わたしは何故か、小さい頃から自分に自信がなかった。
いや、それは違う(・。・)小学校の頃は ある意味、自信に満ちあふれていた時代があった。 (なかった時代もあったが)
中学に突入し、私の価値観、そしてセルフイメージは がらがらがらがらと崩れ去っていった(−。−) 人との付き合い方さえ、わからなくなり、 自分の殻に閉じこもっていった。 そして、それは崩れっぱなしのまま 高校時代に入り、ますますひどく崩れていった。
そして短大時代、これという理由もなく その崩れきった人格が再建された(−。−) 友達もたくさん出来て、ルンルン。
そして夢の様に楽しい短大時代、神様との出会いもあった(・。・)♪ (つらい時代ではなく、何故か何の悩みもない時代に・・・)
そして、暗黒の○○旅行会社時代に突入。 しかし、イエス様が共におられるので、 つらい中にも平安があった。
そして今(・。・) 私は、たまに言われる。 もっと自信を持つように。
(−。−)自分でも何故、そんなに自分に自信がないのか わからない。でも、きっと今までのいろいろな 経験や、いろいろな事の影響もあるのかもしれない。
が、しかし(・。・)私は、もうこれから 自分に自信がないと言うのをやめようと思う。
(・。・)だって私を造って下さった神様に 申し訳ないじゃないか。
自分に対して劣等感を持つのは、 高慢の裏がえしなんだって。
私は自分に対しては確かに自信がないが でも、私は私を造って下さったイエス様には自信がある。
そのイエス様が私を素晴らしいと言って下さるのだもの(・。・)!
最近ずっと心に響いている御言葉
「私は私を強くして下さる方によって どんな事でも出来るのです」ピリピ人への手紙4章13節
ずっと好きな御言葉の一つだったけれど 改めて、牛のように、かみかみ、反芻して味わっていた。 そしたら、この言葉が生き生きとし始めた。
(なんでも出来る?すごいやん!) (なんでもって具体的になんだろう?) いろいろ考え出すと、心の底から驚きと喜びがわきあがってきた。
私は自分に自信がないけれど 主にあって自信がある。 だから、これからはもう自分に自信がないとは言わない。 (^▽^)言わないようにしようと思う。
私にとって大きな転換期かもしれない!
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