1人と1匹の日常 |
2004年06月12日(土) 身体障害者補助犬 |
ドラマ「オレンジデイズ」。 後天性で、耳が聞こえない女子大学生が主人公の、ドラマ。 その中で、聴導犬の話題が出てきた。 「どうしてあたしが、犬なんか連れて、歩かなきゃいけないの?」 そんな主人公のセリフ。 補助犬(盲導犬・介助犬・聴導犬)と共に生活し社会参加・自立したいと希望し待っておられる障害者の方が、たくさんおられるのが現状。 盲導犬に限っても、927頭(2003年8月末現在)にも満たない。 また介助犬については、38頭(2003年11月7日現在)、聴導犬は15頭(2003年11月7日現在)と、数十頭しか活動していないのが、現実。 必要とし、待っておられる方が、多くおられるのが現実。 しかし、だからといって、「全ての障害者の方=補助犬との生活を希望しているか?」 といえば、それは、個人の選択の自由によるものだと思う。 補助犬と共に暮らし、もちろんプラスの面と、そしてマイナスの面とがあると思う。 補助犬は、道具ではない。 命のある、そして気持ちのある生き物だ。 毎日の食事費や、獣医費などは、使用者持ちとなっており、費用もそれなりに毎月必要になる。 また、補助犬との生活において、使用者ができない部分(トイレの始末やシャンプーなど)は、家族やボランティアさんにお願いして、協力の元の体制も必要。 また、使用者自身の、意識の問題。 自分の障害を正しく認識すること。 合同訓練で、お互いに絆を深める意欲はあるか? 社会参加・自立する意欲はあるか? 精神力の面でも、問われる部分が出てくると思う。 補助犬と使用者は、一心同体。 全ての責任は、使用者に問われる。 常に、補助犬との行動において、責任を持つという意識が必要。 いい面ばかり見られがちだが、補助犬との生活に限らず、人生には何をするにも、幸せなことも、大変なこともあるのは、当たり前なことだと思う。 生き方の選択は自由だ。 もちろん、「補助犬と生活しない。」 も、ありな考えだと思う。 むしろ、その意見がない方が、不自然だと思う。 補助犬と共に生活の道を選ぶことと同じくらい、他の自立手段を選ぶことも、尊ばれるべきことだ。 補助犬のやさしさと笑顔と、使用者の自ら選んだ意思、そして周りの方々の正しい知識と理解によって、わたし達は今日、補助犬との一人と一匹の暮らしを送っている。 |
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