ゾロメ!,誕生日前夜会席,宮崎学さん,『檸檬屋新宿』,『OASIS』

 朝、日記を更新したらアクセス数が111125。あら、ゾロメ突破ではないの。素晴らしい!
誕生日前日というのも、すごくいい感じ。皆様のおかげです。本当にありがとうございます!!

 よくライヴハウスでアーティストとかスタッフがつけてる布製シールのようなものをMARIBARパーティー受付で配りたいと思った。
MARIBARオリジナルステッカーを作って、パーティー用のネームプレートと記念品代わりにしたい。
会社で名刺などを発注している印刷屋の場所を聞いて、休憩時間に訪ねたら「そういうのは出来ないねえ」と言われてしまう。

 印刷屋はたくさんある地域なので暑い中トボトボ歩きながら、なんでも印刷しますみたいな会社に飛び込む。
印刷会社のおじさんは、私をギョーカイ人だと思ったらしく「この間も何とかって番組のエキストラ出演者のID用ステッカーを急遽作ってね」と親切にいろいろ教えてくれる。

私は名刺とか、プリクラみたいな値段でちょちょいと作れるのかと思ったら、最低2、300枚で2万円からと言われる。がっかりして帰る。

 ならばPCプリンタで手作りか、と思って文房具屋でラベル用紙について尋ねるも「糊の強さはどれも同じよ。服に貼るのは無理ね」と言われる。
ネットで調べたら、ちゃんとそれ用のがあるじゃねえか。フン!時間も無いが頑張って作るぜ。

 お昼に出勤して、今週もイベント満載だから今日は遅くまで働くぞ、と思って16時過ぎにコンビニで買った焼きビーフンとサラダを食べる。

18時前に晩ご飯のお誘い電話。ひええ、全くお腹空いてないんですけど。もちろん断ったりはしない。

会社の人がお菓子を勧めてくれる。「いや、さっきご飯食べて、これからまたご馳走なんで」と遠慮する。
そしたら「テレビの大食いチャンピオンがね、こうして消化を良くして食べるんだって、やってたわよ」とウエスト捻り体操を教えてくれる。

 しかし体操の時間も無く急いで新宿。極上蟹づくし料理とワインを頂く。ああ幸せ。

 本当は誕生日は今日なんじゃないかと思うぐらい幸せは続く。都内某所で宮崎学さんとお話。
「原稿は書いてるのか?日記だけか」
「はい。遅筆の日記作家ってことで。全くお金になってませんが」
呆れ顔の宮崎さん。
「アクセスはどのくらいあるんだ?」
「1日150ぐらいです」
「ほう」
「人気ブログとかに比べたら全然少ないですけど、150人が私のどうということもない日常を見守っているというのはちょっと面白いです」
「皆が暖かく見守ってるんじゃないだろう」
「はい。『ブス』ってBBSに書いてくる人もいます」

そして、宮崎さんのように、日記は読まないけど見守ってくれる人もいる。
私はずーっと宮崎さんに聞いてみたいことがあった。2002年7月14日、私は宮崎さんに恋愛相談をした。
宮崎さんは「俺の想像している奴だったら、無理だな」と言った。その人物とはいったい誰だったのか?

3年の時を経て口にされたその答えに、衝撃を受ける。
その人物はどうでもいい。というか私は一度好きになった男を嫌いにはならないので、今でもその人は大好きだが、なんら拘りはないという意味で「どうでもいい」。
そんなことはどうでもいいが、やっぱり宮崎さんは凄い!

母の話。
「強いのお、桜井のお母さんは」と宮崎さん。
「暑くなったら元気がなくなるかと思ったら、まだまだぶっ飛ばしてます。宮崎さんはお母様と喧嘩しなかったんですか?」
「しない。絶対服従。怖いんだから、俺のオフクロは。ボコボコにされる」
グレートマザーの話を聞いて笑う。

 お腹いっぱい、盛り沢山な誕生日前夜祭は続く。次は『檸檬屋新宿』。
住枝さんに「21日はお客さんを奪っちゃうかもしれませんが、BBSでパーティーの告知させて頂きました。ちゃんと『檸檬屋→ 池袋ってのもあり?』って書いときましたんで」と仁義を切る。
 
 そしてパーティー営業とステッカーの相談もあって『OASIS』へ。
今日もメールや電話でいろいろ打合せがあった。
『OASIS』社長も、姉妹店でパーティー会場の『エールハウス』の担当者も鈴木さんというが、親類では無いらしい。どちらも親切。

気がつくと
「ライブハウスでよく見る、サテン生地のシールってどこで作るんですか?」
「うちはあれは使ってなくて、手にスタンプを押してるんですよ」
という会話を繰り返している私。かなり酔っていることがわかった。

しかし、初対面の『OASIS』のお客様をパーティーに誘って1名お申込ゲット。偉いな、私。
こうして誕生日を迎えた。

帰り道、NANIOさんに電話。「宮崎さんて、凄いわ!」 ヤバイ!という若者言葉がピッタリな素敵さ。
あーあ。美味しかった!面白かった!
2005年08月17日(水)

『トリコローレ』,オゴウチ家


 仕事中、結構揺れの長い地震。ビルの構造のせいか船のようにゆっくり大きく揺れている感じがした。
一人の女性が「え、なんで皆落ち着いてるんですか?避難しないんですか」と焦っている。
「窓開けた方がいいですかね?」と言ってみる。間もなく収まる。

 お昼、社長が「飯行こう」と声をかけてくれる。江戸川橋の駅まで歩いたが、お目当ての天ぷら屋はお盆休みだった。
『トリコローレ』でパスタランチをご馳走になる。美味しかった。

選挙の話。
「なんで皆小泉が好きなんですかね?」と聞くと
「マスコミの発表するデータと実際の投票行動は違うからね」と社長。
「民主党は連合と離れないと駄目だねえ」とも。

帰りに「桜井は結婚しないの?」と聞かれる。
「しますよ。いつでも。私は結婚願望は全くないですが、相手がしたければします。相手次第、どうでも望むがままです」
しかし想定する相手がいない。

 江戸川橋近くに住むオゴウチ君に電話。パーティーは町会の予定があって来られないとの事。
近くで働いていると言ったら「晩ご飯食べに来れば」と言われて、ビールを買って行く。

すっかりお姉さんのCと1歳になったMとオゴウチ夫妻の5人で野菜カレー。
恒例のファミリー写真鑑賞会。

驚いたのが日本地図パズル。何回もやってすっかり都道府県の形と位置を把握している幼稚園年長組のC。
そんなの私は小学校高学年の時に四谷大塚(中学受験のための塾)の教材で必死に覚えようとしていたような気がするが。
テストで中国地方の県を覚えるために友達が「鳥取、岡山、しーまね、広島、ズズズン山口」という歌を作ったのは中学2年の時だった。

北海道なんて、大きいもんだから4つぐらいの地域に分かれていて、私など聞いた事もない地域名を口にするC。
すごいね、今時の幼児教育は。
2005年08月16日(火)

口説かれない女,『なすび』お盆コンサート,パーティー打合せ


 本日は大学の友人で東京スカパラダイスオーケストラの元ドラマーで、亡くなった青木君の誕生日。

青木パパとお墓参りに行こうと思っていたが、仕事でかなわず。
青木パパは夜の『なすび』コンサートに来てくれるはずだったが、酷暑のお墓参りで気分が悪くなってしまったと連絡が入る。
熱中症かと心配になる。
私もお昼に外に出て、お盆で休みの多い中店を探し歩いて焼け焦げそうになったぐらいだから、お年寄りにはきつかろう。お大事に。

 私を「頑張って口説きたい」→「口説けなくなった」という男性が、8月2日の日記を読んで釈明メール。

> 沖縄の話から真理サンをくどく
> 体勢に入ったところ、「イメージわかない」とのお返事に
> 途方に暮れました。

> そんな中で(略)で深酒をしてしまいました。
> なんとそこで逆ナンにあいその時点でワタクシは真理サンを
> くどく権利を失ってしまったというのが実態です・・・

「了解です。いい話じゃないですか!」と返信。

今やどうでもいい話だが、その気が無い人をその気にさせることを「口説く」と言うのであって、「一緒に沖縄旅行に行きましょう」「行く行く!」ならば「頑張って口説いた」とは言わない。
「二人で沖縄?イメージできない」と言われたら「こんなでこんなで、こんなに楽しいんだぜ!」ぐらい言ってくれなくちゃ。

権利とか義務とかの問題じゃないし。「彼女ができたから」でよいではないの。仲良くやってくれい!

 『なすび』の千秋さんに、お盆コンサートの受付と詩の朗読を頼まれていた。
19:30開始だから18:30に会場のレストラン『三華』に行けばいいと思っていたら、18時過ぎに母から電話。
「何よ、あんた、まだ家にいるの?」
「仕事です」
「私はもう着いてるから。千秋さんがあんたは遅刻の常習犯だって言ってるわよ」
「そうですが。18時半には行きます」

と言いつつ間に合わない。高田馬場で千秋さんに電話。
「受付はお母さんにやってもらってるから」と言われる。すみませーん!

『三華』に着くと、もう何人もお客様が入っていた。ありゃりゃ。
受付には母と母の友人Kさんが座っている。良かった、母がいてくれて。

千秋さんに「詩の原稿は持ってきた?」と言われ
「いえ」
「なーんだよ、忘れちゃったの!」
「いや、用意して頂けるのかと思ってたから」
「練習してないの?」
「全く」
「だめだねえ!」
と叱られる。
「いや、あのね、実は母が連れてきたお友達は役者さんなんです。それと、母は以前朗読教室に通ってました。だから、私より二人のどちらかがやった方がいいですよ」
とこれも二人に振る。酷い無責任娘だ。

しかし「真理さんのパーティーの宣伝もしていいからね」とスピーチの時間をくれる千秋さん。
確か「5人お客さんを集めてくれたら」という条件も満たしていないのに会費も免除してくれた。かなり申し訳ない感じ。

他の人のスピーチは8月15日を、戦争を忘れないとか、『なすび』縁の人を弔うなどの内容が多い中、私は全く関係ない『MARIBAR』の宣伝。
浅い薄い話で恥ずかしい。まあいいか。『なすび』では最若手ってことで。

そしていよいよコンサート、とほぼ同時に激しい雷鳴。

アコーディオンとピアノ奏者のミヤックこと渡辺美和子さん、フラメンコギターの今田央さん、それぞれのソロと初セッション。
これに実に絶妙なタイミングで雷が入る。まるで太鼓奏者がいるかのよう。
私は窓際の席にいたのでガラス窓を叩く豪雨の音が伴奏に聞こえる。
人間の奏でる楽器の生音と自然の生み出す驚異的な音のカルテット。
なんとも8月15日祈念にふさわしい雰囲気の、目白の夜。

最後に千秋さんがある集会で聞いてきたという詩(原作はジェームス三木らしい)の朗読。結局Kさんがやることになった。

 どの国でしょうか
 世界で最も沢山の 外国人を殺したのはどこの国でしょうか
 世界で最も沢山の 爆弾を 外国に落とした国は どこのくにでしょうか
 世界で ただひとつ 外国に核爆弾を落とし 劣化砲弾を使っている国は どこでしょうか
 世界で最も多くの外国人を拉致し 奴隷にしたのは どの国でしょうか
 世界で最も多くの軍隊を外国に駐屯させているのはどの国でしょうか。

Kさんの声は優しく重く力強く響いた。私がやらないで良かった。

 終了後『太古八』に電話。もう22時を過ぎていたので「今日はお仕舞ですか?」と聞いたら「お盆だから休みだよ」。ああそうか。

激しい雨の中サエジマニアのoちゃんが『三華』に借りた傘に入って駅まで送ってもらい、池袋駅からは傘なしで帰る。
ささきもと子バッグが塗れないよう、『虹とスニーカーの頃』状態。

 パーティーの表(運営)と裏(演出)の打ち合わせいろいろ。
受付はゴーヤ君が引き受けてくれた。あと一人いてほしいが。うーむ。
司会はいらないか?とも思うが、どうなんだろう。

こうして私には「お願い!」と気軽に頼める人がいないと気づく。友達が少ないのか人望がないのか。
そんなものが無くてもお金でなんとかなるのだろうが、私にはお金もないのであった。トホホ。

でも、やる。
2005年08月15日(月)

日記,お仕事,『NHK映像ファイル・あの人に会いたい-「宇野千代」』

 パーティの衣装を買わなければ、と思いつつ他にやること満載。
まず日記。8時から16時まで。8時間で5日間分しか書けず。

 明日が納品の仕事もある。18時から翌朝8時過ぎまで。112枚。

 合間に家事、テレビ。
『NHK映像ファイル・あの人に会いたい-「宇野千代」』を見る。
そんなことやってる場合である。なんたって動く宇野千代だから。

収録当時すでに80歳を過ぎている、生きている宇野千代。

「好きな人には自分から『好き』と言うの。相手も必ず私を好きになる。百発百中よ」
「好きな男をどこまでも追い駆ける。でも、嫌がられたら、もうやめるの。それは恋愛の武士道ですよ」
「好きな男にはとことん尽くす。尽くすのが面白い。それは相手のためというより自分のためだから、真実の愛というのとは、ちょっと違うわね」
「男と女は、4、5年経つと雄雌じゃなくなるのね。そこから本当の友情になれば、夫婦として長く続くんだけれど、私はそれができない。」

素敵!百発百中なのは宇野千代だからであるが、私も頑張る。撃つ!
2005年08月14日(日)

BAR潮見,冴島奈緒/SHR@無力無善寺


 世間はお盆休みだが、私の仕事は佳境。しかし今週は遊びも忙しい。気持ちは焦る。
気持ちは急いても体はいつも通り。
今日も忙しいんだから朝から会社に行って仕事をしなくちゃ、と思いながらも更新が遅れている日記を書いてみたりして。
1日分書いたら昼になってしまい、ご飯食べて会社に着いたのは15時近く。

3時間ほど働いて、潮見へ。高校からの友人K宅恒例の『東京湾大華火祭』鑑賞会は「BAR潮見」と呼ばれている。
20時ぐらいまでしかいられないので、なるべく早く行きたかったのだが19時過ぎになってしまう。
花火は始まっていた。BAR潮見でしか会わない、懐かしい人たちとご挨拶。

 パーティーの営業。さすが同年代の男子に「冴島奈緒」と言えば「え?あの?なんで?」と皆さん興味津々。
母が書いた私の名刺の話、ささきもと子バッグの話などバーッとしゃべって、花火をチラッと見て、K夫君の実家の魚屋さんから届いた極上トロをパクパク。「では、皆様さようならー」

 高円寺へ。21時から『無力無善寺』という極狭空間で冴島奈緒さんのライブがある。
高円寺駅の改札を出て「やばい、21時過ぎてしまった」と急いで歩いていたら「あら真理さん」の声が。

奈緒さんだった。へ?もう出番なのでは。「そうなのよね、この道でいいのかしら?」余裕だ。
歩きながらパーティー出演快諾のお礼など。

「カーラーとらなくちゃ」と奈緒さん。路上でカーラー巻いている人を見るのは久し振りなような気がするが、私の記憶の中では路上でカーラー巻いているのは下町とか近所のオバチャンだ。
高円寺の街をカーラーを巻いて歩く冴島奈緒。素敵だ。まったく。何でも絵になる女。

『無力無善寺』は本当にせっまーい小屋だった。キッチュとか言ってる場合じゃない、なんとも言いようのない飾りつけ。これは「内装」ではない。
ケロッピーとかキティとかのレジャーシートが壁中に貼りめぐらされ、赤ちゃん用玩具が、低い天井から吊られている。

ジーンズに黒いビスチェに怖いメイクをした男性が「うんとー、なんだ、今日は、冴島奈緒ちゃんか、うー、きれいだ。で、俺はー、なんだ、みんな、奈緒ちゃんを待ってるんだな、うー」などと語りが続き、参る。

そして、着替えた奈緒さん登場。今まで立っていたお客さんたちは一斉に体育座り。ここのルールなのか?
私は座らなかったので視界が開けていいや。
奈緒さんはフワフワ、クネクネ、ぐいぐい動いているが、SHRのバンドの人たちは全く動かず。というか狭くて動けない。

奈緒さんのピンクの透けるワンピースはこの不思議な空間にとても合っていた。曲もかっこいい。
21日パーティーはどんな風になるのか楽しみだ。

ライヴ終了後、奈緒さんのバンドSHRメンバーにご挨拶。
パーティーはピアニストと奈緒さんが来てくれると聞いていたが、バンドのフルメンバー出演となった。
奈緒さんの心意気に感謝。これはパーティーのお客様もきっと大喜びだろう。わーい。
2005年08月13日(土)

コッポラのワイン,『MILLIBAR』


 13時過ぎから21時半まで校正のお仕事。83枚。成長したのう。

 映画監督の高橋玄さんに「コッポラのワインは興味あります?」と聞いてみる。

> コッポラのワインは飲んだことないなあ。もちろん、自分の畑で作っていることは知ってるけど。
> コッポラと付き合いあるんだ?

「いや、世田谷のワインショップオーナーと付き合いがあって(大学の先輩)。
『150人の専任スタッフを揃え(映画は約30人)1975年にワイナリーを買い取り生産を始めました。
カリフォルニアでも大変優れたワイナリーとして有名ですが、日本の輸入量は僅か。』
とのことなんで、お送りします。

遅いお中元と会社設立と新作映画撮影開始祝いってことで。」

 玄さんも都合が合えばパーティーに来てくれるそうで、楽しみ。
ゲストライブの冴島奈緒さんを紹介してくれたのは玄さんで、2002年4月20日のことだった。
なので玄さんには是非来て欲しいと思っている。

 パーティー営業に『MILLIBAR』。逆にアルバイトのG君の結婚パーティーに誘われる。

パーティーの音楽について清野さんに相談。
クレジットはされていないものの、実は清野さんが選曲に深く関わっているというCDを3枚借りて、解決。

しかし他にも映像、受付、司会、2次会など考えなきゃいけないこといろいろ。さーて。
2005年08月12日(金)

集会「証言記録がものがたる政治介入の真相−NHK問題で問われたこと」,運命の人?

         
 世間はお盆休みモードだが、私の機械カタログ校正は佳境。
朝から会社で作業を、と思うが日記を書いていると昼になる。
じゃあ夜まで働けばいい、と思うが宮崎学追っ駆け情報が入ると仕事は切り上げとなる。

 18:30から文京区民センターにて集会「証言記録がものがたる政治介入の真相−NHK問題で問われたこと」。

NHK番組改変に政治家の介入があったかなかったかという問題に絡む内部資料が流出した疑いがあるとして、自民党役員が朝日新聞に対し、会見以外の取材に応じないと決めた。
これは自民党による「問題のすり替え」である。

流出事件の発端となった月刊『現代』の記事「証言記録を入手―『政治介入』の決定的証拠」を書いた魚住昭氏による問題の背景および本質についてのお話、続いて魚住 VS 宮崎トーク。 

宮崎さんは「じゃあNHKが駄目で朝日が素晴らしいのかといえばそんなことはない。メディアに権力の監視だとか、真実の報道だとか大きな期待すること自体が間違い」。

私もそう思う。
しかし宮崎さんが帰られた後の質問コーナーでは「宮崎さんのように言ってしまえば話は終わってしまうわけで、より良いメディアのあり方について、私たち一人ひとりが考えていかなければならない」。
会場拍手。真面目な市民集会だった。

 池袋駅前で、またもやギネス君に遭遇。地下街への階段口でジュースを飲んでいる。
「ほんと、よく会うよね」と話しかけると、すぐに階段側に移動するギネス君。
「ねえ、他の女の人にもばったり会っちゃわないの?」
「会わない」
いや、会うんだろう。だからすぐに隠れるんだろう。

「なんでこんなにしょっちゅう会うのかしらね。私たち、結ばれる運命なんじゃない?」
「やだ。もう帰りなさい」
「赤い糸で繋がってるんじゃない?」
「繋がってない。帰らないなら俺が帰る」
と言って横断歩道を渡るギネス君。こう言いながらもなんだか嬉しそうに笑っている。

「田舎に帰らないの?」
「帰るよ」
「連れて行く人を探してるの?」
「そう」

池袋駅側の階段口は明るいが、閉店した三越側の階段口は暗く、人通りも少ない。立ち話。
「暑いのに頑張るよね。一回帰って、涼しい爽やかな格好にした方がいいんじゃない?」
ってスーツ姿で汗を拭くギネス君にナンパ指南する私。
「そうだね」と素直。

「21日は試合?」
「試合。フットサル」
「パーティーがあるから、フットサル仲間のイケメンを連れて遊びに来て」
「何言ってんの。パーティーって?」
「メールする。じゃあね」

と言って去りかけるが、戻って「さくらんぼバッグ」を見せる。
「前に話したことがあるんだけど、覚えてる?出来たの。かわいいでしょ?」
「かわいいね」
さくらんぼバッグほどではないが、ギネス君の笑顔もカワイイ。

 帰り道、ギネス君は絶対パーティーに来ないと思うが、来たら可笑しいなあと想像しながらメールを送る。無反応。
2005年08月11日(木)

抱茎亭日乗 / エムサク

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