私の某友人の事で、心が揺れる毎日である。
主にゆだねようと思って祈っていると心が軽くなってくる。
でも、その感情にも波があり、ちょっとした隙に心がずんと重くなる。
今日読んだ御言葉。
『ですから、私たちは、あわれみをうけ、また恵みを頂いて おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に 近づこうではありませんか』 へブル人への手紙4章16節
私の悲しい感情も不安な気持ちも全部神様に預けていいんだ。 そう思った。主は全部知ってるからね。 だから、祈ろう。そう思った。
『私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。 罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように 試みに会われたのです』 へブル人への手紙4章15節
イエス様は、弱さを身にまとっていらっしゃるんだ。 私たちと同じように、つらいところをいっぱい通られた。 いや、私たち以上に、もっともっともっとずっとつらいところを通られた。 人からの裏切り、つらい思いをいっぱいされ、 そして私たちのために十字架にかかって、死の苦しみを耐えられた。 そして、今も生きている。私たちのために祈っていて下さる。
そう思うと、ほっとする。 そして、イエス様以上の悲しみ、苦しみを私が経験する事は ないのだと思う。
なにより、今の私の苦しみ、痛み、悲しみをそのまま イエス様は一緒に味わって下さっているのだ。 ものすごい事だよね。
そして、この痛みもすべて益として下さるんだよね。 だったら、耐えられる。そう思う。
今日も生かされた。明日という日も 朝起きたら、きっと輝いている。そう思う。
イエス様と一緒に生きてる。だから大丈夫。 主よ、私を支えてください。
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