ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2022年08月23日(火) 夏は逃げるのではなく退く

二十四節気の「処暑」暑さが少し和らぐ頃と言われているけれど

私は「夏が退く」と云う表現がなんとなく好きだなと思う。

逃げるのではなく退くのだ。正面を見ながら後ずさりするような

そこにはまだ未練がいっぱいあるのだけれど行かなければならない。

退くイコール別れでもない。夏は微笑みながら去って行くのだろう。

やがて秋風が吹き始めるとやっと諦めたかのように後ろ姿を見せる。

だから見守ってやらなければいけない。後姿が見えなくなるまで。





今朝は夜明け前に「処暑」にちなんだ短歌と詩を書いたのだけれど

いつも読んでくれているK子さんが「心に沁みる」と言ってくれた。

それがどんなにか励みになったことだろう。

胸が熱くなり涙が出るほど嬉しかった。

誰からも認められないとずっと思い込んでいたからよけいに

クリスチャンであるK子さんが神様のように思えたのだった。

K子さんは母と同い年の84歳であり母のようにも思っている。

高齢であるにも関わらず毎朝SNSで発信を続けていて

どうかいつまでもお元気でと願わずにはいられなかった。

「SNSで会いたい人はいますか?」と訊かれたら私は迷わずに

K子さんと応えるだろう。親近感と云うより信頼感が大きい。

唯一人信じられる人と言っても他言ではないだろう。


今はSNS時代となり犯罪に巻き込まれる人も多いと聞く。

昔Rが言っていたように「何処の馬の骨だか分からない」人ばかり。

匿名、居住地不明、性別不明、年齢不詳の人で溢れている。

それをプライバシーの保護だと一言で済ませて良いのだろうか。

匿名だから何を発言しても許されるなんて大間違いだと私は思う。

言いたいことがあるなら本名で堂々と発言するべきなのだ。


政治家、芸能人、作家や詩人さん。それは匿名ではなかった。

それだけに自分の発言にはしっかりとした責任を負っている。

そのせいで炎上したり批判を浴びたり追い詰められることもあるけれど

「個」としての自分を守り通して欲しいと願ってやまない。

守り通せず自死を選んだ人もいるのには心痛の至りである。

誰かが守ってやるべきだった。それは大きな罪だと思う。

匿名での誹謗中傷は決してあってはならない。



※ツイッター「山��詩織」


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