ぼんのう
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2002年10月24日(木) どーみゃくこーか

かかりつけの医者に定期検診を受けにいく。
見ると新しい診察用の医療機器が入っていた。
血管の年齢がわかるという装置。
早速お願いして試してみる。


血管年齢65歳



・・・へこんだよ。
全く。
というか、職業病だと思うぞ。


2002年10月23日(水) 拉致家族のことを思う

拉致家族の問題が連日テレビを賑わしている。
以前から我輩は北朝鮮に対して珍しく超タカ派的な立場を取ってきているが、今回の拉致家族の帰国問題に関しては少々考えさせられることがある。

拉致されて何十年と北朝鮮での生活を強制させられた彼らは、今日本に帰国して果たして幸せになれるのであろうか・・・という事。

ある旧ソ連ジョークを思い出した。
東ドイツから亡命してきた男が、西ドイツの兄の所で暫く住むことになった。
弟「兄さん、ありがとう。ところで新しい服を買いたいんだけど、配給チケットはどこに行けば入手できるんだい?」
兄「なんだそれ?お金があれば、近くのデパートとかで買うことができるぞ?」
弟「そうなんだ。あと、いつまでの兄さんのお世話になっているワケにも行かないから、アパートに入る為の手続き書類を作成するのに、党員を紹介してくれないかな?」
兄「ばかだなあ。気に入ったアパートとかあれば、大家に話をして、お金を毎月払えばいいんだよ」
弟「大家は党幹部なのかい?」
兄「そんなはずないって。まあそれはさておき、外のレストランで食べようではないか」
弟「でも兄さん、ドルは今持ち合わせていないよ。食券もないし」
兄「ばかかお前?マルクで十分だし、食券もいらないんだよ!」
弟はしばし沈黙した後、兄に言った。
弟「兄さん、よく混乱しないね」


非常に悲しいが、人間は環境の生物である。
遺伝子的に日本人であっても、アメリカに長く住めばアメリカ人になるし、中国に住めば遅かれ早かれ中国人になる。それは言語や文化に限らず、職業的な考えに至るまで、その地域と完全に同化してしまうということである。

家族の方としては、拉致された被害者は日本に戻すことを希望しているし、そうすべきである。しかし拉致被害者が日本に帰って、果たして幸福になれるのであろうか・・・。

アメリカに生まれたが、日本に来て長らく苛められてきた我輩は、彼らの戸惑い、痛いくらい判る。


2002年10月22日(火) ぐっどもーにんぐてーちゃー

「GoodMorningティーチャー」(重野なおき著・竹書房)を最近好んで愛読している。胃が小さくなってきたのか、手軽な4コマ漫画で済ませるというのも堕落のような感じがするけど、それでもいーんだい!

最近4コマ漫画の方が充実しているような気がする。
週刊連載のような水増しストーリーと違い、4コマ漫画の場合はネタが完結するため、作家の苦労が実は一番大変であろう。本当に脱帽モノである。

「コンビニぶんぶん」(藤島じゅん著・竹書房)もいいな。りんぐ萌え。女性作家とは思えない・・・というのが一般的な評(藤島先生は女性)であるが、我輩は女性作家では?・・・と最初思った。
理由は女性キャラをえろえろんに描いていないということ。
可愛く描けるが、あるラインを決して超えることができないのが女性作家なのである。そのラインは男性にしかない、微妙なリビドーである。そそり立つ股間につい右手を持っていきたくなるような、ある種の電波である。おなべであろうとも、おそらくこれは永遠に判りえないものであるかもしれない。んで、この漫画をみて、りんぐや店長は可愛いが、少しもその電波が出ていなかったので、女性・・・と感じ取ったのである。


何、力説してんだよ!


すまん。
少し疲れているんだ。
我輩に萌えを!
我輩に潤いを!
児ポ法には死を!



だーかーらー!


2002年10月21日(月) 会議はきらい

我輩は会議が嫌いだ。
というか苦手だ。
意外だと思われるかもしれないが、我輩は非常に人と会うことを苦痛に感じるところがある。ましては会議となると、それが長時間にでもなるとなれば、生命活動を司る脳中枢意外は機能が停止することが多い。多分潜在的に会議が苦手なので、ブレーカーが落ちるのであろう。

なもんだから、月曜日はこの意味だけに関しては憂鬱になる。
でもまあ、GAEは会議をすれば仕事が進みやすくなるし、時折面白いことがテーマとなれば、逆に何時間でも会議をしても平気に感じる。その点はご注意を。

でも以前居たゲーム会社は酷かったな。
あれは会議じゃなくって、文化大革命で吊るし上げを喰らっている気持ちにさせる嫌な儀式であった。C社に逃亡を図った“青山ラ○ストーリ”Mによるナチス裁判みたいなもんだった。というか、発表の度にアラを探すことに生きがいを感じ、部下を痛めつけることに無常の喜びを抱いていたヤツだったからなあ・・・。あのシケった岩ノリみたいなヒゲ、今度見かけたら引っぺがしてやる。

ああ、でも考えてみたら、こーゆートラウマが会議嫌いにしているのかもしれないなあ・・・なんだ。じゃ、このトラウマを癒す方法は簡単だ。

牧谷、蝶野と化している我輩に出会ったら、てめえの命日だと思え。


新企画、本当にそろそろエンジンかけないと・・・。


2002年10月20日(日) 完全熟睡

久しぶりに3年寝太郎。

帰宅して23:30頃に就寝。
起きたのは今日18:00。


合計19時間半!


長時間睡眠特有のだるさや頭痛は感じない。
身体が欲しがっていた睡眠だったんだな。

おかげで新企画に関しての仕様書作成とか全然していない。
うう…みんな…すまん!


ANDY 山本 |HomePage

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