とどすダイアリー
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2003年12月06日(土) やっぱり好奇心が大切!!

朝から雪に降り込められ一日中家から出ない土曜日ですね。いやはやともかく積雪量と言うよりも、間断なく降るので除雪してもすぐに意味がなくなり交通量の少ないローカルは道路はどうしようも無い状態です。我が家の窓から見える前の坂道は登り切れなくなって斜めになって止まってしまう車や、諦めてバックで戻る車など右往左往状態でした。ま、私は温かいコーヒーなどを飲みながら高見の見物でしたけど。

さあ、気合い入れてギターの練習!!と思ったのですが、出張の疲れやら色々でだらっとソファに横になってその内眠ってしまうと言うのらりくらりの一日でした。前に日本から来たビデオなんかも久し振りにみていたのですが、その中で記憶力に関する番組があって(そう!!あるある大事典ですよ)、気になるポイントがあったんだなあ。

年をとると「物覚えが悪くなる」とか「物忘れがひどくなる」とか言うけれども、まず最初のポイントは物忘れがひどくなるのは現象であって、実際には録画・録音作業、つまりモノを覚える段階で問題があるのが大半と言うことなのでした。人間の記憶と言うのは興味を持つ対象には脳の「扁桃体」が強く働いて記憶を司る「海馬」に覚えなさいと言う強い指令を発するのだそうです。

この「扁桃体」ってやつは極めて情緒的で「好き・嫌い」や「面白い」とか感じるモノには強く反応するので、例えば初対面の人を記憶する時に人間は最初に「顔」次に「周辺情報」(職業・趣味・学校などなど)を覚え最後に「符合である名前」を覚えるのだそうですが、やっぱり興味の対象から外れる名前は覚えにくいので忘れやすいと言うメカニズムだそうです。

70歳を過ぎて今なお4万桁以上の円周率を覚えている方などの例を取り、結論は「好奇心を持っていると覚える段階で強く記憶するので忘れない」と言うことだそうです。逆に言えば「何か最近の携帯電話はマニュアルも読む気しないし、どうせそんなに機能使わないっしょ」と最初から放棄する「我が侭」が横行するのが、現象としては年をとってからなので覚えない、だから忘れるんだとさ。

何事にも好奇心を、ってTodosのテーマなのですから我が扁桃体を大切にして老成せずに、いつまでもやんちゃ坊主で居たいと思ってしまったのでした。


2003年12月05日(金) この冬初の大雪警報発令!!

いやあ、週の始めから天気予報では言っていて、そんなん当たるかよと信じなかったのですが、今回は大当たり!!でした。今朝の段階で既にシカゴやワシントンではかなり雪が積もり始めて、その雲がNYエリアを包囲するように向かってきたのです。昼前から少し降り出したかなあ、こりゃ危険だから暗くなる前に事務所をクローズしてみんなを帰そうかなあと思っていたのもつかの間、ドッと降り出して辺りが一面真っ白になってきた。

こういう時の社長の仕事ってなあに??そう、サッサとみんなに指示を出してオフィスはクローズと宣言してから真っ先に帰る事。そうしないと、社員は遠慮して帰れないモンね。と、言う訳で帰る高速道路から会社に残っていた総務担当者に状況を携帯電話で教えてあげたりして帰路についたのだけれども、もう雪が積もっていつも使う高速の出口でトラブルがあったらしく全く車が動かなくなった。エーイ、道路知らないけど違う方向に降りて何とか迂回しよう、とソロソロと車を動かし冷や冷やモノでやっと帰宅した。我が家の近くは坂が急で数も多いので家に近づくにつれて本当にスリップ始め、徐行というか歩くようなスピードで車庫までたどり着きました。

今日予定されていたHiro師匠のレッスンも中止。この雪は明日土曜日の夜まで降り続くと言う予報なので24時間以上の自宅軟禁になりますね。ジムで汗でも流すとかストレッチングするとかしながらジックリとギターの練習にてござりまする。


2003年12月04日(木) Jazz系Web主催者忘年会

今日の東京は盛り上がっているんだよねえ。とこしゃん、若Pさん、Osapoohさんなどなど皆さんが頑張って企画した大忘年会だもんねえ。チビッとだけタイミングの合わなかったTodosはとこしゃんの計らいで写真参加することが出来た。そのうちみんなのページに写真やら出るんだろうけど、ホントは出席したかった。でも何にも出来ないけどね。

21日には帰る予定なんで個別にこぢんまりとやりましょ。

でも何となく悔しいんで実は昨晩マンハッタンでTOYAさんのピアノとDuoで歌って来ちゃいましたよ。スタイリスティックスの素敵な裏声入りバラードの You make me feel brand new で声を馴らしてから、色々歌って最後はお約束の Misty で締めました。TOYAさんの演奏スタイルは4ビートばっかりじゃないので(普段はもっとコンテンポラリーに音楽監督とかやっている)新鮮な感じだし、人柄からにじみ出る優しさが音になっててもの凄く気持ち良く歌えるんだなあ。今日のMistyは自分で言うのもなんだけど最高の出来だった。歌い終わって最後のTOYAさんのコード一発がまた格好良かった。



2003年12月02日(火) やっぱり時差ボケか??

今回のアメリカに戻るフライトでは結構ぐっすり眠れたし、到着後も夜中までチャンと起きていて月曜朝は普通に起きたので時差ボケは無し!!かと思った。

けど、やっぱり2日目になるとダメみたい。夜寝つけず、早朝起きてしまった。ま、仕方がないのでやり残していた事を片付けてジムでトレーニング。Hiro師匠のミュージックがヘッドフォーンを通して心地良く汗がかける。そして、部屋に戻ったら夜が完全に明けていたのだが、窓を通してみるその景色は・・・、ガーーーン、雪景色なのだ!!それ程ひどい積もり方では無くうっすらとだけど、立派に雪景色だなあこれは。夕べロチェスターのサルさんが掲示板に「雪ですよ」と書いてくれたけど・・・。

道理で寒いわ。


2003年11月30日(日) よく寝た!!

感謝祭の大型連休の最終日にあたる日曜日のJFK到着なので、空港も道路もごった返してましたけど無事にNYの自宅にたどり着きました。飛行機も結構満席に近い状態だったけど私の43Gはとなりが空いていたので超ラッキー!!ジム・キャリーの新作コメディーを一本見たら後は眠くなり到着2時間前まで寝てました。やっぱりエコノミーの隣が空いている状態が一番良く眠れる貧乏性は治らないd(^-^)ネ!

こちらはもうクリスマスの飾り付けを感謝祭休日でやってしまった家が多く、もうクリスマスムード真っ盛りです。近々トップページに写真を掲載しましょう。


2003年11月29日(土) 寺分先生ギターセミナー2回目

さて、NYに戻るまで1日を残すだけとなったけど、今日はウォーキン主催寺分和之先生のギターセミナー2回目だ。先週の1回目の状況から見ると極めてTodosには厳しいレッスン内容な訳だが、既にお金は払い済みだし(せこい?いやせこくない、お金は大切だーい)ボーカルレッスン中心だと割り切って行くんだ、との決心を試すような雨模様・・・。でも行きましたよ、ギター好きだから。

nakaGさんに頂いたギグバッグが今日も大活躍。やっぱり電車で移動する日本ではハードシェルケースではなく、ギグバッグは本当に助かる。nakaGさん改めて有難うございます。さて、会場に着くと寺分先生はもうスタンバイ完了。今日も3/4サイズの古いギブソンを持って来られている。教える時はもっぱらこれだそうだ。参加者のターギは前回テレキャスを持ってきていたギターフリークの大柄な青年は今日は何と1930年代のギブソン、勿論この年代だからピックアップは無いけど、マーチンの弦を張っているそうだが相当な音がしてる。多分100万級のギターなんだろうな。もう一人も古いピックアップ無しのギブソンL4だそうだ。そして60年代のカットアウェー付きのES125とか新し目のES165とか皆さん凄いわ。しばしターギ談義もあったけど、一応私のエピも「どうして6万円くらいでこんなギターが出来るんでしょうね?」と話題にして頂いた(笑)。

レッスン内容は先週の逆循環から今度は「循環コード」でC△7−A7−Dm7−G7を2拍ずつでのフレーズを色々と歌いながら始めた。分解して弾くと何とか弾けたりするのだけど、スピード出すとやっぱりボーカルレッスンになっちゃうネ。キーはCなんだから、5フレット人差し指を中心に2フレット・3フレットに人差し指が来るパターンでこなせるのだそうだが、そこでのドレミが指盤上に見えてないのが問題なんだよね。慣れなきゃ・・・。

2時間半近く循環をやって、マイナーの��-��-�気飽椶辰討い辰燭韻鼻△發�集中力が切れてきちゃって頭からの指示が指に行かなくなっちゃった。ただでさえ厳しいのに4時間集中レッスンは50の手習いの初心者には厳しいものがあるね。でも指が動かないところは譜面を読む練習と歌いながらフレーズ感を身につける練習と思って頑張ったよ。

こんな経験も寄り道・回り道になるとは思うけど、でも小さい一歩にはなるはずと信じて番外レッスンは修了。またNYでHiro師匠のレッスンに戻りベースを固めて行こう。道は遠いけど、カメの様であっても歩き続けないとね。


2003年11月28日(金) 五線紙(譜面)

Hiro師匠より「ルーズリーフ式の5線紙があると便利だから日本で買ってくれば」と勧められていて色々探したんだけど余り売っていない。文房具屋を何軒か回り結局は渋谷のYAMAHAに到達したけど結論から言えばA4のルーズリーフ式は存在せず、B5なら文房具屋さんで売っているモノが紙は薄いけどメモ用としてはお買い得、専門店のモノは厚手の紙で保存用としては良いけど高い。

それから師匠に頼まれたB5の半分のサイズの横長のファイル形式はやっとYAMAHAで見つかった。いざ買おうとしたら6段と8段があることが判明、悩んだ挙句6段を買ったけど師匠に連絡したらそれでOKと言うことだホッとした。頼まれば部数を追加購入してお役目終了。

でも自分のものは良く考えたらエクセル使って印刷してからファイルに綴じる穴を開けるのが一番効率的かも知れない。NYに戻ったらやってみよう。


2003年11月27日(木) じゃのめ調律セッションなのだ

今日は最終木曜日なので浅草じゃのめで調律セッション。毎月1回ピアノの調律を廣瀬さんがやるのだが、そのまま廣瀬さんがセッションホストとして残りセッションに突入すると言う毎月1回のおじさんタイム?なのだ。特に今日は大阪からのさすらいのギタリストIke-Gさんとお会いできるはずだったのだけど残念ながら本業のご都合で東京出張が延びてしまったとか、非常に残念。でもおいしゃん、御大、ともぼん、しのりん、うとP、シミズ、そしてnakaGさんなどなどお馴染みの面々が登場され、Todosもナンカ一応はお仲間の末席として段々とじゃのめでも認知されてきたのかな、と思う。皆さんのお陰でR。

前回のりべるて2では歌詞カードが無くてすべて記憶に頼っての Misty と It's a sin to tell a lie だったので今回はインターネットを検索しまくって、セッションマンの皆さんが通常お使いのスタンダード集に載っている歌の歌詞を集めておいた。その中でおいしゃんのテナーサックスとの共演を念頭において何枚か仕込んできたので何とかなるっちゃろう、という訳で選曲は My One and Only Love をコルトレーン・ハートマンっぽくまずはファーストステージで歌わせて頂き、続いては The Nearness of You を「盛り上げ」調で(少し高音部に無理があったかなあ??)やりました。ターギは無し、純粋にボーカリストでね。
じゃのめのマスターを始めとして皆さんにターギもやってよ、とプッシュされるけど、もうちょっと待ってね。

帰りはおいしゃんに送ってもらい(御大もご一緒)、今日の録音を聞きながらJazz談義に花を咲かせながら帰りました。いつもおいしゃん、ありがとさんでごわす。


2003年11月26日(水) 光ファイバー開通!!!

これまで日本の留守宅ではCATVのブロードバンドを使っていたが、私の仕事の関係やら、2世帯住宅に同居する先進的な両親が「やっぱりそろそろIP電話でしょう」と分かっているのかどうかは別として言うもんだから遂にFTTH B Fletsを始めたのだ。一応キャンペーンでPlalaで申し込み工事無料だけど、NTT東日本はファイバーを引き込んでONU(光信号⇔電気信号の変換を行う)まで繋いで「我々の仕事はここまで」と帰っていくのだ。従ってLANの構築からIP電話の接続などすべての設定作業は自分でやらなきゃならない。

まあ、Todosは何とか苦労しながらもすべての設定作業・接続作業を完了させたけど、これはフツーの人には無理だんべなあ。VoIPのアダプターとか、無線LANとか高度なことになってくると夫々のマニュアルでも書いていない事が多くて全体を見通したシステムとしての説明が不足だね。それにIP電話の接続は一般加入回線と組み合わせることしか書いていないけど、実際にはPCを置いてある部屋に加入者回線が来ていないことが多いので(普通は居間にあるよねえ)別々にスタンドアローンとして使う事が多いんじゃないのかなあ??ウチも結局は一般電話はそのまま一切いじらずにVoIPだけ独立させて、と言うことは新しい電話端末の購入も必要なのだけど、設置することにした。受ける方は一般電話、かける方はIP電話と言う切り分けかな。

インターネットのスピードについては結局相手側のサーバーのスピードに従わなければならない部分も多いのでCATVと比べて体感的に「凄い!!」とはあまり思わないけど、ストリーミングでは違いがありそう。IP電話は日本国内は3分8円で安そうだけど、秒単位の課金じゃないのが大いに不満。アメリカへの国際電話は1分2.5円と日本国内より安いばかりか、単位が3分でなく1分である事がベターだね。Plalaさんももう少し考えて欲しいな。勿論携帯電話とのアクセスは早くしなきゃダメね。

結局従来インターフォンで話をしていた2世帯住居の両親とはこれからはIP電話で無料通話となる。家内の実家にも導入して貰えばいいね。


2003年11月22日(土) 寺分先生のギターセミナー

今日は渋谷魚金さん主催の寺分和之先生によるギターセミナー中級に出席したのでした。日本出張日程の間に残念ながら初級はタイミングが合わず、ツーファイブを歌いながら練習するという、何となく私に合いそうな演目、じゃないカリキュラムだったので「中級」と言う文字は重かったけど、参加を決めました。1日4時間の講座が2回で1万5千円。10名募集が結局は7名と言うことなのでリーズナブルな値段設定なのかな。不安は「中級」という2文字だけ・・・。

そして結論から言ってしまえば、やはり「中級」は無理だった、と言うことでした。んー、残念だけど。だってね、参加者全員、相当にやっている人たちなのですよ、持参するギターもまあES175とかL4とかで年季入っている感じだし・・・。一人だけテレキャス持ってきた若者がいたけど、彼はギターの虫で休み時間、終了後もギターから手を離さず、ずっとフレーズを弾き続けているし、相当に指は動くし、どうもJazz転向は最近だけど、ギターそのものは相当なベテランだね。

趣旨としてはやっぱり「声を出してフレーズを口ずさむ事にポイントを置いて歌うようにビバップ・フレーズを学ぶ」と言う事で、寺分先生も初めての試みらしい。教材も前日までパソコンで作り上げたフレーズ集を何枚も準備されていて、最初は逆循環の4小節をCとFで幾つかやり始めた。最初の3例くらいまでは、簡単なフレーズだったのでTodosも何とかついて行けたし、何か楽しかったのですが徐々に8分音符の連続、それに3連符が混じってきて、部分的には弾けたりするのですが、続けてやるとなると脳と指の神経の距離と伝達スピードが年齢的に劣っている中で慣れていないので全然アキマヘンでした。追いつこう、追いつこうとしても指に正しい指令が出せずにピックも動かないし、左手もどこをどう押さえて良いのか真っ白状態になっちゃいました。

でも、声を出すと言うところだけは何とかついて行けるので、楽譜を追いながらフレーズを歌う事だけに専念し、ギターレッスンをボーカルレッスンだと思って一人弾けなかったけど、最後まで頑張りました・・・。
しかし正直疲れました。でもこれも経験でしょ。来週も4時間、再びボーカルレッスンになることはやむを得ないと思って頑張ります。

夜はりべるて2で浅草じゃのめでお馴染みしのりんさん、吉田御大、吉澤紀子さんなどのラッキーストライクのライブにおいしゃんと待ち合わせて行きました。(渋谷から直行だったのでギター担いで)
最後のセッションではおいしゃんとMistyで協演し、嘘は罪でも大スキャット大会をおいしゃんのテナーとバトルして多いにボーカリストとして場を盛り上げました。アンプが有ったらMistyはコードだけでもギターでやりたかったけど今回は見送り。

何か非常にJazzの濃い一日でした。レッスンのMD聴かなきゃ・・・。


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