今朝の礼拝はドラム当番だった。
私にはドラムはたま〜〜〜〜〜にしかまわってこない。
でも、今日、たたいていて(楽しいな♪)
と思った(−。−)♪
上手にしようとか思わないで ただ、たたくことだけを楽しんでる。そんな気がした。
その感覚がすごく新鮮で、自分でも(ぉおお〜♪)と思った。
最近、何かしていて、純粋にそのことが楽しかったことって あったかなぁと思っていた。
そう思うと、この感覚をピアノ弾いてる時も 歌ってる時も、他のことしてる時も 思い出せたらなぁと思った。
て言っても、いつも楽しくないわけじゃあない。
でも、効率性とか、その事に意味を求めたりとか 純粋に楽しんでないような気がするのだ。
もう1つ、私の楽しい事に、曲を作る時間というのがあるけど。
曲を作っている時間に意味がある。 それこそ、神様とのふれあいの時間だ。 曲が出来る出来ないは、ある意味、二次的な事で。
そういう喜びにあふれた時間をもっと増やしたい。 そういう心の余裕をいつも持っていたいし、 どんな事にも、応用出来たらな。(ってこの応用って言葉自体、 なんか、嫌だなぁ)
例えばアイロンかけてるとするでしょ。 そしたら、20分に何枚かけれるかとか そんな事ばかり考えて アイロンをかけることを楽しんでないとか そういう事なんだろうな。 アイロンをかけている時間、アイロンをかけている風景 アイロンをかけている自分を楽しめたらいいな。 たとえ、5枚が3枚になったとしてもだ。
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