なか杉こうの日記
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2005年03月28日(月) ジャグジーの思い出

今日は雨である。東京駅近くの舗道が雨にぬれて光っていた。そこに三角形のトライアングルなんとかという標識がぽつんと置かれていて、赤いランプが点いている。舗道の水たまりにも赤い色が映っていた。

内田百�寮萓犬�好きだろうな、と思った。考えてみればこのあたりは百�寮萓犬�歩いたところである。先生は丸ビルの日本郵船に勤めていたことがあるからだ。当時の名残は何も残っていないだろうと見渡すと、あるある!真正面の東京駅である。東京駅周辺の真新しい高層ビルの向かいで、今なお威容を保っている。ライトアップされているから古色蒼然としている。

日記というのだから、日記を書かなければならないのだろう。今日は新しく入ってくる筈の男から、部下を一人くれないか、と言われた。仕事もその部下が持っていってやるから、減るからいいでしょう、と言うのだ。

仕事が多い少ないの問題ではない。自分のやるべき仕事というのは、ある。それに対して三人の人間が必要だと言ったのである。彼の言い分によると、彼のラインは四人、こちらは二人となる。そのうち一人は私である。

今考えるとやたら、腹が立ってきた。人をばかにしている。負けてはならない。仕事の内容についてわかっているのはこちらである。


こんなぐちゃぐちゃしたことを、毎日毎日やっている。これで退職まで毎日やっていくのだろうか。彼は部下を自分の好きなように使いたいのである。私は彼の同僚である、部下ではない。しかし、わたしをも使いたくてしょうがないのだ、よくわかる。

結論としては、半年このままでやっていこうという話になった。

みんな仕事というのは、辛いことがあるのだろうな。

いつぞや休みを取ってスイミングセンターに行ったのを思い出す。水泳が終わってジャグジーに入ったら、五十代ぐらいのおばさんたちが、ペットの話をあぶくの中でしていた。なんでも「うちの猫ちゃんがどうのこうの」という話である。平日の昼間である。

こういう人生というのもアリなのだな、と思った。うらやましいか。うらやましいとしても、今の自分の人生は、自分でこうしたのである。誰のせいでもない。ジャグジーというのは、いくら気持ちよくなろうとしても、あまりにあぶくが強くて落ち着いていられない。

大きなプールの窓からあおい光が差し込んでいた。大きな泡がいくつも、いくつもわたしの顔や腕や脚にぶつかった。あたしの、人生か。ずいぶん変わった人生のような気もする。

この日記、読んてくれる人などいるのかな。では、この辺で。
内田百�寮萓検△个鵑兇ぁ�これからも、よろしく。




再び夜、書いている
今日は非常に疲れた夜である
あたりは静かだ
いつも神経を使うから疲れるのである
これくらい、使ってもいちおう元気なのは
もともと強いのかもしれない。
目をつむると、なみだがじわっと出てくる
理由はとくにない。
わたしくらい、昔と今と変わらない人間もそう、いないのではないかと思う。
前は書くことによってどうにかなろうと思った
今はそれがめんどうで。
疲れた中で
道路に打ち寄せる波のことなど思い出している
書いて、どうなるのだろう。
書いて、どうなるわけでもないが、
ほかに、することもないので
ただ、書いている
書きなぐるみたいにしている。
疲れている
ほんとうに、疲れている。





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