| 2003年12月22日(月) |
祈願を叶える方法・・・�� |
今日のテーマは仏様と神様との違いは? についてです。
貴方は神様も仏様も同じだと思いますか? 不謹慎な発想ですが、単純に考えて 神様と仏様はどっちが偉い(強い)のでしょう?
私はお坊さんではありませんので、 宗教的な詳しい事についてはお話する事ができません。 私がお話するのは、 表面にいる私が過去に読んだ、数ある宗教書からの知識と 私の師である僧侶の六明師から学んだ教え、そして、 心の奥にいるユタの力を持つ私の心が感じた事です。
沖縄に古くから伝わるユタという霊的な力を持つ女性は 沖縄がまだ琉球だった頃は王族に仕える巫女の役目もしており、 神様からの言葉を伝えたと言われています。 その力が私にあるのかは、私自身わかりません。 ですから、 どうか、こんな話もあるんだなぁと思いながら聴いて下さい。
まず、神様についてお話させて下さい。 神様は仏様よりも人間に近い存在です。 神様は人間と同じ、感情というものを持っているからです。 「荒神」って聞いたこと、ありますか? 神が荒れる。という意味ですね。 神様が荒れないように昔の人は神社をつくり、 神様を祀った。これが始まりです。 何故、神様は荒れたのでしょう? 人間の願いが「苦しい時の神頼み」だったからです。 自分がうまくいっている時には、神様の事は忘れている。 けれど、 苦しい時には神様に泣いてすがる。
感情を持つ神様はそれに対し「神罰」という力を出されます。 祈願を叶えたのに、感謝の気持ちもない。 簡単に言えば、礼儀知らずの人間に対し、しつけをするのです。
恐いですか? 私は恐いです。 力のある神様は本当に恐い。
けれど、 仏様よりも神様の方が祈願を通す力が強いのです。 だから、初詣の時は昔から神社に行くんです。
ここまでの話をまとめて、祈願をする時の注意点。 必ず、感謝の心を持って敬う事。 「昨年は無事に過ごせました。ありがとうございます。」と。 そして、昨年のお守りもお返しする。 それから初めて祈願を述べるんです。 これが正式なお参りの仕方です。 勿論、手を洗い、口を清める事は言うまでもありませんよね。
では、仏様はどうなのか? 皆さんは神様の祈願を通す力が強いと聞いて、 神様の方が仏様よりも力があると思いますか?
実は、全く逆。 神様を治めるのが仏様なのです。 神様の乱れを治める事ができるのは仏様だけです。 仏様には神様のような感情はありません。 だから、どんな人でも区別なく救う事ができる。 前回の日記で、書いたように、 良い人も悪い人も皆、同じ人間と考えて下さる。 全ての人を救いたいと考えるのが仏様なのです。
仏様は祈願を通す時、必ず、その人の人生の全てから考えて下さる。
例えば、 貴方が合格を祈願するとしましょう、 神様は学校に受かる事だけをストレートに通す。 その後の事は、貴方にまかせる。 でも、 仏様はこの学校より下のランクの学校に行く事で 貴方の新しい才能が芽生える事を知っている、 そこで貴方の今後の幸せを考えて次の学校への合格を通す。
祈願、一つをとってみてもこんなに違いがあるのです。
でも、 仏様は誰の祈願でも同じように通すのではありません。 「平等利益」といって 頑張った人には頑張った分だけの幸せがくるように。 怠けた人にはそれなりの幸せがくるように。 という祈願の通し方をされます。
これを別の言葉で「因果応報」と言うのです。 全てには、「原因」があって「結果」がある。という事です。 頑張って勉強した(原因)から、合格した(結果)。 勉強を怠けた(原因)から、合格しなかった(結果)。 という当たり前、の自然の流れが仏様なのです。
うーん。 すごく難しい話になりましたね。 ごめんなさい。
私にとってはどちらも恐い存在です。 ユタの私は神仏に対し、常に「畏敬の念」を抱いています。 何故なら、自分の人生、そして他の方の人生を通して 高次元の力を知っているからです。
だからこそ、 私は自分に正直である事を誓うのです。 私は嘘をつく事が恐いのです。 誰も見ていない、誰も知らない、からと言って 人は残酷になり、犯罪を犯します。 けれど、本当は貴方の事を知っている存在があるんです。 勿論、私の全ても知っている。 そう考えると、 人はおのずと正しい道を選択するようになります。 正しい道を歩む事ができる貴方は神仏に近い場所にいるのです。
今日の日記を読んで、 貴方はどのように思われましたか?
神仏に祈願する時、 貴方の心の中に感謝と呼ぶ思いがなければ、 貴方の祈願は神仏には見えないし、聴こえないという事です。
次回の日記の中では 具体的にどのように祈願すればいいのか、 についてお話します。
ーどうか、貴方が私の日記から 何かのきっかけを得る事ができますようにー 心を込めて。
−AYA−
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