余計に。
瞼が重くなって、何にも考えたく無くなってしまうのは。
どうしてなんだろう。




― Your melancholy. ―




いつまでも仏頂面をしていてもどうしようもないことなんて分かってる。
思えば随分と長い付き合いになるその人は、困ったような顔で笑いながら、でも、間違いなくどこかで高を括っている。
こういうの、見透かされてるっていうのかな。ちょっと腹立たしいけれども、でもホント、こればっかりは、仕方が無い。
いくらお仕事でもやってやれない事なら断固として拒否するけれども、やってやれない事じゃないって、もう分かってるし。
ただ、話が話だけに、避けて通れない部分があって、それが、あたしの気持ちを酷く重くしていた。


「今日は溜息多いですねー」
「お疲れなんですよ、ライヴ後だから」


事情を知らない筈は無いのに、いつもより少し広めのブースに集ったいつものメンバーが気遣うように、でも面白そうに声を掛けに来る。それも、次々と。
ホントに、もう。


「だめー、今日は何読んでも頭に入んないー」
「んじゃ、それで行きましょう今日は」
「……ゆかり、ほんっとーにそうするよ?」


良いですよ、と半笑いで台本にメモを書き込む作家さんの頭に、本気で自分の台本を投げたいなあなんて思ったのはここだけの内緒。自分が先に幸せ掴んだからって、浮かれちゃって。


「もーっ! ちょっときゅーけーいっ!」


とっくに打ち合わせ自体は済んでいたからわざわざ宣言する必要もなかったんだけども、そう叫んでから席を立つ。
足音を心持ち高く立てながら歩く。ろそろ今年は履き納めかなあと思う、頑丈な編み上げブーツがいつもより重く感じてまた溜息が零れる。こめかみに熱が集まる。体調はそれほど悪い訳じゃない。でも、ちょっと、イライラが酷い。
だからかな。


「あ。」
「あれっ?」


ベンダーコーナーに近づくまで、そこに佇む存在に全く気付けなかった。


「ゆかりさんっ」


真っ直ぐな笑顔で駆け寄ってくるあの子の足元も、踵の高い頑丈そうな皮ブーツ。だけどもその足取りは迷い無く軽やかで。


「おはようございます!」
「ん、おっはよー」


今日は取材関係のお仕事は無いのか、いつも以上にナチュラルっぽいメイク。相変らずきらっきらな笑顔はだから、ちょっとだけ幼く見えるのに何故かどこと無く落ち着いても見えた。
この年末年始に掛けて何かしらの山を越えちゃって、その上、次の山場が直ぐ近くに待ち構えているからなんだろうな……なんてことをぼんやりと思う。同時に、ずるい、とか思っちゃってる自分に気付いた瞬間、こめかみに蟠った熱が更に上がった気がした。
やれやれ。


「この時間に逢えるなんて、今日は早かったんですね」
「んー、ちょっとねー」


元気一杯な声をいつもどおりの調子で聞き流してみせながら、目の前の赤アンプの灯ったボタンを幾つか見比べた後、ミルクティーを選ぶ。いや、選んだつもりだった。


「……あちゃー……」


間違えた。


「あれ? ゆかりさん、いつから珈琲飲めるように?」
「……これ、要らない」


全く悪気の無いその顔目掛け紙コップを突き出すと、あの子は反射的に手を出しながら仰け反った。


「え? あ、ちょ、あの?」
「リベーンジーっ」


自分でも良く分からないまま叫びながらもう一度、今度は慎重にボタンを選んで、事無きを得る。あの子はと言うと、押し付けられたカップを両手で包み込んで小首を傾げたあと、何を思ったのかそれを近くのテーブルの上に置いて、肩から下げた鞄の中ををがさごそ探り始めた。


「あったあった。ええと、はい、これどうぞっ」


差し出されたのは、指先で摘める程度に薄くて平べったくて小さい、けれども綺麗な包装紙に包まれた何か。


「なに、これ?」
「フレーバーチョコです。ちっさいですけどすっごくフルーティーですっごく美味しいんですよー」
「へえ……」


笑顔に押されて反射的に出した手に乗せられたそれをまじまじと眺めた後、色んなチャームとか缶バッジとかついてて可愛いのに、中身詰め込まれ過ぎてぱつんぱつんになってるあの子の鞄へと視線を逸らす。


「四次元ポケット……」
「はい?」
「んーんなんでもない。ありがとー」


どうにも思ったことがそのまま口を付いて出るのはあの子の前でのいつもどおりなんだけど、われながら切れがないと溜息をつきながら、手近なベンチに腰を下す。ミルクティーをテーブルに置いて、両手を使ってゆっくりとチョコの包み紙を解く。途端に香る、甘くてほんの少し酸っぱい、ベリー系の香り。


「ホントだ、良い匂いがするー」
「でしょ? それはブルーベリーですね。他にも、ほら、」


思わず上げてしまった声に無邪気に微笑み返しながらちゃっかり隣に座ると、あの子は再度鞄を探り、目の前のテーブルの上に更に三枚、色も絵柄も違うチョコを並べてみせた。


「これはミントで、これはラズベリー、それからオレンジかな。ホントは他にも幾つかあったんですけど、すみません、食べちゃいました」


ぺロリ、と小さく舌を出すその仕草は相変らず小動物っぽい。


「で、残り全部ゆかりにくれるの? 相変らず太っ腹だねー」
「でしょ? ……なんちゃって。お裾分けです、実は、差し入れに頂いたんです」


差し入れ、と聞いて、口元へとチョコを運びかけていた指先が止まる。さっきあったあの人は何て言ってたっけ。


『奈々ちゃんも一緒やし、安心やろ?』


「……もしかして、みっしー?」
「あれ? 何で知ってるんですか、ゆかりさん」


しまった。
うっかり滑った舌を誤魔化すべく、チョコを口の中に放りこむ。
多分、この話はまだ、あの子には届いていない筈で。


「てか、DVDの打ち合わせとか、だったの? 今日は」
「あー、はい、私の方は。それと、夏のライヴの件とか……ゆかりさんは?」


間近な場所からきらっきらの眼差しで見上げてくるあの子を見返しながら、口の中のチョコをもごもごと咀嚼することで返事を保留にする。


「あ、もしかして、ゆかりさんもライヴDVDのお話だったとか?」


やっぱりまだ聞いていなかったらしいその様子にちょっとだけほっとして、「どうかなー」なんて呟きながらチョコを飲み下す。甘苦いチョコが舌に絡みつくのも、ベリーの香りが鼻の奥を強く刺激するのも、美味しいけれどもちょっとだけ苦しい。ちっさいのに自己主張激しいなんて、まるで誰かさんみたいだ、そんな事を考えながら、ミルクティに手を伸ばして冷めたそれを一気に飲み干した。


「……つか、DVDになんか出来るのかなーあれ」
「えー、私は是非、観たいです、ゆかりさんのライヴ」
「観せるだけのならあるけど。スタッフさんが撮ってくれてた奴、でも――」


出来ればそれもどうかな、と続けかけたのに、あ、それそれ、とあの子は大きな声を被せてくる。


「それも勿論、観せて頂く予定ですけど! やっぱり、ちゃんとした形になったの、みてみたいじゃないですかー」
「……ええと、なんでそっちが勿論なの?」


しまった、みたいな顔してあの子が口を噤んだ。あの野郎、いつか締めてやる、なんて物騒な事考えたあたしに気付いたのか、慌てて両手を振ってみせる。


「や、私が三嶋さんに頼んだんです。だって、ゆかりさん……呼んでくれなかったですし」


焦りの余りにか変形しそうなくらいカップを握り締めながら、あの子は困ったような顔になる。




「いえ、あの、ファンの人以外にチケット回すの嫌なんだろうなって……前々から思ってましたし、多分今回も駄目だろうな、ってわかってたんです、けど。でも、この前のラジオとかのお話聞いて、なんていうか、その、ちょっとショックだったっていうか……」
「ショックって、なにが?」


聞き返しながら、その理由は実は分かっている。
この前ラジオで、今回のライブにも誰も呼ばなかったとか、過去に何度かだけ事務所の後輩の子を招待したことがあった、なんて話をネタにした。あの話には、もうちょっと何ていうか、別の意図もあったりなかったりしたんだけど。てか、あの子があたしのラジオをこんなにちょくちょく聴いてるらしいこと自体、ホントは凄く、なんていうのか、嫌、っていうか、困る、みたい感じなんだけど。
けどでも、あの子はそんなあたしの内心なんてお構い無しに、続ける。


「今度のライヴだって、そりゃ、お仕事入ってましたけど、でももしも万が一にでも呼んで貰えてたなら、何が何でも駆けつけたと思いますし、」
「ちょっと待ってちょっと待って! さすがにそれは無理でしょ」


仕事の都合つけてまで、なんて、ホント、冗談でも勘弁して欲しい。
力一杯否定するあたしの突然の大声に、ぎょっとしたようにあの子が振り返る。驚いたようなその眼差しに向けて、あたしは考えるよりも早く、次の言葉を口にしていた。


「ていうか、ゆかり、奈々ちゃんだけは絶っ対、呼ばない」


言い切った、瞬間。
あの子の目が、物凄く大きく、見開かれた。
怖いくらいに。
だから、あたしも、怖くなった。
胸が変に、ドキドキして、止まらなくなった。


「……絶対……って……、」
「え、や、あの、DVDとかなら観てくれて良いよ勿論全然、でも、ライヴだけは絶対、無理」
「あ、あの……ゆかりさん、なんでそんなに……」
「なんででもっ」


被せるように叫ぶと、あたしは立ち上がった。
他の誰かに説明できるような理由なら。
幾らでも並べられる。
でも。
あの子に対してだけは。
言葉にして説明なんて、出来る気がしない。


「じゃ、ゆかりお仕事に戻るからっ」
「え? あ、ゆ、ゆかりさんっ!」


あたしに追いすがるようなあの子の声を振り切って。
あたしは駆け出した。
折角もらったチョコレートを置き去りにしてきたことに気付いたのは、ブース近くで足を止めた、そのずっと、後のこと。




今日はホントに、どうかしている。
結局、痛む頭と胸を抱えてぐだぐだ状態のまま収録は終わった。あたしのコンディションを分かっくれてるというか、勝手知ったるスタッフの皆は寧ろ、そんな状態を逆手に取るように盛り上げてくれたけど、なんていうか、だからこそ、余計に辛い。
ブースを出た後、反射的に電源を入れてしまった携帯がゆるゆると揺れる。開くまでもなく、あの子からだと分かってしまう。でも、確認する気にはなれなくてそのまま鞄に仕舞いこんだ。
今日はこれでお仕事終了。このまま、お家に帰ろう。
明日の午前休も、寝て過ごそう。
もう、何も考えたくない。
ぐちゃぐちゃだった。


「あっれー、もう上がり?」


定まらない気持ちのまま廊下を歩いていたら、かつーんと届く声に背中を叩かれ思わず振り返る。


「あー、ますみんかー」
「かーって何よ、かーって」


勢い良く駆け寄ってきたのは、これまた結構長い付き合いの同業者。
というか、多分、お友だちって呼んでも構わない相手だった。


「ライブおつかれーってこれもう言ったっけ?」
「んーん、聞いてない」
「良かったー。んじゃ、ライブお疲れさまっ」


傍若無人に見えて結構折り目正しいというか生真面目なところのある彼女は真顔で一礼すると、ん?と軽く眉根を寄せた。


「なんかホントに疲れてるっぽいけど。なんかあった?」
「別にー」
「うん、まあ、ゆかりんは基本、いつも疲れてる感じなんだけど、」


今日はちょっと違う感じ、とか言いながら首を捻っている。


「ライブ終ったから、ちょっとは元気になってるかと思ってたんだけどなー」


んんー?って分かり易く眉を顰めてみせる彼女に、あたしはなんと返したものか分からなくて曖昧に笑ってみせた。

ラジオとかでも日常でも、こんな感じである意味フリーダムな言動を隠すことの無い彼女だけども、その容量のおっきそうな頭脳は常に自動的に高速回転している、そんな気がしてならないから、裏も表も無くさらっと零されるその言葉に、あたしはいつものように動揺して曖昧に笑うしか出来なくなる。


「もしかして、なんか新しい仕事でも、決まった?」
「えっと、ま、そんなとこか、な」
「相変らず人使い荒いなーゆかりんとこ。稼ぎ頭だから、ま、しょうがないんだろけど」
「えー、ゆかり、そんな稼いでないよー。少なくとも、ますみんが喜ぶほどには」
「ははは、あたしはあたしの懐に入らないお金の事では別に喜ばないっ」


軽い笑い声を立て、冗談何だか本音何だか分からない感じでさらっと返すと、ふむ、と彼女は腕を組んだ。


「ま、ともあれ、体が資本だからねー。お仕事終わったんなら早く帰ってゆっくり休むと良いよ」



「ありがと、ますみんもね」
「やー、あたしはまだこれから打ち合わせだし。っつーか、毎週土曜夜生放送ってホント、きっついわー」


ははははは、と真っ直ぐな笑い声と共に零された愚痴に、あたしの胸が勝手にどきっと跳ねた。
8月最後の土曜日。
多分、首を縦に振るしか残されていない選択。


「あ、そうそう、」


じゃあ、って行きかけた彼女が、くるん、と器用に頭だけで、ぼんやりと佇んでたあたしを振り返った。


「なんかほっちゃんがね、この夏、おっきなお仕事することになりそうって言ってたよ。ほら、例の

愉快なバンド絡みらしいんだけど。詳細は本人に訊くと良いよ」


しかし忙しいのは結構な事だよね、なんて言って、じゃあねとさっさと背中を向けた彼女を見送るあたしは、その言葉を何度も反芻するうちに、さっきの比じゃない位の痛みを胸の奥に感じて。
息さえ忘れて、その場に立ち竦んでいた。




風邪かな、それとも目眩のせいかな。
自分でもどうしたものか分からないぐらぐらとした熱をこめかみから頭の天辺に掛けてのあちこちに感じながら、駅を目指す。
まだ早い時間だから、電車を乗り継いで帰ってもそんなに人ごみに揉まれる事もないだろう。そう思って表通りに面した交差点で信号待ちをしていた時だった。
直ぐ脇に停車した黒っぽい、ちょっとごつい輪郭の車が唐突に短くクラクションを鳴らしたものだから、どきっとする。思わず反射的に目を向けたら運転席の窓ガラスの上半分に濃い目のスモークが掛かっていて、それが何だかちょっと柄が悪そうで、慌てて視線を逸らした。
その瞬間、再び短いクラクションが鳴り響いて、更にびくっとした。
何が気に入らないのかな。
分からないから酷く不安で、早く信号が変わってさっさと走り出して欲しい、そう思った時、その車があたしの方へと車体をゆっくりと近づけてくるのがわかってぎょっとなる。正確には、路肩に路駐でもしようとしているのか、ウィンカーを二つともちかちかさせて、路肩に車体を寄せてきたのだった。
次の瞬間、待ち望んでいた青信号が、あたしの真正面で灯ったから、慌てて足を踏み出そうとしたその時。


「ゆかりさんっ」


その、一見柄の悪そうな車のドアが素早く開いて、聴き慣れた、でもちょっと慌てた感じのあの子の声がそこから飛んできて。
あたしは、ものすごく、間抜けな顔をそちらに向けたに、違いなかった。







まさかの容量オーヴァー(えーえー)。
翌日分に、続きます。




2006年03月26日(日)



止まらない。
止まれない。




Our sadness and painfulness




一日が終って。
逸る気持ちを抑えて。
タクシーのシートに沈めた身体が今にも駆け出しそうで。
何が切っ掛けか何て、考えたくない程に。
今は只、あなたに逢いたくて。


チャイム鳴らして、魚眼レンズの向こうが少し暗くなるのを眺めながら。
頭の片隅、何かがカウントダウンを始めるのをぼんやりと感じて。
ゆっくりと開かれる重たい扉の向こう、ほんの少し身を屈めた彼女がそっと上目遣いで見上げてくるのを確認するのと同時に踏み込んだ。

「……っ!」

何か言い掛けた言葉を吐息ごと奪って。
胸元を、握り締めた拳が打ち付けるのも構わずに。
ほっそりとした背中に両腕を回して、精一杯、抱き締める。
身じろぎした彼女の首筋をなぞって形の良い頭の後ろに回した右の掌を、ゆっくりと上下する。
唇に感じる温かさに、泣きたくなる。

「……ちょっと、まって」

名残を惜しみながら解放した、その次の瞬間、彼女は大きく息を吐きながら声を漏らす。苦しげに伏せられた顔からは、表情が読み取れない。

「……ごめん、なさい」

反射的に謝った瞬間、彼女が顔を上げた。

「謝んな」

顰められた眉と、引き結ばれる唇。
ああ、また、間違えた。

「……大好きです」

正解なんて知らない。
だから、精一杯、気持ちを言葉に乗せてぶつけたら、彼女は困ったように眉根を下げた。

「ななちゃん、いきなり過ぎ」

ご尤もな言葉に、項垂れる。
自分でも掴みかねる感情をただぶつけるだけの行為だったと気付けば、こめかみがきんと冴える。

「……大丈夫、だよ?」

冷え切ったその場所に、彼女の掌が触れる。
目を上げれば、ふにゃり、と柔らかい彼女の笑顔。
ゆっくりと、その手が首の後ろに回されて、引き寄せられる。

「……ゆかりさん」
「うん」
「大好きです」

知ってる。
小さな声が、耳元を揺らした。

「誰にも、渡したくないんです」

うん、って頷く動きが肩先に触れる。

「ゆかりさんにとっての、特別で居たいんです」

うんうん、って彼女の額が、鎖骨の辺りに押し付けられる。
華奢な身体に回した腕に力を籠める。
壊してしまいそうで怖くて、でも手離せなくて。

「ごめんなさい……」
「……もう……」

困らせるのを分かっていて、でも。
ああ。
何処までも、自分本位で。
我侭で、泣きたくなる。

「……ななちゃん?」
「……はい」

ぺし、と、痛くない強さで彼女の掌が頬を打つ。

「謝らないで」
「……はい」
「ゆかりのこと、好き?」
「はい」
「だったら、それだけで良いじゃん」

背中に回された細い腕に、引き寄せられる。

「ゆかりは、ゆかりの事好きでいてくれるななちゃんのこと、好き」

ぎゅっと、引き寄せられる力に、胸が痛いほど、震えた。

「ありがと、ね」
「……っ!」

苦しくて、切なくて、幸せで。
言葉に出来なくて、縋りついた。
誰かに奪われる、その可能性に怯える気持ちが消えた訳じゃない、けどでも。
今は、今だけは、彼女はこの腕の中にいる事を選んでくれる。
その事が、堪らなく幸せで、切なくて、苦しかった。

願わくば。
この切なさが、苦しさが、幸せが。
出来得る限り、続きますように。
ただそれだけを願って。
私は、腕の中の彼女を、力いっぱい、抱き締めた。








幸せで、ありますように。
笑顔でありますように。
ひたすら、それだけを祈るように、願いつつ。




2006年03月25日(土) もしかしなくても、『月下』の続き(えー)。※ホントは、081208.

バックアップを兼ねて(何)。



開け放した扉の向こうから、冴えた月明かりと夜の気配。
何故だか眠れないまま、臥室に身を起こしてさわさわと寄せ返す雲海のざわめきを聴くともなく聴いていた。
もう、何日になるだろう。
下手をすれば溢れそうな感情を制して、職分を全うする事だけに専念する毎日。
もの問いたげな主の表情に気づかぬ振りをするのは、時折顔を合わせる百官の長の何もかも心得た風な穏やかな笑顔に激昂しそうになるのを抑えるよりも、正直な所、辛かった。
でも、それ以上に辛いのは。
日増しに胸の中に降り積もる、失望にも似た悔しさ。自分は一体、何を思い上がっていたのだろう。信頼を勝ち得るだけの何ものをも為しては居なかった。そんな己を棚に上げて、どうして主を……彼女を責められるのか。

「情けない、かな……」

結局の所、自分はまだ何一つ、変われてはいない。偏狭な価値観に捕らわれ守られ、自分の正しさに疑問すら抱かなかったあの頃から。
だから、遠ざけられたのだ。あの場から。
あの時、もし自分がその場に居たとしても、彼女は、自らの命を暗殺者の刃に晒した事だろう。自分が真にしなくてはいけなかったのは恐らく、身を挺して彼女を庇う事でも、王の身で凶刃にその命を晒そうとした行為を責める事でも無い。
あの、怜悧過ぎる程怜悧な男の掌に乗せられて初めて気づいた事が、ひたすらに悔しかった。何より、誰より、自ら気付けなければいけない事だったのに。

かき合わせた夜着の隙間に忍び寄る冷気すら生ぬるく感じられる程、悔しさに熱を帯びる胸をそっと抑える。
今は遠い故国の玉座を文字通り身を以て守るあの人を思う。
この国を……この国の主を守ると決めた時にやっと知ることの出来た、あの人の思い。けれど結局それは、知り得ただけでしか無かったのだと思い知らされたようだった。

「……ほんと、情けないったら」

唇を噛み締め、身を折り、堪える。
これ以上、みっとも無い真似はしたくない。でも。
食いしばった歯列の間を縫ってともすればこぼれ落ちそうな呻きを、何とか堪えようとした、その矢先だった。

「祥瓊……?」

今、一番聴きたくて、でも聴きたくなかった声が、潮騒にかき消される事無く、真っ直ぐに耳朶を打った。

「ごめん、もう寝んでるかな」

年頃を思えばそっけない程に低く、なのに、良く透る声は、主の特徴の一つだった。知らぬ人が聴けばぶっきらぼうを通り越して平坦に感じる程、感情を伺わせない声音はけれども、不器用で嘘のない人柄の故。本当にどうでも良い事を話したり、隠したい事がある時程、人は、際限なく愛想の良い声を出せるものだ。良い悪い、では無く。

「良かったら、少し話したかったんだけど……こんな時間になってしまって……」

独り言めいた声と言葉に、酷く胸が痛む。答えたかった。自分はちゃんとこうして起きていて、あなたの言葉に確かに耳を傾けている、と。
けどでも、口を開けば、言葉よりも先に気持ちが溢れてしまいそうで、いっそう強く唇を噛み締める。

「祥瓊が、ここ暫く、私と話してくれなくなった事、その訳も、分かっているから。分かっているのに、ごめん、私は……」

主の声が、穏かなまま途切れる。不器用で、その癖、酷く潔くて。自分が正しいと信じたことの為には何もかも飲み込んで突き進むだけの信念を持ちながら、けれども、王として相応しくない自分の事は、いつ投げ出しても構わないと本気で思っている。その生き方そのままの声音に、熱を帯びた胸の奥底が苦しいまでに痛んだ。
無私が虚無にどれ程近いものかをまだ知らない、若い王の声。
その側近くに寄り添い、その治世を見届ける事でかつての己の罪を償おうと考えている自分に、出来る事などたかが知れている、けれども。

「……分かっているなら、良いのよ」

小さな溜息の後、深夜の冷気を胸深く吸い込んだ後、声を励まし答える。

「祥瓊? 起きてたんだ」
「起きてるわよ」

臥室の帳を掻き分けて、ひやり底冷えのする床へと足を落とす。

「陽子こそ。政務でも無い夜更かしは感心しませんわよ、主上?」
「……眠れなかったから」

冗談交じりの言葉にまともに答えながら躊躇う素振りを見せる彼女に、肩を竦めて見せた。

「そんな所に長居してたら身体に毒よ? 幾ら神仙の身でも」

手招くと、大人しく従ってやってきた。
こんな刻限になってもまだ起きて何かしていたのか、いつもの簡素な官服にも軽く結い上げた髪にも少しの乱れもなく、かといって、疲れた様子も伺えない横顔は、いつもどおりの穏やかな無表情だった。似たもの主従、とは言うけれども、主が従えるこの国の麒麟の文字通りの無表情とは随分と異なる印象を与えるものだと、どうでも良い考えが脳裏を横切った。もしかしたら、見とれていたのかもしれない。

「来る途中、浩瀚に逢った」

だから、唐突に零された主の言葉の意味を一瞬、取り損ねた。

「……冢宰に?」
「うん。眠れなくて走廊伝いにぼんやり歩いていたら、途中で彼の居拠に行き当たったらしくて。王宮って何処でもこんな造りになっているのかな」

遥か雲上に存在する王宮の、所謂内宮は、王とその側近の住まいとして特別な呪法が施されている。生まれ着いての王族どころか、異世界に生まれ育った主には、その意味や理由を学ぶ機会が無かったのも道理、と溜息を零した。

「王宮の主には、全てを掌握する権利と義務があるものだから」
「ああ、うん、そうだね」

飲み込みの早い主は、あっさりと頷いた。

「だから、夜幾らほっつき歩いても誰も咎めないし、後を付けて行こうにも、王と同じ道を行けるのは台輔だけだけど、程ほどにね」
「うん、気をつける」

生真面目に頷いてから、もう一度、ごめん、と頭を下げられた。そういう意味では無かったのだけれども、と思いはしても、口にはしなかった。気付けば、いつもと代わらない会話がそこにあって、主は、特に思い詰めた風でも無い。その事に安心している自分が、辛い。

「……祥瓊」
「ん」
「すまなかった」
「もう良いわよ」

真っ直ぐな、曇りの無い、強い輝きを内に秘めた翠の瞳を見つめ返す。

「浩瀚からも、すまなかったと伝えてくれ、と。……わたしには、良く分からなかったんだけれども」
「……そうね、私にも良く分からないけど、」

明らかな嘘を吐きながら、目を逸らさず微笑んで見せた。

「あの冢宰に貸しを作れる機会は滅多になさそうだから、受け取っておくわ」
「違いない」

主は、屈託の無い透明な笑みを浮かべた後、視線を落とした。

「……今回の事、多分、色んな人を怒らせたし失望させたと思う。本当にこの国の事を思うなら、簡単に、命を投げ出すような真似はしてはならないって、本当はそう思う。けどでも、わたしは……」
「陽子」

訥々と話し始めた主を、強く遮る。驚いたように顔を上げた彼女を制して、自分のものよりも少し低いところにある肩に手を置くと、力を込めてとん、と押しやった。完全に虚を突かれたのか、見た目以上に軽いその身体は、軽い帳を押しやって、臥室の中に倒れ込んだ。

「……祥瓊?」
「ねえ、陽子。私は、私たちは、何の為にここに居るの?」
「……え?」
「王は、玉座に居ないといけないものなの。人の暮らしを安寧なものに保つ為に。それは分かっているでしょ?」

柔らかな寝具に仰向けに倒れたまま、主の瞳は真っ直ぐこちらに注がれている。一見すれば、年頃の娘たちよりも明らかに華奢で小柄なその身体には、天命に選ばれた王の血が流れていて、そこには、この国とその大地に安寧を齎す約束が秘められている。

「先ずはそれを全うして。この国の民に、飢えずに済むだけの実りを齎す時間を与えてあげて。あなたがそれすら出来ないような王だっていうのなら、」

主の、曇りの無い真っ直ぐな瞳を、真っ向から見返しながら、身を屈める。その肩にそっと手を添えた後、ゆっくりとその咽喉元へと手を伸ばし、酷く痛む胸には気付かないように、強く、微笑んだ。

「私が、倒してあげる。今直ぐにでも」

瞬間、大きく見開かれた主の……彼女の目が、ゆっくりと細められ、それから、逸らされた。

「……すまなかった。わたしは、随分と、甘ったれていたんだな」

違う、と即座に否定してあげたい気持ちを必死で押さえ込んで、緩く首を左右に振った。

「甘ったれている訳じゃないとは思うけど……でも、うん、これは、陽子一人の話じゃなくて、」

月渓、あなたはどんな風に、王を……父を見ていたのだろう。
共に理想を抱いて、憧れて、信じたくて、庇いたくて。
その想いだけでは、何もかもが全う出来なくて。
失いたくないものを、どうすれば守れただろう。
何度、そう自らに問いかけて、迷い続けた最後に。
残されたその道を、選んだのだろう。

「私は、陽子が王だから友だちになった訳じゃないけど、でも、陽子は王だから。王である陽子とずっと一緒に居たいから、」

不意に、今更こみ上げてきた何かに、思わず言葉が詰まる。こんな所で、と悔しさが押し寄せても、自分ではどうにも出来ないと分かって、情けなさがいや増した。
こんな事では、本当に伝えたかったのは、分かって欲しかったのは何だったのか、結局、自分の気持ちだけのようで、悔しかった。

「祥瓊……」

倒れ込んだまま、彼女はその手を差し伸べる。頬に触れた指が、そのまま目尻へと動いていく。

「有難う、祥瓊」

微笑むように、何かを堪えるように、彼女の眉が下がり、眼差しが細められる。ゆっくりと伸ばされたもう一方の手が、首の後ろへと回り、引き寄せられる。
有難う、と何度も繰り返すその声が酷く静かで。
ああ、主は……彼女は多分、何もかも分かっているのかもしれない、分かっている自分に気付けないだけなのかもしれない、そう思った。
気付けば、潮騒はすっかりと止み、開け放たれた扉の向こうから、遠く西へと傾いた月の光が、臥室の帳を照らし出す場所にまで届いていた。




― 了 ―




2006年03月24日(金)

※ホントは、081122。
ひっそりと、こそこそと、似ても似つかぬ2.5次元。
時々、考える事、考えざるを、得ないこと。
現実的な事。
多分、終わりのない不安。










心配なんかしたって仕方ない。
伝え聞く話だけじゃ、あの子のホントは一つも伝わらないから。
あたしは、いつもどおり、過ごすだけ。









このタイミングで、って思わないでも無かった。
長い付き合いになるあの人も、ちょっとだけ気まずそうに視線を逸らした。
でも、丁度良いのかも知れない。
一日中切れ目無く、お仕事が続いていれば、余計な事、考えずに済むし。
余計な事、かあ、って、少しだけ思ったけど。

お家の回線っていうかPCがご機嫌斜めで、帰っても何処も見に行く気になれなくてさっさと電源を落とす。そしたらする事なんて、台本の下読みとかデモのチェックとかそんな位しか無くて、ぼんやりとお風呂入ってぼんやりとお湯沸かしてぼんやりとお茶飲みながらソファにだらりと寝そべってみる。そろそろ肌寒いなあって思うけど、衣替えも何も手に付かなくて、ホント、この時期って面倒だ。
DSのアクセント辞書を傍らにマーカー持って台本と睨めっこしていたら、テーブルの上の携帯が出し抜けにぶるぶるっ震えて吃驚する。お仕事関係かなあと手に取って、もっと吃驚した。

――ご無沙汰してます。今から立ち寄っても良いですか?

絵文字も何も無い、滅茶苦茶そっけない画面に固まった。
一体どんな返事を返せっていうのだろう。
差出人の名前に間違いない事を何度か確認していたら、突然ピンポンが鳴り響いて、さっきの比じゃない位にびくっとする。
間違い無い。
でも、らしくない。
らしくない理由は分かるけどでも。
兎に角あたしは、思考を停止して立ち上がると、インターフォンは無視して玄関に向った。

「……すみません、いきなりで」

あの子は、いつもどおりのきらっきらな目であたしを見上げた。
ちょっとだけ、ほっぺたがほっそりして見えるのは気のせいかな。
開いたドアの向こう、敷居を跨がない位置で畏まったように佇む姿は、いつもどおりちっさい癖に、あたしの視界一杯を埋め尽くす存在感に溢れている。

「今日、愛媛から帰ってきて。あの、お土産があって」
「お土産?」
「生もの、だから、その、早く手渡したくて。あ、ゆかりさん、蒲鉾とか大丈夫でしたっけ?」
「蒲鉾?」

良く見たらあの子はおっきな旅行鞄を肩から提げてて、それを直に足元に置いたかと思うと、中から保冷バッグっぽいきらきらした袋を取り出した。

「そのまま食べても、煮物に入れても美味しいんですよ、これ。うちの母のお薦めで……あの良かったら」
「あ、うん」

困ったような笑顔のまま視線は落ちたまま、きらきらの袋を押し付けられて、ぼんやりと受け取ってしまったら、微妙な沈黙がその場に下りた。何とも、居たたまれない。

「……奈々ちゃん」
「あ、はい」
「折角だから、寄ってく?」

明日もお仕事だし、あの子の都合も良く知らなかったけど、でも、気付けばそんな言葉をあたしは、口走っていた。

「や、えと、あの、こんな時間ですし」
「タクシー待たせてる?」
「いえ、今日は電車で」
「なら良いじゃん、ゆかりちょうど、お茶してたとこだし」
「いや、でも……」
「蒲鉾、一緒に食べよ?」
「え?」

多分、何でも良かったのだと思う。
あの子を、今、引きとめることが出来るのなら。
玄関先で少し躊躇う素振りを見せた後、あの子は小さく頷いた。
ほっとしてくるりと背中を向けた一瞬、ドアを開いたまま足元の鞄の中からあの子が何かを取り出すのが見えた。小さく折り畳まれた紙、みたいなもの。
ちょっとだけ、知ってる。その中に入っているものの意味。
あたしは、見なかった振りで、そのまま先に奥へと足を向けた。


キッチンへ直行して、取敢えずお茶を沸かし直す。
蒲鉾に合う飲み物って何だろう。やっぱしお茶かなあと首を捻りながらティーバックを探す。紅茶は頂き物とか差し入れとかで葉っぱを貰う事多いけど、何故だかお茶っ葉を頂く機会は全くと言って言い程無いから、これは致し方無いと思う。

「あ、ゆかりさん、お茶なら私が」
「え?」

あたしの所に遊びに来る時の習慣からか、あの子がいそいそとキッチンにやってきて、ダイニングの椅子に鞄を置いて、背凭れにジャンバーを引っ掛ける。

「何でー。今日は奈々ちゃん、お客様なんだから」

いつもは何だって言うんだろう、って言ってから思いつつその肩を押しやろうとしたら、少しだけ唇を尖らせながら、あの子は首を振った。

「私が淹れたいんです」

何処か頑固な所のあるあの子が時々見せる頑なな態度。何もこんな時まで、と思わないでも無かったけどでも。

「分かった。ゆかりが淹れるよりも美味しいもんね」
「え、あの、そういう意味じゃ、」

素直に譲ったのに途端に慌て始めるあの子に、小さく苦笑い。

「褒めてるんだよ?」
「……っ」

吃驚したように目を見開いたあの子の顔に、ちょっとだけ失敗したかな、とこっそり反省。いつもらしくないのは確実に、あたしの方だ。

「だから、絶対美味しいの淹れてねー」
「あ、えと、はいっ」

ティーバックをはい、と差し出すと、反射的に上を向いて広げられるあの子の掌。いつもなら綺麗に彩られている筈の爪が、飾り気の無いまま指の向こうに白く光っているのが切ないなんて、あたしの勝手な思い込み。そういう事に、した。


折角だから、あの子がお茶の仕度している間にと、きらきらした袋から中身を取り出して、まな板とか出して包丁なんか握ったら、あの子はぎょっとしたようにこちらを振り返った。

「ええと、何してるんです?」
「蒲鉾、切ろうと思って」
「あの、包丁要りませんよ、そのまま食べられますから」
「え、そうなの?」

そういえば、板付いてないし真空パックだし、寧ろキッチン鋏の出番かな、と思いつつ包丁は仕舞い直して、食器棚からパン皿を一枚だけ取り出した。

「あのー、ゆかりさん」
「なにー?」
「茶筒とかって流石に持ってないですよね?」
「ちゃづつ?」

キッチンテーブルで蒲鉾のパックを切って中身をお皿に空けつつ振り返ると、銀色の袋を手にしたあの子がむう、と眉根を寄せていた。

「お茶の葉持ってきたんですけど、残りをどうしようかと」
「……あー、ええと、タッパでも良い?」

咄嗟に答えたあたしに、あの子は眉根を寄せたまま少し唸ってから、湿気させ防げたらいっか、って小声で呟いた。

「なーなちゃん、言いたいことあったらもっと大きな声でー」
「え、や、その、別に私は、」
「これで良いかなー?」

差し出した、レンジにも使える優れものな容器に、あ、大丈夫です、と応えてあの子はそのままあたしに背を向けた。

「あのさー」
「はい?」
「茶筒、買っても良いよ、せっかくだから」
「……はい?」

振り返ったあの子が、きょとんとした顔を見せる。
いつもよりちょっとだけ無防備な、疲れた顔。
あたしは、上手く笑えてる自信が無くて、少し俯いた。

「今度はいつお休みになりそう? 分かったら知らせて」
「……あ、はい」

酷くぼんやりとした声が返ってきたのを確認してから、あたしは、蒲鉾を乗せたお皿を手に、リビングへ向った。





……続くかもです(何)。










2006年03月23日(木)

書きかけ。
つか思いつくままのだらだら書きなので。
気が付いたら消えているかもしれません(えー)。


見つけてしまった方は。
いずれ決着付くまでは。
完全スルーな方向で一つ(何)。









ずっと、どきどきしてる。


いつものラジオ収録がやっと終わり、相方の子やスタッフさんたちに挨拶するのもそこそこに、局を後にした。
今週はスケジュールの関係で録りの日程が重ならなくて、しかも色々あって、彼女が今何処にいて何をしているのかも全く分からない状態だった。明日がオフなことは知っていたから、焦る気持ちを抑えながら携帯を開く。当然、メールも着信も無い。少なからずがっかりした気分になりつつ、訳も無く辺りを見渡した。

「……どうしようかな」

仕事中ならアウトな時間帯だったけれども、ダメ元で直接掛けてみる。
単調な呼び出し音は、留守番電話転送ぎりぎりのタイミングで消え、物凄く気だるい声が私の鼓膜と心を振るわせた。






― Your heart sound. ―






途中、友だちに教えて貰った美味しいケーキ屋さんに立ち寄って、手土産を買い込んだ。
彼女は実際、お付き合を始める以前に想像していた以上に気難しくて我侭で好き嫌いが多い人で、何が好きで何が苦手で何が嫌いなのか正直、私には今以て、ほとんど把握出来ていない気がしている。
たとえば、付き合い始めた頃うっかりと彼女的には辛さ全然控え目じゃないカレーを食べさせてしまった時は、危うく一週間口を利いて貰えなくなる事態にまで発展して本当に大変だった。以来、彼女に何か振舞う時は、地雷避けに種類を出来るだけ沢山揃えるように心掛けている。それはそれで「奈々ちゃん無駄遣いし過ぎ。絶対将来困る」とばっさりなんだけど、私が原因で彼女を涙目にしてしまうよりはよほどマシだと思うことにしている。
だからケーキ屋さんでも散々迷って、でもそんなに時間はかけられないから最後はお店の人にまでアドバイスを求めたりして絞り込んだ結果、フルーツたっぷりのタルトと、桃のジュレをあしらったレアチーズケーキ、それから果糖を使ってあっさり仕上げたそのお店定番のショートケーキ、この三つが今私が手にしている小箱の中にちんまりと収まる事になった。
喜んでくれるかな。
くれると良いな。
その先に待っている諸々には敢えて意識を飛ばさないようにして、膝の上数センチに浮かすように捧げ持った小箱をそっと、爪の先で撫でてみる。
これくらいで彼女が嬉しい素振りなんて見せてくれるとは勿論、考えていないけれども。
何も無いよりは多分きっと、ましなんじゃないかなあって思うから。
溜息をつきながら、待っててくれたタクシーのシートに再び深々と身を沈ませて、私は何故だか複雑に幸せな気分だった。



週に1、2回はお邪魔しているから、エントランスのロックコードにもエレベータで押す唯一のボタンにも、この指は慣れたものだった。
普段使いの大振りな鞄にうっかり当たってしまって崩れたりしないようにケーキの箱を慎重に抱え直した時、彼女の部屋のフロアでドアは開いた。
週に1、2回はお邪魔しているのに、一人でここへ来る時はどうしてだかとても特別に緊張する。
ご近所さんに出会ったらどうしよう、なんて微妙にずれた心配だけは、時間帯が時間帯だから今は抱かないですんでいるけれども。
合鍵は少し前、渋々な様子を隠しもしないで彼女が手渡してくれていた。それでも、居ると分かっているのにそのまま使って入る訳にはさすがに行かなくて、インターフォンにそっと指を伸ばし、軽く一押し……したと同時に唐突に、目の前にドアが迫ってきて思わず仰け反った。

「っわっ!」
「おっすー、遅かったねー。って、あれ?」

いつもどおり、そう嬉しくもなさそうな普通の顔をドアの向こうから覗かせた彼女が不思議そうな眼差しを私の手元に注いだ時。
私は多分、半分くらい、泣きそうになっていた、と、思う。



ごめんねー、なんて。
誠意の欠片もない平坦な彼女の声を背中に浴びながら、ケーキの箱をキッチンテーブルに置く。
ここまで折角慎重に慎重を期して持ち込んだデリケートなお菓子たちは、先ほど彼女から喰らった重くて分厚い鉄板の一撃によって、無残に偏ってしまっていた。

「あんまり遅いから、どしたのかなーって思ったの。んで、玄関で待ってたら足音したからさー、折角だから、脅かしてみようかなって」

そりゃあもう驚きました、確かに。
でも、それ以上に、私は切ないです。
そっと開いた小箱の中、タルトの上にあしらわれていた季節のフルーツたちは一方の壁に密集状態、チーズケーキは哀れ上下に泣き別れ、ショートケーキに至っては、原型を最早留めては居ない有様ですから。

「……箱のまま食べた方がマシかも……」
「えー? なになにー?」
「や、何でも、無い、です」

私の落ち込みなんて何処吹く風、彼女は至って機嫌良く、いつものようにソファーの上で膝を立て、軽く上体を揺らせながらテレビを見始める。時折漏れ聞こえる音が彼女が観ているものの内容を嫌でも知らせてくれていたけれども、取敢えず黙殺出来る程には私はケーキの処遇に頭を悩ませていた。
とはいえ、いつまでも悩んでいたって仕方ない訳で。
多少見栄えが悪くとも、味は保証付き。出来るだけ丁寧に、吹っ飛んだフルーツやクリームなどをかき集め、原型を想像できる程度に形を整えながら、大き目のお皿一つの上に並べ直す。
丁度お湯が沸いたのでいつものハーブティーを用意して、相変らず画面に見入っている彼女にはお伺いを立てないままそれら全部をトレーに並べ持ち、リビングへ移動する。

「ゆかりさん」
「んー?」
「ケーキ、食べませんか?」

おう、と小さく答えてローテーブルに落ちた彼女の目が、ん?と細くなる。

「奈々ちゃん、これって」
「ケーキです」
「大惨事だね」
「ええ、不測の事態に巻き込まれまして」
「そっかー」

でも美味しそうー、なんて棒読みで唱えながら何事も無かったかのようにフォークを手に取った彼女には勿論何も言えないまま、私はポットの中身をそれぞれのカップにゆっくりと注ぎ入れた。
その間も当然、背後のテレビからは聴き慣れた音声とリズムが流れてくる。
むずがゆいような、嬉しいような、たとえが悪いかもしれないけれど、悪戯を見つかりそうな子どもみたいな気持ちが胸いっぱいに広がり始めて大変だった。

「……ん、美味しいね」
「それは良かった。ここのはホント、どれも美味しいんですよー」

彼女が最初に選んだのは、ちょっと不恰好にフルーツたちが並べ直されたタルト。小さく賽の目に切り刻まれた季節の果物を楽しげにフォークに突き刺しながら、一心に口を動かしている。
その幸せそうな姿にほっと息をつきながら私も彼女の隣に腰を下ろすし、フォークを手に取った。真正面にある液晶モニターには極量注意を払わないように、ついでにさり気なく手に取ったリモコンで、ボリュームを少し絞ってみたけれども、幸い彼女は気にした風も無くほっとする。
大皿の手前に位置する上下に分離してしまったのを無理矢理繋ぎ直したレアチーズケーキはもはや、原型を留めていなかった。その上、散りばめられていた桃のジュレはめり込んだり箱の壁へ取り残されていたりしてすっかりと減量してしまっている。けれども、ひと掬いしたふわふわなチーズクリームは風味たっぷりで滑らかで十分に美味しくて思わず頬が緩んだ。

「奈々ちゃん食べてるの何?」
「桃のレアチーズケーキです」
「美味しい?」
「ええ、美味しいですよ」

どうぞ、ってフォークの先に取り分けた一切れを彼女に向けて差し出すと、あーん、なんて声を上げてぱくりと一口。その邪気の無い動作に、更に頬が緩むのを自覚する。

「どうです?」
「ん。美味しい」
「良かった」
「奈々ちゃん、さっきからそればっか」

むう、と気難しげに眉を寄せた彼女に、そんなことないですよ、と心から笑い掛け、私は紅茶のカップを手に取った。

「あ、そだ奈々ちゃん」
「はい?」

随分と満たされた気分で、薫り高い深いそれにそっと唇を近付けた時。

「ライヴに麻美子ちゃん、来てたんだ?」

狙い済ましたような一言に、噴出しそうになった息をすんでの所で引きとめて、ソーサーが激しい音を立てるのにも構わずカップを戻した。

「え? あの、え?」
「すっごい嬉しそうだったねーコメンタリ」

にっこり笑う彼女の笑顔からは、いつもどおり底が少しも見えない。

「なんていうんだっけ、実はめっさ軽いって言ってた竪琴、あれ弾いてたおねーさんも、奈々ちゃんが可愛い可愛い連発する気持ちがすっごく分かったくらい可愛かったし、あの歌、歌ってる時の奈々ちゃんはおもっきり気持ち良さそうだったし」

流れるように言い募りながら少しずつ間合いを詰めてくる笑顔の向こう、ベビーピンクのTシャツに包まれた肩越しに見えるのは、先日発売日を迎えたばかりの私のライヴDVDの映像で、今まさに、彼女が話題にしている楽曲のイントロが小さく始まろうとしている所だった。コメンタリー版では無かったけれども、DVD自体は発売日前に私自身の手で彼女にプレゼント済みだったから、今日までに何度か既に再生済みだったのだろう。
本当に、油断していた。

「ほいでさ、なんでだろ、あの曲の時の奈々ちゃん、いつもみたくカッコいいってよりは、すっごく綺麗に見えたんだよねー」
「あ……あの、ゆ、ゆかり、さん?」

ん?、なんて小首を傾げるように迫る彼女の。
顔は兎も角、その目は少しも、笑ってはいなくて。

「あんな顔、ゆかり、見たことないかもって、ちょっと思ったりして」

吐息を零すことすら躊躇われる、至近距離。
僅かに尖った彼女の唇がほんのりと色づいている様が否応無しに見て取れて。

「あ、でも、だからって別にライヴに呼んで欲しいっていう訳じゃなくて」

するり、と、綺麗に爪を切り揃えられた彼女の指が、自身のこめかみに触れた後、ゆっくりと目の前を過ぎり、私の肩を、とん、と突いた。

「こうして、お部屋で何度でも観る事が出来るし、それに、」

ちらり、と彼女の細められた眼差しが、背後の画面へと流れていく。

「麻美子ちゃんが居たっていうお席からだと、折角のお顔も全然、見えなかったと思うし」
「あー……でも、モニター、とか、」

基本的に、関係者招待席は会場の上階に設定されるものだったから、そこからは確かに、ステージの様子を肉眼だけで捉えるのは困難だったと思う。その分、ステージ上のモニタにはかなりのサイズのものを用意していたから、私の姿は勿論表情なんかも常に、あの広い会場中に十分に伝わっていた筈。
そんな事を思い出し反射的に口にした言葉はけれども、何の助けにもなりはしなかった。

「ん、だからね、」

速度を速めも緩めもせずゆったりと近づいてくる、悪戯っぽく微笑む彼女の眼差しはいよいよ真剣で。
その分、私は少しずつ、仰け反っていくしかなくて。
思わず後ろ手を突いた時には、彼女の右の手は私の肩の上、左の手はソファの背もたれを掴んでいて。
彼女はラフなTシャツに包まれた上半身ごと、触れるか触れないかの距離で私に圧し掛かる位置に存在していた。

「ステージの上の奈々ちゃんはすっごくかっこ良くて、いつもと違って大きく見えて、」

可愛いらしい笑みを湛えた顔。
けどでも少しも笑っていない瞳。
甘くて深い真剣な声。
少しずつ視界と聴覚を支配していくそれらに、自然と私の胸は激しい動悸に苛まれ始める。
多分何処かで予想していた、でもある意味完全に予想外な彼女の言動に、私は呼吸は愚か、瞬きさえ奪われて為す術も無い。

「そんな奈々ちゃんを、あれだけ沢山の人たちがあの場で共有したんだなあって、」

すうっと、細められた眼差しがほんの一瞬、強く揺らめいた。

「それって、やっぱりなんか、悔しいかなあって」
「ゆ、ゆかりさん……」

それって何だか矛盾してますよね、なんて零しかけた言葉を私は危うく飲み込んだ。

「でもねー、会場には行きたくないんだなー。だから余計悔しいんだよねー」

鼻筋にほんの少し皺を寄せるようにしてしかめられた顔が、ピントの限界まで近づいて、ふわりと柔らかい匂いが薄っすらとした熱と一緒に頬に触れて。
優しい振りをした獰猛な獣に睨まれた獲物の気分を味わいながら、でも、頭の片隅酷く冷静な部分がその時、怯えている場合じゃないぞ、と言わんばかりに小さなアラーム音を響かせた。

「――ゆかり、さん」
「なに?」

だから。
鍛え上げた腹筋に目一杯力を込めて。
彼女の可愛らしい小さな悲鳴が耳元を掠めるのにも構わないで。
覆い被さるその身体にしがみつくように抱きついて、一気に半身を跳ね上げる。
考えるよりも先に動いている時の私は、多分、色んな限界を超える事が出来るのだろう。
次の瞬間、私と彼女の体の位置は完全に、入れ替わっていた。


置き去りのモニターからは、聴き慣れた透明な弦の音と自分の歌声が絡み合うようにして流れている。思い出す度に大きく声を張り上げ歌い出したい衝動に駆られる程の、特別な時間が再生されている。
けどでも、今の私の五感はそれらを遠く追いやって、今眼下で呆然とこちらを見上げている彼女の存在に全てを傾けている。
掌の中捉えた彼女の手首は少し力を込めて握れば壊れてしまいそうにか細く。
その唇から零れる乱れた息はこの頬に触れる度に次第に熱を帯び。
組み敷いた拍子にもつれ合った膝や腿は逆に冷やりとした感触を甘い痺れと同時に私のそれに伝えてくる。
潮騒みたいに騒がしい自分自身の血潮が耳の中に響かせる雑音の中、懸命に拾い上げる彼女の微かな呼吸の音。
その見開かれた瞳には、逆光に表情を沈ませた私の姿が綺麗に映りこんでいるのが見て取れる。

「……奈々ちゃん……?」

浅い呼吸音を割って、彼女の驚いたような、けどでも静かな声が零れる。急激に頭に登った血流はそれでも一向下がらず、今の状態から引き下がる気持ちには少しもなれなかった。
何日も前から。
いや、きっと。
あのライヴが終った瞬間からずっと、どきどきしていた。
用意していた彼女の為の席は結局、埋まることは無かった。
仕事やその他に理由があってもなくても多分、そうなるだろうことはもちろん、予想していた。
彼女自身のライヴに私が招待されることがありえないのと同じ位、それは彼女にとっては譲れない、当然の行動で。
だからこそ、かもしれなかった。
ライヴが終りステージを離れて日常へと舞い戻るたび、彼女のことを一気に思い出してしまう。
あの目も眩むような幸せな空間と時間を離れて、その場所に在った自分を振り返るだけの余裕を取り戻した途端、その場には決して現れない彼女へと逸る気持ちがどうしても抑えきれなくなる。
そんな自分を、彼女に、どうにかして、伝えたくて。
分かって欲しくて。
だから、今もこうして。
彼女に対峙しているのかもしれない、と気付いた。

「悔しい、ですか?」

混乱し掻き乱された胸の痛み、その最奥から、何かを引き剥がすようにして酷く冷静な自分が立ち上がる気がして、そのまま口元を苦笑の形に歪めながら零した言葉に、彼女の眉が強くしかめられる。

「……奈々ちゃん?」
「私は、もっと、悔しいです、ゆかりさん」

彼女の呼びかけすら遮るように続けて、ゆっくりと顔を近付けていく。

「私にとって、ステージは、歌は、私の想いを、言葉を、全てを解き放つ最高の場所で手段なんです。なのに、いつも、あなただけがその場には居ない」

彼女の目が、戸惑うようにゆっくりと瞬いた。

「だから、あなたには私自身を全部、ぶっつけるしかないって、思い知らされるんです、いつも」

ライヴでの私を、観客席に居る沢山の人たちと共有することを拒んで。
いつも、たった一人観てくれるあなたには。
多分、結局は、それしかないんだって、思い知らされる。
いつも、いつも。

「私がそんな風に想ってる相手は、ゆかりさんだけで、でも、ゆかりさんは、」
「あー、もうっ!」

溢れる勢いに任せて続けようとした言葉はけれども不意に、鋭い彼女の叫びに遮られた。

「ゆかりね、あんまし頭良くないし難しいこと言われても困るんだけどっ!」

叩きつけるように投げつけられた声に、その意味内容が落ち着くよりも先に文字通り頬を打たれたようになって、私は軽く仰け反った。

「奈々ちゃんが小難しいこと考えてることは分かった。でも、あたしはやっぱライヴには行かないし、だからって、ステージでの奈々ちゃんが凄いこともカッコいいことも認めてるし、ファンの子たちとか、友だちとか皆から物凄く好かれていることも、沢山の人と仲良しなのも、悪いことだなんて思ってないし……ああ、もうっ!」

腕も足も私に押さえつけられているから、唯一自由になる頭をぶるん、って大きく振った後、彼女は俯いた。
そのまま動かないその姿を見つめている内に、冷水を浴びせられたように頭から血が下がってゆくのを覚えて、私は蒼褪めた。

「……あ、あの、ゆ、ゆかりさん……?」
「だからいいじゃんっ、嫉妬くらいしたってっ!」

あー、もう、いっちゃったよー、なんて拗ねたように呟くと、彼女はふい、と顔を思いっきり逸らした。

「やだよーもう、ゆかり、すっごくかっこわるい……」

泣きそうな声、薄っすらと赤く染まる頬、震える肩。
そんな彼女を見下ろしながら、私は、呆然としていた。
なんだ。
嫉妬、って。
え、誰が、何に。
て、言うか。
『誰』に?
え、え?

「ちょ、え、あの?」
「離して」
「え?」
「離せーっ」

じたばたと彼女が身を捩る。瞑った両目からは今にも雫が零れ落ちそうで。

「……っ! 離せって言ってるのに」
「嫌です」

離せる訳がない。
人の気も知らないで、DVDなんかで高見の見物決め込んでおいて。
今更嫉妬とか、そんな、可愛いこと言ってる人のこと。

「だーっ! くっつくなーっ!」
「最初にくっつこうとしてきたのは、そっちじゃないですか」

涙目で抵抗する彼女を極力優しく、でも、断固として抱き締める。

「それでも、ライヴには来てくれないんですよね?」
「行かないっつーの」
「ゆかりさんのにも呼んでくれないんですよね?」
「当たり前だっつーの」
「それって、私に嫉妬して欲しいからで、」

どすん、と鳩尾の辺りに重い衝撃を感じてからようやく。
私は、ちょっと調子に乗りすぎたかも、と気付いた。
気付いた時には手遅れで。
彼女の細い膝をまともに喰らった私は悶絶しながらそのまま、ソファの上から見事に転げ落ちてしまっていた。



残りのケーキは全て、彼女が平らげて。
さっきよりも余程大音量でライヴDVDは延々とエンドレスに次々と再生を繰り返され。
完全に臍を曲げてしまった彼女の為に私は、お風呂と夕食の仕度を全力で済ませたけれども。
まともに口を利いてもらえたのは、全てのお片づけが済んで、後は寝るだけ、という時間になってからのことだった。







なんだこれ?(ヲイコラ)

多分、後日大幅に書き直す可能性大。
うっかり読んでしまった方、ホンマすんません(平伏土下座)。

てか、取敢えず。
本日は、此処までー(えーえー)。
0806240023.


2006年03月22日(水) 半生はある意味オリジナル。※ホントは080225.

(c)某Mさん。
蓋し、名言。




そりは兎も角。

うん、だからね。
涙目になる奈々ちゃん見たくておちゃっぱ補充してるとか。
その現場奈々ちゃんに見つかって。
「無くなったら奈々ちゃんがっかりすると思って補充してたんだよ。
 やだなーゆかりの影の努力だよこれ」とか出任せ言って開き直るとか。
何でそんなにゆかりさんのこと。
 理 解 出 来 る ん で す か 某 友 人 (えー)。



そんな感じで。
最近めっきり2.5次元です。
嗚呼……こりばっかりには手を出してはいけんと思っていたのに……(汗)。
お陰様で、マリア様のお庭もリリカルマジカルも。
片恋艶歌なお方も最近中々表に出せない有り様です。


あれですね、要は。
ぐるっと一周回って。
惚れた腫れたを自覚する一歩手前で立ち往生な感じを。
じりじり楽しみ隊っつー己的本性が露わに(えーえー)。



ま、何書いても。
名前を与えたり決め付けたり出来ない何かを。
手探りして迷って愚図愚図ずるずるぐるぐるする。
そんな内容にしか成らないのは最早己的仕様なんですが(逸らし目)。



しっかし、遂に2.5次元かあ……。
思へば遠くへ……(しみじみ/何)。




2006年03月21日(火)

半生です(えー)。



悔しいと。
好きは。
ちょっと、似ている。
かも、しれない。









大好きな焼鳥沢山食べられたから、ちょっとうかれちゃったのかな。
弱いって分かっているのに、周りに勧められてうっかり飲んでしまった。
フレッシュフルーツたっぷりだしそんなに度数高くないよ、なんて。
確かに口当たり良かったし美味しかったけど。
皆と別れてタクシーに乗り込む時にはちょっとふらふらだった。

「ゆかりさん、大丈夫です?」

ふあ、とあくびを噛み殺した瞬間に、隣に座っているあの子が声を掛けてきた。
帰る方向が近いからって、一緒に乗り込んでくれた。
私よりも年下なのに、随分と気が回るし、私よりもずっとサイズミニなのに、バイタリティの固まりみたいなあの子。
そんでもって、かなりの心配性と見た。

「だーいじょーぶだよー」

へらり、と笑って見せたのに、眉間に小さな皺が寄る。
同じシリーズで主役分け合って、結構長い付き合いになるのかな。だから、その間に色んな表情を見てきたけれども。思えばこんな風に二人っきりで過ごす事は意外と少なかった気がする。

「ゆかりさん、お酒弱いんですね……」

困ったような、心配そうな声と表情。あ、今のちょっと、役の雰囲気に近かったな、なんて。

「うんー。てか、奈々ちゃん以外と強いよねー」
「え? や、私もそんなには」

うろたえてるけど、実は結構色んな人に勧められて色んなお酒飲ませて貰っていたのはちゃんとチェック済み。ちっちゃいのに、私よりも若いのに。子どもっぽい言動とは裏腹に、ちゃんと人様のこと気遣えて。
なんか、悔しい。
けどまあ、私には無理だからね。
出来ないものは出来ないんだからね。

「あ、っと。次の交差点で私降りますー」

見覚えある街角に差し掛かったから手をひらひらさせて運転手さんに合図。それから、バッグを探ってお財布を取り出す。

「あ、えっと、私も降ります、から」

え?と思う間も無く、あの子も膨れ上がったでも可愛いデザインのバッグをがさごそし出す。そうこうする内にタクシーは停車灯を点滅させて路肩に静かに停車してしまった。

「――円です」
「あ、領収書お願いします」

てきぱき、という擬音が聞こえてきそうな位手際良く、あの子がお札を出して、お釣りと領収書を受け取る。

「ゆかりさん、行きますよ」

開いたドアから少し肌寒い風が吹き込んで、街頭が逆光になってあの子の表情を暗く閉ざして。
思わず首を竦めながら、差し出された掌を取っていた。


思ったよりももしかして、大丈夫じゃなかったのかもしれない。
送ります、なんて言って肩を貸してくれたあの子を振り解けないまま、おうちまで辿り着く。鞄から鍵を取り出すのにも苦労していたら、あの子は「すみません」なんて謝りながら代わりに鞄の中を探って鍵を見つけ出してくれた。有難うも言えないまま、ドアを開け、薄暗い部屋を見通せる玄関に足を踏み入れる。

「あの、それじゃあ、私はこれで」

律儀に視線を逸らすようにして佇んでいたあの子が、一礼して踵を返す。

「え?何?帰っちゃうの?」

何でそんな事口走ったのかなんて分からない。
気が付いたら、あの子のジャケットの裾を引っ掴んでいた。

「……あ、あの……?」

振り返ったあの子は、少し困ったような顔で。

「あのね、奈々ちゃん、ゆかりとそんなにご近所さんじゃなかったよね?」

急いで言葉を探す。勿論中身はあてずっぽうと言うか、思いつきだった。けれども、その瞬間、何だかあの子は酷く慌てた顔になった。

「あ、いえ、大丈夫です。このあたりからならちゃんと帰れますから」
「今からタクシー掴まえるの? 結構大変じゃない」

何を焦っているのか自分でも分からないまま、掴まえた裾を引く。

「ゆかり、明日オフだから、遠慮しないでも良いよ?」
「はい?」

何て言うんだっけ、こんな表情の事。鳩が豆、だっけ。豆が鳩だっけ。どっちでも良いかこの際。

「奈々ちゃんさえ良かったら、うちに泊まってけば」
「……………っ!」

あ、鳩が赤くなった。


すみませんすみません、と何故か謝り続けるあの子を取敢えずリビングのソファに座らせて、私は洗面へ。結構頭ぐらぐらしてきて目眩だか眠気だかわかんない状態がじわじわ迫ってきていたけれども、メイクしたままはちょっと辛いから、頑張ってしっかりと落とす。あーでも、やっぱり、ちょっと、苦しい、かも。
ずるずる落ちそうになる身体を洗面台で支えようとして、手が滑る。横っちょに置いてあった洗顔剤のボトルがあっという間に転落して、派手な音を立てた。

「――だ、大丈夫ですか?」

耳聡いなあ、なんて思いながら、ゆっくりと床に跪いてボトルを拾おうとしたら、くらり、視界が斜めに歪んだ。まずい、マジでまずい。

「ゆかりさんー?」

心配げな声が近づいてくる。嗚呼、もう、どうしたら良いのか分からない。返事すら出来ないで床にへたり込む。

「あの、失礼しますよ?」

控え目な声と共に洗面のドアが開かれる。

「ちょ……! ゆかりさん?!」

慌てた声がもっと近くなって、訳が分からないまま、あちゃー、って思う。

「大丈夫ですか、気分悪いんですか?」

大き過ぎない、抑えた声が耳元に近づいて、私の胸が意味も無く騒ぐ。頭は相変らずぐるぐるで、何か応えようとしても声が出ない。

「顔色、良くないですよ」

言いながら、そっと肩に手が添えられる。ひんやりとしたそれが、何だか心地良いから。

「……気持ち、悪い」

素直に、言葉が零れ出た。

「気持ち悪いんですか、お水、飲みます?」
「や……飲んだらもっと」

視界は未だにぐるぐるしているけれども、気持ちは少し、落ち着いた。飲み過ぎもあるけど、食べ過ぎもあるかも。胸につかえたむかむかが、気分を倍増しで悪くしているのが分かる。

「……あの、ゆかりさん」

私を支えていたあの子が、なんとも言えない、みたいな顔をして僅かに視線を外す。

「気持ち悪いんなら、吐いちゃった方が、楽かもですよ?」
「……う?」

あー、と思う。打ち上げとか飲み会とか、そういう場面で時折交わされる酔っ払い同士の会話とかが、甦る。そっか、私ってば今まさにそんな状態なのかと酷く冷静になる。

「でも、どやって?」
「……はい?」

確かに胸はむかむかしてる。でも、目眩酷い時とかに勝手に催す気分とは種類が違うから、上手くいくかどうか分からない。

「あーえーとですね、あの、指をですね」

あの子の視線が更に更に逸らされる。既に見慣れた困った時の表情が、やっぱり年下だなあって思えたりする。

「指? どうすんの?」
「だから、指をですね、こう、咽喉の奥に」

う。
想像するだけでもちょっと気持ち悪い。

「ゆ、ゆかりさん、大丈夫ですかっ?!」
「だ、大丈夫」
「あの、お手洗い何処ですか、急いだ方が」
「あー」

情けないけれども、年下の彼女に付き添われる格好でお手洗いに向う。だからって、如何にか出来るもんでもないって気が段々としてきた。

「あの、私、外で待ってますから」

言ってそそくさと外へ出ようとしたあの子の、おうちに上がってからまだ脱いでも居なかったらしいジャケットの裾をもう一度、掴まえる。

「……ゆかりさん?」
「手伝って」
「………はいっ?!」

あ、声ひっくり返った。

「だってもう、ゆかり、何が何だか分からないんだもん。気分悪いし頭回るしーっ」

困ってる。分かってるけど、でも、何だか胸のもやもやが、視界のぐるぐるが収まらなくて。

「上手く出来そうにないから、手伝って」

逃がさない、そんな気持ちを込めてあの子の裾を更に、引き寄せた。


何で、そんなぐったりしてるのかな。
取敢えず、どうすれば良いのかは良く分かったし、お陰様で胸のもやもやも視界のぐるぐるもかなり楽に治まっていた。二人して洗面で確りと手を洗った後、私はうがいを済ませ、その間にあの子は「お水とか貰って良いですか」とか律儀に断ってから冷蔵庫を開けて、その辺に仕舞っていたマグカップを二つ出してきて、ミネラルウォーターを二人分用意してくれた。
「ゆっくり飲んでくださいね」なんて言われながら口にしたそれが、咽喉を落ちて行く冷たい感覚が物凄く気持ち良い。

「飲み過ぎると良くないですよ、気をつけて」
「はーい」
「咽喉、大丈夫ですか?」

心配そうに見上げてくる視線に、こくん、と頷いて空になったマグカップをテーブルに置く。私たちのお仕事は声のお仕事だから、咽喉は確かに大事にしなきゃなんだけど。

「大丈夫。焼けたりしてないよー」
「なら、良かったです」

ほっとしたように息を吐くと、あの子もマグカップをそっとテーブルに戻した。確り者だなあ、と思う反面、ちょっと心配性過ぎるなあ、とも思う。

「奈々ちゃん、心配し過ぎ」
「は? え?」
「ゆかりも、子どもじゃないし」
「あ、ええと、すみません……」

まるで叱られた子どもみたいに視線を落とすあの子に、しょうがないなあ、って思う。

「……っ! ゆ、ゆかりさん?!」
「奈々ちゃんは案外、子どもだねー」

撫で撫で、そんな風に、あの子の小さな頭で掌をゆっくりと動かす。怒るかな、と思ったけれども寧ろ、真赤になって困ってしまった。ああ、何だか私、困らせてばかりじゃない?

「そこがまた、可愛いんだけど」
「か…っ!?」

さっきまでの確り者の面影を何処に置き忘れてきたのか、あの子はひたすら慌てふためいている。くるくるとおどおどと居場所が定まらないくるりとした目が何だか凄く、愛らしい。

「ありがとねー、ホント、助かったー」

だから、素直に言葉にして呟くと、もじもじしていたあの子の動きがぴたりと止まった。

「……奈々ちゃん?」
「いえ、あの……すみません」
「何で?」

何でそこで謝るのかな。思わず私も掌の動きを止めたら、そのままするり、っとあの子は身を翻して立ち上がった。

「洗面、お借りしても良いですか?」
「あ、うん、どぞー」

なあんだ、とちょっとほっとする。さっきのは、洗面を借りる為の言葉だったのかな。
自分の鞄を手に洗面へと急ぐあの子を背中を見送ったけれども、それが何だかさっきまでよりもずっと小さく見えて。

「……何なのかな」

もう気持ちが悪い訳じゃなかったけれども、胸の中が少し、もやもやっとなった。


困った。
あの子は思った以上に頑固者だった。

「だからね、別にいいじゃん一緒でも」
「や、駄目ですよ、私寝相良くないですからっ」

今日はもう遅いからお風呂とかシャワーとかしちゃうとご近所迷惑かなあってそっちは我慢して貰って、取敢えずお着替えだけは貸してあげて。それでもかなり強硬に固辞されたけれども何とか押し付けるのに成功して。でも、最後の難関がその先には待ち構えていて。

「だからってソファはあんまりじゃん? 寒いし身体に悪いし」
「平気です。私、頑丈ですから」

確かに、見た目に反して相当タフな体力の持ち主なのは知ってる。こんな小さな身体で武道館だのドームだのを満員にして縦横無尽に走り回って何時間もステージをこなすんだから。でも、だって、それでも。

「そっか」

あんまり遠慮が過ぎるので、ちょっと面倒になってきた。

「分かった、奈々ちゃん、ゆかりと一緒に寝るの嫌なんだね」
「え? あ、あのっ」
「日記とか見てるとさー、結構色んな人と旅行行ったり雑魚寝したりしてるよね。なのに、ゆかりとだけはそんなに嫌なんだ」
「ちょ……っ、ま、待って下さい、そうじゃなくてっ」

慌てるあの子をじっと見据える。口をぱくぱくさせて何か良いたげだけど、ホント、面倒だなあって思う。

「分かったよ。じゃあ、ゆかりがソファで寝るから。それで良いんじゃん?」
「な、何でっ!」

良くない良くない、とぶんぶん首を左右に振るその姿は可愛いんだけれどもな。困り果てたあの子をまじまじと改めて観察する。人当たりが良くて、誰に対しても礼儀正しくて真面目な子。割と誰とでもそつなく付き合ってそうに見えるのに、何でかな、時々、私に対してだけ物凄く頑なに見える時がある。たとえば、今みたいな場合とか。
遠慮も何も無いのにな。さっき、私が面倒見てもらったことなんか、冷静に考えたら物凄く大変な事だし。あの時は、ホント、カッコいいなあとちょっぴり思ってしまった位、冷静で落ち着いてて、しかも優しかったのに。

「奈々ちゃんさあ、やっぱ、ゆかりの事、嫌いでしょ?」

そうでなくても多分、苦手なんじゃないのかなあ、ってちょっと思った。
一緒のお仕事の時は、いつも傍に居てくれるし、共演してる作品の中ではキャラ同士がとても想い合ってるから、役に物凄く思い入れるタイプのあの子は時々、コメントとかで物凄く私が演じてるキャラの事愛してる、みたいな発言もしてくれるから、ホント誤解しそうになるけど。素に戻って冷静に考えると何だか、他の人に対するよりもちょっと引き気味なのかなあって思える態度が見え隠れするし。

「無理しなくて良いよ。奈々ちゃん、優しいから今日だって私のこと、ほっとけなくて付き合ってくれただけだったんだよね」

だから、言葉は止まらなくなる。
何度か言い返そうとする素振りを見せていたあの子の目が、じわじわと伏せられる。
ああ、もう、何だか、とてもとても、面倒になってきた。
何でこんな風に私、ぐるぐるしてんだろう。
不意に、もやもやがまたぶり返す。
そうだ、何処か変なんだ。
この子と居ると、調子狂うことが多い。普通だったら、自分の調子を掻き乱すようなこんな面倒なタイプの子には最初から、下手に近づいたりしないし、お仕事で一緒になること多いからって気に掛けたり近寄せたりしないのに。
だから、言葉にしてしまったせいで、気付いてしまった。
あの子の優しさとか、好意とか、多分きっと苦手なんだろう私にさえ向けてくれるそういう暖かい気持ちとか態度とか、そういうのを、お仕事とは別の次元で多分、受け入れそうになってたんだ。

――なんか、悔しい。

「……無理、なんかしてないです……っ」

ぼんやり、そんな事を考えて、馬鹿だなあ、なんて結論に達しつつあった私の耳に、これまで聴いたことないようなあの子の声音が届いた。
顔はまだ、伏せられたままで、表情は少しも見えなくて。
でも、こんなに苦しそうな、切なそうな声は。
演技でも、普段でも、聴いたこと、無い。

「私の方こそ……ごめんなさい、本当に、ゆかりさんの気持ち少しも考えないで、勝手ばかりして」
「……奈々ちゃん?」
「ゆかりさんのこと、心配で心配で、でも、結局私のしてることって、押し付けがましいことばかりですよね。はは……なんか、今更ですけど、ほんと、申し訳ないです」

ぎゅっ、と、固められた拳が膝の上で震えていた。私の室内着だとやっぱりちょっと丈とかが長くて、子どもみたく伸びた袖がその拳を半分くらい覆っているのが何だか可愛らしいな、と、私は現状には本当に無関係極まりないことをぼんやりと考える。

「こういうの、ほんと、今夜限りにしますから。だから、私がゆかりさんのこと、嫌ってるとか、そんな風に思うのは……っ」

不意に、あの子の語尾が強く揺れて、ぼんやりと見とれていたその拳の上にぱたり、と何かが落ちる。

「な、奈々ちゃん……?!」
「………っ!」

吃驚して差し伸べた手の先で、あの子はいやいやをするように後ずさる。了の拳が俯き加減の顔上半分を覆い隠す。

「……奈々ちゃん」
「ご、ごめんなさい。やっぱり私、あっちで……」

そのまま、立ち上がろうとしたあの子の身体を、私は。
私は、広げた両手で引き止めた。
引き寄せた身体はやっぱり少し私よりも小さくて。
でも、私よりも暖かくて。
ああ、もう、って思った。
何でこんなに面倒でややこしくて、素直で優しくて、カッコ良くて情けないんだろう。こんなに小さいのに。

「奈々ちゃん?」
「…………」

私の腕の中で、凍りついたように身動き一つ取れないでいるあの子は、何だか小動物そのもので、少しだけ愉快になる。

「なーなちゃん?」
「……はい……」

胸元でくぐもったように、低くて小さな声が響く。
不意に、あの子が演じた少女のことを思い出した。
信じるものの為にただひたすらに懸命でひたむきで。そのせいで傷ついてぼろぼろになって。なんでそんなことまで、って、観ていて何度も思った。私が演じる少女が、彼女に手を差し伸べ、その世界から引っ張り上げるまで、ずっとずっと、もやもやし通しだった。
あんな風にひたむきに誰かを求めたりは出来ないな、だって面倒だもん、なんてことをいつか私が話した時、あの子は、私はこんな風に誰かを愛したいです、と綺麗に笑ったっけ。
そういう愛情って相手からしたら結構、重くない?なんて返したら、あの子の笑顔が凄く曖昧になったことも……覚えてる。

「……悔しいなあ」

何故かふと、零れ落ちた言葉に、腕の中のあの子が小さく身じろいだ。

「だって、嫌われてるのかもって思ったのはゆかりの方だよ? なんで奈々ちゃんがそんなに悲しそうなの?」
「あ……っ」

慌てたようにあの子が顔を上げる。くりっとした瞳がうっすらと赤い。

「なんか、ゆかりのが奈々ちゃんを好きみたいじゃない?」
「好……っ!?」

ばっ、と凄い勢いで身を引いたあの子を今度は引き止めなかったから、私はほんのりと上気したあの子の泣き顔をまじまじと目にする事が出来た。

「あ、ゆかり、嫌いじゃないみたいだよ、奈々ちゃんのこと」

物凄く他人事に聴こえるのは承知の上。だって、自分でもまだ、良く分からないから。

「ただ、奈々ちゃんがゆかりのこと、嫌ってたら、少しは悲しいかも」
「き、嫌ってません……! 嫌ってませんから……っ!」
「了解ー」

恐ろしく真剣に頭を振るあの子に、私は笑顔を向ける。

「分かったから、だから、ほら」

ぽんぽん、と、掛け布団を捲り上げたベッドを軽く叩く。

「こっち来なさい。大人しく」

小首を傾げながら誘うと、あの子はほんのちょっと眉を下げた、何処か情け無さそうな顔になった後、諦めたように小さく頷いた。


部屋の灯りを落とすと、何だか外の音が遠くから響いてくるのが急に分かる気がする。いつもなら、その音がいつまでも気になって眠れないのだけれども、今日はそこに別の音が入り混じって、それが何だか心地良い。

「……奈々ちゃん?」
「……はい」

微かな呼吸の音は、遠慮がちに私に背を向けて横になっているあの子のもの。小さいくせに真っ直ぐなその背中は、起きている時同様、カッコ良いけど何処か頑固で微笑ましい。

「今日は色々、ありがとうね」
「……いえ、却ってご迷惑掛けてしまって……」
「あー、もう、それは良いから」

苦笑する。

「奈々ちゃんが居てくれて色々助かったのは事実なんだから」

ちょっと、悔しいけどね。
誰かの為にとことん一所懸命になれるこの子が。
自分には無い素直さとか頑固さとかカッコ良さを持ってるこの子が。
多分、私は、ちょっぴり苦手だけど、嫌いじゃないんだって分かったから。
ホント、悔しい。

「だから、困らせたくなるのかな」
「……はい?」
「あー、うん、なんでもない、独り言」

一番悔しいのは、私のこと、嫌いじゃないって言ったこの子が。
じゃあどんな風に私のこと、想っているのかがやっぱりイマイチ良く分からないこと。
次のシリーズでも共演することは決まってる。しかも今度は2クール。だからその内、その辺についてツッコんだり出来る機会もある、のかな。

「それじゃ、おやすみー、奈々ちゃん」
「はい、おやすみなさい……ゆかりさん」

おやすみの挨拶を交わした後、目の前に横たわる背中に向けて、私は軽く指鉄砲を突きつける。
どうせなら、魔法が良いかな、なんて思いながらばーんと心の中で撃ち放つと、私はそっと、目を閉じた。
二人分の熱を集めた布団はいつもより柔らかくて、とてもとても、寝心地が良かった。



― 了 ―




ええと。
『3月のライオン』のあかりさんが。
とっても素敵だったもんで、つい(胡乱)。


2006年03月20日(月)

ミクシ日記の方でだらだらと。
言い訳めいた事書いてしまった、それが此れです。

前日分に書き書きした「空飛ぶ夢。」フェイトちゃん視点。
時間軸は少し前。
後で手を入れるかもしれません。
色々、迷ったり悩んだりしてます。
でも、あの時の彼女たちに比べたらそんなもの。
そんな感じです(何)。

これがでも。
己の中にある答えかどうかはまだ良く分からなかったり(何々)。










分かっていた。
分かってしまっていた。
彼女が一体、どんな状態なのか。
執務官補佐として様々な任務に赴く間に少しずつ得た知識と経験が。
彼女が重ねてきた無理や無茶の数々の意味を私に教えてくれていた。
それらが蓄積した結果としての、墜落と負傷。
その激しさと厳しさは病院に駆けつけるまでも無く、十二分に。
分かってしまっていた。
それでも、でも、もっと分かってしまっていたこと。

――彼女は、決して、諦めはしないということ。





空飛ぶ夢。― Side Fate. ―




誰もが、蒼白な顔をしてその場にいた。
地上部隊で研修中のはやてとリインフォース�供�二人を守護するザフィーラは言うに及ばず、本局勤めの筈のシャマルやシグナムの姿まであった。
そして、ヴィータは。
墜落の瞬間、なのはと同じ空に在ったという彼女は、日頃の姿からは想像もつかない程憔悴しきっていて、はやてに肩を抱かれてようやく待合のソファに座る事が出来ている、といった有様だった。

「フェイトちゃん……」

気配に最初に気付いたのはやはり、というか、はやてで、私たちにすら滅多に見せない困ったような切ないような笑みを浮かべた顔を上げた拍子に、寄り添っていたヴィータの肩がびくり、と大きく揺れた。

「フェイト……」

ああ……と思う間も無かった。一頻り泣き腫らした筈の目にまた、盛り上がる透明な雫。駄目だよ、とは心の中だけで呟いて、視線を合わせる為にそっと跪きその肩に両手を伸ばす。

「ヴィータは、無事だったんだ」

私が浮かべたであろう笑顔を認めたその瞳の虹彩が瞬く間に、広がる。

「良かった」
「……っ! ――なんで……っ」
「ヴィータっ!」

はやてが制するのも間に合わず、鉄槌の騎士の両腕が襟元を掴み上げてくる。

「なんで、そんな事……なんで……っ!」

怒りではなく深すぎる悲しみと自責に突き動かされて吼えるその眼差しを、真正面から見つめ返す私の頭の片隅にはけれども、酷く冷たい風が吹き抜けるだけで。

「ヴィータまで怪我していたら、なのはが悲しむから」

浮んだままの言葉が、意識するよりも先に口から零れ落ちていた。

「……っ!」

息を呑んで硬直したヴィータと見詰め合っていたのはほんの一瞬。
私たちの間に割って入るようにして、はやてがそっと彼女の肩を抱き締め直した。

「フェイトちゃんの言うとおりやな。ええから、落ち着き」
「……畜生……」

唇を噛み締め呻くヴィータに、胸の奥ではそっとごめんと呟きながら、私の感情は何処までも冷え切っている。その事にほんの少しだけ滑稽さを感じながら立ち上がり、シグナムとシャマルの方に向き直った。

「桃子さんたち……なのはのご両親には?」
「先ほどリンディ提督が連絡を。少し時間が掛かりそうだが、こちらへお招きする方向で動くとのことだ」
「そうですか……なのはの、様子は?」
「手術は終了したわ、2時間ほど前に。今は集中治療室だけれども、容態は安定しているそうよ」

その返答に、思いの外張り詰めていたらしい気持ちがようやく少しだけ解けるのが分かって息を吐く。それに気付いたシグナムが真っ直ぐな眼差しを寄越し、シャマルが痛ましげに視線を逸らす。それでも私の頭は冴え渡るばかりだった。

「命に別状がないのなら、良かった」

声にしてしまうとそんな言葉すら、とても冷たい響きを帯びている事に気付く。けれども今は、そう呟くしか無かった。
分かっていた。いつも、何処かで分かっていた。
訓練校や部隊での研修、現場への配属と任務。一緒に戦える機会はそうはなかったけれども、目の当たりにしたり伝え聞いたり、あるいは彼女自身から聞かされる話の内容からも、誰よりも分かっていた。
いつかは、こんな瞬間が、彼女に、訪れる日が来る事を。
だから、誰の事をも責めるなんて本当に、出来る訳がなくて。

「……フェイトちゃん、大丈夫か?」

考え込んでしまった時間はほんの一瞬だった。けれども、はやてには気付かれてしまったようで、気づけば覗き込むような視線がこちらに向けられている。

「うん、大丈夫だよ」
「そーか? 流石にちょぉ疲れてるみたいし、何か温かいもんでも飲みに行かん?」
「あ、それなら私もご案内ついでにご一緒するですよ」
「ええよー」

肩の上でぴょこんと跳ね上がったリインフォース�供�ごく最近、ヴォルケンリッターの仲間入りを果たしたばかりの彼女が彼女なりに懸命に上げた言葉をそっと優しく制して、はやては立ち上がる。小さなその身体を両手で包み込むと、ぼんやりとその様子を見上げていたヴィータの肩に預けて少し微笑んで見せる。

「フェイトちゃんと会うたんも久々やし。休憩がてらお茶、してきてもええやろ?」
「はやて……」
「はやてちゃん」

虚ろな眼差しで見上げるヴィータと心配そうに眉を寄せているリインにいつものように暖かい微笑みを掛けると、ほないこか、と先に歩き始めたはやての背中に、私は、従うしかなかった。




「……随分と、参ってるやん」

一つ下のフロアにある売店の前まで来た所でぽつりと呟くと、はやては足を止めた。

「それは、はやてたちの方じゃない」
「そやね。でも、フェイトちゃんほどやないよ」

振り返ったはやての顔には、淡い苦笑いが浮んでいる。

「さっきはちょぉ、どないしようかなーと思たけど」
「さっき……?」
「ヴィータ、泣き出しそうになったやん」

頭半分ぶん位下にある黒目がちの瞳が、すうっと細くなる。

「フェイトちゃん、あの子殴り飛ばすんやないやろか、とか本気で心配してたんよ」
「まさか」

ちょっと吃驚して目を見開いたら、堪忍、と笑った。

「私もちょっと、動揺してしもてたみたいやね」
「……はやて」

そう受け止められても仕方が無い程殺気立っていたという意味では、あながち間違いでは無かった。そう思った私は、緩く首を振って見せた。

「私が、ヴィータに対して酷い事を言ったのは事実だし……ごめん」
「……フェイトちゃん?」

表情を改めたはやてを何だか真っ直ぐには見返せなくて、窓辺に視線を移す。傾き掛けた冬の日差しが酷く寒々しくこの目を刺す。その痛みを有難いとさえ思った。
多分、なのはの事は、誰も守れなかっただろう。
たとえ、自分がその場に居たとしても。
その動かない事実と痛みから目を逸らしたかった。
彼女を守れなかった事を悔い悲しむことの出来るヴィータが、私はただ、羨ましかった。
多分、そういうことなのだ。

「フェイトちゃん」

さっきよりももっと複雑な色を纏った深い笑みを浮かべて、はやてがそっと手を伸ばしてくる。頬に触れた手は、随分と冷たかった。

「大丈夫か?」
「……大丈夫だよ?」
「あんまり、思い詰めたらあかんよ」

私の言葉を軽く受け流すと、頬を包み込んだ掌をぽんぽんと跳ねさせてはやては柔らかく笑んだ。

「さっきの台詞やないけど、なのはちゃんが心配するで?」
「大丈夫だって」

そうやろか、と複雑な色をその笑みに混ぜた後、表情を引き締める。

「フェイトちゃんのことやから、もう察しはついてると思うけど」
「……うん」
「なのはちゃん、もしかしたら、もう」

うん、分かっている。
分かっていた。
もうずっと、随分前から。
でも。

「はやて」

怖いくらい真剣な顔をした親友に、私は笑いかける。
はやてが、面食らったように目を見開いた。

「それでも、なのはは、きっと、また、飛ぶって言うと思う」

たとえば、歩けなくなるとしても。
同じようには、飛べなくなるとしても。
なのはは、ただ、空を目指す。
少しでも、その身体が動くのならば。
決して、諦めたりはしないだろう。
その手を取って歩き出した、あの日から。
少しずつ、ちょっとずつ重ねてきた時間と記憶が私に教えてくれる。
何があっても、何が起こっても。
なのはは、その心の求めるものを、決して、手離しはしないのだと。
私の心を、全てを、諦めず受け止め、救い出してくれたあの眩さで。
彼女が、何かを求め望むというのならば。
私は、それを拒めない。
どんなにその危うさに気付いていても、分かっていても。
全て受け止め、見届けるしか、ないのだ。

「フェイトちゃん……」

はやての、私の頬を包む手に緩やかに力が籠められる。
その冷たい指先が、目尻に触れ、ゆっくりと降りてゆく。
まるで、何かを拭い取るように。

「独りやないよ?」

静かな、穏かな声がゆっくりと近づき、額に、彼女のそれが触れてくる。

「なのはちゃんが独りで頑張る必要が無いように、フェイトちゃんも、独りで何もかんも抱え込むこと、ないねんよ?」
「はやて……」
「……なんてな」

ふふ、っと小さな声を立てて、はやては笑った。

「ホンマは、私も怖い。なのはちゃんの強さが」

そっと額を離して、透明な笑顔のまま、はやては目を逸らす。
その先には窓越し、夕映えにきらきらと輝く眩い光を湛えた空がある。

「でも、それと同じ位、もしかしたらそれ以上に、なのはちゃんに憧れてる。なのはちゃんが飛ぶ空を、その先を、何処までも見届けたいて、本気で思う」

ただ、と、ほんの少しほろ苦いものを滲ませた笑みを口元に浮かべて言い淀む。私はその先を促さなかった。はやてもそれに気付いてか、まあええわ、と小さく呟いて首を振った。

「……せやから、分け合えるもんがあるのやったら、分け合いたい。それは、なのはちゃんに対しても、それから、フェイトちゃん」

一端逸らされた眼差しが、再び私の目を射抜く。

「フェイトちゃんにも、思てること」
「私……?」
「まあ、無理にとは言わんし、私自身、抱え込んでしもてるもんがあるし……でも、」

それでも、と。
いつもの雄弁さを失ったように途切れがちなはやての言葉と、いつも以上に切なさも苦さも包み込むような穏かな笑顔に私は、次第に項垂れてゆくしかなかった。

「ごめん……はやて、ごめん」
「いややなあ、フェイトちゃんが謝らなあかんことなんて一つも無いよ?」

それに、と頬を包み込んだ掌がそのままゆっくりと閉じられ、押さえ込むように力が込められる。

「こういう時、言わなあかん言葉は他にあるやろ?」

その手に促されて上げた視線の先、悪戯っぽくて随分と大人びた、はやてらしいいつもの笑顔があって、それに釣られるように、私はようやく、笑顔を返す。

「『ありがとう』……?」
「正解やー」

じんわりと熱を取り戻した指先が、悪戯っぽく頬を軽く引っ張った。

「なのはちゃんが空を望むように、フェイトちゃんはなのはちゃんを望む。私は、そんな二人が舞う空を守ることを望む」

静かな笑顔に、ほんの少し滲む、苦さと痛み。
幼いかもしれない、脆い想いかもしれない。
それでも。でも。

「もっと、強くなりたい。ならなあかんと思う」
「はやて……」

はやての胸に灯る炎はきっと、私やなのはと同じ熱を持っている。
そう信じることの出来る眼差しに、ゆっくりと頷いて見せる。
間に合わないことは、この先何度でも起こりうる。
伸ばした手が届かないことだって。
それでも、なのはは……そして私たちは、行くのだろう。
この胸の痛みと熱が、続く限り。
お互いの瞳の中に良く似た眼差しを映し合いながら、見詰め合ったのは多分、ほんの数瞬のこと。
さて、とはやては身を起こし、三歩先にある自動販売機に視線を伸ばした。

「あったかいもん飲んで、戻ろかー。これから色々、大変やからな」
「……うん」

それから二人して、甘くて暖かい飲み物を買って、言葉少なに飲み干して。
眩い光が、迫る宵闇に沈み込んで行くのを窓越しに眺めながらそれでも。
空を、なのはが飛ぶべき空を。
私は……私とはやては。
遠く思い描いていたのだろう。
肩を並べて皆の待つ場所へと戻りながら、私たちはその日、それぞれの背に負ったものの大きさを、少しずつ少しずつ、実感し始めていた。



でも。
大丈夫。
大丈夫だよ、なのは。
またいつか、必ず。
同じ空を、私たちは共に、飛ぶだろう。

空飛ぶ夢を、夢で終らせないために。
なのはが諦めないように。
私たちも、決して、諦めない。
きっと、何処までも。
いつまでも。





終っとけ(何)。


2006年03月19日(日)

なのフェイかなあ(何)。
ちょっとだけ、A's→StS補完。
多分、同案多数(何々)。






目覚めた時、見えたのは白い天井。
窓から差し込む光が眩し過ぎて、空が見えなかった。
目を転じれば、誰もが一様に沈んでいた。
預けられた背中を守れなかったと唇を噛み締めて涙を堪えているヴィータちゃん。
彼女を支えて、蒼白な顔で、それでも確りと地を踏みしめて立っているはやてちゃん。
その他にも、誰もが少し赤く染まった目をしてそこここに佇んでいる姿の中。
痛みすら無い無感覚の中全く思い通りにならない体を諦めて視線だけで探し当てた、フェイトちゃんは。
ただ、真っ直ぐに、私を見つめてそこに、居た。
真白だけれども蒼褪めては居ない顔と。
沈痛だけれども泣き腫らしては居ない目をして、ただ、そこに。





「治療方法は二通り」

意識を取り戻して二日目、麻酔の効果が薄れても何処か茫洋とした身体を持て余している病室を訪れた担当医の先生が、先ずは、という感じで淡々と話始める。

「治癒魔法を連用して、身体機能を回復する方法。これなら半年程度で日常生活に支障のないレベルまで治癒するでしょう。ただし……」

手にした簡易ウィンドウに落とした視線を此方に向け直して、先生は僅かに眉を顰めた。

「治癒魔法の連用には、身体の健全な自己治癒能力を阻害し、治癒系の魔法に対する耐性を付加する副作用の発生が認められております。勿論、あなたが今後、普通に日常生活を送る分には大きな問題ではありません」

ありませんが、と繰り返して顰めた眉を元通り緩ませる。

「今回ほどで無くとも、ある程度以上の魔法および物理的ダメージに対する耐性はほぼ、失われると思って頂きたい」

表情に僅かな変化を見せた以外、先生の口調にも顔付きにも大した変化は無かった。なんと言っても、時空管理局武装隊付属病院の先生だから、こんな説明が必要な患者に当たるなんて事はある意味、日常茶飯事なのだろう、と思わせてくれる態度に、正直、ほっとする。

「ですから、もう一方の治療方法は自ずと限定されます」
「……はい」
「過酷な状況が見込まれます。その上、どれだけ時間を掛けた所で、身体能力が元通りになることは愚か日常生活を滞りなく行える状態まで回復するのにどれ位のリハビリと物理的な治療行為が必要になるのかは、今一口には説明しきれない程です」
「はい」

でも、と先生は、肩をすくめるようにして表情を緩めた。

「なのはさん」
「はい」
「もう一度、空を飛びたいですか」
「……ええ」

体中を覆う、ぼんやりとした鈍い痛みや口の中に未だに残る赤錆た味、砂を噛んだ時の言い様のない違和感、それら全てを改めて感じながら、それでも、小さく頷いた。

「それでも、やっぱり私は、もう一度、飛びたいです」



三日目、完全に麻酔が切れ、少し身動きしただけでも鈍痛が背中から全身を駆け巡るような、そんな状態が始まった。当然、面会は謝絶状態。とはいえ、こんな有り様では誰が来てくれた所で、まともな対応は出来なかったに違いない。
そういえば、意識が戻ったその日の夕刻、丁度今くらいの時間に、遠い故郷から両親が駆けつけてくれたのだった。
枕元に並んだ二人は、どちらかというと父の方が余程参った顔をしていたように思う。なんだか、幼い頃とは正反対の立場に居る自分が可笑しいような悲しいような思いだった。恐らく、父もそうだったのだろう。間に佇む母が、思った以上に落ち着いていて、それが本当に有難かった。

「心配はしたわ」

包帯だらけの頭からはみ出した髪にそっと撫でるように触れて、母は少し寂しいような笑顔を見せてくれた。

「あなたが決めたことなんだから、何て言葉じゃ誤魔化しきれない位、心配したし、心臓が止まるかと思ったのも本当」

ごめんなさい、と、辛うじて動いた唇でやっと応えると、母はううん、と首を振った。

「謝る事はないわ。今は、ゆっくりとお休みなさい。命に別状は無いってお話だし」
「そ、そうだ、今はゆっくりと身体を休めて、しっかり治療に専念するんだぞ」

母に続いて、枕元に束になって流れる髪に触れながら、父はまるで自分自身に言い聞かせるように言葉を綴った。

「大丈夫だからな」

その言葉を聞いて、今更ながら申し訳ない気持ちで一杯になった。声も出せない、身動きも出来ないまま、ただ、小さく頷き返すだけの娘に、父が自分自身の過去を重ねないではいられない事が、酷く申し訳なかった。

「なのは」

母が、そっと、でも強く名前を呼ぶ。

「余計な事は考えない。お父さんが大丈夫っていうからには、大丈夫なんだから」

にっこりときっぱりと、母の言葉と笑顔は何処までも力強くて。
ああ、と溜息を零すばかりだった。
幼い自分が独りの時間に耐えることだけで一杯だった頃、許される時間の中しっかりと抱き締めてくれた事をようやく思い出せた気がした。
母も、そして父も、分かってくれている。
見えない角度にある窓の外には、いつもと変わらず、空が広がっている。
ごめんなさい。
そう思いながら、それでも、もう一度。
飛びたい、改めてそう決意したのは、多分、その瞬間。
そんな事を思い起こしていた耳に、こつん、と硬い音が響いた。
痛みが増した分、ある程度自分の意思も通用するようになった身体を叱咤して、視線を窓辺にめぐらせる。夕暮れ時の色に染まり始めた窓の向こう、見慣れたバリアジャケットの色が過ぎって吃驚する。
こつんこつん、と音が繰り返された後、淡い魔法光が差して、窓の鍵がくるりと回るのが見えた。控え目にそっと、窓が開く。

「……なのは?」

そろり、と隙間から忍び込むような動作で、漆黒のマントとバリアジャケット姿のフェイトちゃんが病室に降り立つ。それが、見つかったらただじゃ済まされない位問題な行為である事は分かっていても、一瞬、色んな感情に満たされて、目元に熱を集めてしまう。

「……いいよ、何も言わなくて」

身体の自己治癒力を高めるため、今の自分は魔力リミッターを厳重に掛けられた状態にある。そうでなければ、身体に負担を掛けず念話でいつもどおりの会話をすることだって出来ただろう。その悔しさを察したのか、フェイトちゃんは穏かに続けた。

「今日は、様子を見に来たかっただけなんだ。邪魔して、ごめん」

そっと近づいてくるその姿は、不思議な位いつも通りだった。蒼褪めても、取り乱してもいない、いつもの端正な面差しと表情。不安も心配も封じ込めた、寧ろいつも以上に強い意思が込められた真紅の瞳。いつも以上に、いつもどおりの、フェイトちゃん。

「本格的にリハビリが始まったら、ちゃんとお見舞いに来るから」

ベッド脇に静かに屈んで、顔を近付けてくれる。

「今日は、ちょっと報告したいことがあって。私も、暫くはミッドで勤務する事になったんだ。あ、なのはの事とは無関係だからね。執務官試験の準備の為にって、前々から母さんやクロノが取り計らってくれていたことだから」

ちょうど良かった、なんて言いながら目を細めて、枕元に流れた髪を優しく撫でてくれる。目を覚ました日に、父と母がそうしてくれたように。

「だから、安心して」

大丈夫だからね、と、微笑んでくれる。

――フェイトちゃん。

声にならない声で呼び掛ける。

「うん、なのは」

気付いて、ちゃんと、返してくれる。

「また、飛ぼう」

同じ空を。
また、二人で。

当たり前のように、懐かしむように、フェイトちゃんは続けた。

「待っているから」

うん、と頷き返しながら。
どうしようもなく、思い通りにもならない身体に走る痛みにも。
力を込めて歯を食い縛ることすら出来ない、自分にも。
父母の、優しい励ましにも零れなかった涙が、溢れてくるのが分かった。
ぽろぽろと零れる雫を、フェイトちゃんが指で拭う。

「大丈夫だから」

繰り返す声の静かな優しさに、私はただ、空を失ってから初めての涙を、流し続けていた。






続くかもしんない(えー)。


2006年03月18日(土)



――また、この夢か。

夢の中でその先に起こる事が分かっていながら。
それでも、止まらない、動けない。
じわじわと肌を圧するような熱気と蝉の声。
地道をガタガタ揺れながら走る自転車。
狭い視界の中、流れてゆく景色。
それが一瞬の内に、大きく傾いて。
投げ出される。

纏わりつく、冷たい流れ。
息苦しさの中、見開いた目にきらきらと光る空。
それとも、水面。
苦しいのに、綺麗だと思った。
遠くなる意識の中、とても綺麗だと思っていた。
それを最後に、失われていく世界。
穏かな、諦めるような気持ちはでも。
始まった時と同じ位唐突に引き戻されて。

蝉の声は同じ、なのに、体中がまるで。
氷を当てられたように、冷え切っていて。
背中の下、ごつごつとした岩だけが熱を帯びていて。
眩しい空のどこまでも澄んだ青に目を細めた時。
視界を、濃い影が覆いつくした。
頬に触れた手は、やっぱり冷たくて。
その指が震えながら唇をなぞるのも、冷たくて。
身震いした瞬間、その影が大きく揺れた。

――………。

声にならない呟きが聴こえて。
それに応えるように、無意識に言葉が零れ落ちる。

――……泣いて、るん……?

かすれた声が自分のものだとは、どうしても、思えなかった。



目覚ましの音がなる前に、飛び起きる。
着慣れた夜着の背中が張り付くように濡れているのが分かる。
反射的に振り返った隣の布団は、既に畳まれている。
その事にほっとすると同時に体中の力が抜けて、再び、布団に仰向けに倒れ込んだ。

「……久々、や、なあ……」

声にしてみた言葉は、酷く擦れている。
幼い頃から繰り返し見る夢はいつも恐ろしいほどリアルで息苦しい。布団の中、唸りながら四肢を伸ばしたり縮めたりしている内に、それも少しずつ薄れてゆくのだけれども。
子どもの頃、法事で出掛けた先で自転車ごと川に転落するという事故を起こした、らしい。
らしい、というのは、自身の頭の何処をどう探してもその時の記憶がどうしても見当たらないからなのだった。
姿が見えない事に気づいた大人たちが探し出した時には、河原の大きな岩の上に寝かされていて、その傍らには、同じくずぶ濡れの綾ちゃんが佇んでいたという。けれども、前後の出来事含めて何もかもがすっぽりと抜け落ちていて、夢で見ている場面が実際のものなのか、人伝に聞いた話が再構成されて作られたものなのかすら、わからない。
一つ分かっている事は、それ以来、自分ひとりで自転車に乗って出かけることが出来なくなったという事実。
誰かが併走してくれれば……もっというと、綾ちゃんさえ一緒ならば大丈夫なのだ。一人きりだと、3分と立たない内に酷く不安になって、何処にもいけないまま引き返したくなる。
高等部へ進学した当初には何度か試したけれども、未だに克服できないまま、現在に至っている。

「……まあ、ええか」

あれやこれやを思い起こした後苦笑い混じりに呟いた頃には、随分と頭がすっきりとしてきていて、その分、夢の中の光景は更に希薄になる。
一つ大きく伸びをして、布団を勢い良く跳ねのけた。





えーと。
続いてるのかどうなのか、さっぱり(何々)。


2006年03月17日(金)




終了の合図、それに続く礼、後片付け。
それらの喧騒から距離を置いて待っていた所へ、道着姿の綾ちゃんがゆっくりとやってくる。汗一つかいていないその手には、先ほど小さな後輩から渡されたタオルが一本。

「お疲れさんやったね」

笑って見上げた綾ちゃんはそうでもないです、と言いたそうに表情を緩めた後、振り返る。

「今日はもう、上がってもええのん?」
「みたいです。着替えて来ますから、外で」
「ん」

ほな行ってらっしゃい、とその背中をひと叩きして、また先輩方に捕まらない内にと道場を後にする。綾ちゃんは、後片付けに奮闘する後輩の群に向っていく。タオルを返しに行くのだろう。やれやれ、と何となく凝ってしまった肩を回しつつ道場を後に仕掛けて、背後で湧き上がった歓声に吃驚して振り返る。どうやらその歓声の中心には、後輩たちに囲まれた綾ちゃんが居るらしい。
珍しい、と思ったのは、後輩たちに取り囲まれた綾ちゃんが目に見えて困惑しているのが分かったからだ。いや多分、傍目にはいつもどおりのポーカーフェイスにしか見えないのだろうけれども、その泳いだ視線が此方を探し当てた瞬間、それが分かった。頑張りやー、と視線だけで笑って見せたら諦めたように溜息をついたのが少し、面白かった。



傾き掛けたお日さんの元、自転車を押す綾ちゃんと並んで下校の途につく。心なしか考え事でもしているように視線が落ち気味の背中に、笑いかける。

「さっきは何やったん? えらい大騒ぎしてたけど」
「……別に」

と、言い掛けて、言い淀むその姿が珍しくて、その背中を突く。

「別に、やないやん。えらい楽しそうやったで?」

楽しそう、の言葉に穏かな無表情に困惑の色が差す。

「や、綾ちゃんが、やなくて、皆が」
「そんなに、大した事じゃなかったんですけど……」

諦めたように呟くと、綾ちゃんは足を止め、片手を上げてくしゃり、と自分の前髪に指を通す。ありゃ、本気で困っているのかと、流石に少し、驚いた。

「何があったん?」

思わず真面目に問い掛けながらその目を見上げる。複雑な色の眼差しに複雑な表情。

「……明日」
「ん?」
「明日の早朝練習に、出てきてくれないかと」
「中等部さんの?」

頷いた綾ちゃんに、拍子抜けした気分で、溜息をつく。

「それであの騒ぎやったん? なーんや」

我が学園の剣道部は基本的に朝は自主練習に任されている。普段は直接綾ちゃんに助っ人をしてもらう事の無い中等部の皆が、勇気を奮って直にお願いをして了承を得た、というのが先の騒ぎの真相だったらしい。

「まあ、偶のことやし、ええやん。行ったり行ったり」
「……はい」

朝練習に付き合うとなれば、明日は別々に登校ということか。久々に自分で自転車を運転する事になりそうなのがちょっとアレだけれども、でも、綾ちゃんが決めたことなら良しとしよう。

「済みません」
「え? 何で謝るん?」

きょとん、と訊き返すと、綾ちゃんの視線がするり、と逃げた。夕映えの逆光の中、表情を掴ませない影の中にその横顔が逃げる。

「大丈夫やよ、私のことやったら。一人でも」

時々、ものすごく心配性になるその肩をぽんぽんと叩いてみせる。

「いつまでも、綾ちゃんに甘えてばっかりも居てられへんしなあ」

出来るだけ明るく冗談っぽく続けたけれども、黙り込んだ背中は振り返らない。

「なんやったら、私も付き合おか? 朝練」
「……いや、流石にそれは」
「まずいかー。連子先輩を調子付かせるだけやな」

むう、と眉根を寄せたあと、まあ、ええか、と肩をすくめた。

「取敢えず、明日の朝だけは綾ちゃんに付き合うわー。一人で自転車乗るのんにもそろそろ慣れんとアカンし。久々に、並んで行こ。な?」

真っ直ぐに前だけ見て自転車を押す綾ちゃんの視線に回り込むようにして、その顔を見上げる。夕陽を集めたその目の色は相変らず複雑で、金色にも真紅にも見えて、少し眩しかった。







引っ張りますが後先の事はあんまし考えてません(何々)。



2006年03月16日(木)





板張りの道場に響き渡る裂帛の気勢。鋭く行き交う剣戟の音。
この空気は幼い頃から慣れ親しんだそれに比べると少し粗雑ではあるけれども、その場に浸っていて心地良い事には変わりない。
それでも、その中に入り混じることを期待されるのは困りもので。

「何で今年は駄目なのよ」

大きく嘆息しながら肩を竦める連子先輩の言葉も今日だけで何度目か。

「あかん言うたらあきませんて。私らが出たらまた諸々揉めるだけやて、先輩らかて分かってはるでしょ?」
「女子部の方だけで良いのよ? 正真正銘、交流試合として」

正真正銘て、と流石に連子先輩の隣に佇む男子部部長の藤堂先輩が苦笑する。我が清陵学園の剣道部は女子部と男子部の人数差が生徒総数のそれに比例して大きい関係で、稽古は常に合同で行われている。それでも今年の男子部は何とか団体戦を行えるだけの頭数は揃っていた。

「それこそ、レギュラーで活躍してるほかの部員さんに失礼やないですか」
「大丈夫、あなたたちが出てくれるのなら私が控えに回ったって構わないし」
「先輩……」

真顔で冗談を言うからこの人は怖い。引き攣り笑いを浮かべて引いた肩に、ぽす、と誰かの肩が触れた。

「あ……っと、すみません!峰倉先輩!」

タオルを抱えた女子部員が慌てたように頭を下げる。顔を上げても年齢標準サイズよりも小さい自分の視線よりも低い所にその子の目線があって、おや、と目を細める。

「中等部さんやね」
「あ、はい。中等部3年橘です」

ぺこり、とお辞儀した彼女のつむじに二回目の対面。こういう場面には滅多に居合わせないので思わず頬が緩む。

「かいらしなー。頑張ってる?」
「はい」
「ちょっと、何後輩口説いてるのよ」

話を逸らしたつもりが、ぐい、と襟首を引っつかまれる形で連子先輩の方に向き直らされる。

「兎に角、私は諦めてませんからね?」

にっこりと笑う先輩は、真顔で迫る時よりも更に怖い。わはは、と誤魔化し笑いで逸らした視線の先、ええと綾ちゃんは……と背の高い姿を探す。

――おや?

先ほどのちびっこい後輩が同輩たちと共に両手に抱えたタオルを一稽古終えた部員に配りまわっていて、丁度綾ちゃんが彼女からそれを手渡されたところだった。

――電柱に、蝉。

「峰倉さんちの似てない双子」は昔良くそう評されたものだけれども、その光景を客観的に眺めるような錯覚に思わず陥って小さく唸ってしまう。

「あら、こうしてみると河南ちゃんって」

同じ事に思い当たったのか、連子先輩が感心したように呟く。

「髪型のせいかしらねー、良く似てるわ」
「はあ……」

河南ちゃん、というのかと、道場の壁に掛かった名札から彼女の名前を探し出してふむ、と頷く。

「どっちが苗字か分からない名前ですね」
「それ、私に対する皮肉?」
「いえ別に」

再びにっこりと笑う先輩に今度は負けじとにっこりを返した後、なにやら熱心に綾ちゃんに話しかけている小さな後輩の背中に視線を戻す。
綾ちゃんの表情は相変らず、少し長い前髪に隠れて良く分からなかった。






続いてますねえ……(えー)。


2006年03月14日(火)

融先輩の名前間違えてました(何)。
つか、ホンマは弟さんの方がメインでした(何々)。
どおでもええ、初期設定の話ですが(だから何)。


そんな感じで。
二つ日付前から何やらやらかしているアレの。
元になった落書きやら断片やらを先日。
実家で軽く読み返して参りました。
でも、持ち帰ることは出来ませんでした……(逸らし目)。
つーか、あれです。
 直 視 で き な い 位 に 。
ネタがこっぱずかしかったんです……色んな意味で(伏し目)。

てーか、主役?の名前もあちらこちらととっちらかっててですね。
リアル友人と被るのもあったりして大問題(えー)。
だから、相変らずな一人称胡乱な代名詞の迷宮状態だったり。






生徒会室に立ち寄ったり、剣道場で連子先輩のお小言喰らったりしている内にあっという間に予鈴タイムになる。対抗戦が近いだけあって、校内は何処も騒然とした空気に満ち満ちていて、教室へと急ぎながら、何となくウキウキした気分になってくる。

「……楽しそうですね」

隣のクラスの綾ちゃんを、扉の前で見送っていたら別れ際、そんな事をつぶやかれてしまって思わずきょとんと目を瞠る。

「綾ちゃんは楽しないのん?」

扉に掛けた手を離し、穏かだけれどもやや和やかさに欠けるその顔を下から覗きこむ。虹彩に不思議な色が入り混じる綾ちゃんの目にあるのは、微かな憂いめいた感情。普段は少し癖のある前髪に隠れているから気づかれ難いけれども、表情に乏しい顔よりも、その眼差しは時に綾ちゃんの気持ちをごく正直に映し出す事がある。これもこの5年の間に学んだことの一つ。

「心配性やなあ。去年かて結局、万事丸ぅ収まったやん」

微笑んでその背中を軽くこづく。

「お陰で向こうの体育会とも繋ぎ取れたし、交流深まったって喜んでる子らも多いねんで。変な真似してくるのんは、武道会の連中くらいやし」

開星学院の運動部の部活組織は我が清陵とは違って幾つかに分派している。
去年、対抗戦での大敗を切っ掛けに過激化したのは所謂武道会、生徒会と共に我が学園が女子校だった時代から何かと行き来のあった体育会とは学院内でも微妙な関係にあるらしい。連子先輩からお小言を喰らいつつ交換した情報から、今朝、剣道部の女子を脅しつけていたのはどうやら武道会絡みの連中らしかった。
「あんな卑怯な真似しかよーせんのに、「道」を名乗るとは不届きな連中」とは連子先輩の評であるが、体育会、文化会などに比べて過去に数々の華々しい実績を上げている組織だけに、少なくとも開星学院内では正面切って批判するのはとても難しい存在なんだとか。

「今年は、あちらの生徒会も文化会、体育会も逸材揃いと聞いてるし、うちかて、ああ見えて融先輩が結構したたかやからなあ。うちらの出番は無い思うで?」
「……ええ」

微妙な間を置いて、綾ちゃんは薄く息を吐く。つい、と逸らされた眼差しが廊下を慌しく行き来する制服姿を見るとも無く眺め渡す。
こんな時、綾ちゃんの目には多分、他の誰にも見えない何かが映っているに違いない、と、オカルト関係には全く以って興味関心の無い脳味噌にふとそんな考えを浮かべてしまう。勿論、根拠は無い。これも、頭一つ分は高い所にあるその横顔を見上げ続けた歳月の内に気付いた事の一つ。ただ、気に為りはしつつもその事について、綾ちゃんに問い質そうと思った事はなぜか一度もなかった。

「まあ、何かあった時はあれや、頼りにしてるから」

その目が何を見ているのであれ。
綾ちゃんのことは、心から信頼してる。それは間違いない。
だから、その横顔を見上げる時はいつも笑顔で。
ただ、それだけの事なのだけれども。

「……それじゃあ」

いつものように少し、眩しいものを見る時みたいに目を細めて此方を眺め下した後、綾ちゃんは踵を返した。
またあとでな、とその背中に声を掛け、扉に再び手を掛ける。
綾ちゃんと二人なら、何も怖い事も困った事もあらへん。
何の根拠も無いままに胸の中に確りと存在するそんな気持ちを改めて確認すると、意味無くよし、と気合を入れ直し、ざわめく教室のドアを引く。


対抗戦まで、あと二週間とちょっと。





思いつきで書いているので、続ける気は無いんですけれどもね(えー)。
先行している内容とどんどん矛盾したり。
間違いが発生したりしつつだらだらと行くかもです(えーえー)。


2006年03月13日(月)

昨日付けのこっ恥ずかしいネタを引っ張ってみる(何)。






緩やかに傾斜する坂道を上りきった場所に、古くさい門構えの家がある。
それが、我が家だった。

「行って来ます!」

大きな声を奥へ飛ばして、きちんと紐を結び終えた靴の爪先をとん、と玄関の三和土(たたき)を打ち付ける。複数の声が返ってくるのを背中で受け止めて、鞄を持ち直す。

「行って来ます」

そんな声じゃ奥まで届かないのにな。それくらいのボリュームで、隣に佇む綾ちゃんがそれでも律儀に呟いて、先に引き戸を開く。それが、我が家の朝の風景。

「うわー……結構寒なってきたなあ……」

自転車の用意をしている綾ちゃんの背中に白い息を掛けながら、空を仰ぐ。寒さも暑さもてんで気にしない横顔が、ちょっとだけ恨めしい。

「早出すんの、いやな季節到来や……」
「コート、取って来ましょうか?」

家に来てから早や5年目になろうかと言うのに、相変らず堅苦しい口調で綾ちゃんが応対する。勿論、こちらもそれには馴れたもので。

「ええよ。今からそんな厚着してたら冬しんどいもん」

肩を竦めて答えた時、ふわりと首の周りに何かが触れた。

「文子さんが持たせてくれました」
「あー……」

墨染めっぽい色合いの、タオル生地のマフラーを当たり前のように巻きつけると綾ちゃんは、払暁頃には開け放たれていた勝手口を、その長身を屈めるようにして自転車を押して潜り抜ける。

「何で私に直接、持たせへんかなあ」

聴こえるようにわざと上げた声に振り返ったその顔は、ほんのちょっとだけ柔らかい色を湛えていた。「めんどうくさがって自分では使わないって分かっているからですよ」と言いたげなその表情が、何となく腹立たしい。

「綾ちゃんは? 巻かへんの?」
「まだ、良いです」
「……悪かったな、寒がりで」

憎まれ口を無言で受け流してサドルに跨った綾ちゃんの後ろに回り、その肩に載せた掌を支柱に、二人乗り用の足台に乗り込んだ。荷台には皮製の制鞄、サドルの横に特注で取り付けた金具には鞘袋に納めた竹刀が二人分。

「ほな、行こか」
「はい」

簡潔に答えた綾ちゃんが、掛かる負荷を感じさせない滑らかな動きでペダルを漕ぎ始める。
それはいつもの、二人の朝の光景だった。



だらだら続く坂道を降りた丁度そこには三叉路がある。左折してそのまま、車通りも人通りも少ない早朝の通りを、二人を乗せた自転車は疾走する。自転車通学圏ぎりぎりにある自宅から、学校までの所要時間は約20分。綾ちゃん相手に他愛も無い話題を振り撒いて、その時間はあっという間に過ぎ去る。
その日の通学路も、当然、そんな感じで終る予定だった。
バス通りを過ぎ、小さな駅前の商店街を抜け、最近になって整備された住宅街を横断する大通りを抜けた先、背の低い潅木に取り囲まれた公園脇の歩道を突っ切ろうとしていた自転車は、途中でいきなり速度を落とした。

「……綾ちゃん?」

気付いて声を掛けた時には、自転車の車輪はとうとうその回転を止めてしまっていた。覗き込んだ綾ちゃんの、少し癖のある前髪越しの目が、やや細められている事に気付いて、補助台から飛び降りる。

「どないしたん?」
「……声が」

言って、その目が少し先にある公園への入口に向けられる。言いたい事を何となく察して澄ました耳に、小さな悲鳴じみた声が届いて、息を呑む。

「綾ちゃん」
「はい」

手早く自転車をその場に止めて、綾ちゃんがサドル脇から鞘袋を抜き取り、歩き出す。時期が時期だけに、それを振るわなくてはいけない事態がそこにない事を軽く祈りながら、その後に続く。
早朝の、出来て間もない住宅街内の公園は、ひと気が無いどころか閑散とし過ぎていて、普通なら誰も好き好んで足を踏み込みはしないだろう。そんな場所から、尋常ではない声が聴こえたとなると。

「厄介やなあ……」

知らずぼやいた言葉を見咎めるように振り返った綾ちゃんは、けれども次の瞬間には駆け出していた。慌ててその後を追う。

「……あちゃ……」

嫌な予感は的中していた。
見慣れた制服姿は、隣接する男子校のもの。上背のある三人ばかりのそれに取り囲まれているのは、更に見慣れた我が愛すべき母校のそれで。

「なんやなんや。大の男がよってたかって何してるんや」

思わず零した声に反応して、その大の男たちが一斉に振り返る。

「……峰倉」

中の一人が呟いた声に反応して、取り囲まれていた女子生徒三人が一斉にこちらを振り返る。泣き出しそうな……というか、既に半泣きのその顔に浮んだ安堵に、取敢えず、笑顔を返してみる。

「見ず知らずの人に、呼び捨てされるんは、かなんなあ」

鞘袋を片手に、静かに佇む綾ちゃんの横に並び立ちながら、自校(うち)の女の子たちにもう一度微笑み掛ける。

「まあ、ええわ。はよ行き」

強めに促すと、一瞬の躊躇の後、彼女たちがダッシュする。取り囲んだ男子生徒たちが身動きするよりも早く、綾ちゃんが両者の間に割って入る位置に移動する。

「……さて」

その横に更に移動して、どうしたもんかな、と暫し思案する。
あの子たちに何をするつもりだったのか、何が目的だったのか、をあれこれ想像してみたけれども、時期が時期だけに、そうあからさまにヤバイ理由ではなさそうだ、と思う事にする。居並ぶ顔に見覚えが無いことも、少しばかりではあるけれども、安心材料と言えた。

「見たとこ、体育会の人やあらへんみたいやけど」

軽くカマを掛けた瞬間、連中に見過ごせない動揺が走ったのが見て取れた。

「うちの子たちが、何か粗相でも?」

わざと笑顔で言い放つと流石に癇に障ったのか、剣呑な気配がその場に満ちる。それに反応した綾ちゃんが、鞘袋の紐を解き掛ける。

「あー、堪忍。からかうつもりやあらへんねんけど」

綾ちゃんの手に手を重ねるようにして抑え、一歩踏み出す。

「何か問題があったんやったら、謝らせて貰うから。今日の所は収めて貰われへんやろか」

もしもこれで収まらなければ、致し方ない。そんな気分を滲ませて、傍らの綾ちゃんの横顔を振り仰ぐと、その不思議な色彩を帯びた目が、和らいだ。意図するところが通じたのをそれで確認して、改めて、男子生徒を眺めやる。

「来々週から対抗戦も始まることやし、な?」

にっこりと笑って見せると、彼らの間に鼻白んだ気配が満ちる。

「ほな、そういう事で」

所在無げな彼らに微笑み付きでそう告げた後、綾ちゃんの右肩を軽く叩いた。

「行こか。遅れるわ」
「……はい」

分かりました、と言外に滲ませて、綾ちゃんが緊張を解いた。
その刹那だった。

「……この……!」

背中を向けた先、三人組の一人があからさまな敵意を共に踏み込んできた。やけにスローモーに見えたその動作を遮るように、綾ちゃんの背中が視界に割って入る。
振り返った視界一杯に、綾ちゃんの背中。その向こう、凍りついた様に動きを止めた男子学生の咽喉元に突きつけられた、鞘袋。青ざめたその顔を見上げた時には、同情する気持ちさえ覚えてしまっていた。

「……っと、綾ちゃん?」
「……はい」

微動だにしない背中の向こうで、鞘袋に収まった切っ先がゆっくりと下げられる。

「ほな、そういう事で」

我ながら無理矢理な台詞を吐いて、綾ちゃんを促してその場を立ち去る事にする。背中に感じる彼らの気配には、戦意らしきものは全く感じられなくて、流石にやれやれと、肩を竦めるしかなかった。




始業前の生徒会室は、それなりに慌しかった。

「対抗戦前だからね」

と、幼馴染にして生徒会長の透先輩はのほほんとのたまって見せる。

「それにしても、物騒な話だなあ」

剣道部の部室に行く前に立ち寄り報告した内容を何かの台帳に書き記しながら、にっこりと微笑む。

「まあ、人物は特定出来そうだから、それとなく注意を促しておくよ」
「お願いするわ」

大きく息を吐いて、生徒会室用にしては大仰な革張りのソファに沈み込む。

「何がしたかったんかは分からへんのやけど、掴まったんが剣道部の女子やったし、あいつらも、うちらの事は分かってたみたいやし」
「そりゃ、連中にしたら君らのこと知らないなんて有り得ないだろうから」

愉快そうに返ってきた言葉にげんなりする。
「峰倉さんちの似てない双子」に纏わる噂は、ご近所さまの間でこそちょっとした話題提供でしかない小ネタに過ぎなかったけれども、我が清陵学園と、隣接するライヴァル校開星学院の間で流布しているヴァージョンともなると、笑っては済まされない内容に発展しつつある。

「まあまああ。元女子校相手に大人気ない真似仕掛けてきたあっちとしては、君たちの存在は寧ろ却って有難かったともいえるわけだし」
「……嬉しくない」

憮然、と更にソファに沈み込んだ傍ら、綾ちゃんの表情が若干固くなる。

「……気にせんでええよ」

思わず溜息混じりの苦笑を零して、その肩を軽く叩いた。

「うちらを叩けば、地域一番の有力校の地位安泰、なんて浅はかな事考えた連中がアホやねんから」
「相変らず、辛辣だなあ」
「事実やろ?」

アホらしい、と両断して、さて、と立ち上がる。

「兎も角、ちょっと気ぃつけたってな。あちらの生徒会自体はそう分からん相手でもないんやし」
「確かに。あちらさんもそれなりに手を焼いてるみたいだからね」

手にしたファイルをヒラヒラさせて、透先輩は微笑んだ。

「で、君たちは結局、対抗戦に出てくれるのかな?」
「それとこれとは話は別」

そもそもの事の発端である去年の対抗戦を思い出すと、そう簡単には意を翻す気にはなれない。

「私と綾ちゃんが顔出す事で去年以上の騒ぎが起こる事も考えられるやろ」
「そりゃまあ、そうなんだけど」

ぱたん、と台帳を生徒会長席に閉じ置いて、透先輩は真顔を見せる。

「今の所、五分な感じなんでね。出来ればこちら側に星を引き寄せて貰いたいのが正直な処なんだけど」
「却下」

言い放って、綾ちゃんを促して踵を返す。

「困ってるんなら手助けもするけど、透先輩の意図通りに動く気はないし」
「手厳しいなあ」

少しも困った風も無く呟いた先輩に、思いっきりのアカンベーを送って、生徒会室を後にする。
思ったよりも時間を食ったお陰で、剣道部の朝練には間に合いそうに無い。

「連子先輩、怒ってはるやろうなあ……」
「……大丈夫じゃないですか」
「……なんで?」
「今朝の事はちゃんと伝わっていると思いますから」

表情の起伏に乏しい、けれども、穏かと表現して良い綾ちゃんの横顔を見上げていると、根拠無くその言葉を信じられる気がするのは何故だろう。

「……ま、綾ちゃんがそう言うのなら」

正直にそんな言葉を返して見せたら、逆に綾ちゃんが吃驚したような目で此方を見てきたから。
何だか、酷く可笑しかった。






みたいなお話を書いていたんですよ、若かりし頃の己(えー)。


2006年03月12日(日)




どうして素直になれないのかねえ。

「……もしもこの記憶が無かったら。憎んでいたかもしれない」

手と手が届く距離に在って。
何でその先に指を伸ばせないのかねえ。

「……私、もしかして、嫌われた?」

そんな筈は無いなんてでも。

「だから、僕にしておきなさいって」

教えてやらない。



怖かった。

「……泣いてるの?」

自分なんてどうでも良かった。

「どっか、痛い?」

腕の中、失われていく温度が怖かった。

「……綾ちゃん?」

ただ、それだけだったのに。

「本当は、どうしたい?」

分かる訳ない。
この気持ちは、自分のものですらない。
分かっているから。
これ以上は、側には、居られない。



なんでかな。

「あなたを守る、それだけでした」

いつからか真っ直ぐには見てくれなくなった。

「あなたに救われた、だから、でも」

違う。

「これ以上、此処に居る事が、あなたの為になるとは思えない」

そんな事無い。
あの時、泣いてたのは、私も同じ。
悲しい色の目。
この場所に、繋ぎ止めないと。
何処かへ行ってしまいそうで、怖かったのは、私。

「それは……最初から、間違っていたんです」

そうじゃない。
ちゃんと、見て。
私を、見て。
そこから始めれば良い。
それだけなのに。
何で、分からないのかな。
分かってくれないのかな。








何だかこう。
実写版のネギ先生の第4話見て。
昔書いてたオリジナルを思い出してみたり(え)。





流石に恥ずかしいんで。
ノーリアクション推奨で一つ(今更)。


2006年03月11日(土) やってもた……第二弾(何)。※ホントは071014.

なのはです。
しかも、コミクス版A'sを読んでいない方には。
ちょっと通じ難いかもです(えー)。
ぶっちゃけ、コミクス版A'sの「Epologue of ACES」の。
裏読みオンリーですんで(えーえー)。


「ちょっと、頭、冷やそうか?」



ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいっ!(平伏土下座)。
出来れば、散歩コースが良いです己的にh(蹴倒







バリアジャケットを纏う。
胸の奥から、力が湧き上がるのを感じる。
掌に感じる、確かな信頼。
解き放たれる、胸の奥の熱。
この気持ちは多分。
全力で向かい合う相手としか、分かち合えない。
それを確かめ合うことが出来る今が。
多分、何より幸せなんだと思う。




take a shot


「フィールド形勢!発動準備完了!」
彼女の力の籠もった声が響き渡る。
「お待たせいたしました、おっきいの、いきますっ!」
その表情は凶暴なまでに全力全開で。
間近に位置した私の頬を綻ばせる。
時間にすれば瞬きよりも短い刹那に、彼女の視線が私のそれと交わる。
「N&F、中距離殲滅コンビネーション!」
事前の打ち合わせにある筈もない掛け声が口を吐(つ)いて出る。
「空間攻撃!ブラストカラミティ!!」
チャージされた魔力が全身を駆け巡る。
その高揚感を、隣り合わせの彼女が感じない筈はない。
ターゲットとして捕捉した、あの子も。
「どっこい、こっちも詠唱完了や!」
目の前にかざした手指を鋭く揃えて、不敵に微笑む。
「広域攻撃Sランクの意地がある!!」
訓練場中に満ちる、びりびりとした空気が肌に痛い程。
それは、それぞれが限界まで高めた魔力と気力が弾ける痛み。
知らず、頬が引き締まる。
思わず零れ落ちそうな笑みを堰き止める。
全力を発揮すれば落とせないもの、貫けないものはない筈の、私の彼女の最大限の砲撃を、避けるでもなく真っ向受け止めてなおかつ、同じだけの魔法威力で此方を圧倒しようとするあの子。
背中を走る、心地良い程の慄き。
そう、彼女に逢うまでは、知らなかった。
自分の全身全霊を掛けてぶつかる事の、心地良さ。
「全力全開!!」
「疾風迅雷!!」
彼女と私の叫びが重なる。
戦場でだけ響き渡る、ハーモニー。
「ブラスト・シュート!!!」
非殺傷とはいえ手加減抜きの、魔道砲撃を。
まともに受け止めるあの子の頬が軽く歪む。
それはそのまま、私と彼女の頬に浮ぶそれと同じだと確信する。
響き渡る、破壊音。
堅牢な結界の中、乱反射するように暴走を始める色とりどりの魔法光が、訓練場中の建造物を次々と崩壊させていく。
飛び散る破片が、頬を掠めるのにも瞼を閉じず、私は呼吸の届く距離に在る彼女を振り返り、吹き荒れる嵐に耐えて此方を見上げるあの子を見据える。
――嬉しいと、思ってもいいのかな。
心の内にふと、零れ落ちた言葉に気づいたように。
彼女が、あの子が、ぐっと顎を引きつけながら私の視線を受け止め、鋭い視線を送り返してくる。
――もっと高く、もっと強く。
自分の力を信じて、良いのかな。
――この手に届く全てを守れるように。
――その為の力で、命やから。
ぞくりと全身を駆け巡る高揚感と共に、彼女たちの声が脳裏に響く。
いや、響いた気がした、それだけかもしれないけれども。
――有難う。
手加減抜きに、全てを突き通す強さで向かい合う。
私は……私たちは、多分。
何より大切で得難いものをこの瞬間も、築き上げている。
だから、それを、信じれば良い。
不確かで不条理なこの世にあって。
混じり気無しに、感じ取れるもの。


あちらこちらで燻り熱を帯びた残骸。
呆れ果てたように此方を見ている、私たちのリーダー。
訓練場をガードするに全力を使い果たして疲労困憊の、彼。
身体的な損傷はそう酷く無いものの、細かい傷を受けて脱力中の、あの子の守護騎士と私の使い魔。
それでも、罪悪感なんて少しも無くて。
あるのは、全力を出し切った後の、心地良い疲労。
「やってもたなあ……」
模擬戦中の激しさとは格段の落差を感じさせるあの子の声。
「やっちゃったね」
その言葉を受けて、悪戯っぽく微笑みながら呟いた、彼女の声。
「でも、楽しかったよね?」
そして、それらに正直に応える、私の声。
埃っぽく煙っぽい訓練場の空気に暫し、沈黙が満ちて。
「……ははは」
誰とも無く、笑い声が零れ落ちて。
呆れ顔の執務官を筆頭に、何が何やら、と肩を竦める周囲には申し訳ないと思いながら。
お互いが共通して抱いたこの爽快感を胸に。
私たちはいつまでもいつまでも、笑い続けていたのだった。








2006年03月10日(金) やっちまった……。※ホントは、070920.

初なのは(えー)。
時系列的には、StS開始前後。
なのはとフェイトちゃんが同室になってからって事で。












今でも、夢に見る。
掌に感じる、衝撃。
頬に触れる、熱い飛沫。
それが全てだったから。
掴もうにも滑り落ちる温もりを求めて。
何度も、何度も。
追い掛けて追い掛けて。




call me






「……ちゃん! フェイトちゃん!」

ずしん、と沈み込んだ後、一気に引き上げられる意識に、襲い来る眩暈。
ぐるぐると回るぼやけた視界の中、深い藍色が揺れる。

「……な、のは……?」

無意識にその名を呼んでから、それが彼女の瞳の色だと気付く。

「フェイトちゃん……」

ぶれる彼女の心配そうな表情に、少しずつ焦点が絞られる。ごくり、と唾を飲み込んだ咽喉が思いの外、痛い。

「どうした……の……?」
「……もう、」

やっとの思いで零した言葉に、彼女の表情が呆れた色に染まる。

「それは、私の台詞だよ!」

軽く頬を膨らませながら、彼女は少し乱暴に私の前髪をかき上げるようにして額に触れた。

「すっごいうなされてたよ?」
「私……?」

思わず呟き返したら勢い良く頷いてみせた彼女は、いつもより随分と幼く見えた。
そう、初めて逢った、あの頃みたいに。
気付いて、また、視界が歪む。

「フェイト、ちゃん……?」
「……大丈夫だよ」

応える声が、自分でも分かる位に震えている。その事実に、強く臍を噛む。

「私は、大丈夫」
「フェイトちゃん……」

さっきまで見ていた夢の事は覚えていない。けれども、何となく想像はつく。
崩壊する、閉ざされた世界。あの人の狂気を孕んだ儚い夢を閉じ込めた場所。永遠に目を覚ます事の無い、私の血と肉を生み出した源。差し伸べた手を最後まで拒んだのは、あの人の、余りにも哀しい、愛の深さ。
私が、求めて、得られなかったもの。

「大丈夫」

目を閉じて、深く息を吸って。

「大丈夫だよ、なのは」
「……駄目だよ」

呟いた私の言葉に被せるように、強い声。

「駄目だよ、黙って独りで、我慢しちゃ」

一つ一つ区切るように零された声に、驚いて見開いた視線の先、怖いくらいに真剣な眼差し。

「フェイトちゃんだって、分かってるでしょ? 泣きたい時に無理に我慢しちゃったら駄目だって」

差し伸べられた掌が、そっと頬に触れる。
いつだったか。
あの、優しい祝福の風を纏った魔道書の魂が空へ登ったあの冬。
二人で訪れた、その主である私たちの友人は。
自分が背負った罪や、自分が守るべき騎士たちの心を思って、涙一つ零さず耐えていた。
その笑顔が切なくて、哀しくて、私たちは。
私と、彼女は。

「……やだな、私」

それはもう、随分と前の事で。
でも、私の心を捉えて放さない記憶は、それよりも更に遠いもので。

「もう、大丈夫な筈、なのに」
「うん」

頬を滑る彼女の掌が、そのまま首を経て、肩を抱く。

「大丈夫だよ、今はもう。フェイトちゃんは」

でもね。
そういって、彼女は背中に回した手を軽く上下させる。

「消えないから。痛みとか、哀しみとか、辛さとかは、薄れたって、消えないから。降り積もるから。だから、我慢しなくて良いよ」

私の前では。
深い色の瞳が、真っ直ぐにそう語り掛け、柔らかく微笑む。

「……なのは……」
「うん」
「なのは……」
「うん……」

あの日。
何度も繰り返し呼んだ。
彼女の名前。
それは、私にとって、初めて手にした。
確かな光、だった。

世界の全てが足元から崩れ落ちて。
差し伸べた手は空を切り。
あの人は、私の想いを全て置き去りにして、虚無の淵へと、消えた。
永遠に、目覚めない、最愛の娘と共に。

それが、ただの拒絶では無かったのだと信じたい気持ちと。
決して、伝わらなかった想いの結末なのだと諦める気持ちとが。
いつまでも、いつまでもこの心からは消えなくて。
望まれて、でも、その期待に背いてただ、この世にある自分の生を。
疎ましく、重く思う心を捉える闇が消えなくて。

だから。
彼女の名前は。
私にとって。
文字通りの、光明で。

「な……のは……」
「うん、フェイトちゃん」

どんなに歳月が流れても。
多分、どんなに大人になっても。
消えない傷を、痛みを。
丸ごと知っていて、受け止めてくれた、彼女の名前が。
私には、文字通りの、光明で。

「なのは……っ!」

その温もりが、真実で。

「大丈夫だよ、フェイトちゃん」

縋る私の名を呼ぶ、いつもの彼女の声が暖かくて。
そうして、私は、夜の淵から立ち戻る。
繰り返し訪れる夜でも、明けない事は決してないのだと信じることが出来る。

いつか。
私の名前が。
誰かの光になれたなら。
遠い時空の彼方に消えた哀しい思い出も報われる。
そう、信じる事が出来る。

「……なのは」
「なぁに?」
「ありがと……」

胸元に呟いた声に彼女の、いつもの照れ笑いが振り注ぐ。


私がこうして。
独りでも歩けるのは。
なのは。
君が居るからだよ。
君が、私の名前を呼んでくれたからだよ。

その掌を掴み取って。
私は、再び、眠りに落ちる。
やがてくる朝を、待ち望みながら。
その光を心から、信じながら。



― 了 ―



2006年03月09日(木) オンリーイベント用下書き中。ネタバレ危険(何)。※ホントは070916.

そんな感じで。
舞-HiMEオンリー用下書き中です。
書き下ろし用なので、ネタバレ回避したい方は。
見なかった方向でスルー願いますです(何々)。


ゆーても。
既にmixiで下書き済みやってんけども(えー)。












その分厚い封筒の送り主の筆跡には見覚えがあった。
時折あいつ宛てに届く時候の挨拶状でだったり。
ちょっとした贈り物の宛名でだったり。
記憶力には元々自信はあるけれども。
勿論、そういうのとは無関係な所で印象に残る。
流麗な筆跡。
それを目にしたあいつの顔が。
ちょっと見たこと無いくらい穏やかに凪ぐのを。
どことなくざわつく思いで眺めたのだって実は。
一度や二度では無かったから。





手にしたあいつが、一瞬、軽く息を呑んだのが分かった。眺めている私の方にさり気なく背中を向けながら、引き出しからペーパーナイフを取り出し、ゆっくりと丁寧に開封する。
世間知らずな私にも一目で分かったそれは、招待状だった。

「……静留?」

小さく呼び掛けると振り返る、いつもの穏やかな笑顔。

「ん?」

少し傾げられた顔に漂う、微かな憂いの色に気付けない私ではない。
けれど。

「……シャワー、先に使うぞ」

何を言えば良いのか分からなくなって、踵を返す。背中に届いた力の無い返事には、気付かなかった事にした。


いつもの食卓に、いつものように並べられた細々とした料理に黙々と手をつける。あいつもいつもどおり、大学での出来事やら週末の予定やらについて途切れる事無く話題を振り続けている。
その笑顔からは、ダイニングの壁に掛けられたあいつ用のレターホルダーの中身の事を気にする素振りは全く伺えない。それが却って気になってたまらないのは私の方だった。

「……なつき?」

苦笑いの滲む声に我に返る。
どないしたん? そんな声が聞こえるようなあいつの顔。

「……さっきの」

言い差して、レターホルダーへと視線を送る。あいつはまるでたった今気付いた、とでも言うように大きく頷いてみせた。

「前に話したやろか。うちが昔、随分とお世話になった人」

ああ、と頷き返す口元がどうしても苛立ちに歪むのを隠すように、椀を取り上げて味噌汁を一口啜る。
そのまま言葉を探しあぐねる私を置いて、あいつはほんのりと遠い目になった。

「9月の連休に、式を挙げはるんやて」
「……ふぅん」
「ふぅん、て」

苦笑を深くして、愛想無しやなあ、とあいつは小首を傾げる。

「せっかくやし、行ってこよかと思てますねんけど」
「行けばいいじゃないか」

口の中に詰め込んだ味噌汁の具である根菜を咀嚼しながらぶっきら棒に答える。何も一々、私の許可など必要のないことだろうに、と更に苛立ちが募る私の視線を受けて、あいつは不意に、目を輝かせた。

「なあ、なつきも行かへん?」
「……はぁ?」

楽しげに零された言葉に、危うく椀を取り落としそうになる。

「行くって……見ず知らずの奴の結婚式にか?」
「そやのうて」

口元に手を添えたあいつがくすくす笑う。瞬時に誤解に気づき、かっと頬に血が上った。

「なつきかて、三連休やろ?お式は土曜日の午後からやし。残りの二日、うちと二人きりでゆっくりしっぽり、なんてどないやろか?」
「ば……っ!」

いつもの悪ふざけかと反射的に罵声を返し掛けて、飲み込んだ。
真意を図りがたい悪戯な笑顔はそのまま。でも、その眼差しにはひどく真剣な色がある。

冗談、と口にすればあいつはいつものように「堪忍な」と返して本当に冗談にしてしまうのだろう。気付いて飲み込んだ言葉を溜め息に変えて、手にした箸と椀を卓上に置くと、私は軽く背筋を伸ばした。

「静留」

変わった気配に気付いてか、何、と問い返しながら居住まいを整えたあいつの眼差しを真っ直ぐに捉えて表情を和らげる。

「……寂しいのか?」

瞬間、思いついたままの言葉を口にすると、あいつの穏やかな顔が僅かに揺らいだ。

「それとも……心細いのか?」
「なつき、何を……」
「私は構わないぞ。お前の実家に挨拶に行け、だの泊まってけ、だの言い出さないのなら、付き合ってやっても」

言い放ちながらも胸の中にわだかまる複雑な思いがどうにも収まらない。のももやもやが癇癪に育たない内にと再び箸を手にして、私は厄介な焼き魚の身を解すのに意識を集中し始めた。

「……ほんま、かなんなあ……」

暫くして。
そんなことをぽつりと呟いたあいつの綺麗な指先が、淡い藤色の湯呑みを包み込むのが、見るとも無しに視界の端に入ってきた。

「そやね……うち、寂しうて、心細いんかもしれん」

自嘲含みの言葉の後、あいつはうって変わって楽しげに続けた。

「せやけど、なつきが気にしてはるようなことは、うち、なあんも思てませんえ?」

くっきりとした声で言われて思わず顔を上げると、いつものように楽しげに小首を傾げたあいつの笑顔がそこにはあった。

「せやから、なつきはやきもち焼かはること、あらへんよ」
「な……っ!」

今度こそ本気で叫び掛けた怒声はしかし、喉に絡んだ魚の解し身に阻まれ、私は派手に咳き込むはめになった。



その後は、死ぬ目に遭ってる私を甲斐甲斐しく介抱しつつ、嬉しそうにからかい続けるあいつをどうにも出来ないまま、ひたすら疲れる時間が流れ続け……夕食を終える頃にはぐったりとなってしまった。
せっかく浴びたシャワーも台無しになった私が汗を拭きふきソファに倒れ込むと、当然のように傍らに席を占めたあいつがその膝の上に私の頭を載せさせる。目を閉じ、されるがままにしていると、不意に、その手が頬に触れてきた。
黙ってされるがままに、柔らかな掌が頬を包み込むのをじっと感じ取る。

「……なあ、なつき」
「なんだ?」
「なつきは……、」

言い差して口ごもったあいつの脳裏に一体、何が浮かんだのか。
それに気付かずに居られない程度には十分な時間が私たちの間には、存在する。そのことを伝えるにはどうすれば良いのかなんてことにも私はとうに、気付いている。
だから、目を閉じたまま私は黙ってあいつの首筋に手を伸ばし引き寄せ抱き締める。
片手で頭を抱くように、もう一方で背中を包み込むように。
そう、昔、あいつが何度も私にしてくれたように。
そうして、あいつの意外に華奢な背中を撫で擦る。
宥めるように、慈しむように。

「……私が一緒に、居るだろう」

耳元に囁くと、あいつが小さく頷くのが分かった。

「それでも他に足りないことがあるのなら、言ってみろ」

本当は、あいつの不安や寂しさや、心から求めているものなんて私には何一つ、分かっていないのかもしれないし、こうしている今でさえ、何一つ満足に与えられてはいないかもしれない。
あいつが私に向ける想いと、私が抱く想い。その双方に同じ名前は付けることは出来ない。そのことを今でも何処かで私は、否定出来ないでいる。
けれども、でも。

「……堪忍」
「何でそこで謝る?」

口癖のような言葉に苦笑すると、首を振るようにしてあいつは頬を摺り寄せてきた。

「うちはホンマに、贅沢で我侭やから。足らへんもん数え上げだしたら切りあらへんなあ、思うたんよ」
「だろうな」

笑いながら返すと、いけず、と呟いたあいつの声が温かく緩んだ。

「なつき」
「ん?」
「おおきに」

背中に回されたあいつの腕に、力が籠もる。
負けないように私もこの両腕に、そっと、力を込めた。


― 了 ―







2006年03月08日(水) おにゃのこアニメ三昧な日々継続中〜(何)。※ホントは070717.

『極上生徒会』視聴終了〜♪(えー)


凄いぜ、ニコニコ堂(仮名)。
色々あったらしくて、『エル・カザド』の10話までが。
観られなくなったのはマジで切ないですが(涙目)。
そうやって、上手い事バランス取って。
世知辛い世間さまと渡りあって頂きたいものです。
弾幕しんどいときは消せる訳やsげふがふっ。



個人的には。
奏会長の天然振りにメロメロだったんですが(笑)。
ええ、カプリングとか度外視で。
人心掌握術のある種の極意を感じ取りつつでも。
包容力のある人ってすげーなーと。


でも。
やっぱ一押しは、銀河久遠さんかなあ……。
ナフレスの情報部員ってー脚本黒田氏@『MADLAX』のネタは兎も角(笑)。
琴葉ちゃんとのお風呂でのやりとりがねー溜まらんかったです♪
後、なんだかんだ言って。
奈々穂さん@副会長コンビの相棒さんとか。
聖奈さん@隠密部影の支配者(えー)とかとのやりとりに。
なんつーか、 愛 を感じるんですよねえ……(ヲイコラ)。
有能なのに、何処かほっとけない、不器用さを感じるっつーか。
奈々穂さんとの、ちょっと微笑ましいコンビっぷりもええんですが。
実質上、極上生徒会実力No.1(ネタバレ自重)な聖奈さんとの。
スリリングな関係が、ちょっと、壷。
此れ何てBL?……何て言いませんけどええ……(逸らし目)。


基本、ありえねー設定満載の。
「萌え」狙いを敢えて外した、ドタバタコメディアニメなんですが。
それでも、確り伏線を張り巡らせて。
そりを1クール越えた辺りからじわじわ回収しつつ。
最終回まできっちりと引っ張ってオチ付けてしまう辺り。
流石……と思いましたです。


つーか。
オンエアー当時は、れいんちゃんメインのエピソードしか。
視聴していなかった己(え)。
ニコニコ堂(仮名)さんみたいなコンテンツ存在しなければ。
出会えなかったなあと思うと。
感謝感激雨あられ、で御座いますです、はい。



2006年03月07日(火) 今日は13日の金曜日(※ホントは070713)



ちょみっと
最近観たアニメ語りなど。




最近、『Noir』のVTR中古で買い揃えたり。
某にこ堂さん(仮名)で『エル・カザド』放映分視聴したり。
『MADLAX』全話二日で観終えたり(え)などして。
ちょっと、血沸き肉踊るアニメ三昧な毎日だったり(えー)。


『舞-HiME』の時もそうでしたですが。
己は動きと音楽のシンクロ率の高いアニメに激烈弱い模様(笑)。


梶浦さんの楽曲はホント、良いですねえ……。
こりでやうやく、『MADLAX』のサントラも買えそうです(其処?!)。
後、『エル・カザド』は今月(※ホントは今は07年7月です)中に。
出るらしいので買い求めやうかなあと。
そーいへば、アニみて最終巻と同じ発売日だった気が。
すっかり忘れてましたや(ヲイコラ)。


『MADLAX』は思い掛けなくど真ん中ストレートに来ました。
物語として完成度高く閉じられているので。
ちっちゃな妄想(笑)以外は二次創作に手を出せそうにないですが。

てーか。

ヴァネッサ姐さんと、マドラックスとか。
怖い人(笑)と、マドラックスとか。
エレノアと、マーガレットとか。
ヴァネッサ姐さんと、マーガレットとか。
勿論、マーガレットと、マドラックスとかも。
何と愛おしい関係性に溢れたアニメだったろうなあと。

そんな風に、この己の胸に溢れた感情を。
ストレートに、二次創作にぶつけるのは難しいなあと。
そんな事をふと思った次第です。


上手く言へませんけれどもね。


嗚呼、でも。
ホント、愛しい、そして哀しい物語でした。
『Noir』もそうでしたですが。
どうして、と思いつつ。
そうなるしか、と思わざるを得ない。
哀しさに溢れた、物語。


マドラックスの笑顔が、脳裏から離れない。

ヴァネッサに、子どものやうに抱き寄せられたり。
怖い人に、恋い慕うやうに命を狙われたりしても。
同じように、儚く穏かに笑う彼女の笑顔が。
物凄く好きでした。


後、表(笑)にもちらっと書きましたのですが。
マーガレットが一瞬融合を果たした時の。
それまでとは違う、でも決して別人でもない。
彼女の声に、ちょっと鳥肌が立ちました。
中の人、本当に凄い。
同時に、ちょっと本気でどきどきしたんですよね。
もう、マドラックスの笑顔にもう二度と逢えないのかと。


後から怖い人との道行きで見せた。
儚さは消えて、とても穏かさを湛えた。
マドラックスの笑顔も、好きでした。



ちょっと、久し振りに。
心を色んな意味で、揺さ振られましたね。
こんな時期ですが。
こんな時期だからこそ。
有難いなあとか、思ってみたり。




あ、そうそう。
『エル・カザド』は純粋に。
楽しんで観ておりますです。
『Noir』『MADLAX』に続く三部作らしいので。
ある程度の欝な展開には覚悟を決めんといかんのかとびくびくしつつ。
もう暫くは、からりとした人の良さがGooなナディと。
ナディの傍で少しずつ、何かを得ていく無垢なエリスの道中を。
楽しんで眺めていても良いかなあと、思っていたり。


たのんますよ、真下監督……(何を)。


つか。
『エル・カザド』が前二部作と大きく違うのは。
際立って目立つキャラに男性が居ることだと今頃気付く(笑)。
ヤロー死亡率は間違いなく格段に低いですね……今の所は(何)。


2006年03月06日(月) 某企画用に書こうとしてやはり規格外(え)。※ホントは070701.


己的お姉さまへ、こそりと感謝(平伏)。














白くて細い指。
目の高さにあるそれを、そっとこの手に取る。
驚くでもなく振り向いた彼女の。
いつもと同じ、問うような微笑むような、優しい眼差し。






海を見に行く。 ― 花火 ―







じわじわと背中を押す蝉の声が暑苦しい。
対照的に、隣を歩く彼女の横顔は見ているだけで心がしんとするように、静かだった。

――今から出られる? 迎えに行くから。

思いつきで掛けた電話に出たのが彼女だったから、思いつきでそんな言葉を掛けたのだ。
少し待って下さい、とあの囁くような声がして暫くの保留音の後、時間を尋ねる言葉が返ってきたので、右手首の時計を見る。

――一時間もあれば着くかな。

分かりました、と応えた声が僅かに弾んでいるように聞こえたのは気のせいだったかもしれないけれど、自分の心が僅かに高揚していたのは、気のせいでは無かった。



緩やかに蛇行しながらやや上向きに傾斜している、民家の間を抜ける少しばかり狭い田舎道を走るのには便利だけれども、親から払い下げられたこの中古の軽では、暑い最中余り遠出はしたくない。
窓から斜めに差し込むキツイ陽射し相手に奮戦しているエアコンの、弱々しげな冷風を頬に浴びながらぼんやりとそんな事を思う。
彼女の家にこうして出掛けるのは何度目になるだろうか。
何度目であれ、隣なり後ろなりに誰かを同乗させたことがない事だけは確かだった。それだけいつも、思いつきの結果だったということだけなのだけれども。

民家の間をすり抜け、ほんの少し開けた場所まで出ると、なだらかな稜線を背景に、生い茂る竹や雑木に囲まれた彼女の住まいが見えてくる。
山門を左に眺めながらぐるりと後ろに回りこみ、田んぼに面した舗装されていない空地に車を入れる。今日は特に取り立てて何事の無いのだろう。他に彼女の家を訪ねる車が見当たらなかったので、遠慮なく木陰を占領するように駐車した。
エンジンを切りドアを開け放つと、想像していた程も外は暑くない。


水を打った飛び石を辿りながら彼女の家の玄関に辿り着き、インターフォンを押すのと、からりと引き戸が開くのとはほぼ同時だった。

「ごきげんよう、お姉さま」
「もしかして、見えてた?」

お行儀の良い挨拶に応える手間を省いて尋ねると、彼女は微笑んで頷いた。
家に居る時の常で、彼女は癖のある柔らかい髪をあっさりと結い上げた和服姿だった。

「暑いのに大変だね」

思わず呟くと、ほんの一瞬きょとんと目を見開いた後、彼女は、そうでもないんですよ、と応じる。
そういえば、夏に此処へ来たのはもしかしたら初めてかもしれない、と思いながら、彼女に促されて上がらせて貰う。


彼女の部屋は、古い母屋に建て増しされた比較的新しい二階屋の上にあって、その窓からは乗ってきた車が木陰で涼んでいる様が良く見えた。
出された冷えた麦茶を一息に飲み干して、窓辺に吊るされた風鈴の音を聴く。時折思い出したようにじわじわと鳴き出す蝉の声は、ほんの少し前、自室の窓から滲み込んできたものと同じ生き物の声とは思えないほど、広く聴こえた。

「広く、ですか?」

思った通りのことを口にすると、彼女が小首を傾げる。

「うん。うちの近所のは、なんていうか、硬い」

硬い、ですか。
彼女が再び鸚鵡返す。
広いと硬いは対義語じゃないわよ、と言い出しそうな友人の顔をふと思い出しながら頷いてみせる。それだけで彼女には十分だったようだ。ほんのりと何処か嬉しそうな顔になった。

「ところで、今日は何処へ行かれるのですか?」

グラスに残った氷を頬張った所へ飛んできた問いに、ああそうだった、と思い出す。

「迎えに来るとか言っといて、忘れるとこだった。花火、見に行かない?」
「花火、ですか?」
「そんなに大げさなヤツじゃないんだけど」

車なら小一時間、電車でならもう少し早く辿り着けるだろう海岸通りで毎年催される花火大会。夏休み前のこの時期なら、まだそんなに人出もないだろうな、なんて話を誰かがしていたのを不意に思い出したのだった。

「どなたかご一緒ですか?」
「ううん」

何で、と問い返しながら頭の中を過ぎったのは、かつて彼女や自分の友人たちと過ごしたあの場所のこと。不思議な事に、今の今まで他の誰かを誘おうだなんて思いつきもしていなかった。

「誰か誘いたい?」
「いえ、私は」

例えばあの可愛らしい日本人形のようなあの子とか、と続ける間もなく、彼女は首を横に振る。おや、と思ったけれども、彼女の少し俯いた顔には、特にこれと言って陰も無い。

「なら行こうか。少し早いけどこれ位の方が道も混まないだろうし」

ええ、と彼女は頷いて、支度の為に席を外した。
独り取り残された部屋の窓の外、ゆったりと風と雲と蝉の声が青い空を背景に流れていく。


そういえば高校生は期末テスト中だったっけと思い出したのは、涼しげな白地に淡い色の花が散った浴衣に着替えた彼女が助手席に乗り込んできた後だった。

「大丈夫だった?」

はい?と尋ねるような顔になってから思い当たったのだろう。軽く頷いて見せた彼女に、少なからず安心する。

「そういえば忘れていたけど、受験生なんだっけ」
「ええ」

でも、と彼女が続け掛けた気がして、巡らせかけたハンドルを止める。
けれども、彼女の横顔は動かない。

――まあ、いいか。

胸の中呟いて、車を出した。


夕暮れ時にはまだ早い時間、花火会場よりは少し遠い場所にある国道沿いの大型複合店舗の駐車場に車を止めて、歩き出す。昔はそれなりに賑わっていたのかもしれない海辺までの通りは、シャッターが降ろされたままの店が幾つも並んでいる。時折、思い出したように開いているのは、子ども向けの玩具や駄菓子を並べた店だったり、軒先に鉄板を出してイカを焼いたり、大きな氷を浮かべたケースに缶飲料を突っ込んだ露店だったり。
二人して黙々と歩く内に店々の間隔は段々と狭くなり、行きかう人の姿がちらほらと増え始めた頃、海沿いの通りに行き当たった。
仄かに海の音がその向こうから届いてくる、防波堤の壁が長く続く通りには、先程の商店街よりも余程賑やかに間断無く露店が立ち並んでいる。

「お腹空かない?」
「いえ、私は」

車を降りてから初めて交わした会話は直ぐに途切れる。けれども、別に落ちつかない訳でもない。
こうして二人逢うのも、並んで歩くのも随分と久し振りなのに、懐かしいよりも落ち着くような心地を感じていた。
彼女は、今は降ろしている柔らかな髪の向こうで綺麗な横顔を通り過ぎる露店の灯りに晒している。ともすれば無機質に思われがちな穏かな無表情の中にどんな感情が潜んでいるのかとか、何を思っているのだろうかとか、そんな事を自分の方から気にする必要は無いのだと、何処かで感じている。
それは、彼女も同じだとただ何となく思っていた。
だから、防波堤が途切れた辺りで不意に足を止めた彼女の眼差しが、酷く切実なものを込めて此方を振り仰いだ時は、内心、酷く驚いてしまった。

「……どうしたの?」

出来るだけ穏かに声を掛けた。
ゆっくりと歩く内に空は随分と深い色に染まっていて、露店の灯りを背景にした彼女の表情は読み辛い。けれども、何処か自分自身に戸惑っているような気配は確りと伝わって来る。

「何か、あった?」

誰と、とは問わなかったけれども、彼女の穏かな無表情が僅かに崩れる。
胸元で軽く組み合わされた指先が、淡い色の浴衣の前にあっても浮かび上がるほどに白い。その時初めて、迂闊にもその左の薬指に光るものに気づいた。その視線を辿るように彼女は胸元に眼差しを落とすと、そっとそれを隠すように掌を重ねた。
その時、遠くから何かを告げる声と、賑やかな音楽が風に乗って流れ始めてきた。

「花火、始まるね。行こう」

呟いて、彼女の顔は見ないで、その手を引き寄せる。
右掌に、彼女の指を飾るリングが冷たい。


少し開けた松林の公園の向こうには防砂の為の階段が長く広がり、何処から集まってきたのかと思うほどの人たちがあちらこちらに座り込んではまだ明るさを残している空や海を眺めている。そんな人たちの後姿を眺める格好で、公園に点在する動物の形の置き物の一つに、彼女を座らせた。

「ここからでも、花火は見えるからね」

行って、自分はその傍の地べたに座り込む。少しもホンモノらしくないパンダの置き物の上に座り込んだ彼女は、俯くようにしてこちらを見下ろしている。

「……それ、綺麗だね」

視線の先、膝の上に揃えられた白い指が迫り始めた闇の中、浮かび上がる。
シンプルなシルバーのリング。中ほどに、小さな紋様が掘り込まれてその中央、更に小さな白い石が埋め込まれている。
彼女は、今度は隠さなかった。

「良く、似合っている」
「お姉さま……」

私は、と続けかけた彼女の横顔に、唐突に鮮やかな光が弾けた。
少し遅れて、大きな音と歓声が上がる。

「ほら、始まった」

視線を空へと向ける。
彼女の戸惑いや躊躇いには気付かぬ素振りで、割合に間延びするような間隔でゆったりと続く打ち上げ花火を振り仰ぐ。
花のように星のように、仄暗い空を彩る花火たち。
時折、強い風が打ち上げの煙を巻き上げる。
両足を、芝生の上に投げ出して大きく背中を持たれかけさせる。斜めの視界の片隅で、同じように空を見上げている彼女の横顔が微かに震えているのを認めて、その膝の上にそっと手を伸ばす。
掌に再び感じる、冷たい感触。
どれだけの想いが、そこには籠められているのだろう。
戸惑う程の。
その戸惑いを、誰かに打ち明けずには居られない程の。
ただ、その重さを慰める言葉の持ち合わせが、この心には無い。
掌に緩く力を込めながら、そんな事ばかり、ぼんやりと考えていた。

一頻り続いた花火は、最後に空を一面染め上げる鮮やかな花の乱舞で幕を閉じた。
興奮冷めやらぬ様子でざわつく人たちを、薄い火薬の匂いと煙が取り巻いている。
掌にはもうあの冷たい感触は無くて、ずっと繋いでいた温もりの中に溶け込んでいる。

「……有難うございました」
「ん? 何が」

見上げた彼女の横顔はもう震えてはおらず、いつものように穏かに微笑んでいた。

「とても、気が楽になりました」
「そう」

なら良かった、とその手を解こうとした時、思いがけず強い力で握り返される。

「本当は、少し、怖かったんです」

今は少しもそんな風に見えない真っ直ぐな眼差しが眩しくて、思わず目を細めた。
大丈夫、なんて、そんな言葉は、言い出せそうもなかった。
どうしたって今の自分が踏み出せない一歩を踏み出そうとしている彼女を前に。
握り締めた掌に覚えた確かな冷たさに彼女以上の重さを感じてしまった自分に。
一体何が言えるだろう。
ほろ苦い笑みを闇に紛れさせて、その手を改めて握り返す。
有難うございました、ともう一度呟いて、彼女は再び空を振り仰ぐ。
今はもう見えない空の花を思わせて、夜闇に彼女の後ろ姿が浮かび上がる。


ざわつく雑踏の中、はぐれないように繋ぐ手は、さっきとは逆にした。
空いたもう一方の自分の掌を見下ろしながら、その先は何処へ続くのかと、そんな事ばかりを思っていた気がする。



帰り道は思った以上に混み合っていて、途中、彼女の自宅へ電話を入れるためにコンビニで小休止する程だった。

「今からこれじゃ、夏休みになったらどうなるんだか……」

少しうんざりした気分でぼやいたら、彼女は可笑しそうに笑った。

「今度は、電車で来ませんか? 皆にも声を掛けて」
「全員、浴衣とかで?」
「ええ」
「それはいいなあ。あ、私は浴衣はパス」
「どうして」
「帯ってのがどうにも性に合わない」
「慣れれば大した事ないですよ」
「面倒じゃない」

緩くエアコンを聞かせた狭い車の中、酷く饒舌になっていく自分たちが可笑しくて、他愛の無い言葉を交わしあいながら、何度も何度も笑った。








じわじわと背中を押し潰すように滲み込んでくる都会の湿気。
文字通り、うだるような暑さが、街中を行くこの身を包んでいる。
異常気象も良い所な今この時期に、とんでもない場所に呼び出してくれたものだと、何度目かの恨み言を呟いてみる。

「遅いわね」
「暑かったのよ」
「何その言い訳。その暑い中、20分近くも待たされた私の立場は?」
「ならもっと涼しい場所にしたら良かったんじゃない」

勢い良く歩き出した真っ直ぐな背中を追い掛けながら、掌で額の汗を拭う。それに気付いたのか、振り返りざま、ハンカチを投げつけてくる。

「失礼な、ハンカチくらい持っているわよ」
「なら出しなさいよ」

ぶつぶつ言いながらも有難く使わせて貰う。薄いガーゼ生地の中に涼しげな金魚の模様。

「へえ、蓉子でもこんなハンカチ使うんだね」
「何よその、私でもっていうのは」

返そうとすると、持ってなさいと押し返された。これは後日洗って返せということかと、舌を出す。

「で、何処へ行くの。この暑い盛りに呼び出して」
「お買い物」
「何の?」
「お祝い」
「誰の?」

言った瞬間、立ち止まったその背中に危うく追突しそうになる。

「あなたね」
「はいはいはいごめんなさいごめんなさい」

彼女から手紙が届いたのは、少し前の事。
一年遅れて大学に無事合格した彼女の最愛の妹と彼女が、めでたく同居を開始したとのそれは報せだった。
その事実に対してお祝いとは大げさな、とは誰も思わないだろう。
彼女たちにとってそれは、とても大きな意味のある第1歩なのだから。

「てか、そんな事してる暇あるのかしら私たちに」
「何よ」
「院試、近いじゃないお互いに」
「そういう心配はあなただけしてれば良いのよ」
「えー、何それー」

エアコンの効いた百貨店の中にもぐりこんで一息ついた後も、言葉の応酬は続く。
足早に走り抜けようとしたフロアの途中、不意に何かに誘われるように足が止まる。

「……聖?」

訝しげな声にも構わず立ち止まり、ショーケースの中、白い硬質な光を放つそれをじっと見つめる。
あの夏、掌に感じたあの冷たさ。
夜を彩った、花火。
何も言えないでただ傍に居ることしか出来なかったあの日の自分。
折り重なって打ち寄せる思い出にほんの少しだけ瞑目して。
振り返った先、どうしたのと言いたげに首を傾げている呆れ顔に、あの日の彼女の笑顔が重なる。

「ねえ……」

呼び掛けた後の言葉を探りながら、自然と笑みが零れた。





また、いつか。
あの夏の海へ。
君と。





― 了 ―




070701:書き下ろし、即、己的本サイトにUP(何)。
間違い探しはほんの数箇所(何々)。



2006年03月05日(日) あー……。※ホントは070524.




おにゃかが痛い。





精神的なものと言ふよりは。
最近至極食生活が胡乱になってきたせいかなあと。
後、冷たいものを飲み過ぎなんだと思われ。
今年は珍しく、今の時期から飲み物に氷入れて飲んでいたりしますし。
ええ、おちゃけ以外のものにも(何)。




後。



昨日(060304)付けの徒然を。
目にした方でもしかしたら。
色々気にしたり心配したりして下さった方おられましたら。
スミマセン、失礼致しましたです(平伏)。



何年か分か遡っていただいたらお分かりいただけませうが。
己のこの雑記、結構言いたい放題スペースでして(逸らし目笑)。
躁状態も鬱状態もお構いなし。
やりたい放題し放題、売られた喧嘩は買い放題、みたいな有り様で。




昔はこれが堂々、表日記として公開されていたのだと思へば。
最近になって己のサイトやら此方やらにご来訪いただき始めた方にも。
当時の己のやんちゃぶりも更にご理解いただけませうかと……(伏し目)。




ええと。
随分と大人しくなりましたですよね、己?(マテコラ)


2006年03月04日(土) ネット環境不具合続き。※ホントは070523.

そんな感じで。
諸々滞っているのは。
己的本サイト&Blogで散々愚痴っております通りだったり。


後。
もの凄ぉぉぉぉぉおうく久し振りな方面から。
風の便り的な情報が舞い込んで参りましたものですから。
本サイトトップ頁からメールフォーム取っ払ったりとかも。
表やら裏やら(え)で、申し述べている通りだったり。


お陰様で。
長らくご無沙汰続きだった某ジャンルの。
懐かしいサイトを徒然と巡る機会を得ましたです。


もう、撤退された方。
サイトや同盟、リングそのものが消失してしまっている方(涙目)。
それから、まだまだお盛んな方(笑)。
マイペースにまったりと続けていらっさる方。
己などと一緒にしてしまっては申し訳ないながら。
別ジャンル含めて活動中な方、などなど。
結構、根強い人気を維持し続けている様を拝見して。
懐かしいと同時になんとも嬉しくなりましたです。


幅の広いファン層を持つ作品ですし。
ファンサイトと言ふものが斯くも表現方法として。
主流に近い状態になるやならずやな頃に。
隆盛を極めたジャンルでもありますものですから。
思い返すと、己の所業にも色々とその。
赤面頻りな事なども、多々……ええ……ありますですね……(逸らし目)。


あの頃交流のあった方々とは。
オフラインの友人以外とはもう殆ど行き来が無く。
己自身、リアル引越しやらプロバイダ引越しやら。
メインジャンルの移り変わりやら追加やら(伏し目)ありましたもんで。
きっと、もう、忘れ去られているのだらうなあと思い。


また。
忘れ去られる位が、丁度良いのだらうなあとも、思い(遠い目)。









そんな物思いの中、改めて。



己は、本当に。
手前勝手で気侭で胡乱で、エエ加減で。
人の心を少しも思いやれない、愚か者なので。
自分のちっぽけで狭い視野と心でしか。
物事も人も覗けない有り様なので。

だから、多くを望まないで。
大切なものを見失わないで。
身の丈許容量どおりに、小さく、狭く、生き暮らす事をもっと。
大事にしないといけないなと、改めて。
思い知る、今日この頃だったりする訳です。




同人誌なんか作ってるばーいぢゃねーぞ己(其処?!)。


2006年03月03日(金) 此処に書いた時点では奈緒ちゃんの苗字間違ってなかった件について(ヲイ)。※ホントは070506.

オンリー用ペーパーの下書きです。






くそう……この時点では間違って無かったのに(涙目)。



後日、改めてペーパー版を更に修正した上で(伏し目)。
サイトの方にUP致しますです。







「桜の花、散る頃。」








ばっかみたい。


たまたまの通りすがりだった。
あんまり天気が良いものだから、午後の授業は早々にサボることにして、いつもの場所で本でも読むかと中庭を歩いていた所だった。
本来ならこんな時期にこんな場所に居るはずも無い、白い制服の背中を見つけてしまったのだ。

「……ああ、結城さん」

気付かれない内に、と踵を返す暇も無かった。目敏く振り替えるあいつの顔にはいつもの胡散くさい笑みがあって、あたしは思わず目を逸らす。

「お久し振りやねえ。お元気そうで何よりどす」
「……何してんのよ、あんた、こんなところで」

能天気な声が却って薄気味悪い。
そんな気分を隠さず声に出す。けれどもあいつは動じた風も無く、さらりと応えた。

「お別れを言いに」
「――はあ?!」

ある意味剣呑な言葉に、思いっきり素で叫んでから慌てて口元を押さえる。あいつは、くすくすと笑い声を立てた。

「せやから……この場所とももう直ぐ、お別れやろ?」
「……あー……」

どうせ、そんなことだろうとはすぐに思ったのだ。それでもどうしてだかどこか安心めいた気分を覚えて、あたしは肩を落とした。

「結城さん、もしかして、うちのこと、心配してくれはったん?」
「はぁ?」
「えらい大声上げはったさかい……おおきにな」
「ば……っ!」

語尾にハートマークか音符でもくっついてそうな声音に、あたしは本気で拳を振り上げかけ……固まった。
あいつは、あたしの目の前で深々と、頭を下げていた。

「思たらうち、結城さんにはほんまに、えろう申し訳ないことばかりどしたな。堪忍しとくれやす」

本鈴もなり終わった、午後の時間帯。
ひと気のない中庭。
全国平均よりも少し早く花開く季節を迎えるこの場所には。
溢れんばかりの花が咲き誇っている。
ざわりと吹き過ぎた生暖かい風が、そのむせ返るような匂いと。
舞い散る何かの花弁を辺り一杯に運び込む。
そんな中、淡い色の制服を身に纏ったあいつが、亜麻色の柔らかな髪を波打たせながら、あたしに向かって頭を下げている。
目が、眩みそうだった。

「……ばっかじゃないのっ!」

今度は、本気の怒声が咽喉から飛び出した。

「今更、何いってんのよ?!」

日差しは暖かくて。
風は甘い。
けれどもあたしの目や鼻腔には一瞬にして。
あの海岸通りや、月杜のビル街の薄闇や、海の匂い、金属焦げるような異臭、吹き付ける生臭い風が甦り、背筋を冷やす。

「……そやね」

呟いて、あいつは、面を上げた。そこにはもう笑みは無かったけれども、酷く静かで穏やかな無表情があった。

「今更誤ったとこで、取り返し、つかへんことやったね。堪忍」

その、見ようによっては酷く悄然とした顔に、あたしは、呆れた気分に襲われ目を眇めた。申し訳ない、なんて言葉を口にしながら、未だにその心はまるで此処には存在しないようだった。

こいつは、あたしから大切なものを奪い取った。
あたしを、恐怖と絶望の底に、叩き落した。
自分自身の欲望のために。
言ってみればそれは、自分たちの楽しみのためにあたしから家族と平和な生活を奪い去った連中がやったことと、大差のないことなのに。
何故だろう。
今こうしてあたしにむかって頭を下げる姿を見ても、憎しみとかそんな感情は何処を探しても見当たらない。
むしろ、湧き上がってきたのは、怒りだった。

「……玖我とは」

その答えが見つかる前に、あたしの口は勝手にその名を紡いでいた。

「玖我とはどうしてんのよ、あれから」

びくり、とあいつの身体が震えた。

「つーか、あのホルモンラード女にもちゃんと謝ったの、あんた」

それでも剥がれ落ちないあいつの穏やかな無表情の仮面が腹立たしくて、あたしは更に声を上げる。

「あたしのことなんて、ほんとはどうでも良いんでしょ。なのにあたしに先に謝るわけ? なにそれ、予行演習? そんなんで謝ってもらってもあたしはちっとも嬉しくない。つーか、正直うっとおしいだけ」

一気にまくしたてながら、高ぶる感情を抑えきれずにあいつに詰め寄ってゆく。

「今更そんな出来の悪い演技、見せてもらったって、有難くも何もないっつーのよ! そんな暇あったら、さっさとあいつんとこ行って、土下座でも何でもしてくれば?!」

イライラする。
人を殺してでも、人の大切なもの奪ってでも、何もかもぶち壊してでも手に入れたいとか思っていたくせに。

「それとも結局、あんたたちの関係とか想いってのも、それ程度のもんだったって訳? はっ! ざけんなってのよ!」

似ているんだわたしに、と。
あの日、背中越しに呟かれた言葉。
その向こうで、温度を失った笑みを浮かべてただ、自分の想い人だけを見ていたあいつ。
あの瞬間。
あたしはどうしようもなく。
泣けるほどに。
確かに、二人が。
二人のことが――。

「……結城さん」

すっと、あいつの面から何かが剥がれ落ちた。
思わず息を飲み、身構えたあたしに向かって、そのままやんわりと微笑む。

「おおきに」
「――……はあ?!」

一瞬、何を言われたのかも分からず思わず後ずさる。

「……なによそれ。そこ、礼を言うとこじゃないわよ」
「結城さんはほんまに、よう分かってはるんやね」
「なにがよ!」

言い返した言葉には答えず、あいつは笑みを深くする。それは、どこか哀しげな笑顔だった。

「結城さんにいつかちゃんとお詫びしたい思てたんは、嘘やあらしません。けど……ほんま、堪忍」

さっきとは明らかに違う、痛ましいものさえ感じる声音に、あたしは反射的に返そうとした罵声を引っ込める。

「……良いわよ」

あたしに酷いことをしたのは、この女で、あたしに謝るべきなのも、確かにこの女だというのに。
何故だか、胸がちくちく痛み出す。

「それよりあんた、受験は?」
「おかげさんで、無事すみました」

代えた話題にするりと乗って、にっこりと笑う。その笑顔に向けて、どこへ行くことになったのか、と尋ねかけてやめた。
それは、あたしが訊くべきことじゃない。

「なら、とっとと用を済ませてさっさと出て行ったら? あんたがここから居なくなったらせいせいするから、主にあたしが」

言い放ってくるり、と背中を向ける。
向けてから、もしかしたらこれきりもう二度と逢えなくなるのかも知れないと気付いて、一瞬、どきりとする。

「――結城さん」
「……何よ」

なかなか、歩き出せなかったあたしの背中に、あいつの柔らかな声が届く。

「授業、あんまりさぼったらあきまへんえ?」
「……余計なお世話よ」

お節介な言葉に釣られて振り返る。
綺麗な顔で笑うあいつを、甘い風と華やかな花弁が彩っていた。

もっと早くに。
ずっと早くに。
その笑顔に出逢えていたら。
あたしも、変わっていただろうか。

――……でもそれは、今更どう考えみても、ありえないことから。

「ばいばい」

小さく呟いて、今度こそ背を向けた。
そう、あたしは確かに。
あの日確かに、二人のことが。
うらやましくてうらやましくて、堪らなかったのだ。




― 了 ―




2006年03月02日(木) ををっと、消すの忘れてました(何)。※ホントは070507.

※此処に在りました舞-HiME小話は、加筆訂正の上。
 オンリー用の原稿に生まれ変わりましたので削除致しました(平伏)。
 うっかりご覧になられてしまった方、申し訳ありませんでした(汗)。


2006年03月01日(水)





日暮れ時、随分と陽が長くなったとふと思う。
少し前までは肌寒くて上着無しには廊下を歩くのも辛かったのに、今は背中に走る汗ばむ気配が少し煩わしい程だった。
このまま真っ直ぐ帰っても良かった。けれど、春を迎えてからこの方、少しずつ集まり始めた断片的な情報に逸る気持ちが抑え切れない毎日が続いているから、いつもの様にこの足はあの部屋へと向かう。
長い影が足元に落ちるのを見るとも無く見下ろしながら扉に手を掛ける。開こうとして寸前、中からいつもとは違う気配を感じてその手を止める。
賑やかな複数の笑い声、時折聞こえる、はんなりとした特徴的な声音。
どうやら来客中らしいと気付いてそっと扉から離れ、後ろ扉へと移動する。漏れ聞こえる会話の端々から、彼女の相手が校内新聞を発行している報道部の連中らしい事が知れた。
どこか落ち着かない気分で待つこと数分、口々に辞去を告げる声が聞こえ始めた。その瞬間を捕まえて、扉をそっと開く。
少しだけ覗かせた視線の先、真っ先に飛び込んできたのはまだ真新しい白い制服の後ろ姿。前扉から出て行った報道部の連中を見送っていた彼女の背中は、後ろ扉から中へと滑り込んだ刹那、当たり前のようにこちらを振り返った。

「あら、なつき。どないしたん?」

驚くでも無い、いつものおっとりとした笑顔を見せ付けられて、一瞬、言葉に詰まる。

「ああ……お客さんやったから、遠慮してくれはったんやね」

やんわりと微笑まれ、思わず視線を逸らして「別に」と応じる。

「もしかして随分待たせてしもた? 堪忍な」
「そんな事は……」

無い、と口籠もりながら歩み寄る。目線を心持ち俯き加減にしていたせいで、彼女が手にする校内新聞がイヤでも目に付いた。目ざとくそれに気付いた彼女は、緩く小首を傾げた。

「なつき、まだ読んでへんかった? さっきの人たち、これの御用で」
「知ってる」

さっきまで感じていた、どこか落ち着かない気分がまだどこかに残っていたのだろうか。自分でも少し驚く程強い声が口をついて出てしまう。けれども彼女は気にした風も無く、その新聞をそっと差し出した。

「春先やし、記事に出来るほどの話題もそうそうあらしませんからやろね。うちとしては面映い限りやけど」
「どうだか」

惚けているのか天然なのか計り知れない彼女の口調に、ほんの少し呆れて溜息をつく。

「いややわあ、なつき、ヤキモチ妬いてもくれへんのん?」
「や……っ?!」

反射的にバカ、と続けた瞬間、彼女はくすくすと笑い出した。

「冗談どす。堪忍」
「……ったく」

いつもの意味不明なからかいにあっさりと乗ってしまった気恥ずかしさも手伝って、彼女の手から少し乱暴に新聞をひったくり、殊更音を立てて広げてみせる。
二面目の下半分を埋めているのが例の記事だった。
「藤乃新生徒会長に訊く!」などと、平凡きわまりない見出しを掲げたインタビュー記事。まるでアイドルさながらの扱いの記事文面から、先程の連中に取り囲まれ一問一問に一見律儀に、でも何を考えているのか分からない笑顔で答え続けたのであろう彼女の姿が目に浮かび、改めて呆れるような、苦笑するしかないような気分に襲われる。

「好きな食べ物だの、スリーサイズだの……訊いて記事にして一体、どうするつもりなんだろうな」
「どうするつもりて」

何が可笑しいのかにこにこ顔でこちらを覗き込んでくる彼女の方を見ないようにして、ざっと記事を目で追う内、何だか見慣れない表現の羅列に行き当たって、思わず眉をしかめる。

「好きな言葉……『玉の緒よ 絶へなば絶へね 長らへば』……?なんだこれ?」

どうにも不可解な文字列から目を上げると、彼女はきょとんとした顔をして見せた後、ふわりと笑った。

「何、て。見ての通り短歌やけど」
「そんな事くらい、分かってる」

バカにしたつもりはないのだろうが、わざとの様に応えた彼女を睨みつけてから、改めて目を落とす。回答に続くインタビュアーの「普段の会長さんからは想像もつかない、情熱的な回答ですね」などと言ったコメントから察するに、これは所謂恋歌らしい。

「……どういう意味の歌なんだ、これは」
「どういう意味て」

くすくすと、何が面白いのか笑い声を立てた後、彼女は更に顔を寄せてくると、新聞の上、その歌の部分につい、と人差し指を滑らせる。

「て、いうか、なつきはまだこの歌、習てへんのやね。ほな、まだ教えん方がよさそうどすなあ」
「あのなあ……」

すっ惚けた声はからかうような響きが濃厚で、思わず声を荒げたけれども、堪忍、と軽くいなされた。

「せやけど、なつきもいよいよ高校生やし。いつまでも理科数学だけに頼ってんと、文系科目もちゃんと勉強せんとあきませんえ?」
「う、うるさいっ」

明らかに面白がっている彼女の言葉が図星だったことも手伝って、いらだつ気分もそのままに手の中の新聞紙をくしゃりと握り潰して突き返す。

「成績なんかどうだって良いんだ、どうせ……!」

高ぶる気持ちのまま言い掛けて、はっと口を噤む。



――どうせ、この場所からは逃れられないんだから。



嫌な事を思い出した。

「なつき……」

心配そうな彼女の声音に、我に返る。

「なんでも、ない」

頭の中を過ぎった何かを振り切るように言い放つ。

「そんな事よりも、ちょっと調べたい事があるんだ……構わないか?」
「ええよ。他ならぬ、なつきの頼みやもん」
「おまえなあ……」

そんな言い方はやめろ、と睨みつけた彼女の顔には、何のかげりも無い。くしゃくしゃになってしまった校内新聞を丁寧に畳み直しながら、自分の席へと戻るその背中を見やって、どうしてだか、寂しいような落ち着かない気分に、なった。



モニタの中を流れる情報に目を走らせている間、彼女は決して邪魔をしたり話しかけてくることはない。給湯室で茶の支度をしていることもあれば、少し離れた場所で、事務仕事を片付けていることもある。
何の為に何をしているのか、気にはならないのだろうか、と不思議に思ったこともあったが、訳を話せる筈も無かったから、彼女の自然な無関心な態度は本当に有難かった。

――変な奴だな。

癖のように時折、思う。
以前から周囲に人の耐えない奴ではあったけれども、生徒会長に選ばれてからはいっそう注目を浴びるようになった彼女だが、その実、何ともつかみ所のない、一種の変わり者である事は間違い。
そんな彼女に友だち扱いをされるようになってから、この春でちょうど、三年。勉強だの食生活だの、日常に関するあれこれには煩いほど口出ししてくるくせに。

「……っと」

意識が逸れたせいでスクロールのスピードに目がついていけず、慌ててマウスを取り直す。気にする必要もないとは思いつつ、辺りを見渡してみる。彼女は先程、給湯室に姿を消したきりだ。気にする必要はないと思いつつも、何となく咳を一つ払う。
必要な情報を眺め終えた後は、いつもの通り、痕跡を隠す作業を済ませてからログアウトする。まるでそのタイミングを見計らったように、給湯室の扉が開いて、彼女が姿を見せた。

「なつき、良かったらお茶していかへん? 美味しい茶菓子もろたんよ」
「……ああ」

断る理由も無かったから、ノートを閉じて席を立つ。温かそうな湯気を立てる湯飲みを二つ載せた丸盆を長机にそっと置くと、彼女は穏かに微笑んだ。

「






― 続きはまた明日!(何)。
嘘です、ちょっと今は無理。
オンリー本用のつもりだったのですが、膨らませ過ぎて。
ちょっと収集が(ヲイ)。
多分、後日別の形で後悔する事になりましょうかと。
今は取敢えず、お忘れくださいませ(平伏/ヲイヲーイ)。



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