ここ最近、(2、3日) 非常に調子が悪かった。 家族とけんかしたり、それが元で 鬱病とも言えるほど、落ち込んだりしていた。
だから、起き上がって何かをする気力がなくなってしまっていた。
だから、今日、浅香山病院にボランティアで 入院患者さんとふれあいに行くのも やめておいたほうがいいんじゃないかと、ためらっていた。
でも、行く前に少しお祈りしてみた。 (神様、こんな自分が行ったら、かえって悪い影響を みなさんに与えるんじゃないでしょうか)
そしたら (でも、今まで、完璧な調子だった事なんてないでしょう? いつも、足りなくてもどんな状態でも、私の恵みによって あなたを用いたでしょう?今日もそうだよ) と 語られた気がした。
だから (じゃあ、行きます)
と重い腰?をあげた。
浅香山病院は、心の病の専門の病院で 今日、出会った患者さんたちも いろんな方々がいた。
でも、私は、自分が病みあがりというか 状態が良くなかったので 彼らを見ても人事とは思えなかった。
彼らの中に、自分の姿を見たような気がしたのだった。
そして彼らと接するうちに、自分が癒されていくような気がした。
賛美の機会も与えられ 自分を通して、不思議に、主が彼らに愛を届けてくれるような そんな感じがした。 それは私の状態とは関係ないんだなぁと。
帰りの道、すがすがしいような、ほっとしたような感じだった。 夕立の後のような。 帰りに近くの古本屋さんに寄る私は テストが終わった後の、学生の様に、 夕方の心地よい風を楽しんでいた。 行く前までの重苦しい気持ちが癒されていた。
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