++いつか海へ還るまで++

雨が降る 代わりに泣いて いるように

降り続く雨 降り止まぬ雨


2008年02月09日(土) 自問自答 声もなく

携帯からこんな時間にまた日記を書いている。

正直、今の心をどういう言葉にしてもどこか違って上手く言いあらわせない気がする。

だったら書かなければいいのに、やっぱりそれでも何かの印みたいに書き残しておかずにはいられないのは、わたしの弱さであり、エゴであろうというくらいは自覚しているつもりだけど。

いや、そんな理屈めいたことに何の意味がある?

要するに今更ながらに打ちのめされて、泣けもせず、のみこんで、呆けた顔をしたまま、ぼーっと天を見上げている と。

何回となく繰り返してきたことなのに未だにどうして辛いと思ってしまうんだろうか。


人と人というのはそれが近しいほどに難しいのかもしれない。

想っていないわけではないのだ。だけど人は人であるが故に弱いから。
そして それを先に見せられてしまったら、それも親という存在に。

それもそうさせている原因に自分が含まれていると聞かされたら。
どうすればいいんだろうね。わたしは。

世間一般に言われる普通からは外れてしまったけど、それも望んでこうなったわけではない。
だけど それでも人生に自分なりにしがみついてきた。どんなカタチになってもやっぱり わたし を捨てたくないと思った。

子供達に対してもそう思ってる。
どんなカタチになってもデコボコでもツギハキでも自分だけは自分を諦めないで欲しい。

そうして親という存在も。空気のようでも最後の最後までそこにいるものでありたい、救いでありたい と。

だから 今、わたしは力の限りで立っている。
足りないこともダメダメなことも知っているけどそれでもこれででも倒れるよりもみっともなくとも立ち続けることを選んだ。

わたしは

わたしは。


特に昔かたぎの父にとってはわたしが心を病んでいるという事などは最もショックな上に子供(孫)らが迷い、後戻りしたり、躓くのを見るのは辛かろう。

祖母の介護にしても、娘が寡婦となり精神と身体まで病むようなことになってなければ、孫達の心配も今ほどすることもなく負担はまだ少しでも軽かっただろう。こんなことわたしとて望んだことでなどなかったにせよ、やはり親不孝であることにかわりはあるまい。申し訳ない以外に言葉もない。

ただ、だけど、だからこそ、それを言い訳に食事を日に一度しかせずに酒で後二食を補い、悪酔いするような無茶はして欲しくない。

でも父はわたしの言葉は勿論、母の言葉も子供らの心配さえもわかったと返事しても聞きいれてくれない。

亡き夫も酒に逃げる人だった。そんな所を父は嫌っていたはずなのに今 同じようなことをしているのに何故気付いてくれないのか。

重なるのに。思いだしたくないことまで呼び覚まされるのに。


1月終わりから2月にかけては亡き人を看取り、送った、わたしにとっては特に色々なフラッシュバックに苦しむ時期になる。
一連の前後の出来事。
トドメの義母からの(義兄の使い込みヤクザ絡みという話)借金申し込み、断ったら四十九日法要席上に逆切れされるという、安っぽい三文ドラマでも今時ないような。
けどこれもドラマならまだ笑えるけど現実降り懸かってきたら半端じゃなく堪える。


でもどんな時だってね。
泣き崩れてるだけじゃどうしようもないの。
その中で道を探して往かなきゃ仕方ないの。

いろんな声 聞いた。
傷ついた。逃げ出したくもなった。
いろんな声 呑みこんだ。喉が詰まって。今も逃げ出したい。

でも 逃げ出せない。
強いからじゃない。怖いから。
無くしたくないから。
留まってる理由なんて そんなモン。エゴに過ぎない。


明日はね、久しぶりに子供ら三人連れて街にでかけようかと思ってるんだ。いつものコースでも空の色も高さも違うものね。こんなことくらいしか だけど こんなことかもしれなくても楽しみにしてくれてるから。


今 一人ずつの寝相悪く、蹴飛ばしてはいだ布団をかけ直して寝顔みた。

大きくなっても、長男すら寝顔はどこか幼いのがおかしくって愛しい。

かけ直してもキリないくらいにまた蹴飛ばしてはげてしまう布団。


わたしも少しは寝なくちゃなぁ。

おやすみ

おやすみ


生きてる意味なら
今 此処にこうして居るだけで充分じゃないかい?

なぁ わたしよ。



ゆうなぎ


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