今、思うこと。
なぜって? そこには、妬む余地すらないから。
しかし、ねたみというものは、 その奥底に願望が潜んでいる。 だから、仮に妬み感情がうかんだ、としたら、 その奥底にある、「自分のほんとうの願い」を、 見極めればいいのだ。
例えば。
わたしは、器械体操が苦手だった。 子ども時代から。 でも、そのことで上手な子をねたんだりしなかった。 上手でいいなあ〜、とうらやましがることはあっただろう。 はじめっからかなうわけのない分野は、 ある意味、どうでもいいということだろう。
けれど、これが、 音楽関係の分野なら、多少のねたみがあったかもしれない。 いや、ねたみというより、ちょっと粘着系の「うらやましい」だろう。
自分が全く苦手分野の「うらやましい」は、 言ってみれば、「さわやか系」(笑)
少し話がそれた。
他人が無性にうらやましかったり、 誰かが何かのことで、ほめられていたとして、 それに心のどこかがひっかかるとき。
それは、自分がその人の成功してる何かで、 何らかの成果を体現したい時なのだろう。
冷静に、自分の願いをみきわめて、 それをかなえてやるのが、自分への愛情なのだろう。
時々、こころの中で、自分に切りつけている。 それは、自分がはずかしい存在だと思う時があるから。
そういう幻影をなくしたい。 努力と成果のチカラで。
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