小学校のときの健康診断で左耳の難聴を知った
でも 右耳が聞こえてるから難聴者という自覚はなかった
でも実際は そこそこトンチンカンな受け答えをしていたようで、それは周りの人に天然な人だと思われていたようだ トンチンカンの聞き違えをしているらしいときに こめかみの横で人差し指をクルクル回したひとがいた あの時は屈辱で泣きたい気持ちだった
それが寄る年波で 正常なはずの右耳も加齢による難聴になっているようで、それは いわゆる認知症と思われているようだ
実感として年相応の物忘れがあることは認める でも私はまだボケてはいない
きょう、有り得ない指摘を娘からされて身の置き所がないくらい憤ってる 主人と娘とで私のボケ具合を話していたのだとか 血がたぎるくらい情けない気分だ
でも日常の中で過去の日付けやさまざまな詳細は、主人よりもさらに娘よりも私のほうがよく覚えている
でも人はたいてい自分の物差しで考えて行動する 主人も娘も私が ボケてて 自分たちが正しいと思い込んでる 憤ってる話の途中でも聴きなおししないといけないからほとんどの場合、私の思いは胸にしまってしまう癖がついてる
そんな日々の繰り返しが私を希死念慮に駆りたてる!!!
父とよく母のボケ具合について話した。 もう話が出来る人はいない。 本人(母)は認めない おとん、何とかして (娘がXにポストしてた内容)
家族を憎まずにはいられない現実 私はどんなことがあってもボケてはいけない!!!
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