ぼんのう
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今、この日記、韓国・ソウルのPCパンで書いている。 現地の居酒屋で、韓国人達と言語的なコミュニケーションはとれないのに、酔っ払い特有の電波で意気投合し、カラオケではなく、PCパンに流れてこの状況に…。 というか、一泊二日の強行軍において、我輩は何をしているんだ?
しかし速いね、韓国のネットは。 もうさっきからスタークラフトの通信対戦をやっているけど、我輩、見事なまでに鴨と化している。 悔しいから
HIDEYOSHI
としたら、たこ殴りにされてしもうた。 日韓関係に微妙な影を落としております。 というか、
落とすな!
んで、仕事がパッツンパッツン状態だというのに、何でソウル(一泊二日)にいるのかと言えば、単に
逃避。
全日本の馬場を見つめる視線で、我輩を見てくれたっていいじゃないか! いや、本当はマイレージがたまって、使用締め切りが迫っていたので、急いで使ったというもの・・・だが、相変わらず強引な行動力だよな・・・。
あともう一つ…コミケの原稿のネタ探し。 「トゥルー」最後のリベンジということで、今日龍山とかテクノマートに行ってきた・・・が・・・
なし
でも、「トイロボフォース」はあったぞ!
・・・来週月曜日、体もつかな・・・
| 2001年12月07日(金) |
7年前の今日だった… |
田中外相の発言で、自民党の一部から 不敬 と叫び、更迭を求めたそうな? 政治力のない卑怯な人間が最後に頼る砦は、 作られた絶対的権威への狂信らしい。 しかしまさか21世紀に入って、 不敬という言葉を聞くとは思わなかった。 果たしてそう事を言う人間が、歴代の天皇の名前を 暗誦できるものであろうか?知識を持ってから アナクロな発言を言うべきだと思う。 え? 我輩のことを 非国民 と言いたいって? だって、我輩は日系アメリカ人だよ? 一度も自分を日本人だと思ったことはない、残念な・が・ら。
任天堂ゲームソフト「ピクミン」のシングルCD、早速買った。 人気高いね、これ。 歌詞を聴いてその理由がよくわかったよ。 ピクミン=日本人 だからこの上ない同情を感じるんだろうね?
運ぶ =混雑電車に運ばれて 戦う =会社で、名目だけのポストの為に戦い 増える =家族を持ち、ローンで家を建てて少ない小遣いでやりくり 飛ばされる=左遷 集まって =憂さを晴らす為に、集団酔っ払いと化して騒ぐ 食べられる=最後にリストラされる
フランス人なら暴動しているな
しかし悲しいね。 『愛してくれるとは言わないよ』 片思いを精神的体質として日本人は、戦争中も戦後も、そして21世紀になっても変わらないというのであろうか? 作られた権威への幻想に対して、悲しいまでの片思い… 自分ということを持つことを放棄して、『従い尽くします』…
我輩の言っていることは酷か? 酷…だろうな…。
掃除して出てきた昔の日記を開いていたら、大学卒業後に入った電機メーカーに対し、辞表を提出した日が、7年前のちょうど今日だったことを知った。
あれから色々あった。 辛くない時は一瞬たりともなかったが、しかし幸せである。 7年前、会社を辞めた瞬間、日本人であることを辞め、ピクミンである事も辞めたのかもしれない。 あの時の上司が
「(会社を辞めたら)生きられなくなるぞ!」
と真顔で言っていたのを思い出す。 明日の保証がないとでも言いたかったのだろうか? それでも結構…一部の経営者の責任で明日がなくなるより、自分の責任で明日がなくなった方がずっと良い。 明日、お飯を食うに困っても、自分の人生を生きられるならば、我輩はそれを至上の誇りとしよう。 魂は、大海を漂う肉体の船長。 人生という航路は存在せず、ただ天上の月と星を見て、ひたすら進むのみ。
ユダヤ格言の中に、確かこんなのがあった…
真実に至る道 それはもしかしたら自分は間違っているのかもしれない と常に思うことである。
いや、何…ゲーム業界(特に企画やシナリオライターにおいて)でこの格言が光を放つのは何時になるのか…それを思ってのこと。 端くれではあるが、長くゲーム業界にいると様々な人間と出会うが、次第に傾向を知るようになってくる。 特に一番多いのは、自分の持ってくる企画やシナリオで…
「今回の企画、最高っすよ!」 「完成したシナリオ、自信ありますよ!」 「最高傑作!このゲーム、売れますよ!」
すみません。 我輩にも、出所不明のその自信、分けてくれる?
仕事上、我輩は大小様々な企画を考えてお飯をいただいているが、一度足りともこの種の自信を持ったことがない。 というか、持つこと自体不可能だ。 先にあげた企画やシナリオライターの言葉は
自分にとっては最高
であり、決して
ユーザにとっては最高とは考えていない
ことから出た言葉であることに、彼らは気がついていない。
マーケティングの知識が必要なのか? 市場に敏感な間隔が求められているのか? 膨大な情報収集能力と整理能力が才能に求められているのか?
否。 ただ一つ。
共感できる心を持てるか
それだけが必要だ。
我輩はまだまだ、この心の持ち方に至らないところがある。
そして同時に、膨大な制作費で作られたゲームに、我輩が少しも心惹かれない原因は、ここにあるのかもしれない。これらのゲームを制作した人間に、この根本の心根を持っているとは到底考えられないし、感じられない。 偶然巨額な資金を元に、“自分にとっては最高”なゲームしか作っていないからである。
滅び行くか、ゲーム業界?
自宅のビデオを整理していたら、1999年に録画したドラマ「幽婚」(原作:市川森一、主演:役所 広司、寺島しのぶ他)が出てきた。 何か色々賞を貰ったドラマらしいが、我輩自身なんでこのドラマをビデオに収録したのか、理由は覚えていない。 アジア一帯には、結婚しないで死んだ息子や娘を持つ家族同士が、死後の世界で結婚をさせてあげるという儀式があるが、このドラマもおそらくその風習をベースに作られたものであろう。お隣韓国でも、儒教色の強い地域でこの風習は残っているらしいが、日本ではどうなのかは…ちょっとわからない。まあ、似たような風習を持つ村落くらいはあるかもしれないな。 それが理由かもしれない。
再生してみる。 : : : : : ありがちな設定だな いやまあ、エンディングも予想した通りだよ、うん。 泣かし処も適切であり、現代では珍しく丁寧に作られたドラマで、観て損はしない…というのが正直な感想。沢山の賞を受けるというのも頷けるな。
しかし幽婚という思想は、現世と来世の境界があいまいな宗教観が生み出した風習であるなあ。厳然とした断絶を教義においた宗教世界では、まず考えられない。 (スウェエデンボルイの新エルサレム教会派なら、まだ理解される余地はあるかもしれないが…。) また来世そのものを否定し、巨大な渦(仏教では輪廻とも言うが)の繰り返しとして考えるヒンズー教でも考えられない思想かもしれない。 前述した儒教世界では、子孫を残すという思想の拡大解釈があったかもしれないが、韓国における幽婚の風習も、考えてみれば境界をあいまいにするシャーマニズム思想が根底にあって、はじめて成立したものであるとも考えられる。 じゃ、日本は? 国家統制された神道では否定されたが、昔からの土着的信仰を有する地域ならば、あるいは…?何か急に調べたくなってきたな。何時になるか判らないが、今度民俗資料館に行って、訊いてくるとしよう。
色々掃除してたら、以前ダビングした映画「夜叉ヶ池」が逆になくなっている。 おおなんてこったい! 眼鏡むしゅめのえろいビデオも無くなっている!
…公の日記に書く内容ではなかったな…。
以前、iPAQへの親ばか振りを日記に書いたが、あれから衰えることなく、益々親バカ振りが蔓延しつつある…3つめの専用ケースをこないだ買ってくるし…全く、金貯まらないはずだわ…。
しかも当初の目的から大きく外れて、 わっふる専用機になっていない! 本当に何が起こった? 煩悩しおれるほど、年老いたのか? 亜鉛が足りないのか? 赤ひげ先生のところでオットセイのペ○ス粉末を服用した方がいいぞ?! いや、そーじゃなくって…(^^;)
iPAQ導入する前、仕事が急速に増えても、スケジューリングが下手だったのだが、導入してからもう楽で楽で…Outlookがこんなに便利だったとは…ふ… ゲイツに落ちた…
急にiPAQをはじめ、WinCEのゲームを企画したくなった… 思いっきりえろえろーんなもの、作ろうかな?
ふぇっふぇっふぇ〜
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