ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2024年06月03日(月) くちなしは無口なのだろうか

今日も夏日だったが風があり過ごし易い一日だった。


早朝、能登でまたやや強い地震があったようだ。

家を失い避難所暮らしの人が多いことだろう。

そんな不安な暮らしに自然はどうして追い打ちをかけるのか。

怒りの矛先を向けることも出来ずただただ気の毒でならない。

復旧作業もかなり遅れていると聞く。

国は?自衛隊は?と思うが報道の全くない日が続いている。


明日は我が身と思う気持ちが頭から離れない。

命は助かっても家を失ってしまったらどうすればいいのだろう。

元気を出して前向きに。そんな言葉は綺麗ごとに過ぎない。


「うしなう」と云うことはとてつもなく辛いことなのだ。




出勤しようと車に乗ろうとしていたらほんのりとくちなしが香る。

何処だろうと辺りを見回していたらお向かいの庭先であった。

昨年は気づかなかったので最近になって植えたのかもしれない。

鉢植えであったが純白の花がそれは見事に咲いていた。


くちなしの花を目にする度に「律子」の詩を思い出す。

クラスは違ったが同じ文芸部の仲間だった。

繊細でとても優しい詩だったことを憶えている。

律子はもう詩を書いていないのだろうか。

もしそうだったらとても残念でならない。


目まぐるしいほどに歳月が流れて行く。

律子からの便りは年に一度の年賀状だけだった。





仕事はそこそこの忙しさ。義父は相変わらず田んぼだったが

お昼には帰って来てくれて午後からの仕事が捗った。

車検が一台完了。夕方には義父が納車に行ってくれるそうだ。

とにかく運転資金が底を尽いているため稼がなくてはいけない。

「そうか」しか言わない義父も内心では心配しているのだろう。


月末締めの請求書をせっせと作る。切手をきらしていたので

郵便局へ行ったらとても可愛らしい切手を販売していた。

季節の花だったが蛍光塗料で縁取りをしてありきらきら光っている。

局員の女性と「これは届いたらすぐに払いたくなるよね」と笑い合う。

他にも数人のお客さんが居てみんながくすくすと笑って愉快だった。

たかが切手ではないのだ。切手にも真心を込めなくてはならない。


3時に退社。FMラジオは懐かしの歌謡曲特集で嬉しい。

サニーマートへ着く直前まで山口百恵の「さよならの向こう側」だった。

口ずさみたくても声が出ない。最近また声枯れが酷くなっている。


4時過ぎに帰宅。自室でSNSをチェックしていたら

「おかえりい」と声がしてあやちゃんがまた部屋に来てくれた。

「あのさあ、昨日リンク外したよね」と訊くので

「もう大丈夫よ」と応えたらほっとしたように笑顔を見せてくれた。


ここでの私は「山��詩織」ではなく「anzu」なのだ。

今は亡き愛犬の名前をそのままハンドルネームにしたことも懐かしい。

ネット空間に出没してからずっとそう名乗っていたのだった。

「おばあちゃんはあんずだからね」「うん、いいね」とあやちゃん。

あんずが亡くなった時あやちゃんはまだ二歳だったが

記憶の片隅にうっすらとあんずの面影が残っているようだった。


「あんず」から「みかりん」になり「詩織」になった。

ネット空間を漂うようになりもう25年以上になったようだ。

たくさんの縁を頂いたが今はもう殆どが消滅している。

だからこそ今も尚私を忘れずにいてくれる人がいてくれて

本当に有難くてならない。かけがえのない縁だと大切に思っている。

ましてこの日記を末永く読んでくれていることは奇跡ではないだろうか。


きっと最期の私を見届けてくれるに違いないと信じて止まない。


 < 過去  INDEX  未来 >


anzu10 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加