『ギャラリーSt.Ives』,『MILLIBAR』

 昨日派遣会社から何回も電話があったのに出られず。朝、社長から電話があって、旅行パンフレットの編集の仕事が決まった。良かった。

 『月刊やきものネット』の取材で世田谷区深沢の『ギャラリー・セント・アイヴス』。
今日発行の11月号はバーナード・リーチの息子デイヴィッド・リーチで、次回は孫のジョン・リーチをとり上げる。

いつも閉店後の店内でインタヴューをするのだが、水曜日は定休日で、お店は三越の英国展から持ち帰った荷物とダンボールでいっぱいだった。

 水曜日だが映画も見ず。文章道場の課題「ポピュリズムについて」は今日が締切。まだ一文字も書いていない。
他の受講生の作品は次々届いている。なのに帰りに渋谷『MILLIBAR』に寄ってしまう。一人就職祝いだ。

 ヘアカタログを見た、小学校からの友人Hちゃんからメール。

> エクステいいぞ〜!似合うね〜(^^)vロンドン娘のように、毎回奇抜でヘアカタログ楽しみだよ(^_-)-☆赤毛も良かったよ!(^^)!
> 次は石立鉄男ヘアでよろしく(^_^)v今、メールの着信音を、マツケンサンバにし、音が鳴ったらマツケンステップで、電話をとりにいかなくてはならないので、ちょっと大変(・_・;)
> 昨日から自分で決めたので実行しているへんな主婦ってことで♪では、まったね〜(@^^)/~~~

Hちゃんの踊っている姿を想像し、笑う。松健サンバは痩せるかな。
体重測定前にHちゃんたちと小学校のトイレで、ピンクレディーを踊り狂ったのを思い出す。
2004年11月10日(水)

慶應義塾大学病院,映画『CHARON』試写会&記者会見in日本外国特派員協会,PC解決

 慶應病院産婦人科。前回の投書が功を奏したのか、診察待ち状況のボードが活用されている。
看護士が名前を呼ぶ度予約人数のうち何人目まで呼んだのかがわかるようになっていた。一歩前進。

しかし待ち時間が長いのは相変わらずで、暖かくていい天気なのに病院で3時間は気が滅入る。
「待ってる間に病気になる」と付添い人らしきおばさんが話していた。

近々同じく慶應病院に手術入院するゼミの先輩からメール。

> ストレスからすごく卵巣が腫れていたくなった、という人もいるから、
> 精神状態、ストレス、生活のリズムなんかがやっぱり
> 婦人科系の臓器にはそれなりに反映されてしまうみたいです。

知らなかった。私にはストレスはそれほどないと思うが、生活のリズムはむちゃくちゃだ。
医師の診察は「ストレスというのも考えられますね。じゃ、血液検査しましょう。結果は来週来て下さい」以上終わり。

 ルータをくれた電脳キツネ目組のYさんに、ノートPCとデスクトップのデータのやり取り方法を相談していた。夏に辰巳で働いていた時にUSBメモリでマックとwindoowsのデータを相互に移していたことを今日になって思い出した。いいかもしれない。
ビックカメラで店員に相談。USBメモリは思った以上に高額で痛い。

 高橋玄さんの映画『カロン』の日本外国特派員協会での試写会と記者会見を見学しに有楽町の電気ビル20階。
よく時の人の会見ニュースで見る日本外国特派員協会は、歴史を感じさせる施設だった。
恐らく戦後すぐ作られて、今もその雰囲気を残しているのではないかと思われる。
スタッフは皆蝶ネクタイ着用。

天井が低く席の段差もないので、後列の人は英語字幕が見えなくて皆頭を左右に振りながら『カロン』を見ていた。
私は途中からだったが、4回目。セリフも覚えちゃいそう。

記者会見はすごく面白かった。玄さんの日本のアウトロー社会と映画業界の話は外国特派員たちにとってもかなり興味深かった様子。
外国人スターが来日して開かれる記者会見で芸能レポーターがするようなくだらない質問もなく。

玄さん「映画はギャングスター(やくざ)社会が支えている。やくざには『困っている人たちを助ける』という考えが基本にある。組織が大きくなれば末端もいろいろだが、ハイクラスの人たちの中には今もその精神を持っている人がいることを、かつてその社会にいた私は知っている。

 『カロン』の主人公道夫はアウトローだが、我々と同じように生きている。犯罪者として、言葉として存在しているのではない。アウトローは一般人が望む形で社会に存在している。

 日本では普通映画会社が作った映画でなければ映画館では公開できない。1997年香港に行って勉強した。日本には車や牛肉の輸入規制はあるが、映画の輸入規制はない。韓国にはクオータ制というのがあって自分たちの仕事を守ろうとしているが日本にはない。

 そういう中で『カロン』という映画で新しいやり方をしたかった。脚本と配給については初めから世界を視野に入れてスタートした。1,300万円の制作費と11日間の撮影、これでどれだけ受け入れられるかはまさにチャレンジだった。

 『カロン』はやくざの話なのに撮影をした我孫子市、柏市、流山市の各市長が応援してくれた。私はその話を聞いたときに各市長にこの映画を見たのかと聞いたら、見たと言った。この映画は各市の宣伝をしている映画ではない。なぜ千葉の各市で撮影をしたかというと主演の川本淳市の故郷であるから。

 この映画の上映について、ある事件があった。柏の大きい映画館の支配人が「『カロン』を是非上映したい」と言ってきたのに、東宝のヘッドオフィスにその話を潰された。

 その理由は非常に不思議なもので、東宝が言うには「この映画は地元で非常に応援されていて映画館に人が入りきらないから断る」というもので、柏市の観光課のトップが頼んでもだめだった。

 結局柏では松竹系の映画館で公開が決まったが、他の会社が潰した映画をピックアップすることは非常に勇気がいることである。私は今後頼まれても東宝とは仕事をしないが、松竹との仕事は一生懸命やる。

 日本の映画人はそのほとんどが反抗しないし挑戦もしない。映画を作るのはそれほど難しいことではない。しかし配給が完成した作品を買わない。何故か外国産映画は高い金で買う。

 それは香港でも感じた。香港の映画人は日本を「いいマーケット」という。これは何でも買うからという意味である。だから『カロン』は日本語の映画ではあるが、世界のハンコがあれば買うだろうと思って世界配給を目指した。その意味でこのプレヴュウはチャレンジといえる。応援してほしい。」

川本淳市さん「この映画に登場するのは娼婦とギャングと作家で、世界のどこにでもある職業であるが、一番寂しい職業でもある。人とのかかわりを避ける人がちょっと触れたりすることで変わるというようなことを描いているのではないか。

 この映画はわからない部分も多い。思いや気持を押しつけない優しい映画になっている。見た後にいろいろと話し合ってくれたら嬉しい。

 地元で撮った映画だから応援するとか世界映画だから応援するという地域の力を感じた。」

イタリア人記者の質問「世界で注目されている日本の映画監督は日本で評価される前に皆海外に出ているのはなぜ?日本は世界を経由したものなら評価をするのはなぜ?日本政府は映画を支援しないのか?」

玄さん「逆輸入なら受け入れるのは、日本人が自分で決められないからだ。日本の映画監督が皆海外に出たいのではなく、価値を求めたら海外に出ちゃった、ということ」

「日本政府は黒沢明が死んだときに『国民栄誉賞を検討する』と言った。イタリアでフェリーニが死んだら国葬だろう。失望した。」

「形式的には文化庁で映画作りの資金援助をしている。しかしその条件というのは1億円を集めた映画に対し3千万円を出すというもので、1億円集めることができるものに3千万円を出すよりも、5百万円しかないのものに出すべきではないか。
 
 結局個人の作り手ではなく大手映画会社を援助している。文化庁と映画会社は裏でつながっているが、表面上映画づくりを支援している形を整えている」

他に「映像と言葉」「アジア的イメージ」についての質問など、深い濃い話いろいろ。

「バーで続きを」とのことで、予定の時間を随分オーバーして終わったようだった。知っている人たちに挨拶。
玄さんが「来れば?」と言ってくれたのでバーに紛れ込む。
「めったに入れないところだからね」「はい、興味津々です」と入ってみれば、外国の古いホテルのバーのような雰囲気。各国のジャーナリストやマスコミ人で賑わっている。

外国メディアの人たちや映画関係者に混じってお話。
オランダの新聞記者ハンスさんに「何しているんですか?」と聞かれたので「高橋玄さんのおっかけです」と答える。
「オッカケ?何ですか?」
「えーっと、グルーピーです」
「はあ…」
「冗談ですよ」
宮崎学さんの集まりでもハンスさんを何回か見たことがある、という話をしたら、日暮里在住で檸檬屋のことを知っていた。

会見で『カロン』を「ファンタスティック!」と言って、興奮気味に質問をしていた可愛らしい女性に名刺をもらう。
オーストラリアの雑誌に記事を書いているライターで、ドラマ『24』のジャック・バウアーの同僚ニーナに雰囲気が似ている。
歯の矯正でブリッジを今日初めてつけたとかで、「ものすごく痛い」と言いながら、映画の話いろいろ。

玄さんの隣に座ったイタリア人記者はいろんなものを注文し次々平らげながら、スタッフと会話し、玄さんと東京ガスとの喧嘩話に笑い、映画『鉄男』をイタリアでブレイクさせたエピソードを語り、大変エネルギッシュな人だった。後で聞いたら日本外国特派員協会の副会長とのこと。

隣のテーブルには警察と戦うジャーナリスト寺澤有さん。初めて挨拶をする。
「私、前に寺澤さんと会いたいって今井亮一さんに言って合コンしましょう、って話になったんです。立ち消えてますが」
「ああ、そんな話ありましたねえ!覚えてますよ。そうですか。で、なんで合資会社?」
と私の名刺を見て質問される。
「何か肩書きが欲しかったのと勉強のために」
「役に立ってんですか?」
「いえ、特に」
さすが、痛いところをついてくる。って私が駄目なだけか。

気がつけば24時過ぎ、バーにいるのは私たちだけ。しかし追い出されることも無く、閉店の様子は無い。
事件などあれば記者たちが夜通し詰め続けるのだろうか。

玄さんと山の手線で帰る。会見のこと、次の映画『ポチの告白』のこと。
転んでもただでは起きない玄さんは、本当にいろんなものを見せてくれる。素敵な人だ。

「カロンは見えないけどあるんだよ、そこに行こう。」
ってこれは私だ。玄さんが会見で「カロンは出会いと別れを恐れない女の話です」と言った時、私じゃん、と思った。
だからこの映画は成功する。「冬ソナ」だって皆なりきって見てるんだから。

 帰って、昼間に買ったUSBメモリでノートPCのデータ取り込み。デスクトップで開ける?…出来た!
早速ヘアカタログを更新。さて、これから過去の髪型いろいろも掲載しようっと。

 未明には金星と月と木星が一列に並ぶ天体ショウが見られると、倉敷の『ご近所さん』が教えてくれた。しかし池袋の我が家から見える空はとても狭く、この窓から星を見たことは無い。
2004年11月09日(火)

面接,『Royal Host』,打合せ,『酒たまねぎや』

 旅行パンフレット編集の仕事の面接。ちょっと汚い格好で来てしまい、失敗。
勤務地は天王洲アイルで遠いと思ったら、池袋からりんかい線直通があって結構便利だった。
時間も余裕で着いたつもりが「天王洲アイル駅の進行方向左側のビルです。駅につながっています」ってそれはモノレールの駅ではないか。少し焦る。

面接の雰囲気は良かった。編集の仕事は勉強したいと思っていたので是非やりたい。

 18時半から別の仕事の打合せがあって神楽坂。時間が余ったので飯田橋に向かって歩いて『Royal Host』で2.5時間。ねばる女。携帯メール。
文章道場課題「ポピュリズム」について思索。何のアイデアも浮かばない。やばい。

 派遣会社で入力の仕事の打合せ。夏に一緒に仕事をしたAさん、Mと久し振りに会う。
社長から今後の仕事の展開とスケジュールの話。
「時給2,000円の仕事も、付加価値をつけて、こんなことも出来ます、といえば2,500円になり、3,000円になっていくしね」
って、そんな簡単にならないだろう!Aさんと「ホントですか?」と笑う。

 一人で飲み歩く余裕はないが、「ポピュリズム」について考えるために『酒たまねぎや』。
ご主人の木下さんは普段でもブルーリボンをつけて、中国を「支那」と言い、北朝鮮憎しで、田中真紀子が大嫌いな人。「ポピュリズム」とは違うのかな?

「鈴木宗男についてどう思います?ブッシュ再選については?小泉の後は誰がいいですか?」と聞いてみる。
やはりポスト小泉は安倍より石原慎太郎で、鈴木宗男などどうでもよくて、北朝鮮にはミサイルぶち込んで欲しい、みたいな話だった。
カウンター席の隣の男性は「話が過激になってきたので帰ります」。悪かったかな。

「マグロのカマ、小さいのありますよ」と言われて頼んだら豆腐一丁ぐらい。おっきいよ。
頑張って全部食べる。帰ったらお腹がぶっ壊れた。少し痩せたような気がする。
2004年11月08日(月)

玄さん,Hちゃん

 一日中日記とメール。日記は1日かかって5日分。ふう。

 文章道場の会場を借りている高橋玄さんが、会場費を辞退していることを昨日知った。

「私が口を出すことではないのかもしれませんが…
文章道場の会場費は本当に良いのでしょうか。
コーヒーにお菓子まで出してもらって、コピー用紙大量に使ってますが。
なんだか申し訳ないような気がしています。

今日の受講費はそのままみんなの檸檬屋飲み代となっていました。
いいのかなあ???
悩むほどの金額でもないですかねえ。

お二人の間の話で、失礼でしたらごめんなさい。」

とメール。返信は一言。

> べつにいいですよ。

ああ玄さん!惚れ惚れ。

 そしてここにも愛すべき人が。
「大統領と児童会長」で小学校時代の友人のことを書いたので小学校からの親友Hちゃんに知らせたら、こんなメールをくれた。

> MARIBAR一日出店おめでとう!行けなくて残念でした。日記に登場させてくれ
> てありがとう!ひとりでゲラゲラ笑ってました!日記は最近つけてないんだよ。小学
> 校の頃のはちゃめちゃな日記がなつかしいね!やっぱり「抱っこまん」は今でも忘れ
> られないハレンチ教師だし、なんか変なにおいがする〜とか言って、Y君は味噌汁み
> たいなのが出てくるのかなあ…とか、おもしろかったよ!さくの脚はなぜ光ってる
> の?とかね。(今でも光ってる?)さくは頭がいいのに、なんでこんなにおもしろい
> んだろう…っていつも思っていたよ。脳みそがいっぱいあって、勉強する時と、おか
> しなときは別に使ってるんだ、絶対そーだ!って思ってたし。今でも、風のような人
> だよ。フワッとどこか行っちゃいそうな、でも人々に心地良さを与えてくれる謎の
> 女ってかんじ。さくの文章を読んでると、あっ、そうかとか、気がついたりするよ。
> さくが多くの友人と接して、得ているものが多いんだね。だから、読んでいても楽し
> いし、また読ませてくれ〜って思う。あっ!そうだ。うちのおばあちゃんぼけてし
> まったよ。夏に浜松に会いに行ったら、「きゃ〜うれしい。」って言うからてっきり
> 覚えてると思ったら、「誰だったけね…」ガーン(*_*)もう90歳だから、仕方ない
> んだけどね。寂しかったよ。今でも、動物園やTVで象を見るとおばあちゃんを思い
> 出しています。では、またね〜(^^)/~~~

私の返信。

「Hちゃん!
メールありがとう。とっても嬉しかったです。

そして、爆笑しました。メールでこんなに笑ったのは久し振り、というか初めてかも。
なんで象見ておばあちゃん??
しかも丁度その時NHKで野生動物を守れ、みたいな番組やってて、
画面には象がのっそのっそと…。がはははは!
おばあちゃんの悲しい話なのに!えーんえーん。

もう、やっぱりHちゃん、たまらなく好きです。
ブチュー!」

そう言えば、私の足は膝下がツルツル光っていたのだった。チェックしてみた。
おお、まだピカピカじゃん。
2004年11月07日(日)

『宮崎学の文章道場!』,『檸檬屋新宿』

 久し振りに隅々まで掃除。課題を提出しているので気分がいい。道場が楽しみ。

 先週電脳キツネ目組Kさんは新宿駅からグランカフェ・ピクチャーズまでバスで40分かかったと言っていた。
今回の文章道場は資料が大量にあるので、早めに行ってコピーをとらなければならない。
今日のバスは20分かかった。直ぐにコピーを始めるが、開始時刻18:00になってしまう。

 今回私たちは「警察の文化」を課題で書いたが、宮崎さんの東京新聞「本音のコラム」はイラクの日本人殺害事件に差し替えられた。その経緯と過程のお話。

受講生の文章は「皆堅いな」と宮崎さん。私の「警察を利用する」については「警察に頼らない文化」という言葉をもう少しひねりようがあるのでは、とのこと。

「後出しジャンケンですが『大統領と児童会長』にもコメント頂けないでしょうか」と聞いたら
「締切を守らないものはボツ!」
悲しい。しかし締切と字数は最低限の問題なので、当然のことだ。

終了後、『宮崎学.com』のゾロメ賞について検討。まだ公式に発表されていないので書けないが、「え?そんなの、いいの?」と驚いているうちに決定。「どうだ?」と宮崎さん。
はあ。私が参加したイベントもこんな風に決まったのか?
「じゃ、10万もらっとくか」みたいな?うーん、シブイ。

 宮崎さんが「ところで住枝は生きてるのか」と言うので「10月は客0の日が6日、Yさん一人の日が4日あったとか、住枝さんがダウンしたとか聞いてます」と報告。様子を見に行くことになる。

なんと本日の『檸檬屋新宿』は満席。「帰るか」と宮崎さん。定番メニュー常夜鍋とおでん。

宮崎さんの早食いの話。小さい頃から大勢でご飯を食べていたから、ということではない。
「せっかちなんだな。うまいものをガツガツ食うのが好きなんだ」。ああ男らしい。

バックパッカーについて質問。宮崎さんは「バックパッカーは訪ねる国を見下している。『見てやろう』という視線だ」と言う。
否定はできないと思った。「違和感を感じていたんですよ」と私。
「バックパッカーの友達に?」
「友達の言ってることに」
私は友達の行動を否定することは出来ないし、友達は「見下してなんかいない」と言うだろうが、今度話してみたい。

他いろいろな話をして宮崎さんは先に帰る。帰り際お腹に宮崎さんのパンチを喰らった常連Yさんは私に「なんで?なんで?」と聞く。お別れの挨拶じゃないのか?

財政難の『宮崎学.com』について。「手数料くれるならバッヂの販売作業やる」と言ったら
「なんで自分の儲け話にするんだよ」「前はボランティアでやってたんだよ」と皆。
「儲けたいわけじゃないけど、タダでやるのは嫌」って私、がめついか?間違ってる?

「本出して組の資金にするのは?お金かかるけど」とNANIOさん。
「出版社から出せばいいじゃん」と私。
「インディーズでやるんだよ」
「えー、なんだかなあ」
遊びと、ボランティアと、仕事と、それぞれに対して考え方はいろいろだと思うが、編集などしっかりやるなら私はボランティアは嫌だ。
遊びで編集作業をする余裕は今の私にはない。

そこは大学時代プロデュース研究会だった経験を活かしてるNANIOさんと、アルバイトならお金がもらえるのになんでサークルの先輩ごときにこき使われてグジャグジャ文句言われなきゃいけないんだよ、とプロデュース研究会をやめてしまった私の違いかもしれない。

文章道場は「書くことは金にしなきゃ意味がない」って話で始まってるのに、キツネ目組のために、というのがどうも違うような。
NANIOさんが企画書を書く、とのことなのでまた考えよう。
でも元気でやる気満々のNANIOさんを見るのは楽しい。嬉しい。
皆がボランティアでやる、ってことになったら私も仲間に入れて、とか言ってしまいそう。日本人だね。
2004年11月06日(土)

映画『ゴッドファーザー PART�掘戞ぁ悒好謄�ング』,お悩み解決電話

 6月19日のオールナイトでは眠くてたまらない状態で、お尻の痛みをこらえつつ、『ご近所さん』を突っつきながら見た『ゴッドファーザー PART�掘戮鬚靴辰�り見直す。
やはり家族が欲しいと思う。沖縄とか中国の大家族が面白そう。
最後までそう言いながら、孤独に死にそうな気もするが。

 『スティング』は1930年代のシカゴの詐欺師の話。トランプも競馬もわからないので、面白くなかった。

 新しい仕事を始めた友人からメール。なにやら不安らしい。
メールでは様子がよくわからないので電話にしてもらう。事情を聞いて対策を考える。
「もう嫌になっちゃいました」と言うので「嫌なら辞めれば」。
始めたばかりで概略も詳細もしっかり把握してない段階にいて心配なだけという感じ。
2ヶ月以上仕事を待っている私にすれば、代わってあげたいぐらいだ。

しっかりしている人なので大丈夫だろう。「お互い頑張って稼ごう」と言って切る。
2004年11月05日(金)

喫茶『ブルマン』,蕎麦屋,『鳥よし』

 9時に起きる。11時半に中野新橋の喫茶店『ブルマン』で宮崎学さんと待ち合わせ。
11:24着。宮崎さんはアイスコーヒーを飲み終えるところだった。文章道場の資料を受け取る。
風邪で大変具合悪そう。これから地方へ行くそうだが大丈夫だろうか。

「メシ食うか」と言われて「ハイ」と言っても、私が注文した紅茶はすぐには出てこない。
3杯分ぐらい入ってそうなポットで紅茶が来る頃には、宮崎さんは立ち上がらんばかりの勢い。
3回ぐらいカップに口をつけたところで「行くぞ」。

 近くのお蕎麦屋さん。宮崎さんはおそばとおでんを注文。風邪で辛そうだが食べるのは早い。
私は冷たいとろろそば。おでんを「俺はもういい。桜井食え」と言って取ってくれる。
急いで食べる。最後の蕎麦を口に入れたところで「いいか?」
「う、はい。ご馳走様でした」モグモグ、ゴックン。

「じゃ」と宮崎さんは行ってしまい、私は12時には再び中野新橋駅。30分で2軒。はえー。
その間「桜井も本を1冊出せ。やる気になったら2ヶ月で出来る」とアドバイスを頂く。

 帰ってPCとの格闘続き。駄目だった。

 Y先生から『大統領と児童会長』の感想メール。
「魔法使いのおばあさんとは言い得てめょう。今度の選挙をすっかり言い尽しているかも。自分の事とくっつけたのも大賛成!」
Y先生は打ったメールを絶対読み返さないそうで、「めょう」だが、なんだか可愛らしい。

 ささきもと子さんと電脳キツネ目組N君と千駄木の焼き鳥屋『鳥よし』。
古い店だと思ったら近々建て替えで閉店するらしい。
焼き鳥と他は数品のシンプルなメニュー。焼き鳥は美味しかった。
煮込みでレバらしきものを口にしてしまい大失敗。ビールで流し込む。

檸檬屋新宿常連のYさんも来る。檸檬屋の住枝さんも体調が悪いらしい。
10月は客0の日が6日、Yさん一人の日が4日あったとか。大丈夫か?

 N君の漫画教室の話、文章道場の話、『MARIBAR BBS』の話。ひょっとこ写真を見せる。
N君は心配して「掲示板閉じた方がいいんじゃないですか。意味ないでしょう。不愉快だし」と言う。
「やめません。テロに屈しない」と私。
「桜井さんだけが書き込めるようにしたらどうですか?」
「つまんないよ」
「掲示板で面白い出会いなんてあるんですか?ろくなもんじゃないでしょう」
「面白いこともあるし、嬉しいこともあるよ。掲示板がきっかけでメールのやり取りが続いてる人もいるし」
「時間の無駄だと思うけど」
「N君が敬愛する三上治さんも『国家は開かれているべきだ』と言ってるでしょう。国家も個人も同じよ。閉じちゃ駄目なの」
「えー、そうなんですか?」
「そうよ。だから閉じるとか削除とかじゃなくて、ほのぼのネタとか楽しいこと書いてよ」
「でもあの雰囲気はものすごく書き込みにくい」ともと子さん。

確かに。まあ好んで見ている人もいるので、私も好きなようにやる。
2004年11月04日(木)

抱茎亭日乗 / エムサク

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