| 2004年03月26日(金) |
御念珠やご祈祷が必要ない方・・�ぁ併或佑諒�のご紹介) |
今日は、 身代わり念珠や極蜜祈祷の必要のない方・・ についてお話致します。
先日の日記の中で、 殆どの方は、何らかの霊的な障りを持っている・・ と申し上げました。
誤解のないように、申し上げますが、 全ての方に御念珠やご祈祷が必要なわけではありません。 勿論、 ユタの私が鑑定において、 必要ない・・と判断する事もありますし、 六明師から「必要ない」とお断りされる場合もあります。
けれど、 過去の鑑定において、 霊的な障りのない方に出会った経験は 本当に、ごくわずかです。 今迄の鑑定の中では、 一割にも満たないかもしれない・・・ そのような方と出逢うのは、年に数回・・
今日は、どの様な方に必要がないか・・・ をお伝えしたいと思います。 みなさんもお知りになりたいですよね。
随分前の日記の中でもご紹介致しましたが、 御念珠もご祈祷も必要ない・・・と ユタの私が判断した女性がみえます。
彼女は、私と出逢う以前に、 他の場所にて、違う先生にご祈祷をお願いされていました。 もうすでに、 神仏のお力を受け始めていたのです。 「流れ」として 私との視えない出逢いをしただけなのです。
彼女の周りの方は 「騙されている・・」と愛ある心配をされて、 彼女の心の不安を大きくしていました・・・ その為に、 私への鑑定を依頼されたのです。
実際の鑑定内容は、恋愛問題について書かれており、 一言もご祈祷をしているとの言葉はありませんでした。
ユタの私は、 必要ない・・・と即座に答えていました。 六明師にも確認を取りましたが、同じ判断・・ その後も彼女からは、 ご祈祷のお申し込みがありましたが、 丁重にお断りさせて頂きました。
実は、彼女の学びは「信じきる」という事・・ それが、今迄できずに 全ての苦しみをご自分の心で生み出していたのです。
何度も申し上げますが ユタの私も六明師も『学び』をさえぎる事は絶対にしません。
相談者の方がこれからどんな困難な状況になるか・・ 知っていても、 それが『魂からの学び』となる場合はあえてお伝え致しません。
その『学び』こそが幸せの階段を登る作業だからです。
神仏のお力・・大いなる力を 受けている方には、身代わり念珠も極蜜祈祷も必要ないのです。
御念珠やご祈祷の必要のない方・・他にもいらっしゃいます。 過去の鑑定で、 必要ない・・とユタの私が判断した方は、 僧侶のような修行をされていた方・・・ 全く、必要ありません。 崇高な理想を持ち、信念の中での苦しみですから、 私のような者の鑑定など必要ありませんし、 ご祈祷をしない方が、その方にとっては幸せに繋がるのです。 自ら、困難を選び、魂の成長を決断しているからです。
そして、 もう一つの理由から、必要ない・・と判断する場合もあります。
神仏と出逢わず、光を感じた事もない・・ 僧侶のような修行もされていない・・ 普通の生活をしている方で、 御念珠もご祈祷も必要ない・・とユタの私が感じる方・・
どんな人だろう?・・・ みなさん、きっと興味津々ですよね。
それは・・・「自己中心的な生き方をしている方」
自分の事しか考えない方・・・ 自分の幸せのみを心に浮かべ・・・ その日が楽しければそれでいい・・ 地球は自分の為に回っている・・・ と考えている方・・・
そのような方には、 身代わり念珠も極蜜祈祷も必要ありません。
心は冷たく・・ 慈悲と呼ばれる思いやりの心に欠けていますから、 御先祖様もそのような方には近づきません。 供養をお願いしても伝わらないからです。
勿論、 神仏の手の届かない場所にいます。 いくら、願いを唱えても 神様にも仏様に届かない場所にいるのです。
果たして、 そのような方が将来、幸せになれるでしょうか・・
表面にいる私もユタの私も、 そして、六明師も、 毎日、毎日、全ての人が幸せになれますように・・ と願い、ひたすらに神仏へお願いをしている・・・
なのに、何故? 神仏の力が必要ないと言うの? 絶対に不幸になる・・と知っているのに、何故断るの?
貴方は、そう思いましたか?
表面にいる私は、ごく普通の人間です。 私も貴方と同じように、 何故、助けない・・何故、気づかせてあげないの? と、何度もユタの私を責めました。 ここで、この言葉をご紹介します。
体験して はじめて 身につくんだなぁ −相田 みつをー
この言葉の通りなのです。 人は、何が正しいか・・何が良い行いか・・ 当たり前に知っています。 頭の中ではわかっている・・・ けれど、 心で感じる事ができない・・・
ユタの私や六明師が どんな言葉で伝えようととしても伝わらないのです。
一度、 本当に『痛い目』に合わないと感じる事ができない。 生きた体験をして、初めてわかる・・・ 納得して初めて、自分で気がつく・・・
何がいけないのか・・ 自分のどこが悪いのか・・ 何故、願いは叶わないのか・・
そこまで体験してからでないと、 本当の神仏のお力を感じる事はできない・・
人は、 『苦しみや悩み、悲しみ』があるからこそ、 『喜び』を感じる事ができるのです。
死にたい・・・と思ったその気持ちがあったからこそ、 幸せになりたい・・と心からの願いを持つ事ができる それが、良く生きたい・・・という階段になるのです。
貴方の今ある苦しみも悲しみも悩みも全て、 未来の貴方の心の糧となります。
決して、その苦しみを忘れてはいけません。 その苦しみは、将来の貴方の喜びに変ります。 必ず、そうなります。
貴方の苦しみには、意味があるのです。 そして、 貴方はそれを乗り越えなければならないのです。
私は、 貴方がそれを乗り越える姿を常に見守っています。 いつでも、貴方の側にいます。 六明師も勿論、貴方の生きる姿を静かに視ています。 そして、 神様も仏様もいつでも貴方の側に、いらっしゃいます。
毎日の太陽と同じように・・・ 貴方をいつでも照らしているのです。 貴方に毎日、光を送ろうとしているのです。 その光をさえぎる雲は、貴方の心です。
どうか、 貴方の心が毎日、毎日、快晴で心地良いものでありますように。 貴方がその中で本当の幸せを実感できますように。 心から貴方の幸せを願います。 毎日を感じて下さい。 心を込めて。
−AYAー
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