2005年09月26日(月) |
『スマスマ』での宮沢和史さんと剛君 |
『スマスマ』 歌のゲストはSMAPのアルバムで『僕の太陽』を作詞作曲した宮沢和史さん。 私はこの方のことを何も知らないのですが、 宮沢さんが作ったという『島唄』は何度も聴いていて知っていました。 今回テレビで観た宮沢さんが歌う『島唄』はとても心に響いてきます。 宮沢さんのお話も素敵です。 この歌は十数年前に発表したアルバムの中の一曲だった。 沖縄に行ったときに、「ひめゆり祈念館(平和祈念資料館)」に立ち寄った。 そこで、沖縄戦のことを説明していた、 ひめゆり女学校(学徒隊)の生き残りだった一人のおばあさんに出会った。 沖縄戦のことを何も知らなかった宮沢さん。 無知な自分を恥じ、この方に歌を作ろうと思った。 そして今度その方に会ったときに渡そうと思って作った曲が『島唄』だった。 この曲は一人の女性にささげるために書いたものです。
聴き終って、剛君が珍しく自分から宮沢さんに話しかけた。 「沖縄出身だと思っていましたが、山梨県なんですね」 「そう、海のないところ」宮沢さんが答えます。 「『島唄』って、もの凄いパワーがあるじゃないですか。 沖縄じゃない方が実際に沖縄に行っておばあちゃんに会って、 そういうことを聞いて作った歌だから、こんなに響く歌なんだと思った」 いつもカミカミ剛君がしっかりとした口調で話しています。 剛君は宮沢さんと『島唄』に敬意を表しているのでした。
『島唄』はアルゼンチンでカヴァーされ、アルゼンチンでも大ヒットしました。 私はその歌を歌っているアルフレッド・カセーロさんの歌を、 テレビで観て聴いたことがあるのです。 日本語で歌うその歌は実に素晴らしいものでした。 『島唄』は日韓W杯のときに、アルゼンチンの応援歌だったそうです。
宮沢さんはアルゼンチンでカセーロさんに会ったときのお話もしました。 「日本でいえば『レコード大賞』版のようなもので、『島唄』が三部門の賞を取った。 会ったときにその中の作曲部門のトロフィーを『これは君のものだ』といって僕に手渡してくれた」
宮沢さんが話す『島唄』にまつわるお話は、 歌は楽しく、哀しく歌うだけではない奥行きを教えてくれました。
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