一平さんの隠し味
尼崎の「グリル一平」のマスターが、カウンター越しに語ります。


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2003年07月29日(火) その19

その19

クリスマスも近づいたある日・・・
街中は夜中の1時でも、紙で作った三角帽子をかぶった酔っ払った人達でいっぱいでした。

麻雀屋の足長さんから電話で、出前の器を下げにきてほしいと・・・
急いで近道の商店街を抜け店に行くと・・・まだお客がいて一人で忙しくしてた・・・

「まいど!一平でーす、皿さげに来ましたー」・・・(何故かオルテガ、がいた!)

足長さんが麻雀台を掃除しながら・・・「温かいコーヒーでも飲んでいき!」・・・
足長さんのコーヒーは最高に美味しい、こだわりのコーヒーでした。

オルテガ、が私に・・・「正月は田舎に帰るんか?」・・・(いやな予感がした)

「いえ!あのー元旦だけは休ませてもらいます、二日からは普通営業です!」・・・

ほかの車椅子の人たちが・・・「若いうちは苦労せなアカン!頑張りや!」・・・(あ、はい)

すると、オルテガ、が・・・
「うちの若いもんは、みんな田舎へ帰らした!」・・・(オルテガさんて、ええ人やん!)
「親の気持ちを考えると・・・帰してあげんとな・・・」・・・(ええ人やったんや!)

「ぼく?正月はどっか行くんか」・・・・(ほら!やっぱり、こっちにきた!)

「昼から映画に先輩たちと行きますけど」・・・(オルテガさんが手を止めて、こっちを見てる)

「じゃ!映画が終わったら帰りに事務所に来てや!」・・・「わかったな!」・・・
     (ええ!なんで正月そうそう事務所に行かなあかんねん!)
  
足長さんにコーヒーのお礼を言って表に出たら、夜中の2時!風邪が冷たい!
自転車に乗ろうとスタンドを上げながら、なんとなくパーマ屋さんの方を見たら・・・

見習いのあの子が泣きながら立っていた・・・。
店からほり出されたのか、手に大きなバッグを持って立っていた・・・

「どうしたの・・・」・・・彼女の、ひび割れた手が痛々しかった。

「もう・・・もう・・・丹後に帰りたい!」

        
        次は・・・また・・・近いうちに   


2003年07月23日(水) その18

その18

高度成長まっただなかの尼崎、今、振り返るに、尼崎らしい尼崎だったような気がします

阪神工業地帯で働く労働者たちは、全国の地方から集まった人たちで溢れ、朝、早くから夜遅くまで、働いて働いて・・・それでも仕事が次から次と、これでもか、これでもかと・・その労働者たちを癒す夜の水商売の人たちも地方から出てきた人で溢れてた・・・

その水商売の人たちの店が開くまでに毎日のように行くのが、パーマ屋さんで、どこの店でも繁盛してましたね、ほとんどのパーマ屋さんは見習いさん不足で、田舎の方へ人手、探しによく行ってましたね、

その子の田舎も丹後の山奥から出て来たと、言ってました・・・二年過ぎ、三年経っても頭を触らしてもらえず、ただ髪を洗うだけの毎日だったようです、洗い方が気に入らないと怒られ、「田舎に帰すよ!」って、怒鳴られてましたね・・・

いつものように朝、お皿をさげに、その店に行くと、小さな缶のメンソレータムを・・

「良かったら使って下さい!ひび割れにいいですよ」・・・・(僕より君やろ!)

「あ、ありがとう!」・・でも君の手も・・・痛いはずなのに・・・

       

        目が疲れてきました、また次の日に・・


2003年07月01日(火) その17


その17

公害の街、日本一になったのも,ちょうどこのころで、今はなき阪神工業地帯の全盛期でした、

どこの小学校でも、スモッグ警報というのがあって、それが鳴りだすと、いっせいに、うがいをしてマスクをするんです、子ども達は、ほとんどの子が気管支炎になってましたね、それでも、毎日エントツからは
真っ黒い煙が分厚く空を覆って、昼間でもどんよりとした明るさでした・今の尼崎では想像つきませんね

海と山に囲まれて育った私には、慣れるまで毎日が大変でしたね・・・一年ほどで10キロ痩せてました


見習いさんは毎日、朝7:30頃には入り口の大きな一枚ガラスを丁寧に拭いた、
昨夜の出前の器を下げるのに、いつもその店の前を通ると、白いエプロンして、一生懸命に拭いていた

「おはよー寒いねー」・・・・・・・(いつの間にか、朝の楽しみになってるがな)

一枚ガラスを拭きながら、頭だけ後に向けて、
「おはようございます!皿下げ、大変ですね!」・・(その返事がいまでも頭のどっかにかに残ってます)

とっても印象に残ってるのが見習いさんの(手)で・・・
毎日、水を扱ってるせいか霜焼けがひどくて、手の甲が幾つも割れてて、そこに、シャンプーの液が
馴染むので、いつも赤くはれ上がってた・・・当時は見習いの給料はなく、小遣いを少々だったとか、

             
                つづき・・・・・です
 


2003年06月28日(土) その16


その16

私は・・・毎日・毎日、配達で・・・12月にもなるとハンドルを持つ手が冷たく、出前箱を持つ手も冷たく、
 次から次と出前の料理が上がり、ほとんど店の中にいる事がなく、たまに店にいる時は洗い物が
 山ほどあり・・・洗ってると、また出前の料理が上がり・・・手を拭く間もなく・・・

「おーい!パーマ屋さんの出前上がったでー」・・・・・・・「はーい!」

前掛けが洗い物で、ビッショリ・・・レジの姉さんが・・「外は雨だから、傘をさして行ったら・・・」

「ありがとう!でも近くだし、自転車で行きまーす」・・・・・(どーせ濡れてるし)

パーマ屋さんの、大きな一枚ガラスの扉を開けて・・・「まいどー!一平でーす!」

突然!お客さんの、どなる声!・・・・・どーも、見習いの女の子が怒られていた・・・・(可哀想だった)
 どっかのクラブのママさんみたいで・・・

「商売道具のこの髪をどーしてくれるんや!」・・・・・・髪を洗うのに液を間違えたみたいでした、

テーブルの上に料理をおきながら、その子の方を見ると、ペコペコ頭を下げながら泣いていた、

どーみても、オルテガの女版!髪に金をかけるなら、痩せてからやろ!と、思いながら店を出た、

外にでたら、雨あしがひどくなってた・・・看板の横で雨に濡れながら見習いの子は泣いていた・・・

「風邪ひくよ!店に入ってもう一度謝ればいいよ・・・・これぐらいの事で、店やめるなよ!」

その子は、びしょ濡れの髪で、小さくうなづき店に・・・恐る恐る、はいって、いった・・・


            つづきは・・・・・・・・・また


2003年06月22日(日) その15


その15

足長さんから、その話しを聞いてから、成るほどって思うことがあって・・・

ここに集まってマージャンをする人たちは何故か障害者の人たちが多く、それも足長さんは
丁寧に教えてるんです、時には、福祉の事、保険の事、妻の事、人生の悩み、・・・頭のいい足長さんは、みんなからとっても頼られてました・・・幾度も自殺を考えてた、目の見えない人に・・・マージャンパイの
見方を教えてたことがありました、なんども、なんども、指の腹でわかるように、当てたら手を叩いて
自分の事のように喜んでましたよ、

いま思うに、当時の障害者の方は、スロープの歩道があるわけでもなく、アラームの横断歩道があるわけでもなく、車椅子も電動じゃなく、手で何回も何回も漕いでいました、大変な思いして生きていました、

足長さんが・・・

「君にお礼おいわなくちゃ!前々から思ってたことなんだけど・・・」

「え!あーはい!」

「前の事務所の若い連中がマージャン代を大分ツケにしてて、それが、この間、親分が来て!」
「内の若い衆がツケしてへんか!言うて払ってもらいましたよ、・・・・」

「横の喫茶店のマスターも喜んでいましたよ・・・、」・・・・・・(オルテガ!カッコイイ−!)

         
                また・・・・・この次・・・


2003年06月17日(火) その14


その14

足長さんは、私にこっちに来て座るように、椅子を出して指差した・・・
 
終戦直後、彼は、どさくさに身を隠し息を殺しながら、人ごみの多い汽車に乗り関西に来たそうです、
尼崎の駅に降りてたのは労働者が多い街だったからで、最初は屋台で商売をしていたそうです・・・
幾らかの小金を貯めて、今のマージャン屋を始めたそうです・・・

その間、名前も年齢も隠して、20数年、地を這うように身を隠し、生きてきたそうです・・・

「これを見てみますか・・・」と、・・・・足長さんは私に両手首をみせた、・・・(本当にビックリした!)

たしかに切った後がしっかり残ってた!初めて見たこともあって息を呑んだ!言葉が出なかった!

「関西に逃れて来る時に、なもない小さな駅に降りたんだ・・・」

「駅を降りて歩いてたら、お坊さんに声をかけられ、そのままお寺にお世話になった」

そのお寺でしばらく掃除ばっかりさせられたそうです・・・少しずつ心も洗われて・・・
身を隠し息を殺した生活から、始めてそのお坊さんに自分のことを打ち明けたそうです
すると・・・お坊さんが言ったそうです!

「そのままでいいから生きなさい!そして・・一日、一人、相手の身になってゆっくりと話を聞いて下さい」

「自分で命を絶てば、必ずあの世でも、逃げ待とう日々が、必ずきます!」

足長さんは20年間と言うもの、出来るだけゆっくりと相手の話しをきくようになったそうです、

              
             また・・・今度!


2003年06月13日(金) その13


その13

オルテガの事務所の前に小さなパーマ屋さんがあって、
そして、その横に、おじいちゃんが一人でやってるマージャン屋さんがあって、ぜんぜんはやってなくて
たまに、お客さんがいる時はひとりでバタバタ!バタバタ!昔の人にしたら背が高く180�儖幣紊呂△辰燭隼廚い泙垢�・・・私の中では、足ながおじいちゃん!狭い所がますます狭くなるのでした・・・

言葉は大阪弁じゃなく・・・どうも関東の人らしく・・・凄く頭は賢そうで・・・いつもむずかし本を読んでいた
家族もなく、天涯孤独らしい・・・店の二階に住んでて、あまり外で見かけた事がない・・・

ある日のこと、店も閉店して、かたずけてた時に、足長さんから電話がかかってきた、

「皿を下げに来てくれないか」・・・・・・・・・(明日じゃだめかなー)            


深夜も零時をすぎ、人通りも少なくなった商店街を抜けて店をのぞいた・・・「まいどー一平です」
四台しかないマージャン台の側に座り一人でパイを磨いていた、

勝手にいつもの調理場の場所に取りにいって帰ろうとすると・・・背中越しに声を掛けて来た!

「君は何処から来たんや・・・」と、僕が不思議そうな顔をしてると、「田舎のことや!」

「あ、ハイ!宮崎です!」・・・・・・(いきなり立つと、やっぱり背が高い!足が長い!)

「宮崎かー !いい所だよねー戦時中に一度、行ったことがあるよ!」・・・・(へぇー  )

そして・・・彼が、ポツリ、ポツリと昔のことを語りはじめました、

「僕は出身が東京でね、大学は東京大学なんだけど・・・卒業して職業軍人になってね・・・」

「戦争が終わったら、いつのまにか・・・A級戦犯になっててね!」・・・(えええーそれってあかんやろ!)

「東京裁判が終わったとき家にいて、友人が教えてくれてね・・・」・・・(なんで・・・ここにいるの?こわ!)

                   
                  次は・・・・またのお話し・・・
                          


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