無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2004年05月27日(木) 「義理」もまあ、ありがたいけど。

 ここんとこ、鬱陶しいことが続いているが、今日、キャナルシティから劇団四季のミュージカル『ユタと不思議な仲間たち』の招待券が送られてきた。こないだ、抽選に応募したのが当たったのである。四季嫌いのしげだけれども、タダなら文句はあるまい。ずっと前からこの芝居、見たかったんだけれども、なんか機会を逸してたんだよなあ。
 もっとも、招待日は決まっていて、それが平日なのである。……まあ有休取って、何とかしよう。でも同僚にはナイショ(~_~;)。
 

 二日経って、眼の具合、特に変化はない。
 つまりよくもなっちゃいないが、悪くもなってはいない。右と左と、両方に血管のような首吊り縄がぶら下がっているわけだがら、眼球を動かして(要するに寄り目にして)像を重ねれば、首吊り縄が3Dになって見えるかとも思って試してみた。ところがそうすると、縄と焦点が合わなくなって、縄そのものが見えなくなってしまうのである。
 ……おお、ということは焦点がズレればこの縄も見えなくなるってことじゃん! ……って、寄り目で生活なんてできゃしないって。


 職場でも、私の目の具合を心配して、同僚が次から次へと「いかがですか?」と聞いてくるのだが、なかなか返事が難しい。
 心配をかけないように、と「全然大丈夫でした」とウソをつくわけにはいかない。何しろこれでまた病院通いの回数が増えるのである。当然、仕事を同僚に肩代わりしてもらわねばならない回数も増える。それじゃ、「大丈夫じゃないじゃん」ということになってしまうから、やっぱり正確に病状は説明しておかなければならない。そうなればどうしても気遣われてしまうのであるが、心配してもらったからといって、目がよくなるわけでもない。壊れたものは元には戻らないのだ。
 同僚にしたところで、具体的にどう気遣えばいいのか分からないのは困ってしまうと思うのだが、私とて「こう気遣ってくれ」と言えるような具体的なものは何もない。しょうがないので、お互いに「大変ですねえ」「いやどうもご迷惑をかけます」と不得要領な会話を交わしている。せいぜい「すみません、時々気づかずにぶつかっちゃうかもしれませんが、インネンつけるつもりはありませんから」とか、ヘタな冗談を飛ばすくらいのことしかできないのだが、これで相手の気持ちが和らぐわけでもない。
 同僚が私に対して心配そうな顔をするのは「義理」である。「所詮は他人事」と冷たく突き放すようなモノイイをしたいわけではないが、「同情」の気持ちはあろうが、「愛情」のような強い感情ではないから、心底からの心配ではないことは事実である。ゆえに、「心配し続けなければならない」状況を強いられ続けることは、しょっちゅう顔を付き合わせてなきゃならない同僚にとっては苦痛であるし精神的な負担にしかならない。同僚がみな、しょっちゅう「近ごろ、調子はどうですか?」と尋ねるのは、気候の挨拶よろしく無意識的に投げかけられているけれども、その言葉の裏から、「調子がよければ余計な心配せずにすむのになあ」という感情が見え隠れしている。そういう要らぬ気遣いをさせてしまうことがまた私に溜め息をつかせることになっている。
 誤解なきように願いたいが、私は「義理」で心配されることを不快に思っているわけではない。確かに「義理」というのは「人情があるフリ」であるから、誠実ではないという見方もできるけれども、カミサマじゃあるまいし、人間、そんな誰彼なしに博愛主義になれるわけでもない。「人情がある“フリ”だけで済ます」「“フリ”を“真実”として受け入れる」という、日本人の「腹芸の世界」が、ここでも人間関係を成立させる潤滑油として機能しているのである。これは美徳と言っていいものだろう。
 けれど、フリはフリに過ぎないのであるから、「義理」を感じなければならない状況があまりに続くようであれば、そこに「無理」が生じてくる。かける言葉もなくなれば、自然、「遠巻きにされる」ことも生まれてくる。「義理」は、人間関係を長期に渡って継続させて行くツールとしては、そのスペックが甚だ不安定でアテにできないものなのである。しかし、これまで日本人はあまりにその「義理」という「交際マニュアル」に頼り過ぎていたために、それ以外の方法を考えることができなくなってしまっているのだ。日本人にいつまで経っても国際交流ができないのも、そもそも「義理」が通用しない外国人に対して手も足も出ないせいも大きい。
 「義理」の機能は認める。それは、希薄化しようとする人間関係を常に強固に結びつけようとする手段として有効だからだ。しかし、それはかつての生活空間がごく狭い、運命共同体的なムラ社会において効率的なものであった。行動範囲がこの五十年で飛躍的に拡大し、希薄な人間関係しか結べなくなってしまった日本人間において、「義理」で結びつく人間関係は既に不可能になりつつある。
 いい加減で、そういう「フリだけ人生」から脱却する方法を考えていったほうがいいと思うんだけど、どうですかね。御託をグダグダと並べてしまったが、要するに「病人なんて世の中にはゴロゴロしてるんだから、いちいち心配なんてしないでくれ」ということなのである。いや、病人には物理的にできないことはあるのだから、そのことを知っておいてほしいとは思うのだが、それを「苦痛」と思うような脆弱な精神は、持たないでいてほしいのである。
 まあ、そういう「義理」に守られ続けてきた人たちにとって、それが難しいことだってこともわかっちゃいるんだけれども。


 ……とかなんとか考えていたら、友人のグータロウくんから、「心配なんかしてねえけど、目の調子はどうだい?」と電話がかかってきた(^o^)。わかってらっしゃることで。


 「オレオレ詐欺」の被害が増えているというニュース。ふと気になって、父に「引っかかってない?」と電話したら、「トシヨリ扱いするな!」と怒鳴られた。いや、トシヨリ以外でも騙されてるけど……と言い訳しようとしたら、「バカや」とヒトコトで切って捨てる。全く、博多の人間のメンタリティとは言え、相変わらずミもフタもないモノイイである。
 確かに、詐欺事件の中でも、「オレオレ詐欺」についてあまり同情する気になれないのは、被害者に対して「なんで別人だって気づかないんだよ」という、マヌケさがどうしても先に立ってしまうからだ。実際、ムスコ本人が2階にいるってのに、そのことに気付かないでニセムスコからの電話に引っかかった母親とかもいるんだから、これを「バカ」と言わずに何と言おうか、ってなもんである。犯人の罪を追及するより先に、被害者のバカのほうが笑いの対象になってしまうのだ。
 詐欺を働く方も、こんなに「バカばっか」ならば、さほど罪悪感を感じないですむのも当然である。成功率が高くなければ(つまりバカが多くなければ)、こんなにお手軽に「オレオレ詐欺」が「流行」するわきゃない。「バカをバカにして何が悪い」というへリクツがここでも働いているわけだ。
 「バカがいなけりゃリコウが目立たん」とは、マーク・トウェインおよび私の父の言葉だが、バカばっか増えてもねえ。世の中ナメてかかる犯罪者を防止することも国民の義務とちゃうか。家に鍵をつけるのと同じくらいに、こういう詐欺に引っかからない、というのは最低限、できなきゃならない能力なんじゃないかねえ。
 しげに、「お前は引っかかるなよ」と言ったら、「払う金なんてない」と言われた。ごもっともである(~_~;)。
 

2003年05月27日(火) すっ飛ばし日記/メジャーかマイナーな男たち
2002年05月27日(月) また仕事休みました。/『コメットさん☆』DVDBOX/『ああっ女神さまっ』24巻(藤島康介)
2001年05月27日(日) 今度の芝居のキーワードは「裸」です/『ヨイコ』(岡田斗司夫・山本弘)ほか


2004年05月26日(水) 不安なことばかり。

 朝になったら、夕べ、左眼がおかしくなったのは気のせいで、また見えるようになってた、ってんならいいなあと思ってたのだが、やっぱり首吊り縄は2本、ぶら下がって揺れてるのである。
 こりゃまた医者に行くしかないなあ、と思って、仕事を半ドンで引けて、行きつけの眼科へ。いつも通り瞳孔を開いて、またかなり丹念に見てもらったのだが、網膜自体は剥離も何も起きてはいないとのこと。そうかあ? 昨日は一瞬、火花が散ったかってくらいに目の前がパパパパパッて「何か起こった」のがわかるくらい、変化があったんだけどなあ。
 「でも、右眼と同じで、ヒモみたいなのがぶら下がってて、眼の下のほうに光が反射したみたいになってるんですけど」
 「ゴミは確かに浮いてるし、硝子体の後ろの方が剥げてはいますけど、しばらく様子を見ましょう。また一週間後に来てください。もしまた様子が変わったら、すぐに来てください」
 様子が変わったときって、「手遅れ」な時とちゃうんかいな。症状がハッキリ出てるのに、何の対応も取れないというのはどうにも落ちつかないんである。


 帰宅して、あとはゆっくり休むことにする。しげ、今日は仕事の予定だったのだが、休みを取って、私を「看病」すると言う。別に身動きできなくなったとか、そういうのじゃないから余計なお世話(つーか邪魔)なんだが、「あんたが突然何かに躓いて転んで頭打って死んだらどうすると!?」なんて演技の悪いことを言うのである。「何か」にねえ。確かに部屋の中はちらかっているねえ。しげが食い散らかしたコンビニ弁当のカスがあっちこっちに十数個。
 「そんなに言うんだったら、部屋ん中さっさと片付けろ!」
 渋々ゴミだけは片付けたが、そのあとすぐにイビキかいて寝こきゃあがったから、やっぱりたいしたモノの役には立っていないのである。身の回りの世話をしたいって言うんなら、せめて洗濯物を干すとか、台所の洗い物をするとか、それくらいはしろよ(-_-;)。


 『ゴジラ FINAL WARS』の製作報告記者会見が、昨25日に行われる。
 出演者のコメントにはたいして期待できるようなモノはなし。北村龍平監督が「『ゴジラ』独自のルールを変える気はないが、脚本の段階で既に僕の作家性が出ていると思う」と語ってるのは既に不安材料かな。エンタテインメントに「作家性」を打ち出して面白くなるには相当な個性が必要となるんだけれども、この監督にそんなのがあるかねえ? 『JAM FILMS』の一本にしろ、『あずみ』にしろ、『スカイハイ―劇場版』にしろ、そんなに斬新なことをやってるわけじゃないんだけれども、どうも本人だけはすっかり「作家気取り」で、えらくすごいことやってるような気になってるらしいのが何ともねえ。
 まあ、抱負と実際の出来は無関係だから、いい方向に転ぶことを期待しましょ。
 菊川怜が、「初めて第1作の『ゴジラ』を見たんですけどぉ〜、途中で眠っちゃいましたぁ〜」とか、「宝田明さんがどこに出てたかわかりませんでした。面影なかったんで」とか、えらくシツレイ千万なことを言ってたが、そういうこと喋っても「許される」キャラなんかね、この人は。神田うのかと思ったぞ。
 新怪獣「モンスターX」のデザインは寺田克也氏。何となく「エイリアン+シーボーズ」という雰囲気で、あまり強そうに見えないんだけれども、これもデザイン段階と、実際の映像とではかなりイメージが違ってくるものだから、今の段階であまり不安に思うのもナニだろう。他の登場怪獣は、ガイガン、ラドン、ミニラ、モスラ、アンギラス、カマキラス、クモンガ、マンダ、エビラ、ヘドラ、キングシーサー。素直な印象は「何じゃこりゃ?」である。必ずしも人気怪獣とは言えないものも混じってるなあと思うのは40代以上で、北村監督の世代にはこれが「豪華」に感じられるのだろう。アンギラスは待望久しかったけれども、「次はキングシーサーだ!」ってのは特撮ファンの間では常に「悪い冗談」としてしか語られてこなかったんだがなあ。ベビーゴジラが出た時、確か「ミニラにはしない」ということでムネをなでおろしたものだったけれども、もう一回なで上げなきゃならんのかい。これだから昭和40年以降に生まれた人間の感覚は信用できないのである。
 まだまだ隠し玉の怪獣が何体か増えるのかもしれないけれど(どうせキングギドラは追加されるんだろうな)、単純に不安になるのは、今の東宝特撮技術陣に、これだけの怪獣を動かせる技術があるんかいな、ということである。結局いくつかの怪獣はCGでゴマカすとか、『怪獣総進撃』の時のバランみたいに、「いたのに全く戦闘に参加してない」存在になっちゃうんじゃないか。
 ともかく、これまでずっとゴジラ映画を見てきて悟ったことは(もう30年前から悟っちゃいるが)、「過剰な期待はしないで、デパートの屋上の怪獣ショーとして見るのが吉」ということである。


 2ヶ月前の3月12日、東京都で、当時中学三年で卒業間際だった少年ら10名が、「卒業する前に、これ以上ないと言われるような伝説を作りたかった」という理由から、校内で暴れまわった末に放送室を占拠して、授業を妨害するなどしたとして、現在都立高校1年生になっていた彼らを建造物侵入と威力業務妨害容疑(うち2人は、教師らに暴力をふるって教室のカギを奪い取ろうとした強盗未遂容疑)で逮捕。
 校内放送を使って約5分間に渡り、映画『バトルロワイアル』のテーマ曲(そんなんあったっけ? と思ったけど、これ、あの「ジャン!ジャン!ジャンジャンジャンジャン!」っていう、予告編だけで使われてたモーツァルトの『レクイエム』のことだったんだね)を流しながら、「皆さんこれから殺し合いをしましょう」などと暴言を繰り返したとか。
 底抜けの阿呆はいるなあ、というだけの事件だけれども、よくわからんのは、事件が起こってから逮捕までに、何でこんなに時間がかかったのかってことである。しかも本人たち、ノウノウと高校に進学してるのだ。これって結局、学校がいったんは事件を「揉み消した」ってことじゃないのかねえ。なんだかんだで不問に付したけれども、どこかから、「なんであいつらがお咎めナシなんだ」という声が上がって、今回の告発につながった……ってとこじゃないんだろうか。事件自体の報道より、そういう「コトナカレ」の学校の体質の方をもちっと強く追及してほしいもんだけどね、学校には。でないと今度は「マスコミと学校に癒着があったんじゃないか」って勘繰られることになっちゃうと思うけどねえ。

2003年05月26日(月) すっ飛ばし日記/宍戸錠な男
2002年05月26日(日) マクド&マクド/『濃爆おたく先生』2巻(徳光康之)/『韃靼タイフーン』4巻(安彦良和)ほか
2001年05月26日(土) 恐怖! ウワバミ女の逆襲(完全版)/『人造人間キカイダーTRIBUTE』


2004年05月25日(火) 『バナナがすきな人』&また来た首吊り。

 ふと思い出した話。
 結婚した時には10代だったしげも、気がついたら立派な30代のオトナになってしまった。これが普通の大人ではなくて、カタカナのオトナだったり、カッコつきの「大人」だったりするのがちょいと問題ではあるが。
 最近、しげはあまり私にくっついて行動したがらなくなった。結婚当初はそれこそ金魚のフンの如く私が出かけるところにはくっ付いて行きたがったし(行けるものなら職場にも)、実際、私が単独行動を取ることがあれば(出張とか、しげとスケジュールが合わなくて一人で映画に行ったという程度のことである)、その様子を根掘り葉掘り聞きだそうとしたものだった。「楽しかった?」と聞くのが決まり文句で、映画に行ったときならともかく、仕事の出張に楽しいも糞もない。そんな風に聞かれても答えようがないのだが、何度そう答えても「楽しかった?」と聞くのである。妻である自分がいない時間を、私が楽しく過ごしていることに嫉妬していると言うか、孤独感、疎外感を感じてしまうのだろう。つまりはコドモなのである。
 「いい加減、大人になれよ、おれは浮気する気なんて全くないし、お前と離れてたって、お前のことを忘れてるわけじゃないから」
 こう説明するのだが、そのこと自体は理解はしていても、感覚は納得していない。
 「全然? 一瞬も忘れてない?」
 と突っ込んで来る。
 「一瞬もってことじゃないよ。仕事してるときにお前のことばかり考えてたら仕事にならんだろうが」
 「ほら、見てん」
 何が「ほら、見てん」なんだか。こういう無理難題にもいちいち対応してやるものだから、私のこの10年間の精神的疲労は相当なものだったのだが、しげもトシを取ってきて、そんな自分自身が鬱陶しくなってきた、あるいは体力が続かなくなってきたのだろう、「一人で映画に行ってもいいよ」と随分寛容になってきているのである。
 しげはその理由を「自分が30代になって、こんなに疲れやすくなると思ってなかったから」と説明するのだが、これまで私が散々、「トシが違うんだから、お前に付き合える体力はないんだよ」と、それこそ口が酸っぱくなり、喉が枯れ、あるときは徹夜するくらい懸命に説明してきたというのに、しげというやつは自分が実際にそういう「感覚」を経験するまでは、納得することができないのだ。想像力が欠如していると言うか、他人を思いやる心が根本的に欠けているわけで、それが「感覚だけで生きている」と私がしげをこき下ろしてるところなんだけれども、今更反省されても、そのこと自体、ズレてやがるよなあ、としか私には感じられないのである。それに未だにしげが私の目が悪いことを認識してくれないのは、正直、ツライ。平気で「あんたがどれくらい見えんかなんてわかるわけないじゃん!」と言ってくれるのだが、どんなに詳細に説明しても(詳細に説明するからなおのこと)忘れてしまうので、こんなのは自己弁護の言い訳なのである。
 しげもあちこちカラダにガタが来始めたのだから、もうちょっと相手の体力とかが慮れるようになってくれりゃあなあ、と思うんだけれども。

 そう言えば、しげはよしひと嬢と「ミソジーズ(三十路ーず)」というユニットを組んでいるそうな。で、このユニットには第一規約があって、「トシのことは言わない」(~_~;)。
 補足事項は、「20代のやつらが、『私たちももうトシよね』なんて言ってるのを耳にしたら、ギロッと睨む」というもの。
 ……でも、20代のころ、やっぱり「もうトシね」とか言ってなかったか? 言ってたよな、たしか。そういう事実は都合よく忘れているんだよね〜、結局、若さを僻んでるだけなんだよね〜。で、言いたいのだけれども、私はもう四十路に入ってるんである。いくら僻んだって三十路が来れば四十路が来るのはほんとにあっという間なのだ。とっとと覚悟を決めて、も少しおおらかな気持ちになっていくことを考えた方がいいと思うのだが。


 仕事を早めに切り上げて、特急つばめに乗って小倉まで。昨日まで私も忘れていたのだが、芝居のチケットを取っていて、公演日が今日だったのである。昨日、しげからメールが入って、「明日はバナナだよ」とか書いてあったので、「何でわざわざバナナを買うことをメールしてくるのかな」と思ったのだが、これは『バナナがすきな人』という芝居のタイトルのことだった。なんか、しげみたいなマヌケやらかしてるな。
 場所は「リバーウォーク小倉」内の「北九州芸術劇場中劇場」。
 主宰は近藤芳正さんの一人劇団、「劇団♪♪ダンダンブエノ」なんだけれども、毎回豪華ゲストを招いて、継続公演も今回が三回目である。今回のゲストは中井貴一、いしのようこ、温水洋一、粟田麗、酒井敏也、山西惇。コメディはやっぱりキャラクターだよな、と感心するくらい、それぞれの個性が光っていた舞台。温水さんに子役をやらせたり、酒井、山西、近藤の三氏が犬だったり、もう、アイデアがハジけている。実は一番心配していたのが中井貴一だったんだけれども、デビュー当時、とんでもなく大根だったのが信じられないくらいのコメディアンぶり。人は上達するものである。
 パンフレットを見ながら、しげが突然、「えっ! 中井貴一って、佐田啓二の息子だったの!?」と驚いていたので、私の方が驚いた。しげとその手の会話は何度もしたことあるような気がするんだがなあ。もっとも、佐田啓二の名前を知っていただけでもしげの年齢を考えると立派なことなんだろうけど。


 再び特急で帰り、帰宅したのが11時。
 途中、本屋に寄った時に、突然、左眼に閃光が走った。痛みはないが、眼を揺らすと再び視界の下あたりで光が瞬く。
 うわ、もしかしたら……と思ったら、やっぱり次の瞬間、血管のようなものがだらりとぶら下がって来て、視界を遮った。一年ちょっと前、右眼に起こった網膜の剥離、どうやら左眼にも来たらしい。
 これまでは右眼の前に血管が垂れ下がっていて(医者は血管ではないと言っているが、飛蚊症について書いた本にはハッキリ血管の残骸だって書いてあるぞ)、その先が首吊り縄のように丸く輪になっていて鬱陶しかった。それが、今度は左にも全く同じのが垂れ下がってきて、しかもやっぱり先端が輪っかになってるものだから、なんだか「どちらの輪に首を入れたいですか?」と誘われているみたいである。
 前回は検診で網膜の悪化が発見されていたから、早晩“来る”んじゃないかと覚悟はしていたのだが、今回は予告もナシだから、ちょっとショックである。2ヶ月前の眼科の検診じゃ何も言われてなかったんだけどなあ。前のときも最初は剥離に気が付いてなかったし、今通ってるとこ、やっぱり藪なんじゃなかろうか。
 まあ、だんだん眼が見えなくなっていくこと自体は先から覚悟していることだから仕方ないことなのだけれども、もしもまた手術ってことになったら、またぞろン万円が一気にふっとぶのである。治りもしねえ治療にそれだけ金かけなきゃなんないってことのほうが、何か納得いかないんだけどねえ。

2003年05月25日(日) すっ飛ばし日記/エロくて見せられない女
2002年05月25日(土) サヨナラを言いたくない人/『真・無責任艦長タイラー外伝 LOVE&WAR』(吉岡平・森小太郎)ほか
2001年05月25日(金) ドームにぃ、轟くピンのぉ音ぉ♪/『ウインドミル』11巻(橋口隆志)


2004年05月24日(月) 徒労の木馬。なんつて。……イヤ、つい思いついちゃったので(^_^;)。

 原稿用紙にして、20枚は書いていただろうか、というコンテンツの原稿が、パソコンがいきなりフリーズして、きれいサッパリ消えてしまった。
 ……かなり脱力しちゃったんで、今日は短めに綴る。……気を取り直して、もう一度「同じ文章」を書くのだ。ううう……(+_;)。

 今朝、しげは起きられなかったので、職場へはタクシーで。休み明けでそこそこに忙しい一日。トンガリさんは今日も声をかけてもダンマリ。よっぽど仕事のミスを指摘されたことが業腹だったのか……ってこともないだろうな。この人が挨拶一つしないのは、昔からだから。仕事をしてないと言われるのがイヤなのか、トンガリさん、今日は滞ってた仕事を片付けている。いつもこれくらいのペースでやってくれてたのなら、周囲から白い目で見られることもなかっただろうに。

 帰りはしげに迎えに来てもらって、晩飯はほか弁で幕の内弁当を買う。料理の材料の買い出しに行く時間がないので、いたし方ないのである。
 帰宅して、昨日買った『キューティーハニー』のメイキングDVDを見て驚いたのだが、ただのタヌキ顔だとしか思ってなかった佐藤江梨子が実にハツラツとしていて美しいのである。
 そう言えば、昨日庵野監督が、「佐藤江梨子をいかに売るかが最大の目的だ」と忘れ何とか言ってたのを思い出した。昨日まとめた日記では、肝心要のそのことをケロッと書き忘れていたので補足。

 あとはまあ、いつも通りネットでニュースとか見てました。北朝鮮から帰国してきた息子さんたちは日本に馴染めるかなあ。今まで信じてきたことが「全てウソだ」って言われることになるんだから、深刻な心身症を起こす危険だってあると思うんだけど。悲劇の危険性も当然想定しているだろうが、それでも前向きに息子さんたちに接していこうとしている蓮池薫さんの笑顔が痛々しく見えてしまう。

2003年05月24日(土) すっ飛ばし日記/穴子に拘る女
2002年05月24日(金) カニの味がわからない/『かしましハウス』7巻(秋月りす)/『焼きたて!! ジャぱん』2巻(橋口たかし)
2001年05月24日(木) 幻想の帝国(改)/『作画汗まみれ』(大塚康生)ほか


2004年05月23日(日) 庵野秀明インタビュー&カンヌ映画祭閉幕!

 昼から、千代町のパピオビールームで練習に参加。
 最初に集まっていたのは、しげ、鴉丸嬢、其ノ他くん、今回は演出補佐に回ったお久しぶりのよしひと嬢、それから照明でお手伝いしてくれることになった細川彩乃嬢。だいたいウチのメンバーには芸名のほかにニックネームと言うか、仇名がつけられている場合が多いのだが、細川嬢もちょっとトンデモない名前をつけられてしまっている。とてもここには書けないのだが、付けたのはやっぱりしげである。……いやね、愛称ってものはさ、もうちょっと世間的に認めて頂けるコトバを選んだほうがいいと思うんだけれども(-_-;)。それなのにご本人はあまり怒っているような素振りを見せてはいらっしゃらないのであるが、細川嬢の海よりも広く深い心ばえが察せられることである。
 今日はチラシと衣裳案の決定なので、私も何枚か下描きを描いたのだが、全部マンガっぽいということでボツ。写真をコラージュしよう、ということになった。
 衣裳案は、鴉丸嬢がステキなイラストをたくさん描いてくる。衣裳もそうだが、キャラクターがともかくかわいい。カトウくんなどは何枚も衣装を替えねばならないのでたくさん描いてもらっているのだが、一枚一枚、全部キャラが違っている。往年の光ゲンジの諸星君っぽいのまであったが、どういうキャラをカトウくんに演じさせたいのであろうか。
 あとは劇中に使用する曲のサンプルなどを聞いてもらう。今回ともかく使用曲が多いので、音響は大変なのである。
 鴉丸嬢、其ノ他くん、細川嬢の3人は今日は用事があるとかで、3時過ぎに帰る。入れ替わるように、カトウくん、桜雅嬢が来て、しげと二人のシーンなどを試演。よしひと嬢はカトウくんの演技を見るのは初めてなので、楽しんでいる。動きはまだ入っていないので、やはりまだ「芝居」にはなっていないのだが、海苔は前回よりよくなってはいる。ただ、二人ともまだ刮舌が甘いので、ことによるとセリフをかなり手直ししなければならなくなるかもしれない。これも今後の課題である。
 今日の段階で打ち合わせられることはこのくらいなので、いつもより早め、5時半過ぎにパピオを出る。決めかねていたエンディングに使う曲も固まったので、少しずつ形ができあがってきている感じである。


 それから、映画を見るために、キャナルシティまで。
 と言っても、レイトショーまでには3時間以上あるので、それまで店を回って時間を潰すことにする。
 まずは「ラ・ブーン」で食事。しげお気に入りの手巻きオムライスの店で、角煮オムライスとサラダ。オムライスをクレープのように手巻きしているから、歩きながら食べることもできる、というのが売りなわけだが、実際には歩きながら食べると中身を落っことしそうで危ない。座って食べるしかないのだけれど、「手頃感」はあるので、これはいいアイデアだなあと思う。
 それからローソンに回って、野村萬斎の『オイデュプス王』のチケットを購入しようとするが、四日間の公演全てが完売。しげも私も、これはぜひともナマで見たかったんだが、諦めるしかない。実はツテを辿って抽選にも参加していたのだが、それも外れていたのである。野村萬斎、やっぱり「旬」なんだなあ。
 福家書店にも回るが、こちらは先日めぼしい本はたいてい買っていたので、特に物色するものはなし。しげにせっつかれて、ここは早々に表に出る。


 それでもまだ2時間ほど時間があったので、HMVで、芝居で使うCDを探す。私は私で、『キューティーハニー』のキャンペーンやってるよ、としげから聞いていたので、そちらの興味もあって覗いてみることにしたのだが、なんと庵野秀明監督と、武術指導のシンシア・ラスターさんが来福されてインタビューに答えられていた。こういう僥倖もあるものなのだとビックリ。
 庵野監督のお話はだいたい以下の通り。
 「『キューティーハニー』は『ハニメーション』と言ってはいますが、昔風に言えばスチールアニメーションです。ハニーの佐藤(江梨子)さんにポーズを取ってもらって、それを撮影して、アニメーションと同じ手法で作ったんです。実写をアニメーションの材料に使うわけで、CGよりずっと手間もお金もかかります。でも、CGにはCGにしかできないことをやっていただくだけで、後は全部こちらでやりたいんですね。ミニチュアもいい出来のものがありまして、ほんの一、二秒しか使わないカットのために、このくらい(10センチほど)の高さのハニーの人形を作って来てたんですけれども、あれは本当にいい出来でした。それは持って帰れなかったんですけれども、別のものは記念に持って帰りました。
 ともかく、最初の『ハニー』のアニメの雰囲気を残そう、というのは一番気を付けたことで、音楽も昔のオープニングは全く同じテンポで使っています。アレンジは今風ですけれども、倖田(來未)さんにもそう歌ってくれるように頼みました。あとエンディングの『夜霧のハニー』とBGM一曲は使わせてくれ、と申し出まして、これだけは絶対に譲れない条件でした。結果的にあと2曲使って、他の曲も昔のアニメの雰囲気を感じられるものにしました。サントラも構成まで全部自分でやりました。アニメ業界はそこまでやる人、結構いるんです。
 音楽は昔のものしか聞かないですね。それも特撮、アニソンばかりで。最近の曲、歌謡曲とか全然知らないんです。昔のもので充分と言うか、昔のものは今でも変わらないと思ってるんです。趣味が広いようで、実はすごく狭いんです。ぼくの音楽は70年代から80年代初頭で止まってますから。今日もここに来るまでにiポットで聞いてたのは『ファイヤーマン』と『ミラーマン』です。
 『キューティーハニー』の続編ですか? それはこの映画がヒットするかどうかですね。映画界というのは、掌を返したように、舌の根の乾かないうちに逆のことを言う人たちばかりですから。今は全くそういう話はないんですけれども、ヒットすればどうなるかわかりません。もしかしたら『ハニー』はぼくのライフワークになるかもしれませんね。今はスカパー用にアニメーションの『Re:キューティーハニー』を作ってますが、これは3本とも監督が全部違って、全部違った作品になっています。
 『ハニー』はともかく、笑えて、泣ける映画です。始まって5分で三回笑えるところを作ってます。そして映画が終わって外に出たら心が元気になるような、そういう映画作りを目指しましたし、そうなっていると思います。ぜひ見にきてください」

 シンシア・ラスター女史は、「サトエリさんは背が高くてて足が長く、私と体形が全く違うので、立ち方、ポーズの取り方、全て一から考えなければならなかった」と苦労を告白。
 「スケジュールは本当に短かったんですけれども、現場はともかく庵野ワールドの人たちばかりなんで、朝から晩まで何時間一緒に仕事してもオーケーみたいな、楽しい雰囲気でした。パソコンとかの専門用語が飛び交ってて、何言ってるかわからなかったんですけれども」

 インタビュー自体は30分ほどで終わり。
 ハニー関連のものはそんなに買うつもりはなかったのだけれども、せっかくだからと食玩とDVDプレミアム映像集を買う。しげが「これも買って」と言うので、CD『及川光博の世界』も(^o^)。
 携帯カメラでキャンペーンのタテ看板なんかを写真に撮っていると、同じく隣で写真を撮っていた20代らしい長髪でやや背の低い女の子から、声をかけられる。
 「お客さん、少なかったですねえ。庵野さん、まだあまり有名じゃないんでしょうか」
 確かに、集まっていたのはせいぜい20名ほどである。「誰のイベントだ」、とちょっと覗いて、すぐに帰っていった客も何人かいた。「世界の庵野秀明」としてはあまりに寂しい。
 「宣伝、あまりしてなかったせいじゃないですかねえ。私も、家内からこういうイベントやってるって教えてもらって来たんですよ」
 さすがに「オタクの間だけじゃないでしょうか、有名なのは」とは言えないので、そんな風に返事をした。それにしても、中年のオヤジに声をかけてくるとは変わった女の子だなあ、と思っていたら、女の子は、挨拶をしてこう言った。
 「私、フランスの『OTAKU』って雑誌の記者なんです」
 ……一瞬、絶句しました。なんか、今日は驚かされることばかりだなあ(^_^;)。
 「ご存知ですか?」と聞かれたので、「ええ、雑誌やテレビで見たことはあります」と答える。「わざわざ今日は取材ですか」
 「ええ、庵野さんのお話も伺えました」
 それからちょっと、ここには書けないヒミツのやりとりをして(^o^)、ついでに、『ハニー』のDVDとミッチーのCDを手に持った姿を写真に撮られてしまう。いやもう、ホントにビックリですがね。もしこのホームページ見てる人でフランスに住んでる人がいたら、来月号の『OTAKU』に私の写真がもしかして載るかもしれませんので、送ってくださいな。f(^^;)
 「今日はお話聞けて嬉しかったです」と挨拶してHMVを出たが、それにしてもずいぶん気さくな女の子だったけれども、印象は『ダーティ・ペア』のユリって感じだったなあ。「同じオタクなら、声かけてもヘイキ」とでも思ったんだろうか。でも、世の中には女の子に飢えてるアブナイ独身オタクも結構いるから、記者とは言え、声をかける時には気をつけた方がいいなあとは思うけれども。
 ……ああ、いや、別に相手の電話番号とか、そんなの聞き出したりはしてないので、妙な期待はしないように(^_^;)。


 映画は『レディ・キラーズ』。トム・ハンクス主演、コーエン兄弟監督による往年の名作『マダムと泥棒』のリメイクである。こういうブラック・コメディは大好きなので手放しで誉めたいところだが、ちょっとラストがあっけなく終わった印象はある。キャラクターがいろんな人種に変わったのがオリジナル版との一番の違いだろうか。
 帰宅して、しげと『ハガレン』のDVDを見るが、やっぱりしげは途中でイビキをかきだしてしまうのであった(^o^)。


 第57回カンヌ映画祭の各部門の受賞者・作品が決定。
 
 ◎パルムドール(最高賞)
  『華氏911』マイケル・ムーア監督(アメリカ)
 ◎グランプリ(審査員特別大賞)
  『オールドボーイ』バク・チャヌク監督(韓国)
 ◎男優賞
  柳楽優弥『誰も知らない』(日本)
 ◎女優賞
  マギー・チャン(張曼玉)『クリーン』(香港)
 ◎監督賞
  トニー・ガトリフ監督『エグザイルス』(アルジェリア)
 ◎脚本賞
  アニエス・ジャウィ、ジャンペール・バクリ『ルック・アット・ミー』(フランス)
 ◎審査員賞
  イルマ・P・ホール『レディ・キラーズ』(アメリカ)
  アピチャポン・ウェラセタクル『トロピカル・マラディ』(タイ)

 一部、ムーア監督がパルム・ドールを取ったのは、政治的配慮のせいだ、との批判があったようだが、現物を見てない以上、私には何とも言えない。スタンディング・オベーションが凄かったという話は聞いたから、それだけが原因ではないと思うのだけれども。
 日本のマスコミは、早速「史上最年少受賞」ということで、柳楽優弥くんをフィーチャーし始めているが、これも映画を見ていないから、現段階でコメントすることはない。どちらかというと、大騒ぎしているマスコミの人間たちだって、映画を見ずに記事にしてるんじゃないかって気もするが、そういうものなんだろうね。
 『イノセンス』はちょっと残念だった。押井監督は今はまだ次のアニメを作るかどうか未定、ということだそうだけれども、できればまた捲土重来を期してほしいものである。

2003年05月23日(金) すっ飛ばし日記/寝ると怒る女
2002年05月23日(木) 風邪さらに悪化/『パワーパフガールズDVD−BOX/バブルス缶』/『何が何だか』(ナンシー関)
2001年05月23日(水) できれば私への電話はご遠慮下さい/『真夜中猫王子』2巻(桑田乃梨子)ほか



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藤原敬之(ふじわら・けいし)