昨日、続きを書くと言ったので なんとしてでも、今のうちに 書いておかないと、書かない。絶対。
なので、書こうっと(^−^)←前置き長い。
やはりメインは御言葉でしょうー。
テーマはね 「聖書の言葉は真理である」
聖書の言葉が真理であるというのは クリスチャンなら、誰でも疑わない。 でも、それならなんで、信じない人々が いるんだろう。
それは、やはり、おおいがあるんだよね。 真理が目の前にあるからと言って それを受け入れるとは限らない。
だから、それを取り除かなくてはいけない。
でもクリスチャンの人でも おおいがある場合がある。
御言葉を聞いても聞くだけだったり。 心の傷か何かで、妨げられたり。 心の奥底まで入っていかなかったりする。
メッセージをされたリッキーゴードンさんは 「愛の決心」という、働きをされている方だけれど 以前は自分の子供を育てることすら?という 感じだったそうだ。
でもあるとき、聖書の中に、何回 「孤児」に関する御言葉が出てくるか 調べたんだって。
その結果は・・・・アメージング!!!
それで、孤児に対する神様の憐れみや 愛がどれほど深いかわかったんだって。
それでだんだん、リッキーさんに神様が 語られて、あるとき、奥様が ある孤児を引き取りたいと言った時に 他に選択肢がなかったんだって (神様に徐々に、はめられたらしい笑)
そこで、その事を拒否することも出来たのかも しれない(−−) でもリッキーさんはそうしなかった。 リッキーさんは御言葉に従う事に決めた。
なにもすべての人が孤児を引き取るとか そういう意味ではない。 でも、神様は確かにリッキーさんに 御言葉を通して語られたのだった。 そして、それに従う事で どれだけエキサイティングで豊かな人生を 神様は与えてくれただろうかと、彼は話していた。
私たちにも日々、神様は語っている。 でも、その事をどれだけ真剣に受けとめているか。
もしはっきりと語られていると知りながら 神様からのチャンレンジを受けていながら それに従わないとしたら (そういう人が多いらしい) その人の中で、何かが「死ぬ」らしい・・・。 (ひょえ〜〜〜(−−汗)
でも、神様は災いじゃなくて 祝福をいっぱいいっぱい いぃ〜〜〜〜っぱい!与えようとする 愛なる神様だ。
だから、神様に従って歩んでいこう。
そういうお話であった。
御言葉が、私たちの一部分となり 用いて実行出来るように(^−^)♪
真理は、私たちを自由にするものだから♪
あぁあああやっぱり 書ききれない。1日では。 またまたつづく〜(^−^)♪
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