| 2004年06月21日(月) |
2004年 一人暮らしから実家へ・ヒキコモリ・そして現在へ |
元旦は久しぶりに親戚の集まりに笑顔で出席できた。 幸せだった。 ずっとこういうのを夢見ていた。こんな光景を。
お付き合いを始めたばかりの人に会いに行き、深夜の神社でお参りをした。 冬の風は寒くて、でも心は暖かくて。
仕送りだけでは苦しいのと、何か短期のバイトを、と思いバイト面接などを始めた。
成人式が近づいていた。 振袖は持っていないので古着の目立つワンピースを着ていくつもりだった。 好きな人は、お付き合いしてる人から突然の別れを告げられた。 成人式には出られなかった。 哀しくて、何度も涙を流したけれど実家にいるのは甘えだと思い、アパートに戻って 受かったバイトをしたりして、帰ってきたら空虚感。 友達と遊んだり、夜、一人で歩いたり。
時間を持て余してるから辛いのだと思い、 長く出来るバイトを探した。 ゆっくり週3,4日出来るバイトを始めたが 家に一人で淋しくなるよりバイトをした方が効率が良いと がむしゃらに働き始め、 すぐに身体にきた。 またバイト先に迷惑をかけ、辞めた。
そして初めての体験をした。 体が思うように動かない。 トイレに行くのも一苦労、家の事が出来ない。 実家に電話をし、しばらく実家で休まさせてもらう事になった。 実家に戻って三日程で、体は動くようになった。 動くようになったら、今度は過食が始まった。 今まで張り詰めたモノが切れたように食べて食べて詰め込みまくった。 三月に実家に戻って二ヶ月経たないうちに体重は22�堊�えた。 当然、外には出られなく、ずっと引きこもっていた。 その現状がもう嫌だった。去年の繰り返しをしてる自分が嫌だった。
摂食障害を扱っている病院で有名な都内ではない病院に入院した。 入院は沢山してきたけれど同年代の女の子が多いのは初めてで、そこは薬にはなるだけ頼らない主義で ミーティングが毎日行われ、医師の診察もカウンセリングも予約待ちで、どうしたらよく分からず 私は、嘔吐しない摂食障害で、多くの人が嘔吐をしていた。 最初は気にしないようにしていた周りと自分の体型の違いも 同室のずっと食べ続けてる人のボリボリという音も、しんどくなり 一週間で退院してきた。 辛かったけれどミーティングで得る物はあった。 私以外に同じように感じてる人がいる事。 これには救われた。
入院から戻ってきて反動でか、二週間ほど食べまくった。 真っ暗だった。 未来も希望も期待も何もない。 抜け出したかった。 アパートにいつか戻るという希望は捨てた。解約をしてもらった。
以前、一人暮らしをしていた時の主治医は摂食障害を扱ったことがなく、 専門の先生が見つかったらその先生に移りなさいと言っていた。
家の近くの私が自分で通える距離の病院をひまわりで探し、 そこの病院で摂食障害専門の医者を紹介され 現在はそこに通院中。 家族療法とカウンセリングも行っている。
この先は6月15日の自己紹介にちらっと書いてます
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