『亀井堂』,映画『ヒトラー~最期の12日間』,『OASIS』,パーティー写真とDVD


 昨日に続いて『亀井堂』でランチ。今日は洋食、ハヤシライスを頂く。
肉の味がしっかりしているのは『香味屋』のハヤシライスに似ているような気がした。
『亀井堂』は会社からちょっと遠いのだが、通ってしまいそう。

 新宿武蔵野館では何回も立ち見で諦めた『ヒトラー~最後の12日間』だが、池袋シネマサンシャインはガラガラ。

期待していたのだが面白くなかった。意外性が全くなく、知らなかった史実、ヒトラーの性格も「ふーん」。
こんな人物の演説に酔い、崇拝してしまったドイツ国民と小泉大好き日本人、同じぐらい危うい。何度も溜息が出る。

 パーティー赤字の余波で、飲み歩いてる場合じゃないけど『OASIS』。お礼とご報告で一杯だけ飲む。
21日はパーティー会場『エールハウス』のあるビルの屋上で『OASIS』も昼間からビア・パーティーをやっていた。
「いやー、あの日は暑かったですねえ!」とオーナー鈴木さん。
日向にちょっと置いておいたレコードが、グニャグニャに曲がってしまったとか。

 岡田みのりさんからパーティーの写真とDVDが届く。膨大な量で驚く。感激。
お願いしたわけでもないのにここまでしてもらって、申し訳ないような気もするが、嬉しい。
あの夜の思い出と記録は大切な宝物だ。
DVD売ろうかな、ネットに上げたいな、などと夢想する。
パーティーに来られなかった皆にもあの素敵なショウを見せたいー。
2005年08月24日(水)

『亀井堂』


 パーティーのステッカーを作ろうと印刷屋を探していたときに発見したレストラン『亀井堂』のランチに行ってみる。
神楽坂の駅裏で1階がパン屋。パン好きには知られた店だと思うが、2階にレストランがオープンしたのは多分最近。

落ち着いた雰囲気の店で、洋食と中華のメニューがあり、サラダとスープがついて800円。
八宝菜、美味しかった。

 パーティーに来てくれたお客様にお礼メールやら経理やら。
2005年08月23日(火)

『MARIO』,『ベローチェ』,BBS巡回,一人反省会


 昨日のパーティーに来てくれたAさんと会社で会って、『MARIO』でお昼。
「楽しかった。凄かったですね。なんか、クリエイティブな人が多くて、自分は何もやってないから恥ずかしいような感じでした」と言われる。
「私も自分に物を作り出す才能が無いから、アーティストへの憧れが強いんです。そばで見ていたい、一緒に遊びたいんだな」
「桜井さんの誕生日なのに、皆のこといろいろ宣伝してましたね」
「日記読者のオフ会的要素もあるから、日記に登場するお店や人を紹介したかったんです。
ネット上でしか知らない人と実際会って、そこからまた何か面白いことが始まったり出会いがあればいいかなと。
組織や会社ではなくて個人で活動している人、お店をやっている人を応援したい、という気持ちもあるんです」なんて話。

興行的には赤字、と言ったら「え?!そんな風には全然見えなかったけど」。
良かった。金集めのパーティーじゃないんだから、お客様に楽しんで頂けたなら「成功」としたい。

 『ベローチェ』で食後のお茶。『ベローチェ』はタバコの煙が凄くて嫌いだったのだが、いつの間にか1階が禁煙になっている。素晴らしい。

 パーティー告知をしたBBS、ナインアンダーと冴島奈緒/SHRのBBSにもお礼のメッセージ。関係各位にメール。
カメラマン岡田みのりさんは写真とDVD撮影をしてくれ、明日にも届けてくれるという。感激の至り。

 昨年9月に『なすび』で1日限定『リアルMARIBAR』を開店し、一日ママをやってみて、お店をやるのは、そして何年も続けるのは本当に大変なことだと思った。尊敬する。

今回のパーティーも素敵な真夏の夜の夢だったが、反省点いろいろ。一番は動員を読み間違えた。
やると決めたのが8月に入ってからだし、直前がお盆休みで営業活動もストップ、夏休みの日曜日は皆さんイベント満載で「行きたいけど無理」な人が多かった。

ナインアンダーとSHRは最高だった。私は絶頂だったが、お客様も楽しんでもらえたと思う。

会場の『エールハウス』も良かった。いろいろ相談にのってくれたし、親切だった。
私は全く手をつけていないので料理がどうだったのかは気になるところ。チェックするべきだった。
量的には足りないことはなかったと思うが、受付の二人のテーブルにお皿が全然なかったと、今日になって気づく。
ああ失敗。二人は遠慮してたんじゃないかなあ。

受付のささきもと子さんは皆に紹介したのに、ゴーヤ君を紹介しなかったのもいかんかった。
「6月の彼のお誕生日にディナーをご馳走したので、それを恩に着せて今回無理矢理受付を割り当てました。ゴーヤ君です。漫画書いてます。いつもどうもありがとう!!」
と今更この場で。

進行と司会とホステスは一人で何とかやってしまったが、やっぱりおもてなしが足りなかったような気もする。
一人で来てくれた人もいろんな人とお話できるように、私を知らない人とも出会い、親睦できるように、もっと動かなくちゃいけなかった。

そして芳名帳にナインアンダーとSHRのサインをもらわなかった!これ大失敗。くぅー。

こんなとこかな?お気づきの点などありましたらお知らせ頂きたく。
「楽しかった!」「良かった」という声・メールも沢山頂きました。ありがとうございます。

自分が主役のパーティーが楽しいのは当たり前、次はもっとお客様本位のパーティーを、興行的にも成功させたい。
これも"39"の課題だ。
2005年08月22日(月)

『駒沢美粧』,『天鴻餃子房』,『表現者』第2号トークイベント,MARIBAR "39" PARTY!

 朝10時に予約した『駒沢美粧』に30分以上遅刻。
連絡が伝わっておらず、他の予約もあるので時間が限られる、と言われる。
しかし、そこは斉藤さん、素敵なパーティー仕様のヘアメイクに仕上げてくれる。

フェティシズムの話、パーティーの話、ギネス君の話。
斉藤さんは「飲みに行って、ギネスビールを見る度思い出しちゃうんですよ」。私もだ。
「でも、ギネス君は日記のこと知らないんですよね」
「知らないと思う」
「いやじゃないですか、自分のプライベートがそんなところで公開されてるなんて」
「でもギネス君としか書いてないし、悪意はないですから。私の愛情表現です」
「まあねえ。でもいやだろうなあ」
「しょうがない。それはしょうがないです」

ギネス君が私、或いは書くことに興味がないから日記の話にならなかったのであって、別に隠していたわけではない。
私に「日記を書くな」というのはギネス君に「ナンパはやめて」とか愛煙家に「禁煙しろ」というようなもので、無理な話。

私だって、誰だって、知らないところで噂され、笑われ、バカにされ、或いは褒められ、慕われ、愛されている。
嫌だと言ってもしょうがない。

 駒沢大学駅から神保町に向かう半蔵門線の中で宮崎学著『万年東一』を読んで、泣きそうになる。
いかん、メイクが崩れる。必死で涙をこらえる。

 パーティーの前に餃子はどうかと思ったが、なんだか美味しそうなので『天鴻餃子房』。
黒豚餃子6個はかなり大きくて皮も厚めで、お腹いっぱい。ニンニクは臭いの残らないものを使っているらしい。美味しかった。

 母から電話。受付どころかパーティーに来ることさえ大変そう。他にも「行けません」とメールあり。動員がかなり心配。

 『三省堂書店 神田本店』にて雑誌『表現者』第2号発売記念のトークイベント。満員。
宮崎学さん、『国家の罠』著者佐藤優さん、大窪一志さんのお話を聞く。

やはりビールに餃子のお昼は拙かった。眠い。
「小泉は15日に靖国に行くべきだった」と言う佐藤さん。
「そんなことはどうでもいい。神がいるならつれて来い」と宮崎さん。
ちゃんと聞いていたのはそこまで。大窪さんの話は寝てしまった。

それより気になるのは宮台真司さんと結婚した女性の存在。観察してしまう。かわいい。応対もいい感じ。なーるほど。

それよりもっと気になる「神保町→池袋拉致作戦」。
休憩時間に電脳キツネ目組の人たちに「パーティー来てくれますよね」と声をかけるも皆さん「うーん…」「檸檬屋に行こうかと思って」。
そうよね、宮崎さんがいるんだから、私だって行きたい。くぅー。

 トークイベントは14時から18時まで。パーティーは18時半から。私は休憩時間の終わりで失礼する。
荷物を取りに家に帰る。18日誕生日にパーティー衣装として買ったワイン色のドレスに着替えようと思ったが、暑い。暑過ぎる。
『VICTOR & ROLF』の白いリボンシャツのままで行くことにする。確かこの服は奈緒さんのホームパーティーでも着たのだが、やむを得ない。

 汗だくでパーティー会場の『エールハウス』に着く。しかし斉藤さんのメイクは強い照明の下歌って踊るコンサートにも崩れないアーティスト仕様でもある。良かった、斉藤さんにお願いして。

『エールハウス』の前にはカメラマン岡田みのりさんがいて、看板の前で写真を撮ってくれる。

ゲストライヴの『ナインアンダー』と『冴島奈緒/SHR』の皆さん、受付のゴーヤ君、ささきもと子さん到着。準備いろいろ。
私は進行と司会とホステスを一人でやる。

19時過ぎ、ゲストライブ第1弾は『ナインアンダー』。
「誕生日おめでとう」の歌を歌ってくれたり、『ワンマン犬』を一緒に歌った(叫んだ?)り、ああ嬉しい。楽しい。幸せだ。
私だけ楽しんでるような気がするが、いいのだろうか。

2002年夏から2003年夏に働いていた豊洲の会社で一緒だったマグナさんに聞いてほしかった『ラブマグナムラブ』。
すごく気に入ってもらえたようで、良かった。

そして私が夢想した『愛のムチ』での冴島奈緒 VS ジャブロ!! 奈緒さんは打合せ当初

> 大人っぽいショウを考えているため、ドレスも動きにくいものなので、
> そうしたパフォーマンスに耐えられるか?と言う感じなのです。
> なので、一応、鞭は持って行きますが(笑)、ほんのポーズ程度になると思います。

とのことだった。

「はい。無理は申しません。ちらっとで、もう一瞬で構いません。
『夢想した絵』ですから。」

と無理を言う私。ところがぶっつけ本番では大サービス!
奈緒さんに鞭打たれ、松本さんに蹴っ飛ばされ悶絶しながらギターを弾き続けるジャブロ君。
ああ素敵、興奮する!私はこれを見たさにパーティーを開いたといっても過言ではない。

今回のパーティーのテーマは誕生日でもあるのだが、日記のアクセス111111ゾロメ記念でもある。
資金と時間があったら日記に登場するお店とかアーティストや友人のコメントなど集めた映像を作って流す、なんてことも夢見ていたのだが、叶わず。

というわけで、パーティーに来てくれた、日記でおなじみの人たちのお店や活動をご紹介。
池袋の飲み屋『おまた』さん、ストリングス・イラストレーションのささきもと子さん、
建築家のくろちゃん、役者の豊田誠治君、ししろう夫妻、『OASIS』『エールハウス』社長の鈴木さん、コスプレカメラマンの岡田みのりさん……。

20時過ぎ、セクシーで強くて優しくて可愛い、男らしくて女らしい冴島奈緒さんと、SHRの素敵なショウタイム。
奈緒さんのドレスは人魚のようで、しなやかな腰の動きに目が釘付けになる。

「この曲を真理さんに」ってもう、なんて贅沢な誕生日プレゼントだろう。
大好きなアーティストが私のためにといってパフォーマンスを演じ、それを一緒に楽しんでくれる人がいる。幸せだ。死んでもいいぐらい。

SHRを見に、私を知らない人も何人かいらしていたのだが、楽しんで頂けただろうか。
私のおもてなしが足りなかったような気もするが、SHRのショウはきっと良かったはず。

パーティー運営の反省点はいろいろだが、それは明日考えることにして、今日は夢の世界を生きる。
一緒に夢を叶えてくれたゲストの皆様、ナインアンダー、冴島奈緒/SHR、『エールハウス』と受付のスタッフの方々、読者の皆様、ありがとうございました!感謝の極みでございます。

 真夏の夜の夢、パーティーはお開き。会計も私のお仕事。現実の世界も強く生きていかねばならぬ。
ドタキャンの嵐には泣いたが、そんなことは興行の世界にいた者としては織り込んでおくべきだ。私の読みが甘かった。

 まあ、それも明日以降分析するとして、さあ2次会へ。
『新世紀や』には2次会から来てくれた人もいて、14名でパーティーの話、昼間のトークイベントの話、他いろいろ。
24時近くまで、だったと思う。お付き合い頂いた皆様、ありがとうございました。お疲れ様でした。

 さーて、222222のゾロメは何をやろうかな。それよりもっと早く日記を更新しろって?はいー、頑張りますぅ。

そして、奈緒さんにステージから「恋はしていますか?いい男はできた?」と問いかけられて口ごもっている場合ではない。
そっち方面も頑張ろうっと。
2005年08月21日(日)

母軍団 VS 塗装工H,映画『17歳の風景 少年は何を見たのか』公開記念トークイベント


 早朝、母は体操に行く。
前回もそうだったが、前々回2階の私のベッドで寝たらダニに刺されたので、母の部屋で布団を並べて寝た。
その方が安心なのだろうが、早く起こされるので困る。

朝ご飯を食べて風呂に入っている間にT叔父が来て、鳩ヶ谷のK叔父は自転車で登場。
塗装工Hの留守電メッセージを聞いてもらう。
母と5月21日に喧嘩して以来のT叔父に経緯を説明したり、塗装工Hの仕事を見せたり、テープレコーダの準備など。

私は二人の叔父が来たらバトンタッチで仕事に行こうと思っていたのだが、そうもいかなくなる。
K叔父に母と一緒に住めとか、暫く泊まり込めとか言われて困惑。

段取りを何度も確認。相手は70歳過ぎだが職業柄2階から侵入することなど容易だから、家中の施錠チェック。
K叔父は3回泥棒に入られたことで、防犯及び防犯グッズの知識がかなり蓄積されたらしい。あれこれ指導される。
「うん、はい」と言いながらほとんど放心状態の母。私たち3人が話していると眠ったりしている。

11時半前に出前蕎麦を注文。T叔父は「終わってからでいいよ」と言ったが「腹が減っては戦はできぬ、でしょう」と私。
すぐ近くの店なのになかなか届かない。私はイライラして「もう一回電話してよ」と何度も言う。嫌がる母。

やっと蕎麦が届き、ゴワゴワに固まった蕎麦をすすり始めたら塗装工Hの車が来る。
13時と言っていたのに、まだ12時過ぎたところ。

庭の窓から入って来ようとする。玄関に回れと言ってインターホン越しに
「まだ12時だし、もう話すことは無いから帰って下さい」
と母と私が交互に言う。「帰らねえよ。警察でもなんでも呼びやがれ」と塗装工H。K叔父が新座警察に電話。

警察を待つ間に、残ったのび切った蕎麦を食べる。
塗装工Hは庭を歩き回って誰かに電話したり庭の窓越しに「奥さんよぉ」などと声をかけてくる。
「出てって下さい。外に出て下さい」と私。
「やだよ。警察呼べよ」
「今すぐ敷地から出て下さい。出てって!入ってこないで!」
と何度も叫ぶと母が
「もう止めなさい」。
って証拠集めの一つだから騒いだ方がいいと思ったのだが。

30分経っても新座警察が来ない。110番にT叔父が電話。同時にパトカーが来る。出て行くK叔父。

テープレコーダーを準備して、玄関で警察官の一人に母が事情説明。領収書など見せる。
警察が玄関を出て、外にいるHに話しに行く。K叔父ともう一人の警察官と4人で話している様子を窓越しに窺う。

近所の人が出てくる。「あんなところで話されたら、まる聞こえだわ」と母。
「いいんだよ、近所の人にも知ってもらった方が」と私。

「納得がいかねえ」などと言っていたHだが、警察官に叱られたりなだめられて、二度と来ないし電話もしない、と約束して帰る。

13時半、一件落着。汗だくの新座警察署日向さんは、ちゃんと仕事をしてくれたと思う。
外でHに張り付いていた交番勤務の警察官も、この暑い中、ご苦労であった。
しかし電話してから到着まで30分もかかるとは。
「どこどこで裸の男が歩いてるとか、どこどこで万引きとか、重なっちゃったんで」とのこと。

先日Hは母の車を運転して近所の家のブロック塀と車を壊している。
保険が効くので損害はないが、今となってはそれも、わざとじゃないかと思う。母は否定しているが。
一箇所塗り残しがあるのも、わざとだ。
「仕事はよくやってくれた」と言う母に「まだ言ってるよ!」と叔父二人。

「だいたい知らない人に頼むかね」とT叔父。T叔父は飲み屋でも知らない人とは話さないらしい。
まあ私も知らない男にナンパされてついていくので、その点では母を責められない。
しかし私は「私は人を見る目がある!絶対間違いない!」などとは思わない。

母には「今までこんなことは無かったんでしょ?こんなトラブルは初めてなんでしょ。それはお母さんがしっかりしているからでも人格が素晴らしいからでもなく、たまたま運が良かっただけ」と言っておく。
今度のことだって、別に母が悪いことをしたわけではない。落ち込む必要はない。愚かさを思い知れば良いのでは。

実家を出て駅に向かう途中、Hらしき人物が運転する小さなトラックとすれ違って、慌てて母に電話。
多分見間違いだが、私もビビッているのかも。母はもっと怖いだろう。大丈夫か?

 一度家に帰って会社で2時間ほど仕事。予定が大幅に狂ったが、なんとかする。

 映画『17歳の風景 少年は何を見たのか』の公開記念トークイベントに宮崎学さんが出るというので『ポレポレ東中野』。

宮崎さんに、母対塗装工の件でお礼。「もう大丈夫です」と報告。全く煩わしい事で大変申し訳ない。

トークは監督若松孝二さんと宮崎さん。宮崎さんが
「大都市郊外の新興住宅に干してあるパンティーはセクシー、下町の物干しに吊られているパンティーはセクシーではない、と言っている人がいた」
と、何度も「パンティー」と言うのが可笑しかった。
最近あまり聞かない言葉「パンティー」。宮崎さんの口から出る単語としてもかなりレアな印象。

映画は、激しくつまらなかった。
口呼吸でひたすら自転車をこぐ主人公はほとんどしゃべらない。
代わりに交わされる周りの人の会話に全くリアリティがない。
音楽が「2000年の17歳」ではない。この音楽では自転車をこぎ続けることはできないだろう。
映画を見続けるのもつらい。
彼の部屋も小学生みたい。本当にこうだったのか?

宮崎さんは「自分たちの17歳と今の17歳とは違い過ぎる。共感なんてできない」と言っていた。
監督も共感できるとは思っていないのだろうが「17歳」だと思って見ているものが全く「17歳」ではないような気がした。

 『檸檬屋新宿』常連の人から、急用ができて行けなくなったのでトークの内容を教えてほしいとメールあり。

「21日パーティーに来て下さいますならば!」

と返信。

> うーん、それは何とも。難問ですよ。考えます。

ですと。トークショウには触れず

「私はあの映画全く駄目!(略)退屈で参りました」

と返す。

 母はパーティーの受付どころではないので、急遽ささきもと子さんに「ヘルプ!」コール。
もと子さんはバッグデザイナーとして皆に紹介したかったのでスタッフをお願いするのは申し訳ないと思ったが、「お母さん、大変だね」と心配して、手伝ってくれることになる。
ううう、ありがとうございます。
2005年08月20日(土)

第17回池袋演劇祭前夜祭,『隠れ野』,新座泊


 早朝起きて『太古八』にお礼状やらメールやら日記やら。

 14:00出勤。22日納品の仕事があるというのに今日は少ししか働いていないが、明日頑張れば何とかなるだろう。

 豊島区民センターにて18:00から始まっている第17回池袋演劇祭前夜祭。
参加劇団による「予告編・CM大会」に19時ごろ着いて、後半を見る。
私と母は演劇祭の審査員。終了後多分『としまテレビ』のインタヴューを受ける。
学園祭のような雰囲気にちょっと不安を感じつつ「華麗でゴージャスな舞台を期待してます」とコメント。

20時からの懇親会では演劇人と交流して、21日のパーティーに誘おうと思っていたのだが、それどころではない。
ぎゅうぎゅうの会場、ワインは食品売り場の試飲会みたいなちっちゃなカップに注がれ、あちこちで人に当たって零れる。
料理に期待などしていないが、予想により遥かに酷い。
「出ようか」と母が言って、誰とも全く懇親せずに会場を後にする。

 母は塗装工H氏問題ですっかり意気消沈。「今日あんたのところに泊めてくれない?」と言う。
「困るよ。明日も仕事だし、パーティーの準備とかいろいろやらなきゃいけないことがあるから」

 母が「絶対に許さない」と言っていたT叔父から

> トラブルがあったようだね。電話下さい。

とメール。電話をしてT叔父のところに泊まれるか聞いてみる。
「いいけどさ、喧嘩してるし頼まれてもいないのに、なんだよな」。
そりゃそうだ。

 『隠れ野』でビール。母は全く食欲が無いらしく、私一人食べる。
塗装工H氏問題の経緯を聞く。工事が終わって支払も全て済んでいるのに、30万円立替があるとか言っているらしい。
夜中に訪ねて来たり、人を連れて来て話すとか言われて怖くなった母。
「なんだよ、『絶対大丈夫!』とか言ってて、全然駄目じゃん」
「そうね」
「浮かれ過ぎだよ。みんな『気をつけろ』って言ってたじゃん」
「親しくし過ぎたわね」

母はK叔父に警察に連絡しろと言われたのだが、抵抗があるらしい。警察は民事不介入と言うだろう。
T叔父も警察か弁護士、或いは週明けに消費者センターに相談しろと言う。
「でも、Hさんは『警察なんか恐くない』っていつも言ってるし」と母。

超多忙なのはわかっているが、宮崎学さんに「警察に頼らない方がいいでしょうか?」と相談。アドバイスを頂く。
宮崎さんに相談しておいて、私は母を一人で帰すわけにはいかない。今日は私が新座に泊まりに行くことにする。

T叔父は近くに住んでいるんだし、心配してるんだからこれをきっかけに仲直りしなさい、と母に言う。嫌がる母。

「あんたとTと一緒になってYさん(母の夫、私の父親)の悪口を言うのが許せない」
「悪口じゃなくて、真実ですから。私はT叔父さんは謝る必要ないと思う。むしろお母さんが謝るべき。お母さんは威張り過ぎだよ」
「そんなことない。Tは私に甘えている」
「甘えているのはお母さんだよ!T叔父さんには文句と命令ばっかり。酷いよ」
「Tは人の事馬鹿にして自分は偉いと思ってる」
「あのねえ!それ、お母さんだよ!あなたの事ですから!全然自分がわかってないじゃん!」
「そうかしら…」と首をひねる母。
「今回相談に行ったKさんのことだって『人間として冷たい』とか非難してたじゃない。そんなこと言っといてよくも助けを求めに行けるね。でも心配して親切にしてくれてるじゃない。家族だからでしょう」
「家族だから言うのよ」
「家族じゃなくても『あの馬鹿!』とか『あの人はこう、私は間違ってない!』て言ってるじゃない」
「本人には言わないわよ」
「人はそれを聞いてどう思うと思う?『ああ、この人は自分の事も他でこんな風に言ってるんだろうな』って思うんだよ」
「そうね」
「人のことをいう時は『自分はどうなんだ』って考えるべきだよ。私だってお母さんの醜い面を自分も受け継いでると思う。
お母さんは私を『冷たい』『潤いがない』って言うけど、人は自分の鏡って言うでしょ。お母さんにもそういうところがあるから、私を見てそう感じるんだよ」
「そうね」

どっかり落ち込んでいる母に可哀想だが、言わせてもらう。多分母はこの会話を忘れるであろう。
再び元気になった時は「私はそんなこと言わない!」となるに違いない。

 新座の実家に着く。待ち伏せはされていなかったが、留守電が9件。塗装工H氏のメッセージが4件。
「体の調子が悪いって人が遅くまで遊んで歩ってんじゃねえか。切れちゃうぜ、ホントに」とか
「居留守を使うのかよ。明日お前さんにもらったものを…近所中にでっかい声で怒鳴る。俺にそうさせるのは、お前だ」とか。

これは脅迫電話じゃないか。私が110番。「今から行きますか?」と言われるが「とりあえず今は大丈夫です」。

新座警察から電話。母が出る。「『殺す』って言われたんですか?」とか「今殺されそうなんですか?」などと言われて「いえ、そういうことはないです」と答える母。
「お金のトラブルなら話し合って解決して下さい」というようなことを言われて引き下がる母。

宮崎さんから電話。
「話し合いの最中に殺されたらどうすんだ?」
「…そうですね。警察に立ち会ってもらった方がいいですか?立ち会ってくれるんですかね」
「立ち会わせなさい。んなもな働かせな」
「そうですね」

母はもう恐怖でパニック。私が新座警察に電話。
「明日13時にHが恐い人を連れて来るって言ってるんで、来て下さい」
「話し合ったらいいじゃないですか」
「話し合いたくないんです」
「お金の話なんでしょ」
「いや、お金の話じゃなくて脅されてるって話です。命の問題。人と一緒に来るって言ってるし、暴力団かもしれない。武器も持ってるかもしれないんで、恐いんで、来て下さい」
「話し合いはしたくないって、連絡されたらどうですか?」
「できません。連絡したくないんです。脅されてるんですから」
「来て、話し合って、それで警察官はどうするんですか?」
「話し合いたくないんです。暴力を振るわれるかもしれないんだから。違法行為があったらすぐ逮捕してください」
「違法行為があればね。で、なければどうするの?」
「どうするかは警察の仕事として判断して下さい。殺されるかもしれないんです。市民の命を守って下さい。」
「『殺す』って言われたんですか?」
「今は言ってません。それから呼んだんじゃ遅いでしょ」
「行って、待ってるんですか?」
「とにかく、相手が来たら連絡しますから、すぐに来て下さい!」
「はい」
この警察官、佐々木と名乗った。やる気なし。

疲れ果てた母は寝る。私はテレビを見て、3時ごろ寝る。
2005年08月19日(金)

誕生日,『岡本慎一郎・松本小銀杏 二人展』,『movida』,『MILLIBAR』,『太古八』,母 VS 塗装工Hさん?


 誕生日でいろいろな人からお祝いメール。パーティー告知をした、よそのBBSでもお祝いメッセージを頂く。
皆様ありがとうございます!
「39歳、サンキュー from サク(子供の頃の呼び名)!」がパーティーの、そしてこの歳のテーマであります。

パーティー申込とか行けないとかキャンセルの連絡も多数頂く。演出面の打合せもいろいろ。
日程が迫り、どうも動員に不安を感じる。
2001年、2004年の単なる飲み会的パーティーでも30人を越えるお客様がいらした。
今回は強力ゲストライヴもあるし、反応はかなりいい感じだが、もっと予約があってほしい。営業を強化せねば。

そして『ご近所さん』たちにもご案内メールを送ってみるが、無反応。まあ、あんな切り方をしたのだから当然か。

 クライアントからはどっさりゲラのプレゼント。有難い事だ。

 7月21日木村タカヒロさんの『キムスネイク展』に来ていた松本小銀杏さんの二人展、本日が最終日で渋谷並木橋近くのギャラリー『it's』に行く。

『it's』には沢山人がいて、ワインなど飲んで、ホームパーティーのような雰囲気だった。
小銀杏さんにイラストや雑貨などの解説してもらいながら作品を見る。

パーティーの話。小銀杏さんは服やバッグも作っているので、まだ買っていないパーティー衣装について相談。

 この夏バーゲンに行けなかった『movida』を覗いてみたら、フロアの隅で細々売れ残りセールをやっていた。
いかにも最後まで売れなさそうなものばかりだが、『VICTOR & ROLF』のボルドーのシルクのワンピース、素敵じゃない。

着てみた。肩が出て、ちょっと透けてて、セクシー。
「パーティーには色が地味じゃない?」と店員に聞いたら、
「全然地味じゃないです!」
と笑われ、21時で閉店音楽が流れる中お会計。半額だし、これは良い買い物だった。

 昨日までお盆休みだった『MILLIBAR』。
「今日お誕生日なんです。一杯ご馳走してくれー」とおねだり。
1杯飲んで帰ろうとしたら「あれ、もう帰っちゃうの?1杯プレゼントしようと思ったのに」と清野さん。
「いや、パーティーの営業しなくちゃ。ありがとうございます」

 22時、渋谷駅から『なすび』に電話。「もうお仕舞だよ」と言われる。あらま。ではパーティー営業は終わり。

だが、誕生日なのにこれで終わりは無いぜ。
『太古八』に電話。こちらも遅いかな、と思ったが女将さんが「いいわよ、いらっしゃい」と言ってくれる。

『太古八』の扉の前で『なすび』千秋さんに電話。
「これから『太古八』に行きます。ご報告まで」
「なんだい。じゃあ『なすび』においでよ」
「いや、『太古八』ももう終わりのところ、来てもいいって言ってくれたから」

親方の羽賀さんはTシャツ姿になっていた。

少しすると、千秋さんがシシャモを持って、『なすび』の常連さんと一緒に来た。急に賑やかになる。
「真理さん、お誕生日なんだって」と女将さんが言ったら
「え?21日じゃないの?」と千秋さん。

極上肴を頂きながら、15日の「『なすび』お盆コンサート」の話、日記の話、肝臓を壊して『なすび』を控えていた羽賀さんが復活デビューした話、私の母の話他いろいろ。

そのうち千秋さんが隣の『なすび』常連氏と喧嘩を始める。
「だからあんたは嫌われるんだ!」と声を荒げる千秋さん。
美味しく楽しい誕生日に、その嫌われ者と隣の席で飲まなきゃならない、人生の不思議。39歳もそんな年になりそうだ。

「おめでとう自分」の飲み代は当然払うつもりでいたら、皆にご馳走になってしまった。あらら。
確か前回もご馳走になったような気がする。
そう、「太古八絵本」プロジェクト、これを進めなければ。重要課題だ。

 そんなこんなの誕生日だったのだが、一方で新たな火種が起こりつつあるような。

今日18時半頃、母から電話があった。誕生日だから晩ご飯でも、と言ってくれるのかと思ったら
「今日は仕事?Kさんのところに来られる?」
「今から?Kさんのところって、日光?鳩ヶ谷?」
「鳩ヶ谷」
「何のために?」
「塗装工Hさんのことで相談に来てるんだけど」
「どうしたの?」
「まあいいわ。今日は無理ね」
誕生日に鳩ヶ谷の親戚の家に塗装工の話をしに行くわけない!と思いつつ、ちょっと心配になる。
何かトラブル?まさか結婚するとか?確か塗装工Hさんには病気の妻がいたはず。

20時前、塗装工Hさんから私のケータイに「お母さんに、Hに電話するように伝えて下さい」とメッセージ。
母に電話。「どういうこと?」「明日話すわ」

母はHさんを全面的に信用し「私の目に狂いは無い!」と言っていた。私も会って話を聞いて信用した。
母は外壁から始まって、2部屋の内壁と床2箇所、ブロック塀、靴棚とどんどん発注していった。
私はHさんの紹介でカラオケスナックで見合いをした。その時から私は違和感を感じていた。
母は「素晴らしい!」と言ったが、私は屋根と壁の間の色も、ベランダの色も「良くない」と言った。
しかし母の家だし母のお金だから好きにすれば、と思った。
そして案の定トラブルになったのか?

まったく、盛り沢山な誕生日だね。
2005年08月18日(木)

抱茎亭日乗 / エムサク

My追加