囁き
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2001年06月17日(日) 『姉』と『アイツ』の夢

 『姉』と『アイツ』の夢を見た。夢というよりも、過去の記憶。同じ風景を見た。

 『姉』は元気にやってるだろう。彼氏ともしっかりやっているだろう。昔みたいな苦しさは、もうない。ただ、会いたいとは思うよ。

 『アイツ』は・・・まともにやれてるんだろうか?多分、あの男とは別れてはいないだろう。傷ついていなければいいけど・・・壊れてはいなければいいけど・・・

 あいつらへの思いは強いけど、友達が増えないから、昔の友達が近く感じているだけだろう。どうせ、もうどうとも思われてはいないんだろうね。宅電、知ってるわけだし、あいつら・・・まぁ、いいんだ。どう思われていても、僕はダチだと思ってる。大切だと思ってる。それだけで、いい。


2001年06月16日(土) たまに・・・

 叫びたくなるときがある。

 頭の中で言葉が渦巻いて、後頭部が疼く。なにかに胸が掻き乱される感じになって、関節や筋肉が炎症のように熱を持っているようになる。そんなとき。

 恐怖。虚無感。僕には何時もついてきている。どんなに長い時間一緒にいても、決して親しくはなれない。蝕むように、僕を苦しめtる。そして、それが強くなる瞬間。何時やってくるか、予想もつかないんだ。

 そんなとき、腹の底から叫びたくなる。意味のある言葉なんかじゃない。ただ、叫びたくなる。

 全てが壊れてしまえばいい。そう考える時がある。世界を憎む。そんな時がある。暗いわ、俺・・・


『届かないもの』
『いつだったか、幼い頃の夢
何時の間にか、指差して笑い飛ばしている
歩くことすら、僕はもう疲れているのに
許されない。それこそ、幼い頃からなにもしないことの積み重ね
眠りの向こう側にあるのは自由ではなく、明日への道
束縛と自由を望む人間。サディズムとマゾヒズムの塊
穢れたこの身体を大地に横たえようとしても
人の目があるから、街の中では出来なくて
誰の瞳にも、敵意と殺意を感じられるのは僕の被害妄想
全てを薙ぎ倒してくれる恐怖の大王
来ないのは知っているけど、どこかで願っていた
自ら死ぬのを許せない僕だから
誰かに、なにかに殺されるのを願っている。本末転倒
遅刻でもいいから、来ないかなァ、あいつ・・
誰か教えて。伝えて。僕が僕でいていいと
温もりが欲しい。寒くてなにも出来なくなりそうで
抱き締めて。偽りの愛でもいいから
この身体を少しでもいいから温めて
眠れない身体を引きずって動き出す毎日
くだらない夢を見続ける浅い眠りの続く日々
壊せるのならば・・・そう願うだけなら許されるよね?
遠すぎるんだ・・・あの空も、温もりも・・・
疲れただけ・・・意味を探せないだけ・・・
そう信じ続けて、もう何年・・・?』

 たまにそう思うだけ・・・


2001年06月15日(金) よく行くサイト閉鎖 〜『人間交差点』〜

 よくいってたサイトがしばしの間、閉鎖。喧嘩だのなんだのがあったから。よくある話だよね。その現場に、僕もいたけど。
 ああいう人間同士の敵意の吐き出しあいって、見てて面白いのは確かだよね。僕がその中にいないからこそ言える事なんだろうけど。でも、見てて暇なのかなって思っちゃったね。くだらないプライドなんか、持ってても意味がないって、僕は思ってる。喧嘩になりそうなら、謝っちゃった方が楽。そりゃ、最低限のプライドは持ってないといけないだろうけどさ。
 いやぁ、暴言飛び交い、自分が正しいと言わんばかりに・・・なんで、そこまで言えるんだろう?頭に血が上ってるからかな?
 それと『過去を知らないくせになんだかんだ言うな』とかって言ってたんだけど・・・言わなきゃわかんないよね?おかしいと思うのは僕だけかな?それで怒るのもわかるけど、もう少し感情的にならずに、受け入れることも必要じゃないかなァ・・・

 まぁ、閉鎖されたのは残念だね。これからどうしようかな・・・


『人間交差点』
『 画面の前でキーボードを叩いている。それは、いつものことだった。ネット間の友人達との会話、最初は新鮮だった思いも、徐々に当たり前になっていく。無くてはならないもの、とまでは言わないが、無くなればそれはそれで、寂しいことになるだろう。そんなことを、なんの気なしに考えていた。
 しかし、慣れてくると、あまり現実と変わらないことも多いと思わされる。育まれる友情や、敵対心。そして、恋愛感情。人によっては、それもないと言う人もいるだろうし、顔を見なければ、そうとは思えない人間もいるだろう。しかし、それすらも、ある意味『現実感』に包まれているような気がする。相手の本当の感情がわからないのは困ったことではあるが、余計なしがらみを持たなくて済むのは楽であるかもしれない。どちらも、一様に良いこととは言えない。まぁ、自分の感情が知られることが少ないのは、楽なことではあるだろうが・・・
 無論、ネット感であるとはいえ、そこにあるのは人間同士の交差点のようなもの。喧嘩もあれば、愛しい人も出てくる。それは、直接対面しているよりも多いことかもしれない。日頃、ここまで多くの人間としょっちゅうあうことなんて、あまりないのだから。そして『問題』がおきる。
 顔が見えないという、開放感のせいなのだろうか、それとも、今まで見てきたものが、そんなものばかりなのだろうか、まるで小学生の学級会を見ているような感覚に襲われる。少数の、周りを見れる者達と、己の意見を吐き、感情を振りまくように言葉を叩きつけられる者達。そして、吊るし上げられる者。傷つく者。それを傍観する者。それに、当事者でもなければ、見たわけでもない、話を聞いただけで、その中に入ってくる者。その他無数。そう、小学校の学級会と同じで、現実の世界でよく見られるもの。それをまざまざと見せられることがある。
 楽しいのだろうな、人を傷つけるのは。僕はそう問うてやろう。いくら気が付かなくても、人を傷つけてるのには変わらないのだから。それは何も、ネット間だけではない。どこの世界でも、知らぬ間に人を傷つけているなんて事は、ある。
 世の中には、生贄が必要なのだろうか?誰かに、そう、問いかけてみたくなる。己を貫き続けることは、それを遮る誰かの事をも貫くことだから。ほら、見て御覧。君の手も、パソコンの画面も、携帯電話も、血に染まっている。気が付かなかったのかい?
 そうさ。それでも、生きるためには、傷つけなきゃいけないこともある。ほとんどに人は、隠者のように暮らすことなんて出来やしないんだ。だけど、それを知らない顔ではいたくは無いんだ。何かを手に入れるために、捨て、騙し、傷つけ・・・そして、血に染まる。
 もちろん逆もあるだろうね。傷つけられ、騙される人も。まるで、踏み台にさせられた気分になる。もしそうならば・・・僕は何?
 でも、そうしてヒロイズムに酔ってしまうことがあるんだ。ヒーローでも、ヒロインでもないのにね。人は、不幸を嫌い、求めているのかもしれない。痛みがあれば、自分の存在を確かめることが出きるし、不幸があるから、幸せを感じられるんだもの。それに、そんなときは、自分を愛おしく思えるんだもの。だからこそ、浸れるんだろ?それが、なんとなくかっこいいと勘違いして。悲劇のヒロインを気取るのさ。
 だからと言って、傷つけるのは嫌だけどね。今まで、何人の人を傷つけたんだろう、泣かしてきたんだろう。そう考えると、怖くならないかい?人間達が織り成す交差点。そこには、何人の生贄が倒れ、傷つき、泣いたんだろう。きっと、道は真紅。歩くだけで、足元だけでも紅く染まる。

 ほら、またどこかで悲鳴が聞こえる・・・誰にも聞こえない悲鳴が・・・』

 傷つけるのは嫌だけどね・・・喧嘩を見てて傷つく人だっている・・・わかってるのかな?当事者だけしかいなくて、そのことを誰にも言わないんならともかく、そうじゃなければ波紋は広がるし、傷つく人も増える。どっちにしろ、対外はお互いが痛いもんだと思うし・・・
 そういうのを昔見て作ったSS。傷ついたのは、『彼女』。許せないよ。なにより、傷ついたのは『彼女』なんだから・・・今度、詳しく書こうかな?


2001年06月14日(木) 自由なんて言葉

 予備校の休み時間の合間に襲ってきた恐怖感。その恐怖感の中、無数に思考が広がっていった。僕の意識とは関係なく。止めようとしても、止められなかった。最終的には吐き気までに襲われ、根性焼きをつける寸前で、それだけはどうにか止めた。
 大体、英文の内容が『自由』だなんだとかいうんだから悪い。はっきり言って、真の自由なんて、ない。人間は、必ずどこかで束縛されるんだ。本当に、何をやってもいいって話になって、一体充実感が得られる生活を送れるのだろうか?生活のためには、ある程度の規制(束縛)が必要だろう。それがなければ、獣以下の存在になるだろうと思う。知恵と理性を持ってしまった獣は、どんな獣よりも狡猾に、こずるく生きていくだろう。本能と欲望をまざまざと見せ付けながら生きていく姿は、それはそれで綺麗だとは思うけどね。正視できないだろうね。
 それに、集団の中で生きていくために、友を作り、的を作る。その中で、束縛するものなんて無数にある。なにより、愛と言う名の束縛を求めて生きるんだ。

 ついでに言わせてもらえれば、肉体と言う束縛がついてくる。死は、なによりも完全なる自由を与えてくれるのかもしれない。


2001年06月13日(水) 大きなのっぽの古時計

 『大きなのっぽの古時計』って歌が嫌いだった。いや、嫌いじゃないかもしれないけど、聞きたくなかった。今の僕じゃ考えれないかもしれないけど、最後にお爺さんが死んでしまうのが嫌だった。古時計も一緒に壊れてしまって・・・初めて聞いたのは、幼稚園。歌いながら、泣いてた。

 そのころ、少し苛められて・・・っていっても、仲間はずれに去れて、嫌なこと言われただけだけど、それが凄く悔しくて、休み時間に少し、一人で壁に向かってボクシングの真似事なんかやってた。何時か、見返してやるって。それで、その開いて二人組としたのが、初めて喧嘩したことだったと思う。けど、当時から泣き虫だった。喧嘩はしたけど、色々なことで泣いてた。

 それは、今でも治ってないのかもしれない。普通の人がどれだけかは知らないけれど、涙を流すことは、多いほうだと思う。『彼女』にも、結構見せてきた。一人で泣く事だってある。

 『大きなのっぽの古時計』は今は大好きな歌。それで涙を見せることは、勿論ないけど。それ以上に、流す涙の意味が代わってきたんじゃないかって思う。もう、あのときみたいな純粋な涙じゃない。古びたオイルが流れているだけなのかもしれないね・・・


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