ことばとこたまてばこ
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2007年09月30日(日) 終電の幼子

治らぬ風邪に業を煮やして飲んだ強い薬に意識は朦朧としている。重い頭をうなだらせてうろんな目つきのままホームに立ち終電の地下鉄を待つ。

風とともに電車がやってきた。ドアが開き、おれは中へ入る。早く座りたい、早く眠りたい、早くオナニーがしたい、そんなことばかり考えているぼんやりとした意識ですら妙に騒いだ。ワンテンポ遅れながらも異常を察知して頭をあげる。後ろでドアが閉まった。電車の中には誰もいなかった。そして目の前に頭からの黄色いカッパを着た幼子がいた。小学一年生くらいだろうか。電車が動き出す。その幼子はうつむいて頭を奇妙に動かせていた。乗車したおれに気を向けることなく、びくびく、びくと痙攣していた。あまりの不気味さにおれは眼を離せず、またゆっくりと後ずさりして幼子から遠く離れた長椅子に座り込んだ。幼子は依然として妙にリズミカルに首を上下左右へ動かせていた。レインコートからきれぎれに見える表情からは口をぱくぱくさせているのが見えた。駅にとまるたびに幼子は微かに顔をあげて反応らしきものを見せたが、すぐにうつむきぐらぐらと頭を揺らしていた。

駅に着いたおれは即座に降りる。幼子をのせた電車は遠く離れていく。改札口に切符を通していたおれはそこで急に気がつく。そうか、あの子は全力で唄っていたのかもしれない。両親とはぐれたのかまでは判らないけれどとにかく終電のだれもいない列車の中にいるということの不安に恐怖に押しつぶされぬようにと唄っていたんじゃないか。自分の見知った駅名が聞こえるまであそこでずっと懸命に唄っていたんじゃないか。そのひたむきさにおれのようなオトナたちは圧倒されて萎縮されて声をかけられないままにほおっておかれて、あの子はあそこにいたんじゃないか。
音無し子のおれ、唄うということはどういうことかと少し分かったよう、な。


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