そらあい
摂食障害・AC6年目 今を生きる。

2004年06月18日(金) 2001年 リストカット・拒食期

また過食三昧の年越しを過ごした。
体重はちょこちょこ増えて外に出るのがしんどかった。
単位は落としまくっているし、「このままじゃ駄目だ」と1月下旬オープニングのカフェでバイトを始めた。
オープニングなので上下関係が少なく最年少17歳の私も沢山シフトに入れて接客も楽しく
週に6日・9時間程バイトをした。

ある日、バイトの休憩時間に携帯を見たら前の学校の子から着歴があった。
折り返し電話をした。
友達が亡くなった。昏睡状態の友達が息を引き取ったと学校で説明されたと教えてもらった。
店長に事情を説明してバイトを二日休ませてもらってお通夜とお葬式に出席した。
この日から少しずつ不安定になっていた。
ピンと張っていた糸が切れた感じ。
バイト先で過食をしてしまったり、バイトをドタキャンして自己嫌悪になる悪循環。
責任をとって辞めた。
ヒキコモリ始めた。


剃刀で腕を切るようになったのはこの頃だった。
何がきっかけは忘れてしまった。リストカットという存在はネットで知っていた。
痛いのは一瞬だけ。いや、痛みは後でお風呂に入って感じるだけで切る瞬間は痛いと感じなかった。
自己制裁だったから痛みなんかちっさなものだった。
自分を異常だとは思わなかった。
その行動は私には必要だった。
エスカレートしていくのも早かった。
手首は人に見られる。だったら二の腕を。
切った後、母と縫合してもらいに行く事も多々あった。

夏の大会が近くなり、バレーボールをしに学校に行き始めた。
腕を切るのは少なくなり、バレーに励んだ。
スタミナのない私はバレーの為とダイエットを兼ねてスポーツジムに通い始めた。
一日に食べものはバレーやジムで体を動かすためのおにぎり一個になった。
拒食期が来たのだった。
体重がみるみるおちていった。
おしゃれも楽しかった。
体を動かす筋肉と燃やす脂肪の体型になった。
大会では好成績を残して夏は終わった。
大会で知り合った他校の人と初秋に付き合い始めた。


大会が終わって、一ヶ月程部活は休みになった。
高校生らしくというのか、遊んだ。
週末は付き合ってる人と会った。
その時はおにぎりを食べる事も怖かった。
体重を維持しなければ。おにぎりすら食べなくなっていた。
数日に一回過食をして落ち込んで消費する為にしゃかりきに運動した。
そんな生活が続かなく、過食の日が増えていき恐怖に襲われ
食べてしまう自分が許せなくて腕を切ることが多くなった。
自分に存在価値があるのかと考え始めたのもこの頃だった。
何の為に生きていて、何の為に生きてゆくの?
こんな私は生きてて良いの?
分からなかった。しんどかった。淋しかった。自分が嫌でしょうがなかった。
腕を切るだけでは満足が行かず薬を大量に飲んだりした。
些細な事で落ち込んで、些細な事で怒って、感情で表現出来ず行動に移しまくった。
過食が止まらない、ただ体重が1,2�堊�えただけなのに絶望的な気持ちになって
入院する事を母に頼んだ。
入院したら食べるのを制限できるから。と。
入院し、すぐに退院し、また入院。
クリスマスに退院して、待っていてくれた付き合ってた人と過ごした。


 過去  もくじ  未来


からこ [MAIL]

My追加