| 2005年07月28日(木) |
夏前哨戦03〜出会い〜 |
朝日を見るために05:00起床。
しばらくすると台湾人の少女が燃焼系の体操をしてた。
あの、のえが普段やってるような
あまりきれいなサンライズは見れなかったが、 長い間デッキに腰を下ろして考え事をしていた。
ノート6ページにもわたり走り書きは続いた。
これはまた次の機会にでも紹介しよう。
08:40にフェリーが那覇新港に到着。
いよいよ沖縄だ!!
琉球の風を感じながら、目指すは糸満を越えたあたりのひめゆりの搭。
1時間ほどで着いたのだが、肌がやばい。
こっちの日射しはフィルターを取り去ったように、直射日光が肌を刺す。
水ぶくれが手足、腹部、胸部に広がる。
顔はえらいことになってた。
ひめゆりでは資料館や防空壕を見学。
次に目指したのは4km先の平和記念公園。
ここのすぐ近くに、かなりの上玉のダート発見して大興奮。
沖縄本島最南端の荒崎が見えた。
海は見た事もないような青。
青というよりも透明色に水色の絵の具を注したようなエメラルド☆
沖縄はやはり、内地(本土のこと)とは違う。
平和公園から10kmほど進み、奥武島というところに。
ここも海が綺麗で、小さな漁港も良い雰囲気を醸し出していた。
一人でしばらく泳いでいると、7人組の少年を発見。
田舎のやんちゃ小僧らしい、悪ガキどもだ。
旅のハイテンションからか、彼らに声を掛けてみた。
聞いたら15才だそうだ。
でも思いっきり車に乗っている。
もちろんタバコは当たり前。
彼らは本当にファンキーだった。
高さ10mほどの橋から海にダイブしたり、やりたい放題。
大阪の話も興味深く聞いてくれた。
ちなみに全員○○○みだそうだ。
お昼ご飯にもずくてんぷらを食べて、再出発。
那覇を満喫するために首里方面に向かった。
首里城や金城町の石畳を見てから、那覇に。
首里と那覇は芽と花の先だ??
なんのこっちゃ。
那覇でも一番栄えている国際通りはかなりの人。
とりあえず、今日はゲストハウスに泊る予定。
素泊まり1000円以下でマンションの一室を改造したりしたものが多い。
僕はバモスという音楽の匂いぷんぷんのところに決めた。
とりあえずシャワーを浴びて、服を着替えてまちを散策。
おなかも空いていたので、花笠食堂というところに立ち寄る。
そうめんちゃんぷるー500円!!
大盛りで美味しくて安い!!
通りを徘徊して、色んなものを見て回る。
全部が刺激的だった。
とくに印象に残ったのは、ないちーが多いこと。
ないちーとは沖縄以外からの人が、沖縄に移り生活している人を指す。
観光で来たけど、沖縄の虜となった人がかなりいるらしい。
また、沖縄の人はきれいだった。
日本人離れした顔だちの人も多くいた。
そして一旦、宿に戻る。
宿では直樹さん、原さんと仲良くなった。
直樹さんは3月からここに泊っており、最近仕事を見つけた40歳のおじさん。
原さんは僕と同じ日にここに来て(つまり今日)、これから沖縄を回る四国人。
直樹さんは東京の人で、4年前に会社を辞めたのだそうだ。
「人を愛し、勤めを愛し、国を愛せ」と仰っていた。
日も暮れて、街にまた違った活気が出てきた。
観光協会の26才の人と晩飯を食うことになった。
この人も神奈川出身のないちー。
で、10:00までぶらぶらしてると、今日一番の人物に出会った。
ベトナム楽器を数人でセッションしているヒロさんだ。
オーストラリアに住んでたり、放浪したりしながらサイケな音楽にはまったらしい。
関さんと同じ匂いを感じた。
口琴という簡単なベトナム楽器やホルン?を教えてもらった。
もしあの時にヒロさんが声を掛けてくれなかったら、この時間はなかった。
そして、その見知らぬフィールドに自ら飛び込んでいけた自分が少し誇らしかった。
那覇一のスクランブル交差点で、まさか僕が。
今考えるとなかなかやんちゃだと思う。
多い時には人は20人ぐらいいた。
そして彼らはギャラリーではなく、みんな一緒になって音楽に入って来る。
沖縄の風土の違いを実感した。
別れる時に、ひろさんをはじめとするみんなから自転車旅行頑張れと言われた。
もの凄く嬉しかった。
走行距離は70kmほどだったが、漕いだり泳いだり飲んだり歌ったりだった。
速効で深い眠りに落ちた。
そして一晩明けて、宿で日記を書きながら感慨耽っているわけです。
さて、今日は北に向かおう。
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