ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2025年04月10日(木) 葉桜

曇りのち雨。本降りにはならず霧のような雨である。

雷雨注意報が出ておりこれから強く降り出すのかもしれない。

「花散らしの雨」になることだろう。


窓から見えていた対岸の山桜もとうとう散ってしまった。

寂しさよりも切なさである。言葉に出来ないような喪失感だった。

おそらく遠くに見えていたからだろう。仰ぎ見ることも出来ず

ただその薄桃色に心を惹かれていたのに違いない。


山里の桜も散り始めており既に葉桜になっている樹もある。

染井吉野の葉は緑ではなく赤茶けているのが特徴であった。

やがて夏が来れば緑に変わる。それこそが葉桜なのかもしれない。




工場は「オイル交換祭り」であった。予約なしの突然の来客である。

初めてのお客さんもあり断ることが出来なかった。

同僚の不機嫌を隠すように愛想を振り撒く。

それが良かったのか夏の車検の用命を頂くことが出来た。

商売は第一印象がとても大切であると改めて思う。

特に新規のお客さんはリピートに繋げていかなければならない。


雨が降り出した頃に義父が田んぼから帰って来てくれた。

まだまだやり残した作業があったのだろう少しご機嫌斜めである。

けれども渋々であったが工場の仕事を手伝ってくれて大助かりだった。

少しでも順調にと願う。焦りは禁物だと自分に云い聞かせていた。


同僚は今日もクレーム修理と格闘しておりとうとう4日目となる。

思うようには行かないものだがその苦労を労うばかりであった。

無償なので売上にはならない。ただ同僚の苦労だけが残る。

けれども何としても信頼を取り戻さなければいけないのだ。



午後思いがけない訃報が舞い込む。

若い頃に一緒に仕事をしていた郁子さんが亡くなった知らせだった。

今は喫茶店を経営しており時々店に訪れたことがあったが

それも足が遠のき20年以上も会っていなかった。

その歳月が恨めしいほどに心に突き刺さって来る。

いつも明るくて朗らかな人だった。私とはよく気が合ったのだ。

昨日トイレで倒れているところを家族が発見したのだそうだ。

そんなことがあってたまるものかと耳を疑うような出来事である。

また「ある日突然」だった。これほどのショックがあるだろうか。

「郁子さんが死んだ」その現実に必死で逆らおうとしている。


人の死に慣れてはいけないと思うが慣れずにはいられない。

そうして必ず「明日は我が身」だと思う。

怖ろしくてならず不安でいっぱいになってしまうのだ。

私も殺されるのだろうか。それは明日かもしれない。

まだまだ思い残すことばかりで途方に暮れるばかりであった。


          
         覚悟

     仄かに雨の匂いがする
     とうとう散る時が来た  

     覚悟をすれば心を決めて
     もう逆らってはならない

     思い残すことなどありはせず
     目を閉じて身をまかせている

     雨を恨んではならない
     空を恨んではならない

     精一杯に咲いたのだ
     これほどの春はなく
     満たされた季節であった

     はらはらと散っていく
     それは潔くそれは尊い

     花として生きてきたのだ
     その命を讃える時がきた

     季節の掟に命を尽くす


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