++いつか海へ還るまで++

雨が降る 代わりに泣いて いるように

降り続く雨 降り止まぬ雨


2007年05月29日(火) 答えの出ないことばかり

今日は精神的にどうにも落ちてます。
身の置き所がないような苦しさ。

体調の方は相変わらずですが わたしは良くも悪くも
その状態に適応していくから。我慢慣れとでもいうのか。

元々 わたしの体調が良くないことは周囲に広がっていて
これはむしろ その方がいいと思っています。
(事情がわからなければ諸々でどうしても「何故できないのか?」
とわたしに対して納得がいかない方も当然ながら出てくるでしょうから)

精神的に落ちてる理由はりアル知人の方に事情により糖尿病のことを
話したことによります。
この知人の方には(社長じゃないです)わたしの鬱のことも
話してあって、実際とても良い方だし、
何かと気にかけて程よい距離をとって声をかけてくださる。

ただこれは仕方の無いことだけど 糖尿病と聞くと
みんなほぼ例外なく食事制限と共に運動のことを言われます。

これが糖尿病だけならその通りなんだけど
鬱(というか対人恐怖やパニックも含む)の場合
外に出る、それもご近所を散歩だのジョギングだのってことを
考えただけで もう胸が苦しくなるような息苦しさと
重圧が襲ってくる。

これはもう頑張りが足りないとか甘えとか逃げとか言われても
全身が問答無用に拒否反応を起こしてしまいます。
言ってくださる方は好意だとわかっているけど 申し訳なくも 
ただこれだけのやり取りの中ですら余計に辛くなってしまい。
気遣ってくださったお礼を言いつつも気持ちが沈んでしまって。


精神疾患に関しては 本当に千差万別といっても過言では
ないと思います。心の病というのは とても複雑だし
元々 心 そのものが一人一人違っているので
Aさんなら耐えられることがBさんには耐え難く
反対にBさんが大丈夫でもAさんがダメージを受けることもある。

痛みの基準、耐性の基準、何処までなのか も どの部分でなのか も
それぞれだから余計に厄介。

甘えと崩壊との境界線は曖昧だし それを誰が決めるのでしょう。
自分自身?世間?常識?
極端に言えば その人の世界を見れるのはその人自身しかいない。
辛さも苦しさもその世界に立ってみて初めてわかることだろうけど
それは不可能です。

どこまでが甘えでどこからが頑張らねばならぬ必要性なのか。
それとも全ては甘えになってしまうのでしょうか。

反対に言えばどこからなら休んでもいいのだろう。

この葛藤と疑問は常にわたしの中にあります。
こうして考え出すと答えの見つからない迷路に入ってしまうけれど。


リアルな人たちが苦手というか怖いのは
多分 そのしがらみの重さや内心の不透明さに
疲れ果てたということもあると思います。

これは あくまでもわたしの場合だけど
目の前で人間のあっけにとられるような豹変振りや
嘘みたいな安っぽいできの悪いドラマのようなシーンを
自分の限界を越えて見せられすぎました。
それを理由の全てにしてしまうのは逃げであり
卑怯なのだろうけれども、それでも。

わたし自身 欠点だらけのとてもじゃないけど
人様のことをどうこう言えるわけじゃない
弱さもヘタレさもある上等な人間とは程遠いことは
自覚しているつもりですが
それはそういうことを超越した 人としてやっちゃいけないと思う
わたしにとって どうしても許せないことでした。
怒りを通り越して唖然として力なく笑ってしまうような苦い滑稽さ。

でも考えればリアルだからこそしがらみも生まれ
本心を簡単に晒すことなどできるわけもないのかもしれない。
その中を泳いで生きていく逞しさを持つことも人として
必要なことなのでしょうし 多数の人達が
そうして生きているのでしょうけれど。

ネットの弊害も色々あるのもわかっていますが
それでもこの世界はわたしにとって安らぐ場所です。
此処ではまず そのひとの名前でも容貌でも歳でも環境でもなく
心から知っていくから。

全部取り払ったように見えても虚構の中に隠されている場合も
勿論ありますが それでも 少なくともそれは一つの心のカタチです。
それに不思議なもので虚構は意外なほど簡単にボロが出てくる。

今のわたしのトモダチと呼べる人たちは
みんなネットで知り合った人たちです。
知り合い、少しずつその心に触れ、話し、理解しあってきました。
実際に会ってリアルに知るトモダチとなって友情を育んできた
長い付き合いのトモダチもいれば 実際にはまだ会えてないけれど
きっと会おうねと約束をして電話やメールを交わしているトモダチも。
共通して言えるのは 初めはネットから始まったけれど
ネットを越えてリアルへと移行しているということ。
それにだからこその信頼の深さです。

向き不向きもあるのだろうなと思います。
でも心から入ってひとを知ることができるネットがあったから
今 わたしは得がたいトモダチを得られたし此処にいる。
それだけは確か。

このトモダチ達がわたしが完全な人間恐怖症になるのを
救ってくれたし 今もそう。

そうしてこの空間。
こんな益体もないこと、でも誰かに読んで欲しいという思い、
どこかで遺しておきたいと考える気持ち これは何なんでしょうね。

日記とはいえ人様の目に触れるものにまとまりのない
長い駄文を書き綴ってしまいましたが 今回は消さずにこのままに。


たまにはこんな答えの出ない迷路みたいな日記があっても
いいような気もするんです。

身勝手でも。
ヘタレでも。
愚かでも。

こんなみっともない日記が。


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                               ゆうなぎ


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