ひぽこんコラム

2008年08月11日(月) BAND LIFE

PS:オリンピック、ほとんど見てないのですが、水泳を見るとその身体のすごさにおののくばかりです。あの筋肉。。。。。惚れ惚れ〜〜〜〜。オバちゃんは目を皿にしてジイイと見つめてしまうのでした。オバちゃんには目の毒かもしれません。
 あああと。平泳ぎの手を真似するあたし。。。。できもしないのに。



 このあいだご近所友達のユキさんから借りた「バンドライフ」という本をきのうは夜遅くまで読んでいた。

 吉田豪さんという人が、あのイカ天バンドブームの頃とかに活躍した人たちに色々とその裏話というか、バンドをやる生き様をタイトルどおりに聞いていく本で、面白いっ。

 やっぱりバンドという人生は本当に面白いんだ。前にも何度も書いたけど、バンドという形態は、ほかのあらゆる芸術形態とまったく違って、なんだかものすごく独特で、そこにあるいい加減さも上っ面さも、すべてが魅力になる。でもってバンドを継続することは過酷であって、でもすごくベタな友情だったり。

 そしてバンドやってるたいていの人はいい加減であんまり考えてなくって、売れてもギャラなんてみんなヤクザ社長に持ち逃げされていたりして、経済観念もなくて、バンドをやめた今も貧乏でさぁ。でもみんなそれでも生きてる。たくさんの人は安定剤飲みながらだけど(爆)。でもみんなそれなりに希望を抱いて音楽を続けていたりする。

 希望って、自分で見つけるんだなって、思った。
 最近は「希望のない社会」なんて言うけど、それって根本的に間違ってるんだなぁ、やっぱり。希望は落ちてない。希望は自分で作るんだ。

 バンドやる人って、希望を見つけるのがウマイかも。だってそんな本当に夢か霞かってことに、人生かけちゃったわけだから。元々希望を抱くことの得意な、希望の塊じゃなきゃ、できないよね?よくハゲちんが僕は楽観的〜とか言ったり、ハゲちんの歌からは希望がいつもこぼれ落ちてくるけど、そうなんだ、バンドって、希望そのものなのかもしれない。

と。自分を励ましながらこの本を読んでるあたし。希望希望希望。

 

2008年08月10日(日) ウツ病は別に増えてなんかないじゃん?

 ハゲちん。。。。カーディフ@UKでのショーのチケットが売れ行き不振で、狭い会場に変更とかニュースにされてる。カワイそうに。。。35000人のキャパで18000枚しかチケットが売れてないって言うけど、イギリスでは何回もあちこちでショーがあり、その中で18000枚もまだチケットが売れてるって、すごいと思うんだけど。でもなんかそう書かれると駄目駄目って風に思われるんだろうなぁ。そんなこと絶対にないのに。武道館なんて1万弱しか入らない。だから武道館2回分くらいが、イギリスの1地方都市で売れてるって、すごいんだけど。。。


 ところでこのニュースを見てさらに思った。日本のウツ病の大半は、医者が作ってるって。そしてウツ病と言ってさ、すぐに抗ウツ剤を出して、なんらカウンセリングなどは行わず、放置して、患者は薬だけに頼り、なんらその症状を変えようという努力も考えもせず、薬が切れるとさらに悪化して、どんどん悪循環になってるのが今の日本のウツ病じゃないのかな?
 私も自分をウツ病とか言うのや〜めよ。ばかばかしい。
 そりゃ安定剤は飲む。でもだからってウツ病じゃない。あまりに蔓延するウツ病は、本当に本当に本当にウツ病で苦しんでいる人をさらに苦しめる気がする。さらにウツ病への理解を狭めてる気がする。
  ↓↓

仕事中はうつ 会社の外では元気 「新型うつ病」大流行の裏側
8月10日12時15分配信 J-CASTニュース


 「新型うつ病」なるものが蔓延しているのだという。クリニックの予約を取ろうとしても患者が多すぎ、新患は3ヶ月も待たされる場合もあるそうだ。仕事中にだけうつになり、会社の外では元気、というのが特徴で、若い世代に目立つというこの「新型うつ病」、なぜ増えているのだろうか。

■自分を責めるのではなく、身近な人間を攻撃

 精神科医の香山リカさんは、著書「うつ病が日本を滅ぼす!? 」(2008年5月20日刊)にこんなことを書いている。

  「本当にこれが『うつ病?』と自分で書いたはずの診断書を改めて見返してしまう」

 これまでの「うつ病」といえば、几帳面でまじめな人がかかりやすく、落ち込み、自分を責め、自殺に至るケースが多いというイメージだった。しかし、07年から急激に増えだしたとされる「新型うつ病」は、仕事中だけうつで、帰宅後や休日は普段通り活発に活動する。自分を責めるのではなく、身近な人間や社会に対して攻撃的な態度になり、休職したとしても会社や同僚かける迷惑などあまり感じない、というのが典型らしい。

 朝日新聞の08年5月17日付けには、精神科クリニックが患者でパンク状態になっているのは「新型うつ病」患者が急増したからではないか、と書かれている。「新型」は20〜30代に目立ち、都内のあるクリニックでは患者の4割前後を占めるのだという。

 厚生労働省の調べによると、うつ病、躁うつ病の患者総数は99年の44万1千人に対し05年は2倍の92万4千人に増加。製薬会社ファイザーが12歳以上の一般生活者4,000人を対象に、07年2月7日から07年2月16日にかけて行ったインターネット調査では、「一般生活者の12%、約8人に1人がうつ病・うつ状態の可能性」があるという結果が出ている。

■昔から別の病名として扱われていた?

 こうした状況を、一体どう考えたら良いのか。「うつ病の真実」「専門医が教えるうつ病」などの著書がある防衛医科大学校病院副院長で、「日本うつ病学会」理事長の野村総一郎さんに聞いた。それによると、うつ病は症状や病気になる過程によって「メランコリー型うつ病」「双極性障害」「気分変調症」「非定型うつ病」の大きく4つに分類され、「新型」と呼ばれているのが「気分変調症」「非定型うつ病」に当たるのだという。そして、実はこうなんだそうだ。

  「新型と呼ばれているようですが、それは、うつ病という診断はしてこなかっただけで、昔から別の病名として扱われていたんです。患者数は増えてはいますが、実態としてはここ数年で急に増えた、ということでもないんです」

 うつ病と診断する基準は各国まちまちで、現在は米国精神医学会の診断マニュアル「DSM」を参考にするのが世界の趨勢なのだという。各国の医療関係者がこれを参考にし始めたのは、80年に画期的な変貌を遂げた第三版から。94年改定の第四版もほぼ同じ内容になっている。日本では「DSM」を参考にする医師は少なく、「新型」と呼ばれる症状については、パーソナリティー障害、抑うつ神経症などと診断していたのだそうだ。

 それが数年前からようやく日本でも「DSM」を参考にする医師が増え、患者に伝わることによって、いきなり「新型」が大流行しているかのような錯覚をする人が増えたのではないか、と、野村さんは見ている。さらに、「DSM」は2011年に改定され第五版が出るが、「新型」と呼ばれているものが、うつ病として分類されるかのかもわからないのだという。


  ↑それにしても朝日新聞はどこの病院を指してパンク状態とか言ってるのかな??? 本当に日本中の精神科がパンク状態なのか? えっ? どこですか? ねえ、どこですか? それに新型って違うって言われてるじゃないですか?

 ちなみにこの、野村先生というお医者さんはTVで見たけど、言ってることはすごくマットウで、信用できる人そうだった。「新型」はうつ病として分類されるかも分からないってこの人が言うんだからさ、だからそれってウツ病じゃないじゃん。。。。
違うじゃん。
抑うつ神経症なんじゃん? 
それだったらカウンセリングなどで時間をかけて改善していくしかないじゃん? 
自分自身も自分を変えて行こうと努力しないと駄目じゃん? 
薬なんて飲んでボケランとしてるときじゃないじゃん? 
人生駄目にしちゃうじゃん? 
自分をもっと大切にしなきゃ駄目じゃん? 
若い人、何してる??じゃん? 
精神科に行けば安心じゃないんじゃん?

ウツ病は実は別に増えてないじゃん?  

2008年08月09日(土)




買いましたか、ビッグイッシュー100号記念号?

 表紙にまでREMの文字。。。。驚き。そんな、いえ、そんなことまでしていただくようなバンドじゃ、いえ、いえ、もうしわけない。みたいな気分になりながら、ホームレスのオジさんから買いました。

 と。オジさんと思ったら、その号にちょうどその人の紹介記事が載ってて、オジさんはまだ30代。そうか。30代でもホームレスなんだなぁとしみじみ。でもイギリスじゃ10代のホームレスもいっぱいいるし。そうなんだよね。うん。

 ところで今日は聖路加病院にお見舞いに行っていたのですが、さすが聖路加ってかんじだった。1階にスタバがあったのには驚いた。

 そして聖路加には東京駅からバスで行ったのだけど、東京駅からバスで5分も行くとなんだかすごくフツーなかんじにいきなりなっちゃうのがビックリなんだよね。なんだべ?ってくらいに。丸の内口の方は華やかだが、八重洲口の方はたちまちフツーだ。でもそのフツーなかんじが東京っぽくて、こっちもこっちで好き、と思った。あんなあたりに住んだらおもしろそうかもって。最寄り駅、東京駅っての。

東京の大半はただビルがあってさ、汚くてさ、しみじみしてるよね。ずっと住んでそれに気がついた。今さら。。

2008年08月08日(金)

SUN紙に載ってたピーターの野望↓
“I’m trying to get Michael to come to Seattle for a few days when this is all over in December and play some stuff, get a few things down. I know he’s gonna want to take some time off first, he always does.”
 どうやらツアーは12月くらいまで続くようですが、ピーターはその後すぐにハゲをシアトルに引っ張ってって、レコーディングでもさせようという魂胆です。「ヤツぁまずは休ませてくれよっていつもどおりに言うだろうけどさ」と、なんだか鬼軍曹になってます、ピーター。。。。イエッサー!

 それにしても暑くて。朝からダルダル。よく眠れないからダルダル。ダルダルダルダル。。。。。ダルダルだけど仕事しないと。。。重くてぶよぶよした、このセイウチのような身体に自らムチを打ち、ビシ〜〜ビシ〜〜ッ、働くしかない。
 このナマケモノ、このおデブ、働けっ! 働けっ! ブクブクしてバクバク喰ってるんじゃね〜〜〜っ。働けっ! 働けっ!
 
 ひいいいいいいい。

と。言いながら↑ 昨日「西友」で買った「100円ケーキ」(好きです。オジちゃんが売りに来てました)をモグモグしていた、朝から。。。ほら。セイウチはね、芸するならお魚もらわないとね。
 パクッ。パクッ。パクッ。
 したら芸しろっ! 働けっ! ビシッ〜〜〜。ビシ〜〜ッ。

 ひいいいいいいいいいいいい。


とか言いながらグダグダ働いていたら、地震がっ!
 さらにひいいいいいいいいいいいい。怖いっ。
 内陸地震って、なんか怖い。。。。

 地震雷火事親父。火事と親父は来ないでほしい。親父、そういや、今日、うちの親父の誕生日じゃん。でも生きてるのかも不明。知らないんだ。荒れた家庭です。

2008年08月07日(木) これでいいのだ

 たごちゃんが見つけて、教えてくれた、赤塚不二夫先生の今日の葬儀でのタモさんの弔辞がすばらしい。これを読んだタモさんもすばらしいが、こんなすばらしい弔辞を読まれる赤塚先生も本当にすばらしい。こんな人が死んでしまうなんて、大きな損失だ。でもすばらしい人生に拍手!

↓↓
8月2日にあなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の時間、わずかですが、回復に向かっていましたのに残念です。

 10代の終わりから我々の青春は赤塚不二夫一色でした。

 何年かのちに私がお笑いの世界をめざして、九州から上京して、新宿のキャバレーでライブのようなことをやっていたとき、あなたは突然目の前に表れました。その時のことは今でもはっきり覚えています。

 赤塚不二夫が来た。あれが赤塚不二夫だ。私を見ている。この突然のできごとで、私は、あがることさえできませんでした。終わってやってきたあなたは、君はおもしろい。お笑いの世界に入れ。8月末にある僕の番組に出ろ。それまでは住むところがないなら私のマンションにいろ。

 自分の人生や他人の人生にも影響を及ぼすような大きな決断をこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。

 それから長いつきあいが始まりました。しばらくは新宿の寿司(すし)屋で夕方に集まっては、いろんなねたをつくりながら教えを受けました。

 いろんなことを語ってくれました。あなたが言ってくれたことは金言として心の中に残っています。そして仕事に生かしています。

 赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。麻雀(マージャン)をする時も、相手の機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしかあがりませんでした。あなたが麻雀に勝ったところを見たことがありません。

 しかし、その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのために、だまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたことがあります。しかし、後悔の言葉や相手を恨む言葉をきいたことがありません。

 あなたは父のようであり、兄のようであり、時折見せる無邪気な笑顔は年の離れた弟のようでもありました。

 あなたは生活すべてがギャグでした。ギャグによってものごとを無化していったのです。あなたの考えは、すべてのできごとを前向きに肯定し受け入れました。それによって、人間は重苦しい陰(いん)の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後の関係を断ち放たれて、そのとき、その場が異様に明るく感じられます。それをあなたは見事にひとことで言い表しました。すなわち「これでいいのだ」と。

 いまふたりで過ごしたいろいろなできごとを思い浮かべています。一緒に過ごした正月。そして海外へのあの珍道中。どれもがこんな楽しいことがあっていいのかとおもうばかりのすばらしい時間でした。

 最後に会ったのは五山の送り火です。あのときのあなたの柔和な笑顔はお互いに労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。

 あなたは会場のどこか片隅で、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、肘(ひじ)をつき、にこにこと眺めていることでしょう。そして、おまえもお笑いやってるなら弔辞で笑わせてみせろと言っているにちがいありません。あなたにとって死もひとつのギャグなのかもしれません。

 人生で初めて読む弔辞が、あなたのものになるとは夢想だにしませんでした。私はあなたに生前お世話になりながらひとこともお礼をいったことがありません。肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼をいうときにただよう、他人行儀のような感じがたまらなかったからです。他の人から、あなたも同じ気持ちだったと聞きました。しかし、いまお礼を言わせていただきます。赤塚先生、お世話になりました。本当にありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。合掌。


  号泣っ!!


 これでいいのだ! すごい。どんな哲学的な思索も宗教的なありがたい言葉もすべてを吹き飛ばす一言。これでいいのだ!

2008年08月06日(水) サバのお醤油煮

ダ。。。。ダルイ。

 ダルイからこそ運動!なんて張り切って朝1でジム行ってストレッチのクラス行って、今、自分がどんだけ疲れてるか実感。ウグウグ。テキトーに流し、ヘロヘロになって帰ってきた。

 しかし帰ってきてから腹が減り、近所のお弁当屋さん「わしや」に行って、サバのお醤油煮弁当を買って来たらこれがおいし〜〜〜。ヘロヘロの割には爆食。んぐんぐと冷たいお茶を飲んで、まるで「今、工事現場でオレっち働いてるし〜〜」な勢いでお昼を終えた。。。。オレって。。。。一体。。。。。。

 ところで今週末にはもう秋場所のお相撲のチケット発売日なんです! 瞬く間だぜ〜〜〜。なんで昨晩は相撲友達と打ち合わせ(笑)。初日にするか、千秋楽にするか。。。。ずっと千秋楽を買ってきたが、ここんところの朝ちゃんの様子からすると、初日にとにかく見ておくのがいいかもという話に。
 来場所、また白鵬が優勝する千秋楽なんて縁起悪いぜ見たくないとかいう結論に達して千秋楽はよして、初日にしようということになった。
 しかしこれで朝ちゃんが猛烈馬力出して優勝しちゃって、千秋楽万歳万歳になっちゃったら。。。。。。ああっ。悲しすぎるっ。
 
 お相撲見たい方、発売日にフツーにローソンとかファミマで朝10時にピピッとやれば、いい席買えまっせ。ぜひお試しを! 千秋楽だろうが、初日だろうが、フツーに買えます。なんら問題ないっすよ。

 朝ちゃんは巡業先の北海道で練習してるらしい。スポーツ新聞のインターネット記事にまた大きく載ってた。
 朝ちゃんて、やっぱりこう〜〜やることがおもろいから、記者もなんだか悪口書きながらも楽しそうだよね。筆が乗るって感じが伝わってくるんだ。やはり朝ちゃんはスターだよ、スター。書き手の意欲を誘うんだ。
 

2008年08月05日(火) 北大路欣也さま

 そう、これが聞きたかったんだ。。。。タモさん。。。。

 2日に肺炎で亡くなった漫画家、赤塚不二夫さん(享年72)をタモリ(62)が追悼した。4日、本名の森田一義でコメントを発表し「私の恩人でもある赤塚不二夫氏が亡くなりました。この世界に入ろうとした時に突然私の前に現れてデビューのきっかけを作り、その後の物心両面での援助は肉親以上のものでした」と感謝した。関係者によると悲報後は落ち込んだようだが、この日の「笑っていいとも!」の生放送には予定通り出演した。
 2人が初めて出会ったのは75年。場所は東京・歌舞伎町の飲食店「ジャックの豆の木」だった。タモリはピアニストの山下洋輔氏を介して同店に呼ばれ、珍芸を披露。怪しい外国語を操るギャグなどの独演に笑い転げ「天才の出現だ」と喜んだ赤塚さんから宿泊先を聞かれ「ない」と答えると、東京・目白のマンションに招かれた。同居した1年の間にテレビ局を紹介され、30歳でデビュー。タモリのブレーク後もよく飲み明かし、2人がふざけて見せるSMショーは新宿で人気だった。

 タモさんがきのう「いいとも」で、100万円の服を持ってる話をしてた。知り合いからお礼でもらった生地でコートを作ったら、その生地はとんでもないものだったらしい。そう、とんでもなく高いもの。ほかの人からの話でその生地でスーツを作ったら600万円したとかそんな話もしてた。
 こういう話はほかの成金がすると本当に嫌味なのに、どうしてだろうか、タモさんがすると、ぜんぜん嫌味じゃなくて、へ〜〜、そういうのがあるんだ!どういう生地なんだろう!とまるで知識をもらったみたいな気になる。好奇心をそそられて、ワクワクする。
 品格なんてエラソーに語るおばさんがいるが、あのおばさんにはまったく品格なぞ感じないが、タモさんには本当に品格を感じるんだな。うん。

 タモさん。。。。タモさんに会ってみたい。でもなにも話なんて出来ないかもなぁ。
 考えたら日頃、オジさんにインタビューするってことはほとんどないな。ああそうだ、昔、井筒監督にインタビューしたくらい? いや、ハゲもオジさんか(爆)いや、あれはオバさん。。。。(爆爆)。そうかぁ。オジさん。オジさんてどんな話するんだろ? オジさんへのインタビューは未知な世界で面白そうだなぁ。
 ほかに会ってみたいオジさん。。。。中村哲先生。生きていたら植村直巳(号泣)。平幹二郎(これもオバさんか?)。あああ。そうだ! 北大路欣也!!! 
 ってなんだかアタシの好きなオジってみんな濃そうだな。。。。うん。

2008年08月04日(月) 読書のすすめ

 結局あれから藤沢周平先生の「暁のひかり」も読み終えました、やっと。これは暗い暗い「又蔵の火」よりは幾分明るめで、と言っても決して明るくはないのですが、でも救いようのないドロドロ具合が薄まってて、というか、ええっと、なんだろ?(笑) あっちが自暴自棄破滅型に対して、こちらはコンチクショー、こうなっちまったぜ型というか。ええ。思わぬ方向に転がっちまったぜ。。。。的な。ただ中に「しぶとい連中」という話がありまして。。。これの女が嫌いっ。いるんだ、こういう女。でもって男はたいていこういう女にだまされるんだが、女はこういう女が嫌いなんだっ! キイイイイッと怒りっ。 現代も江戸も、そして藤沢周平先生も、同じっていうか。男ってば、こういう女が決して嫌いじゃないのね、キイイイイ。キイイイイでした。

 次は有名な「蝉しぐれ」でも読んでみっかな。。。。

 ところで今朝の東京新聞の朝刊に、江戸川区にある「読書のすすめ」という本屋さんが紹介されていた。心に悩みを抱えた人にピッタリの本をたくさんすすめてくれる本屋らしい。。。昔の本だろうと売れてない本だろうと、たくさんダンボール紙でポップをつけて、売ってるらしい。
 ちょっと興味がある。今度行ってみよう。
 私の興味をひく、私を助ける本はあるだろうか?

 でもなんか、笑顔で〜〜とかのハウツー本みたいのばっかりだったらどうしようか? 大暴れしてくっか。。。グアワアアアオオオオ!とか叫んで。無意味にパティ・スミスの歌でも歌って叫んでくるかな。。。。。と。どうしてこうも私は常に挑戦的態度なんだろうか? これ、改めないと、駄目だな。。。。。でもこう。なんかね。野生なんだよね。うん。あ。でも一見ね、一見大人しそうというか。そうは見えないんだよね。でも中身はね。野生なんだよね。大暴れなの。そのギャップがね。。。。ねえ。大変なんだ。

 

2008年08月03日(日) 赤塚先生ご逝去




 今夜、たごちゃんとうちの近所のアイヌ料理店に行ったら、こげな張り紙が。ヒグマ。。。。。届いたのか。
 食べませんでした。それは。ただ、シカはうまかった! 今度奈良に行ったら大変だ。ぜんぶ喰いたくなるかも。



 暑い。。。。暑いから何も考えたくないが考えなくちゃいけない原稿のことがあり、朝から調べ物をしたり、でもイヤになって藤沢周平読んだり、お風呂掃除してみたり、でもヘバって横になったり。何も続かない。

 ところで。昨日小学校〜高校にいっしょだった友達からいきなりメールが着た。ビックリ。図書館でCREAを読んでいたら私の連載を見つけてビックリして、そしてたぶんこのHPを見つけてメールをくれたのだ。
 彼女は中学校の先生を昔していたのだが、今もしてるのだろうか? 詳細はまだ分からない。このあいだオカンが入院したときに、その小さな病院の屋上で洗濯物を干しながら、彼女が昔働いていた中学校が見えて、その人のことを思い出していたばかりだったのでオオオッ!と驚いた。
 その人はとても強そうに見えて、ものすごい繊細な、そしてものすごくシャイな人だった。今はどんなオバさんになってるのかな?
 学校の先生、みたいな人は私の周りに今はいないので、もし今もそうなら、学校の話とか聞いてみたい。中学校なんて、ほんと、モンスターピアレンツとかさ。いるのか?とかさ。

 それから、一昨日の夜、帰って来たらアパートの塀に子猫がいた。ニャアニャアないてて、隣の子がこっそり飼ってる黒白の猫がベランダに出てきちゃってギャアギャア鳴いてて、ビックリ。子猫にニャアアと話しかけると、ものすごい顔でニャアアアと鳴いてくる。
 ああでも。どうすることも出来ない。ワタシは飼ってあげられないし、どうしよう?
 と。迷いながら一回部屋に帰ったが、そうだ、エサがあるんだと思い出して、しまってあった猫缶を手にいそいそまた外に出ると。。。。ガ〜〜ン。もういない。。。。。
 子猫ちゃん、どうしたんだろうか?
 そのときふと。猫も好きに飼えないような暮らしをどうしてワタシはしてるんだろうか?と思った。
 こんなところに住んでいないで、どっか田舎の、でっかい借家でも借りて、猫だの犬だのヤギだの飼って、自由に暮らせたらいいのに。と思った。そう思ったら涙が出た。

 子猫はオレンジちゃんだった。オレンジ色と白の毛の子。どこに行ったか? 生きててほしいなぁ。

 ニャロメーも死んじゃったね。。。。。

2008年08月02日(土) ブラインド・パイロット

ジョニー・マー先生がすっかりREM化してる1枚↓ ハゲは仲間はずれ。



 マー先生は以前も書いたように、一瞬だけお会いしたことがあるが、とても感じのいい人だった。だいたいあのオアシスのギャラガー野生兄弟も手なずけ(オレも手なずけたが)、誰とでも仲良くやるんだ、マー先生。あのモリッシーみたいなナルシズムの塊みたいな人とバンドやってたんだから、そりゃ忍耐力は抜群だろうなぁ。

 ところで。日本のE社からサンフランシスコの音楽配信会社へと華麗なる転職を遂げたSちゃんから、素敵なバンドを教えてもらった。なんでもitunesだけでビルボード入りしちゃったらしく、しかもツアーはぜんぶ自転車で廻ってるという体育会系らしい。myspaceのここを見てやってください。曲も聴けます。とてもいいです。私も気に入りました。ブラインド・パイロットといいます。

 さて。今朝もまた病院。昨日も病院行ってた。今週は和田ちゃんのウツウツ通院週間だった。
 昨日はかかりつけ医に行き、中野区検診の結果をもらい、いつものように特に何も出なくて、あれから糖尿も特に何ということもなくて、こんなに具合悪いので血液は正常で、うううむ? とかということから話し始め、でもずっと私の心の奥底のザワザワと波立つ話をしていたら、ウギウギ涙が出てしまい、ビロビロ泣きながら話をした。私のかかりつけ医はそういうのもゆっくり聞いてくれるから、かなりいい先生だと思う。看護婦さん(美人)が心配してティッシュ持ってきて、涙を拭いてくれて、背中をなでなでしてくれた。いい人だ。
 でもって私が「とりあえず鳥インフルエンザで死ぬまで生きます」と言ったら「あ、鳥インフルエンザなら僕のが先に死ぬからね。ここにみんな患者着たらそりゃ1番に移りますから」と自信たっぷりに言ってた、先生。そうだ、と思った。鳥インフルエンザって医者から死ぬね。そうなったら患者はみんなどうしたらいいのか? そうか。だからそうやってみんな死ぬのか。。。。。
 好き勝手やろう。。。。。やっぱり。ハゲツアーも行ってやる!
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